植民地化要求→属国化要求
「………………………………は?」
司令は、グラ・ルークスから発せられたその言葉を理解するのに数秒もの時間を要した。
第一文明圏及び第二文明圏諸国に対する属国化要求、侵攻作戦計画の立案。それはつまり、今現在までグラ・バルカス帝国が説明していた防衛圏構築及び報復目的のみに限定された侵略行動の方針から、報復目的ではなく、明確な意志で以って第一文明圏及び第二文明圏を侵略すると言ったのだ。
「………にを、言って………」
『最終決定権は私にあるが、既に了承済みだ。其方は我が国と無理に同調する必要は一切無い。我が国の行動を静観──』
「一体何を言っているのか、分かっているのか!!!?」
机をあらん限りの力で叩くと同時に立ち上がり、声を上げる。
「我々の敵は決して人類ではない!フォーリナー、そしてアグレッサーだ!!我々は奴等の襲来に備える為に軍事同盟を締結し、今日まで協力して来た!!全ては世界を護る為に、世界を護る為にだ!!間違っても侵略の為ではない!!」
『聞け、オオイシ』
「まだ此方の話は終わっていない!貴国が行おうとしている事は」
「聞け!!」
「ッ───」
司令はその勢いを削がれ、椅子に再び座り込む。しかしその表情は、先程とは180度違う。怒りさえも浮かべ、グラ・ルークスを見る。
『…我々とて、安易にこの決断をした訳ではない。この侵略も、決して私益の為ではない。我々なりの、この世界を護る為の一つの方法を行う事を、決断しただけだ。時に、オオイシ司令。今現在に於いてフォーリナーとアグレッサーの存在を、何かしらの観測で感知したか?』
「…いいや」
『ならば、奴等が襲来するまでの猶予も分からないままだ。そう、「分からない」。この解釈が極めて重要だ。分からないからこそまだ余裕が有るか、分からないからこそ余裕が無いか。我々の解釈は、前者に傾いた。よく考えてみろ、オオイシ司令。もし奴等の襲来が感知出来るその瞬間、既に我々の頭上にいるのかも知れないんだぞ?そうなっては最早、第一文明圏や第二文明圏を、この世界の他国を気にする余裕など我々には無い。そうなれば、この世界は
「そうだ。だからこそ我々は少しずつ、急激な混乱を来さないよう慎重に慎重を重ね、インフラ関連の技術を輸出し──」
『そんなまどろっこしい事などせずとも、
「それはっ………!」
『そこを突き詰めれば、そうなる。結局の所、どれだけ脅威を説こうが、どれだけ真剣な姿勢を貫こうが、「他人」にとっては遠い話と同意義でしかない。向こう側が真剣に考えねば、真剣に受け取らねば、真剣にならねば我々が幾ら努力しようが無意味な事よ。そしてこの世界は、既存の常識と枠組みに雁字搦めに捕えられて思考を停止している。ただ「その場所に存在している」という事だけで無条件で見下し、その真実を見極めようとしない。世界最強と謳われる神聖ミリシアル帝国でさえ、列強レイフォルを併合した我々を「文明国に毛が生えた程度の国家を併合しても調子に乗ってないようでなりよりだ」などと揶揄してきた。…笑わせてくれる、
「よく考えろ、オオイシ。「
真剣な視線で、グラ・ルークスは語り切る。彼とて、無意味な戦争を好みはしない。そんな救い難い事に、国民達を、兵士達の命を散らせはしない。純粋に、この世界を想って。彼は、グラ・バルカス帝国は決断したのだ。
それを聞いていた司令は、いつの間にか視線を下げ、両手を強く握っていた。
「………それ、でも…………それでも、我々は………ッ!」
グラ・ルークスから、顔を下げた司令の表情は見えない。だが、心の内の葛藤が極めて渦巻いて言葉が出てこないのは、直ぐにわかった。
『…今、此処で無理に答える必要は無い。我が国も先進11ヶ国会議に参加する方針だ。それまでじっくりと答えを考えて欲しい。定期連絡も、一時的にだが其方から行う場合にのみ応えよう』
『…願わくば、我々と共に歩める事を願う』
通信が切られ、自動的に空間ウィンドウの電源も切られて沈黙が再来する。
「……………」
無言で立ち上がり、数歩、歩く。
「…クソ…クソ、クソ、クソ!!」
「このクソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
握りしめていた右手を振り上げ、机に振り下ろす。限界以上の力で天板に振り下ろされた右手拳は、机の天板を完全に2つに裂き、大音量で机だったものとその上にあった書類の山が周辺に散らかっていく。
机を粉砕した右手は、余りにも力強く握り込まれた所為で爪が手の平に食い込み、血の雫が流れて床に落ちていった。
数分後、荒れ狂う己の気持ちを漸く落ち着かせる事が出来た司令は、軍用のスマートフォンを取り出して操作し、耳に当てた。
「………これ程心苦しい会話は、生まれて初めてだ」
EDF日本支部との定期連絡を終えたグラ・バルカス帝国帝王であるグラ・ルークスは、疲れた表情で自室の椅子の背板に背中を預けた。
「お疲れ様、皇帝陛下」
その彼に、全く敬語も使わずに話しかける女性。彼女はグラ・ルークス直属の親衛隊隊長であって、果たして此処に居るのが適切かというと、立場的には場違いだ。しかしグラ・ルークス本人の命によって会話には一切入らず、壁に寄りかかりながら静かに会話を聞いていたのだ。
「彼等は、我々の決断をどう思うのだろうな」
「…そういうのは苦手なんだけど」
「君なりの感覚で良い」
「…五分五分。葛藤の中に怒りと迷いが見えた。彼等からしたら忌避すべき事だけど、その正しさは分かってる」
「五分五分、か…………やはり彼等が我々の前に立ち塞がるのも、十分に考えられてしまうな」
女性は自身の胸に手を当て、言葉を紡ぎ出す。
「その時は、命令を。私は、私達「ブラストチーム」は如何なる敵でも躊躇無く突撃し、粉砕し、蹂躙する。其れが私達の存在意義」
「…」
「…?どうしたの?」
「いや、何でもない。…その時が来なければ良いのだが…」
歯車は動き出した。
融和的行動で世界と少しずつだけでも、一歩一歩の融和を行なって団結を促そうとするEDF日本支部。侵略的行動で現在の世界秩序を完全に破壊し、EDF日本支部と共に中心点とした新たなる世界秩序を構築する事を決断したグラ・バルカス帝国。
彼等は間違いなく正義であり、それは誰にも疑いようもない確信を持っている。しかしそれが、もし、衝突するのならば、彼等は一体どうする?
それは誰にも分からない。だが、これだけは言える。
彼等が激突するのならば、世界は大きく変わるだろう。彼等が激突すると決心したならば、それは誰にも止められなくなるだろう。
彼等が、激突するのならば───
「…私だ。今すぐに全局長を第1会議室に緊急招集しろ。ストームリーダーも呼ぶんだ」
「…もしその時が来るのならば、存分に力を振るってくれ。クローサー」
戦争が起こる時は、何時だって「正義」と「正義」のぶつかり合いだ。
次回、「先進11ヶ国会議」。彼等の決断は如何に。
用語解説&状況説明
グラ・バルカス帝国
第一文明圏及び第二文明圏への属国化要求、及び侵攻作戦計画の立案を開始。
EDF日本支部
グラ・バルカス帝国の決断に対して傍観か、同調か、敵対か。決断を迫られる。
神聖ミリシアル帝国
グラ・バルカス帝国の力も知らずに挑発し、グラ・ルークスに「世界の程度が知れる」と揶揄されるくらいには馬鹿にされる。
クローサー
EDF:IRの主人公。グラ・バルカス帝国親衛隊「ブラスト」隊長であり、アグレッサー戦争に於いて、2隻のハイブクラフトの片方を撃墜した英雄。