白銀のヘカトンケイル   作:北十五条東一丁目

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第30話

「あれ? トランジックさんとアルフェちゃんは?」

「ああ、さっき村を出たよ」

 

 朝、開拓村の宿屋のホールでは、ステラとオズワルドが話をしていた。

 

 一昨日のオークと人間の戦いは、人間側の勝利に終わった。

 しかし勝利と言っても、村は多数の死者を出し、防壁や建物あちこちが破壊された。その後始末のために、昨日は、負傷者の治療や死者の弔いなど、やるべき事が山とあった。もちろんまだまだ片付けは残っているが、一応は一段落したと言える。

 

「えー!?」

 

 治癒術の使いすぎで疲労困憊していたステラは、今日は少し遅い時間に起床した。そして起きるなり、オズワルドに二人の居場所を尋ねたところ、さっきのような返しをされて驚いていた。

 

「心配するな、二人とも、ちゃっかり報酬をもらっていったさ」

 

 オズワルドはステラの驚きの意味を勘違いして、少しずれた返答をした。彼は治癒術による手当を受けたとは言え、まだ左腕を包帯で吊っている。しかしその顔には一昨日までの重苦しい陰は無く、どこか晴れやかな表情をしていた。

 

「そうじゃなくて……、私を置いて? ひどくないですか?」

 

 ステラが大仰な手振りで文句を言う。

 トランジックもアルフェも、戦いでひどい手傷を負っていた。二人とも精根尽き果てた様子でもあり、昨日はずっと宿の一室で休んでいた。だからステラは、彼らの出立はもう少し先になるだろうと思っていたのだ。

 それなのに、自分にも何も言わずさっさといなくなるとは。冒険者は一つの場所に留まらない人種とは言え、彼女としては何だか出し抜かれた気分である。

 

「しかも黙って出ていくなんて……、少し薄情じゃないですか? 一緒にあんなに頑張ったのに!」

「まあまあ、落ち着きなよ。本当にさっきだから……。今から急げば、追い付けるかもしれないな」

「追いついてやりますよ。それで文句を言ってやります!」

「はっはっはっ」

 

 憤るステラを見て、オズワルドは歯を見せて笑う。それから彼は少し寂しそうな表情になり、口を開いた。

 

「――やっぱり、あんたも行くのかい?」

「……はい。他にも、私が必要とされている場所があるでしょうから」

「そうか……」

 

 ステラの答えを聞いて、オズワルドはまぶしそうに目を細める。

 

「最後まで手伝えないのは、残念ですけど」

 

 この村での、自分の役目は終わった――。ステラはそう思っていた。後は、村人たちの仕事である。

 

「いいんだ。あんたの言う通りだ。後は俺たちが、俺たちでやるべきだよ」

 

 襲撃による犠牲者は多かったが、それでもなんとか村を維持していけるだけの人数は残った。自分たちは最後までこの村に踏みとどまるつもりだと、オズワルドははっきりと語った。

 

「ありがとう。あんたには感謝している。――もちろん、あの二人にも。まあ、あの娘の力には驚いたが……、それでも俺たちの恩人だ。感謝してる。追いついたらもう一回、あんたからも伝えておいてくれ」

 

 オズワルドが片手を差し出す。

 魔物の大群と素手で渡り合ったアルフェを、白い眼で見ていた村人もいたが、こうして分かってくれる人もいるのだ。ステラには、そのことがとても嬉しかった。

 

「――はいっ!」

 

 そして、満面の笑みでその手を握って、ステラは村に別れを告げた。

 

 

「はぁ、はぁ、はー。あの二人、足、速すぎ……」

 

 膝に手を置いて、旅支度をしたステラが喘ぐ。

 ステラは元々、運動が得意な方ではない。それでも村を出てから、精一杯の速度で歩いてきたのに、まだ二人の影も見えない。

 

 だが、ステラに、トランジックに、アルフェ――、三人で一緒に、命を懸けてあの村を守ったのだ。それなのに、別れがあんなに素っ気ないのは寂し過ぎる。

 せめてもう一度、会って話がしたい。そしてできれば、次の街まで一緒に――

 

「よしっ、もうちょっと頑張ろう!」

 

 元気な掛け声を出し、ステラは少し駆け足で街道を進む。

 この季節、この地方では雨が少ない。空は今日も澄み渡っており、彼女の行く道を遮るものは何もなかった。

 

「――あっ」

 

 街道が大きく曲がるところで、道脇の草むらの中に、トランジックとアルフェの二人が立っているのが見えた。

 やはり二人は、連れ立って歩いていたのか。一人仲間外れにされたステラは、少し頬を膨らませた後、二人のもとに駆け寄ろうとした。

 

「おーい! 二人とも! おーい! おー……い……」

 

 走りながら手を振って、彼女は大きな声で呼びかけたが、その声は途中で途切れた。

 

 道脇の草むらの中に、トランジックとアルフェは正対して立っている。では二人は、どうしてあんな草むらの中に立ち止まっているのか。

 言い知れない不穏な気配が漂っている。ステラは、走る足に力を込めた。

 

 

「なぜ、俺についてくる」

 

 トランジックは、目の前に立つ少女に低い声をかけた。

 

「……」

 

 少女から返答は無い。

 

 村を出たトランジックの後を、付かず離れず、この少女はずっと追ってきていた。

 それを隠す気すら、彼女には無かったらしい。道から外れて草原の中に立ったトランジックの前に、こうして当然のように立っているのは、そういうことなのだろう。

 

「……俺に、何か用でもあるのか」

 

 そう言いながら、トランジックは少女を観察する。

 アルフェという名前の少女は、村にやってきた時と同じ格好をしている。銀色の脚甲に革の腕甲。彼女の身体には大きいボロボロのマント。そう言えば、顔を隠していたフードが無い。オークの血に汚れたあれは捨てたのだろうか。同じく血塗れになったマントは丁寧に洗われ、血が落とされているのに。

 

「レスター村のトランジックですね」

 

 トランジックの問いかけを無視し、少女が低い声で、彼の名を呼ぶ。

 そうやって呼ばれるのは、何年振りか。レスター――幼い頃に滅んだ、彼の故郷の名前だ。その名を聞くだけで、懐かしさに涙が出そうになる。

 

「……懐かしい名前だな。……どうしたよ、改まって」

 

 どうしてこの少女がその名前を知っているのか。その理由を彼は承知している。アルフェの目的も、彼女がこれからしようとしていることも、トランジックには始めから分かっていた。

 そもそも、彼女があの村にやって来たのだって、きっとそのためだったのだろう。

 

「領主の館からの金品の強奪、器物の破損、衛兵の殺傷、市民の誘拐――」

 

 突然のようにアルフェの口から出てきた言葉は、どれもトランジックの身に覚えがあることばかりだ。

 トランジックがこれまでの人生で犯した罪状が、少女の小さな口から、淡々と読み上げられていく。

 

 その言葉の一つ一つが、トランジックの胸に刺さった。何かに救いを求めるように、彼は天を仰ぐ。空にはただ、一塊の白い雲が流れているだけだ。

 

「……お前の首には、賞金がかかっている」

「……っ。……やはり、お前は、俺を追ってきた、賞金稼ぎか」

 

 今の口上は、賞金首を捕らえる前の、冒険者の作法だ。

 

 あの村で、初めて見た時からずっと、この娘が自分を追ってきた人間であるという予感が、トランジックから離れなかった。

 年端も行かない少女を警戒する自分を、できれば笑い飛ばしてやりたかったが、無理だった。彼女が村で見せた行動の一つ一つが、トランジックの予感を確信に変えていった。

 アルフェの姿を見る度に、トランジックは狩人を前にした獲物の気分を味わった。

 

 そんな中、トランジックが村を守ろうと思ったのはどうしてだろう。

 最初は隠れ蓑のつもりだった。仕事を求めてきた冒険者のフリをしていれば、あわよくば見過ごしてくれるのではないかと。そうでなければ、オークの襲撃の混乱乗じて、村を見捨てて逃げようと。

 あるいは、オズワルドを刺し、指導者を失った村に、わざと魔物を引き込むことも考えた。

 

 でも、それもできなかった。

 

 村人と堀を補強し、矢を削り、共に生き残るための方策を立てる中で、彼にはまるで、遙か昔に己が失った故郷を、守る機会を与えられたような気がしたから。

 

「俺を……どうする?」

 

 みっともなく叫んで、逃げ出したい心をぐっと抑えて、トランジックはアルフェを見た。

 

「……」

 

 トランジックの問いに答える代わりに、アルフェはマントを外して放り投げた。

 草むらを渡る風が、そのマントを少し離れた場所に飛ばし、緑色の波を作る。

 

「大人しくついて来なさい。抵抗するなら、お前の命をもらう」

 

 トランジックは少女の視線から、思わず目を逸らした。それほどひどく、荒れ果てた目だ。

 どうしてこいつは、この歳で、こんな目ができるようになったのか。だが、それは考えても詮無いことなのだろう。事情は知らないが、冒険者稼業にはよくある話だ。自分だって、こいつと似たようなものではないか。

 

「……ああ、いいぜ」

 

 そう言って、トランジックが長剣を引き抜き、鞘を捨てる。

 抵抗の意志と受け取ったのだろう。棒立ちの少女から、空気が歪むほどの殺気が押し寄せてきた。

 

「持ってけよ」

 

 トランジックは長剣を正眼に構え、少し笑みを浮かべた。その体からは、戦意が全く感じられない。

 それはそうだ。ついて行ったところで縛り首、戦ったところで――

 

 ――この娘は、正真正銘の化け物だ。勝てるわけが、無いだろうが。

 

 彼女が次に動いた時、自分のこのくだらない人生も、ようやく終わる。終わらせてもらえる。

 トランジックの顔に浮かんでいるのは、諦めの表情だった。

 

 せめてもの救いは、ただ、最期にあの村を守れたことか。

 

「――待ってください!」

「――!」

「……ステラ!」

 

 しかしその時、突然、村に置いてきたはずのステラが、二人の間に割って入った。

 その髪は振り乱され、荒い息で両手を広げている。彼女はトランジックとアルフェの、どちらを止めようとしているのか。

 

「何してるの!? 二人とも、何やってるんですか!」

 

 どちらを止めるべきなのか、彼女にも分かっていないようだ。

 ステラは精一杯体を大きくして、トランジックとアルフェ、両方を交互に振り返っている。

 

「ステラさん」

 

 最終的には、剣を構えているトランジックが、アルフェに害を為そうと判断したのだろうか。無理は無い。客観的に見れば誰でもそう思う。

 歯を食いしばってトランジックを見つめたステラの背後から、アルフェの声が響いた。

 

「なぜ、その男をかばうのですか?」

「かばう……?」

 

 ステラの視線が、そう言ったアルフェの身体の上を動く。それでステラは、どちらがどちらを追い詰めているのかを直感したようだ。

 

「アルフェちゃんが……? なぜって……!」

「その男は、薄汚い賞金首です。あなたがかばう必要など、ありません」

 

 アルフェが沈んだ、冷え切った声を出す。

 

「――ひっ」

 

 ステラが息をのんだ。トランジックですら身震いするほどの威圧感が、その台詞には込められていた。

 それでもステラは、きっと目を見開いて、アルフェの前に立ちはだかった。その足は、可哀そうなまでに震えている。

 

「どいてください」

「――どきません!」

 

 事情の全てを理解した訳でもなかろうに、ステラは強情を張る。

 

 ――ああ、あの人にも、そういう所があったなぁ。

 

 一瞬、トランジックの目には、その姿が彼の故郷に住んでいた憧れの人に重なった。しかしその憧憬は、すぐに自嘲の笑みへと変わる。

 

「ステラ、どけ。……俺も、もう疲れた」

 

 ここで、終わりにしたい。トランジックの弱々しい声音は、ステラにそう伝えていた。

 

「嫌です!」

「ステラ……」

「どきません!」

「……どうしてもですか?」

 

 アルフェの声音は、心底不可解そうだ。

 

「――どうしても!」

「……」

 

 アルフェから発せられる威圧感と殺気が、増大していく。

 オークの軍勢と、正面から渡り合えるだけの気迫だ。そこに立っているのは、見かけ通りの娘ではない。さながら大きな魔獣を前にしているように、トランジックには感じられた。

 

 まさかステラにまで、アルフェがその殺意を向けるとは考えられない。だがトランジックにも、男としての意地の様なものが残っていた。彼にはこれ以上、年下の娘の背中に、かばわれている気は無かった。

 剣を下ろし、後ろからステラの肩に手を置いて、トランジックは言う。

 

「もういい、ステラ、俺は――」

「良くない! 良くないよ!」

 

 そう叫んで、ぶんぶんと首を振るステラの目から、光るものがこぼれ落ちている。

 

「させませんから!」

「させないって……、お前……」

 

 ステラがこの娘と戦って、止めるとでも言うつもりか。

 

「駄目ですから! 二人とも――そんなの、駄目ですから!」

 

 まるで子供がわがままを言う様に、ステラは歯を食いしばって、真っ赤になってわめいている。

 それを説得するための言葉が、トランジックには無かった。

 

「……そうだな。分かったよ。――アルフェ」

 

 観念したようにつぶやいたトランジックが、手に持った剣を草むらに投げ出す。

 

「抵抗はしない。連れていけ」

 

 その声は、やけに清々しく響いた。

 

「……」

「……どうした? 俺の賞金が目当てなんだろ?」

 

 ステラとトランジックを見るアルフェの目は、先ほどまでとどこか違う。トランジックには、彼女の荒んだその瞳に、一瞬だけ、澄んだ輝きが走ったように思えた。

 そうして、しばらくじっと、アルフェは黙って二人を見ていた。

 

「……あ」

 

 ステラが気の抜けた声を出す。アルフェは急にくるりと振り返ると、風に飛ばされたマントを拾い、草むらを出て行った。

 道脇に置かれた荷物を持ったその足は、全く止まる気配が無い。彼女は街道を、こちらを振り向きもせずに歩いて行った。

 

 アルフェの姿が見えなくなったころ、トランジックは草むらの中に、がっくりと膝をついた。

 

「アルフェ、ちゃん」

 

 ステラはアルフェが去った方角と、トランジックを代わる代わるに見ている。

 

「私……」

「……行ってくれ」

 

 うつむいたまま、トランジックはつぶやく。

 

「え……」

「頼む、行ってくれ」

 

「……トランジックさん」

「俺は……、俺はこれから……、どうするか分からない。……でも、俺は、大人だからな。自分の始末は、付けられるさ。……だから、行ってくれ」

 

 絞り出すように言ったトランジックが、どういう表情をしているのか、ステラには見えない。だがその声はまるで、泣いている子供のようにステラには聞こえた。

 

 草原を一陣の風が吹き抜けていく。

 ステラは顔を上げ、もう一度アルフェの去った道の先を見つめた。

主人公の性格はどうなっているべきだと思いますか? 参考にさせて下さい。

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