白銀のヘカトンケイル   作:北十五条東一丁目

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第33話

「次はこれだ!」

 

 リーフが用意したのは、前の二体よりも一回り大きい石像のようなゴーレムだ。

 粘度だからクレイゴーレム。木製のウッドゴーレム。石造りということから察するに、これは――

 

「ストーンゴーレムですか」

「ステファニーだ」

 

 眼鏡を持ち上げながら、真顔でリーフが言った。アルフェの心に荒涼とした風が吹く。

 

「……もうやめませんか? ステファニーちゃんですか? この子まで壊したら、可哀そうですよ」

「僕はステファニーを信じているよ」

 

 リーフが澄んだ瞳で答えた。この仕事を引き受けたのは失敗だったとアルフェは思う。久しぶりに血を見ないで済みそうだと思ったから、油断していた。

 

「……わかりました。その代わり、壊れても泣かないで下さいね?」

「ステフは僕の最高傑作だ。壊れはしない」

「答えになっていませんよ……」

 

 アルフェは改めてゴーレムの前に立ち、その体を見上げる。確かに前の二つよりは頑丈そうだ。ストーンゴーレムと言ったが、ただの石ではないのだろう。ゴーレムは光沢のある、黒い石で構成されている。ただの石なら砕くことは容易だが、これはどうなのだろうか。

 

「……!」

 

 手の平でゴーレムの黒光りする体に触れて見ると、ある事に気付く。ゴーレムの表面が、ほんのりと暖かい。まるで生きているかのようだ。

 

「凄い魔力……」

「その石は、マナの濃い地域から採取してきた特殊な黒曜石だ。魔力の強い素材ほど、ゴーレムに加工するのは容易ではなくなる。それだけに作製には苦労したが……、そのお陰で素晴らしい性能に仕上がった。ステファニーには、魔力の宿らない武器ではかすり傷一つつけることはできない! 例えマジックウェポンや高位魔術を使用したとしても、この体を砕くことは困難だろう!」

 

 力説しながらうっとりとゴーレムを見上げる姿は、恋する乙女のようだ。

 

「……確認しましたよ? 壊しても泣かないと」

「大丈夫だ。手加減無用」

 

 確信に満ちた顔でリーフがうなずく。本当に分かっているのだろうか。

 

「では……、やらせていただきます」

 

 アルフェは腕や足をひねり、背中を折り曲げて全身を丹念にほぐしていく。

 確かにこのゴーレムが内包する魔力は中々のものだ。そう簡単には破壊できないだろう。全力でかからなければならない。

 

「……やっぱり、少し手加減してくれてもいいんだよ?」

 

 不安そうにリーフが言うが、今度はその声がアルフェに届いていない。魔力を充実させた少女は、腕を大きく回すと構えを取った。更に目を閉じ、数秒間呼吸を整える。ゴーレムも腰を落とし、耐える姿勢になった。

 

「――憤ッ!」

 

 目を見開いたアルフェは、ゴーレムの足元に踏み込むと、渾身の双掌打を放った。命中の瞬間、両手から放たれた魔力がゴーレムの背中まで突き抜けた。石の巨体が僅かに宙に浮く。

 

 だが、それだけだった。今度のゴーレムは壊れなかった。

 

「――……ふ、ふははは! やったぞ! 僕はやったんだ!」

 

 突然両腕を振り上げて、リーフが叫ぶ。

 大量の魔力を受けて、ゴーレムの動きは先ほどよりもぎこちなくなっているが、その五体は保たれたままだ。

 

「やはり僕の最高傑作は格が違った! 前の二体は前座みたいなものさ! やはり非力な女性に、僕のゴーレムが破壊できるはずが無い! よくやったステファニー! 我々の勝利だ!」

 

「……よかったですね」

「ああ、君には感謝しているよ! 若干の計算違いはあったが、有効なデータが取れた。前の二体が何故壊れたのかは検討の余地があるが……それも些細な事だ。やはり僕のゴーレムは最高だ!」

 

「……」

「並みの冒険者では相手にもならない! 経済活動や魔物との戦闘において、僕のゴーレム製造論が多大な貢献を果たすことは、もはや確定事項と言える!」

 

 リーフは眼鏡を上げながら、片手でばしばしとアルフェの肩を叩く。

 

「……あの」

「ん? ああ、君も実験に協力してくれてありがとう。報酬はきちんと支払うよ。もう引き取ってくれても構わない」

 

 机から報酬の入った袋を取り出した青年に、アルフェは言った。

 

「もう一回、やらせて下さい」

「え……。も、もういいよ。実験データをまとめないといけないし……」

「やらせて下さい」

 

 その声には、少年に有無を言わせぬ迫力が籠っている。

 

「わ、分かった」

 

 そういうことになった。

 

「すぅ――。はぁ――」

 

 深呼吸しながら、アルフェは心の中で考えた。さっきは無意識に遠慮していた。そんな気がする。全力を出さなければ正確な実験が出来ないだろうし、何より雇い主に失礼だろう。決して悔しかったわけではない。

 

「はぁぁぁぁあああああ!」

 

 重心を落とし、体内の魔力を高めるだけでなく、集気法で空気中の魔力を取り込めるだけ取り込む。魔力の揺らぎに、アルフェの周囲を塵が舞う。

 

「――行きます!」

「いや、行かなくていいよ……」

 

 今度は力の限り踏み込んだ。足元の石版が数枚、粉々に弾け飛ぶ。このゴーレムは半端なやり方では砕けない。アルフェは拳ではなく、肘からゴーレムに突っ込んだ。ゴーレムの中心部に、全体重を乗せたアルフェの肘撃が炸裂する。

 

 地下室に轟音が響いた。魔力が炸裂する音と、巨大な岩が砕け散る音。黒曜石のゴーレムは全身にヒビを走らせながら、壁に激突する。雷のような音が鳴り、胴体を構成していた素材が八方に飛び散る。かろうじて手足と頭は残っているが、ストーンゴーレムは完全に機能を停止した。

 

「うあああ~」

 

 もうもうと舞う埃の中、もはや言葉も無く、リーフが地面にくず折れて手と膝をつく。

 それをよそに、アルフェは何かをやり遂げた表情をしている。

 彼女が我に返ったのは、しばらく経ってからのことだった。

 

「これは約束の報酬だよ」

 

 袋を差し出すリーフのまぶたは、少し赤い。一階の工房に戻ってきた二人は、テーブルに向かい合わせに座っている。正気を取り戻したアルフェは、椅子の上で身体を小さくしていた。

 

「あ、あの、申し訳ありません……。途中から少し、興奮してしまって……」

「いいんだ。君のような女の子に破壊されると言うことは、やはりまだ、僕の腕が未熟だったということだよ」

 

 妙にさわやかな表情をしているリーフが、アルフェには痛々しい。

 

「だけど、次は負けない」

 

 そんな宣言をされても、なんと答えれば良いか分からない。アルフェは曖昧に微笑もうとするが、口の端が引きつってしまった。

 

「とりあえず、更に強いゴーレムを作るために、素材集めから始めなければ。構造も根本から見直すことにする」

 

 そう言って羽ペンを取り出し、設計図らしきものを描き始めた。既に自分の世界に入り込んでしまった青年に、アルフェは暇を告げる。

 

「そ、そうですか。頑張ってください。……それでは、私はこれで失礼します」

 

 報酬を受け取って、アルフェはそそくさと工房を出た。外には既に、夕暮れの気配が漂っている。

 

 ――はぁ。

 

 心の中でため息をついて、自らの行いを悔やむ。どうしてあんな子供じみたことをしてしまったのか、自分でも分からない。

 

 肉体的には全く疲労していないはずだが、どっと疲れが出た気分になった。町に着いたばかりなのに、無理をしすぎたか。今日はもう、夕飯を食べたら寝てしまおう。

 しかしそれにしてもあの青年は、変わった人だった。

 

 ――独りであんな所に住んでいるなんて。

 

 一体どういう人物なのか。アルフェの頭に、ふとそんな疑問が浮かんだ。

 

 

「リーフ・チェスタートンか。そいつはこの町の冒険者の間じゃ、結構有名な坊主だ。まだ若いが、城の研究所でも一目置かれるほどの魔術士らしい」

「そうなんですか?」

 

 優秀な魔術士というものは、大抵どこかの貴族に抱えられているものだ。ましてエアハルト伯ともなれば、城には多くの魔術士がいるはずである。そこで一目置かれていると言うことは――。ただの変人にしか見えなかったが、人は見かけによらないものだ。

 アルフェに疑いの籠った視線を向けられて、リグスが説明を付け加える。

 

「あの若さで、何かすげぇ発見をしたんだってよ。なんだっけか、あの……、ゴ、ゴ……」

「ゴーレム」

「そう、そのゴーレムってやつで。城がパトロンになってるから、金にも不自由してないそうだ。実際俺たちも、あいつの依頼を受けたことがある」

「確かに、報酬は良かったですが」

 

 アルフェがリーフの依頼を受けた次の日の夜、アルフェは冒険者組合近くの食堂で、傭兵隊長のリグスと夕飯を共にしていた。

 食堂と言うよりは、酒場と言った方が正しいかもしれない。まだ深い時間ではないにも関わらず、店の中は酒気と酔っ払いの喧騒に包まれている。路地裏の目立たない酒場がこれだけ賑わっているのは、流石にエアハルト伯領一の大都市と言うところか。

 

 アルフェがここでリグスと会ったのは、もちろん偶然ではない。アルフェが依頼の後に冒険者組合に寄ると、組合の職員が、リグスからの言伝を預かっていたのだ。

 仕事で何度か一緒になった縁もある。それに、リグスはアルフェよりもこの町に詳しい。有益な話を聞けるかもしれない。そう考えて彼の呼び出しに応じた結果、アルフェはこうして、リグスと差し向かいでテーブルを挟んでいる。

 

「研究材料の収集なんかの依頼を、よく出してるよ。しばらくこの町にいるなら、また係わり合いになるかもな」

「それはちょっと……、ご遠慮させていただきたいですね」

 

 四十手前の筋肉質な髭面の男と、十代の小柄な少女との組み合わせは、周囲からは相当奇異に映るらしい。実際に周囲の客の何人かは、さっきからちらちらと二人の様子をうかがっていた。

 

「ご遠慮ついでと言っちゃあなんだが、俺の雇い主も、もう一回お前に会いたいって言ってたぜ……っと。はは、そんなに嫌か」

 

 アルフェの明らかな不機嫌に気付いたリグスが、面白そうに笑う。

 

「私は、ああいう人は苦手です」

「こんなおっさんとも、平気で話をするのにか? お前の基準は良く分からんな」

 

 そう言って、リグスはワインを一息で飲み干すと、ジョッキを乱暴にテーブルに置いた。

 二人が挟むテーブルの上には、リグスが並べた空のジョッキと、アルフェが平らげた料理の皿が、山と積み上げられている。

 

「飲み過ぎではないですか?」

「そうかぁ? そう言うお前こそ、食い過ぎじゃねぇのか」

「……そうですか?」

 

 アルフェが首をかしげる。

 食べられる時には、食べられるだけ食べる。これはアルフェが冒険者として学んだ、大切な教訓の内の一つだ。何せ、明日も同じように食事にありつけるとは、誰も保証してくれないのだから。

 

「まあ、こんな商売だ。飲める時に飲んでおかないと、後悔することになるかもしれないからな」

 

 リグスもアルフェと同じ様なことを考えていたらしい。彼は給仕の若い娘を呼びつけて、新しい酒を注文している。

 

「リグスさんたちは、まだあの方の所で仕事を?」

「まだどころか、しばらくはそうなりそうだ。今の俺たちは、あいつの私兵って扱いだからな」

「そう言えば、オークの討伐に向かわれていたのでしたね。村では、援軍は来ないと言っていましたが」

「それも色々と事情があるのさ。聞きたいか」

 

 皿に残った骨付き肉の骨だけ持って、リグスはアルフェを指す。

 

「……あまり、興味は無いです」

「そう言うなよ。実はエアハルト領でな……、お家騒動が持ち上がってるんだ」

 

 小声になったリグスが、ずいと顔を寄せてアルフェに囁いた。

 

「そんなことを、私に話してしまっていいんですか?」

「まあな。もったいぶった言い方をしたが、ウルムに住んでる人間なら、この食堂の姉ちゃんだって知ってる話だ。正直、聞かれたって大して問題ない」

 

 元の距離に戻って、リグスが事情を説明しだした。

 

「今のエアハルト伯はもう爺さんだが、二人の息子がいる。クルツの坊ちゃんと、その兄貴だ。そんで今、エアハルト伯の命がもう長くないって噂が流れてる。後は分かるな? 後継者争いってやつだ。どこにでもある話さ」

「確かに、そうなのかもしれません」

 

 冒険者として、アルフェも少しは世の中を見てきた。貴族の継嗣問題など、各地で当たり前のように起こっている。別段驚く程のことでもない。

 するとリグスたちのオーク討伐は、跡継ぎ争いに勝利するための、あのクルツという男の点数稼ぎの一環とでも言ったところか。

 

「どこにでもある話だが、俺たちの飯の種にはなる。傭兵にとっては、それが一番重要だ」

「はい」

 

 その点はリグスの言う通りであると、アルフェは確信をもってうなずいた。アルフェたちのような冒険者やリグスたちのような傭兵にとって重要な事は、それが報酬になるかどうか。他の事はただのおまけだ。

 しかし、貴族に絡んだ仕事を受けると、金以外の面倒が多いのも事実である。アルフェは気になったことを尋ねてみた。

 

「クルツさんのお兄様は、優秀な方なのですか?」

「優秀も優秀、悪いが、器量じゃクルツ坊ちゃんは勝負にもならんね。どうしてあの坊ちゃんの手下が、俺たちしかいないと思う? 仮にもあいつは、エアハルト伯の次男坊様だぜ?」

 

 確かにその身分の者が、五十に満たない傭兵だけを連れてオーク討伐に向かうなど、考えてみれば異様な話だ。

 

「さあ……」

「簡単さ、軍権はもう、ほとんどその兄貴が抑えてるからだ。正規兵を動員しようとしても、クルツにはその権限が無い。あいつはせいぜい、金で兵を雇うしか無いのさ。まあ、だから俺たちにも、働く場所ができたってわけだが……」

 

 リグスは顔を曇らせる。それも仕方無いだろう。その話の通りだとすると、彼の雇い主が継嗣争いで勝利することは、あり得ないことのように思える。その場合、負けた方と、負けた方に味方した者はどうなるだろうか。

 

「このところ、大きな戦も無い。隊の仲間を養うためだ、多少危ない橋を渡っても、稼がないとな。……まあ、俺たちは、やばくなる前に手を引くさ。それも傭兵の才覚だ」

 

 今の台詞は、アルフェに言ったのではなく、リグスが彼自身に言い聞かせているように聞こえた。

 この傭兵隊長は、言葉だけではなく、本当に危ない橋を渡っているようだ。

 

 しかし自分に、何が言えるだろうか。生きるためには、綺麗ごとだけでは済まされない時がある。アルフェもそれはよく分かっている。自分にリグスを諌める言葉など無い。

 

「……ちっ、辛気臭くなっちまったな。飲むぞ! アルフェ、お前も飲め!」

「私は飲めません」

 

 傭兵隊長のヤケが入った提案を、アルフェは短い言葉で切り捨てた。

 

「つまらねぇことを言うなぁ」

 

 気勢をそがれ、リグスは白けた顔になる。本当に飲めませんからと言った後、アルフェは少し考えて、一言付け加えた。

 

「リグスさん」

「ん? なんだ?」

「気をつけてくださいね」

 

 アルフェの言葉に、リグスは一瞬、驚いた表情をした。

 

「……ああ、ありがとうな」

 

 そして、重い空気を吹き飛ばすように、リグスが快活な笑い声をあげた。

 

「お前がうちの団に入ってくれたらなぁ。うちの後継者問題も解決なんだが。どうだ。真面目に考えてみないか?」

「……そうですね。考えておきます。……でも、多分無理です。私には、やりたいことがありますから」

「やりたいこと? ……意外だな。お前もそんなことを考えるのか。いや、意外と言っちゃ悪いかな。で、何だ。その『やりたいこと』ってのは」

「……秘密です」

 

 そう言って僅かに微笑み、アルフェは目の前の皿に残る肉に、ナイフを突き立てた。

 その仕草が、彼女にしては妙に乱暴だったので、リグスはそれ以上、彼女の“秘密”を問い詰めることはしなかった。

この物語において、主人公は恋愛するべきだと思いますか? 参考にさせて下さい。

  • ぜひ恋愛するべきだ。
  • まあ、無理が無ければ。
  • そういうのはサブキャラだけでいい。
  • 百合が良い。
  • 要らない。要るのは血だ。
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