唐突に俺、神林零は死んだ。
それこそ命の終わりなんて、いつでも起こり得るということを体現したかのように。
最後に認識できたのは、ただ交差点でぼーっと信号が青くなるのを待っていたところへ、何故か歩道をバイクで走るバカに撥ねられ、車道に舞った身体にトラックが迫っていたところまでだ。
それ以降は意識が途切れ、気づけば血まみれになった自分を見下ろしていた。
理不尽だ、横暴だ、ただ突っ立っていただけで人生終了とか冗談でも笑えない。
「こういう時、誰に文句を言えばいいんだよ……」
意味がないと思いつつ呟くと、何やらプロペラの音が聞こえてきた。
しかしヘリコプターにしては、何処と無くローター特有の力強さが感じられない。
音がする方へ顔を向けると、妙に汗をかいている金髪のデブいおっさんが青狸のひみつ道具みたいなプロペラを頭につけてこちらに向かってきていた。
「うわ、こっちくんじゃねえ!」
見た目一発でお近づきになりたくないおっさんから逃げるように、回れ右と同時に駆け出す!
「お待ちください! 話をお聞きください!」
おっさんが一気に加速して俺の目の前に滑り込む!
汗と脂肪が慣性に乗って揺れ動く様がなんとも気持ち悪い。
「ワタクシ、貴方のご要望にお応えすべくやって参りましたこの地区担当の神でございます」
「は?」
「先ほど貴方はおっしゃったではありませんか、誰に文句を言えばいいのだと。それに応じるべく、ワタクシは天界東京支部からやって来ました。さあ、なんなりとお話ください」
「帰れ。いくら文句を言いたいといってもあんたみたいなおっさんに面と向かって会話する精神は持ち合わせてない。文句を聞いてくれるなら代理を用意しろ。そのために帰れ立ち去れ消えてくれ今すぐに」
というか神にも担当地区とかあるのかよ。
「残念ながら、神の窓際部署とされる日本エリアに勤務しているのはワタクシだけでして。このエリアに勤めて30年経ちますが、その間に人事異動があったことはただの一度もございません」
「問題児の吹き溜まりか! つか30年間なにやってたんだ!」
「貴方のような死に様に文句がある人の愚痴を聞き、必要とあらば再就職先という名の転生先を提示して新しい人生を満喫してもらいます。ただ最近はメンドくさくなったので、適当に愚痴を聞いたらあとはアニメ見たりエロゲしたりしてます」
「仕事しろおい! ……って、ちょっと待て。今転生先がどうとか言ってたけど、どういうことだ?」
後半が完全に職務放棄だったから思わずツっこんだが、もしかして生き返れるのか?
「貴方みたいに死に方が納得できない人のための人生リセットシステムです。一度死んだこの世界に転生することは出来ませんが、望む能力や物を5つ追加して全く別の世界に転生します。これすごい疲れるので今まで愚痴を聞くだけにしていたのですが、上司に汚らしい豚を見るような目で仕事しろと言われまして……おぉぅふ」
何を思い出したのか、おっさんが恍惚とした表情で悶える。
絵面としては死ぬほどキモいが、今は良くぞ命令してくれた上司さんに全力で感謝しよう。
「しかし、凄まじいほど強くてニューゲームだな。 で、能力追加するのはいいんだけど、どこの世界に転生するんだ? てかキモイから戻って来い!」
「ぷぎぃ!!」
ヘヴン状態だったおっさんに蹴りをいれて説明を促す。
蹴ったときになんか豚みたいに悦んでいたようだが、この際見なかったことにする。
「貴方には一つだけ世界が用意されています。やりようによっては、英雄になることも不可能ではありません」
「名声とか興味ないんだけどな……。で、どんな世界?」
「人類が滅亡の危機に瀕している世界で因果導体の方と共に異星体を駆逐しに行く世界です」
「……ん? なんか最近似たような話のゲームをやった気が」
「ぶっちゃければマブラヴの世界ですね。それもオルタ本編の方で」
「死ぬわ! BETAなんか相手にしてたら命がいくつあっても足らないからな! チェンジだチェンジ!」
あんな絶望的な世界、間違いなくいるだけで気が狂うと思う。
せっかくの第二の人生だ。もっと生存率の高い世界に転生したい。
「残念ながら、この世界しか用意できませんでした。大丈夫、転生補正でなんとかなりますよ。 あぁ、そんなことより気の強いお嬢さん方に罵られたい……」
「いい加減黙れ変態! クソ、こうなったらヤケだ。その補正とやらで生き延びるついでに、世界救って英雄にでもなってやろうじゃないか!」
もはや開き直るしかない。せめて自分と機体を強くしてワンマンアーミーによる無双を展開してやる。
国際情勢なんて知ったこっちゃないが、第5計画推進派だけは嫌いだから潰しておこう。
などと自棄になってそんな事を考え始めると、何の脈絡もなくおっさんから爆弾発言が炸裂した。
「ちなみにこの世界で特定イベントを全て回避すれば、ボーナスイベントでさらに別世界に転移可能になります。特定イベントとは、具体的には死亡イベントですね」
「……なん、だと?」
「流石に一筋縄ではいかない条件付きですが、それほどの価値があるボーナスだと自負しております」
「そんなボーナスつけるなら最初から別の世界に送ってくれ。切実に頼む」
「だが断ります。移動したいのなら主要人物プラスαを救って桜花作戦を成功させてください」
主要人物のフラグ破壊はわかるが、プラスαってなんだ。
「それが条件か? 後から月と火星のハイヴ潰しに行けとか言うなよ?」
「そこまで無茶な注文はしませんよ。ですが、BETAを累計1000万体撃破したら追加ボーナスを用意しています」
「追加ボーナスにしては桁がおかしいぞ。しかも地球にはそんなにいないから月、もしくは火星の個体を潰さないと絶対足りないだろ」
「追加ボーナス欲しかったら火星まで攻略しろということです。言い方を変えれば、それさえ欲しくなければ通常ボーナスの達成条件を満たした時点で好きな世界に移動すればいいのです」
ごもっとも。
追加ボーナス。響きはいいが達成までの条件が困難であれば、無理をせず切り捨てればいいだけだ。
「とりあえず了解した。 そろそろ転生を頼む」
「わかりました。その前に、あなたに付与される物について説明します」
そういえば、好きな能力とか追加出来るんだったな。
「まず必須能力として、世界情勢と戦術機に関する知識、及び技量。最後にリーディング対策が付与されます。知識に関しては一般常識くらいですけど、戦術機の技量は桜花作戦時の白銀武ほどあります」
「って待てい! 好きな能力を5つ付けるとか言いながら、イキナリ3つ消えたぞ!?」
「ご安心を。これは転生させるにあたり、追加出来るものとは別に付与される最低限の能力です。サービス能力と思ってください」
「それを先に言ってくれ……。心臓に悪い」
「では本命の5つは何を追加しますか?」
「そうだな……」
まずはロボット――戦術機ではない愛機が欲しいな。それだけで夕呼先生へのカードになるし、大きな戦力になる。
そこまで考えて、突然俺の中で必要な物が一気に揃った。
「まずモビルスーツをくれ。機体はガンダムデルタカイで、俺自身もパイロットスキルはエース並みに頼む」
「いきなり世界観に対してのオーバーテクノロジーときましたか。しかし、何故デルタカイなのですか? 殲滅という点であれば、ウイングゼロやストライクフリーダムと言った機体があるではありませんか」
「俺が一番好きな機体だからに決まってるだろ」
もちろんウイングゼロやストフリも好きだが、最も好きな機体を挙げろとなれば真っ先にこいつを選ぶ。
高火力のハイメガキャノンに加え拡散するフィンファンネル、メインのロングメガバスターと火力は申し分ないし、何より初見でウェイブライダーのフォルムに心を奪われた!
「後はナイトロがなくてもファンネルが使える様に、そこまで高くなくていいからニュータイプ能力を。それからメカ全般に関する開発技術の獲得と、宇宙に製造プラントを備えた拠点をくれ。出来れば地球から見えない場所に」
「おや、拠点はわかりますが地上ではないのですか?」
「宇宙だからこそ、人類もBETAもおいそれと手出し出来ないだろ? でだ、製造プラントは資材、戦艦、MS、そして食料の4つだ」
理想の拠点はダブルオーに出てきた外宇宙航行艦ソレスタルビーイング号だな。
プラント系を重視するなら、ガンバスターに出てきた全長70kmの戦艦エルトリウムでもいいが、流石にあれはデカすぎる。
「了解しました。では早速転生といきたいところですが、最後に容姿について説明します」
「何? 今のままじゃダメなのか?」
「元の体は原型をほとんど残していないので、新しい体を用意する必要があります」
言われ、事故現場に振り返る。
ミンチより酷い元俺の体が、そこにあった。
間違っても綺麗な顔なぞしておらず、汚ねぇ花火の残骸の方がしっくりきた。
自分を捨てるみたいで心情的には辛いが、仕方あるまい。さらば、20数年来の俺の体。
「了解した。で、新しい体ってのはどんなのだ?」
「こちらになります」
そう言って懐から取り出された体は、見たことのある赤い弓兵の肌と髪の色を変えたものだった。
白かった髪は黒く染まり、肌も元々のものであった日本人特有の色をしている。
「……何も言うまい。それでいいぞ」
「わかりました。 では早速、新しい世界へご案内しましょう」
そう言っておっさんは背中に手を突っ込み、あるものを取り出した。
「……なあ、一つ聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
「何故に金属バットを取り出した」
血のような赤い文字で逆転ホームランと書かれた黄金に輝く金属バットを見た瞬間、あからさまに嫌な予感とこれから行われるであろう光景を幻視し、あえて俺は問うた。
「これを見て今更確認するまでもないではありませんか。なぁに、ご安心を。痛いのは一瞬ですが、続けるうちに形容し難い快感へと変わりますよ」
「俺はそんな性癖を持ち合わせてないし、ごぅんごぅん唸らせる程のスイングを見せられて安心できるか!」
「細かいことを気にしていては禿げますぞ。潔く腹を括ってください」
おっさんの指パッチンと共にどこからともなく現れた強面マッチョの大男が二人、逃げられないよう両サイドから俺をガッチリホールドする!!
「では、行きますぞ!」
「おいこら待てぃ! もっとこうあからさまなゲートとか体を光らせての転移とかお約束な方法が――!」
「超! エキサイティン!!」
カッキィ――――ン!!
「ぬわーーーーーーっ!?」
神速のフルスイングで尻を打ち抜かれ、俺は今まで体感したことのない速度で自身にとって未知の領域――電離層を突破し、大気圏さえ置き去りにしてふと思った。
これがもしや、伝説のホームランバットによって体感できる世界なのか、と。
そんなどうでもいいことを思い、遠ざかる青い地球を最後に見た俺は、文字通り意識を無限の宇宙に委ねた。