海の導き   作:柴猫侍

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3.海の導き

 エンドポイント。

 それは新世界に点在する3つのマグマ溜まりの総称であり、これら全てが破壊された時、新世界を焼き尽くす『大破局噴火』が起こるという伝説が伝えられている。

 世間では大抵『ただの伝説だ』『そんな筈がない』と、よくある伝承程度にしか認知されていないが、実はこの伝説は真実だ。海軍の研究者がそれを証明したのである。

 

 故に海軍は悪用する者が現れぬよう情報操作を行い、世界政府の上層部しか知り得ないようにした。

 

 まさか、正義の頂点に君臨するであろう海軍大将が悪用する筈もないだろう。そうした期待を裏切る形で、ゼファー―――否、Zはエンドポイントを襲撃したのだった。

 古代兵器に匹敵する巨大なエネルギーを有す鉱物『ダイナ岩』を用いて……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ファウス島とセカン島は既に落ちましたか」

 

 ジールの静かな声が甲板に響く。

 隣に立つはアイン。Z率いる『NEO海軍』のジョリー・ロジャーが刻まれたマントは脱ぎ捨て、昔のように『正義』が刻まれたコートを背負っている。

 Zが海軍を離反して早数か月。当初、漠然とした目的しか把握できなかったNEO海軍も、ダイナ岩が保管されているファウス島を襲撃し、大きく動いて出た。

 彼等の狙いはエンドポイント。新世界すべてを破壊し、『ひとつなぎの大秘宝』ごと海賊を滅ぼす魂胆らしい。

 

 傷の癒えたアインとビンズはこうしてジールの船に乗り合わせ、共にZを止める仲間として目的地を目指していた。

 そんな航海の途中の夜の出来事。

 

「残るはピリオ島だけね」

「だからこうしてぼくたちは先回りしている訳です」

 

 恐らくは目指している島を見つめているだろう。

 そんなアインの一方で、ジールは新世界の運命を決める決戦直前だと言うにも拘らず、やけに軽い声色だった。

 これには流石のアインも張り詰めていた空気を忘れ、呆れたようにため息を吐く。

 

「貴方って本当に変わらないわね」

「まあ、それが取り柄だと思ってますから」

「そんな貴方に助けられたから何も言えないわ。……私も変わらなくちゃ」

「そう言わないでくださいよ」

 

 風に煽られて被りが浅くなる帽子を被り直すジールは、ニッと白い歯を浮かべて笑う。

 

「変わらない良さがアインにもありますから」

 

 言っていて恥ずかしくなったのか、途中で海の方へ目を逸らしたジールが告げる。

 それに伴い、アインもまたやや紅潮した頬を隠すようにコートの襟を顔の方へ手繰り寄せた。

 

 ビュウ、と途端に強い風が二人の合間を吹き抜ける。

 上気した頬にはちょうど良い涼しさだ。なんならば、この気まずい空気を何とかしてほしいと思うくらいに……。

 

「……はぁ、とにかく明日には決戦ですよ」

「ええ」

「負けたら新世界どころか、ぼくらも死んじゃいます。気合いを入れなくちゃ、ですねっ!」

「そうね。ダメだったら私も貴方も死んでしまうわ」

「……もう少し軽く流してくれるのを期待していたんですが」

「こういうの期待してたんじゃないの?」

 

 『変わらない良さって』とアインは最後に付け足し、微笑んだ。

 久方ぶりの笑顔だ。やはり彼女は美女だ。笑顔が良く似合う。海兵学校の頃から、男からはかなりの人気があった彼女だ。男らしい下品な話も嗜んだジールとしては、そんな彼女の笑顔を独り占めにできるこの瞬間に感謝した。

 そんな彼女の笑顔も消えてしまうかもしれない。

 そうならない為に戦いに挑むのだが、万が一ということもある。

 ボルサリーノを始めとする名立たる海兵が参加するこの作戦。恐らく、海軍側が勝利する可能性の方が遥かに高い。

 しかし、相手も破壊すれば自分達も死ぬことを承知の上で戦いに臨んでいる。そうした相手との戦いの中で犠牲が出るのは至極当然のこと。歴戦の戦士だろうと、新兵だろうとだ。

 

 もしも彼女が死んだならば―――そう思うと、今この瞬間目の当たりにしている月光に照らされた彼女の横顔が、それはもう儚げで美しく、そして愛おしく思えてしまったものだから。

 

「アイン」

「ええ」

「結婚しましょうか」

「ええ……え?」

「いや、だから結婚しましょう」

「え、え、え」

「その手を仕舞いましょう、アイン。物理的に結婚が許されない体にしようとするのは止めてください」

 

 突然のプロポーズに大困惑するアイン。余りに突然のことで脳味噌が追い付いていないのか、あろうことかモドモドの実の能力で、ジールの肉体を子供に戻そうと試みる程だ。

 幸い手は引いてもらったものの、アインは困惑したままだ。ここまで動揺している彼女を見るのは初めてかもしれないとジールは心の中で思う。

 

 これはこれでアリだな。などと呑気なことを考えているジールに対し、アインはガクガクと震えた口で応える。

 

「な、なんでそんなこと、急に……」

「明日世界が終わるかもしれないと思ったら、君に想いを告げずにはいられなくて」

「ジール……こ、こんな時にそんな冗談はやめてっ……!」

「まあ、おっしゃる通り半分くらいは冗談なんですがね」

 

 シュパァアン! とアインの美脚から放たれた鋭い蹴りがジールの臀部を打つ。非常に痛いことは想像に難くないだろう。現に、あらかじめ鉄塊で防御していた筈のジールが臀部を押さえて崩れ落ちている。

 

「つ……つつ……容赦ないですね……! 半分って言ったじゃないですが……!」

「半分も弄ばれた私の気持ちになって」

「残りの半分もちゃんとした理由ですから」

「じゃあ聞かせて」

 

 顔が怖い。修羅の形相に近しいアインの顔には、流石のジールもヒッと情けない声を漏らした。

 そのように、乙女心を半分弄ぶ結果となってしまったことに反省しつつ、尻の痛みに悶えるジールは答える。

 

「単純な話、こんなぼくにはしっかり者で強いキミが奥さんだったら安心できるっていうものですよ」

 

 ほんのちょっぴり、彼女の頬が綻ぶ。

 

「歳も近いし、美人ですし」

 

 鋭かった眼光も、次第にその鋭さが鈍くなっていく。

 

「義父さんも……『アイン(きみ)がお前の嫁だったら』と太鼓判押してましたから」

「……もう、いいわ」

「アイン」

「分かった……から」

 

 一拍置いたアイン。

 すぅー、と息を吸った彼女は、やおらジールと見つめ合う。

 ジッと見つめること数秒。気が付いた時には彼女の顔だけが視界に映り、同時に唇に熱い感触が奔った。

 高鳴る鼓動を波の音が掻き消す。余計なものを闇に隠す一方で、月光だけは彼女を美しく聞かざるヴェールのように淡い光で照らし上げていた。

 

 長い長い口付け。腰を手繰り寄せ、指を絡ませる熱い時間を繰り広げた彼等は、やっと唇を離して向かい合った。

 

「……答えは……これでいいかしら?」

「勿論」

 

 そう囁いてからもう一度口付けを交わす。

 永遠に思える一瞬を、明日終わらせたくないと願いながら……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ゼファー先生、もうすぐ着岸します」

「ああ」

 

 NEO海軍の旗艦『ホワイトタイガー号』を筆頭に、ずらりと並んでピリオ島へ向かうZ達。船が何隻も並んで進行する様は、島一つを5つの軍艦で破壊するバスターコールに匹敵する威圧感があったと言えよう。

 

「敵影です!」

 

 しかし、これだけの戦力を以てしても容易く崩すことができない壁が、進むべき道の先に待ち構えていた。

 かき集められるだけ集めた海軍の戦力だ。

 上陸さえ許さないと言わんばかりの布陣を前に、Zはニヤリと一笑する。

 

「おい、誰か。ダイナ岩を一つ持ってこい」

「は!」

 

 Zの指示に疑う素振りも見せず、特殊な溶液に満たされたケースに入れられたダイナ岩を持ってきた兵士。

 そんな彼からダイナ岩を受け取ったZは、大きく振りかぶり、なんとそのまま海軍の船目掛けて投擲したではないか。

 

 かなりの距離こそあるが、Z程の腕力があれば届く距離。

 加えて、ダイナ岩が空気に触れた際に引き起こされる爆発はすさまじく、近くで爆発すれば海軍の軍艦数隻を落とすことなど容易く、直撃せずとも爆風の余波で大津波を起こすことさえ出来るだろう。

 

「さぁ、どう出る!?」

 

 自分から投げておきながら、喜色を孕みつつ試すような声色を発するZ。

 放物線を描いて軍艦に落下するダイナ岩を前にし、海兵達は慌てていることだろう。

 そして遂に、ダイナ岩が一隻の軍艦に落ちた。

 

 身構えるNEO海軍の兵士達。これだけ離れていても爆風は届くのだから、至極当然の反応と言えよう。

 しかし、当の爆風は一向に起こらない。

 待てども待てども爆風どころか、爆音さえ聞こえず、何事かと兵士達が訝しんだところで、海軍からの砲撃が始まった。

 

「フンッ、ひよっこなりに対処してみせたか」

 

 砲撃の雨が降り注ぐ。

負けじと大砲を撃ち返す用意を整える中、Zは事の顛末を想像した。

 

(アインがモドモドの実で対処したか。まあ、それが無難か)

 

 ケースが割れたとしても、ケースが12年前に存在していれば、モドモドの実の能力で破壊される前に戻る。

 0か100の結果が待ち構えている中、どうやら海軍は100の結果をつかみ取ることができたようだ。己の教え子ながら、今だけは誇らしい気分だ。

 

「派手な花火を打ち上げてやろうと思ったんだが……まあいい。()()を投入するぞ!!」

「は!」

 

 砲撃の轟音が轟く中、Zの鼓動もまた、かつてないほどの高鳴りを打ってみせていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ん……なんですか、あれは?」

「あれは……」

 

 海上での砲撃戦を繰り広げていた海軍とNEO海軍であったが、NEO海軍の苛烈な攻撃を前に、海軍は上陸まであと一歩というところまでの接近を許してしまっていた。

 そんな中、ジールはNEO海軍の甲板に佇む巨大な白い影に気が付く。

 すると、それが何なのか知っているのか、アインとビンズはタラリと一筋の汗を頬に垂らした。

 

「PX-Z……!」

「プロトタイプのパシフィスタの改造型だ! 一筋縄じゃいかんぞ!」

 

 ベガパンクの手によって生み出された人間兵器『パシフィスタ』。

 そのプロトタイプでありながらも、実戦用に改造されたのがあのPX-Z、通称“白くま”である。

 

 そうこうしている内に、敵の船に佇んでいたPX-Zは海軍の船へと乗り組み、次々に海兵へその鋼鉄の体を活かした攻撃で襲い掛かっていく。

 

「モサモサ!」

「モドモド!」

 

 ビンズはモサモサの実の能力で植物の蔓を操りPX-Zを縛り付け無力化し、アインはモドモドの実の能力でPX-Zを組み上げられる前の鉄くずへと戻していく。

 一時は敵になりかけた彼等であるが、味方になればこうも心強い。

 思わず笑みが零れるジールも、武装色硬化した拳でPX-Zを殴り壊し、一方で“嵐脚”で鋼鉄の胴体を真っ二つに両断する。

 

 そうした少数の精鋭がPX-Zに対処していくが、彼らがPX-Zへ僅かに時間を取られている間にも、NEO海軍の進撃は続き、とうとう彼等の船の着岸を許してしまった。

 

「くっ……流石は義父さんが率いる軍ですね!」

 

 複数体のPX-Zを海へ殴り飛ばしたジールが、敵ながら天晴と言わんばかりの言葉を吐いてから歯噛みする。

 

「ジール、行け!」

「ここは私達でなんとかするわ!」

「え……!?」

 

 ビンズとアインが吼える。彼等の獅子奮迅の戦いぶりにより、この船に乗り込んできたPX-Zはあらかた片付いた。

 しかし、その他にも乗り込んできた敵兵がまだ残っている。

 時間さえあれば殲滅はそう難しい話ではないが、今は一刻を争う時だ。

 それを考えてか、二人がジールへZを追うように催促する。

 

「ですが!」

「先生を止められるのは貴方なの!」

「頼む! 先生を……!」

「二人とも……分かりました」

 

 目の前の敵を蹴散らしたジールは、本来の副官に指揮の代理を任せ、船を後にする。

 彼程の海兵にもなれば、船から地上へ降りるにもそう手間も時間もかからない。“剃刀”で島へ上陸し、襲い掛かってくる敵兵を一蹴しながら突き進めば、途中空気が一変した。

 

 喉が焼けそうな熱風。ジリジリと肌を焼く熱さに思わず汗が噴き出てくる。

 だが、理由はきっとそれだけではない。

 待っていたかのように腕を組み、堂々と大男が立っていた。彼から放たれる覇気がジールの体を震わせる。いつになっても慣れない威圧感だ。しかし、どこか諦めに似た喜びもあった。彼はずっと自分の前にそびえ立つ壁なのだから、ずっとこうあるべきなのだと。

 

「……Z」

「おれを追いかけるお前の姿が見えてな……お前如きを倒すのにそう時間は取らない。だから、目障りなお前をこうして先に倒す。それだけだ」

「そういうことにしておきますよ」

 

 ニヤリと一笑。お互いに新世界の命運を分かつ責任を負っている身でありながら、この場に似合わない笑みが顔に浮かんでいた。

 時折流れるマグマは、そんな彼等の胸中の想い―――熱を代弁してくれているようだ。

 マグマの所為だけではない熱が辺りに立ち込める。

 腕を武装色の覇気で黒く染め上げた二人は、ほぼ同時に身構えた。

 

「行きます……Z!!」

「若造が……10年早いんだよォ!!」

 

 地面を抉る勢いでの突撃。その果てで起きる衝突は、グラグラと灼熱の(あぶく)を立てていたマグマの表面を吹き飛ばす衝撃を生み出した。

 

「ぐっ!」

「ぬぅ!」

 

 互いの頬に突き刺さる拳。武装色硬化した一撃は重く、気を抜けば一瞬で意識を刈り取られそうな威力であった。

 歯を食いしばって意識を保つジールは、止まれば負けると己の全身全霊を懸けてZに吶喊する。

 

「おおおおおっ!!!」

 

 雄叫びを上げて己を奮い立たせ、拳を、脚を、果てには頭さえ用いて攻撃を仕掛けた。

 

「がああああっ!!!」

 

 Zもまた、常人であれば動かすことさえ一苦労なバトルスマッシャーを振るい、怒涛の連撃を加えてくるジールを弾き飛ばす。

 武器にも防具にもなり得るバトルスマッシャーの内部には爆発物が仕込まれており、打撃を加えた際にそれらが炸裂し、打撃と同時に爆撃を与える仕組みとなっている。

 

 それを長年傍で戦ってきたからこそ把握しているジールは、極力バトルスマッシャーの攻撃を喰らわないような立ち回りでZに仕掛けるが、Zもそういった相手の立ち回りを熟知している為か、中々決定打になるような攻撃を仕掛けることはできなかった。

 

 肉迫と衝突を繰り返す両者。

 その度にジールは肉が裂け、骨が砕けんばかりの痛みを覚える。だが、その表情は痛みに歪むどころか、寧ろ喜色に満ちた笑みが浮かんでいるではないか。

 傍から見れば狂気としか見えぬ様子。

 しかし、そうなるだけの喜びが沸々とジールの胸に湧き上がっていた。

 

 現状、Zとの戦況は五分五分。ここまで自分がZとやり合えるのは当人でさえ予想できなかった程だ。無論、彼を超える為に血反吐を吐く程の努力を重ねてはきたが、こうも実際にやり合えたのは今回が初めてだ。

 背負うものが増えたからだろうか―――ジールの脳裏には大勢の大切な者の顔が過る。

 彼を思えば不思議と力が湧いてきた。それはジールの気迫にもつながり、結果的に覇気の質を高めるに至っていたのだ。

 

一方Zは、歴戦の海兵とは言え、老いによって肺機能が衰えているが為に、戦いが長引けば長引く程、その動きにキレが無くなっていく。

 それこそが勝機であり、かつて一度も勝てたことのなかった義父へ勝利することのできる唯一の隙。

 

「ぐはっ!」

「がはっ! ―――はは、はははははっ!」

 

 殴り、殴られ、突き飛ばされる両者。

 口から血の混じった唾を吐いたZは、途端に笑い始めた。

 

「どうした……お前の正義とやらはそんなモンかァ!!」

 

 と思えば、次の瞬間には怒鳴り声を上げてジールへと肉迫し、バトルスマッシャーをつけていない左腕で彼の顔面に拳を叩きこむ。

 

「がっ……!?」

「温いぞォ!! おれはお前をそんなヤワに育てたつもりはない!!」

 

 殴打、殴打、殴打。

 素手とバトルスマッシャーで交互にジールの体を殴りつけるZ。休憩も入れずにここまでの連撃を行えば、すぐに彼の肺は限界を迎える。

 だが、肉体の限界などお構いなしに連撃を加えるZは、殴打の衝撃で巻き起こる埃の中に隠れてしまった息子へ吼え続けた。

 

「勝者こそが正義だ!! 正義を貫く為には常に勝たなければならん!!」

 

 己をも責め立てるような声は、殴打による轟音の中へ掻き消える。

 それでもZはあらんかぎりの声で叫んだ。喉が張り裂けんばかりに。肺が弾け飛ばんばかりに。

 全ては伝える為に―――。

 

「勝たなきゃ守れんぞ、ジールうううううッ!!!!」

 

 砂煙と血の尾を引いて振り上げられたバトルスマッシャー。

 次の瞬間には、何度も振り下ろされた男の下へトドメの一撃と言わんばかりに勢いよく振り下ろされた。

 奔る激震はマグマと大気を揺らす。

 

「ッ……!」

 

 だが、苦悶の表情を浮かべたのはZの方だった。

 バトルスマッシャーを通じ右腕全体に響く衝撃が、彼の老いた骨肉に余りあるダメージを与えたからだ。

 今にもバラバラになりそうな激痛。

 そんな彼の肉体を表すように、海楼石製である筈のバトルスマッシャーにみるみるうちに罅が入り、砕け落ちていく。

 

 バトルスマッシャーがスクラップ同然になった頃、砂煙がようやく晴れた。

 そこに佇んでいたのは、両腕を突き出すような構えを取っている血みどろのジール。Zの武器を無残に破壊したのは、他ならぬ彼が繰り出した一撃によるものだ。

 

「六王銃……か」

「はぁ……はぁ……最初から、ぼくは……バトルスマッシャー(それ)を壊すのが狙いでしたから……!」

 

 ペッ! と血が混じった唾を吐くジールは、六王銃の構えを解く。六式全てを極めた者だけが体得できる六式の究極奥義“六王銃”。突き出された両拳から放たれた衝撃を送られた物体は、内部から破壊されるという奥義の名に恥じぬ威力を有した技だ。

 まだ誰にも披露していなかった奥の手。虎視眈々と狙っていたZ最凶の武器を破壊を達成するべく、今の今まで取っておいたのだった。

 

 だがしかし、Z最強の武器はまだ残っている。

 

「ここからが……本番です」

 

 肺が焼けるような熱気に覆われる戦場で深く深呼吸したジールは、両腕に武装色硬化を施す。

 戦いが終わるまで解かぬ気概の下握られた拳は、黒く、そして逞しい輝きを放っている。

 その姿にZは思わず若かりし頃の自分を思い出した。

 海の平和を第一に思い、日夜精進に励んでいたあの頃を。センゴクやガープ、つるなどの同期と共に海へ駆り出していた時代は、今の自分にとっては目が眩んでしまう程に眩しい日々であった。

 

「……フッ、フフフ」

 

 先ほどの一撃でずれたサングラスをかけ直すZから、笑い声が漏れる。

 

「フフフ、フハハハハ! 本番か。面白いことを言うな、ジール!」

「面白いもなにも、ぼくはジョークを言ったつもりはありませんが」

「言った筈だァ! 実戦も訓練も関係なしに全力で取り組めとな! だからお前は生温くなった海軍に染まる!」

「何を言いたいんですか?」

 

 訝し気にジールは眉を顰める。

 そんな彼へ告げたZの言葉とは、

 

「まさか、おれが馬鹿正直に正面から攻めるだけだと思ったか!」

「! まさか……」

「コーティングして海の中を進ませた船がある! 予定通りなら、もう設置は完了している頃合いだろうがな!」

 

 コーティング―――それは特殊なシャボンで船を包み、海中航行を可能にする昔から存在する技術だ。白ひげはマリンフォード頂上決戦にて、これを施した船を用い海軍に悟られることなく一気に湾内への潜入を果たしていた。

 Zもまたコーティングを施した船を用い、真正面から攻める軍とは別にエンドポイントの破壊を役割とした軍にも分け、今回の戦いに臨んでいたという訳だ。

 

「さあ、ひよっこ共! おれとお前ら……どっちの勝ちかな!!?」

 

 高らかに天を仰いだZが叫ぶ。

 

 時が止まったように場は静寂に包まれ、ジールもまた微動だにしないZを前に、身構えたままピクリとも動かない。

 何秒経っただろうか? ジールからすればそれ以上の長い時間と錯覚する静寂を経たが、一向に爆発の気配はしない。

 

「―――先生。その部隊なら、先ほど制圧が完了したという情報が入りました」

「無論、正面からのもです」

 

 静寂を切り裂いて現れたのは、アインとビンズの二人だった。

 激しい戦いの後を思わせるボロボロな恰好の彼等は、不動のZへ現実を突きつける。

 

 そう、Zがコーティング船を用いて奇襲を仕掛けようとした一方で、海軍もまた白ひげとの戦争を踏まえ、そういった部隊を警戒して島の各所に戦力を配置していたのだ。

 戦力が分散してしまう危険な賭けではあったものの、どうやら軍配は海軍の方へ上がった。最早、島内に上陸している者に逃げ場はない。

 

「先生……投降して下さい!」

「貴方の負けです……!」

 

 懇願するようにアインとビンズは言い放つ。

 彼等―――否、海兵にとってZは掛け替えのない恩師だ。そんな彼を直接手にはかけたくないという想いから放たれた言葉だった。

 二人の位置からZの顔は窺えない。唯一望むことができるのは、真正面に構えているジールだけだ。

 

 その彼はと言えば、一瞬沈痛な面持ちを浮かべ、すぐさま気迫を込めた精悍な漢の顔になった。

 

「アイン、これを」

「え……?」

 

 ジールがアインへ投げつけたのは、徐に脱ぎ捨てた正義のコートだった。

 将校として背負うべき『正義』を形にした大事な代物。それを脱ぎ捨てるという行為が意味するのは……。

 

「……いいだろう、付き合ってやる」

 

 全てを察したZもまた羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。

 海軍への失望を形にしたマークの刻まれたマントは、少し風に運ばれて宙を漂った後、近くにあったマグマへと落ちて燃え尽きる。

 

 共に背負うものを脱ぎ捨てた二人は、静かに身構えた。

 

「これからぼくは、海兵としてではなくて……一人の男として貴方に臨みます」

「……良い顔になったな、ジール」

 

 海軍とNEO海軍の勝負はついた。

 残るは、親子としての決着のみ。

 

 始まりは―――余りにも静かだった。

 声を上げることさえせずに肉迫する両者が、武装色硬化した拳で殴り合う。たがひたすらに。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も……。

 

「がっ!」

 

 肉が裂けようとも。

 

「ぐぅ!?」

 

 骨が砕けようとも。

 

「う゛あっ!」

 

 血反吐を吐き、今にも崩れ落ちそうな体で何とか立ち、立ち向かっていく。

 

 拳が相手の体に突き刺さる度、汗と血飛沫が宙を舞う。

 それを幾度となく繰り返す二人の姿に、アインは震えた声を絞り出す。

 

「な、なんで……!? 止めなくちゃ!」

「待て、アイン!」

「ビンズ! どうして止めるの!?」

「漢の戦いに……手出しするではない……!!」

 

 今にも駆けだしてしまいそうなアイン。

 そんな自分を制止するビンズに抗議するような瞳を浮かべて振り返った彼女だったが、目にしたのは大粒の涙を目尻に溜め、自分以上に駆けだしたくなる想いを我慢するように唇を噛む彼の姿だった。

 

「……っ!」

 

 もう誰にも止めようがなかった。否、止めるべきではなかった。

 すでに戦いを終えた将校達は、主犯者であるZの捕縛の為に集まっている。

 だが、彼とジールの殴り合いに加わる様子はなく、先に溢れんばかりの想いに涙を流していたアインとビンズに加わり、沈痛な面持ちを浮かべていた。

 

 誰も水を差すつもりなどない。

 事情を知っている者からすれば、これは最後の親子喧嘩と言える戦いだ。

 正義を担う者として、それを無駄だと言い切るには、Z―――否、ゼファーには余りにも恩義を感じてしまっていた。

 後は戦いの行く末を見守るのみ。

 

 新世界の命運を分ける親子喧嘩は、何十、何百と繰り出された拳の末、ようやく終わりを告げようとしていた。

 本来ならば立つことさえままならない朦朧とした意識。

 それでも二人を立たせるのは偏に漢としての意地だ。

 しかし、それももうすぐ限界を迎える。

 

 これが最後となるだろう―――全てを悟った二人は、覚束なかった足取りでありながらもしっかりと地面を踏みしめ、目の前の漢目掛けて殴りかかった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」

「お゛お゛お゛お゛お゛っ!!!!」

 

 咆哮。直後、鈍い音が響き渡った。

 

 互いに拳が頬に突き刺さったまま、微動だにしなくなる二人。

 しばらくして、ズルリと拳が頬から滑り落ちたかと思えば、支えを失った両者が膝から崩れ落ちる。

 ジールは帽子を、Zはサングラスを零れ落とし、そのままうつ伏せに倒れようとした。

 

「っ~~~……う゛ああっ!!!!」

 

 だがしかし、完全に倒れる直前、意識を取り戻したジールが地面目掛けて殴りつける。

 そうして己の体を支えた彼の一方で、Zは完全にダウンしたのであった。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

 紙一重での決着。

 勝利したのは息子だった。

 

「……義父、さん……」

 

 積年の果ての勝利。

 その感慨は一入であることは間違いなかったが、今のジールにはそれを喜ぶ気力も暇もなかった。

 ここまで来て感じることができるのは、ただただ無念。それだけだった。

 

「もっと……違う形で……」

 

 義父の体を抱き上げる。

 長時間の戦いと場所の関係から触れることが憚られる熱を帯びている体であったが、ジールにはその体から、徐々に熱が失われていっていることがハッキリと分かった。

 

 もっと早くに超えられたならば。

 彼が完全に海軍へ失望するより前に、自分が新たな海軍の希望となれると彼に示すことができたならば。

 

 そんな後悔が今になって止まらない。

 

「……義父さん」

「……な、なにを情けない顔……してる」

「義父さん!」

 

 そんな彼を叱咤するのは他ならぬZ―――否、ゼファーであった。

 

 敵ではなく、一人の親としての顔を浮かべる彼に、思わずジールは涙を浮かべそうになる。

 だが、ゼファーはそれを許さないと言わんばかりに、彼の目尻の涙を強引に拭った。

 

「おれを倒した男が……そんな顔をするな」

「でも……!」

「おれはおれの好きなようにやった……結果がどうであれな……それでお前に……息子に負けるなら、本望だ……」

 

 涙を拭って手が落ちそうになるのを受け止めたジール。

 何度も頭を撫でてくれた。

 何度も頭を殴られたこともあった。

 その手が今、二度と上がらなくなろうとしている。そう思うとジールはこの手を放すことなどできはしなかった。

 

「義父さん……ぼくは……」

「なにも言うな……なにも……」

「いいえ、言います。ぼくは貴方に憧れていた。貴方のようなヒーローになりたくて海兵になった。まだまだ実力は足りないですけれど、いつかは大将にもなって海の平和を守るんです」

「ジール……」

「ああ、それと。アインと婚約しましたからその辺は心配しないでください。彼女は……家族は死んでも守りますから」

「なにっ!? ……そうか……フフ、フハハハハ! なんだ……最期の最後に……良い冥途の土産が出来た……」

 

 実に愉快そうに笑ったゼファーの瞳から、次第に光が薄れてく。

 焦点も合わなくなっていく瞳。もう息子の顔を確かめることができているかさえ疑わしいが、それでもゼファーは最後の力を振り絞って息子の顔を見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「ジール……お前は……おれの自慢の―――」

 

 そこから先は聞こえなかった。

 待てども待てども言葉は紡がれない。ただ虚しく風が吹き抜ける音が響くだけだ。

 

「……義父さん」

 

 スッとゼファーの瞼を下ろしたジールは『大丈夫』と続ける。

 

「きっと……待っていてくれてますから」

 

 旅立った彼の道の先には、大勢の仲間と教え子と―――家族が居ることを知っているから。

 

 

 

 ***

 

 

 

「フ~ンフフ~ンフフフ~ン……♪」

 

 陽気な鼻歌に乗せて歌うのは『海導』と呼ばれる、死んでいく海兵を称える歌だ。

 昔は嫌いだった歌だが、今ではよく歌う。

 

「中将」

「っと……なんだ、アインですか」

 

 甲板で潮風に当たりながら歌っていたジールは、背後から話しかけてきたアインに振り返る。

 ゼファーが起こした事件から月日が経ち、ジールは中将へと昇格した。

 アインとビンズもまた彼が率いる部隊に編入され、今では彼を支える重要な片腕として活躍している。

 

「鼻歌なんか歌ってないで。本部から指令よ」

「っと……最近は忙しいですね」

「白ひげが死んで以来海賊の動きは活発よ。それに最近は麦わら海賊団も復活した。これからの動向次第では、今以上に問題が起こる筈ね」

「それは御免ですが、ガープ中将のお孫さんともなると……ああ、なんとも頭が痛い話です」

「情けないことを言っていないで早く部下に指示をして。私達ばかりに指揮を任せていたら、貴方の上官としての威厳が……」

「あ~、はいはい。分かりましたから」

 

 アインの薬指に輝く装飾品を一瞥した後、最近は本当に遠慮が無くなったとため息を吐く。

 それから懐から取り出すのは、一つのサングラスだ。

 それなりに年季が入った代物であり、ところどころに傷が付いている。

 お構いなしにそれをかけたジールは、己の頬を叩いて気合いを注入し、『よし!』と掛け声を上げて歩み始めた。

 

「さ、海の平和の為に頑張りましょうか! 何故なら……」

 

 自身に言い聞かせるような口振り。

 不意に背後に振り返った彼は、地平線まで広がる青い海と空に浮かぶ白い雲を眺める。

 だが、サングラスの奥に佇む瞳は、もっと遠く―――別のものを望んでいるようであった。

 

 満足気に笑うジール。

 そんな自分に微笑むアインと、遅れてやって来たビンズを肩に並べた彼は、サングラス越しに望んだ背中(ゆめ)に向けて告げる。

 

「―――ぼくがZだ」

 

 『憧れの正義』を担う海兵が、夢を追い続ける。

 これはその始まりの物語だったのかもしれない。

 

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