白銀のヘカトンケイル   作:北十五条東一丁目

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遺跡探検
第12話


 帝国都市ベルダンで発生した、幼い娘の行方不明騒ぎが解決してから、十日ほどが経った。その日、アルフェ宅のリビングでは、テオドールとマキアスの二人の騎士が、アルフェと同じテーブルを囲んでいた。

 

「それで、今日はどのようなご用件ですか?」

「リアナちゃんたちは、どうしているかなと思ってね」

「ああ、はい。おかげさまで元気そうです」

 

 そう言ってアルフェは微笑む。件の行方不明騒ぎの後、アルフェはリアナとリオン、二人の幼い姉弟を自分の家に住まわせることにした。

 酒びたりで暴力を振るう父親から、半ば奪うように二人を引き取ってきたアルフェだが、当の父親は、今日まで特に何も文句を言ってきてはいない。その事から察するに、大きな問題は無いということなのだろう。

 

「二人とも、大分顔色が良くなりました」

 

 元いた家では、満足な食事も与えられていなかったという。はじめは衰弱しきっていて、新しい家に戸惑っていた姉弟も、今はようやく慣れてきたところである。テオドールも心配していたらしい。彼は安心した様子で微笑んだ。

 

「それは良かった。今、二人は?」

「ついさっき、散歩に出かけてしまいました」

「そうか、入れ違いになったな。せっかくだから会いたかったんだけど」

「テオドールさんがそう言っておられたことは、お伝えしておきます。きっと喜びます」

「それよりも、お茶ぐらい出ないのか? この家は」

 

 アルフェとテオドールの会話に割り込んだのは、もう一人の騎士、マキアスだ。脚を組んで椅子に座る彼に、アルフェは可愛らしい微笑みで冷たく言った。

 

「茶葉も無料ではありませんから」

「じゃあお湯でもいいさ」

「水も炭も、無料ではありません」

「扱いが酷いな」

 

 アルフェはマキアスをそんな風にあしらったが、実際のところは違う。彼女は今日まで、この家に来客があるとは全く想定していなかったのだ。ぼやくマキアスを見ながら、さすがに茶葉くらいは用意しても良かったかなと、アルフェは思った。

 

「でも二人なら、少し待っていただければ帰ってくると思いますが」

 

 向き直り、テオドールにそう言った通り、二人はそれほど遠くには出かけていない。この町の治安は――まあ、アルフェは一度泥棒の被害に遭ったが――悪くない。とは言っても幼い姉弟のことだ。昼までに戻るようにとは約束している。

 

「いや、私たちはもうすぐお(いとま)させてもらうよ」

「そうだな、まだ仕事の途中だし」

「お仕事ですか?」

「ああ、今日は町の中に用があるんだ」

 

 そう言えば今日の二人は、いつも着ているお揃いの鎧を身に着けていない。剣は腰に佩いているが、それ以外は身軽そうな平服姿だ。

 ここ最近、たまたま共闘する案件が続いたが、本来二人とアルフェの仕事は違うのだ。二人は冒険者ではないのだから、きっと何か、騎士としての任務があるのだろう。それ以上、アルフェは彼らの仕事の中身を聞き出そうとはしなかった。

 

「そうなのですね。まあ、私もリアナちゃんたちが戻ってきたら、お仕事に行くつもりでしたが」

「相変わらず熱心だな。ついこの間あんな目にあったばかりなんだ。もう少しゆっくりしても、ばちは当たらないぜ」

 

 マキアスはそう言うが、アルフェにとっては食べる口が二つ増えたのだ。ゆっくりしてなどいられない。いつ何時、何が起こるか分からないのがこの職業だ。稼げるときに稼ぐのは、冒険者の鉄則である。組合にいる先輩冒険者もそう言っていた。

 

「二人の事は、あのハゲたギルドの親父も考えるって言ってたし、あまり一人で背負い込みすぎるなよ?」

「分かっています。大丈夫ですよ」

 

 周囲の大人も、アルフェ一人に任せっぱなしにするほど薄情ではない。特に冒険者組合のタルボットは、乗りかかった船ということでリアナとリオンに対する具体的な支援を考えているようだ。

 しかしとりあえず姉弟が、特に姉のリアナの方がえらくアルフェに懐いているので、二人と暮らすと言ったアルフェの意見が尊重されている。現状はそんなところである。

 

「――ただいま!」

「ただいま帰りました。――あ、テオドールさんとマキアスさん」

「やあ、二人とも。お帰り」

「お、帰ってきたな――ぐふ!?」

 

 そんな話をしているうちに、姉弟は散歩から帰ってきた。リアナが丁寧に挨拶し、人見知りしない六歳のリオンがマキアスの懐に突進する。結局二人の青年は、ひとしきり姉弟と遊んで、昼食まで食べてから任務に出かけた。

 

 

 ――ただいま。 ……お帰り。

 

 二人が帰った後、アルフェもまた仕事に向かうため家を出た。冒険者組合までの道を歩きながら、彼女が頭の中で思い返していたのは、先ほど家で行われたやり取りだ。

 

「……ふふ」

 

 ただいまと言って帰ってきた誰かを、お帰りと言って誰かが迎える。ただそれだけの会話を思い出して、アルフェが口の端に笑みを浮かべたのはどうしてだったろうか。それは、その何の変哲も無いやり取りが、彼女にとっては今日初めて経験したものだったからだ。

 それは彼女がずっと憧れていたもの。

 

 ――どうして。

 

 今までアルフェには、ただいまと言う相手も、お帰りを言ってくれる誰かも、一人として存在していなかった。

 

 ――どうして、私は独りなの?

 

 そう、今まで。それは、彼女があの場所にいた時からである。

 

 ――どうしてですか、お姉様。

 

「――っ」

 

 アルフェの頭の中に、いつかの幻影が浮かび上がりそうになり、彼女はそれを振り払うように首を振った。

 今はそんなことを考える時ではない。それよりも仕事である。そう自分に言い聞かせた彼女は、冒険者組合の扉をくぐった。

 

「お前達ももう十七だ。三人ならめったなことは無いと思うが……、くれぐれも油断するなよ?」

「わかってますって! タルボットさん」

「本当かねぇ」

 

 カウンターでは受付のタルボットを前に、三人の男女が何やらやりとりしていた。

 

「俺だって、今度の試合じゃ三番手に選ばれるくらいの腕なんだから、モンスターが出たって大丈夫ですよ! ジェフとマーガレットの事だって、俺がちゃんと面倒見ます!」

「僕はウィルの方が心配だけど……、君はいつも無茶するからね」

「どうしてアタシまで付いて行かなきゃならないのか、わかんないんだけど……」

「ここまで来て、そういう水くさいこと言うなよ、マーガレット」

 

 青年が二人と少女が一人。青年二人は革鎧を着て、片方は長剣、片方はメイスを装備している。少女は短弓を背中に背負い、青年達よりは少し軽装だ。三人とも、アルフェより二つか三つは年上のように見える。

 アルフェは何となく彼らを観察しながら、自分の依頼を探すために掲示板の方へと歩いた。

 

「う~ん。どうも今一、信用できないんだよなぁ……。ん? おう、アルフェ、依頼を受けに来たのか?」

 

 そこでアルフェに気付いたタルボットが、掲示板の前にいるアルフェに話しかけてきた。

 

「はい、大分落ち着いたので、またどこか新しい採取地が無いものか、情報を探しに来たんです」

「そうか、お前にはそろそろ、もう少し難度の高い依頼を受けてもらいたい気もするんだが……」

「ちょ、ちょっとタルボットさん! この子も冒険者なの?」

 

 ウィルと呼ばれた長身の青年が、勢い込んで二人の会話に割り込んできた。

 

「はい、この町で冒険者をさせていただいております、アルフェと申します」

 

 初めましてと、アルフェが丁寧に辞儀をする。青年は赤くなり、頭を右手でかきながら、どぎまぎと返事をした。

 

「え、あ……、ハイ。初めまして。あの、俺、ウィルヘルムって言います。こちらこそよろしく。君、この辺に住んでるの? 見たことない子だけど……、痛っ!」

「いきなりナンパしてんじゃないわよ」

 

 足を抱えて、ウィルヘルムはその場にうずくまる。彼のすねに、マーガレットと呼ばれた少女が蹴りを入れたのだ。相当力が入っていたようだ。

 

「アルフェちゃんだっけ? 悪いわね。こいつ馬鹿だからさ、怖がらせちゃったらごめん」

「いえ、大丈夫です」

 

 実際、ここに出入りしている冒険者には、魔物顔負けの凶悪な人相をした者も多かった。それでなくとも、これまで少なくない魔物と対峙してきたアルフェである。今更少々男性に絡まれた程度で、怯えるなどということはない。

 

「あ、僕君のこと見たことあるよ! 坂の上の建物に通ってる子でしょ!」

 

 こちらはジェフと呼ばれた、メイスを持っている青年だ。彼はウィルヘルムよりも少し背が低く、四角張った顔をしている。

 

「痛てて……。何だってジェフ、坂の上の建物?」

「ウィル、覚えてないの? 前に指南所で話してたじゃない。近くのボロい建物に通ってる、めちゃくちゃ可愛い子がいるって」

「え? う~ん……、あ、そうか! 君、あの子じゃないか!」

「何よ、あの子って」

 

 勝手に盛り上がる青年たちを見て、マーガレットが険悪な声を出した。

 

「え、いや、それはさ――」

 

 ウィルヘルムたちの通う剣術指南所の訓練生の間には、最近ある共通の話題があった。

 彼らの通う指南所は、冒険者組合裏手の坂の上にある。そこにはかなり多くの門下生が所属いるが、通っているのは主に平民の子弟だ。彼らは毎日訓練に励んで、にぎやかに汗を流していた。

 

 年頃の青少年が集まっていれば、それが気になる年頃の少女もいる。訓練時にはちらほらと、柵の向こうで見学している女子たちがいて、誰それが格好いいだの、誰それが強そうだのという、実の無い会話に花を咲かせていた。

 もちろん、異性の品定めをしているのは女子たちだけではなかった。見られている方の青少年たちも、訓練に集中している風を装いながら、逆に相手の品評をし、あわよくば女の子にいいところを見せてやろうなどと、常に考えているのだった。

 

 そしてその娘たちの中に、数か月前から、謎の銀髪の美少女が混じるようになったというのだ。

 

「君、たまに俺たちの訓練を見てるよね!」

「え?」

 

 言われてアルフェも思い出す。コンラッドの道場に向かう坂の途上にはいくつかの指南所が並んでいて、確かに彼女はそこの訓練を眺めることがあった。

 

「あ、はい、いつもお世話になっています」

「え、お世話?」

「いえ、こちらの話です」

 

 彼女の目的は、主に武器を持った人型の魔物との戦闘を想定して、それに備えるためである。自分なら、あそこで剣を振っている者たちをどう倒すか。それを頭の中で浮かべるだけでも、鍛錬にはなった。

 

「どこの子なのかって思ってたけど……、冒険者なの?」

「はい」

「本当に? 信じられないなぁ。あ、俺たちも冒険者なんだ」

「まだ登録してねぇよ」

 

 ぐいぐいとアルフェに近寄るウィルヘルムに、タルボットが水を差した。その言葉に続けて、彼はなにやら思いついた調子でこう言った。

 

「そうだよ、お前たち。アルフェに付いていってもらえばいいじゃねぇか」

 

 

「こいつらは冒険者志望の若造でな、『腕試し』をしたいんだと」

 

 カウンターの前に移動したアルフェに、タルボットが事情を説明し始めた。

 

「腕試し、ですか」

「ああ」

 

 聞いてみると、それは大して複雑な話ではなかった。ここにいる三人の若者は冒険者を志しているのだが、それをほいほいと受け入れて、すぐに死なれたら町の損失だ。それは冒険者組合全体の信用にも関わる。だから冒険者になるにあたって実力が十分かどうか、試しで簡単な依頼をこなしてみろというわけだ。

 

「手頃な依頼は有るんだけどな、全員素人みてぇな連中だ。どうしたもんかと悩んでたのさ」

「大丈夫だってタルボットさん。俺だって、今度の試合じゃ三番手に選ばれたんだから」

「分かった分かった。さっきも聞いたよ。――でな? こっから三日ほど南に行ったところに、遺跡があるんだよ。遺跡といっても、そう大したもんじゃねぇ。大体は探索調査済みだ。でもまだ、ガクジュツ的に貴重な史料が見つかる可能性もあるって話でな、たまに調査依頼が出てんのさ」

 

 アルフェはタルボットの話を大人しく聞いている。

 

「一通りの訓練は受けてるんだが、何せ実戦の経験がほとんど無い奴らでな……。不安だから付いてってくれねぇか?」

「なるほど……。ですが、以前はこのような仕組みは有りませんでしたね」

 

 確かアルフェが冒険者登録をした時には、こんな話は出てこなかった。

 

「そうなんだよ。前にどっかの娘が薬草採取に行って、ゴブリンに殺されかけてたんでな。新しく作ったんだ」

 

 さて、彼は誰のことをいっているのだろうか。アルフェはタルボットから目をそらして横を向いた。

 

「な、どうだ。何か珍しいもんも採れるかもしれないぜ?」

 

 引き受けても良いものかどうか。アルフェが思案していると、タルボットはおいと言った。

 

「そんな露骨に嫌そうな顔をすんなよ。リアナたちなら、留守の間は俺んちで預かってやる。カミさんもいるから心配すんな」

「……」

「……分かった、分かったよ。組合から報酬を追加してやる。新人の研修料だ」

「承知しました」

 

 すがすがしくうなずいたアルフェを見て、お前もがめつくなったなぁとタルボットが嘆息している。

 

「えっ、いやっ、タルボットさん! こんなか弱い女の子を連れて行けだなんて、何考えてるんですか!」

 

 あたしはどうなのと言いながら、マーガレットが首をすくめている。後ろで書類の整理をしていた組合職員が、ウィルヘルムの『か弱い』という単語を聞いた瞬間に、ぶっと噴き出した。

 

「いいジョークだ。お前今度それ、他の冒険者の前で言ってみな。絶対にウケるからよ……。こいつが『か弱い』女の子なら、トロルだってか弱いさ……。見た目に騙されんなよ。お前たちよりは、よっぽど修羅場も潜ってるから、心配するな」

「よろしくお願いします」

「ええ……」

 

 タルボットの言葉とアルフェの挨拶に、狐につままれたような顔をしたウィルヘルムは、彼女の身体を上から下までまじまじと見つめていた。

 

 

「とりあえず改めて自己紹介しとこうか。俺はウィルヘルム、知り合いは皆、ウィルって呼んでる。一応は……、剣士だな」

 

 そう言うとウィルヘルムは腰の長剣を持ち上げた。

 

「剣術指南所の若手の間じゃ一番なんだ。剣の腕には期待してくれていいぜ」

「三番手じゃなかったの?」

「茶化すなよ、マーガレット。で、こっちがジェフリー。幼なじみで、指南所の同期さ」

 

 よろしく、とジェフリーが頭を下げる。縮れた赤毛の青年だ。

 

「剣はダメだけど……、こいつはすごいんだぜ。魔術が使えるんだ」

「やだなぁウィル。少しだけだよ」

 

 謙遜しながらも、ジェフリーの顔は誇らしげだ。

 

「そうなのですか?」

 

 アルフェの目が好奇心で輝いた。自分やマキアスが治癒術を使ったことはあるが、戦闘用の魔術を使う人間と、今まで共に戦ったことはない。

 

「実家が道具屋だから、簡単な魔術の道具なんかも置いてあるんだ。それでね」

 

 ジェフリーがへへんと笑う。続いてウィルヘルムは、彼の隣に立つ、長い髪を後ろで一つにまとめた少女を指さした。

 

「こっちがマーガレット。親父さんが狩人のギルドに所属してて……、まあ、こいつも狩人なのかな?」

「別に狩人ってわけじゃないけどね。一通りの探査や追跡の技術は、お父さんに習ってるから」

「マーガレットさんも、冒険者を目指していらっしゃるんですね」

「違うわ。私はただ、付いて来てくれってこいつらに泣きつかれただけよ」

 

 マーガレットが肩をすくめた。その仕草からも言葉からも、気の強そうな性格が読み取れる。

 

「よろしくお願いします。私はアルフェと申します。冒険者です」

「あなた、どこかいいとこのお嬢様? こんな奴らに、そんなかしこまる必要なんてないわよ」

「そうだな、マーガレットじゃないけど、もっと気軽に話してくれていいよ」

 

 曖昧な微笑を浮かべて、アルフェがうなずく。

 

「タルボットさんが言ってたけど、結構色んなところに行ってるんだって? 結界の外にも行くの?」

 

 ジェフリーが興味深げに尋ねた。

 

「はい、薬草などを摘んで……、それを組合に買い取ってもらっています」

「その年で? 大変だなぁ……」

 

 ウィルヘルムとジェフリーの瞳に同情の色が宿る。

 

「結界の外なら、魔物だって出るだろ? 戦えるのかい?」

「はい、修行中の身ですが、たしなむ程度には」

「そうかぁ、でも今日は無理しなくていいぜ。何かあったら、俺が守ってあげるから!」

 

 胸をたたいて、ウィルヘルムが言いきった。マーガレットは、さっきから鼻の下を伸ばす幼なじみに渋い表情をしている。

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 アルフェはもう一度繰り返した。

 

 一行が町を出発してから目的地までは、特に何事も無く進んだ。実戦経験は少ないといったが、剣術指南所では野営の訓練なども一通り行うし、度胸試しで、森のゴブリンと戦いに行ったことくらいはあるそうだ。キャンプを張る時も、青年達の行動は手馴れているように見えた。

 

「遺跡には、それほど強いモンスターは出現しない。せいぜい墓荒らしかスケルトンくらいさ。昔は侵入者よけの罠なんかもそれなりにあったらしいんだけど、ほとんど解除されてる」

「そこで何を探すんですか?」

「その遺跡は、すっごく大昔に作られたものらしくてさ。なんでも、帝国ができるよりもずっと前からあるんだって」

 

 アルフェに説明をしているのはジェフリーだ。冒険者志望というだけあって、彼らは一応は目的地の情報を収集してあるようだ。

 

「歴史学者たちには、それこそ何でも喜ばれるらしいよ。何かの道具とか……、文字の書いてある石盤なんかも。持って帰れば、買い取ってくれるってさ」

「まあ、しけた依頼だけどね。こういうところから、冒険者のキャリアっていうのが始まるのさ」

「なんであんたそんなに偉そうなのよ、ウィル」

 

 三人は、ベルダンの町で幼なじみとして育ったそうだ。気の置けない間柄、という奴だろうか。今まで歳の近い友人を持たなかったアルフェには、彼らの関係が少しうらやましい気もした。

 

「ああ、やっぱり墓荒らしがいる」

 

 遺跡に着くなり、ジェフリーがそう言った。遺跡とはいっても、平原の中の開けた土地に、いくつか古い建物の基礎が点在しているだけだ。

 

 ジェフリーが墓荒らしと言ったのは、ゴブリンよりもさらに小型の人型生物で、インプとも呼ばれる魔物のことだ。

 彼らは臆病な性格で、人間などの自分より大きな生物を直接襲うことはまず無い。その代わり、生物の死骸や、行き倒れた旅人の荷物などを漁る性質があるそうだ。墓荒らしと呼ばれるのは、まれに人里の墓地を掘り返してしまうこともあるからだ。そんなこともあって、魔物の中では危険は少ないが、嫌われる存在だった。

 

 インプたちは、粗末なつるはしのような道具を使って、せっせと遺跡の地面を掘り返している。

 

「ほっとこう。あいつらは、人間には怖がって近寄ってこないから……。それよりも、スケルトンなんかが居ると困る。一度周囲を調べておくか。ジェフ、行こう」

「うん」

 

 青年二人は、アルフェとマーガレットに、ここで待っててくれと言い置いて見回りに行った。人影に気づいたインプたちが、慌ててどこかへ逃げ去っていく。

 

「じゃあ、私たちはテントでも張ってようか」

「はい」

 

 マーガレットに言われ、アルフェと彼女は探索のための拠点を設営し始めた。

 見晴らしの良い草原が夏の風になびき、遠くには白い雪をかぶった山脈が見える。魔物がいることを除けば、とてものどかな光景だ。

 

 ウィルヘルムの言ったとおり、遺跡のあちらこちらにはスケルトンが徘徊していた。しかし、沼地のスケルトンよりも数はずっと少なく、ウィルヘルムとジェフリーが一体ずつ仕留めていった。

 

「やっぱりスケルトン相手には、こっちの方が調子がいいね」

 

 二人は剣術の指南所に通っていると言っていたが、ジェフリーがメイスを装備してきたのは、スケルトン対策だったようだ。ウィルヘルムの長剣よりも、ジェフリーのメイスの方がスケルトンたちに効率的に損傷を与えている。

 青年二人がスケルトンを大方駆逐したところで、四人は遺跡の調査を開始した。

 

「当たり前だけど、やっぱり大したものは無いなあ」

 

 半日ほど調査したところで、ウィルヘルムが疲れた声で愚痴をこぼした。調査の結果、古代の欠けた食器や、短い文が書かれた石盤のかけらなどが見つかったが、どれもそれほど価値があるようには見えない。

 

「まあ、それは分かってたことだしね……。今回は練習みたいなものさ」

 

 ジェフリーが強がったが、彼も気落ちした様子は隠せていない。

 

「あたしは別にいいんだけどさぁ。初めっから、そんな上手くいくわけないじゃん。やっぱり甘く見てたんだよ」

 

 マーガレットがずけずけと言う。幼なじみの容赦ない発言に、二人の青年は少々誇りを傷つけられたようだ。

 

「いやっ! もう少し探せば、まだ何かあるかもしれないし……!」

 

 彼らは再び探索を始めてしまった。マーガレットは呆れていたが、何だかんだ付き合ってあげているあたり、面倒見はいいのだろう。アルフェも三人に従って、遺跡の調査を続けた。

 

 しかし結局、その日は他に何も見つからなかった。探索はまた明日ということで、一行は遺跡を見下ろす丘の上で野営をした。

 夜、焚き火を囲んで4人で座る。ウィルヘルムとジェフリーは、意気揚々と町を出発したときよりも、何となく元気を失っていた。

 

「……あんたら、やっぱり冒険者なんて考え直したら? 向いてないんじゃない?」

 

 夕食の後、石に腰掛け頬杖を付いていたマーガレットが口を開いた。彼女は最初から渋々といった感じで付いてきていたが、そもそも彼女は、ウィルヘルムとジェフリーが冒険者になろうとしていることを、あまり心良く思っていないようだ。

 

「マーガレットさんは、冒険者がお嫌いなんですか?」

「あ、いや、アルフェちゃんのことを悪く言ってるんじゃなくってさ……。別に好き好んで、危険な仕事なんかしなくてもさ。剣が振りたいんだったら、衛兵とかになればいいじゃんって」

 

 両手で短弓をもてあそびながら、マーガレットがそう言う。

 彼女の感覚は、町の人間としてはおかしくない。結界の外での仕事を生業とする冒険者は、必要とされることはあっても、決して真っ当な市民の就く仕事としては認識されていなかった。

 

「……でもなぁ、あの町で一生衛兵なんて、そんなのさぁ……」

 

 そうこぼしてため息を吐く、ウィルヘルムの気持ちも分かる。彼くらいの年頃の男にはよくあることだ。

 町の若者の多くが、家業と関係の無い剣術や槍術の指南所に通うのは、何も衛兵になりたいからではない。抜群の技量を示して、帝都の騎士団にスカウトされる――。そういう物語を夢想したことが無い者など、彼らの中に数えるくらいしかいないだろう。

 

「衛兵いいじゃん! あの町なら、戦争とかの危険もあんまないだろうしさ。……普通に町で暮らしてさ。――お、奥さんとかもらって。それで何がダメなのよ」

「夢がないじゃないか、そんなの」

「――っ!」

 

 冒険者は真っ当な市民とは見なされないが、一つの町に縛られないその生き方、自由を体現したような人生に、ある種の憧れを抱く者も少なくない。力の有り余った若者なら、なおのことだろう。

 だからこそ、彼も冒険者として身を立て、吟遊詩人に歌われるような英雄になろうと思ったのだ。

 

「何よ。そんなにあんた、ベルダンから出ていきたいの……?」

 

 小さくつぶやいたマーガレットが、ウィルヘルムから目を背ける。焚き火の灯りが、彼女の顔に濃い影を作った。

 

 

 

「……いやあ、青春だよね」

「……? どういうことですか?」

 

 二人のやり取りを見て、ジェフリーがアルフェに小声でささやいた。彼が言ったことの意味は、アルフェにはよく分からなかった。

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