ロード・エルメロイⅡ世との事件簿 ―Case Files with Lord El-Melloi II― 作:ニコ・トスカーニ
翌日。私は自分より一回りかそれ以上に若い時計塔の生徒たちと机を並べて講義を聴講していた。
調査結果の報告に赴いた私は「講義が終わるまで待つ」と主張したが、ウェイバーには「お前にも関係ある話だ」と引き止められたため、有難く時計塔名物講師の講義を拝聴することになったわけだ。
講義が始まると偉大なるロード・エルメロイ二世はまず、大判に拡大した一枚の図を貼りだした。
それは石に彫り込まれたレリーフだった。
そのレリーフは一人の人物が棒状のものにまたがり飛んでいるように見えた。
棒状の物の背後からは炎が噴射されているようにも見える。
「これは古代マヤの遺跡から出土した石棺に彫られていたものだ。年代は西暦変換すると七世紀の半ばほどになる」
教室がざわついた。
このレリーフは素直に見るとロケットに人が乗って飛んでいるように見える。
いわゆる、オーパーツと呼ばれるものだ。
これは魔術というよりも疑似科学の領域だ。
現代魔術論以外でこのような講義をしたら間違いなくお叱りの対象だろう。
「諸君らにはこれが何に見える?」
まず真っ先に金髪碧眼で、いかにも貴族的風貌の少年が手を挙げた。
講師先生は手を挙げた少年を指さした。
「フラット・エスカルドス」
名前を呼ばれた少年は勢いよく立ち上がると勢いのまま答えた。
「ロケットです!」
教室から失笑が漏れた。
ロード・エルメロイ二世は深くため息をついた。
彼の名誉のために付け加えるとフラット・エスカルドスは才気に溢れる非常に優秀な魔術師だ。
天才的とすら言える。
だが、彼には才能以外の面にあまりにも問題がありすぎる。
そのため、「天才馬鹿」と呼ばれロード・エルメロイ二世の胃痛のタネになっている。
「他には?」
再度、ロード・エルメロイ二世が意見を募ると、今度はカールした金髪の少年が手を挙げた。
「スヴィン・グラシュエート」
名前を呼ばれた少年が静かに立ち上がり答えた。
「その絵の提示の仕方は先入観を煽っています。フェアではありません」
スヴィンは答えた。
「ほう?続けてみろ」
そう言われたスヴィンは言葉の通りに続けた。
「その絵は本来、九十度傾けた形のものが正しい姿です。それはロケットではなく、十字架です」
偉大なる講師はその答えに満足したようだった。
「そう。その通りだ。これは諸君らに先入観を持ってもらうためにあえて誤った角度で提示した」
彼はそう言うと、一度貼った図面をはがし、九十度傾けて貼りなおした。
「これはパレンケの石棺と呼ばれている古代マヤ文明の遺物だ。スヴィン・グラシュエートの言う通り、これはロケットではなく十字架。
ロケットに跨り飛行する人物ではなく、十字架に縋りつく姿を表している。この人物はパカル王で、レリーフの彫られた石棺に収まっているパレンケ最盛期の王だ。
このレリーフは全体で死者の世界である地下、人間の住む地上、神々の住まう天上世界を表している」
そして最後に大事な教訓を提示した。
「これがロケットに見えるのは文明を謳歌する現代人の先入観によるものだ」
そういう大事な教訓はもっと早く教えて欲しいものだ。
〇
「全く、大胆なことをする奴もいるものだ……」
講義の終了後、ウェイバーの講師室を訪れた私は不思議な事件の種明かしをしていた。
昨日と同じくグレイも同席していた。
結論は限りなくシンプルなものだった。
そのレストランは存在しない。
ただそれだけの事だった。
存在しないから近所を歩いても見つからない。
存在しないから取材に成功したメディアも無い。
この件に注意を向けさせた風宮千鶴は魔術師で、調査した私も魔術師だ。
調査が始まった時点で「魔術が関連しているに違いない」というバイアスが掛かっていたのだ。
ウェイバーの一言でそれに気づいた私は、早々に一つの推論を導き出していた。
あとはそれを証明するだけだ。
手元にある首謀者につながるものは電話番号だけ。
調べたところどうやらプリペイドフォンらしい。
ということは仮に令状を手に入れても購入者に辿り着くのは困難だろう。
なので、私はとっておきのワイルドカードを切った。
〇
私の古い知人であるアラン・ホイルは特殊な魔術回路を持ち、封印指定を受けている。
彼は現在バーミンガムに潜伏しているが私に借りがあり、時折手を貸してくれる。
私はホイルに事情を説明して協力を仰ぐとそのフェイクレストランの連絡先になっている電話を掛けた。
私のモバイルフォンとフェイクレストランのモバイルフォンが通話している間に、ホイルに電話会社のシステムに侵入してもらいまんまと逆探知に成功した。
なお、私は不自然に会話を引き延ばすような真似はしていない。
一般的なイメージに反し、逆探知は一瞬で終わる。
特殊能力のおかげであらゆるセキュリティを突破できるホイルは、魔術師であると同時にコンピューターオタクでもある。
ホイルはキャプテン・クランチの時代から現代に至るまでの電話システムを趣味で調べており、鮮やかに逆探知を成功して見せた。
探知したロケーションを確認すると、場所はロンドン北部の一軒家だった。
首謀者の自宅らしい。
私は断固たる意志で乗り込み、その冴えない一軒家から出てきた冴えないニキビ面の青年に暗示を与えて真相を聞き出した。
「ブルース」と名乗った彼は駆け出しの売文家で、糊口をしのぐために旅行サイトに偽のレビューを書くというパートタイムジョブをしていた。
報酬は一本につき十ポンドで、早書きの彼にとってはなかなかに割のいい仕事だった。
そして彼はこの仕事をかなり楽しんでいた。
その中から天啓にも近いアイディアを得たからだ。
デマ情報ばかりが流れるこの世界で、世間は自ら望んで、完全なるデタラメを信じ込もうとしている。
そんな時代なら、偽レストランも不可能ではないのでは? むしろそれこそ、大当たりスポットになるんじゃないか?
彼はその理論を実証するため、シェフとフォトグラファーの友人に協力を依頼してそれらしい素材を用意すると、店の連絡先用にプリペイドフォンを購入し、旅行サイトに掲載の申請をした。
念のため、ドメインを取得し、友人のウェブデザイナーに頼んで公式サイトも用意した。
申請はあっさり通り、こうして存在しないフェイクレストランはネット上で公式の存在となった。
存在が認可されるとブルース青年は友人、知人にフェイクレストランのレビュー投稿を依頼。
口コミで評判を得た「ブルースの小屋」は人気店になっていた。
存在しないにも関わらず。
〇
「口コミを見た時点でだ」
「どの時点で分かったんですか?」というグレイの問いにウェイバーは答えた。
そして何枚かのプリント用紙をテーブルに広げた手渡した。
旅行サイトの口コミ部分を印刷したものだった。
「片方は実在する人気店。もう片方は今回の調査対象だ」
私とグレイはテーブルの前に集まり、プリントアウトの内容を検めた。
そのうち、私はある傾向に気づいた。
「……こっちは主語が多いな」
「あ、確かにそうですね……」とグレイが隣で頷いた。
ウェイバーは私の考察に満足したようだ。
「そうだ。これは心理学的にも証明されている事象だが、嘘の口コミは主観的出来事の描写が多くなる。
『記念日に夫婦で利用した』『カナダから両親と観光で来た』そういう描写だ。
対して――」
彼は片方のプリント用紙を指さした。
「本物の口コミは客観的事実が多くなる。『チーズクルチャがオススメ』『テイクアウェイのコーニッシュパスティが最高』
……これに関してはサミュエル・バトラーが良いことを言っている。
『どんな馬鹿でも真実を語ることはできる。だが、うまく嘘をつくことはかなり頭が良くなければできない』
『夫と二人で結婚記念日に利用』や『友達とランチした』という主観的出来事の嘘を考えるのと、具体的な料理名のような客観的出来事の嘘を考えるのは、どちらの方が頭を使うか?
実に示唆に富んだ事件だったな」
二十一世紀は情報が氾濫する時代だ。
ゴーストは人の死後に現れるものだが現代では情報の渦からもゴーストは生まれるのだろう。
それはそうと話に続きがある。
「『ブルースの小屋』だが評判になったので一日限定で開店するそうだ」
仏頂面のウェイバーの眉がピクリと動いた。
「それで?」
「サクラとして参加してみないかと言われている。勿論タダ飯だ。君たちも一緒にどうだ?」
グレイがウェイバーの方をチラリと伺った。
彼はただ「フン」と鼻を鳴らしただけだった。
補足。オーパーツと言われていたパレンケの石棺についてはこちらをどうぞ。
http://www.nazotoki.com/palenque.html
ロンドン・フェイクレストラン事件は実際にあった事件です。
発起人自らが書いてますのでこちらをどうぞ。
https://www.vice.com/jp/article/434gqw/i-made-my-shed-the-top-rated-restaurant-on-tripadvisor