ロード・エルメロイⅡ世との事件簿 ―Case Files with Lord El-Melloi II― 作:ニコ・トスカーニ
オリ主とウェイバーの出会い。
ロード・エルメロイⅡ世。
生来の名はウェイバー・ベルベット。
時計塔の名物講師で前々回、第四次聖杯戦争に参加したマスター陣、唯一の生き残り。
私が彼と知己を得たのは十年以上前、丁度聖杯戦争が起こった年だった。
時計塔では通常、全体基礎を五年ほど学び、それから各人の適正や家系を考慮して十二ある学部のどこかに進むことになる。
入学前から実地で基礎を学んでいた私は全体基礎の行程を免除され、最も歴史が浅く、古典的な魔術師からは軽んじられていた「現代魔術論」へと進んだ。
魔術師であっても、現代科学に特に抵抗のない私にとっては最適に思えた。
しかし、大抵の生徒は一つの学部ではなく補佐、発展のためサブとして別の学部へも籍を置く事が多い。
私もその中の一人で、サブとして「降霊」のクラスにも籍を置いていた。
彼を知ったのはそこでだった。
彼とまともに関わりを持つ事になったのは聖杯戦争終結後、各地で見聞を広めた彼が帰還してからのことだった。
そのため、いつが出会いだったのかはっきりと分からない。
私にとって彼はクラスのなかの大勢の一人に過ぎなかったし、彼にとってもそうだったはずだ。
聖杯戦争がまたも不完全な形で終結し、マスター陣唯一の生き残りとして時計塔に帰還した彼は
色々な意味で話題の人物となった。
当時の私にとって聖杯戦争は遠い世界の話であり、日銭を稼ぐためにビジネスパートナーのむさ苦しいユアン伯父さんと夜な夜な
ヤクザな仕事に精をだして、昼は時計塔で惰眠を貪り成果を発表する際には出来損ないの論文を講師に突き返されるという
冴えない日々を送っていた。
そんなある日、不真面目な姿勢に対して何度目になるかわからない有り難いお説教を講師からくらった昼下がり
私は遅いランチをとるため憩いの場である中庭に足を進めていた。
いつものベンチに向かい、紙袋に雑に詰め込まれたケバブサンドとチップスを広げようとするとそこには先客がいた。
貧弱な体格に少女と見間違うような容姿の先客は大判サイズの学術書らしき物を読みふけっていた。
その人物に背後からそっと近寄り、興味本位で本を覗き込んだ。
彼が読んでいたのはおよそ魔術師とはかけ離れた内容のものだった。
『アドミラブル大戦略IV hints and tips(攻略)』
私のようなヤクザな魔術使いならいざ知らず彼のような普通の生徒がそのような本を所有していることに軽い驚きを
覚えつつ読書の邪魔にならぬようそっと声をかけた。
「君もそのビデオゲームの愛好家か?」
彼は眉を顰め、いかにも面倒くさそうに――しかし幾分かの興味を含めてこちらを見た。
「ウェイバー・ベルベット君だろ?ああ、失礼。その他大勢のクラスメートの事など覚えていなくて当然だな。
僕も大半のクラスメートは名前と顔が一致していない。僕は降霊クラスで一緒の……」
私が紳士的自己紹介に臨もうとすると彼はぶっきらぼうに遮った。
「アンドリュー・マクナイト」
その口調は「いかにも面倒」といった友好的な風情に満ちていた。
「覚えてくれていたとは嬉しいね。美しい友情の始まりかな?」
私は彼が座ったベンチの隣を指さし「いいかい?(ドゥ・ユー・マインド?)」と許可を求めた。
彼は何も言わなかったので許可を得たと判断し、隣に腰かけた。
「お前、いつも寝てるな」
私が腰かけ、小粋なスモールトークを始めようと試みた先、彼は藪から棒に言った。
「一体、時計塔に何しに来てるんだ?」
彼の口調には会話の内容と同様に侮蔑の感情が見て取れた。
私は答えた。
「僕は魔術の講義を聞くと途端に眠くなってしまう特殊なナルコレプシーにかかっていてね」
私は言った。
「いつも講義が始まった瞬間は聞く気満々だが、講義が始まった瞬間に気絶してしまうんだ」
その瞬間、私は彼が心底から呆れたことが分かった。
「何でお前みたいな奴が時計塔に入れたんだが……」
そう言って深いため息をついた。
その深いため息には心底からの呆れだけでなく、どことなく嫉妬を思わせるような何かがあった。
「その疑問だがな」
呆れる彼に答えた。
「限りなくシンプルかつ謙虚さを省いて答えると才能があるからだ。
僕はとうに没落した魔術家系の出身だが、僕の代で魔術回路が先祖返りを起こすという奇跡が起きてね。
それで僕はここにいる」
以前に聞いている。
彼は三代目の浅い家系に生まれ、魔術回路に恵まれていない。
魔術回路に恵まれていないということは=魔術師としての才能に恵まれていないということだ。
「才能の無駄遣いだな」
と彼は言った。
私のような不真面目な生徒が自分に無いものを持っている。
遺憾に違いあるまい。
「ああ、そうだな。今は亡きケイネス・エルメロイ・アーチボルト先生にもそう言われたよ。
『君がやってるのは才能の無駄遣いだ』とね。正直なところ、アーチボルト先生には一度たりとも好感を持ったことは無いが、その説に関しては御尤もだと思う。
惜しい人を無くしたものだ」
「嘘だろ?」
私は驚いた。
そして些かばかり遺憾だった。
「嘘とはどの点がだ?まさか君は僕が人の死を悼めないような外道だとでも思っているのか?」
彼は答えた。
「違う。アーチボルト先生に言われたことに対してだ。お前自身は『才能の無駄遣い』なんて思ってないんだろう?」
「なぜそう思う?」
彼のその日一番の長広舌だった。
「お前、魔術使いだろ?魔術使いなら実戦に必要なこと以外わざわざ覚えない。
お前からしたら必要なのは実地で学ぶことで時計塔での講義なんて大して意味がない。
だから夜中の仕事で実戦で学んで昼間の講義中は寝てる。
違うか?」
その口調は確信に満ちていた。
そして実際に悉く当たっていた。
「大した洞察だ」
私は感嘆し、そして弁明を加えた。
「だが、一つ弁明だ。魔術師の最終目的は根源への到達。
根源を目指すなんて僕には正気の沙汰と思えないが、根源を目指すということはつまり、この世の仕組みを解き明かそうとするということだろう?
何かを解き明かそうとする試み自体は美しいものだと思う。嘘ではないぞ?」
彼の渋面が幾らか和らいだ。
「お前の家、ゲーム機はあるか?」
それが、私と彼が初めてまともな会話をした瞬間だった。
それから、私が時計塔を辞するまでの短い間彼とは時折、私の住む小汚いフラットでユアン伯父さんの高尚な
――主に下ネタと人種に関するジョークに辟易しつつゲームをする同好の士となった。
相当にやり込んでいるらしく、彼は非常に手強い対戦相手だった。
私が勝てるのは十回に一回かせいぜい二回程度の確率だった。
「君の強さの秘密はなんだ?だれか、プロゲーマーの師でもいるのか?」
「アレクサンダー大王だ」
当時、私はそれを彼なりのハイセンスなジョークだと捉えていたが
後にそれが事実であった事を知る事になる。
私が時計塔を辞してから、彼は大出世を果たし時折フリーランスである私に
実験の資材調達などの雑事を依頼してくるようになった。
それなりに交流のあった元クラスメートで雇い主と雇われの便利屋。
それが我々の関係だ。