白銀のヘカトンケイル   作:北十五条東一丁目

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優しさ、儚さ、残酷さ
第18話


 ここ数日、涼しい日が続いている。通りの並木も色づいて、本格的な秋を感じさせる。

 秋が過ぎれば冬が来る。アルフェの故郷は内陸の山脈沿いにあったので、冬になると雪が降る日も珍しくなかった。しかしこのベルダンでは、雪は一年のうちに数えるほどしか降らないそうだ。

 城の部屋の窓から見えた雪景色が、アルフェにはやけに遠い昔の事のように思われた。

 

 アルフェが開いた店の経営は、未だ順調とは言いがたい。

 客はぽつぽつと入っているものの、それは既知の冒険者ばかりだ。タルボットが宣伝してくれているお陰で、冒険者たちの一部がアルフェの店を訪れてくれるようになったのだが、一般の市民はこれまで数えるほどしかやって来たことが無い。来たとしても、店の中を見た瞬間に、彼らは引きつった顔をして引き返す。

 

 それはどうしてだろうか。アルフェが思うに、商品が充実していないからいけないのだ。もっと珍しい物を店頭に並べなければ。

 そう思った彼女は、冒険者組合の依頼をこなす傍ら、各地から売れそうなものをはりきって調達してきた。そしてその努力の結果、確かに商品の種類は増えた。

 

 しかし、ここに根本的な勘違いがある。アルフェは自らの店を雑貨屋と称しているし、商会所における登録上もそうなっている。だが、常識的な視点から見れば、彼女の店は魑魅魍魎の潜む魔窟か、良いところ魔女の住処としか表現できない様相になっていたのだ。

 なにせ薬草類を除けば、魔物の一部などが沢山転がっているのだ。どう見てもカタギの人間が入っていい店ではなかった。

 

「これ、留守の間の売り上げです」

「ありがとう、リアナちゃん」

 

 それでも売り上げが上がるのは、先ほど言った知り合いの冒険者たちの厚意と、優秀な販売員の手腕によるところが大きい。

 以前にアルフェが引き取った姉弟の内、姉のリアナは複雑な家庭で育ったせいか、まだ十という歳の割りに大人びていた。働かずに養ってもらうのは忍びないと言うので、アルフェは自分で開いた店の店長にリアナを据えたが、彼女はアルフェがするよりも、よっぽど立派に店番をしてくれている。

 

 リアナはアルフェが持ち帰る奇妙な品の数々を、文句も言わずに売りさばく。

 

 そう、不思議なことに、リアナが店番をしていると、なぜかその手の奇妙な品々が売れるのだ。呪われた武器からスケルトンの頭蓋骨まで、リアナの手にかかれば買い手がついた。非常に特異な販売技術だ。

 そんなものだから、アルフェはますます調子に乗って、採取地に行き、とりあえず珍しいものを拾ってくれば、リアナが何とかしてくれると考えているふしすらある。

 

 だから客足が伸びないとは言っても、アルフェは概ね現状に満足していた。商品は皆、アルフェが脚で仕入れて来た物だから、元値は無料だ。これで十分、アルフェたち三人は暮らしていける。

 

 しかしただ一つ、アルフェにとって、困ったといえば困ったことがあった。

 

「アルフェさん、この……触手? はどこに置きますか?」

 

 アルフェさん。リアナは最近、アルフェのことをそう呼ぼうとするのだ。

 

 ――「さん」だなんて、そんなよそよそしい……。

 

 初めて会った時のリアナは、アルフェの事をお姉ちゃんお姉ちゃんと呼んで頼ってくれた。弟妹を持たなかったアルフェにとって、それはたいそう嬉しかった。

 だが気がつくとリアナは、アルフェのことをさん付けで呼ぶようになってしまったのだ。

 

 ――やっぱり、支配人と店長という関係が良くなかったのでしょうか……。

 

 アルフェは別に、恩を着せるためにリアナをこの店の店長に任命したつもりはない。しかし真面目なリアナにとっては、支配人と店長の上下関係のけじめをつけるという意味で、かしこまった物言いになるのは当たり前なのかもしれない。

 

 それに、これでもいくらかマシになったのだ。最初、リアナはアルフェのことを「アルフェ様」と呼ぼうとしたのだから。

 故郷の城にいた時は、それこそあらゆる人間から、もっとずっと敬った呼び方をされていたアルフェだが、そんなものはリアナにも、この町の他の誰にも求めたくはなかった。様付けなど、他人行儀にもほどがある。やはりリアナとは、家族のような、姉妹のような関係を築いていきたいと思うアルフェだった。

 

「アルフェさん?」

「……リアナちゃん、その『アルフェさん』というのは止めてくれませんか?」

「えっ。……私、何か間違ったことをしたでしょうか?」

 

 青ざめた顔をして、上目遣いになったリアナが聞く。

 

「ち、違いますよ。怒ってませんよ。――その丁寧な言葉遣いもね。無理する必要は無いんです。私はリアナちゃんと、もっと――、仲良くなれたらいいなって思ってるんです。『お姉ちゃん』って呼んでくれてもいいんですよ?」

「え…………、じゃあ、……お姉様、とかなら」

 

 それもちょっと違う。しかも、どうしてリアナはもじもじと顔を赤らめているのか。アルフェは頭を押さえてため息をついた。

 

 

「まあ、それは放っておいていいんじゃないか?」

「そうですか? 私はもっと、リアナちゃんと親密になりたいのですが…」

「十分に親密だと思うけどな」

 

 アルフェにそのことを相談されたマキアスが、茶を飲みながら感想を述べる。そう、テオドールとマキアスの青年騎士二人は、今日もアルフェの店で茶を飲んでいる。ここは決して喫茶店ではないのにだ。

 

 いや、テオドールは違うとアルフェは言いたい。彼は任務で必要な薬草や何やらを、できるだけこの店で買い求め、店の売り上げに貢献してくれている。彼は素晴らしいお客様だ。

 しかしマキアスの方は、茶を飲んだり、リオンと遊んだり、この店で時間を潰すだけ潰した後、何も買わずに帰っていく。今日こそは何かを売り付けなければ。そう思っていたルフェは、とっておきの商品を取り出した。

 

「それはともかくマキアスさん、今日は何か買いませんか? このソードスパイダーの脚なんかお勧めですよ?」

「それを買って、何に使うんだよ」

「今使っている剣の代わりにしたらどうでしょうか? 切れ味抜群です。金貨一枚におまけしておきます」

「嫌だよ。虫の脚で戦う聖騎士って何なんだよ。あと高ぇよ……」

「個性があっていいと思いますけど」

 

 勘弁してくれとマキアスがつぶやいている。やはり今日も何も買う気が無いようだ。

 

「アルフェさん、この商品、明らかに呪われていると思うんだが」

 

 別の方向から、売り物の棚を見ていたテオドールが、紫色の刃をしたナイフをつまみ上げて声をかけてくる。それを聞いて、アルフェは小首をかしげた。

 

「仕入れ先が悪いのでしょうか」

 

 武器防具の主な仕入れ先は、沼地のスケルトンだ。ごくたまに強いのが混じっていて、このような装備を持っていることがある。

 

「呪いの武器なんて売ってんじゃねぇよ」

「大丈夫です。『呪いの武器を売ってはいけない』という法は、この町には存在しません」

「そういう問題なのかな……」

 

 売れればいいのだ。アルフェは気にしないが、確かに二人の指摘には参考にすべき部分もあった。

 それは呪いの武器を好んで買う人間が、意外と少ないという致命的な問題である。リアナが売り子としていかに優秀とはいえ、仕入れ先の新規開拓は続けるべきだった。

 

「それはそうと、今日はお二人とも、物々しい格好ですね。何かあったのですか?」

 

 彼らもお茶を飲みに来るときは、たいてい剣だけを帯びた平服姿だ。しかし今日は二人して、騎士の鎧を身につけている。

 

「ああ、冒険者組合に寄ってきた帰りでね。最近、町の近くに盗賊が出没しているそうで、マキアスとその警戒を手伝っているんだよ。……あれ? このナイフ、手から離れないんだが。アルフェさん?」

「盗賊ですか。物騒ですね」

「市壁の北だから、結界の内側なんだけどな。モンスターが出なくても、人間が人間を襲うって言うんだから、やりきれない話さ」

 

 マキアスがやれやれと首を振る。

 

「その盗賊は手強いのですか?」

「ああ、傭兵崩れだって話だ。領邦の正規軍も手こずっているらしい」

「かなり良い装備をしているそうだよ。……それはそうとこのナイフ、取ってくれないかアルフェさん」

 

 ――良い装備?

 

 アルフェはそこで、いいことをひらめいた。

 

 ベルダンの北側には、結界の外になる南側と比べると、遥かにのどかな風景が広がっている。

 都市の北側一帯は、市民の食を支える穀倉地帯だ。今の季節は、収穫後の畑一面に、小さな黄色い花をつける草が植えられ、絨毯のように広がっていた。所々で家畜の群れが動き回り、それを世話する農民の姿が見える。

 

 魔物の心配のない、結界の内側だからこその穏やかな光景だろう。ゴブリンの住む魔の森、アンデッドが徘徊する死者の沼地。そのように荒涼とした空気が漂う南側とは、全くの別世界だ。

 アルフェは、北門から市壁の外に出るのは初めてだったので、この南北の違いに少なからず驚いていた。ここには結界の外を歩く時の、あの張り詰めた空気が無い。時たま彼女とすれ違い、都市の方に向かう旅人も、どことなく呑気な顔をしている。

 

「すぅ――……はぁ」

 

 少し立ち止まったアルフェは、両手を広げ、無意味に深呼吸などをしてみる。こういうのんびりとした旅も、悪くない。

 ベルダンの北に延びる街道は、最終的には帝都まで繋がっている。町から出てしばらくの間は、石畳の整備された広々とした道が続いているので、足元も快適だった。

 

 ――良い装備をした、街道の盗賊……。

 

 しかし、彼女の中で展開されている思考は、のどかな光景には相応しくないかもしれない。

 要するに、アルフェは街道に出没する盗賊を締め上げて、武器や防具を奪おうと考えているのだ。頼めば騎士二人は付いてきてくれたかもしれないが、彼女は一人で町を出た。その理由はというと。

 

 ――私一人だけなら、盗賊も襲いやすいですよね!

 

 魔物以外と戦うのは初めてのはずだが、それを恐れる様子は、彼女には全く見受けられなかった。

 

 

 自分の力を、人間相手に振るえばどうなるのか。それを彼女は、本当に理解しているのだろうか。

 

 

 谷間の道を、一人の旅人が歩いている。

 徒歩の一人旅。なんと無謀な事か。どんな熟練の旅人でも、いや、熟練した旅人なればこそ、一人旅は絶対に避けなければならないというのに。

 

 ここは商業都市ベルダンの北西にある丘陵地帯で、結界の影響下にある。この世界の常識だが、結界には危険な魔物は入って来ない。つまり、脆弱な人間が魔物の害を避けて繁栄できるのは、目に見えない結界の中だけに限られるということだ。

 「都市」も「国」も、結界外に存在しているものは、ごく一部の例外を除いて存在しない。

 

 逆に言えば、結界の中でさえあれば、魔物に襲われる心配はほぼ皆無だ。それでもこの丘陵地帯で、旅人が単独行動を避けなければならない理由とは何か。答えは単純だ。魔物よりも恐ろしいもの――、人間が出るからだ。

 

 近年、この街道沿いには盗賊団が出没していた。その盗賊団は、丘陵地域の廃砦を根城にし、街道を通る旅人や隊商を襲う。彼らは食料から衣服まで、相手から奪えるものは何でも奪った。奪えるものが無い時でも、命だけ奪って去る。傭兵や冒険者崩れが集まった、残忍な一党だった。

 

 周辺の領邦から、何度か討伐軍が編成されたことはあったが、軍が現れると、賊は砦を捨てて散り散りに逃げる。起伏の激しい入り組んだ地形だけに、そうなってしまえば駆逐するのは容易ではなかった。

 この谷を迂回する道もあったが、そうすると旅程に数日の違いが出る。ゆえに、時間と危険を秤にかけた上で、ここを通ろうとする者も尽きなかった。

 

 盗賊団は、魔物の群れよりもはるかに狡猾・正確に、狙う獲物の力量を測る。

 

 最近では、どうしてもこの谷を通過しようという場合は、隊を組んで護衛を雇うのが常識になっていた。それでさえ、いざここを通過する時には、一度も止まらず、全速力で駆け抜けるように進む。のんきな徒歩の一人旅など、分別のある者がすることではない。

 

 ローブで身体を覆っているが、どうやら旅人は女のようだ。女が一人。これでは無謀を通り越して自殺行為だ。どうぞ襲ってくれと言っているようなものではないか。

 実際、その旅人は既に、盗賊たちに包囲されていた。ならず者とは言え、彼らの連携は十分に取れている。盗賊たちは、獲物には決して姿を見せぬようにしながら、段々と包囲の輪を狭めている。

 

 盗賊たちは、魔物よりもはるかに狡猾だと言った。

 あまりに襲いやすそうな獲物。これが彼らの被害に悩んだ、近隣の領主の罠である可能性も十分にあった。崖上の木々の隙間に、時折ちらちらと人の気配がするのは、賊の斥候が旅人の様子をうかがうとともに、伏兵の有無を確かめようとしているのだろう。

 しかしそんな旅人と盗賊の奇妙な道行きも、やがて打ち切られた。

 

「止まれ!」

 

 突然、旅人の行く手を遮るように、道の脇からわらわらと十人ほどの盗賊が現れた。どの顔も一様に凶暴で、薄汚れた面構えをしている。まさに盗賊然とした連中だ。

 鎧は概ね軽装で、手には思い思いの武器を持っている。正規兵のように統一された武装ではないが、どの武器もよく手入れされているようだ。

 

「お嬢ちゃん、一人旅かい?」

 

 集団の中から進み出てきた男が言った。鋲付きの革鎧を着て、一振りの短剣を手にしている。この中では明らかに三下という顔つきだ。声を掛けられた旅人は答えない。恐怖で言葉を失っているのか。

 

「いけないなぁ。このご時勢に一人旅なんて。この辺りには、危ない盗賊が出るっていうぜ?」

 

 三下が下らない冗談を飛ばしてくる。それに同調するように、周りの男たちが下卑た笑い声を上げた。

 

「危ねぇから、俺らと一緒に来てくれるかい。良いところに連れてってやるよ」

 

 盗賊たちは物を盗むが、人もさらう。足がつくので人買いに売り飛ばす真似はしない。主に自分たちで“楽しむ”ためにだ。

 

「なあ、お嬢ちゃん……、怖がってんのか?」

 

 男の短剣が、獲物の顎先をひたひたと叩く。しかし、フードで隠された女の表情は読めない。

 

「……なんとか言ってくれねぇと、張り合いがないなぁ……、そらッ!」

 

 男は剣先で、女のフードを跳ね飛ばした。その下の素顔が明らかになる。その瞬間、男たちがどよめきの声を上げた。女は少女というべき年齢だが、恐ろしく美しい。その少女が、無言で男たちを見つめている。口の端が少し笑っているように見えるのは、気のせいだろうか。

 

「……へっ、へへっ。こいつは上玉だ。……丁度“代わり”が欲しかったんだ。大人しく付いて来な」

 

 男が剣を持たない左手で、少女の肩を捕まえようとした。それを拒むように、彼女は右手で男の手首を掴む。精一杯の抵抗のつもりだろうか。

 

「――へっ」

 

 獲物の可愛らしい抵抗が、盗賊の嗜虐心を刺激する。男の顔にはりついた、いやらしい笑いが大きくなった。

砦に持ち帰ってからと言わず、いっそのこと、ここで楽しんでしまおうか。しかし、そんなことを考えている彼の顔を見て、なぜか少女はにこりと微笑んだ。

 

「……? へへ、抵抗せずに大人しくしてれっ、え? ……――うぎゃあああああ!? 

「ど、どうした!?」

 

 突如として絶叫を上げた仲間に、今までにやついていた他の盗賊たちが激しく動揺した。

 

「手! 手がああぁぁあ!」

 

 そう叫ぶ男の手首の先が、だらりとたれさがっている。

 男の叫びは、ローブの下から突き出された娘の脚に中断された。それを胸に受けた男は後方に勢いよく吹き飛び、周りを取り囲む男たちを越えて、地面に力なく転がった。

 

 盗賊たちは少女を見、それから倒れて動かない仲間を見て、もう一度獲物の娘を振り向く。前方に伸ばされた彼女の右脚先には、銀色の鋼の脚甲が、太陽の光を反射している。何が起こったのか、彼らの頭では理解が追い付かない。

 

「……下衆」

 

 そうつぶやいて、その女がローブを脱ぎ捨てる。その下から現れたのは、奇妙な格好をした少女だった。

 

 

 ――なんだ。結構弱いんですね……。

 

 それなりに覚悟を決めて来たのだがと、アルフェは拍子抜けしていた。

今まで戦ってきた魔物に比べれば、この盗賊たちの攻撃は、どれも遅く、軽い。鍛錬などとは無縁なのだろう。叫びながら打ちかかってきた敵を三人蹴り飛ばしたが、アルフェはその場から動いてすらいなかった。

 四人目が倒れたところで、盗賊たちの動きが明らかに鈍った。彼らはアルフェを遠巻きにして、様子をうかがっている。

 

「来ないのですか? 来ないならこちらから行きますよ?」

 

 アルフェが一歩前に出ると、それに合わせて盗賊たちが一歩引き下がる。このような小娘相手に、男としての矜持もないのか――。アルフェの目は冷ややかだった。

 

 ――ふん。……ん?

 

 短くため息を吐いて、アルフェがさらに踏み込もうとしたとき、視界の端にきらめく物が飛来してきた。

 

 ――矢?

 

 アルフェはとっさに、それを腕ではじいた。崖上にまだ伏兵が隠れていたのか、二箇所から、矢が続けて射掛けられてくる。

 しかしアルフェの目には、風を切って飛んでくる矢の回転までもがはっきり見えた。彼女はその矢を二本とも、軽く腕ではじき落としてしまった。

 彼女の前腕には、革製の腕甲が装備されている。余った巨大甲虫の皮などを用いて、鍛冶屋に特注した新品だ。しなやかで軽い上に、防御力にも富んでいる。何の変哲も無い矢を叩き落す程度は、わけもなかった。

 

「……ば、化け物!」

 

 彼女を見ていた残りの盗賊たちが、そう言ってさらに後ずさる。

 

 ――化け物とは、失礼な人たちですね。

 

 そう心の中でつぶやきながら、アルフェは次に飛んできた矢を片手で掴み止めた。ミシリとへし折って、崖上をにらむ。矢が発射された位置の見当はついた。

 

「――えいっ!」

 

彼女は腰をかがめて足下の小石を二つ拾うと、崖上に向かって投擲した。矢とそれほど変わらない速度で、二つの石が飛んでいく。

 

「――ぐっ」

 

くぐもった悲鳴が聞こえる。射手に命中したようだ。気絶くらいはしただろうか。

伏兵を倒されて、周囲の盗賊たちの表情はさらに引きつった。

 

「――に、逃げろ! 退けッ! こいつは魔物だ!」

「畜生! どうしてこんなのが結界の中に!?」

 

 しかし彼らに逃げてもらっては、今日の自分の目的は達成されないのだ。

 

「は、速ッ――ゴフっ」

 

 アルフェは今度は自分から距離を詰め、逃げ惑う盗賊たちを一人一人仕留めていった。

 

「ふぅ」

 

 一仕事終えたとでも言うように、アルフェは息をついた。その周りには、十人程度いた盗賊が残らず地面に倒れ伏している。全員がわずかに身じろぎし、うめき声を上げているところを見るに、死んではいないようだ。

 

 ――もう、隠れている者もいないようですね。

 

 彼女の計画は成功というところだろうか。思った以上に上手くいったと、アルフェは心の中で自画自賛した。売る物が無いなら、ある場所から奪えばよい。治安も良くなって一石二鳥だ。後はこの野盗たちの装備を回収すれば、目的は完全に達成するが――。

 

「……」

 

 しかしその前に、盗賊の一人が気になることを言っていた。アルフェは適当な盗賊の一人に歩み寄り、肩を掴んで引き起こすと、活を入れる。

 

「がっ、ガハっ! ――……ゲホっ。な、なんだ、どうなったんだ!? ――! お前は――!?」

 

 意識を取り戻した男は混乱している。その目に浮かんでいるのは、得体の知れない少女に対する恐怖の感情だ。それに無視してアルフェは尋ねた。

 

「あなたたちは先ほど、私を『代わり』と言いましたね。……どういう意味ですか?」

 

 男の心を芯から凍らせるような声が、谷間の街道に小さく響いた。

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