白銀のヘカトンケイル   作:北十五条東一丁目

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第34話

 リグスと夕食を共にしてから数日後の朝、冒険者組合に仕事を探しに来たアルフェは、そこで予想もしない人物を見つけた。

 組合の男性職員と何かを話している横顔には、見覚えがある。あの不健康な長髪に、大きな眼鏡といった特徴的な容貌は、そう簡単に忘れられるものではない。

 あれは例のゴーレム作りの青年、リーフ・チェスタートンだ。

 

 いったい何をしているのだろう。少し気になるが、先日、気まずい思いをしたばかりだ。できればあまり近寄りたくない。アルフェは気配を消し、壁に身を寄せるように、依頼の掲示の方へ向かった。

 

「おや、アルフェ君じゃないか」

 

 そ知らぬ顔で依頼を物色していたアルフェだったが、その背中に声が掛けられる。

 

「……ああ、リーフさんですか。おはようございます。気付きませんでした」

 

 それなりにしっかりと気配を殺していたつもりだったのに、意外とこの青年は目ざといようだ。アルフェは渋々振り返った。

 

「うん、おはよう。こんな場所で会うなんて驚いたな。やっぱり君は冒険者なんだねぇ」

「ええ、まあ」

 

 その言葉に何と返事をして良いか分からず、アルフェは曖昧にうなずいた。そしてもう用が無いのならと、再び掲示板に目を戻したアルフェの横顔に、思案顔のリーフが言った。

 

「ちょうどいい。君に頼むのがいいかも知れないな」

「……何ですか? また何かを壊せばいいんですか?」

 

 先日、自分にゴーレムを破壊されて泣いたばかりなのに。ひょっとしたらこの青年は、そういうことをされて喜ぶ性質でもあるのかもしれない。

 

「い、いや、違うよ」

 

 ねめつけるようなアルフェの視線を受けて、リーフがぷるぷると首を振る。

 

「……まあ、その件と全く無関係ではないんだけどね。実は護衛を探しているんだ」

「護衛?」

「そうだよ。新しいゴーレムの素材を探しに行きたいんだ。でも、目的地がちょっと危ない場所だから、念のために冒険者を雇いに来たのさ」

 

 今日のリーフは、先日と違って変わった外套を着込んでいる。旅支度ということか。

 

「……なぜ私に? 冒険者なら、他にも沢山いますが」

「君に壊されたステファニーよりも、強いゴーレムを作らないといけないからね。強力な素材があるのは、相応に危険な場所だ。弱い冒険者を雇っても仕方ない。その点君なら安心だ」

 

 リーフが眼鏡を光らせる。

 

「素材の採取なら、組合に依頼を出して下さればお受けしますよ」

「この目で素材を確認する必要があるから、僕も同行したいんだよ。あ、護衛と言っても、僕も戦えるから心配は要らない。あくまで念のためだよ」

 

 話を聞く限り、変な依頼ではないようだ。それならば、アルフェも強いて拒否するつもりは無いが……。しかし、これだけは聞いておかなければならない。

 

「……報酬は?」

「これだけ出そう」

 

 そう言ってリーフが提示した金額は、かなりのものだった。金に困っていないというのは本当の事らしい。

 それだけ払ってくれるのなら文句は無い。アルフェは納得してうなずいた。

 

「承知しました。お引き受けします」

「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、早速打ち合わせしようか」

 

 契約成立ということで、二人は組合に置いてあるテーブルの一つに着き、情報の共有を始めた。リーフが素材の探索地として指定した場所は、町から二日ほど離れたところにある廃鉱だ。

 かつてはエアハルト領の経済を支える程の大規模な鉱山だったが、現在は様々な事情で放棄されているという。そのあたりの事情も、リーフが説明してくれた。

 

「ぎりぎり結界の内側のはずなんだ。でも廃鉱の中には効力が届いていないようでね。放っておいたら、すぐに魔物が住み着く。鉱脈が完全に涸れたわけじゃないけど、採算が合わなくなったそうだよ」

「勝手に入ってもいいんですか?」

「廃鉱なんだから問題ないさ。魔物さえ何とかできるなら、意外と貴重な鉱石が採れることもある。だからもしかしたら、他の冒険者や、僕みたいな魔術士も来ているかもしれない」

「わかりました。でも、出発は一日待ってください。それなりに準備を整えたいので」

 

 さすがに町娘の格好のまま、洞窟探索というわけにはいかない。

 

「そうかい? じゃあ明日の朝、ここで落ち合うことにしようか」

「はい、それでは失礼します」

 

 支度を済ませてから合流し、町を出てから二日後、アルフェとリーフは目的の廃鉱までやって来ていた。

 平野に大きな穴が穿たれ、赤茶色の岩肌がむき出しになっている。そこら中に放棄された道具や資材が転がっているが、どれも使い物にならないくらいに朽ちていた。

 廃鉱の周囲には、簡単な木の柵がめぐらされている。近隣の村人が設置したものだろうか。

 

 結界の中というだけあって、すぐ傍には農地が広がっており、ここに来るまでは、所々に村もあった。のどかな風景の中に、このように荒廃した雰囲気が漂う場所があるというのは、少し不思議な印象を覚える。アルフェがそう聞くと、リーフが言った。

 

「村のほうは、喜んでるみたいだけどね」

 

 坑道の内部には魔物が出るが、彼らがそこから出てくることはない。近くに村があることで、腕試しなどに訪れる血気盛んな若者や冒険者もそれなりにいる。

 つまり、そのような訪問者たちが補給のために村を利用することで、結構な臨時収入となっているのだそうだ。

 

「あそこから、奥に入れるんだ」

 

 そう言ってリーフが指さした先に、坑道の入口らしき穴があった。リーフに促されるまま、アルフェもその後についていく。柵を乗り越えて、二人はそこまで下りて行った。

 

「リーフさん、ここには何を採りに来たんですか?」

「貴重な鉱石なら何でもいいさ。めぼしいものは、とりあえず全部持っていく」

「二人ではそんなに運べませんよ」

「問題ない。僕は変性術の専門家だと言ったろう?」

 

 そう言ってリーフは、彼の背負っている背嚢を叩いた。見た目は何の変哲もない、革製の背嚢だ。

 

「中に入れた物を、軽量化する魔術がかけてある。見た目よりも、ずっと沢山入れられるしね。ゴーレムの材料には、十分な量を運べるはずだ。……じゃあ、この辺に拠点を作るとしようか」

 

 二人は廃鉱の入り口近くの、目立たない場所に荷物をまとめる。周りの風景に溶け込むように偽装して、他の冒険者に発見されにくくしておいた。それにもリーフの魔術が役立った。

 

「すごいですね」

 

 それに対して、アルフェは素直に称賛の言葉を述べた。

 

「ふん、これくらいは当然だよ。まあ、戦闘でも期待してくれていい。ゴーレムがいなくても、ここに住み着くような下等な魔物なら、僕の相手にはならないさ」

 

 リーフは得意げに鼻を鳴らしているが、実際、アルフェと同じくらいの年齢で、これほど魔術を使いこなす人間というのは珍しいはずだ。

 さらにリーフは、適当な石ころを拾って呪文をつぶやく。するとその石が、淡い光を放ち始めた。松明代わりというところか。リーフはその石をカンテラの中に入れると、アルフェを振り返って言った。

 

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 

 そして、二人は坑道の内部に足を踏み入れた。

 坑道の内部は、少し湿った空気が漂っている。リーフの作った即席ランタンの光は、闇の中に入ると、かなり強く周辺を照らした。

 

「今日は、他の探索者はいないみたいだな……」

 

 リーフの声が坑道内に反響する。昔は大規模な採掘が行われていたらしく、通路はそれほど狭くない。

 しばらく二人は無言で歩き続けたが、あまり深く潜らないうちに魔物に遭遇した。

 

「おや、コボルトだ」

 

 現れたのは、直立する犬のような魔物――コボルトだ。

 この魔物は、まさに一般の家庭で飼われている犬が、そのまま二本脚で立ち上がったかのような外見をしている。体長はゴブリンと同じくらいの大きさで、戦闘能力にも大した差は無い。しかし、ふさふさとした毛で覆われた姿が、ゴブリンよりも可愛げがあるというのは、多くの冒険者のコボルトに対する評価だ。

 

 坑道の先、岩陰に隠れるようにして、手に短い槍を持った二匹のコボルトが、口の端から舌をたらしながら二人を見つめている。

 

「しばらく来ないうちに、コボルトの巣になってたのか。……あいつらは鉱石を腐らせると言われている。鉱夫にとっては嫌われ者だ。鉱山に住み着くから作られた、迷信の類だけどね」

「どうしますか?」

 

 アルフェは雇い主に指示を仰ぐ。

 アルフェたちと目が合ったコボルトは、びくりと体を震わせた。その瞳に浮かんでいるのは、敵意というよりも、怯えの色の方が濃い。

 

「蹴散らしてもいいけど、臆病な魔物だからね。こうする」

 

 言うやいなや、リーフが拡げた手の平に、小さな火球が浮かんだ。彼はそれを、コボルトの足元に投げつける。炎の球が地面に当たって弾けると、驚いたコボルトたちはキャンキャンと鳴き声を上げて、一目散に逃げていった。

 

「一々倒すのも、可哀そうだしね。第一数が多いんだ、コボルトは。一匹見ると百匹はいると言われているから、追い払うだけにしよう」

「なるほど」

 

 それも道理だ。殺さずに済むなら、それに越したことは無い。アルフェは反論しなかった。

 

「――ん?」

 

 しかし、そういうリーフの思惑は、いささか当てが外れていたようである。逃げたと思われたコボルトたちは、すぐに数十匹の仲間を引き連れて戻ってきた。

 しかも、今度は侵入者に対する敵意をあらわにしてだ。彼らは牙をむき出して、唸り声を上げている。

 

「あ、あれ? おかしいな。上手くいくと思ったのに」

「代わります。下がってください」

「た、戦うのかい? この数を相手にそれは……」

「こうします」

 

 言いながら、アルフェはありったけの殺気を魔物の集団に飛ばした。

 全てのコボルトの毛が逆立ち、瞳から戦意が掻き消える。力なく尻尾を垂らした彼らは、我先に地面に転がり、白い毛の生えた腹を少女に見せた。既に立っているコボルトはいない。

 

「行きましょう」

 

 アルフェはリーフを促した。

 

「……はい」

 

 青年の返事まで元気が無くなっていたのは、気のせいではない。

 

 

「でも、便利なものですね」

「何が?」

「それです」

 

 アルフェはリーフが照明代わりにしている発光する石を指した。手に持っているものだけではない、一定の間隔を空けて、地面の石にもリーフが照明の魔術を掛けていた。二人が通ってきた道には、その灯かりが点々と見えている。お陰で帰りも道に迷う心配は無いだろう。

 

「これはかなり下級の魔術だけどね。アルフェさんは、魔術の方は?」

「全くではありませんが……、ほとんど使えません」

 

 アルフェは首を横に振った。

 魔術を習得するには、それなりの教育を受ける必要がある。城を追われる前、アルフェはその教育を全くと言っていいほど受けて来なかった。そのため彼女が使えるのは、せいぜい初歩的な治癒の魔術くらいだ。

 

 冒険者の間でも、実践的な魔術を使える者は数が少ない。治癒・変成・破壊・その他、主な魔術体系はいくつかあるが、それが何であれ、魔術をそれなり以上に扱える者は重宝されていた。

 

「そうかい? すごい魔力があるように感じるけど。意外に才能があるのかも知れないよ。今度、城の研究所に紹介しようか?」

「え?」

 

 それは今まで、アルフェの頭にはあまり無かった提案だった。

 

「……そうですね。……時間があれば」

 

 しかし考えてみると、コンラッドを殺した男も魔術士だった。魔術について知っておくのは、今後のために役立つ事かもしれない。アルフェは曖昧な返事をしたが、正直惹かれるものがあった。

 

 そんな会話をしながらも、二人は歩き続けている。

 この鉱山は、長年に渡って拡張を繰り返してきたとのことで、坑道は蟻の巣のように複雑な構造を持っている。さらに所々浸水している区画があり、奥に進めない場所もあった。何度か行き止まりに突き当たりながらも、二人は廃鉱の奥に歩を進めていった。

 

 当然、貴重な鉱石の採集という本来の目的も忘れていない。時折リーフが立ち止まり、壁面に露出した鉱物を、何かの器具で調査していた。

 

「この辺りは、ただの鉄ばかりだな……」

「それでもいいのでは? 鉄製のゴーレムを作りましょう」

 

 少々投げやりに、アルフェが言った。彼女には正直、何がゴーレムの素材に適しているかなど分からない。

 リーフが調査に没頭している間は、アルフェが周辺を警戒している。護衛の観点からすると、早いところ探索に満足して欲しいというのが本音だ。

 

「それならここまで来た意味なんて無いじゃないか。……アイアンゴーレムだったら、君でも壊せない?」

 

 そう言われて、アルフェは少し目をつぶり、鉄製のゴーレムと対峙する自分を想像する。

 さすがに鉄の塊を、素手で引き裂くのは困難だが――

 

「やってみないと分かりませんが……、多分……壊せます」

 

 少し考えて、彼女はそういう結論に達した。単純に貫けなくとも、方法はある。それにもしかしたら、単純に貫くこともできるかもしれない。

 

「……じゃあ駄目だ。それに実際、魔力を含まない鉄なら、君が壊した黒曜石のゴーレムよりも脆くなると思うしね」

 

 そういうものなのかと思うが、専門家が言っているのだから、多分そうなのだろう。

 

「あまり高度な素材だと、扱いきれないかも知れないけれど……、どうせならもっと、面白いものを拾いたいな」

 

 そうつぶやくリーフに引き連れられ、アルフェはさらに坑道の奥に進んだ。

 

 

「……湖?」

「そうだね。自然にできたものが、坑道と繋がったんだってさ」

 

 途中二人は、地底湖のほとりに出た。対岸が見えないほど、大きな湖だ。水は黒く、どれほど深いかも判然としない。リーフがランタンを掲げると、天井には沢山の蝙蝠が止まっているのが見えた。彼らはランタンの光を当てられて、少し迷惑そうに身じろぎしたが、基本的には皆眠っているようだ。

 

 湖の岸に沿って、さらに歩く。そうしていると、闇の中から何かが浮かび上がってきた。

 コボルトの集落だ。

 廃鉱にある資材を利用したのだろう。沢山のコボルトが、粗末な小屋を幾つも作って生活している。しかし二人に気付いたコボルトたちは、我先にと逃げ惑い始めた。

 

「リーフさん、嫌われてしまいましたね」

「え、いや、それは君が……。……いや、なんでもない」

 

 魔物とはいえ、犬のような姿はなかなか愛嬌がある。鳴き声も犬にそっくりだ。子どものコボルトが、柔らかそうなふさふさの尻尾を揺らして走るのを見て、リーフが言った。

 

「何だか追いかけたくなるねぇ」

「そうしたければ、ご自由にどうぞ」

「冗談だよ。……冷たいなぁ、アルフェ君は」

「よく言われます」

 

 コボルトの集落を抜けても、湖は続いていた。この暗さとは言え、対岸が見えないということは相当な広さだ。いかにも何かが住んでいそうだと思っていた時、新たな魔物に出会った。

 

「蟹だね」

「蟹ですね」

 

 見た目はどう見ても、市場や食卓に積まれている蟹にしか見えない。ただ、人間大の巨体であるという点に目をつぶれば、だが。

 

「何かなこいつは。初めて見るけど――」

「ジャイアントクラブです。甲殻が硬い上に、有毒の泡を吐くのでご注意下さい」

 

 紫色の甲羅を持ったその蟹は、片方のハサミが、もう一方のそれと比べて異常に大きい。そのハサミに捕まると、人間の胴体程度ならばねじ切られてしまう。

 

「詳しいね」

「これが仕事ですから」

 

 巨大蟹はハサミを打ち鳴らし、アルフェとリーフを威嚇し始める。どうやら相手は戦う気のようだ。しかし二人は動じていない。

 

「残念だね、魔物じゃなければ、昼食の材料に丁度いいんだけどな」

 

 それどころか、リーフには冗談を言う余裕まであるようだ。

 

「毒があるので、生で食べるのはお勧めしません。どうしてもと仰るなら毒抜きしますが……、非常に手間がかかります。そうしたとしても、とてもえぐみがあるので、美味しくはありませんでした」

「冗談なんだけど……。……え、食べたことあるの?」

 

 さっさと倒して先に進もう。そう考えたアルフェが指を鳴らして前に出ようとすると、リーフがそれを押しとどめた。

 

「ああ、いいよいいよ」

 

 そう言いつつ、彼は手のひらに火球を浮かべる。先ほども同じ魔術を使っていたが、予備動作も詠唱もなく、それを行えるということ自体が、この青年の技能の高さを示していた。

 

「よっ」

 

 軽いかけ声を発して、リーフが火球を蟹に向かって投げつけた。あっという間に魔物は炎に包まれる。じくじくと肉が焼ける音。紫色の甲殻が真っ赤に染まり、生臭い匂いが辺りを包んだ。

 

「大したことないね」

「そうですね。……私の護衛は、必要無いのでは?」

 

 リーフの実力ならば、多少の魔物に後れを取ることはないだろう。嫌味ではなく、思った通りをアルフェは言った。

 

「まあ、いいじゃないか。せっかく知り合ったんだし、仲良くしようよ」

「仲良く? ……呑気ですね」

 

 アルフェの言葉には、多少の苛立ちが籠っていたが、青年は気付かなかったようだ。

 しかし彼女自身も、なぜ自分が苛立っているのか、その理由を本当には自覚していなかった。

この物語において、主人公は恋愛するべきだと思いますか? 参考にさせて下さい。

  • ぜひ恋愛するべきだ。
  • まあ、無理が無ければ。
  • そういうのはサブキャラだけでいい。
  • 百合が良い。
  • 要らない。要るのは血だ。
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