翌日も、四人は朝から古代遺跡の調査を進めていた。遺跡は草原のかなり広い範囲に散在していて、前日とは場所を変えての探索である。それでもやはりめぼしい品物は見つからず、今日もそろそろ調査を打ち切ろうかと思ったところに、ウィルヘルムの声が響いた。
「お~い! おい、ここだ! 皆来てくれ!」
「大声出さないでよ。魔物が寄ってきたらどうするの」
「何、何かあったのかい?」
散らばっていた三人が、ウィルヘルムの下に集合する。その前で、ウィルヘルムは興奮を抑えきれない様子だった。
「これ見てくれ! 階段だ! 階段!」
確かに彼が指さした先には、倒壊した柱の陰に階段が隠れていた。それを見たジェフリーも喜びの声を上げる。
「本当だ! この遺跡に地下なんて無かったはずだよ! これは新発見だよ!」
「本当ですね。あの魔物たちの仕業でしょうか?」
柱の残骸に隠れているとは言え、近くに来れば階段があるのは一目瞭然だ。アルフェが疑問に思った通り、これほど目立つものならば、これまでの調査で発見されていない方が逆におかしい。ここに生息するインプという魔物たちが入り口を掘り返した可能性が高かった。
「いやぁ、これはきっと大発見だぜ。やっぱり俺達って持ってるよなぁ。冒険者としてのツキって奴?」
ウィルヘルムはほら見ろと言わんばかりに、ちらちらとマーガレットの方に目を向けた。マーガレットは幼馴染みの調子の良さに呆れながらも、素直に彼の発見を賞賛した。
「まあ良かったじゃん。これで冒険者組合からも報酬がでるんでしょ? 依頼達成ね」
「いやいやいやいや! このまま帰れるわけないだろ? せっかく見つけたんだから、ちょっと調べてみようぜ」
「……真面目に言ってるの? なんか危ないモンスターとかがいたらどうすんのよ」
調子に乗りすぎたウィルヘルムの提案に、マーガレットは露骨に顔をしかめた。
「そん時は逃げればいいだろ。行こうぜ!」
「そうだね、ウィル」
「あ! こら! ちょっと待って!」
しかし、はしゃいでいる青年たちの勢いは止められそうにない。彼らはマーガレットの制止を無視して、柱の隙間をくぐり階段を降りていった。
「……もう!」
「……私たちも行きましょう」
こうなれば追わない訳にはいかない。アルフェはマーガレットを促し、青年二人の後に続いた。
「なんか、すごく砂っぽいね」
四人が階段を下りると、そこには意外なほど広い空間が広がっていた。ジェフリーがもらした感想通り、部屋の大部分は砂で埋もれ、埃っぽい空気が漂っている。
「砂ばっかりで、なんも無いじゃん」
そう、砂以外には特に何も見当たらない。
「いや、ここを掘り返していけばさ、何かすごい物があるかも知んないだろ……」
そうは言っても、ウィルヘルムも拍子抜けしたようだ。先ほどの勢いは失われている。
「それこそあたしらの仕事じゃないでしょ……。満足したなら戻ろうよ」
それでもウィルヘルムとジェフリーは諦めきれない様子だった。彼らは地下室内でしばらく砂を掘り返したり壁を叩いて回ったりしていたが、結局手応えを得られず、見るからに落胆した。
「くそぉ……。何にも無いのかよ」
だがその時、ウィルヘルムが床のタイルの一部を踏んだ、カチッという、何かがはまる音がする。
「ん? なんだ?」
遠くでしばらく地鳴りのような音がしていたかと思うと。突然、四人の足元の床が崩れ去った。
「いてぇ……」
穴の上からぱらぱらと砂が落ちてくる。四人はかなり下まで落ちてきたようだ。穴の中は暗いが、上から一筋の光が差している。段々と目が慣れてきたウィルヘルムには、辛うじて全員の姿が見えた。
怪我を負った者はいなさそうだ。下に溜まっていた砂が、うまい具合にクッションになってくれた。
「あいたたた……。何? どうなったの……?」
「砂っ、砂が口に入ったっ、ぺっ」
「……皆、無事だな」
手で腰をさすりつつウィルヘルムが起き上がる。マーガレットも、髪についた砂を払い落としながら立ち上がった。ジェフリーは頭から砂に突っ込んだようだ。口の中の砂を吐き出そうと苦心している。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。アルフェちゃんは?」
「問題ありません」
既に立ち上がっていたアルフェが、ジェフリーに声をかけてきた。気のせいだろうか。彼らが無様に落ちていく中、アルフェだけは華麗に着地を決めていたように感じたが。
「地下の罠は、動いていたみたいですね」
「ああ、そうだな……。とりあえず、灯りをつけよう」
ウィルヘルムが松明に着火する。それでようやく彼らが状況が明瞭に照らし出された。そこはさっきまでいた部屋と同じくらいの広さで、例によって黄色い砂の山ができている。一筋の光は、彼らが落ちてきた場所から差しているようだ。
「どうする? はしごになりそうなものでも探してみるか?」
「そんなもの、どこにあるのよ……」
天井の穴は、とても自力で上がれる高さにはない。はしごと言っても、この部屋もやはり砂ばかりだ。使えそうなものは見当たらなかった。
「じゃあ、先に進む? あそこに扉があるけど……」
「まあ、仕方ないわね。まだ奥があるみたいだし、嫌でも行ってみないとならなくなったわね」
落ちてきたこの場所は、先ほどの部屋と似たような構造だったが、ジェフリーの言う通り、部屋にはただ一つだけ扉があった。
「う~ん! クソ! 固ぇ……」
「はぁ。ダメだ。開かないよ」
装飾の無い石の扉は、見るからに重厚だ。ウィルヘルムとジェフリーが試してみたが、押しても引いても扉は開かなかった。
「参ったな……。落とし穴なんだから、当然、罠なんだよな……。簡単に出られるはずないか……」
「どうすんのよ! ここで飢え死になんて嫌よ?」
食料などの入った荷物は、全て上に置いてきた。かろうじて、地下に入るときに持ってきた松明だけはあるが、それもいつまでもつかは分からない。
「う~ん。やっぱり上の穴から出るしかないかぁ。服をほぐして、ロープでも作ってみるか?」
「それであそこまで届くのは無理だよ……。……ん? アルフェさん?」
「すみません、どいてください」
問答をする青年二人を押しのけて、アルフェは扉の前に立った。
「開けます」
そう言うと彼女は、おもむろに石の扉に前蹴りをかました。
二人の青年が力を込めてもびくともしなかったそれが、地面と水平に飛んで行き地響きを立てる。直立した姿勢から、ノーモーションで放たれた蹴りに、どれほどの力がこもっていたというのか。それを見ていたアルフェ以外の三人には声も無い。
「開きました」
「……あ、はい。どうも。……君、すごいね」
「……? ありがとうございます」
そして一行は、扉の奥の探索を開始した。
暗い通路が延々と続いている。最初の部屋を出てから、通路は基本的に一本道だった。通路の脇にはたまに部屋の扉らしきものがあったが、ほとんどは天井の地盤ごと崩壊しているらしく入れなかった。
「この建物って、一体なんなのかしらね」
マーガレットが、改めて疑問に思ったというように口にした。この古代遺跡は、表に見えている部分よりも、むしろ内部の方が大規模なようだ。
「う~ん。上にスケルトンが居たよね? お墓か何かじゃないかな」
ジェフリーが推測を述べた。古戦場の沼地では、蝿か雑草のように湧いて出てくるスケルトンだが、最下級とは言え、あの手のアンデッドは死体の無いところには発生しない。
「あの落とし穴は泥棒除けっていうこと? 勘弁してよ……」
「まあ、前向きに考えようぜ。もしかしたら、財宝なんかがあるかも知れないじゃないか」
「あんたさっきから、そんなんばっかりね……」
そうは言うものの、ウィルヘルムの言葉通り、悲観的になっても仕方ない。マーガレットも気持ちを切り替え、探索に臨んだ。
「うわ、ラットだ」
しばらく探索すると、彼らは初めての生物に遭遇した。ジャイアントラット――大型犬くらいの大きさのネズミで、一応は魔獣に分類されている。ラットたちは一行の存在に気付くと、後ろ足で立ち上がり、キィキィと威嚇の鳴き声を上げた。
「数が多いな……。マーガレット、お前も戦えよ!」
「え~、キモくない?」
戦意を見せたラットに対してウィルヘルムとジェフリーが構えた。マーガレットはウィルヘルムに言われて、不平をこぼしながらもダガーを抜く。
ラットは彼らの敵ではなかった。五、六匹が瞬時に切り払われると、他のラットは一目散に逃げていった。
「どうだ! 見たか俺の実力!」
「調子乗んな! あんなん子供でも追い払えるよ」
「まぁまぁ二人とも。……ん? アルフェさん、そんな真剣にどうしたの?」
ウィルヘルムとマーガレットがやり合っている脇で、残されたラットの死体をじっと見ているアルフェに、ジェフリーが声を掛けた。
「ネズミ、嫌いだった?」
「いえ、ご心配なく。……これで食料が確保できましたね」
「はっはっは、アルフェさんは冗談がうまいなぁ……。え? 冗談だよね?」
通路は一本道だが微妙に曲がっていて、四人の距離感を狂わせる。彼らが出発地点からどのくらい進んだのか分からなくなってきたころ、マーガレットがあるものを見つけた。
「あそこに居るの、墓荒らしじゃない?」
マーガレットの言った通り、ある部屋の奥にインプがいた。インプは一心に、壁際の砂を掘り返している。
「あいつがあそこに居るってことは……。地上からやってきたってことだよな? てことは、どっかに出口があるって考えていいんじゃないか?」
インプはウィルヘルムたちの話し声を聞きつけ、驚いたように顔を上げると、四人の足元をすり抜けて部屋を出て行った。魔物はそのまま通路の奥に消えていく。
「ここまでは一本道だし……、とりあえず、あいつに付いていってみるか」
一本道を抜けると、さっきまでとは違った雰囲気の部屋に出た。中央には石の棺のようなものが置かれている。壁の装飾はほとんど剥離しているが、かつては古代文字と壁画が一面に描かれていたのだろう。
「……やっぱり、ここはお墓みたいだね。帰って報告したら喜ばれそうだけど、僕たち帰れるかなぁ」
「情けないこと言わないでよ……。冒険者になるんでしょ? だったら、それらしいところ見せてちょうだいよ」
マーガレットが後ろ向きになったジェフリーに発破をかけている。やはり、何だかんだで面倒見の良い少女である。
「見ろよ、何か良さ気なものがあるぜ!」
二人に構わず、マイペースに部屋を物色していたウィルヘルムが言う。この部屋には、いくつかの壷や箱が置かれていた。墓の主と共に埋葬された副葬品だろうか。ウィルヘルムはその箱の一つに手をかけた。
「ウィル待ちなさい! そんなもの不用意に開けたら――!」
マーガレットの声も間に合わず、ウィルヘルムが箱の蓋を開く。すると、中から異形の魔物が高速で触手を伸ばし、ウィルヘルムの喉を捉えようとした。
擬態する魔物――ミミックだ。
――死!?
不注意な青年は、そのままミミックの餌食になるかと思われた。しかしその前に、ミミックの入った箱の蓋に、アルフェの踵が振り下ろされた。金属製の箱が、中の魔物ごとひしゃげる。外に出ていた触手部分だけが取り残され、蓋の隙間から青い体液がにじみ出てきた。
アルフェはウィルヘルムから離れたところで壁の文様を眺めていたはずだが、この一瞬で距離を詰めてきたのか。
「お怪我はありませんか?」
鋼のグリーブで箱を踏みつけたまま、アルフェが尋ねる。腰を抜かしたウィルヘルムが、青ざめた顔でこくこくとうなずいた。アルフェは青年の無事を確認すると微笑を浮かべ、彼から一歩離れた。
「ウィル! 大丈夫!?」
そしてそこに、血相を変えたマーガレットが駆け寄ってきた。
「あ、ああ、平気。……何ともないぜ!」
ウィルヘルムが、親指を立てながら歯を見せて笑う。
「しりもち付きながら言ったって、全然説得力ないわよ……。……よかった」
「……え? お前、泣いてない?」
「泣いてないわよ! バカ!」
「あのー、ちょっと二人とも」
「心配かけちゃったな……、ごめん」
しゅんとしたウィルヘルムを前にして、マーガレットは少し頬を赤くした。
「何よ、しおらしくならないでよ……。……心臓、止まるかと思ったんだから」
「ああ、ごめん」
「ちょっと二人とも、いいかなー? 良い雰囲気のとこ、申し訳ないんですけどもー!」
「何よジェフ! ちょっと黙っててくれない!?」
声を荒げ、ジェフリーの方を振り向くマーガレット。そこではジェフリーが壁の一角に張り付き、何事かを必死に訴えている。
「ちょっとこの人が、お目覚めらしくて……」
彼が指さす方を見ると、そこには、今にも石棺の中からアンデッドが這い出そうとしていた。
ミイラのような腕が、ずらされた石棺の蓋の隙間からのぞいている。
「――っ戦闘! 戦闘準備だ!」
ウィルヘルムが長剣を抜き、ジェフリーがメイスを構える。マーガレットも自身の短弓に矢をつがえた。
「マーガレット! 俺の後ろに! ジェフ! こっちに来い!」
「ひ、ひぃ!」
ジェフリーが壁を伝って、ウィルヘルムたちの元に合流する。その間に石棺の蓋を押しのけて、アンデッドが立ち上がった。
「ちょ、ちょっと強そうじゃない!?」
マーガレットの感想通り、石棺から出現したアンデッドは、地上のスケルトンとはかなり雰囲気が異なっていた。
その身体は完全に白骨化してはおらず、表面にはうっすらと、乾いた皮膚が張り付いている。ボロボロになった祭司服らしきものをまとい、手には小さな宝玉付きの
「――――! ――!?」
「何? なんて言ってんの、あれ!」
アンデッドが口を開き、手を広げて何事かをのたまう。朽ちた声帯からは、ウィルヘルムたちに判別可能な音は発せられなかった。しかしたとえ聞こえたとしても、恐らくは彼らに理解できない古代語で喋っているのだろう。
「分かんねぇ……。――少なくとも、友好的じゃなさそうだ!」
アンデッドの手ぶり、声色は、明らかにウィルヘルムたちに対する憤りを示している。彼にとっては侵入者により安らかな永遠の眠りを妨げられたのだから、無理からぬことだろうか。
「――! ――! ――!」
「これ、もしかして」
不死者の手が刻む一定のリズムを見て、ジェフリーが何かに気付いた。
「詠唱……? ――魔術だ!」
「…………――【火球】」
アンデッドが杖をウィルヘルムたちの方に差し向ける。魔力が杖の先端に集束し、次の瞬間、小さな火の玉となって放たれた。
「うわ!」
「――え?」
「危ねぇ!」
ウィルヘルムは咄嗟に、反応の遅れたマーガレットの肩を抱き、横に倒れこんだ。火の玉がさっきまでウィルヘルムたちの立っていた地点に飛んできて、小規模な爆発を起こす。
「大丈夫か!? マーガレット!」
「あ、ありがとうウィル。――ジェフは!?」
ジェフリーはどうなったのか。魔術に気付いた彼も、火球には反応できずに立ちつくしていたように見えたが、もしや爆発に巻き込まれて――いない。
「――砂! 砂がっ! また口に入った! ぺっ!」
「なんでそんなとこにいんのよ!」
ジェフリーはなぜか、部屋の隅に積もっていた砂の山に上半身を突っ込んでいた。
「わ、分かんない、襟をつかまれたと思ったら、ここに……!」
「喋ってる暇ないぞ! 構えろ!」
慌ただしく態勢を立て直す三人。
その時、ジェフリーを投げ飛ばした張本人――アルフェは、アンデッドを眺めながら、別のことを考えていた。
――自壊している……。
火球の魔術を放った瞬間、アンデッドの左腕の先が崩れて落ちた。他の部位もギリギリのところで繋がっているようで、少し押しただけでも崩壊しそうに見える。あるいは、攻撃を避け続けるだけでも、勝手に自滅するかもしれない。
それにあの魔物には、以前彼女が闘ったレイスのように、何としても現世にしがみつこうとする執念が見えなかった。見た目は仰々しいが、それほど力のあるアンデッドではない。
「また来るぞ」
「きゃあ!」
さすがに、初めて目にした攻撃魔術は脅威だったが、あれだけ予備動作が大きければ、もう一度放たれる前に十回は攻撃できる。
加えて、相手には前衛となる味方もいない。敵が次の魔術を用意し始める前に、畳みかけるのが正しいだろう。
「うわああ! どうする!? ウィルどうする!?」
――でも。
あまり自分がしゃしゃり出るのは良くない。賑やかに戦闘する三人の様子を、アルフェは目だけで追っている。
この遺跡に来てから、アルフェの行動は一貫していた。タルボットは新人の研修と言ったのだ。ということは、彼らの冒険に自分が手を出しすぎては、研修にならない。
困難には、でき得る限り自力で対処するのが冒険者だ。彼らがどうしようもなくなった時だけ、助ければいい。それが先輩冒険者としての務めであると、アルフェは妙な方向にではあるが、彼女なりに張り切っていた。
静観を決めたアルフェは、体内の魔力の流れを操作して、自分の気配を薄くする。これで二人きりにでもならない限り、魔物は彼女に注意を向けることは無い。
「ジェフ! そっから魔術で援護してくれ!」
「りょ、了解!」
剣を正面に構えたウィルヘルムが、じりじりとアンデッドに近づく。彼は敵の魔術を警戒して、大胆に踏み込めないでいるようだ。
しかし彼には援護してくれる仲間がいる。マーガレットが弓を引き絞り、ジェフリーが魔術の詠唱を始めた。
「――! ――!」
――くっ、またあれが来るのか!?
アンデッドが再び、古代語で何かの呪文を唱える。ウィルヘルムの脳裏に、先ほどの火の玉が思い出された。
詠唱が終わる前に切りかかるべきだとは思うが、もし踏み込んだ瞬間に、敵の魔術が放たれたらどうするか。あるいはさっきのようには避けられないかもしれない。そう思うと、情けないことになかなか足が前に出なかった。
「食らいなさい!」
マーガレットの放った矢が、アンデッドの胸の中心に突き刺さる。人間ならば致命的な位置だが、臓器の機能が停止している不死者にとっては小さな穴が開いたに過ぎない。詠唱を阻むには至らなかった。
「――! ……――【沈黙】」
「……え!?」
敵の標的はウィルヘルムでも、マーガレットでもなかった。ジェフリーが呪文を唱え終わる前に、アンデッドが放った沈黙の魔術が彼に命中した。
「むぁ……、ぐが!」
発話を阻害されて、ジェフリーの集めていた魔力が空中に霧散する。敵集団と闘う際には、可能な限り魔術士を最初に封じる。敵の行動は戦術の基本にのっとったものだ。
「ぐっ! でりゃあああ!」
後手を踏んだが、それでもウィルヘルムが果敢にアンデッドに接近し、袈裟斬りを見舞う。
剣先がかすり、敵の法衣を裂いた。わずかに本体にも届いたが、骨の上をすべる感覚がして有効なダメージを与えられない。剣の腹で叩くか、鞘ごと攻撃するか、あるいはジェフリーの様に、打撃性の武器を用意すれば良かったのかもしれないが。
「ぐっ……! がっ!」
ジェフリーは魔術を阻害されただけでなく、驚きで混乱状態になっている。マーガレットはというと――。背後から、ウィルヘルムに当てずに相手を射抜けと言っても、そんなことがこの状況で、できるはずがない。
「――クソっ!」
ウィルヘルムはもう一度切りかかることをせず、勢いのまま、肩からアンデッドにぶち当たった。後ろに倒れこむアンデッド。そこに馬乗りになって、グローブをはめた拳で、青年は敵の頭を繰り返し殴りつけた。
「――――! ――!」
効いている。効いているが、頭蓋骨は意外と硬い。アンデッドが、ウィルヘルムの下から魔術の詠唱を始める。
「止めろ! このッ!」
杖の先に赤い光が集まる。この至近距離でさっきの火球を食らえば、致命傷は免れない。
「このッ! この野郎ッ! 止まれぇぇぇ!」
渾身の力を込めて、敵を殴り続けるウィルヘルム。自分の拳の下で、朽ち果てたアンデッドの顔が、不気味に笑ったような気がした。
魔術が発射される。
「ウィル!」
部屋中に、ずどんと大きな爆発音が響いた。その音に隠れて、自分を呼ぶマーガレットの声。
「――…………あれ?」
頭を吹き飛ばされたかと思って、ウィルヘルムは両腕で顔を覆い、目をつぶった。しかし、特になんともないようだ。なぜか、自分の下にいるアンデッドの動きは止まっている。
恐る恐る目を開くと、己の股の下には、細い腕に頭蓋を貫かれたアンデッドが、力なく横たわっていた。
「アンデッドを殴る時は――」
アンデッドの顔面から、ごぼりと腕が引き抜かれる。驚くほど白く、滑らかな肌。よく見ると、腕はアンデッドの下の石畳まで貫通していた。
「もっと、一撃一撃に、気合を込めないといけませんよ」
顔を上げると、目の前に大きな青い瞳が輝いている。
「次は頑張りましょう」
そう言って、瞳の持ち主は、天使のような顔で微笑んだ。
◇
「あー、あー。おはようございます。こんにちは。……うん、普通に喋れる。良かった~」
「もういい? ジェフ」
「あ、うん。大丈夫」
「ウィル! いつまでもボーっとしてない!」
ジェフリーが沈黙の魔術から立ち直るまで、一行はアンデッドと戦った部屋で休息をとっていた。
アルフェは倒れたアンデッドや室内の宝箱から、使えそうな品々を集めている。死にそうな思いをしたからか、あれからウィルヘルムは、ずっと神妙な面持ちで黙っていた。彼は部屋の隅で、自分の両膝を抱きながらうなだれている。
「墓荒らしの足跡は、こっちに続いてる……」
ウィルヘルムがやけに静かになったので、マーガレットがパーティーの指揮を執る形になった。彼女は狩人としての技能を利用し、見失ったインプの足取りを確かめていた。
「追いましょう。……ウィル、大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫だ。――行こう!」
ぴしゃぴしゃと顔を叩いて、どうにかウィルヘルムが立ち上がる。それを見て、マーガレットがほっと息を漏らした。
「思うんだけどさ。この通路……、ちょっと坂になってきてない?」
部屋から抜けた後も、ひたすら代わり映えのしない通路が続いていたが、その変化に気づいたマーガレットが言った。
「……そうですね。私もそう感じます。少しずつですけれど、上に向かっているようですね」
「地上に近づいてるってことかな?」
「だといいんだけどね」
さらに進むと、傾斜が段々ときつくなって来た。それでも、ようやく坂の終わりが見えて来たかと思った時、一行は坂の上に影を見つけた。
「ん? あれ、さっきの墓荒らしじゃない? あんなところで何してるのかな」
インプはちらりとこちらを見た後、壁や床をつるはしで叩きはじめた。すると、再び遠くで地鳴りがして、開いた天井から巨大な丸石が転がり落ちてきた。
「……アルフェさん、あれはどうにかできる?」
「あれはちょっと無理ですね」
「ですよねぇええ!」
その答えを聞いてすぐ、四人は転がり来る丸石から逃れるために坂を走り下った。長い一本道なだけに、加速してくる丸石と一行の距離は、ぐんぐんと縮まってくる。
「あそこだ! 貼り付け!」
おあつらえ向きにあった壁のくぼみに、四人が身を寄せる。丸石はすさまじい速度で脇を通過していった。
「――ふう。助かったね。墓荒らしにああいう知恵があるなんて、聞いてないよ」
ジェフリーが壁に手をついて安堵の息を漏らした。その手がまたも、何かの装置に触れたようだ。壁石の一つがカタリと沈み込む。
「――これが、本命の罠なのかもしれませんね」
すぐ傍の壁の穴から射出された矢を、アルフェの手が掴み止めている。その矢先はジェフリーの目の前で、まぶた一枚の間を置いて静止していた。