Muv-luv Over World   作:明石明

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第2話

プトレマイオス2 ブリッジ

 

 

 Gステーションを発ってから早くも4日。道中に人工衛星を掌握し、無事地球に降下した俺は現在海中を伝って太平洋を抜け、ベーリング海を突き進んでいた。

 因みにこの艦は俺ではなく多数のハロたちによって運用されている。

 ぶっちゃけ新しい人員が欲しいところだが、それはまだ無理だ。出来るとすれば、香月博士と接触した後になるだろう。

 さて、もうそろそろカムチャツカ半島が見えてくるはずだ。

 確かこの戦闘で不知火がボロボロになるんだよな。

 ……ま、BETA潰してから基地に送り届けるくらいはしても大丈夫だろう。

 勝手にそう自己完結し、俺は出撃の準備をすべく艦長席から離れ、愛機の元へ向かうことにした。

 

 

 

ソ連領カムチャツカ前線補給基地。

 

 

 現在この基地は、かなりの規模のBETAによる襲撃を受けていた。

 未然に防げていたであろう出来事だったが、この基地は明らかな作為でBETAの侵入を許していた。

 何故か塞がれていなかったBETA侵攻跡の孔。

 基地全体に発生する強力なジャミング。

 極めつけは本来真っ先に出撃するはずの爆撃機が遅れ、基地で戦っている友軍を基地もろとも爆撃。

 爆撃機はその後、基地から離れた地点にいた光線級によって全て撃破されたが、補給基地にはまだ爆撃を逃れた衛士たちがいた。

 爆撃と光線級によって5名を失ったソ連軍ジャール大隊。そしてXFJ計画不知火弐型のテストパイロット、ユウヤ・ブリッジス少尉だ。

 だが不知火はBETAとの戦いで噴出跳躍ユニットと右手首がもげ、左腕に至っては肘から先がなく脚部も多大なダメージを受けていた。

 

 

「中佐! 先ほどの光線級と思われる熱源体が接近中! 数、およそ8!」

 

 

 その報告を受け、ジャール大隊隊長、フィカーツィア・ラトロワ中佐は小さく舌打ちし素早く状況を整理する。

 最早この基地は壊滅したと言っていい。しかしBETAーー特に光線級がいるとなれば、流石に放置するわけにもいかない。

 そんなことしようものなら極東絶対防衛線は瞬く間に瓦解し、人類は生存圏をさらに縮小することとなる。それだけはなんとしても避けなくてはならないのだ。

 ラトロワはカメラを回ながら思考を働かせ、作戦を組み立てる。

 

 

「キール、トーニャ。二人はこの坊やを――ん?」

 

 

 不意に、レーダーが新たな反応をキャッチする。

 新たな援軍かと思ったが、反応は一つだけ。IFFがアンノウンと表示されたそれは、自分たちの後方から真っ直ぐに迫っていた。

 

――まさか、もう口封じの死神を送り込んできたのか?

 

 

 一瞬そんな可能性が浮かんだが、アンノウンの速度が速すぎる。そして進路が少しだけ曲がり、光線級がいると思われる地点へと向かう。

 

 

「この速度……まさか、空を飛んでいるのか!?」

 

 

 光線級がいるこの状況では決してあり得ない進路と速度からそう判断し、やがてそれは自分たちの上空を駆け抜けた。

 白を基調に淡い紫のカラーリングをしたそれは航空機と呼ぶには少々ごてごてしており、ブーストの部分には足らしきものが見えた。

 機上には長い砲身のライフルを載せており、両翼の根元にはコの字型の何かが一つずつついていた。

 

 

「――っ、所属不明機! 光線級がいるんだぞ! 高度を下げろ!」

 

 

 とっさにオープンチャンネルで呼び掛けるが、無情にも鳴り響くレーザー警報。

 もうダメだ。この場にいた誰もがそう思った。

 そもそも、あの光線級が現れたからこそ人類は制空権をBETAに奪われたのだ。その光線級が支配する空を航空機で進むなど、自殺願望以外の何物でもないことは世界常識に等しいことだった。

 

 ――だが、その機体はその常識をいともたやすく覆した。

 

 

『ヌルい!』

 

 

 オープン回線から突然男の声が響き、急上昇したかと思えば機体から突如腕が生え、機首となっていた部分がシールドとなって左腕に。機上にあったライフルが右手に装備される。

 続けて翼となっていた部分がそれぞれ90度ほど曲がり、ブースターがスライド。そして空いたスペースから胴体とV字アンテナをつけたツインアイの頭部が姿を現した。

 

 

「な、可変型の戦術機だと!?」

 

 

 さらにあろうかとか、航空機から戦術機へと変形したそれはそのままレーザーなど意に介さないように回避し、そのまま手にしたライフルを構えトリガーを引いた。

 桃色の軌跡を描いたそれは着弾地点をえぐり、ただの一撃で半径数メートルを焦土に変えた。

 

 

「! まさか、電磁投射砲か!?」

 

 

 これには流石のユウヤも度肝を抜かれた。

 威力やサイズはまるで違うが、似たような兵器を自分も使ったことがあるため、そのライフルの攻撃がダブって見えた。

 しかしそれでも撃ち漏らしがあったのか、再び数本のレーザーが放たれる。

 それも踊るように回避した戦術機は再びライフルを構え、レーザーが放たれた地点を狙撃した。

 レーザー警報が解除され、レーダーから光線級が消えたことが確認できた。

 

 

「な、なんなんだあの戦術機は」

 

 

 白い戦術機は基地の中でも取り分け高い建物に降り立ち、基地全体を見渡すように頭部をぐるりと回した。

 

 

『現戦闘地域にいる全機体に告げる。確認できた分の光線級は全て排除した。これより基地の全BETAを殲滅するため、指定のポイントまで下がれ。繰り返す、指定ポイントまで下がれ。というか下がらなかった場合、巻き添えになってもこっちは一切責任を取らないぞ』

 

 

 再び通常回線から先ほどと同じ声が流れ、後退地点を示したデータが送られてきた。

 連続で起きた驚愕の出来事にしばし惚けていた衛士たちだったが、直ぐに冷静さを取り戻す。中でも一呼吸早く動いたのは、彼女だった。

 

 

「こちらはソビエト陸軍第18師団第211戦術機甲大隊、ジャール大隊隊長フィカーツィア・ラトロワ中佐だ。所属不明の戦術機に告げる、貴官の所属と階級、氏名を述べよ」

 

 

ラトロワの問いに男は「ふむ」と呟き、不遜な態度で答える。

 

 

『中佐、申し訳ないがその質問に応えることはできない。それよりも早く部隊を下げてもらえないか? 本当に巻き込まれても責任は取れないぞ』

 

「な、貴様! 中佐に向かってその口の聞き方はなんだ!」

 

「落ち着け、大尉」

 

 

 ラトロワに諌められ、ナスターシャ・イヴァノワ大尉は渋々引き下がる。

 

 

「因みに聞こう。貴様、本気でこの基地にいるBETAを殲滅出来ると思っているのか?」

 

『敢えて言わせていただこう。――その気になれば、ものの数分でこの基地を更地へと変えられるだけの火力がこちらにはある』

 

「テメェ、本気で言ってるのか!?」

 

『ただし、これは基地を完全に破壊し尽くしても大丈夫な場合に限った話だ。流石にそれはマズイから実行しないが、それでも5分以内に全滅させるのは簡単な話だ』

 

 

 条件付きの手段であると教えられるユウヤだが、それでも信じきれなかった。

 

 

「……全機、後退するぞ。キール、トーニャはそこの坊やをポイントまで連れて行ってやれ」

 

「中佐!」

 

「それだけの大口を叩いたんだ。ぜひお手並みを拝見させてもらおうじゃないか」

 

 

 ナスターシャの声を遮るように告げたラトロワに、男は自信たっぷりに返す。

 

 

『望むところだと言わせてもらおう』

 

 

 基地にいた戦術機が一斉に離脱を始めると同時に、白い戦術機はBETAが一番密集している地点へ向かった。

 その座標を見て、ユウヤは反射的に回線を開いた。

 

 

「――不明機! その地点にはこちらの試作兵器の重要パーツがある! それまで破壊するなよ!」

 

『ほぉ、なかなか無茶な注文をするじゃないか。だがはっきり言って無理だ。これだけBETAが集まってる中からそれだけ無事にしろというのは不可能だ。第一、それがまだに残っていると断言できるのか?』

 

「くっ……」

 

 

 言われ、ユウヤは下唇を噛みしめる。男の言う通り、電磁投射砲のコアモジュールに集まっているBETAは小型種を含めばおそらく100体どころでは済まないだろう。

 その中から戦術機の掌サイズしかないコアモジュールを使える状態で回収など、出来るわけがない。

 

 

『悪いが、お前の探し物は諦めてくれ。 ではこれより、BETAの殲滅を開始する』

 

 

 その一声と共に白い戦術機のライフルからピンク色の光が放たれ、密集していたBETAが一瞬にして塵芥へと成り果てる。戦術機はその場から跳躍すると眼下の小型種に向けて頭部から実弾を撃ち出し、ミンチよりひどい状態に変えていく。

 他のBETAもその戦術機の危険性を認識したのか、津波のように殺到し始めた。

 

 

 

ソ連領カムチャツカ前線補給基地。

 

 

「おー、面白いように集まって来るな」

 

 

 ロングメガバスターとバルカンしか使ってねーが、誘導する餌としては申し分ないみたいだな。

 BETAたちが真っ直ぐに俺のデルタカイに殺到しようとしているが、当の俺はというとバルカンぶっ放しながら滑走路の方へと向かっていた。

 

 

「流石に全部は無理でも、9割くらいは余裕で削れるか?」

 

 

 一人そんな計算をし、滑走路の端で停止して自分が連れてきたBETAと向き合う。おおぅ、前方のレーダー反応が真っ赤っかだ。

 機体の両側から迫る敵が居るが、これはライフルとバルカンで対応。

 そして広い滑走路を埋め尽くして迫るBETAに対し、俺は唇が釣り上がるのを感じながらシールドを突き出す。

 そのシールドにあるのは、この機体が持ち得る最強の砲門。

 

 

「さあ、遠慮なく受け取れ――ハイメガキャノン、ファイア!」

 

 

轟!!

 

 ロングメガバスターの火線が棒に見えるようなほど太いビームがシールドから撃ち出される。

 濁流のように俺に迫っていたBETAは放たれたエネルギーの奔流に飲み込まれ、大型小型の区別なく蒸発の道を辿った。

 

 

「はっはっはっはっ! 俺を殺りたければ戦力をあと10倍はもってくるんだな!」

 

 

 煙が晴れた先にBETAは存在せず、レーダーに映るのもごく少数だった。

 しかし不意にアンノウンの表記がレーダーの端に現れ、俺は高笑いしていた口を閉じる。

 このタイミングでアンノウン。ほぼ間違いなくジャール大隊の口封じ役だな。

 通常回線を開きラトロワ中佐に通信を入れる。

 

 

「ラトロワ中佐。今こちらのレーダーでアンノウンを確認したが、俺は残存BETAを殲滅後この戦域から離脱する。どうせ時間が経てばわんさか押し寄せてくるだろうが、この機体の情報を持ち帰られたら困るからな」

 

『情報については同感だがそうはいかん――と言いたいところだが、貴様の戦術機に抵抗されては無駄な犠牲を払うだけだ。こちらは撤退させていただく』

 

「賢明な判断に感謝する。だがそこにいるボロボロの戦術機がいる状態で、あの不明機から逃れられるとは思えない。そこで提案がある」

 

『なんだ?』

 

「損傷した戦術機は俺が基地まで送ろう。だから貴官らは先に撤退するんだ」

 

 

 

ソ連領カムチャツカ前線補給基地。

 

 

――こいつ、何言ってんだ!?

 

 ユウヤは今日何度目かもわからない驚きに直面した。

 飛行形態に変形し、なおかつ空中でレーザーを回避する戦術機。

 電磁投射砲より小型で高火力のライフル。

 シールドに装備された先ほどのライフルより強力な光学兵器。

 そんなどう考えても普通じゃない機能や装備を搭載した機体が、自分を基地まで送ると言い出す始末。

 正直、理解が追いつかなかった。

 確かにあの飛行形態に運んでもらえば、仲間が避難した基地に着くのはすぐだろう。だがそこまでして、この男に何のメリットがあるというのだ。

 

 

「アンノウンの対処はどうするつもりだ?」

 

『仕掛けてこなければどうもしない。だが撃ってくるようであれば、少し不自由な機動をしてもらうことになる』

 

 

 即ち、迎撃するということだ。

 

 

「少尉、貴様はそれでいいのか?」

 

 

 ラトロワに話を振られ一瞬考え込むユウヤだが、選択肢などないも同然だった。

 

 

「あんた、本気で俺を運ぶ気か?」

 

『同じことは何度も言いたくはないが、こっちは大真面目だ。打算的な考えは持ち合わせいないし、やりたいからやるんだ』

 

 

 ラトロワの時と比べ少し口は悪いが、声色は全くふざけていなかった。

 

 

「……中佐、行ってくれ。悔しいが、今の俺は文字通りお荷物だ」

 

「了解した。 そういうことで、我々は先に後退させてもらう。 必要ないかもしれないが、幸運を祈る」

 

『感謝する、ラトロワ中佐』

 

 

 全てのSu-37ubが離脱して行き、その場にはユウヤの不知火ただ一機だけが残った。

 

 

『よし、悪いがちょっと待っててくれ。さっさとBETAを殲滅してくる』

 

 

 男がそう言うと、突然戦術機の関節部分から青い炎を吐き出した。

 

 

 

ソ連領カムチャツカ前線補給基地。

 

 

 n_i_t_r_o(ナイトロ)

 ガンダムデルタカイに搭載されたニュータイプ能力を持たない一般兵に、擬似的にニュータイプ能力を付加するサイコミュシステム。

 これを使えば一般兵でもニュータイプ専用であるサイコミュ兵器、ファンネルを扱うことができるようになる。

 ただこれはどちらかといえば強化人間に近い状態を作り、結果的にパイロットに大きな負担を掛けてしまう代物だ。

 俺はニュータイプなのでこれを使うことはまずないので普段はこのシステムをオフにしているのだが、今回はこのシステムを餌にするためにあえて使用する。

 

 

「ちっ、システムに頭を弄られてるみたいで気持ち悪いな。 さっさと終わらせるか」

 

 

 システムに釣られて出てきた残りのBETAを睨み、ロングメガバスターで狙撃していく。

 ものの数十秒でレーダーから赤いマーカーが消え、ユウヤの青いマーカーとアンノウンのオレンジのマーカーだけが残った。

 

 

「残存BETAなし。撤退するから腕を上げてろ。飛行形態のまま掴み上げる」

 

 

 ユウヤから了解と返事があり、ナイトロを停止させた俺はありったけのチャフスモークをばら撒き、その場でウェイブライダーに変形しようとする。

 

 

――ゾクッ!

 

 

「っ!?」

 

 

 背中に悪寒が走るのを感じ、反射的にフットペダルを踏み込む。

 ほぼ同時にアラートが鳴り響き、自分がいた位置を何かが切り裂いた。

 自分が撒いたチャフスモークでレーダーが弱まっているが、一瞬見えたマーカーは黄色。例のアンノウンが的確にこちらを狙ってきていた。

 中佐にああ言った手前反撃の一つでもしてやりたいが、手負いの僚機がいる今はそんな悠長なことはしてられない。

 

 

「ちっ――離脱する! 急激なGに気をつけろ!」

 

 

 忌々しそうにアンノウンに向かって舌打ちをして今度こそウェイブライダーに変形しつつチャフスモークを抜け、ユウヤに向けてそう叫ぶ。

 指示通りに待機していた不知火に向けてウェイブライダーのまま片腕を出し、挙げられていた腕を掴む。

 

 

『くっ!』

 

 

 接触回線から苦悶の声が聴こえたが、強化装備の性能を信じてさらに加速――蒼穹の空へとその身を躍らせる。

 アンノウンが追撃を仕掛けようとしていたが、空を翔けるこちらとの差は一方的に広がっていく。

 その反応がレーダーから消えるまで、そう長い時間はかからなかった。

 

 

 

国連北極海方面第6軍 ペトロパブロフスク・カムチャツカー基地

 

 

 基地の入り口で朱に染まる山を見つめる人影があった。

 長く伸びた日本人らしい黒髪。身に纏った国連軍の制服は左腕がむき出しになっているが、そこに巻かれた包帯が浅いとは言い難い傷があることを物語っている。

 そして何より彼女――篁唯依の顔からは悲壮感が漂い、周りの空気を重くしていた。

 そんな彼女を後方より見つめる5つの人影があった。

 アルゴス試験小隊。唯依が責任者であるXFJ計画で不知火弐型の開発を担当している部隊だ。

 

 

「唯依姫、キッツイだろうな」

 

 

 長身の男――VGことヴァレリオ・ジアコーザが呟くと、そばにいたステラ・ブレーメルが「そうね」と同意する。

 この中にいるはずの人物――ユウヤ・ブリッジスがステラと唯依を逃がすべく、大破寸前の機体でBETAに向かったままなのだ。

 しかし、機能停止寸前でBETAに囲まれていたとあっては助かる見込みなど皆無であることも、このメンバーは十分に理解していた。

 

 

「今は一人にしてやれ。 さ、いくぞ」

 

 

 隊長のイブラヒム・ドーゥルがそう促すが、先の二人だけでなく衛士のタリサ・マナンダルやユウヤの親友であり、整備士のヴィンセント・ローウェルもその場から動かなかった。

 

 

「……ユウヤ」

 

 

 父の形見である懐中時計を握り締め、唯依はBETAがひしめく基地に残った男の名を呟いた。

 最後に見た彼の機体は各部が既に耐久力の限界にあり、いつ壊れてもおかしくない状態にあった。

 

――私は、XFJ計画の責任者。こうして、いつまでも私欲に耽溺することはできない。

 

 思い返されるここ数ヶ月の彼とのやり取り。

 ようやく名前で呼び合えるほど信頼し合えるようになったというのに、最後にこの結末は彼女にとっても大きく堪えた。

 揺れる瞳で見つめていた世界から、逃げるように踵を返そうとする。

 

 

 

 

 

 ――そうしかけたところで、揺れていた瞳がそれを捉えた。

 

 

 

 

 

 最初は雲かと思った。だが徐々に音が大きく聞こえ、その輪郭が露わになる。

 

――あれ、は。

 

 T字の雲に見えたそれは徐々に大きくなり、歪な戦闘機と人型のものになった。

 

――あれは。

 

 人型は本来ないはずの色に塗れたうえに左腕がなく、本来あるはずのユニットなどがゴッソリと抜け落ちていた。

 

――あれは!

 

 そして頭部を見た瞬間、唯依の中で何かが弾けた。

 

 

「ユウヤ!!」

 

 

 見紛うはずがない。もう二度と戻らないと思っていた、彼の不知火弐型だ。

 

 

 

カムチャツカ半島 上空

 

 

 流れる景色を見て、ユウヤは言葉を失っていた。

 光線級に奪われた人類の空。それを自分は今、戦術機で飛んでいた。

 確かに訓練で長時間跳んでいたことは何回もあった。

 だが、これほど飛ぶということを感じたことはなかった。

 

 

『おい。さっきから一言も喋っていないが、大丈夫か?』

 

 

 不意に、接触回線で自分をここまで連れてきた男に呼ばれる。

 

 

「ああ、大丈夫だ。だが掴まれている部分がそろそろヤバイ。あと5分ともたないぞ」

 

『安心しろ、基地までそんなにかからない。第一、最初からいつイかれてもおかしくない状態だったんだ。むしろここまでよくもった方だ』

 

「……確かにそうだが」

 

 

 呟くのとほぼ同時に、山の向こうに基地があるのが見えた。

 

 

「間違いない、ペトロパブロフスク・カムチャツカー基地だ」

 

『了解。というかよく覚えてるな、そんな長い名前』

 

 

 どこか呆れたような男の声を聞き、ユウヤはずっと思っていたことを口にする。

 

 

「なあ、あんたは何者なんだ。しかもこの規格外な戦術機、どこで開発されていたんだ」

 

 

 この質問は予想されていたのか、男はどこか余裕のこもった声で答える。

 

 

『残念ながら答えられることは皆無に等しい。が、今答えられるのは俺が日本人で、この機体は機密事項ってことだけだ』

 

「な、日本人だと!?」

 

 

 根っからの日本人嫌いであるユウヤは、今まで話していた相手が日本人だと知り僅かに嫌悪感が滲み出たが、それ以上に助けられた礼とこの機体が日本産かもしれないという感情が強かった。

 

 

『あ、先に言っとくがこいつは日本産じゃないからな。出処も含めて全てが機密事項だ』

 

「……そうか」

 

 

 どこか釈然としないまま返すと、基地がもう目と鼻の先まで来ていた。

 

 

『さて。手を離して降ろすつもりだが、そんな機体で大丈夫か? 特に足回り』

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

『――ってバカヤロウ! フラグを立てるんじゃない!』

 

「……は?」

 

 

――いきなり何言ってんだ、コイツ。

 

 

『神は言っている。ここで死ぬ定めでなはいと。そういうわけだから、確実に降ろすから一度変形するぞ』

 

「いや、わけが分からないし本当に大丈夫だぞ。確かに脚部はすぐにでも壊れそうだが、着地くらいはーー」

 

『余裕をかますんじゃない! あり得ない死に方に定評のあるAn○therなら確実に死ぬぞ!』

 

「いや、なんの話だよ!? しかも何故か伏せなきゃいけない箇所が伏せれてない感じがするし、確実に死ぬってどんな死に方だ!」

 

『具体的にはこの場合、着地と同時に脚部が本格的にぶっ壊れ、機体が前のめりに倒れると同時にジェネレーターが爆散する』

 

「妄想が飛躍しているだけじゃねえか!」

 

 

――さっきから思ってはいたが、やっぱりコイツは頭がおかしい!

 

 

『とにかくだ! 万全を期すために人型になってから降ろすぞ!』

 

 

 基地の手前で機体が急上昇し一瞬浮遊感に包まれたが、すぐにあの戦術機に掴まれていた。

 ふと地上を見下ろすと、唯依を先頭に仲間全員が驚いた顔をしていた。

 タリサに至っては指を突きつけて腕を振っている。

 

――まぁ、あんなのを見せつけられたらそうなるよな。戦闘機に変形する戦術機なんて、見たことなければ聞いたこともないからな。

 

 ゆっくりと着地し、ユウヤは不知火に片膝を付かせる。無論、脚部は壊れなかったし爆発もなかった。

 

 

『大丈夫みたいだな。それじゃ、騒がしくなる前に退散させてもらう』

 

「ああ、助かった。あんたがいなかったら、正直どうなっていたことか」

 

『気にするな。 それじゃ、縁があったら因果の交差路でまた会おう、ユウヤ・ブリッジス』

 

「……? おい、俺名前を教えーー」

 

 

 教えたかと訪ねようとする前に男は戦術機を発進させ、再び戦闘機に姿を変えるとあっという間にレーダーの範囲外へと消えて行った。

 

 その日、とある国連の基地で謎の戦術機についての報告があった。

 

 曰く、航空機に変形する。

 曰く、光学兵器を使用する。

 曰く、関節部分から青い炎を吹き出すとBETAが集まりだした。

 曰く、衛士は日本人と名乗るが、機体の開発国は不明。

 

 話の元が放棄された基地から生還した衛士ということから、上層部は錯乱した際に見た幻覚と片付けようとした。

 しかし、その衛士が乗っていた戦術機に残っていた戦闘記録に証言通りの映像が残っており、その機体を不明の戦術機が戦闘機形態で基地まで運んだという目撃証言が多数あった。

 その映像をみた全ての国がこの映像の衛士と戦闘機の調査に乗り出したが、全て徒労に終わったのはまた別の話。

 

 

 

プトレマイオス2 ブリッジ

 

 

 基地から全速で離脱してトレミーに戻った俺は、ブリッジの艦長席にぐだっともたれかかっていた。

 慣らし運転と実戦慣れを兼ねたTEメンバーへの介入。全体的に見れば概ね成功したと言えることだったが、一つだけ気にかかることがあった。

 撤退直前、チャフスモークの中で切りかかってきたあの機体についてだ。

 レーダーも視界も封じたのに的確に攻撃してきた機体。

 ガムシャラの偶然ではない。攻撃が来る直前、明確な殺意を感じた。あれはそこにいると確信された上で振るわれた一撃だ。

 では何故そこに俺がいると確信していた?

 レーダーに偶然引っかかったのか、それともまだそこにいるという確信があったのか。

 

 

「間違いなく後者だな。でも確信する材料はなんだ?」

 

 

 相手がESP能力者だったとしても、おっさんの力でリーディング対策されたはずだが――

 

 

「いや、むしろこれを利用したのか?」

 

 

 リーディングできないが故に特異点となり、余計に見つかりやすくなっているのならば説明はつく。

 だとすればどうしょうもない問題だな、これは。

 ともかく、このまま予定通り横浜に進路を――

 

ビィーッ! ビィーッ!

 

 そこまで考えたところでエマージェンシーコールが鳴り響き、反射的に跳ね起きて索敵システムを確認するが問題なし。

 そこへ艦内チェックをしていたハロから報告が入る。

 

 

「MSデッキ二高エネルギー反応アリ! MSデッキ二高エネルギー反応アリ!」

 

「MSデッキだと!? 俺の機体に使徒でも取り付いたか!?」

 

 

 ほざきつつ映像をモニタに回すと、ホワイトアウトしそうなほど強い光が映し出された。

 

 

「ハロ! 他に反応はあるか!?」

 

「生体反応アリ! 生体反応アリ! 誰カイル! 誰カイル!」

 

「……BETAが現れたなんてのはやめてくれよ」

 

 

 やがて光が弱まり、中から現れたそれに俺は予想以上の衝撃を受けた。

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 

 何処かの学校と思われる白い制服を纏った18くらいの男が大の字で倒れていた。

 少し厚めの茶封筒と普通のメモリスティックが側に転がっているが、この際それはどうでもいい。

 一番問題なのは、男の方だ。

 本来ここに出てくるべきではなく、現れるのは2ヶ月後の柊町だ。

 それなのに、だと言うのに……!

 

 

「なんでもうループしてくるんだよ我らが白銀武!!」

 

 

 この世界における本来の主人公、武ちゃんこと白銀武の姿がそこにあった。


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