日本帝国 帝都 帝都城 謁見の間
星が空を支配する夜の帝都。そのシンボルとも言える帝都城謁見の間に存在する複数の影。その上座に座する煌武院 悠陽の前に、二人の男がいた。
一人は少し若い国連軍大尉の階級をつけ、もう一人は先ほどの大尉よりは年上のようだが、それでも十分若い国連軍の中佐だ。
「本日は御多忙の中、我々のために時間を割いていただき、誠にありがとうございます。私は国連軍横浜基地所属、神林 零 臨時中佐でございます。そしてこちらは横浜基地副司令、香月夕呼博士直属の部下にしてオルタネイティブ第4計画の最重要人である白銀 武 大尉になります」
中佐の男――神林 零が深々と礼をすると、やや後ろに控えていた武がぎこちなく礼をする。
――零! 確かに殿下には会えたけど、こんな居心地の悪い空間だったなんて聞いてないぞ!?
冷や汗をダラダラと流しながら、武は現在の状況を整理する。
まず正面には悠陽がいる。これは当然であり、分かり切っていた。
しかし、自分たちの両サイドには悠陽のお側役である月詠真耶大尉を筆頭に、紅蓮大将や榊総理大臣。そして珠瀬国連事務次官に帝国技術廠の巌谷中佐まで囲んでいるのだ。
しかも真耶に至っては視線に殺気を込めて武を見ている。
これで平然としていられるような精神を持ち合わせていない武は、ただただ早く終わってくれと祈るばかりであった。
ちなみに鎧衣課長は部屋の隅にいるが、相変わらずトレンチコートを着ていた。
「お二人とも、面をお挙げください」
促され頭を上げる二人に、悠陽は問う。
「白銀大尉。あなたが第4計画の最重要人というその理由を話してもらえますか?」
「は、はい。――まず始めに、自分はこの世界を繰り返しているということから、お話することになります」
昨日、夕呼に話したことを再び告白する武。最初は半信半疑だった面々だが、冥夜のことと帝都城でも一部の人間しか知り得ない地下鉄道の存在を知っていることから、夕呼が提唱した因果律量子論によってここにいるという確信に近いものを感じた。
特に彼への見方が変わったのは月詠真耶だ。
始まる前、従姉妹の月詠真那から冥夜の教官として現れた武のことを知らされた真耶は、帝国のデータベースにてその身元調査を行った。
記録上では既に死亡しているとあり、別人が悠陽を誑かすため身元を偽ってここまで来たかと思っていた。
しかしクーデターに始まり、桜花作戦の結末を聞きいた彼女は武の評価を改めた。
そして最も武の語ったことが響いたのは、煌武院 悠陽その人だった。
「白銀……いえ、武様。そなたに、多大なる感謝を」
「ちょ、頭を上げてください殿下!」
自分の前まで来て頭を下げた悠陽に武が慌て、ほぼ同時に室内が騒然となるが、それは当然と言えるだろう。一国の代表が衛士一人に頭を下げるなど、そうそうあることではないからだ。
「別の世界ですがそなたは間違いなく日本――いえ、世界に大きな希望を与えたのです。ならばこそ、希望を与えた者たちからの感謝を受けねばなりません。そしてこの私も、そなたより希望を頂きました」
「そんな、過大評価しすぎですよ。それに俺は冥夜を、自分を愛してくれたあなたの妹をこの手にかけてしまった。罰を下されても文句を言えるわけがない」
自嘲するように答えるが、悠陽は首を振る。
「あまりご自分を責めないでください。この戦争には、いつだって残酷な選択が付きまといます。それでもなお罰を求めるならば――武様。誰一人失うことなく、この世界に希望を見せてください」
「……はい。必ず、必ずみんな救ってみせます!」
その答えに悠陽は柔らかい微笑みを浮かべる。
再び元の席に戻ると、今度は一転して引き締まった表情で零に問う。
「神林中佐。香月博士を通して送られてきた資料、あそこに記されたことは誠ですか?」
「はっ。嘘偽りなく、真実のみをまとめて送らせていただきました」
「――そなたがこの世界とともに来たという巨大な人工衛星……Gステーションと言いましたか。私たちを案内する用意があるとのことですが、間違いないでしょうか?」
「はい。ただし所在が月の裏側になりますので、こちらの宇宙戦艦で最速でも片道に2日。復路は推進ブースターを取り付けることで1日で戻ることができますが、資材の積み込みなどを計算して合計5日程の旅になります」
「じ、実質3日で月と地球を往復するというのかね!?」
思わず珠瀬事務次官が聞き返すと、零は「その通りです」とごく普通に断言する。
一部を除く全員が信じられないと動揺を隠せない。そんな中、落ち着いた様子で挙手をする人物がいた。
「……神林中佐、一つ訪ねたい」
帝国技術廠より出向いてきた顔に大きな傷跡のある男、巌谷 榮二 中佐だ。
「先日、不知火の改修計画として出向している私の部下から謎の戦術機と出会ったとの報告を受けたのだが、それは貴官のことだろうか」
その言葉とともに取り出される一枚のデータディスク。
その存在を認識すると、先ほどの喧騒が一瞬にして止んだ。気づけば鎧衣がいつの間にか再生機器とプロジェクターをセットしており、巌谷中佐からディスクを受け取って再生させる。
――そこには、この世界の技術と戦術の常識を覆す映像が収められていた。
日本帝国 帝都 帝都城 謁見の間
巌谷中佐が取り出したディスク映像が再生されて早数分。
プロジェクターには戦術機の視点から撮影された俺のデルタカイがBETAを殲滅しているシーンが映し出されていた。
デルタプラスを動かしたことのある武も、その映像を見て言葉をなくしている。
「初めはあまりにも既存の戦術機から外れたこれがなんなのかわからなかった。だが殿下より預かった資料の機体、デルタプラスというものと類似点が非常に多かった。 私はあの機体がデルタプラスを元にして開発されたと推理したが、どうだろうか?」
さすが開発出身者。まあ資料を見比べればすぐにわかることか。
「中佐が仰った通りです。あれはデルタプラスの運用データを元に基本性能の向上と特殊装備を実装させた私の愛機――名をガンダムデルタカイと言います」
皆がガンダムに目を向ける中、月詠大尉が口を開く。
「神林中佐。我々にこれだけの技術を公開して、貴官は何を求める?」
「何を求める、ですか。こちらとしては、戦艦を整備するための簡易ドックを帝国領内に建設することを許可していただけるのと、殿下と私の間で協力関係を結ぶことができれば。その条件として私は戦術機開発に可能な限り協力を惜しまないことと、この場にいる全員をGステーションに招待する用意があります」
「おいおい、そりゃちと大盤振る舞いすぎやせんか? 実質こちらが戦艦のドックに対して、お前さんは自分の本拠地への招待と戦術機開発での技術提供。どう考えても釣り合わんわい」
紅蓮大将が少し呆れ気味に言うと、何人かは同意と言うように頷く。
確かにこれだけ好条件を出されたら反応に困るというものだろう。
だから俺は、状況と技術格差を引き合いに出すことにした。
「こちらとしてはそれ以上望むものが思いつきませんでしたので。第一、今のこの国にはそれ以上出せる余裕はないはずです。ただでさえハイヴを抱えているのに、その上私から無理な注文をされれば国が傾きかねませんよ」
耳が痛いと言った風に一同が顔を顰める。
与えられてばかりでは納得いかないが、かといって差し出せものがない。そんなジレンマが手に取るように分かってしまった。
「どうしてもと仰るのでしたら、そうですね……帝国から人材を少しばかり分けていただけませんか? 香月博士から特別開発部門を任されたのですが、まともに動けるのが私しかいないのですよ」
呼び寄せたあの二人は引き抜きに成功すれば武器の試験を主にやってもらうつもりだし、開発だけでなく特別な部隊としても機能させるつもりだから人手不足は早めに解消しておきたい。
「神林中佐。一つ聞かせてくれませんか」
「何なりと、殿下」
「そなたは何故ここまでのことをなさろうとするのですか? 恥ずかしい話ではありますが、もしこの日本からBETAをなくしても我が国にはその恩に報いることが出来ないかも知れないのですよ」
「何のために、ですか」
究極の目的は出来る限り――最低でも地球圏からBETAを殲滅し、その過程で武や香月博士に協力して第4計画の完遂と第5計画のG弾使用を頓挫させること。
あと理由があるとすれば――
「まあいろいろと理由はありますが、私も日本人ですから。別の世界とはいえ、祖国が無くなるのは嫌なんですよ」
これは偽らざる俺の本心だ。しかしその答えに、全員がポカンとした表情になる。ほんの僅かな間が空き、唐突に紅蓮大将が噴き出した。
「ふっはっはっはっは! なるほど! そう言えばお主も日本人じゃったな!」
「確かに。見たことがない技術や異世界から来たと言う先入観が強くて、そのことをすっかり忘れておりましたな」
釣られたように榊総理大臣が笑みを浮かべ同意するように答えると、残りの面子も何処か納得した表情になった。
「そう言う訳ですので、殿下。すぐに決断は求めません。Gステーションをご覧になってからでも構いませんので、どうかご留意ください」
「わかりました。それではGステーションを拝見してから判断させていただくということで」
「感謝します。日程が決まりましたらご連絡ください」
深々と頭を下げ殿下の決断に感謝するが、内心ではどうにか話がまとまったことに安心していた。
後は日程が決まり次第トレミーに博士たちを乗せて戻るだけだな。
――出来れば、あの二人を連れて行きたいところだけどな。
輸送機 国連軍欧州戦線発 国連軍横浜基地行き
零と武が帝都城を出発し横浜基地に戻っている頃。国連軍欧州戦線きっての狙撃手、ニール・ディランディ中尉は考えていた。
今朝いきなり上官に呼び出されてみれば、日本の横浜基地から出頭命令が出たと告げられた。
しかも理由は不明だが基地指令からの通達ときたものだから、ニールとしては余計に訳が分からなかった。
初めは自分を引き抜くためかと思ったが、それなら基地指令を通す必要などないはずだ。
「……横浜基地、か」
噂では魔女と呼ばれる天才がいる魔窟で、一度引き込まれたらただでは出られないという場所らしい。
曰く、記憶を抜かれる。
曰く、実験台として脳みそを弄くられる。
曰く、改造されて人間では無くなる。
同僚たちが笑いながらそんなことを口走ってたあたり、割と間違った認識がまかり通っているのだろう。
ひとつわかることは、ただ事ではない何かが待ち受けているだろうということだ。
――前々から思ってたが、俺は貧乏くじを引く星の元に生まれたってのかよ。
両親と妹が戦場でBETAに殺され、双子の弟は何処かの戦場でMIA認定された。
生きているのか死んでいるのかもわからないが、ニールは彼が生きていると信じていた。そのために故郷のアイルランドをBETAから解放し、弟が帰る場所を取り戻すために戦っていた。
――だというのにいきなり地球の裏側とも取れる極東の、しかも曰く付きの噂が絶えない横浜基地からの出頭命令。
憂鬱な気分になりながら、ニールはせめて噂がデマであることを祈ることにした。
輸送機 国連軍アフリカ戦線発 国連軍横浜基地行き
ニールが横浜基地について考えていたのと同時刻。アフリカ戦線エースの一人、グラハム・エーカー大尉もまた横浜基地について考えていた。
突然通達された出頭命令。しかも場所が悪名高い横浜基地ときた。
極東の最前線からの連絡というのもあり、グラハムは確信に近い予想があった。
――十中八九、引き抜きの話だろう。本来ならば拒否したいところだが、軍の決定には従うしかあるまい。
そう思うものの、呼び出された場所が故郷アメリカで無かっただけまだよかったとも思っていた。
彼は成すべきことを成し遂げるまで、祖国の地を踏む気は無かったからだ。
グラハムにはかつて、誇り高い二人の部下がいた。そして彼らとは上官と部下である前に同じ夢を持った同志であり、何者にも代え難い友でもあった。
元々、戦闘機のパイロットになりたくて彼らは軍に志願した。しかし光線級の出現により人類は制空権を奪われ、戦闘機はただの的同然の存在になってしまった。
BETAを殲滅し、全ての人類に大空を取り戻す。
それがグラハムたちが掲げた夢だった。
しかし数年前、負傷した自分を生かすために二人は命を燃やし、帰らぬ人となった。
志半ばで散って行った彼らの想いに応えるべく、この戦争が終わるまで祖国の大地を――誓いを交わした土を踏むつもりはなかった。
――魔女だろうと阿修羅だろうと関係ない。私は私の道を征くだけだ。
ただ静かに、グラハムは己の決意と想いを固める。
阻むもの全てを斬り捨てる覚悟を持って。
どうにか年内に最新話を上げることが出来ました。
完結を頑張ってくださいとのコメントに応えられるよう、来年も頑張りますのでよろしくお願いします。
それでは皆様、良いお年を。
私は明日も0630時から仕事ですがorz