白銀のヘカトンケイル   作:北十五条東一丁目

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第6話

「お師匠様は、防具などはお召しにならないのですか?」

「お召しにってお前……、ドレスじゃないんだぞ」

 

 アルフェの突然の質問に、コンラッドは呆れたように答えた。

 ある晴れた日の午後、今日も稽古を終えた師弟は、道場の床板に座って話をしていた。アルフェもこの頃は、稽古着の着方がだいぶ様になってきている。

 

「俺ほどになるとな、防具などは要らんのだ。この鋼の肉体が、全てを遮る鎧となる」

「そうなのですか?」

「そうなのだ」

 

 コンラッドはしかめ面しくうなずいている。鋼は大げさだが、確かにお師匠様のこの筋肉ならばとアルフェは思った。己の胸板を真剣な表情で見ている弟子に気付いて、そんなに見るなと顔を赤らめながら、コンラッドは襟を正した。

 

「ごほん。で、お前はなんだ、鎧でも着こもうというのか?」

「他の冒険者の方々は、皆そうしていらっしゃいます」

 

 革や金属、軽装に重装、組合の冒険者たちは身につけている防具もまちまちだ。しかしさすがに、何も防具を付けていないアルフェのような者は他にいなかった。何しろ普段の彼女の格好は、質素な布の服にスカートと、そこらの町娘と変わりないのである。市場で野菜や果物を買うにはいいかもしれないが、とても魔物と戦う装いとは言えない。

 

「あんなものは気休め程度にしかならん。何より我々は、身体の動きを妨げるようなものを身に着けるべきではない」

 

 コンラッド曰く、自分たちの体術にとって素早さは生命線だ。動きを制限するような防具、特に重たい金属鎧などを装備することは、かえって戦闘能力を削ぐことになるという。

 

「要は敵の攻撃に当たらなければいいのだ。でなければ己の肉体で耐えろ。そのための技だって教えてるだろうが」

「ですが――」

「何よりも、だ。高いぞ、鎧は」

「うっ」

 

 コンラッドの鋭い指摘にアルフェは呻いた。それは防具の購入を検討している彼女が最も気にしている点だ。既に防具屋などは一通り見て回った彼女だが、コンラッドの言う通り、防具は武器と同じく非常に高価なものばかりだった。

 己の命を預けるための品だ、変に安くても不安であろうが、すっかり貧乏性になってしまったアルフェにはめまいがしそうな金額である。

 

「特に騎士鎧など、あほくさいほどに高い。重いし、動きにくいしな。一人では着られんし、脱げもしない。あんなもんは魔物との闘いには役立たん」

「騎士鎧? お詳しいですが、着られたことがあるのですか?」

「む……、いや、想像だ」

 

 何故だか分からないが、コンラッドは目をそらして言葉に詰まった。まあ、もとよりアルフェも、騎士が身に着けるような板金鎧(プレートアーマー)をまとおうなどとは、いくらなんでも考えていない。

 

「お前には、その稽古着を与えてあるだろうが。それで冒険しろ。わが道場の宣伝にもなる」

「それはちょっと……」

 

 これを着て出歩いていたら完全に頭のおかしい娘と思われるとは、師の手前、アルフェには言えなかった。煮え切らないアルフェの反応を見て、熊髭をいじりながらコンラッドが首をひねる。

 

「何だ、いやなのか? ……まあどうしても不安なら、防具の一つ二つは構わんが、よく考えて選ぶことだ」

「はい、そうさせていただきます」

 

 コンラッドとそんな会話をしてから数日後、アルフェはまたしても沼地を訪れていた。あれから彼女は何度かここに来て、組合で買い取ってもらえる素材を回収している。

 ここでの探索は、森で薬草を摘むよりもずいぶんと実入りがいい。最初は気持ち悪いと思ったキノコの粘液も、銅貨や銀貨に変わると思えばへっちゃらだったし、一度焼いて食べてから、その深みのある味にやみつきだ。

 

「それにしても……、この前も大分倒したのに、全然減らないのはどうしてなんでしょうか……」

 

 アルフェはそうつぶやいて、改めて辺りを見回した。

 これまでに、自分は相当数のスケルトンを倒したはずだ。その数は軽く三桁に上るだろう。しかし今日もスケルトンたちは、沼地には似合わない暖かい日差しの下でのんきにカタカタと笑っている。この沼地には、そんなに人骨が転がっているのだろうか。

 

 うんざりしたように首を振るアルフェの胸には、前回までと違った装備――革製の胸当てがつけられていた。

 

 コンラッドと防具に関する話をしてから、彼女は真剣に悩んだあげく、防御力と動きやすさの間を取ってこの胸当てを買ったのだ。心臓を保護できるだけでも、布の服とは安心感がかなり違う。金属製の防具と比較すればかなり安価だというのも大きな判断基準だ。

 足元にも変化があった。これまで履いていたロングスカートは、沼地のような足場の悪いところでは、まとわりついて動きにくかった。それでなくても足の動きに制限がかかる。そこでアルフェは思い切って、スカートをざっくりと短くしてみたのだ。

 

 ――動きやすくていいですけれど、でも、ちょっと短くしすぎたかな……。

 

 少々やり過ぎて、膝まで見えてしまっている。だが、動きやすいのは事実だった。それに、この格好で町中を歩き回るつもりはない。あくまで冒険する時だけだ。心の中で言い訳をしつつ、アルフェはいつものように目に付くスケルトンの掃除から始めた。

 

「――ふぅ、今日はこんなとこでしょうか」

 

 数時間後、籠一杯に素材を詰めて、アルフェは額の汗をぬぐった。

 この場所が小麦畑か何かなら、それも労働の後のさわやかな光景に見えるのだろうが、彼女の背後には、ただひたすら灰色の沼が広がっている。いびつに歪んだ枯れ木が点在し、彼女以外に動くものは、黒いカラスとアンデッドくらいのものだ。森とは違った意味で、不安を掻き立てる風景である。

 

「……帰りましょう」

 

 目的が済めば、長居をする場所ではない。手早く帰り支度をしたアルフェがその場を離れようとした時、変わったものが目に入った。

 

「……? あれは――」

 

 何だろうか。

 彼女の位置から少し離れた沼の中から、奇妙なものが生えている。全体的に灰色の風景の中で、それだけが太陽の光を反射していた。

 

 ――……剣?

 

 確かにあれは剣である。アルフェが目を凝らすと、湾曲した片刃の刀身が、沼から顔をのぞかせているのが見て取れた。

 これまでの採取の際にも、何度か錆びた剣や兜が転がっているのは目にした。

 きれいなものを見つけて持ち帰れば、いい値段で買い取ってもらえるかもしれない。そんなことを考えたこともあったが、この沼地にあるそうした武具のほとんどはボロボロで、今日まで使えそうなものは見つけられなかった。

 

 ――あれは、どうでしょうか……。結構よさそうに見えますが。

 

 柄から下は沼に沈んで見えないが、刀身は輝きを放っている。ずっと沼に浸かっていたにしてはやけに綺麗だ。岸から少し離れているが、頑張れば届かないこともないだろう。一番近い岸にやってきたアルフェは膝をつくと、その剣に向かって思い切り手を伸ばした。

 

「――ん!」

 

 ――思った、より!

 

 手を伸ばしてみると、思ったよりも遠い。

 全身を使って腕を伸ばしているが、アルフェは元々小柄な体格である。なかなか目標には届かない。それでもようやく右手の指が触れ、人差し指と中指ではさむ様に刀身を引っ張った。

 ずるりと剣が持ち上がる。指の力だけで持ち上げるにはかなり重いが、それでも何とか、剣の柄から下が、少しずつ沼の中から出てきた。

 全てを引き上げるには、もっと手間がかかると思っていた。しかしアルフェにとって幸いなことに、ある程度まで持ち上げると、剣は勝手に沼の中から出てきてくれた。

 ――そう、剣が自分から出てきてくれたのだ。

 

「……失敗ですね」

 

 沼のほとりに座ったまま硬直したアルフェが嘆く。彼女にとって予想外だったのは、その剣の柄を骸骨の腕が握っていたことだ。それは沼から這い出ると立ち上がり、ぎろりとアルフェの方を向いた。藪から蛇とはこんなことを言うのだろうか。

 

「……あの、お帰り頂いても――」

 

 結構ですよと言いかけたところで、スケルトンがアルフェに切りかかる。アンデッドは座っていたアルフェの首を狙い、剣を横薙ぎした。

 

「ひっ!」

 

 アルフェは地面に這いつくばるようにしてその攻撃を避けた。かろうじてかわしたものの、その斬撃は、これまで彼女が破壊してきたスケルトンとは比較にならないほど速い。

 

「っ、このっ!」

 

 刃が頭上を通り過ぎると、アルフェは回し蹴りでスケルトンの両足を刈った。肉の無いスケルトンにそれほどの重量は無い、はずだが、アルフェの蹴りではそのスケルトンは倒れなかった。他の個体とは、骨の太さから違うような気がする。この剣といい、明らかに強い。

 返す刀でスケルトンが曲刀を振り下ろす。飛び退ってかわすと、アルフェは構えを立て直した。

 

 骸骨の戦士は、スケルトンの中でも中級の存在だ。熟練の戦士の躯がアンデッドとなったそれは、不完全ではあるものの生前の戦い方を記憶している。ただ掴みかかってくるだけのスケルトンたちとは一線を画する相手である。一人前の冒険者でさえ、一対一で襲われれば対処に窮することもあるほどだ。

 

 敵は構えらしきものを取っている。その時点で他のスケルトンとは違う、格上の存在だとわかる。アルフェの表情が引き締まった。

 骨の戦士が切りかかる。間近で見るその剣の刀身は、やはり錆びても欠けてもいない。当たれば容易に少女の肉体を斬り裂くだろう。

 

 いつまでも避け続けることは出来ない。ただでさえ、相手は疲れを知らないアンデッドだ。持久戦はこちらが不利。そう悟ったアルフェは、短期決戦を決意する。

 

 ――今です!

 

 スケルトンが曲刀を振りかぶった直後、アルフェは己と魔物との距離を一瞬で詰めて見せた。足に魔力を集中させることで、爆発的な瞬発力を得る特殊な歩法だ。その勢いを殺さず、彼女はスケルトンの脊椎めがけて突きを放つ。

 

 ――ッ! 浅い!

 

 しかし決定打は与えられない。先日もそうだったが、敵の正面から背骨を狙うとなるとどうしても狙いが狂う。ただでさえアルフェの腕は大人のそれより短い、スケルトンとの体格差もあって、骨を砕くことはかなわなかった。加えて、無意識に刃を恐れて踏み込みが足りなかったという面もある。

 攻撃の失敗は、そのまま彼女の不利になった。懐に入る形になったアルフェのこめかみめがけて、スケルトンは剣の柄を振り下ろしてきた。

 

「ぐぅぅっ!」

 

 彼女はスケルトンの腕を掴んでそれを止めたが、額を少しかすられたようだ。その美しい鼻筋に沿って、たらりと一筋の血が流れた。

 

「ぬぁぁあああ!」

 

 硬体術を使って指先を限界まで強化し、それに渾身の力をこめる。掴まれた腕の骨から、ミシミシという音がする。それを振りほどこうと、スケルトンは必死でもがいた。

 

「――――ふっ!」

 

 短く息を吸うと、アルフェは全力でスケルトンを己の方へ引き寄せた。それと同時に、頭を大きく仰け反らせ、スケルトンの頭部に頭突きを叩き込む。スケルトンの前頭部に大きなひびが入った。

 破片をまき散らしながら、よろめいてたたらを踏むスケルトン。アルフェは再び距離をとると、腰を入れて、もう一度渾身の突きを放った。

 

 ――痛っ。

 

 戦闘後、アルフェが額に指を当ててみると、もうほとんど血は止まっていた。それほど深い傷ではなかったようだ。それよりもこの痛みは頭突きによる部分が大きい。鏡がないので見えないが、少しこぶになっている気がした。

 しかし大きな収穫だった。アルフェが倒したスケルトンから奪い取った曲刀は、結構な値打ち物に見える。武器屋に持って行けば、きっと値段がつくだろう。大事そうにそれを抱えた彼女は、揚々と沼近くの廃村まで戻ってきた。

 少し休憩したら、荷物を引き上げてベルダンまで戻るとしよう。拠点にしていた廃屋にたどり着くと、アルフェはそう思って薬草籠を置いた。

 

 ――……あら?

 

 だがその時、アルフェの耳に争いの音らしきものが聞こえてきた。

 

 

 ――私としたことが、不意をつかれて我を忘れるとは……!

 

 若き遍歴の騎士、テオドールは焦っていた。彼は荒い息を吐きながら、長剣を構えつつ周囲を索敵している。近くに例の敵の気配は無いが、混乱の中で友人とはぐれてしまった。

 

 ――マキアスはどこだ? ……無事だといいが。

 

 テオドールは友人の騎士マキアスと共に、帝国南部の自由都市ベルダン付近の廃村に来ていた。近頃この廃村で、幽鬼(レイス)が出現したという情報があったのだ。

 

 幽鬼――。人間に対する敵意に満ちた強力なアンデッドである。出現例は多くないが、放置すれば深刻な被害を招く。今回の個体は、この廃村の近隣にある死者の沼地の歪んだマナが、この地に漂う死霊に取り付いた結果実体化したものだと考えられた。

 

 ここは遺棄された開拓村であり、住民が去って久しい。しかしベルダンからのびる街道が村の中央を走っているため、このレイスを見過ごすことは間違いなく旅人や商隊の危険に繋がる。

それだけではない。これほどの強力なアンデッドを放置しておけば、それはやがて力を増し、いずれは領邦の結界の中に侵入してくる可能性すらあった。

 

 都市ベルダンの市議会も、当然その危険性は認識しているはずだ。遠からず遠征隊が組織されるだろう。そして市議会よりも素早い動きを見せていたのが冒険者組合だ。彼らはレイス出現の報を聞くやいなや、幽鬼に高額の賞金を掛けて討伐志願者を募っていた。

 自分たちも騎士として、市民の苦境を見過ごすわけにはいかない。一刻も早く憎むべきアンデッドを打ち倒し、街道に平和を取り戻さなければならない。そう決意したテオドールは友人と二人、馬を走らせてこの廃村に駆けつけたのだ。

 

 ――しかし、噂には聞いていたが、まさかあれ程とは!

 

 ボロボロのドレスを着た、浮遊する女の霊。テオドールが初めて遭遇したレイスは、話に聞いていた以上に恐ろしい化け物だった。それは廃村を捜索していたテオドールたちの背後の壁から現れ、突如として攻撃を仕掛けてきたのだ。

 後ろから、テオドールを抱きしめるように包み込むレイス。その手に触れられた彼の体からは、まるで凍りついたかのように感覚が失われた。隣にいたマキアスがとっさにテオドールに体当たりをしなければ、彼はそのまま悪霊の腕の中で息絶えていたかもしれない。

 

 剣で斬り付けても一向に堪えた様子が無く、レイスは嘲笑うかの様に二人の周りを回遊していた。狂気じみた女の笑い声が廃村の中に響き、青年たちの背筋に悪寒が走った。

 

 体勢を立て直す必要があった。テオドールとマキアスは、お互いに目配せすると一目散に逃げ出した。おかげでどうやらレイスを振り切ることができたが、テオドールはその途中で友人の騎士とはぐれてしまったのだ。

 

 ――しかし、我ながら情けない……。聖騎士としての訓練を忘れ、新兵の様にうろたえるとは!

 

 悔しさのあまりテオドールは歯噛みする。

 テオドールたちはただの騎士ではない。邪悪な魔術に対抗する訓練を受け、異端の魔術士を成敗する力を身につけた聖騎士だ。アンデッドは厳密に言うと彼らの専門ではなかったが、それでも応分の準備はして来たつもりだった。しかし、悪霊の突然の襲撃に慌て、不覚をとってしまったのだ。情けないことこの上ない。

 

 今、テオドールは廃村中央の広場にいた。ここならば周囲が見渡せるし、壁をすり抜ける幽鬼の奇襲にも対応できる。

 既に剣身には聖油を塗布してあった。聖なる力をエンチャントした今の状態ならば、レイスにも刃が通るだろう。

 

 ――……! ……来たか! 

 

 突然辺りの空気が冷え、太陽の光すらも弱くなったように感じる。視界から色が失われていくような感覚。黒いマナが周囲を歪めているのだ。

 これは悪霊が出現する予兆である。忌まわしい幽鬼が近づいている。

 斜め前方の廃屋の扉をすり抜けて、レイスが出現した。乱れた長髪、牙の生えた口、ミイラの様に乾いた皮膚、黒い闇だけを宿す眼窩。その顔からは、生前の面影を読み取ることはできない。

 テオドールは足を踏みしめ、鋼の長剣を正面に構えた。レイスは長い爪を振り回し、若き騎士の顔面を狙う。ぎゃりんという音を立て、テオドールの剣がレイスの爪を受け流した。

 

「――くッ!」

 

 幽鬼の腕は枯れ枝のように細い。だがその攻撃には、聖騎士の過酷な訓練を耐え抜いたテオドールが、たたらを踏むほどの重さがあった。

 しかし敵も無傷ではない。レイスの腕から一筋の白煙が上がり、あたりに死体を焼いたような異臭が漂う。聖なる光のマナの力を付与された剣は、触れるだけで不死者に損傷を与えることができるのだ。

 

「消え去れ、アンデッド!」

 

 ここぞとばかりに詰め寄ったテオドールが、渾身の力でレイスを袈裟切りにする。手ごたえがあった。レイスが苦痛の悲鳴を上げた。

 

「とどめだッ!」

 

 さらに返す刀で、下段から剣をすりあげる。十分な速度を持ったその斬撃は、レイスの脇腹を切り裂いた。

 

 ――完全に入った! ……いや、まだか!?

 

 致命の一撃を与えたと確信したが、レイスの幽体は消え去らない。剣による損傷だけでは、このアンデッドを消滅させることはできないのか。

 しかし、悪霊の側も己の不利を感じたらしい。レイスはヒィィィという悲鳴を上げると、テオドールに背を向け、村奥にある屋敷の方へと撤退していった。

 

「……はぁ」

 

 ――何とかしのいだか……。

 

 悪霊が去り、周辺に熱が戻ってきた。テオドールが安堵の息を吐き、レイスの飛び去った方角を見据えていると、友人の騎士の声がした。

 

「テオドール! 無事だったか!」

「マキアス! 良かった、私の方こそ心配していたんだ」

 

 友人の無事を確認したテオドールの顔に、思わず笑みが浮かぶ。彼の方に駆け寄ってきたマキアスは、周囲をうかがう様子を見せた。その手にはテオドールと同じ意匠の長剣が握られている。

 

「それで? あのクソアンデッドはどうなった?」

「ああ、たった今交戦した」

「何! やったのか?」

「わからない。取り敢えずは退けたが……、完全には消え去っていない」

 

 テオドールは長剣を鞘に納め、村の奥を指差した。その方角には、塀に囲まれた一軒家――屋敷と言ってもいい大きさの建物がたたずんでいる。

 

「あの廃屋に飛んでいった……。恐らくあそこが悪霊の巣なのだろう。とどめを刺さなくてはならないが、それには何か足りないものがあるようだ」

「……? ……どういうことだ?」

 

 マキアスがテオドールの言葉の意味を聞き返したとき、二人は視界の端に人影を感じた。

 

「誰だ!」

 

 マキアスが激しく誰何した。彼は同時に長剣を構え、応戦する姿勢を見せた。テオドールも剣の柄に手をかけている。

 

「娘……?」

 

 いつの間に現れたのか、村の入り口に一人の少女が立っている。旅人だろうか。その少女は、その手になぜか一振りの曲刀を抱えていた。

 

「なんだ? なんでこんなところに――」

 

 娘の正体を図りかねたマキアスは、その娘をにらみつけながら己の長剣を顔の横に引き上げた。相手の出方次第で、何時でも斬りかかれるようにだ。

 もしかすると魔物の擬態かもしれない。状況的には当然の判断だ。

 

「……娘さん、どうされましたか? ここは危険です。今すぐに離れたほうがいい」

 

 しかしテオドールはそう言いながら、無防備に娘の方に寄ろうとした。それを見て、マキアスは激しくうろたえた。

 

「待て! 不用意に近づくな!」

 

 彼は慌てて友人の肩をつかんで引き留める。少女に聞かれるのも構わずに、大声で注意を促した。

 

「アンデッドの罠かもしれない。こんなところにガキなんかいるもんか! ……もう少し疑え!」

 

 そう言いながら、マキアスは再び娘に警戒の目を向ける。

 彼はテオドールとは少年の頃からの長い付き合いだ。テオドールは騎士道を重んじる、尊敬できる親友だが、いつまでも馬鹿正直というか、疑うということを知らない。だからマキアスはこんな時、友の代わりに進んで警戒してやるのが己の役目だと自認していた。

 

「見ろ! どう見ても普通の娘じゃないだろうが!」

 

 そう、見れば見るほど怪しい娘である。自分で言いながら、マキアスは改めて思った。

 ここは町から遠く離れた廃村だ。結界の外も外、こんな場所では、いつ魔物に襲われてもおかしくない。目の前の少女はどう見ても彼の妹ほどの年齢にしか見えない。このように危険な領域に、そんな少女が独りでいるはずがないだろう。

 さらに、娘の不自然なまでの美しさが、マキアスの警戒をさらに加速させる。あるいはこの娘は、その美しさで旅人を惑わす悪霊か何かだろうか。

 

「失礼なことを言うな、マキアス! この娘さんからは死の気配を感じない……。――ただの人間だ」

「だからただの人間が、どうしてこんなところにいるって言うんだよ!」

「こんなところだからこそ、我々が保護しなければ!」

「この分からず屋!」

「君こそ!」

 

 マキアスの声が段々と荒くなる。だが、テオドールも頑として譲ろうとしない。そんな二人のやり取りを、謎の少女は立ち尽くしたままじっと見ていた。

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