「あれ? トランジックさんとアルフェちゃんは?」
「ああ、さっき村を出たよ」
朝、開拓村の宿屋のホールでは、ステラとオズワルドが話をしていた。
一昨日のオークと人間の戦いは、人間側の勝利に終わった。
しかし勝利と言っても、村は多数の死者を出し、防壁や建物あちこちが破壊された。その後始末のために、昨日は、負傷者の治療や死者の弔いなど、やるべき事が山とあった。もちろんまだまだ片付けは残っているが、一応は一段落したと言える。
「えー!?」
治癒術の使いすぎで疲労困憊していたステラは、今日は少し遅い時間に起床した。そして起きるなり、オズワルドに二人の居場所を尋ねたところ、さっきのような返しをされて驚いていた。
「心配するな、二人とも、ちゃっかり報酬をもらっていったさ」
オズワルドはステラの驚きの意味を勘違いして、少しずれた返答をした。彼は治癒術による手当を受けたとは言え、まだ左腕を包帯で吊っている。しかしその顔には一昨日までの重苦しい陰は無く、どこか晴れやかな表情をしていた。
「そうじゃなくて……、私を置いて? ひどくないですか?」
ステラが大仰な手振りで文句を言う。
トランジックもアルフェも、戦いでひどい手傷を負っていた。二人とも精根尽き果てた様子でもあり、昨日はずっと宿の一室で休んでいた。だからステラは、彼らの出立はもう少し先になるだろうと思っていたのだ。
それなのに、自分にも何も言わずさっさといなくなるとは。冒険者は一つの場所に留まらない人種とは言え、彼女としては何だか出し抜かれた気分である。
「しかも黙って出ていくなんて……、少し薄情じゃないですか? 一緒にあんなに頑張ったのに!」
「まあまあ、落ち着きなよ。本当にさっきだから……。今から急げば、追い付けるかもしれないな」
「追いついてやりますよ。それで文句を言ってやります!」
「はっはっはっ」
憤るステラを見て、オズワルドは歯を見せて笑う。それから彼は少し寂しそうな表情になり、口を開いた。
「――やっぱり、あんたも行くのかい?」
「……はい。他にも、私が必要とされている場所があるでしょうから」
「そうか……」
ステラの答えを聞いて、オズワルドはまぶしそうに目を細める。
「最後まで手伝えないのは、残念ですけど」
この村での、自分の役目は終わった――。ステラはそう思っていた。後は、村人たちの仕事である。
「いいんだ。あんたの言う通りだ。後は俺たちが、俺たちでやるべきだよ」
襲撃による犠牲者は多かったが、それでもなんとか村を維持していけるだけの人数は残った。自分たちは最後までこの村に踏みとどまるつもりだと、オズワルドははっきりと語った。
「ありがとう。あんたには感謝している。――もちろん、あの二人にも。まあ、あの娘の力には驚いたが……、それでも俺たちの恩人だ。感謝してる。追いついたらもう一回、あんたからも伝えておいてくれ」
オズワルドが片手を差し出す。
魔物の大群と素手で渡り合ったアルフェを、白い眼で見ていた村人もいたが、こうして分かってくれる人もいるのだ。ステラには、そのことがとても嬉しかった。
「――はいっ!」
そして、満面の笑みでその手を握って、ステラは村に別れを告げた。
「はぁ、はぁ、はー。あの二人、足、速すぎ……」
膝に手を置いて、旅支度をしたステラが喘ぐ。
ステラは元々、運動が得意な方ではない。それでも村を出てから、精一杯の速度で歩いてきたのに、まだ二人の影も見えない。
だが、ステラに、トランジックに、アルフェ――、三人で一緒に、命を懸けてあの村を守ったのだ。それなのに、別れがあんなに素っ気ないのは寂し過ぎる。
せめてもう一度、会って話がしたい。そしてできれば、次の街まで一緒に――
「よしっ、もうちょっと頑張ろう!」
元気な掛け声を出し、ステラは少し駆け足で街道を進む。
この季節、この地方では雨が少ない。空は今日も澄み渡っており、彼女の行く道を遮るものは何もなかった。
「――あっ」
街道が大きく曲がるところで、道脇の草むらの中に、トランジックとアルフェの二人が立っているのが見えた。
やはり二人は、連れ立って歩いていたのか。一人仲間外れにされたステラは、少し頬を膨らませた後、二人のもとに駆け寄ろうとした。
「おーい! 二人とも! おーい! おー……い……」
走りながら手を振って、彼女は大きな声で呼びかけたが、その声は途中で途切れた。
道脇の草むらの中に、トランジックとアルフェは正対して立っている。では二人は、どうしてあんな草むらの中に立ち止まっているのか。
言い知れない不穏な気配が漂っている。ステラは、走る足に力を込めた。
◇
「なぜ、俺についてくる」
トランジックは、目の前に立つ少女に低い声をかけた。
「……」
少女から返答は無い。
村を出たトランジックの後を、付かず離れず、この少女はずっと追ってきていた。
それを隠す気すら、彼女には無かったらしい。道から外れて草原の中に立ったトランジックの前に、こうして当然のように立っているのは、そういうことなのだろう。
「……俺に、何か用でもあるのか」
そう言いながら、トランジックは少女を観察する。
アルフェという名前の少女は、村にやってきた時と同じ格好をしている。銀色の脚甲に革の腕甲。彼女の身体には大きいボロボロのマント。そう言えば、顔を隠していたフードが無い。オークの血に汚れたあれは捨てたのだろうか。同じく血塗れになったマントは丁寧に洗われ、血が落とされているのに。
「レスター村のトランジックですね」
トランジックの問いかけを無視し、少女が低い声で、彼の名を呼ぶ。
そうやって呼ばれるのは、何年振りか。レスター――幼い頃に滅んだ、彼の故郷の名前だ。その名を聞くだけで、懐かしさに涙が出そうになる。
「……懐かしい名前だな。……どうしたよ、改まって」
どうしてこの少女がその名前を知っているのか。その理由を彼は承知している。アルフェの目的も、彼女がこれからしようとしていることも、トランジックには始めから分かっていた。
そもそも、彼女があの村にやって来たのだって、きっとそのためだったのだろう。
「領主の館からの金品の強奪、器物の破損、衛兵の殺傷、市民の誘拐――」
突然のようにアルフェの口から出てきた言葉は、どれもトランジックの身に覚えがあることばかりだ。
トランジックがこれまでの人生で犯した罪状が、少女の小さな口から、淡々と読み上げられていく。
その言葉の一つ一つが、トランジックの胸に刺さった。何かに救いを求めるように、彼は天を仰ぐ。空にはただ、一塊の白い雲が流れているだけだ。
「……お前の首には、賞金がかかっている」
「……っ。……やはり、お前は、俺を追ってきた、賞金稼ぎか」
今の口上は、賞金首を捕らえる前の、冒険者の作法だ。
あの村で、初めて見た時からずっと、この娘が自分を追ってきた人間であるという予感が、トランジックから離れなかった。
年端も行かない少女を警戒する自分を、できれば笑い飛ばしてやりたかったが、無理だった。彼女が村で見せた行動の一つ一つが、トランジックの予感を確信に変えていった。
アルフェの姿を見る度に、トランジックは狩人を前にした獲物の気分を味わった。
そんな中、トランジックが村を守ろうと思ったのはどうしてだろう。
最初は隠れ蓑のつもりだった。仕事を求めてきた冒険者のフリをしていれば、あわよくば見過ごしてくれるのではないかと。そうでなければ、オークの襲撃の混乱乗じて、村を見捨てて逃げようと。
あるいは、オズワルドを刺し、指導者を失った村に、わざと魔物を引き込むことも考えた。
でも、それもできなかった。
村人と堀を補強し、矢を削り、共に生き残るための方策を立てる中で、彼にはまるで、遙か昔に己が失った故郷を、守る機会を与えられたような気がしたから。
「俺を……どうする?」
みっともなく叫んで、逃げ出したい心をぐっと抑えて、トランジックはアルフェを見た。
「……」
トランジックの問いに答える代わりに、アルフェはマントを外して放り投げた。
草むらを渡る風が、そのマントを少し離れた場所に飛ばし、緑色の波を作る。
「大人しくついて来なさい。抵抗するなら、お前の命をもらう」
トランジックは少女の視線から、思わず目を逸らした。それほどひどく、荒れ果てた目だ。
どうしてこいつは、この歳で、こんな目ができるようになったのか。だが、それは考えても詮無いことなのだろう。事情は知らないが、冒険者稼業にはよくある話だ。自分だって、こいつと似たようなものではないか。
「……ああ、いいぜ」
そう言って、トランジックが長剣を引き抜き、鞘を捨てる。
抵抗の意志と受け取ったのだろう。棒立ちの少女から、空気が歪むほどの殺気が押し寄せてきた。
「持ってけよ」
トランジックは長剣を正眼に構え、少し笑みを浮かべた。その体からは、戦意が全く感じられない。
それはそうだ。ついて行ったところで縛り首、戦ったところで――
――この娘は、正真正銘の化け物だ。勝てるわけが、無いだろうが。
彼女が次に動いた時、自分のこのくだらない人生も、ようやく終わる。終わらせてもらえる。
トランジックの顔に浮かんでいるのは、諦めの表情だった。
せめてもの救いは、ただ、最期にあの村を守れたことか。
「――待ってください!」
「――!」
「……ステラ!」
しかしその時、突然、村に置いてきたはずのステラが、二人の間に割って入った。
その髪は振り乱され、荒い息で両手を広げている。彼女はトランジックとアルフェの、どちらを止めようとしているのか。
「何してるの!? 二人とも、何やってるんですか!」
どちらを止めるべきなのか、彼女にも分かっていないようだ。
ステラは精一杯体を大きくして、トランジックとアルフェ、両方を交互に振り返っている。
「ステラさん」
最終的には、剣を構えているトランジックが、アルフェに害を為そうと判断したのだろうか。無理は無い。客観的に見れば誰でもそう思う。
歯を食いしばってトランジックを見つめたステラの背後から、アルフェの声が響いた。
「なぜ、その男をかばうのですか?」
「かばう……?」
ステラの視線が、そう言ったアルフェの身体の上を動く。それでステラは、どちらがどちらを追い詰めているのかを直感したようだ。
「アルフェちゃんが……? なぜって……!」
「その男は、薄汚い賞金首です。あなたがかばう必要など、ありません」
アルフェが沈んだ、冷え切った声を出す。
「――ひっ」
ステラが息をのんだ。トランジックですら身震いするほどの威圧感が、その台詞には込められていた。
それでもステラは、きっと目を見開いて、アルフェの前に立ちはだかった。その足は、可哀そうなまでに震えている。
「どいてください」
「――どきません!」
事情の全てを理解した訳でもなかろうに、ステラは強情を張る。
――ああ、あの人にも、そういう所があったなぁ。
一瞬、トランジックの目には、その姿が彼の故郷に住んでいた憧れの人に重なった。しかしその憧憬は、すぐに自嘲の笑みへと変わる。
「ステラ、どけ。……俺も、もう疲れた」
ここで、終わりにしたい。トランジックの弱々しい声音は、ステラにそう伝えていた。
「嫌です!」
「ステラ……」
「どきません!」
「……どうしてもですか?」
アルフェの声音は、心底不可解そうだ。
「――どうしても!」
「……」
アルフェから発せられる威圧感と殺気が、増大していく。
オークの軍勢と、正面から渡り合えるだけの気迫だ。そこに立っているのは、見かけ通りの娘ではない。さながら大きな魔獣を前にしているように、トランジックには感じられた。
まさかステラにまで、アルフェがその殺意を向けるとは考えられない。だがトランジックにも、男としての意地の様なものが残っていた。彼にはこれ以上、年下の娘の背中に、かばわれている気は無かった。
剣を下ろし、後ろからステラの肩に手を置いて、トランジックは言う。
「もういい、ステラ、俺は――」
「良くない! 良くないよ!」
そう叫んで、ぶんぶんと首を振るステラの目から、光るものがこぼれ落ちている。
「させませんから!」
「させないって……、お前……」
ステラがこの娘と戦って、止めるとでも言うつもりか。
「駄目ですから! 二人とも――そんなの、駄目ですから!」
まるで子供がわがままを言う様に、ステラは歯を食いしばって、真っ赤になってわめいている。
それを説得するための言葉が、トランジックには無かった。
「……そうだな。分かったよ。――アルフェ」
観念したようにつぶやいたトランジックが、手に持った剣を草むらに投げ出す。
「抵抗はしない。連れていけ」
その声は、やけに清々しく響いた。
「……」
「……どうした? 俺の賞金が目当てなんだろ?」
ステラとトランジックを見るアルフェの目は、先ほどまでとどこか違う。トランジックには、彼女の荒んだその瞳に、一瞬だけ、澄んだ輝きが走ったように思えた。
そうして、しばらくじっと、アルフェは黙って二人を見ていた。
「……あ」
ステラが気の抜けた声を出す。アルフェは急にくるりと振り返ると、風に飛ばされたマントを拾い、草むらを出て行った。
道脇に置かれた荷物を持ったその足は、全く止まる気配が無い。彼女は街道を、こちらを振り向きもせずに歩いて行った。
アルフェの姿が見えなくなったころ、トランジックは草むらの中に、がっくりと膝をついた。
「アルフェ、ちゃん」
ステラはアルフェが去った方角と、トランジックを代わる代わるに見ている。
「私……」
「……行ってくれ」
うつむいたまま、トランジックはつぶやく。
「え……」
「頼む、行ってくれ」
「……トランジックさん」
「俺は……、俺はこれから……、どうするか分からない。……でも、俺は、大人だからな。自分の始末は、付けられるさ。……だから、行ってくれ」
絞り出すように言ったトランジックが、どういう表情をしているのか、ステラには見えない。だがその声はまるで、泣いている子供のようにステラには聞こえた。
草原を一陣の風が吹き抜けていく。
ステラは顔を上げ、もう一度アルフェの去った道の先を見つめた。
主人公の性格はどうなっているべきだと思いますか? 参考にさせて下さい。
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冷酷
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憎悪
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無感動
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臆病
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優しい