白銀のヘカトンケイル   作:北十五条東一丁目

19 / 79
第19話

 アルフェは蘇生した盗賊の案内で、藪をかき分けるようにしながら、林の中の獣道を歩いている。案内をしている男の腕は折れているようだ。二の腕を押さえながら、額には脂汗も浮かんでいるが、アルフェはかまわず前を歩かせていた。

 街道に残してきた他の盗賊たちは、適当に木に縛り付けてある。通りかかる者がいれば、衛兵に引き渡してくれるだろう。

 

 盗賊の根城に襲撃をかける。これは当初のアルフェの予定には無かった事だが、そこに囚われている人間がいるとなると話は違う。

 

「あれですか?」

 

 藪をかきわけつつ、丘を三つほど越えたところで、林の奥に石の塔のようなものが見えてきた。

 

「随分立派な砦に見えますが……、まさか、自分たちで作ったのではないですよね?」

「ちっ、違う……。たまたま見つけた、遺跡を使ってるだけだ。……ぐッ」

 

 痛みに呻きながら、男が答えた。

 石造りの塔は、木々の上から頭だけを出している。ここまで近づかなければ見えなかっただろう。昔の戦争で使われたものが、放棄されて忘れられたのだろうか。こうした廃墟はあちこちにあるが、ここまで原型が残っているのは珍しい。

 

「中に居るのは何人ですか?」

「街道を襲撃するのに、半分以上は出てきたんだ。残ってるのは、十人くらいだ」

 

 男はすらすらと喋っている。その瞳には、目の前の少女に対する恐怖の色が浮かんでいた。

 

「……捕まえた人は、どこですか?」

「……う」

「捕まえられた人は?」

「――……ちっ、地下牢だ。普段はそこに入れてある。なぁ、もういいだろ。俺を逃がしてくれよ!」

「そうですね……」

 

 男いわく、盗賊団は通行人を襲って金品を強奪するだけでなく、若い娘をさらって来て、拠点に監禁しているという。

 盗賊が娘をさらう――。アルフェにもその意味は、なんとなく分かる。

 

「それだけ教えていただければ十分です。ありがとうございました」

 

 そう言うとアルフェは、男のあご先を手の甲ではじいて昏倒させた。

 

 ――さて。

 

 ここからどうやって侵入したものだろうか。アルフェは腕を組んで思案する。

 敵は十人前後。砦にいる盗賊が、先ほどの男たちと同程度の強さならば、正面突破でも問題ないような気はする。しかし、案外中に手錬が混じっているかもしれない。油断するべきではなかった。

 

 ――見つからないに越したことは、ありませんね。

 

 夜を待とうかとも思ったが、出て行った襲撃班が戻ってこないことを怪しまれても困る。それに、内部には囚われた人たちがいるのだ。できれば早く助け出したい。少女は気配を殺して、石の塔に近づいていった。

 

 ――……見張りが一人。

 

 塔の前には、見張りらしき男が一人いた。襲撃があるとは思っていないのだろう。本気で周囲を警戒している様子には見えない。石に腰を下ろして、何やら果実を頬張っている。

 アルフェは背後から男に近寄ると、片腕を首に回して裸絞めにした。声も出せず、男が意識を手放す。アルフェは男を寝かしつけると、扉の無い入り口から、塔の内部に侵入した。

 

 ――一応、侵入成功ですが……。

 

 内部には、かび臭い匂いが漂っている。

 ここまでは順調だが、問題はここからである。内部の構造は不明だ。だがさっきの男は、捕らえた人を地下牢に入れていると言った。まずは地下から探したい。

 とは言っても、アルフェに探索の技術はない。結局、地下への階段を見つけるために、一通りの場所を見て回るしか思い浮かばなかった。

 

 塔の床は石畳だ。鋼の脚甲を装備したままでは、どうしても足音が響く。アルフェは少し迷ったが、脚甲は入り口で外してきた。彼女は裸足のまま、冷たい石の上をそろりと歩いている。

 通路には、特に巡回している者はいない。やはり外敵の侵入など、想定していないのだろうか。

 

 塔の内部は、それほど広くはない感じだ。アルフェはいくつか部屋を見つけ、中の様子をうかがった。価値の無さそうな物が雑然と積み上げられていたり、食堂のような部屋があった。しかし一階部分には、人の気配を感じない。とすれば、残りの盗賊たちがいるのは、上か、下か。

 

 地下に降りる階段は、探索の途中で意外とあっさり見つかった。

 耳を澄ますと、階段の下から声が聞こえる。

 

 ――……三人。

 

 声からそう判断したアルフェは、音も立てずに階段を下りる。階段の先にある扉の隙間からは灯りがもれており、話し声もはっきりと聞こえた。

 

「それだ。当たりだ!」

「おい、またかよ……。何かやってるんじゃないのか?」

「いいからさっさと進めてくれ」

 

 地下では三人の盗賊が、カード片手に酒を飲みながら談笑していた。盗賊たちは小さな木箱に座り、背の低い丸テーブルを囲んでいる。この部屋はまだ奥に続いているようだが、そこに捕らえられた人がいるのだろうか。アルフェはゆっくりと扉を開き、中に侵入した。

 

「……酒が切れたな。おい、そいつを寄越せよ」

「ふん、これは俺のだよ」

「しみったれが」

 

 賊はカードに熱中している上、アルフェが気配を消しているので、同じ部屋の中にいても気付かれていない。

 

 ――革鎧、短剣が二人、棍棒……。壁に槍。

 

 アルフェの目が、敵の装備を見定めていく。砦の中でも男たちは武器を手放していなかったが、さりとて強敵にも見えなかった。闘えば、勝つのは容易だろう。

 しかし、気配を消したままでは何もできない。奥に行くためテーブルの横をすり抜けようとすれば、さすがに発見されるはずだ。

 

 アルフェが気配を開放する。

 

「……ん? な、なんだ。お前、どっから入ってきた」

 

 男たちの一人が、それでようやくアルフェに気付いた。

 彼からは、見知らぬ少女が部屋の中に突然出現したように見えていた。驚くのも無理はない。その声を受けて、他の二人もアルフェの方を見た。

 

「こんな娘はいなかったぞ」

「襲撃に行ったやつらが、捕まえてきたんじゃねぇのか」

「帰って来たなら、見張りが知らせる決まりだろ。あいつは何やってんだ? またサボってやがんのか」

 

 口々に言い交す盗賊たち。不審には思えど、彼らは目の前にいる丸腰の少女を、敵だとは認識していないようだ。

 

「別に、何だっていいだろ? 女が来たんだ」

 

 そう言ったのは、三人の中で一番赤ら顔をした男だった。その腰には、スパイクのついた木の棍棒を下げている。男はおくびを漏らすとテーブルから離れ、怪しい足取りで、アルフェの方に近寄って来た。

 

「えらく綺麗な嬢ちゃんだ。……ちょうど新しいのが必要だったんだ。都合がいいじゃねぇか」

 

 至近距離まで少女に顔を近づけて、男が目を細める。黄ばんだ歯の間から洩れる息が、ひどく酒臭い。

 薄汚いものを見るように顔をしかめて、男の目を下から睨みつけながら、アルフェが口を開いた。

 

「捕まえた人たちは、奥ですか?」

「――あん?」

 

 彼女が怯えて泣き出すとでも思っていたのか、予想しなかった言葉を聞いて、男は間抜けな声を漏らした。

 

「……あなたたちを、あえて殺めようとは思いません。さらってきた人たちは奥ですか? その人たちを解放しなさい。そうすれば、命までは取りません」

「な、何言ってるんだ? こいつは」

 

 アルフェから一番離れた所にいる男が狼狽する。その男はなぜか、突然現れたその少女に、自分でも分からない、得体の知れない不安を掻き立てられていた。無意識のうちに、短剣の柄に手が掛かっている。

 その男の臆病を笑いながら、酔った盗賊は、頭の横でくるくると指を回した。

 

「さらわれて、頭がおかしくなったのさ。この前もそうだったろうが。よくある話だ」

「で、でもよ――」

「そういうのに立場を“分からせる”のが、面白いんだ」

 

 自分が言葉を吐くたびに、少女を中心とした空気が変わっていっていることに、その男は気付いていない。

 

「……お嬢ちゃん、その人たちなら、確かに奥にいるよ。今日からここが、君のお家になるんだ。見てきたらどうだい」

 

 赤ら顔の男が、嗜虐的な笑みを浮かべる。ゴブリンと区別がつかない、醜悪な笑顔だ。アルフェは男の横をすり抜けて、奥に進んだ。

 

「――ひっ!」

「どうしたんだ、お前」

 

 少女が脇を抜ける時、短剣の柄に手をかけていた男は、恐怖に襲われたように背後の石壁に張り付いた。それを見て、もう一人が不審がる。壁に張り付いた男の顔は、大量の冷や汗で濡れていた。

 

 

「……」

 

 何かが腐ったような、嫌なにおいがする。

 

 部屋の奥は、牢になっていた。嵌められた格子は、どれも錆び付いている。そのほとんどは使われていない。

 ただ、一番奥の薄暗い牢の中には、女性が二人、鎖で繋がれていた。

 

「…………」

 

 彼女たちは、白い腕と足を力なく投げ出し、狭い牢屋の中に横たわっていた。ぼろきれの様な服をまとい、髪はぐしゃぐしゃに乱れている。身体にはいくつもの痣があり、既にその肉体は事切れていた。

 

「…………」

 

 アルフェは鉄格子の外に立って、しばらくじっと、その亡骸を見ていた。

 少女がうつむく。彼女の中に、抑え難い、黒い感情が湧き上がってくる。

 

 あるいは彼女には、その亡骸の顔が、自分自身に見えていたのかもしれない。

 

「――ふぅ。……どうだった?」

 

 少女が奥から引き返してくると、赤ら顔の盗賊はそれを見て、あおっていた酒の瓶をテーブルに戻した。

 

「お前もすぐに、ああなるかも知れないが……。なに、そうならないように、俺が大事に、可愛がってやるよ」

 

 ひひひと笑う男の声は、心底愉快そうだ。

 少女は顔を上げた。そこに、表情は無い。

 

「――さきほど、あえて殺めはしないと申しましたが……」

 

 ゆっくりと発せられる、淡々とした少女の声に合わせ、室内の温度が下がる。ずっと壁に張り付いていた男は、ついに得体の知れないプレッシャーに耐え切れなくなって、わあと叫んで剣を抜いた。

 

「――撤回します。死んでください」

 

 

 地下室から、轟音が響く。

 最初に動いたのは、短剣を抜いた男だった。彼は恐怖に突き動かされるように、わめき声をあげてアルフェに切りかかった。

 少女はその場を動かず、片手でそっと男の剣筋を逸らした。体を崩された男の剣が床に当たり、がちんと高い音を立てる。

 

「――あっ」

 

 それが彼の人生における、最期の台詞だった。

 たたらを踏んだ男が見上げる位置に、幼さと冷酷さが同居した、銀髪の少女の顔がある。男がそれに見惚れた瞬間、彼の視界は暗転した。

 

 腰をひねって放たれたアルフェの突きが、男の顔面に炸裂する。部屋の石壁に頭部が激突し、水の入った革袋をぶちまけたように、嫌な音を立てた。

 

「なっ……!?」

 

 ずるずると壁に血痕を残して、糸が切れた人形のように、男の体がくずおれる。

 

「――って、てめぇ!」

 

 さすがに他の二人も顔色を変え、すぐに武器を抜き放った。

 短剣を抜いた男は、立ち上がったと同時に、傍のテーブルを蹴り上げた。上に乗ったカードをまき散らし、小さい粗末な木の机が、アルフェに向かって飛んでいく。

 しかし、机が少女に命中すると見えた次の瞬間。逆にそれが、男の目前に飛んできた。投げ返したのか、蹴り返したのか、アルフェが何をしたかさえ、男には見えなかった。

 

「ぐぅッ! このッ! ――え?」

 

 視界を覆った机を片手で叩き落とし、男は剣を構えなおす。その時には既に、懐に小柄な少女の体があった。胸に響く小さな衝撃。彼はただ、とん、と胸を掌で押されただけだ。それだけで、もう終わったという風に、少女は彼に背を向けた。

 

「ま――」

 

 待てと言おうとしたが、言葉にならなかった。自分の身体に起こった変調に気づき、短剣を取り落として男は胸に手を当てる。

 己の中で、破れてはいけない何かが破れる音がする。眼や鼻や口、顔中の穴という穴から血を流して、絶命した男はその場に膝をついた。

 

「……」

「ひっ」

 

 アルフェは残る一人、棍棒を構えた赤ら顔の男を見つめる。男の酔いは引いてしまったようだ。今の彼は、酔いとは全く別の感覚に支配されている。

 男の歯の鳴る音が、部屋中に響く。震えに負けて、武器を落とさないようにするだけで精一杯のようだ。

 

 少女は無造作に、男に歩み寄る。

 

「ちょ、ちょっと待った。助け――」

 

 アルフェはこの男の声を、それ以上聞こうとしなかった。彼女は魔力をまとわせた手刀を、男の首筋めがけて一直線に振り抜いた。

 首から天井に向かって血を吹き出しながら、男の体が地面に倒れたのは、彼の頭が落ちてから、しばらく経っての事だった。

 

 

「何だ! どうした!?」

 

 四人の盗賊たちが、血相を変えて地下への階段を駆け降りる。彼らが上階でくつろいでいたところに、階下から凄まじい異音が響いてきたからだ。一瞬、地下にいる連中が喧嘩でも始めたかと思ったが、その音はとても、そんな生易しいものには聞こえなかった。

 彼らが地下室の扉の前に到着したとき、音は既に止んでいた。扉を叩き、声をかけたが、中にいるはずの仲間からは返事が無い。

 

 先頭の男が、後ろを振り向く。他の仲間と顔を見合わせうなずき合ってから、武器を抜いて扉を蹴破る。彼らが突入した地下室内に広がっていたのは、悪夢のような光景だった。

 

「――――うッ!」

 

 血と酒の混じったようなすえた臭いが、盗賊たちの鼻腔を襲う。思わず顔を背けたくなるような、ひどい悪臭だ。

 室内を見回せば、無惨に倒れた三人の仲間の死体。天井からは、ぽたぽたと血の雫が滴っている。そして中央には、床一面にできた血だまりの上に、裸足の少女が立っていた。

 

 ――っ! 幽鬼か!?

 

 先頭の盗賊は、とっさにそう考える。結界内だからといって、地下牢に死んだ女を放置したのが不味かったのかもしれない。もしかしたらあれが、怨念によってアンデッドと化したのだろうか。死体を責めるのが趣味の仲間が、処理を渋ったせいだ。

 

 だが、血だまりの中の少女は、霊体とは思えない現実的な存在感を放っていた。

 

「――あなたたちも」

 

 そしてこれもアンデッドにはあり得ない、強い眼の光が彼らを刺す。

 

「“これ”の仲間ですよね」

「なに!?」

 

 その声を聴いて、男は急に悟った。

 魔物かもしれないし、そうではないかもしれない。だが確実に言えるのは、この女が、目の前の自分たちに対する、激しい殺意を持っているということだ。

 その手に武器は何も握られていない。しかし間違いなく、転がっている仲間たちの命は、この娘が奪った。

 

「――おい」

 

 目を据わらせた男が、後ろの二人に手で合図すると、彼らは素早く女を囲むように散会する。魔術を使える残りの一人は、男の後方、部屋の入口近くに陣取った。

 外見は子供に見えるが、舐めてかかってはいけない。――これは危険な生き物だ。いくつもの修羅場をくぐってきた盗賊の勘が、全力でそれを告げている。

 

 少女は少し首を回して、左右に広がった二人を見た。女の視点がもう一度、男の上で止まる。

 

 ――俺を……いや、狙いはダグか?

 

 後ろにいるのは、自分たちの団の中では唯一魔術が使える男だ。陣形や装備から、相手はそれを看破したのかもしれない。

 男が剣を握る手に、力がこもる。ぱちゃり、と水音を立てて、女が一歩前に出た。

 

 ――接近する……? 魔術士では無い?

 

 何も持っていない女と、仲間の死体の状況から、相手も魔術士と決めてかかっていた。

 魔術士ならば、詠唱の隙を狙い、一気に距離を詰めて倒すべきだ。しかし、この女は呪文を唱えるわけでも、距離を取ろうとするわけでもなく、自らこちらに近づいてくる。敵の行動の意図が読めない。

 

 ――このままじゃ後手に回る……。……よし。

 

 前の二人に目配せする。先手必勝。相手が何であれ、数と勢いで圧倒するのが最善だ。

 左右から、二人が同時に女に向かって突きかかる。

 

「おらァ!」「ふん!」

 

 それで決まればよし、受けるか避けるかされれば、その隙に自分が斬りつける。後ろの魔術士も詠唱を始めた。

 

「げッ」「うおッ」

 

 しかし前の二人は、剣で女を突いた瞬間、何をどうされたのか、鞠のように投げ飛ばされて壁にぶち当たった。

 

「なっ」

 

 何が起こったと言う間も無く、目に映る女の体が拡大する。

 ――違う、懐に潜られた。この瞬時に? 女の拳が溜めを作る。受け――いや、受けてはいけない。避けなければ。

 

 子供らしい、細い腕だ。奇妙な革の腕甲を付けているだけで、ナイフ一本握っていない。なのにどうして、この腕からこんなにも致命的な香りが漂ってくるのか。

 

「ぐぅっ!」

 

 男はとっさに身をよじって、女の掌打をかわした。空気を切り裂く音がする。体勢が崩れ、男は血だまりの中に頭から倒れこんだ。倒れた彼を、ゴミでも見るような、冷ややかな女の目が追っている。

 

 ――殺られる――!?

 

「――【魔力の矢】!」

「ぶッ!」

 

 男の頭に死がよぎった瞬間、魔術士の放った魔力の光弾が、女の横顔に命中した。魔術の矢は最も基本的な攻撃魔術だが、詠唱が短く済む上、棍棒で殴りつけたのと同じくらいの破壊力がある。

 光弾が命中した部分に、血の赤がにじんでいる。――良かった、こいつは人間だったかと、場違いな感想が男の中に浮かんだ。

 

 間を置かず、魔術士は次の魔術を用意する。周囲の魔力を集め、彼は手に光る矢を形成した。それがもう一度、女に向かって打ち出される。

 

「っ――せいッ!!」

 

 気合声を出して、女は手の甲で魔力の矢を弾いた。光弾の軌道が反れ、天井に命中し破裂する。

 魔力の塊を手で弾く――、これも信じ難い出来事だが、驚いている暇はない。倒れていた男は血だまりの中から起き上がり、膝立ちになって女の首を薙ぐ。しかしそれも、上体をそらされ回避された。

 

 女が後ろに跳び、男と距離を空けた。

 

 ――間を仕切り直そうとしているのか? こっちとしても都合がいいぜ。

 

 男は再び魔術士をかばうように、すり足で位置を変える。先ほど娘に投げられた二人は――、起きる気配が無い。壁に当たった時、骨の折れる音がした。おそらくは死んでいる。

 

 一瞬の攻防だったが、これではっきりした。やはりこれは、危険な生き物だ。殺らなければ、間違いなく殺られる。確信を持って、男は魔術士に合図した。

 

「……ダグ」

「――分かった」

 

 魔術士が再び詠唱を始める。魔力の矢とは違う魔術だ。少し詠唱に時間がかかるが、正攻法では分が悪い。

 

「――!」

 

 ――今だ!

 

 女の注意が魔術士に向いた瞬間、男は左手に隠し持っていた投げナイフを投擲した。

 女の目を狙ったナイフが、先ほどの魔力の矢と同じ様に叩き落とされる。その隙を狙い、次いで男は持っていた短剣も、女に向かって投げつけた。

 

「食らえ!」

 

 虚を突いたはずの攻撃、それさえも女はかわす。短剣は、衣を少し裂いた程度だ。しかし、これも男にとっては織り込み済みだ。

 

「ダグ! やれ!」

「【眠りの雲】!」

 

 催眠の呪文――。受けた者に眠りをもたらす、単純な魔術。魔術士の放ったものはその中でも低位の術だが、こと戦闘においては、最も恐ろしい術でもあった。何しろ一度抵抗に失敗すれば、どんな達人であろうとも、簡単に息の根を止めることができるのだから。

 

「くっ……、このっ……!」

 

 ――十分!

 

 眠りを誘う薄紫の雲が、女の顔にまとわりつく。眠らせることができぬまでも、発生した攻撃の機会は十分にあった。呪文を振りほどこうともがく敵に、床に落ちた剣を拾って構えた男が、肩からぶち当たっていく。

 

「おらああああ!」

「ぬ……、がぁあああああああ!」

 

 獣じみた気合声を上げ、女が両足を踏みしめた。その体を中心に、見えない波動が空気を揺らす。男は一瞬、それに圧された。

 突き出された短剣は、女の肩をわずかに裂いた。それだけで、男の剣は手から落ちる。女の肘撃は、彼の鎧を陥没させ、その命を奪っていた。

 

「――なっ!?」

 

 残された魔術士の男が、驚愕の声を上げる。彼が逃げる間もなく、その首に女の蹴りが叩き込まれた。

 

 

 アルフェは塔の最上階に向かって歩いている。その後には、点々と血の足跡が連なっているが、その血はもちろん彼女のものではない。

 

 地下室以外の部屋にいた盗賊は、全て彼女が始末した。だが、そこにあるはずの盗まれた品々は無く、盗賊の指揮者らしき者もいなかった。残ったのは、この塔の上にある部屋だけだ。

 最上階に着くと、そこにあった木の扉を開く。中にあるのは、廃墟の割には立派な部屋だ。床には高級そうな絨毯が敷かれ、壁際には、略奪品らしき物が無造作に積み上げられている。

 

「……なんだ、貴様は」

 

 机の前の椅子に腰掛けていた男が、ぎろりとアルフェに視線を向けた。

 髭面の、濁った目をした男だ。

 

「あなたがこの盗賊団の頭目ですか?」

「下の奴らは何をしてる。どこから入ってきた?」

 

 下層での攻防の音は、ここまでは届かなかったらしい。男は慌てて立ち上がった。

 

「その質問に、答える必要はありません。あなたがここの頭目ですね?」

 

 男は肯定はしないが、否定もしない。では、そういうことなのだろう。

 

 アルフェがぺたぺたと歩み寄る。男は何が起こっているのか理解していないようだったが、それでも反射的に剣を抜こうとした。しかし、アルフェが柄頭を押さえ、その動きを止める。

 次に男が何かを言う前に、少女の手刀が男の腹を貫いていた。

 

 ――終わりですね。

 

 手についた肉片と血を振り落とし、アルフェは壁に積まれた戦利品を見やる。金貨や銀貨、価値のありそうな装飾品に、剣と鎧。

 そうだ、と彼女は改めて思い出す。自分はこれを集めに来たのだ。自分の店で売るために。しかし――

 

 アルフェは首を振る。こんな薄汚いものを、幼い少女に売らせるわけにはいくまい。やはり、地道に採集するのが一番だ。

 

 ――それに。

 

 自分には、他にもっと運ばなければならないものがある。

 

 そう思うと、アルフェは再び、地下の階段へと引き返していった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。