Re:ゼロから始める一方通行(いっぽうつうこう) 作:因幡inaba
さて、多くのかたが一方通行の技名問題をあげるなか、私が頑なに許容してくれと言った理由が入ります。路線は最初から決まっていましたので。
あとエミリアと絡ませていきます。一方通行に生きる上での目的を与えなければいけません。一方通行たるもの、向かう先がなければ……
この世界の始まりから四日。
四日とは言っても、一方通行とナツキスバルにとってはロズワール邸の日々はゆうに二週間を越えている。
使用人としての日々も正確に表すと九日目であり、素人が四日程度でこなせるような仕事量は遥かに上回っている。
実際、今回やらされている仕事内容は一周目とは比べ物にならない程の量だった。
とは言ってもやはり経験というのは大きく、今日までの日々で苦労したことはない。
──最もその分、彼らはこれからが大変なのだが。
明日に勝負を控える前夜。仕事を終えたばかりの浅い夜、一方通行は一人湯舟に身を預けていた。
入浴の時間がエミリアの日課と被ってしまったため、今日はこの場にスバルがいなかった。
入浴時、一人でいることは存外珍しいので、考え事の立て込んでいる一方通行にとっては貴重な時間だ。彼が抱える問題は何も明日の事だけではない。
確かに明日の事は重要ではあるものの、今さら考えるようなことは無い。
ベアトリスが呪術を解けることは確認済みだし、理由は分からないがレムがスバルに向ける感情も刺々しくないと見える。
であれば明日のことは明日に任せても問題は無いだろう。何度も確認するが、不安要素は呪術師とレムのみなのだ。
それよりも考えなければならないのはもっと先の話。
ロズワール邸での日々、四周にも及ぶループで『スバルが死ぬこと』はあらゆる意味で非常に面倒だと身をもって体感した一方通行。
これから先、更に激化していくと予想できる異世界でスバルを守りながら過ごさなければならない。
差し当たっては己の持つ特殊な力について、もっと詳しくなる必要がある。
一方通行は一度大きく深呼吸をして呼吸を整えると、大気中のマナをかき集めて魔法陣を展開した。
一方通行を中心に地に描かれる謎の幾何学模様は、弱い紫色の光を放っている。実体が存在しないため、地形による影響は受けない。
謎と言えばこの行為もなのだが、これに関しては例の『英語の本』に記述があった。
『尚、引き起こす鍵が何であれこの魔法陣を無意識下で使える者は、抱える大いなる苦悩に対する世界からの福音とでも思って欲しい。断言するが、これの構造を調べることは全くの無意味である』
嫌に真に迫る文面だった。
だがメカニズムを知るのが無意味というのは納得せざるを得ない。その為、一方通行はここまでは定義として扱うことにした。
──ここから……。
まずはロズワールとの戦いで一度だけ展開した『七芒星の魔法陣』。
魔法威力倍加の効果を持ち、『ウル』、つまり三段階目の魔法に対応した紋章術だ。
ここで早速問題が発生した。
そもそも能力を使ったとてマナを思い描いた通りに並べられるかと言えば、不可能だ。絵描きで例えるなら、明確に頭に浮かんでいてもそれを描けない素人と同じ。
しかもこっちは練習でどうにかならない問題。不可視のインクで空間という透明なキャンパスに正確に描けと言われても全くイメージが沸かないのは想像に難くない。
ではどうすればいいか。ここでイメージを固める方法がある。
『声に出すこと』と『動き』を使うことだ。
この場合は特に後者が有効だろう。
一方通行は人差し指を伸ばし、大気に七芒星を一筆で描いた。
「こォ言うのを何つったか……『セプタグラム』だったか?」
その瞬間、目の前に七芒星を円で囲んだ形の光が現れた。一方通行にとっては二度目の拝見で見間違えることなどない、明らかな成功だ。
一連の流れを経て、つい笑いが込み上げてくる。
イメージの拡張とはいえ、この行為はまるで……
「クハッ、武器になりそうなのが羽ペンとはなァ。戦闘スタイルがセンセイの真似事とは笑えねェ、ククッ────ン?」
黒板の前でチョークを振るシュールな自分の姿を想像して笑っていると、不意に脱衣所に誰かが入ってくる気配を感じる。
一方通行は一応、能力を解除して魔法陣を消す。
真下の魔法陣が消えるとともに目の前の七芒星も消え去った。紋章術の利便性の一つである追加マナいらずの継続は、この場合マナが一方通行の制御下から外れるために無駄となってしまう。
「やぁ、ご一緒してもいいかぁーな?」
「好きにしろ」
入ってきたのは館最後の男児であり、形式上一方通行の主に当たるロズワールだった。
ロズワールは一方通行の隣に腰を下ろすと、疲労の解放を長い吐息で表した。
「アクセラレータ君一人ということは、スバル君はアレかな?」
「毎日毎日よく飽きねェなアイツも」
「いぃーい事じゃない。意中の異性に対してのアプローチはアレくらいでないと。最も私にはもうあそこまでの情熱は出せないだろうけどねぇ」
薄めに笑いながら呟くような調子で言うロズワール。
その手の話題に疎い一方通行は無言で応じる。それから一つ確かめたいことがあり、ロズワールの肩に気付かれない程度に触れて、思考を走らせる。
(…………ダメか)
だがそれが無理だと分かるとすぐに手を引いて、再び全身でぬるま湯を感じた。
「あれから四日。仕事の調子は、ラムとレムとは上手くやれてるかい?」
「仕事は問題ねェ。アイツらは……あーむしろ姉様の方はウゼェくらいなンだわ」
「うんうん、いい傾向だぁーね」
言いながらロズワールは両手を頭の上でひっくり返し、ストレッチを始める。
「イイだァ? 話聞いてたのか?」
「んんー、彼女達は少々二人で完結しすぎているからねぇ。思わぬ刺激で世界が広がるかもしれない」
「へェ、そンなモンか」
「そんなもんですとも」
今一自分のなかで納得のいかない一方通行と、身体を伸ばしながら軽く答えるロズワール。
とても乱心するほどの激闘を繰り広げたとは思えない。二人の距離はやや緩やかだった。
記憶の残る一方通行にしても、ロズワールに対して他意を抱くことなくフラットだった。嫌悪し合うのではなく、戦うことで相手を認めるという方向に進んだのかもしれない。
「そぉういえば、君には話があったんだ。後で二人の席を設けても?」
「別に構わねェが……何の用だ?」
気怠げに返答する一方通行。
まるで「ここでしろよ」とでも言いたげな態度だが、次のロズワールの一言でその気は失せた。
「ちょぉっと真面目な話、だーぁーよ」
醸し出す雰囲気が普段のそれとは変わっていた。
常に余裕のあるような笑みは油断のない微笑へ、個性的程度にしか感じられなかった口調は誇張されることで聞く方に緊張感を与えた。
「……あっそ」
短く返答し、立ち上がる一方通行。そのまま振り替えることなく浴室を後に、脱衣所へ続く扉に手をかける。
「では後ほど、準備ができたら迎えを寄越すよ」
その境界を跨ぐ瞬間、後ろからそう声をかけられる。
一方通行は立ち止まり、深呼吸といかずとも大きめに呼吸をした。
「あァ」
最低限の言葉だけ残し、扉を閉める。
その一連の動作は、まるでロズワール……いや、ロズワールとの
唐突の起立から早足、まるで余裕の見えない一方通行の挙動には不快な事情があった。
──限界だったのだ。
拒絶反応。
これは既存のモノと後から加わった異物が上手く共生できないために起こる。
変化とは時に人の心を蝕む。
そして一方通行にとっての異物は、日常生活から他人とのコミュニケーションまで。およそ普通と表現される事象の数々。
とはいえ、すぐに反応を示すほど繊細な心を持っているわけでも無い。安定した環境で過ごしていれば適応することは容易なハズだ。
しかし、
『
これがいけなかった。
普通の人間でも築いてた人間関係がリセットされるのは耐え難い苦痛だろう。それが一方通行ならば拒絶反応と合わさってより顕著に現れる。
結果として、
──理由も分からず徐々に心に余裕が無くなり、説明できない異常を抱えてしまう。
「ッ……」
妙に苦しい胸の奥から動悸が一つ漏れた。
結局、一方通行は異物を拭いきれないまま、雑に畳まれた自分の衣服を着て脱衣所を後にした。
☆
少女は長い廊下を歩いていた。
薄い紫を基調に裾や袖の部分に軽めの装飾を施した衣装を纏い、腰辺りまで伸ばした銀色の髪と紫色の瞳が特徴的な美しい少女、エミリア。
最近、彼女の身の回りに大きな変化が起きた。
端的に言えば同居人が二人増えただけ。これだけ大きな館であれば珍しい事でもない……ここがかのロズワール辺境伯の館でなければ誰もがそう考えるだろう。
しかしロズワール·L·メイザースという変人に普通の思考を照らしても無駄というもの。ロズワール邸の使用人は以前は三人、そして近頃はたった二人だったのだ。新たに雇おうという動きも全く無かった。
それが最近、ひょんなことから二人も同時に使用人が増えた。これだけでも大きな変化なのは前述の通りだが、一番の問題はその人物にある。
ナツキスバル、一方通行。
この二人の介入によって、エミリアを取り巻く環境は大きく変わることになった。
彼女について少し話をしたい。
エミリアはハーフエルフだ。四百年前、この世界の半分を飲み込み、世界中を恐怖の渦に陥れた『嫉妬の魔女』と同じ種族。
それ故に、四百年進んだ現在でも世間のハーフエルフに対する風当たりは相当強い。それは最早差別という言葉すら生ぬるい程だ。
素性を隠さなければ店で物を買うこともできない。往来でその特徴を晒そうものなら向けられる目線は嫌悪か忌避か、何れにせよ鋭いものなのは間違いない。
だから、彼女にとって二人との出会いは一種の転機だった。
自分を『ハーフエルフ』としてではなく、ただの『エミリア』として対等に接してくれることが何より嬉しかった。
子どもみたいに純粋で、ひたすら謙虚な彼女は逆に「自分がこんなに楽しい思いをしていいのか」なんて思ったりもしているほどだ。
何はともあれ、エミリアはこの四日間を無色に色がついたかのように楽しんでいた。
今宵も楽しい時間を終え、自室へと戻る途中。
そんなとき不意に、廊下の壁に寄りかかって座る白髪の青年を見つけた。
おかしな光景だ。記憶が正しければ青年の部屋は目と鼻の先。何故自室ではなく廊下に座っているのだろうか、エミリアは単純に疑問に思った。
「どうしたの? あくせられーた」
歩み寄り、しゃがむことで青年──一方通行の顔を覗き込んだ。
「……オマエか」
一方通行は少し顔をあげて一瞥すると、直ぐに視線を下げて目を合わせずに答える。
「別に何でもねェよ」
当然だが、エミリアはそこで「はい、そうですか」とその場から去るような人間ではない。
エミリアは一方通行に対して『クール』というイメージを持っていた。
あくまでエミリアの主観だが、口数が少なくあまり馴れ合わない。そして淡々と仕事を完璧にこなす姿はクールそのものだった。
だが、今この場ではまるで違って見える。
妙に哀愁の漂う、やつれた様子。
根拠があるわけではないが、普段の一方通行が放つ厳つい雰囲気がまるで無く、存在感が薄いように感じていた。
「……何してンだよ」
そんな風に推し量っていると、それを訝しげに感じた一方通行が睨み付ける。
「えっ……えーと、その……! あくせられーたって計算得意?」
やはりエミリアは放っておくことができなかった。
こういう状況で何をどうすればいいのか、エミリアには分からない。
かと言ってここでじっとしていても追い返されるのは時間の問題。そこでどうにか今だけでも一緒にいれないかと、思考を巡らせた果ての誘い文句である。
「ンだよ藪から棒に」
「ほ、ほら、私計算が苦手で! 教えてくれたらすごーく嬉しいなぁて、思って……」
思い付きの流れに任せた勢いが続かず、徐々に声量の小さくなっていくエミリア。
俯き気味に見つめてくるエミリアに対して、半目で見つめ返す一方通行。
その状態がどのくらい続いたかと言うと、一方通行からすれば一瞬だし、エミリアからすれば大分長かっただろう。
やがて一方通行はため息とともに立ち上がった。
「ハァ……萎れンじゃねェっての……」
それだけ言ってエミリアに背を向ける一方通行。
弱々しい背中だった。
エミリアはこの時、一方通行がそのまま何処かに行ってしまうような予感がした。
──待って……っ
「あくせら──」
「十分」
呼び掛けを遮る一言が響いた。
エミリアは聞き取れなかったのか信じられなかったのか、
「……え?」
と、思わず出てしまったと言った感じの間の抜けた声を上げた。
それを聞いて一方通行は身体の向きをエミリアへと変え、気だるげに言った。
「十分だけ、付き合ってやるっつってンだよ」
今度はハッキリと聞いた。明確な是認の言葉だった。
薄暗い雲が晴れたエミリアは僅かに口元を緩め、素早く一方通行の隣に並ぶ。
ベクトルは違えど、この時二人はお互い隣にいる人間のことを考えながら同じ歩幅で歩き始めた。
次回 天使の膝枕
アンケートありがとうございます。ちなみに私はラムです。
進むのが遅い? おっしゃる通りです……
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