魔法少女リリカルなのは 黒騎士の憂鬱   作:孤独ボッチ

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 随分長い期間投稿出来ませんでした。
 いつもの調子で長くなっています。
 一話で二度胃もたれする仕様になっています。

 それではお願いします。





第4話

              1

 

 ???視点

 

「〇〇〇様。おはようございます。本日のご予定は…」

 朝の目覚めにむさくるしい男が、人を無礼にも起こし、許可も得ずに話し出す。

 所詮は下賤な者か。

 最初は女が起こしにきた。

 だが、俺が慈悲を与えてやると、すぐに姿を消した。

 仕舞いには男しか私の周りにいなくなった。無礼な話だ。

 下賤な女に、この俺が慈悲を与えてやった事に苦言まで言う輩まで出始めた。

 次期王になるこの私に仕える喜びを理解しない輩が多過ぎる。

 それもこれも父上が、下賤な連中に勘違いをさせたのが原因だ。

 私が王になった時には、真っ先に勘違いを正す必要があるだろう。

 

 私は古きミッドの王家に生まれた。

 後継者は何人か存在したが、盆暗ばかりで真面なのは私だけだ。

 私は母から、王の振る舞いについてよく言い聞かせられていたから、承知した

ものだが、他の後継者は所詮はどこの馬の骨とも知れぬ女の胎から生まれた連中

だ。王には王者として振る舞う義務があるのだ。

 だからこそ、思うが儘に振る舞った。

 

 そして、そんな日々は暗転する。

 

 私に屈辱を与え、晒し者にして憎き簒奪者が何事か喋る。

 愚民共が歓声を上げる。

 お前の魂胆は分かっている。

 私を貶める事で、愚民共に媚び諂い、愚か者共に真の王を否定させる事だ。

 愚民共など、少し心地の良い話をしてやれば容易に騙せるからな。

 私は近付いてきた簒奪者に唾を吐いてやった。

 簒奪者は、眉を寄せて無言で去って行った。

 

「貴方の暴虐に人々は苦しめられてきた。最早、誰も庇い立て出来ません。命を

奪う事すら生易しい。貴方を精神の牢獄へ繋ぎます。ミッドの至宝に封じられる

だけ、有難いと思う事です」

 

 司法官の無能がそんな事を宣った。

 そして、私の高貴な身体は殺された。

 

 精神が無機物に封じられ、身動きが取れず狂いそうになる日々が続いた。

 だが、耐えた。簒奪者への憎しみを糧に。

 そんな気の遠くなる時間の中で、簒奪者連中が死に、国が滅びた。

 私の国だった筈の物がなくなった。

 そのゴタゴタで私の封印が緩んだ。

 私を封印していた術式を刻んだものが、削れたのだ。

 そんな時、元は我が国の至宝が転がり、私の目と鼻の先にきた。

 運命だと思った。

 これは真の王たるこの私に、至宝が反応したのだ。

 私の身体は遠にない。

 至宝に私は精神を移した。

 

 それから幾つもの国が滅びては興った。

 私は至宝の力をその間に把握した。

 その力を利用し、遊んだ。

 指先一つで都市を灰燼に帰す兵器を飛ばした時は、楽しかったものだ。

 

 そんな事を思い出していると、予想より早く望む時はやってきた。

 潤沢に広がる霊脈。素晴らしい。

 今、憑いている女の意識を追い遣る。

 女は、僅かな抵抗をしたが、すぐに大人しくなった。

 女はこうでないといけない。

 

 私は本物の顔で笑顔を浮かべた。

 

 

              2

 

 いよいよコンサートの当日がやってきた。

 会場は有名なコンサート会場だった。

 まだ開演前だというのに、人が長蛇の列になっている。

 日本のマスコミは勿論、海外のマスコミもカメラを構えている。

 周りの若い客はテレビに映るかもとか、盛り上がっていた。

 警備員の数も多いし、外国人のボディーガードらしき人達も見掛ける。

 海外の有名歌手ともなれば、日本のアイドル以上に厳重な警備体制になるんだね。

 日本のアイドルの警備体制の実態は知らないけど、多分そうだろう、きっと。

 それにしてもなんだか空気が殺気立ってる気がするな。

 日本人警備員も外国人ボディーガードも雰囲気が違う。

 実際になんらかの脅威があるような空気だ。

 私の気の所為ならいいけど…。

 

 順調に客の収容が進み、私達家族の番は結構早くきて会場に入る事が出来た。

 そこで私は立ち止まる。

「ん?どうしたんだい、美海?」

 父上が私の様子に不審な様子を感じたのか、訊いてきた。

 母上も同様で心配そうに見詰めている。

 いかん。

 私は無理矢理笑顔を作った。

 王様なんてやっていたから、作り笑いは得意分野だ。

 どっかの魔王さんが王様なんてハッタリでやっていると言っていたが、私もその口

だった。実際、平和な時代に生きた凡人が王様やるなら、ハッタリ抜きにやれない。

 まあ、要はバレないようやれるって事だ。

「初めてなので、少し圧倒されてしまいました」

「うん。ならいいんだけど。気になる事があるなら言っていいんだよ?」

 私の答えに納得していない口調だが、父上は取り敢えず今は訊かない事にしてくれた

ようだった。正直、助かります。

 ベルカ時代、部下を信頼しなかった訳じゃないけど、会場の安全確認とか自分でも

やっていたから、今度も無意識にやってしまったのだ。結果、やって正解だったけどね!

 無意識に精霊の眼(エレメンタルサイト)を起動して、調べたら出てしまった。

 ヤバいブツが。ヤバい危険人物候補者が。

 しかもこの世界にいない筈の魔力反応まで複数存在している。

 それになんだか、一つ厄介な気配だよ…。

 まあ、一応()()()()か…。

 

 私は天を仰ぎそうになった。

 前世の行いの悪さなの? 

 会場内の要所要所に既に爆弾が仕掛けられている。

 爆発すれば会場が瓦礫の山と化すだろう。

 しかも、私が座る予定の席の下にバスケットに入った爆弾がモロに置かれている。

 私の席の下という事は、必然的に今生の両親にも迷惑が掛かる。

 

 これは、私に牙を剥くよりも許せない行為だ。

 

 こんな私を家族だと言ってくれた人達を殺そうして、ただで帰れると思うなよ。

 私は精霊の眼(エレメンタルサイト)で全ての爆弾の在処、設置した人間を探り、

まずやるべき事を片付ける。

 爆弾の処理だ。

 雲散霧消(ミストディスパージョン)を発動させ、一瞬にして爆弾を分解処理してやる。

 設置した奴が気付いて、妙な動きを見せると厄介だ。

 ここは爆弾魔から始末する為にも、設置した奴から締め上げよう。

 上手くすれば、本人かもしれないし。

「ちょっと、トイレに行ってきたいから先に席で待っていて下さい。すぐに戻り

ますから」

 私は笑顔を維持したまま言った。

「一緒に行かなくて大丈夫?」

 母上が私にそんな事を訊いてくる。

 いやいや、もう小学生だし、そもそも精神年齢はもっと上なんですけど…。

 付き添いでトイレなんて行かないよ。

 賢明な私は勿論そんな事は言わない。

 私は両親から離れると、トイレ方面に向かったフリをして追跡を開始する。

 魔法を使う方は、取り敢えず存在を気取られれないように動いていれば、後に回せる。

 一番厄介な気配は、今のところは変な動きはなし。

 いや、人に干渉していないというだけで、霊脈に干渉している。

 こっちも急ぎたいところだけど、後回しだ。

 そうと決まれば、サッサと片付けますか。

 私は凡人時代から、嫌な事は手短にやりたい質だったんだよ。

 

 実戦を意識した瞬間に、私の中に懐い感覚が蘇る。

 帰って来たという失望と、培った力を解放出来るという度し難い喜びが入り混じる。

 バカは死んでも治らないね、本当に。

 何一つ学習しちゃいない。嫌になる。

 そんな事を思っていても、身体は勝手に駆け出している。

 子供のままの姿と気付いて、慌てて立ち止まる。

 このままだと不味いか。

 私は変身魔法で自分が成長した姿になる。一度経験しているから想像が楽だ。

 姿をチェックする。

 うん。大体二十代くらいの頃だね。

 服もボディーガード風にスーツにバイザーで目を覆っている。

 よしよし。パッと見、私とは分からないだろう。

 

 さて、身の程知らずに教育してやるとするか。 

 

 

              3

 

  なのは視点

 

 私は突然、コンサートに行く事になった。

 私は知らないけど、凄く有名な歌手さんがウチと仲良かったんだって。

 それで、私も丁度日本に来てコンサートをするから聴きに行く事になった。

 私にも紹介してくれるんだって。

 楽しみだなぁ。仲良くなれるといいな!

 お兄ちゃんとお姉ちゃんは、その人を護るお手伝いで一緒に聴けないのが、ちょっと

残念だけど…。会場のどこかで聴いてるよね。

 並んでいると、どこかで見たような覚えのある子が居たのが見えた。

 声を掛けようにも、遠くて無理だし、会場で会えたら挨拶しようと思った。

 

 でも、なんか空気がピリピリしてるような?

 

 

              4

 

 

 ザ・ファン視点

 

 いよいよ彼女を手に入れる日がやってきた。

 楽しみで珍しく昨夜は興奮してしまったよ。

 プレゼントも沢山用意してある。

 大した価値のない遺産を受け渡し、彼女との生活を始める。悪くない仕事だ。

 しかし、エリス。彼女も成長したものだ。侵入にここまで苦労するとは。

 偽造書類が役に立たない上に、警備も隙が無い。 

 侵入には、柄でもない戦闘をする羽目になった。

 まあ、報告が暫く出来ないようにしてきたがね。

「失礼。ミスター」

 後から声が掛かる。

 女の声だ。

 振り返るとスーツ姿の女が立っていた。

「なんでしょうか?」

 にこやかに対応するが、銃は既にいつでも撃てるようにしてある。

「スタッフパスを提示して下さいますか?」

 女はバイザーを付けており、感情が読み辛い。

「ああ。これは失礼」

 私はにこやかに銃を抜いて引き金を引いた。

 銃にはサイレンサーが付いているし、周囲にこの女以外に人は見当たらない。

 始末してしまえと思ったのだ。

 子供なら上手く騙して、私の作品を運ばせる事も考えたんだが、興味のない

大人の女となれば、サッサと始末してしまうに限る。

 だが、そうはならなかった。

 女は弾が発射され、着弾したであろう場所に手を握り締めた状態で立って

いたのだ。

「っ!?」

 まさか!?銃弾を手で掴んだというのか!?

 信じ難い。

 私は信じられずに銃を弾倉が空になるまで撃ち続ける。

 その度に女の手が霞むように消えて、銃弾が手に収まっているようだった。

 その証拠に女は銃弾に倒れていない。

 思わず素人のように弾が切れた銃の引き金を引き続けてしまった。

 女は弾が出ないと分かると、手を広げて砂のような物を地面に流すように

落とした。

 まさか、本当に銃弾を素手で掴んで止めていたというのか!?

 女がふざけているのか、手を銃の形にしてこっちに向けてきた。

「なんの真似だ?」

 女は私の問いに答える事なく、何かを撃つ仕草をした。

 その途端、肩に痛みが走った。

 なんだか分からずに倒れる。

 撃ち抜かれている!?なんだ!?隠し銃か!?

 訳が分からないが、勝負出来る相手ではないのは分かった。

 私は素早く立ち上がると、無事な方の手で起爆スイッチを取り出す。

「おっと、妙な真似をするなよ?この会場には爆弾が仕掛けられているんだ。

それも会場が吹き飛ぶくらいの量がね」

 驚きの情報の筈なのに、女の反応は薄かった。

「ああ、アンタが犯人かよかった。それで?」

「押すぞ!!分かってるのか!?」

「どうぞ」

 アッサリとした物言いに、頭に血が上った。

 フィアッセは手に入れたかったが、こんなところで捕まるくらいなら、

諸共吹き飛ばした方がまだマシだ。

「死ねぇ!!」

 スイッチを押した。

 その筈なのに会場は無事だった。

「っ!?何故だ!?」

 無様と分かっていても、何度もスイッチを押してしまう。

 それでも爆弾は一つたりとも爆発しない。

 信号の妨害くらいで、どうにか出来る作品など造っていない。

 何をした!?

 私は気が付けば、反射的に携帯用のトンファーを手に女に襲い掛かって

いた。だが、トンファーはアッサリと女の手に阻まれた。

「断空拳」

 女は言葉少なくそれだけ言って、拳を突き出した。

 流れるような動きだった。

 気が付けば、私は回転しながら吹き飛んでいた。

 そして、衝突と同時に私は意識を失った。

 

「銃が効かないと分かっても、向かって来た事は評価するよ」

 意識を手放す寸前、女のそんな声が聞こえた。

 

 

              5

 

 エリス視点

 

 警護は厳重に行われた。

 悔しい事だけど、Mr.グレアムの手腕は本物だ。

 見事な采配で、勉強させられる。

 現地の警備員とも、こちらの想定以上に連携が取れている。

「何かおかしな事があれば、すぐに知らせて貰いたいのですが」

「ええ。分かっておりますよ。爆弾魔による事件が起きたとあっては、こちらとしても

いつも以上に気を引き締めていかねばなりませんから」

 日本の警備責任者は、冷汗を滲ませてMr.グレアムの言葉に答えていた。

 日本の警察のOBが多いという警備会社らしいが、実際に事件が起きるだろうという

現場はそうそうないだろうから、緊張しているようだ。それも世界的な爆弾魔が相手と

あっては。

 私は矢継ぎ早に部下に指示を出している。

 私は私で仕事を全うしなければならないから。

 フィアッセの控室は複数用意して貰い、当日までどれを使うか分からないようにして

ある。その日のフィアッセの気分に任せている。その方が下手にこちらで決めるより

余程悟られ辛い。

「肩に力が入り過ぎるようだね」

 考え事をしていると、穏やかな声が掛けられる。Mr.グレアムだ。

「これだけの厳重な警備と警護です。このまま侵入を許さないのがベストですから」

「理想ではあるが、実際はそう上手くはいかないものだよ」

「どういう事ですか?」

 私の言葉を、作戦立案者が自ら否定とは、どういう事なのか?

「勿論、何があっても対応出来るように配置しているが、それでも相手のスキルが上

なら対処されてしまうなど、よくある事だよ。前回のようにね」

 私は言葉に詰まった。

 そんな私にMr.グレアムは、穏やかに笑った。

「まあ、そうならないように連絡を密にしているんだ。違和感をすぐに見付けられる

ようにね」

 彼がそう言った直後、報告が入る。

「あの…。同僚の様子が少しおかしいのですが」

 警備員の一人が上司に報告に来ていた。

 私達は、それに耳を傾ける。

 触れられるのに、極端な抵抗を示したというのだ。

「その彼を別室に呼んでくれ」

 Mr.グレアムは、即座に発生する穴埋めの人員配置を指示すると、すぐに別室へと

移動した。老齢とは信じ難い行動力だ。

 呼び出された件の警備員は、水でも浴びたような汗をかいていた。

 Mr.グレアムは、即座に余計な人員を部屋の外に出して、調べ始める。

 そして、調べた結果、見事に防弾チョッキが取り換えられていた。

 爆弾付きの物に。

 一見すると分からないが、確かに他より少し膨らんでいた。

 警備員だけで行動する機会は、極力減らしているが、それでも穴は存在する。

 交代の一瞬の隙を突かれたようだ。

 ツーマンセルで行動していたが、一瞬で拘束され、素早く防弾チョッキを器用

に取り換えられてしまったそうだ。

 そして、この事は言わずに予定通りに行動するよう指示されたそうだ。

 起爆スイッチを見せながら。

 彼等は、涙ながらにそう語った。

 てっきり、このまま警察を呼ぶのかと思ったら、Mr.グレアムは自分でそのまま

解除作業をやり出した。周囲は当然焦ったが、そんなものはどこ吹く風とばかりに、

彼は無視して解除を最後までやってしまった。

「さて、それでは賊は、もう早い時間に侵入しているようだ。皆、気を引き締めて

当たろう」

 彼は汗一つ掻かずに、そう締め括った。

 だが、事態はそう簡単にはいかなかった。

 

「大変です!侵入者と思しき人物を発見しました!警察に連絡を!!」

 僅かな動揺を押し殺すように、新たな指示を出そうとした私に、日本の警備員

側の警備責任者が声を上げた。

 驚きの知らせが齎された。

 どういう事だ?あの三人を殺す程の腕の持ち主が、アッサリと発見された?

「取り囲んでいるのかね?」

 Mr.グレアムは顔を顰めて言った。

「い、いえ。その大怪我をして気を失っているのです。一緒に救急車も依頼

しますよ」

 更に驚かされる知らせが、突き付けられた。

 

 そして、爆発音が響く。

 一体何が起こっているの!?

 フィアッセは!?

 

 

              6

 

 恭也視点

 

 俺は遊撃要員だ。

 グレアムさんからは、自分の考えで自由に動いていいと言われている。

 しっかりとした監視体制を構築したグレアムさん本人が、こうした自由に動く人

員がいるのが重要だと俺に語った。

 俺もその方が有難い。

 だから、俺だけは不規則に動き回っている。

 気配を感じて立ち止まる。

 地下荷捌きの駐車場の辺りから怪しい気配がする。

 香港で訓練した際に散々感じたもの。武装した人間の気配。

 俺は気負いもなく地下に降りて行く。

 

 そこには何台ものトラックが止まっていて、作業員がコンサートに使う機材を運び

込んでいた。

 トラックを見ればどうも本物のようだが、運ぶ作業員は違うようだ。

 許可証の写真はどうやったか分からないが、変えられているのだろう。

 偽造防止に色々とグレアムさんが仕掛けていたが、そこにも対応したようだ。

 だが、片手落ちだ。

 さりげなくだが、作業員達が俺を警戒する素振りを見せている。

 それに何より決定的な事がある。

 それは血の臭い。微かだが、俺には分かる。

 本物は素早く殺し、トラックを乗っ取ったのだろう。

 ジッと許可証を見る俺に、責任者と思しき人物が話し掛けてくる。

「あの…。何か?」

 戸惑ったような声で、日本語のイントネーションにも不自然なところはない。

 だが、訓練ではそういった化けた連中の見分け方も叩き込まれた。

 完璧に真似た積もりだろうが、それが逆に不自然になる時もある。

 特に東洋系の人間であれば、異なる仕草は徹底して矯正しているが、嘘は身体の

反応に僅かに現れてしまう。日本人には有り得ない事だ。

「いえ、特に何も」

 俺はそう言いつつも、じっくりと許可証の顔写真を眺める。

「ああ!作業のお邪魔でしたね。失礼。では…」

 俺はアッサリと背中を見せると、責任者が腰の辺りの工具入れに手が伸びるのが、

分かった。

 アッサリと掛かったな。

 工具入れから工具ではなく銃が取り出される。

 俺は素早く反応するとワイヤーで銃を床へ落とし、遠くに蹴飛ばした。

 責任者が素早く距離を取ると、中国語で指示を出し始めた。

 繕うのも止めたか。ここまでボロを出したら当然だが。

「何者だ。と言っても無駄だろうな。御神の前に立った事を後悔するがいい」

 俺は刀を静かに抜いて、即座に走り出す。

 御神の歩法である神速を使った上でだ。

 連中が一瞬、俺を見失い棒立ちになる。

 俺は素早く縫うように通り過ぎつつ、斬り捨てる。

 遅れて鮮血が舞い。男達が倒れ伏す。

 連中もやられっ放しではない。即座に狙いが碌に付けられずとも拳銃弾で弾幕を

張るように複数人が固まって射撃するが、既に俺は射程外に逃れている。見当違い

な場所を撃った連中に今度はワイヤーで一度に固まっていた連中を縛り上げる。

 仲間の犠牲も構わずに撃ってくる残りの連中に、遠慮なく拘束した連中を盾に

すると、銃弾を掻い潜りつつ接近し斬り付ける。

 結果を見定める必要はない。

 最後の集団も既にこちらに銃を撃ってきているが、俺は神速を連発して躱して

いく。そして、すぐさま袖に仕込んだ飛針を取り出し、投げる。

 針は悉く銃を持つ手に吸い込まれていく。

 俺は躊躇わずに最後の集団に向かっていく。

 男達は、流石にいつまでも刺さった針に気を取られていない。

 無事な手でナイフやバックアップの銃を抜くが、こちらの方が速い。

 素早く踏み込むと、刀を立て続けて振るう。

 血煙を上げる前に俺は、全ての敵を斬り伏せていた。

 

 息が流石に乱れる。

 最小限にしたとはいえ、神速をかなり使用したから仕様がない。

 交戦中、無線がきていたのは気付いていたが、流石に答えられなかった為

放置していたが、戦闘は終了した為、無線に手を伸ばした。

 

 だが、突然の爆発が起きた。 

 

 

              7

 

 断空。

 覇王が発展させた技だ。

 実はこの覇王、私の知り合いだったりする。

 妹分だったヴィヴィの留学先のこぞ…王子様だった。

 何故、自分も回る?と初めて会って技を披露して貰った時に、馬鹿正直に感想を

言ってしまったのも、今は何もかも懐かしい。

 私は(フェン)を螺旋に回転させて打っている。

 当人も後年ではそうしていたものだ。

 次に向かうのは、コソコソ隠れて様子を窺っている魔導師の始末に向かいつつ、

そんな事を回想していた。

 精神干渉魔法を極小の出力で使っているので、無人の通路を堂々と歩く。

 だが、極小だったのが災いした。

 私は予定を変更して立ち止まる。

 そして、こっちを見ている覗き野郎に声を掛けた。

「そんなに慌てなくても、会いに行って上げるのに」

 そう言うと、壁から滲み出るように金髪の男が姿を現した。

 格好はミュージシャン風だが、雰囲気は確実に物騒な職業をやっている事を示唆

している。楽器ケースを背負っているが、中には楽器ではなく武器が入っているの

は明らかだ。

「そうか。やる積もりだったか。それは済まないな。だが、メインディッシュを前

に邪魔をされるのも不愉快なんだ」

 私の肩眉がピクンと上がる。

 ここに私より強い奴居たっけ?私の眼を誤魔化せる奴は混じってなかったけど?

「お前はファンを倒したようだが、奴は所詮爆弾魔に過ぎん。生粋の戦闘者である

俺とは比べられない。闘気は中々だったがな。俺の相手にはならん」

「……」

 ダメだこりゃ。

 実力を正確に測れないのか。そりゃ、弱く見られても仕様がないわ。

 断空を最小限で打つ為の(フェン)が、私の本気と勘違いしたらしい。

 何も言わない私に金髪男が金髪を床に投げ捨て、楽器ケースから大剣を取り出した。

「始末させて貰う」

 自信たっぷりに大剣を一閃させた。

 派手に剣風で床や壁が抉らせるように破壊され、私の方にまで剣風と粉塵が飛んで

くる。私は躱したのだが…。

「思わず派手にしてしまったな。これで御神が来てくれれば結果的にいいか」

 あちらは仕留めた的な雰囲気である。

 確かに避けないと直撃していただろうけどね。確認くらいはしなきゃダメでしょう。

 スカして背を向けた馬鹿に、私は溜息を吐いた。

「っ!?」

「私の流派じゃね。剣風で物を壊す事は物笑いの種になったもんだよ。剣閃のみで

物が斬れないって事だからね」

 パナメーラ師が見たら、笑顔で千日行を命じるレベルだ。

 ああ、私も最初出来なくて目から汗が出たものだ。

「何?」

 男の殺気が膨れ上がる。

「こっちも急ぐんだ。サッサとこい」

 私が言った瞬間、男が突っ込んでくる。

 なんか血管が浮き出て、切れそうだけど大丈夫?

 男が大剣を振りかぶる。

 それと同時に私は血液の中から剣を取り出した。

 どういう事かって?

 私の特典です。血を武器化出来るし、物を仕舞って置く事も出来るんだよ。

 転生しても血液中に保管したベルカ時代の武具やらなんやらは付いてきた。

 だから、生前はあまり活躍の場面がなかった剣を取り出した。

 特に特別な力が振るえる剣じゃないし。

 一応、精霊鋼で鍛えてある一級品だけど、私が手に入れた剣は全部聖剣やら魔剣

だから目立たないし、使わなくなっちゃたんだよね。

 民が私の為にって、サプライズで用意してくれた物だから、使わなくなったのが

申しわないと思っていたけど、今になって出番が回ってきたよ。

 剣を握り締める。

 大剣は、もうすぐ私の頭蓋を叩き壊すというところまできている。

 それでも私に焦りはない。そのまま気にせず動く。

 一瞬の交錯。

 そして、澄んだ音が一つ響く。

 剣風が派手に床や壁を削り、粉塵を撒き散らす。

 私は静かに後ろを振り返り剣を構える。

 男の大剣の剣身が中半から床に落ちた。

「っ!?」

 男が自分の大剣の剣身を見て驚愕する。

 おそらくは折れたから驚いたのではない。斬られていたから驚いたんだろう。

 実力差がこれだけあれば、ベルカじゃ珍しくない話だったけどね。

 しかし…。

 

 ヤバいレベルで鈍ってる。

 

 この世界にパナメーラ師がいなくてよかった。殺されているレベルだわ、これ。

 ベルカ時代の私なら大剣ごと男も真っ二つに出来た。(フェン)の補助なしに。

 転生してから一度も剣を振るわなかったんだから、当然だけどね。

 この分じゃ、魔法も戦闘となると鈍ってるな。

 男が斬られた大剣を投げ捨てたが、諦めたように感じられない。

 私は構えを解かない。

 そして、突然の哄笑。狂ったのか?と思うのが普通だが、私には分かる。

 これは歓喜だ。

 それを裏付けるように、男が細身の剣を取り出した。まだ持ってるのか。

「いやはや、申し訳ない。これ程の腕ならそのビッグマウスも納得だ。さあ!

もっと見せてくれ!!剣技の極致を!!」

 いつの間にか、もう片方の手にも剣が握られていた。

 剣技の極致?パナメーラ師が以下略。

 剣を両手にこちらに飛び込んでくる。

 まあまあの速度で剣を走らせる。

 二剣にしたからといって、実力が向上する訳じゃない。寧ろ使うのが難しく

なるが、コイツは余程剣に拘りがあるようだ。使い方が様になっている。

 様になっているだけだが。

 私はすぐさま二剣を切り飛ばし、新たに刃物を出そうとしていると思しき

手を斬り付けた。

 鮮血が飛び散ったにも拘らず、男はナイフを取り出す。

 斬られた剣を私に投げるが、私は首を傾けるだけで躱し、男が空いた手で

更なる武器に手を伸ばそうとした隙に両脚の腱を斬った。

 男は笑顔のまま床に転がるが、ナイフをこちらに向けている。

 私はお見通しとばかりに、案の定飛んできた刃を躱す。

 床に転がったまま柄だけになったナイフを捨て、哄笑している。

「まだだ。まだだ。まだ足りない!!もっとだ、もっと!!」

 脚の腱は斬った切った筈なのに、ヨロヨロと男は立ち上がった。

「こんな楽しい…一方的に蹂躙される等、修行の時以来の経験だ。楽しい。

 もっとやろう!!」

 男の目には狂気が見える。

 再起不能な傷を与えても、コイツは治らなくてもどうにかする術を探すだろう。

 そして、私が相手をせざるを得ない状況を作るだろう。どんな手を使っても。

 今の私の姿が大人であろうが関係ない。コイツは私を探し出すだろう。

 そして、私の家族に害を及ぼすだろう。戦う為の手段として。

 今生の両親には申し訳ない。私は漫画の主人公じゃない。殺さずにどんな時でも

対処するなんて甘さは持っていない。確実に両親の安全を護る為には、こうする

しかない。いや、手っ取り早い。

「アンタの剣はここで終わりだ」

「シャアァーーー!!」

 新たな刃物を手に向かって来る男に、私は冷静に剣を振るった。

 閃光のような銀光が一筋走る。

 男が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 床に血が広がっていく。

 

 ごめんなさい。今生の父上、母上。

 どんなに愛情を注いで貰っても私は所詮、人殺しの剣鬼に過ぎず、ここで

転がっている男と同じ穴の狢に過ぎないんだ。

 

 でもだからこそ。

 

「そこで覗き見してる奴。私の事は放って置いて。私の前に立つなら斬るぞ」

 私はそれだけ言うと、動物の足音が遠ざかって行った。

 賢明で何より。応援を呼ぶ為だろうけど。

 

 あの二人だけは護り抜いて見せよう。

 剣王なんて呼ばれた人殺しに出来る唯一の方法を以って。

 

 歩き出そうとした私は立ち止まる。

 転移魔法が行使された。大量の人間がこの会場に送り込まれた。

 私は舌打ちする。

 それと同時に爆発が起きる。

 魔力と魔力のぶつかり合いだ。

 

 全く。感傷に浸る暇すらありゃしない。

 

 

              8

 

 アリア視点

 

 私は引き続き影ながら、敵の動向を探る役目に付いていた。

 あの使い魔も気になるし、その使い魔から見事に逃げおおせた敵も気に

なる。だからこそ、慎重な立ち回りが必要となる。見付かればアウトだ。

 どこかにいるだろう使い魔と、狙撃してきた魔導師の目を掻い潜らないと

いけない。

『アリア。どうも異常事態が起こっているようだ。申し訳ないが、こちらも

気を配って貰えるかね?』

 主である父様の念話が届く。

 異常事態?

 そこで説明される内容は、何処の誰か分からないが犯罪者を人知れず倒し

ている者がいるというものだった。

 起こった事自体は悪い事ではないが、相手の目的がどういうものかによって

敵対する可能性がある以上、警戒しない訳にはいかない。

『分かりました。そちらも探ってみます』

『済まんが、頼む』

 念話を切って行動を開始すると、幸か不幸かすぐに発見出来た。

 若い女性が大剣を抜いた男と向き合っている。

 その戦いは、まさに異様だった。

 魔力なしに、アレだけの戦闘を行うこっちの世界の剣士にも驚かされたが、

一番は相手の若い女性だった。

 いつの間に抜いたのか気付けば剣を抜いており、剣士の大剣を()()()()()

 ロッテなら今の動きも目で追えたかもしれないが、私にはさっぱりだった。

 その後も斬られながらも、驚異的な執念で立ち上がる剣士を若い女性は一方

的に斬り殺した。なんの躊躇もなく。

 私は背筋に冷や汗を掻きつつ、身を潜める。見付かる訳にはいかない。

 だが。

「そこで覗き見してる奴。私の事は放って置いて。私の前に立つなら斬るぞ」

 なんの殺気も含んでいない只の言葉。

 その筈なのに全身の毛が逆立った。

 間違いなく、この女性は化物だ。

 この事を父様に伝えなくてはならない。

 

 私は素早くその場を離れた。相手の気が変わらない内に。

 

 だが、私の足は早々に止まる事になる。

 大量の転移反応と魔力爆発が起きたからだ。

 

 私は止めてしまった足を強引にでも動かし走り出した。

 

 

              9

 

 美由紀視点

 

 グレアムさんの指示で当日使う控室を、フィアッセに選んでもらう。

 会場の準備は既に終わろうとしていた。

 機材の一部が少し遅れているという報せがあったけど、特にコンサートに

支障はないらしいし、ここまではまず順調かな?

 

 なんて訳はなく、それ以降立て続けにキナ臭い情報が無線から聞こえてくる。

 私はフィアッセが使っている控室で、気を引き締め直す。

 ロッテさんを見れば、表面上何も変化は感じられない。

 いつも通り飄々としているように見える。

 意外な事にフィアッセも落ち着いていた。

 慌てられるより余程いいけど、違和感を感じる冷静さだった。

 そして、気付いた。

 ロッテさんが、さり気なくフィアッセを観察しているのを。

 なんなの?私は内心で不安を感じた。

「来たね」

 ロッテさんが、突然そんな事を言った。

 フィアッセが無表情でロッテさんを見ている。

 私も遅れて気付いた。

 突然、()()()()()()()()()

 私は壁の向こうでも人が居れば、気付く事が出来る。だが、今回は湧いて出た

としか表現出来ない現象だった。

 そんな事に驚いている暇はなかった。更に爆発音が響いたのだ。

 会場が爆発の影響で揺れる。

 そんな事は関係ないとばかりに、突然始まる銃撃戦。

 外に居るボディーガードが応戦しているんだ。

「フィアッセっ…!?」

 私はフィアッセに声を掛けようとして、言葉に詰まった。

 フィアッセが、微かに嗤ったのが分かったからだ。

「呆けている場合じゃないよ、美由紀ちゃん。この数だと、もう抜けてくるよ!」

 ロッテさんの言葉にハッとする。そうだ。私はフィアッセを護らないといけない

んだ。しっかりしないと。

 私は御神の呼吸法を繰り返し、精神を落ち着ける。

 もう大丈夫。

 準備が出来たのが分かったかのタイミングで、ボディーガードを突破して、人が

迫り来る。

 ロッテさんが何の躊躇いもなく、扉を内から蹴破った。

 突っ込んで来ようとした敵が、三人程纏めて吹き飛んだ扉に挟まれて沈黙する。

 でも、敵はそれでも怯んだ様子もなく、部屋に雪崩れ込んできた。

 銃を持っているのに、遮蔽物を利用する様子もない。

 でも、突っ込んで来た敵を見て気付く。この人達、麻薬を使ってるんだ。

 何も考えずに突っ込んでくるなら、寧ろこちらに有利だ。

 間合いにしても、入り口が狭く大量に人が入れないから、向こうは多人数の利を

活かせない。

 私はロッテさんと並んで、入り口で敵を排除していく。

 

 だけどこの時、私は気付かなかった。

 私の気のせいなんかじゃなく、後ろでフィアッセが楽し気に嗤っていたのを。

 

 

              10

 

 犯罪コンサルタント視点

 

 全くもって不甲斐ない結果に私は苛ついていた。

 雇った裏社会の腕利き、いや元腕利きがアッサリ何者かに返り討ちにあったのだ。

 どうも、クレイジーボマーが苦労して潜入し、仕掛けた爆弾もどういう手を使った

のか分からないが、処理されているようだ。

 管理局の英雄殿は、随分とやり手のようだ。

 仕様がない。自分自身でやらないといけないだろう。

 アレを手に入れる事が出来れば、余裕で元が取れるというものだ。

 ここは手持ちのカードを出し惜しむところではない。

「さあ、出番だ」

 私は自分の魔力から居場所を気取られないように気を遣いつつ、召喚で人員を輸送

する。私は双眼鏡を敢えて使い、自分の魔法を結果を見届ける。

 複数の召喚陣が発生し、武装したジャンキーが現れる。

 さて、どう対応する?

 直後、背筋に悪寒が走り、勘に従いその場から跳び退くと、閃光と轟音が起こり、

私が居た場所に大穴が空いていた。

 やれやれ、自分の今の主もいる場所だというのに、大胆な事をしてくれる。

「今度は逃がしませんよ」

 使い魔が冷ややかに言い放った。

「なに。逃げる積もりはないさ。欲しい物はここにあるからね。君の主とて、私に

使わる事が得と考える筈さ。なんなら仲介して貰えないかな?」

 私は拳銃型のデバイスを引き抜いて、そう嘯いてやった。

「死になさい」

 交渉の余地なしか。

「それはお断りだね」

 

 久しぶりに本気でやろうじゃないか。

 

 

              11

 

 ???視点

 

 私は私を護っている連中の背を見詰めて嗤う。

 そう、かつては私も護られる立場だった。それが当然だったのだ。

 尊い私の身を下々の連中が護るのが、当然のことだった。

 あの時までは。

『貴方は王の器ではない。貴方の専横は目に余る』

 王の座まであと少しだった。

 だというのに、突然引き摺り下ろされた。

 専横などと、ふざけた理由で私を除いた。

 だが、今は感謝しているちっぽけな国の王から、世界の王になる機が訪れたの

だから。

 

 この国はいい。霊脈が豊富で力が漲るようだ。

 本来なら、使用者の意識を乗っ取るなど、もっと時間が掛かるものだが、この国

の霊脈がそれを可能にしてくれた。

 不遜にも私を使おうなどという不届き者は、私の僕に相手をさせている。

 邪魔をする者は全て殺す。

 ()()使()()()()()()()()。他の誰にも好きにさせる積もりはない。

 不安があるとすれば、護っている連中でも、私を狙っている魔導師でもない餓鬼

だ。どうも魔導師のようだが、毛色が違う。なんだ?あれは?

 

 私はどうにも嫌な予感がした。

 

              12

 

 全く、折角爆弾全部処理したのに、何故に爆発させるの?

 人の苦労を台無しにしてくれるとか、勘弁してほしい。

 これで両親が心配したりしたら、使える時間が更に短くなるでしょうが!

 感傷を文字通り吹き飛ばされて、走り出す。

 

 そして、到着した先は魔導師と守護獣の戦闘だった。

 魔導師の方も、守護獣の方もまだ余力を残しているようだが、挨拶代わりの

戦闘でこの被害を出すとか、纏めて殺すしかないな。

 でも、あの守護獣、どっかで見たような?

 

 まっ、いいか。

 

 結論と共に私は一歩踏み出した。

 

 

              

13

 

 グレアム視点

 

 後手に回ってしまっているな。

 防御とはそんなものだが、これは状況が宜しくない。

 それが私の感触だ。

 アリアからの報告にある謎の女性に、ロストロギアを狙う勢力に護る使い魔。

 そして、始まる魔法戦。

「会場には、ガス爆発という事で伝えて欲しい。申し訳ないが、客には避難して

貰おう」

 間違っても犯罪だと、馬鹿正直に伝えてはならない。

「警察に通報は?既にしているね?」

 矢継ぎ早に現状を確認していき、足りない部分に指示を出す。

 その最中に、恭也君からも連絡があった。

 地下の駐車場に敵が潜んでいたようで、始末していたようだ。

『それでは、俺はフィアッセのところへ』

 ここは素直に任せる事にする。

 相手がどれだけ捨て駒を用意しているか分からないからだ。

 

 ここからは、正確な判断と決断の早さが重要になって来る。

 なんとしても、主導権をこっちに戻さないといけない。

 召喚で引き込まれた敵は、全員が重度の麻薬中毒者で痛覚もなく、生半な攻撃

では止まらない連中だ。だが、正常な判断を下せないという欠点がある。

 護衛と警備員の配置を変更していく。

 警備員に客の誘導を。護衛に敵の撃退を任せる。

「ロッテ。美由紀君。フィアッセ嬢の様子は…」

 最後に確認の為に入れた連絡は、驚いた事に通じなかった。

 ロッテが居ながら、無線を取れない状況なのか、それとも…。

「Mr.グレアム。ここの指揮を改めてお願いします」

 矢継ぎ早に同じく指示を出していたエリス嬢が、決意に満ちた目で私に言った。

 何故、と問うまでもないか。

「今、君は指揮官だ。それでもかい?」

「確かに指揮官であり、今は私の会社です。でも、友人に危険が迫っているんです。

そして、動けるのは私です」

 これは譲る気はなさそうだな。

 下手に残して、反発されるより行かせた方がいいか。

「それに今は貴方がここにいる。お任せします」

 私の返事も聞かずに、走り出すエリス嬢の背を見送る。

 まあ、自分の未熟さを埋める事を諦めた訳ではなさそうだから、今回はよしと

するか。

 

 私は、アリアに念話でフィアッセ嬢の無事の確認に回って貰う事にした。

 エリス嬢だけでなく、恭也君も向かっている。

 不測の事態が起こっている可能性を考えつつも、私は必要な指示を出した。

 

 

              14

 

 リニス視点

 

 既にこの手で人を殺めている私に、誰かを救う力はないだろう。

 黙々とアレの命令を熟すべく動いている私自身に、もう絶望しかない。

 会場を観察していると、魔法の気配を感知した。

 召喚陣の発動だ。

 かなり大量の人員を投入しているにも拘わらず、術者の居場所がよく分からない。

 だが、皮肉な事にアレが力を蓄えた事で、私自身の力も上昇している。

 つまり、やろうと思えば探す事が可能になっているのだ。

 今の私に命令を拒否する事は許されない。

 即座に術者の居場所を探し出す。

 巧妙に隠しているが、特定に至った。

 すぐさま移動を開始。

 敵を捕捉した瞬間に容赦なく雷を放つ。

 轟雷が周囲を白く染め上げ、遅れて爆発音が轟音となって押し寄せてくる。

 だが、無事なのはすぐに分かった。だからこその宣言。

「今度は逃がしませんよ」

 私は冷ややかにそう告げたが、向こうは余裕で笑みを浮かべてさえいた。

「なに。逃げる積もりはないさ。欲しい物はここにあるからね。君の主とて、私に

使わる事が得と考える筈さ。なんなら仲介して貰えないかな?」

 敵は拳銃型のデバイスを引き抜く。

 それが戦闘の合図になる。

「死になさい」

「それはお断りだね」

 魔力弾と雷がぶつかり合う、筈だった。

 だが、双方ともに攻撃は無力化されていた。

 一体、何が?

 疑問はアッサリと氷解した。第三者の女性によって。

「いきなりで悪いけど、どっちも殺すよ?」

 攻撃を無効化した人物はそう言った。

 ただそれだけ。殺気もない。ただこれから起きる事を告げただけといった感じだ。

 私の本能が激しく警鐘を鳴らし、全身の毛が逆立つ。

 射撃型の敵も同じものを感じたらしく、同時に女性に攻撃を仕掛けていた。

 私は体術と雷の魔法を織り交ぜて攻め、射撃型の敵は用心深く距離を保ち嫌らし

い攻撃を繰り出しているが、女性は何時の間にか抜いた剣と()()()()()()で、

私達の攻撃を剣一本づつで捌いている。

 その動きには余裕どころか、退屈そうですらあった。

「化物め!」

 射撃型の敵が不意に砲撃を放つ。

 魔力の蓄積が出来る魔導具でも持っていたのだろう。まさに不意打ちだった。

 だが、女性は溜息一つ吐くだけで、砲撃を斬り払った。

「「っ!?」」

 彼女の持つ不思議な紅い剣が、もう一度閃光のように走る。

 それだけで、射撃型の敵から背を向け、私に向き直った。

 私は怪訝な顔で女性を見た。

「舐めるなぁ!!」

 敵は女性の背を撃とうとしたが、突然動きを止める。

「はぁ。鈍くて困るよ。こんなんだったら、前の剣士の方が強かったかな」

 女性が溜息と共に言った。鈍い?

 次の瞬間、疑問は消えた。敵と私の身体の至る所から鮮血が舞ったからだ。

 敵も私も倒れ伏す。

 確かに鈍い。ただ防御していただけじゃなかった。

 攻撃の正体は剣閃だ。

 どれだけの修練を積めば、ここまでに至るのか想像も出来ない。

 剣閃のみで敵を斬り裂いたのだ。防御で魔力弾や攻撃を対処すると同時に敵を斬って

いたのだ。

「こ、こんなところでぇ!!死んでたまるかぁ!!」

 血走った目でよろけながら立ち上がると、敵は女性に向かって行く。

 女性は無表情で剣を一閃した。

 敵はそれだけで糸の切れた人形のように倒れた。

 

 私に恐怖はなかった。

 これで終わる。ただそれだけの感想しかなかった。

「気持ち悪い顔しないでくれる?誰かさんもそうだったのかと思うと凹むよ」

 女性が不意にそんな事を言った。そう言った女性の顔は、苦々しく歪んでいた。

 それにしても気持ち悪いは酷い。

 酷い言いように苦笑いしてしまった。

「そんなに死にたいなら、どうしてあんなのの守護獣になったの?」

 迷惑そうに女性が言う。

「好きでなった…訳ではありません!!」

 意識が段々ハッキリしなくなってきても、これだけは言って置きたかった。

 あんなのの使い魔に好きでなった等と思われたくない。例え、もうすぐ死ぬとしても。

 私は朦朧とする意識の中で、プレシアやフェイトの事を暈して事情を話した。

 女性は黙って聞いていた。

 聞き終えると紅い剣は、彼女の指へと戻っていった。

 あれは血液だったと、今頃になって気付いた。

 女性は剣を収納した手で銃の形を造ると、私に銃口にあたる指先を向けた。

 何やら魔力が籠る。これは魔法だ。

 ああ。これでやっと。

 

 だが、不意に使い魔の契約が()()()()()。そう、文字通り。

 私は驚いた。ロストロギアの意思が造り出した契約だ。それをこの女性はいとも簡単に

解除してのけたのだ。それでも私の死は止まらないけれど…。

 だが、更に驚くべき事が起きた。

 ミッド式の使い魔の契約とは異なるが、同じような契約が再度結ばれたのだ。

 女性との間に。

 そして、傷が嘘のように消えてなくなった。

 私は女性の顔を弾かれたように自身の顔を上げて見た。

「その程度で死ぬ積もりだって?こんな私でも生きて一緒に居て欲しいと思ってくれる人

がいる。アンタにだっているだろう」

 フェイトやアルフの顔が浮かぶ。

 それにしても、この女性、どれだけの修羅場を潜ったのだろうか。

 眼には年に似合わぬ虚無が横たわっていた。

 私の沈黙をどう取ったのか、女性が再び口を開く。

「どっちにしても、今回の尻拭いはして貰うよ?アンタが悪いんじゃないとしてもね。

 どうしてもって言うなら、その時は私が引導を渡してやるよ」

 

 この時、彼女と私が長い付き合いになるとは思ってもいなかった。

 

 

              15

 

 なのは視点

 

 家族全員でコンサートが始まるのを待ってたんだけ、なんか様子が変なの。

 会場全体が気持ち悪い空気っていうのかな?なんかちょっと変な感じ。

会場に入る時のピリピリとした感じと違う。本当に上手く言えないけど。

 大人しく待ってたら、なんか事故があったって言って、コンサート中止になる

んじゃないかって話になってきた。

 お父さんの顔がなんか怖いけど、これ以上何もないといいな。

 

 そんな事を考えてたら、突然、何かが爆発したみたいな音がして、会場が揺れた。

 スタッフ?の人の誘導で外に行く時に、私は突然身体を揺さぶられたような気が

して、立ち止まっちゃった。なんか、実際に揺れたのと、なんか違う感じ。

「なのは?どうしたの?」

 お母さんが心配そうに私を見た。

「分かんない」

 私はそれしか言えなくて、困った。

 でも…。

 何かがぶつかり合ってる?

 誰かが悲しんでる?

 何か訳が分からない確信が私の足を動かした。

 

『溺れてる人間同士がしがみ付いてどうするの?一緒に溺れ死ぬだけだよ』

 

 もう何年も前なのに忘れられない言葉。

 私はあれ以来、誰かの助けになれる自分になりたかった。

 だからだと思う。お母さんやお父さんが何か言ったけど聞こえなかった。

 何も考えずに走り出してしまった。

 

 私の胸の真ん中が、ドクンと一つ脈打った。

 

 

              16

 

 ???視点

 

 使い魔とのリンクが切断された。

 やられたか。意外と使えないな。

 だが、最低限の仕事は熟してくれたか。時間稼ぎという仕事は。

 質のいい霊脈との接続で予想以上の回復を遂げた。

 これだけの力があれば、十分と言えるだろう。

 私を護る連中は、取るに足らない奴等相手に奮闘中だ。

 片方は人化している使い魔なだけあって、まだ余裕があるか。

 さっきから無線の問いに応じられていないがな。

 

 さて、そろそろ動くとするか。

 

 私は滑るように音を立てずに使い魔の背後に近付く。

「っ!?」

 直前に使い魔が私の気配に気付いたのか、こちらに反応したが遅過ぎる。

 霊脈と繋がり、潤沢に使えるようになった魔力をただ放つ。

 なんの工夫もない一撃。

 それだけで、咄嗟に魔力シールドを展開した使い魔を吹き飛ばした。

 全てが薙ぎ払われる。

「フィアッセ!!」

 ん?巻き込まれなかったか。

 もう一人の私の宿主を護っていた女が、信じられないといった風に立ち尽くしていた。

 安心しろ。時間稼ぎに協力してくれたお前も苦しませはしない。

 私は更に一撃放とうとした時、腕に何かが当たった。

「美由紀!!ボケッとするな!!そいつはフィアッセじゃない!!」

 コイツは宿主の友人だったな。女と一緒に宿主を護る存在。

 しかし、よく分かってるじゃないか。

 何やらワイヤーのようなものが伸びて、私を拘束する。

「これは、那美さんでも連れてくるべきだったな…」

 男がぼやくが、この程度で拘束出来た積もりなのか。

 笑わせる。

「恭也!!何をしている!?」

 ワイヤーごと二人を吹き飛ばして片を付ける積もりだったが、新たな人物の登場で

遮られる。いや、これは面白いか?

「エリス!恭也達が急に!」

 私が宿主の真似をして言ってやると、宿主の幼馴染は面白いくらいに動揺した。

 銃は奴等に向けているが、迷っている。なんだかんだ言って信用していたか。

「エリス!こいつは身体はフィアッセだが、中身は違う!俺は霊能力者に知り合いがいる

から間違いない。同じような現象を体験して、多少だが分かるんだ!信じられないだろう

が…」

「エリスさん!ロッテさんはフィアッセに憑りついた?ヤツにやられたんだよ!」

 女が援護の積もりなのか声を上げるが、本人も戸惑い気味な所為で信憑性がない。

 幼馴染は銃を手にまだ迷っている。

 嗤いを堪えるのに苦労させられる。

 さて、楽しませて貰ったが、そろそろお別れといこうか。

 手に力を集中させる。

 今度は一度で全員を始末する為に、魔力を只放出するような真似はしない。

 だが…。

 

「危ない!!」

 

 子供の声が突如響き渡る。

 思わず舌打ちしつつ、三人に向けて魔力の収束砲を放とうとして、止まる。

 いつの間にか、男が接近して来ていたのだ。

 子供の声に気を取られた時か!

 男が気合一閃で剣の柄頭で打ってくる。無力化が目的だろう。

 甘い!物理障壁を展開し防ぐが、顔を顰めた。これでバレたからだ。

 こいつ等の間抜け面を拝みながら消してやろうとしたのに、だ!

 私は子供に怒りの視線を向ける。

「フィアッセ!?」

「だから言ったろ!フィアッセじゃないんだ!…なのは!何故、こんなところに!?」

「えっと…」

 子供は根拠が説明出来ないようで言葉に詰まった。

 だが、私の楽しみを台無しにした報いはくれてやらないとな。

「美由紀!」

「分かってる!」

 男の指示で女が動くが、そうはさせない。

 今度は展開速度を上げて収束砲を放った。子供に向けて。

「「なのは!?」」

 収束砲が真面に子供を捉える。

 これで粉微塵だ。抑えられずに笑みが浮かぶが、それもすぐに消え去った。

 

 女が…いや使い魔か。それが子供を護っていたからだ。

 

「ロッテさん!?じゃ…ないよね?」

 女が相変わらず間の抜けた事を言った。

「アリアです。ロッテは妹ですので。すみません。時間は稼ぎますので、皆さんは

退避を」

「何を言っている!?」

 使い魔の片割れの言葉に幼馴染は声を荒げる。

「皆さんでは、申し訳ありませんが、アレに勝てませんよ。攻撃は効かないし、向こう

の攻撃は避けるしかないでしょ?それだっていつまでも回避出来るとは限らない」

 全員が使い魔の片割れの言葉に黙り込む。

 そう、私が無差別に魔力攻撃を実施すれば、こいつらに手はない。

「だから、この子を連れて早く!ついでにこの子も連れて行って貰えると助かります」

 使い魔はもう片方に目を遣る。

「分かった」

「恭ちゃん!?」

「恭也!?」

 男の返事に女二人が抗議の声を上げる。

 男は、早く動き使い魔の片割れの後で腰を抜かしている子供を回収する。

 判断がいい。だが、それを見送ってやる義理はない。

 幼馴染はまだ迷いがあるのか、こっちをチラチラと見ている。

 安心しろ。全員一緒に始末するさ。

 私は手を撤退しようとする連中に向ける。

 使い魔が魔力障壁を強化するが、潤沢に魔力を使える私には意味がない。

 使い魔は収束した魔力に顔を強張らせる。

 今度こそ消えろ。

 

 そしてまたも邪魔が入る。

 

 

              17

 

 この守護獣、フェイトの師匠かなんじゃなかったっけ?

 朧げな記憶じゃ、死んだんじゃなかったっけ?なんでこんなところにいんの?

 

 それが生かす判断の一端ではあるけど、本命は尻拭いをして貰う事だ。

 残りは不穏な気配の主とブツだけだ。繋がっているから一緒のモノなんだろうけど。

 もう避難が始まってるから、両親が私の心配をしているだろう。

 急ぐ必要がある。

 駆け付けてみれば、何やら見た顔と見たことない顔が雁首揃えて危機に陥っていた。

 その危機を振り撒いている張本人は、不穏な気配の主。

 あれは憑依か。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)で更に情報を探る。

 その結果、完全に霊脈と繋がっている事を確認した。

 そこまでの時間は刹那の間。

 それにしても、なのはちゃんはなんでいるんだ?

 つくづく面倒を起こす子だな。

 仕方ない。

 私は悲壮な覚悟を決めている守護獣の前に出た。

 溜息交じりに魔法を展開。

 十文字家の切札魔法。ファランクスを。

 魔力砲撃を受け止める。

 ファランクスは多重障壁を展開し、しかも次々と新たに障壁を増す事が出来る。

 力任せと変わらない砲撃なんて、余裕で止められる。

「貴女…」

「アンタも後の連中と一緒に逃げなさい。私と敵対したいなら好きにすればいいけど?」

「…後で事情を」

「却下」

 それ以上、話す積もりはない。

「私の邪魔をしておいて、お喋りとはな!!」

 喋るブツが逆ギレをかましてくる。

「死ねぇぇぇーーー!!」

 霊脈の力に物を言わせて、無差別攻撃をバラ撒く。

 だが、残念。今の私には手駒がある。

「やれ」

 私の一言で影が走る。

 直後、稲妻が縦横無尽に走り、魔力攻撃を相殺する。

「なっ!?」

「散々いいように使ってくれましたね」

 私が無理に契約した守護獣・リニスが矢鱈と格好いい登場をした。

「き、貴様!?消滅したのでは!?」 

「貴方のような存在を野放しに死ぬなんて、死んでも死に切れなかったようです

よ?」

 よく言うよ。

「なんにしても、この世界に害になるアンタは始末するよ」

 今度は私が口を開いた。

「この私を誰だと…!?」

「君はこの状況をどうにか出来るのか!?」

 喋るブツの話は突然、口を挿んできた人物に遮られた。

 まだ喋る予定を狂わされて怒りの視線。私はウンザリと声の主を見た。

 確か、なのはちゃんのお兄さんだったっけ?

 おまけにのんびりと不審者に任せるのかとか、揉めている。

「巻き込まれても知らないよ?」

 正直、私はコイツを始末するだけだ。忠告を無視するなら自己責任で宜しくだ。

「フィアッセを!フィアッセを助けてくれ!」

 お兄さんが必死に叫ぶ。

 ああ。喋るブツに使われてる小娘か。

「善処するよ」

 私は手をヒラヒラさせて言った。

「頼む!」

 お兄さん。初対面の怪しい人物によくそんな事頼む気になったね。

 他の人が文句言うのも当然だよ。

 後は手駒のリニスに丸投げする。

「リニス。適当に安全な場所に放り出してきて」

「…分かりました」

 リニスが何か言いたげだったが、聞く気はない。

 私は面倒になり、()()()()()()()()()()()

「封鎖領域展開」

 三角形のベルカ式魔法陣が結界となり、外界から切り離される。

 最初から使えと思うかもしれないが、ベルカでは実はコレ、あんまり使いどころが

なかった。戦争で周りの被害なんて気にする連中が、殆ど居なかったからだ。

 敵国に与える被害ならウェルカムだったしね。

 更に隔離した後、外の状況がヤバいものになっても解除しないと手が出せなくなる

デメリットもある。両親の安全を常に把握していたい私にとって、あまりいい手じゃ

ないんだよね。

 でも、今回は特別だ。要求が鬱陶しい。こうなれば迅速に片付ける。

 

「待たせたね」

 私は血液から剣を取り出す。

「貴様…。何者だ」

 今更?

「私の本体の在処まで把握していなければ、この結界は成立しない!!」

 そう、憑依した身体だけ隔離しても、死んだフリでもされて逃げられたら厄介だ。

 それでも私の眼は見逃さないけど、余計な手間まで背負う必要はない。

 私は質問に答えずに戦闘態勢へ。向こうも無駄と分かったか身構える。

 だが、私は一瞬相手の口角が僅かだが、上がったのを見逃さなかった。

 何かが大気を切り裂いて飛んでくる。

 私の手が霞むように消える。

 直後、銀の剣閃が網のように閃くと、それにぶつかった何かが、魔力光を散らして

消える。

「何故、分かった!?」

「周りの景色に溶け込み、音を消し、風圧もなく、魔力反応も極限まで抑えられている。

 並の使い手なら気付かずにやられるかもね。でもさ。大気を押し退けてくるんだから、

気付くよ」

 ベルカじゃ、もっとトンデモないものと戦っていたんだ。

 この程度、物の数じゃない。

 コイツ、魔力量が無限に近くなっても魔導技術が低すぎるし、戦闘経験も浅過ぎる。

 奇声を上げて、闇雲に魔力弾や収束砲を放つが、どれも程度が低い。

 初動で潰す必要すらない。

 剣一本で剣閃の嵐が出来上がる。銀光に輝く嵐が。

 鈍った剣技だけで対応出来る。悉くを斬り払ってやった。準備運動にもならない。

 気付けば、喋るブツは呆然とした表情で固まっていた。

 下らない。

 私は一歩、喋るブツに向かって踏み出す。

「ひっ」

 情けない声を上げるブツ。

 

「そうだ。私が必要だろう?」

 

 その時、響いた声に私の足は止まる。

 同時にブツと私は声の方を見た。

 重傷を負いながらも、這いずっていたのは、私が斬った魔導師だった。

 コイツ、仮死状態か何かで息を潜めてたな。

 結界が除外したのは生きた者のみ。()()()()()()()

 仮死状態だった為、魔導師を死体と術式は認識したのだろう。

 昔なら、もっと視野を広くもって戦っていた。こんな手落ちはやらなかった筈だ。

「よかろう。お前の願いを叶えよう」

 希望を見付けたかのように、ブツは偉そうに宣った。

 ブツが宿主を捨てた瞬間、使われていた小娘が倒れる。

 そして、傷が逆再生するように治った魔導師が立ち上がった。

 霊脈の魔力が身体から溢れ出す。

「素晴らしい!この力!これが霊脈を支配するという事か!」

 馬鹿嗤いする魔導師を、私は眉を寄せて見た。

 だが、やがて身体の不調に気付いたように、ピタリと嗤いが止む。

 突然、魔導師が喉を掻き毟るように暴れ出すと、唐突に動かなくなる。

 そして、徐に起き上がった。

『感謝するぞ。望み通り、私の糧となる事で、お前の望みは果たされる』

 起き上がったのは、喋るブツこと思念体の方だった。

 今回は、憑依ではなく魂ごと吸収したようだ。

『ふむ。確かに技量とは重要なようだな』

 魔導師の持っていた拳銃型のデバイスを、ふざけた仕草で構える。

『こうか?』

 魔導師の培った技術を手に入れた思念体が、魔力弾を放つ。

 バカ魔力を背景にした一撃ではない。

 それでも、大した事はない。

 悠然と構え、剣で魔力弾を斬り落とそうとして、止まる。

 脳内に危険を知らせる警報が鳴り響いたからだ。

 剣を引き、反対の手でファランクスを起動。

 直前に魔力弾が破裂するように分裂し、クレイモア地雷のように散弾を撒き散らす。

 しかも、一発一発が強度と威力があった。これはバカ魔力の産物だろう。

 危うくアメリカアニメのチーズになるところだった。

『そら!どんどんいくぞ!』

 次々とバレットイメージを変えて弾丸を放つ。

 防戦一方になった私を見て、愉悦の表情を浮かべたが、すぐに消えた。

 私が薄っすらと笑っていたのを見たからだろう。

 漸く、マシにやれるようになったじゃないか。

 ファランクスが消失する。

 それを逃さず、思念体が弾丸各種を殺到させる。

「空斬糸」

 紅い血の鋼線が、無数の弾丸を斬り落とし、打ち落とす。

 何発かの弾丸が破裂し、散弾が殺到する。

 或いは物質透過して、紅い鋼線をすり抜けるが、私に動揺はない。

 このくらい眼を使う必要はない。リハビリに丁度良くなった。

絶対不破血十字盾(クロイツシルトウンツェアブレヒリヒ)

 空斬糸の何本かに十字の盾が造られる。

 散弾がそれに弾かれるが、物質透過弾はすり抜ける。

 そして、剣が振るわれる。

 すり抜け様で、透過する命令が伝達されず、なすすべなく斬り落とされた。

 紅い楯が、すぐさま鋼線へと変わり、幾つもの鋼線が思念体へと殺到する。

 舌打ちして思念体が防御を選択する。

 その防御に鋼線は、阻まれてしまった。

 それだけで、私は鋼線を引いた。

 その時、何本か極細の鋼線があらぬ方向へ伸びていった事に、思念体は気付いて

いない。

 自分を傷付ける事が出来ないと分かり、思念体の余裕が戻る。

『ふん。その程度…』

「血液の制御は、大分思い出したね」

『何?』

 セリフを遮られた事より気になったのか、訝し気に私を見た。

「次は本命の剣で対しないとね」

 思念体の表情が憤怒に染まる。

 意味を理解したのだ。

 私が、勘を取り戻すのに自分を使っていると。

『殺す!!』

 だが、使ったバレットは全て散弾を撒き散らすタイプ。

 それで弾幕を張ったのだ。

 少しは、頭を使うようになったね。

 だけど、それこそリハビリにいい。

 弾丸が殺到し、私の手が届く寸前で一斉に破裂した。

 感覚が研ぎ澄まされる。

 撒き散らされるという事は、均一に押し包んでいる訳ではない。

 極限まで集中した私の目には、魔力の散弾がコマ送りのようになった。

 その中を剣一本で円を描くように剣が走る。

 その勢いを殺さずに次の動きへ、次の動きへ…。

 気付けば、私は全弾斬り終えていた。

 物足りないな。

 思念体の表情は固まっていた。

 まさか剣一本で、本当に対応するとは思わなかったのだろう。

『舐めるな!!』

 拳銃型のデバイスから刃が形成される。あの魔導師は、接近戦まで修めていたようだ。

 意外に洗練された動きに加え、バカ魔力の影響で速度が半端じゃない。

 それと同時に魔力弾も織り交ぜて、攻撃してくる。

 だが、私には掠りもしない。

 目だけでなく、感覚も研ぎ澄まされている。どちらにしても、目だけでは達人の反応

に至らないのだ。

 思念体に焦りが出ている。

 どれだけ斬り付け、撃ち込もうとも私を倒すには至らない。

 私は剣で銃剣のようになったデバイスを跳ね上げる。

 反対の肘で、もう一方のデバイスを外側に逸らすと、思い出すように技を繰り出す。

「四の剣、風花乱舞」

 剣が凄まじい冷気を帯びて青白く輝く。

 それを流れるような動きで切り刻んでいく。

 斬ったと同時に凍り付き再生を阻み、氷を斬り砕き、また広範囲が凍り付く。

 これが繰り返される。

 吹雪の如し連撃の技。

 デバイスが脆くも崩れ去り、人の原型が分からない程、粉々に砕け散る思念体。

 だが、そんな事で倒せるなどと考えてはいない。

 案の定、霊脈の潤沢な魔力が身体を復元する。

 コイツからは、これ以上のモノは出ないだろう。

『いくら破壊しようと私は死なないぞ』

 セリフの割に冷や汗が出てるけど、ご愛嬌としておきますか。

「そうだね。これ以上は付き合いきれないから、もう決着付けるよ」

『ぬかせ!霊脈の魔力がある限り、私を滅ぼす事は出来ない!』

 失われたデバイスまでは、直せないようで魔力で刃を形成する。

「じゃあ、切断するまでだ」

 私が、あまりにもアッサリと言ったものだから、思念体が唖然とする。

 

 精霊の眼(エレメンタルサイト)での術式解析完了。

 

 カウンター術式構築完了。

 

 極細の紅い鋼線が、妖しく光り輝く。

 鋼線がロストロギア本体の防御術式に接触する。

『貴様!?何を!!』

術式解散(グラムディスパージョン)

 私は応えずに、カウンター術式を込めた魔法を空斬糸経由で放つ。

 魔力が大量の水のように、奔流となって地面に吸い込まれていく。

 霊脈が、吸い上げられた魔力を、いきなり還元された所為で荒れる。

 残されたのは、普通より腕が立つ程度の魔導師の身体のみ。

『こ、こんなもの!また繋ぎ直せば!!』

 私の糸が、お前に届いているのを忘れたか?

 丸裸になった本体に鋼線の先から剣が形成され、ロストロギアに突き刺さる。

 そう、旅のトランクに入ったリニスの首輪に付いている宝玉に。

 残念ながら、普通の魔導師なら偽装として成り立っただろうが、私の眼は

誤魔化せない。

「七獄」

 導火線を伝うように魔力が注がれ、内側からロストロギアに亀裂が入り、炎が

噴き出す。

『ぐぅわぁあぁぁぁぁーーー!!!』

 本体の炎の影響で、手に入れた身体も燃え上がる。

「龍搦めからの天羽鞴」

 更に残りの糸で風を造り出し、炎の勢いが増す。

 凄まじい爆炎が巻き上がり、ロストロギアが砕け散る。

 爆炎に包まれ、目の前の人間が倒れる。

 既に憑代の本体を失い、思念体は沈黙している。

 さて、あとは霊脈を落ち着かせるだけ…。

 

『貴様は…貴様は!私に!殺されるべきなんだ!!』

 

 炎に包まれた人間の上に、青白い靄が浮かび、霊脈に向けて魔法を放つ。

 咄嗟に反応が遅れる。

 霊脈が胎動するように震えて、暴れ出した。

 ほんの僅かな差で、露になった思念体へ徹甲想子弾を撃ち込んだが遅かった。

 思わず舌打ちが出る。

 靄は存在を維持出来ずに、煙のように薄れて消えていった。

 

 最後の最後に厄介事を残して。

 

 

             18

 

 グレアム視点

 

 アリアからの念話で粗方の状況が伝えられる。

 エリス嬢達は無事だったようだが、敵だった使い魔が急に味方に転じた。

 それに謎の女性が関わっているらしいという事。

 どうしてロストロギアの案件に首を突っ込み、()()()()()()()()()()()のかが

分からない。そう、解決ではない。片を付けようとしているだ。

 先程、結界が展開された。

 まるで未知の広域結界だ。

 アリア達は、使い魔に安全圏まで連れられて離脱に成功したが、解決に向かうのは見事

に困難になった。

 おまけに事情を訊こうにも使い魔にも逃げられる始末だ。

 アリアがロストする程だから、相当な力を持っているのだろうが、口の中に苦いものが

広がる。

 フィアッセ嬢を謎の女性が助けてくれるか分からない以上、結界の解析を急ぐしか

ない。

 私とアリアで解析を継続しているが、術式に分からない部分があったり、プロテクト

されている部分が多く、進んでいないのが現状だ。

 全く情けない。ここまで何も出来ないとは。

 周りに悟られないように、内心で自分自身に苛立つ。

 戦艦が沈む姿が私の脳裏を過る。

 いや、まだだ。まだ終わっていない。ここで諦める訳にはいかない。

 決意を新たに指示を出しつつ、結界の解析を続ける。

 だが、その決意を嘲笑うように、地面が揺れ始めた。

『お父様!結界内からの振動です!』

 くっ!管理局から人を引っ張ってこれなかったのが痛い!

 

 ロストロギアが引き起こす悲劇が、現実になろうとしているようだった。

 

 

             19

 

 荒れている程度であれば、私の力で可能だった。

 しかし、最後に放たれたのは、暴走を引き起こす相手を世界諸共滅ぼす一手だ。

 私は、早々に覚悟を決める。

 この身体がどうなろうが、この暴走を食い止めると。

 暴走は、既に私の結界を破らんばかりに荒れ狂っている。

 荒波かマグマが噴き出すように魔力が、周辺を破壊する。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)を駆使して、流れを弱める為に魔力を削る箇所

を検索し実行するが、すぐに腕に裂傷が走り血が噴き出す。

 ダムに出来た穴を人一人で塞ごうとしているようなものだ。

 一度空いてしまった穴からは、水がどんどん漏れる。

 そして、溜まった恐ろしい量の水が人如きを押し潰すのだ。

 だが、魔法という便利なものが私にはある。

 ボロボロになった腕を気にぜず、霊脈の魔力と格闘する。

 大粒の汗が血と共に滴り落ちる。

 一向に収まる気配は見せない。

 更に魔力を注ぎ込もうとしたその時、予想外のところから魔力が噴き出し、天井を

打ち砕く。魔力を霊脈の鎮静化に回している今の私にとって、瓦礫ですら脅威だ。

 それが、私の上に大量に降り注いだ。

 私は片手でそれを迎え撃とうとしたが、それは無駄に終わった。

 巨大な雷が降り注いだからだ。

「なにやってるんですか!!貴女は!!」

 リニスである。結界を出入り出来るようにしてあったが、どうして戻ってきた?

 私の怪訝な顔に苛立ちを隠さず、のしのしと大股でやって来る。

「貴女は、私にも生きていてほしいと思う人はいるだろうと言いましたね!?自分

にもいると!!それなのに、なんですか!?その有様は!!」

 さっきまで、死にたがっていた猫とは思えない程、激怒である。

「大切な人の為に生きるというなら、自分も大切にしないと駄目じゃないですか!!

 大体、貴女でしょ!?尻拭いをして貰うとか言ったのは!!それなに、人を運ぶ

だけとかなんなんですか!!一体!!」

 そういえば、ベルカ時代もそんな事があって怒られた事があったけ。

 頭では人にやって貰おうと思うのに、気付けば一人で足掻いていた。

 随分、最初の頃の話だ。

『貴女は一人でやろうとし過ぎです。貴女一人に何が出来ます?猛省して下さい』

 パナメーラ師に言われた事を思い出す。

 不意に笑いが込み上げてきて、大声で笑ってしまった。

 そうだ。折角、手駒を用意したのに何やってんだか、私は。

 ベルカ時代から、いい加減、進歩しないといけない。

 じゃないと、あの両親に申し訳ないものね。

「何、笑ってるんですか!?今は貴女の使い魔です!!言うべき事は言わせて貰い

ますよ!!」

「いやいや、アンタの言う通りかもしれない。それじゃ、守護獣らしく護って貰おう

じゃない」

「手はあるんですか?」

「気が進まないけど、ある」

「では、防御は任せて下さい!」

 リニスは、私の前に素早く出ると手を翳すと、魔法陣を展開する。

 無数の雷光がバチバチと辺りを照らす。

「フォトンランサー・ファランクスシフト!!」

 魔力があちらこちらから吹き上がり、直接間接問わず襲い掛かる。

 雷の槍の群れが形成されると、一斉に襲い来る魔力や瓦礫を撃ち抜く。

 私は、呼吸を整えて呼び掛けた。 

 

「起きろ。バルムンク」

 

 血液が沸騰するかと思う程、熱く震えている。

 そして、血液から蒼いクリスタルのような材質で出来た美しい剣が姿を現した。

 ベルカ最強の剣であり、私の戦争本格参入の幕を開けた因縁の剣。

『漸く呼んで下さいましたな、我を。随分と待ちましたぞ』

「煩い。サッサと仕事をしろ」

『相変わらず、剣遣いが荒い主ですな』

 変に余裕ぶって、苦笑いしてみせる気配が伝わり、軽くイラッとくる。

 バルムンクを使う事に、精神的な抵抗があった。

 バルムンクさえ、私を主としなかったら、私はもっと皆とマシに過ごせたので

はないかと。それが例え八つ当たりであったとしても、そう思っていた。

 だからこそ呼ばなかった。

 だが、バルムンクを握った瞬間、懐かしさが胸を過る。

 身体全体をバルムンクの蒼い神気が覆う。

 リニスの背は驚きで小刻みに揺れていた。

「集中して。今まで放置してたから準備がいる。私をガードしろ」

『本来であれば、貴様の如き山猫が主の守護獣など烏滸がましいのだが、仕様が

ない。少しの間であるならば、我慢しようではないか』

「貴方?に我慢しても貰う必要はないと思いますけどね!!ガードは任せて下さい」

 その背は少し張り切っているように思えた。

 私は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 雷鳴が轟き、脅威を除いていく。

 リニスは魔力を節約しつつ、効率よくガードしてくれている。

 実力は高いな。

 バルムンクは手際が悪いと、小姑の如くブツブツ言っている。

 

 そして、掌握は完了する。

 

 瞬間、私はバルムンクを振り抜いた。

 蒼い奔流が空間全てを覆い尽くす勢いで満ちた。

 表に出ていた魔力が、根こそぎ消え去った。

 リニスが驚きのあまり振り返った。

『うむ。時間が掛かりましたな。昔の貴女なら一瞬だったでしょうに』

 確かにその通りだが、ムカつく。

 神気を人の身で扱うには、魔力を介在して指向性を持たせて操るしかない。

 だから一々掌握してから使う必要があるのだ。

 それが終われば、あとはやるだけだ。

 この剣の主となった者は、ベルカにおいて、神の地上代行者と認められた。

 古くは、だけどね。つまり真面に扱えれば、それ程の剣なのだ。

 つまりは、霊脈の暴走を抑え、不調を整えるくらい造作もない。

 バルムンクを霊脈へと突き刺し、神気を流し込む。

 そこから霊脈の魔力をコントロールし易いように弱め、私の魔力で指向性を

持たせた神気で調律していく。今までの苦労が無駄だと言わんばかりに、霊脈の

流れが穏やかになっていく。その様は、まさに神器と呼ぶに相応しい力だ。

 ついでに残留している思念体の魔法式も消去して、元の状態に復旧させていく。

 霊脈の流れが、完全に戻った事が確認出来た為に地面から剣を引き抜く。

 精霊の眼(エレメンタルサイト)もフルで使用していたので、眼精疲労が酷い。

 視線を地面から上げると、リニスが微笑んでいた。

「何?」

「いえ」

 意味有り気にそう言うと、リニスは私を抱え上げた。所謂、お姫様抱っこである。

 憧れないよ。こんなイベント。

「私が運びますよ。疲れ切っているでしょ?人を運ぶ仕事は得意なので」

 最後に嫌味を言うのも忘れない。いい性格の守護獣だ。

 解雇でいいかな。

 どうもパスが繋がった事で、私の身体の状態まで把握しているらしい。

 どうも癪に障るので、突然、結界を解除してやる。

「!?解除する時は、一言言って下さい!!」

 慌ててリニスが気配を遮断して、高速で走り出した。

 私とバルムンクの笑い声が周囲に響く。

 

 迫りくるサーチャーに、私はリニスを煽って遊んでやったのだった。

 

 

             20

 

 グレアム視点

 

 揺れは収まっているが、感じからすると事態は悪化しているのだろう。

 結界越しでも嫌な手応えが伝わってくる。

 結界の解析をしているお陰で、中の状態も朧気ながら察する事が出来た。

 このまま手を出せなくても、運よく介入が可能だったとしても、最早、私の手に

余る事態である。だが、諦める訳にはいかない。私とアリアは、必死に結界に入れ

るだけの隙間だけでも、こじ開けようと足掻く。

 どれだけ時間が経ったか曖昧だが、事態は突然片付いた。

 霊脈の暴走が収まり、正常に復旧したのだ。

 それと同時に結界が、私たちを嘲笑うように消失した。

 

「Mr.グレアム!ここにいらっしゃったのですか!?フィアッセさんを無事確保!」

 

 ここにきて朗報が齎された。

 アリアの報告でロストロギアの意志のような存在に、身体を乗っ取られていたの

だが、どうやら謎の女性は恭也君の頼みを聞いてくれたようだ。

 謎の女性に一任してきたと聞いた時は、卒倒しそうになったが。

 安堵と共に湧き上がる無力感は、久しぶりの感覚だった。

 

 あとで状況を確認すれば、アリアが言っていた違法魔導士は消息不明。

 これは、おそらくは死んでいるだろう。

 ジャンキーは、大怪我をしているが全員無事確保。

 大剣を持った不審者死亡。

 爆弾魔は重症ではあるが、一命は取り留めている。

 恭也君が倒した連中も、大小怪我はあるが確保。

 

 そして、肝心のロストロギアは残骸を確認した。

 それをやったと思われる謎の女性はロスト。

 利用されていたと思われる使い魔もロストした。

 すぐに意識の戻ったロッテも加えて追跡をしたが、全く行方は掴めなかった。

 有り体に言って惨敗と言っていい内容だ。

 

 落ち込んでいる暇はない。

 恭也君にも言った事だが、次に活かせばよいのだ。

 みっともない結果であろうが、友人の娘を無事を確認できたのだから、私の

プライドなど考慮外だろう。

 

 次、この世界を訪れる時こそが本番だ。

 命を長らえた以上、次は失敗しない。いや出来ない。

 私はエリス嬢達と今後の方針を話し合いつつ、決意を新たにした。

 

 

             21

 

 リニス視点

 

 あれから管理局員のサーチャーを躱して、私と主は逃げ切った。

 未だに私が主に付き従っているのは何故かと言えば、それは偏に放って置け

なくなったからだ。

 彼女と繋がった時、彼女の過去は垣間見た。

 意識がある状態だったから断片的だったけど、彼女がこの世にあまり価値を

見出していない理由は分かった。私の悩みなど、確かに彼女から見たら下らない

だろう。今はご両親の愛情で繋ぎ留められているけど、それが外れてしまえば、

彼女はアッサリと人生を再び投げ出す事でしょう。

 だからこそ、彼女をこの世に繋ぎ留めるモノの一つになろうと思った。

 勿論、打算もある。

 彼女ならば、フェイトやアルフを救ってくれるかもしれない。

 もしかしたら、プレシアすら助けられるのかもしれない。

 私の手は汚れている。

 ならば、汚れた手でも出来る事をしようと思う。

「よければ、これからもよろしくお願いできませんか?」

 逃げた先で、私はそう言った。

『分を弁えろ。山猫』

 剣は主の血液の中の筈なのに、声が聞こえた。

 だが、無視だ。

 私は主の返答を待つ。

 主が溜息を吐く。

「これから、両親に怒られるんだよ。そんな最中で飼い猫を強請るなんて、難易

度高過ぎる。期待はしないように」

 主はそう言って歩き出した。

 

 私は主の後を追って歩き出した。

 

 

             22

 

 案の定、両親に泣かれるわ、怒られるわで散々な目にあった。

 修業は大切なのだと、今更ながらに実感させられた。

 てっきり死ぬかと思われたリニスは、守護獣を引き続きお願いしますと言って

きた。どういう心境の変化か知らないが、打算はあるのだろう。

 フェイトの事とか。

 まあ、なんとかとかいうロストロギアが原作開始で降ってくるから、どちらに

してもフェイトとは関わるし、まあ、いいかと思う事にした。

 問題は怒らせた直後に、飼い猫を強請るという暴挙が成功するかどうかだ。

 ところがあの猫、何をトチ狂ったのか、両親の前で人化して自分で交渉したの

だ。両親も私のカミングアウト以来、腹が据わったようで、驚きはしたものの、

極めて冷静に話し合いをした。

 結果はOK。

「私も全力で主を支える積りでおります」

「無謀な行いを止めてくれると、尚助かるよ」

「この子、まだ態度が固いから、一緒に家族になれるように頑張りましょう?」

 最後に謎の連帯感を持って、交渉は幕を閉じたのだった。

 

 因みに、コンサートは後日日程をズラして行われた。

 あの日、実施出来なかったコンサートをツアー終了後、戻ってやり直してくれた

のである。行けなかった人はいなかったそうだ。二か月後だったから、調整もやり

易かったのだろう。

 そして、冒頭で学園長である世界的な歌手さんが、出てきて話し始めた。

 謝罪から始まり、最後にとんでもない発言をやった。

「私を助けてくれた女性が聴いていると信じて、感謝を込めて歌います」

 事件は、ガス爆発と地震という決着を見ていたから、会場は?の嵐である。

 結界で隔離されていたとはいえ、被害は現実にも多少の影響を与えた。

 それでか、すぐに地震で何かあったんだろうというストーリーを構築したようで、

誰も何も言わなかった。

 だけど、何故か私の方を見たように思うのは気の所為か?

 まあ、気の所為としておこうじゃないか。ねえ?

 そういえば、なのはちゃんを会場で見掛けたけど、落ち込んでたな。

 今の君に出来る事なんてなかったんだから、一々気にしなくていいのにね。

 

 管理局もうろついていなかったし、諦めてくれたようだ。

 尤も、あの場に局員など猫二匹以外見なかったけど。

 まあ、勝利という事でいいだろう。

 自分の机で頬杖をつきつつ、今回の出来事を振り返り、私は一人頷いた。

「あの…。何に納得して頷いているか知りませんが、これはどういう事ですかね?」

 リニスが机に向かって、宿題をやっていた私に声を掛けてきた。

 私はなんの事か分からず、振り返ってリニスを見た。

 リニスが猫の形態で座っていた。

「何が?」

 私は怪訝な顔で訊いた。

「この姿ですよ!!」

 姿?プリティだと思うけど?

 リニスは、私の反応に苛立つ。

「どこにいるんですか!?こんな招き猫を、そのまま生き物にしたような姿の猫

なんて!!」

 え?可愛いじゃん。ニャンコ先生。

 某少女漫画に出てくる妖怪の仮の姿で、凡人時代に好きだったキャラクターだ。

「目立って仕様がないじゃないですか!!」

「戦闘形態はカッコイイでしょ?強いし」

「そういう問題じゃありませんよ!山猫の姿でいいじゃないですか!」

 この街なら、変わった猫で済むかもしれないが、下策だ。

「そりゃ、出来ないかな」

「どうしてですか!?」

「そりゃ、管理局員に山猫の姿も、戦闘形態も、人化した姿も割れてるんでしょ?」

「っ!?それは…」

 そう。今、リニスにはボディスーツのようなデバイスを身に着けさせている。

 これならバレない。

 目立つような姿で潜伏するなんて、誰も考えないだろう。

 私の趣味である事は否定しないけどね。

 リニスにしてみれば、自分は猫ではないという誇りがあるから、普通の猫にして

くれとも言えないようだ。

 バルムンクが忍び笑いしているが、リニスにも聞こえているので青筋を立てて

怒っている。

「それより、ブランクを埋める協力をして貰うよ」

 不満そうに黙り込んだリニスだが、渋々頷いた。

 

 さあ、これから忙しくなるよ。

 

 

       23

 

 プレシア視点

 

「そう。それじゃ、ロストロギアは破壊されたのね?」

 私は()()()()()()、今回の顛末を確認していた。

「そうだ。グレアムの老人が確認した。持ち帰った破片では君に繋がる証拠など

到底望むべくもないだろう」

 サウンドオンリーで姿は見えないが、管理局の内部事情を探る上で重要な知り合い

だから、重宝している。

「そういえば、君の探していた遺跡をスクライア一族の発掘隊が発見したようだ」

「へえ、そう」

 私は内心の歓喜を隠す為に、態と軽く返事をした。

「例のブツが出るかは分からないが、輸送情報を流そうか?」

 願いを叶える機能を持つエネルギー結晶体。

 私が最後に希望を託している物。

 アルハザードへの切符。

「そうね。お願いするわ。お礼はいつも通りに」

「期待しているよ」

 そんな言葉と共に通信が切れた。

 俗物。

 そんな感想が頭を過るけれど、文句を言う筋合いのものじゃない。

 そんな俗物にも利用価値があるのだから。

 もうすぐよ。もうすぐ、願いは叶う。

 アルハザードならば、私が望むものがある筈だ。

 ()()()の存在がそれを裏付けている。

 

 それにしても、リニスもこれで消えた。

 あの道具を納得させる手間は、煩わしかったけれど、居なくなってくれてホッと

している。偽物なんて、もう必要ないのだから。

 

 そこまで考えたところで激しく咳き込んだ。

 吐血して血液が床に飛び散る。

 

 時間がない。

 

 私は血液の痕跡を荒い息を吐きながら、消し去ると歩き出した。

 ロストロギアの確保までに、やる事は山のようにあるのだ。

 

 この瞬間、私の頭の中からリニスの存在は消え去った。

 

 

             24

 

 なのは視点

 

 あれはなんだったのか、分からない。

 フィアッセさんが、悪い幽霊?だかなんだかに憑りつかれて、皆に酷い事を

しようとしたらしいんだけど、結局、逃げる事しか出来なくて、後で皆に怒られた。

 お兄ちゃんやお姉ちゃんでも、どうにも出来なかったんだから当然なんだって

頭では分かってても、落ち込んだ。

 そういえば、お兄ちゃんも皆から怒られてた。

 無事だったからよかったけど、フィアッセさんを正体不明の人に預けてくる

なんてって。

 でも、お兄ちゃんは全然平気で言い返してた。

「あの状況で、どうにかフィアッセを助け出す手段を持った人間はいなかった。

 なら、少しでも可能性のある方に賭けるしかないだろう」

 お兄ちゃんは、なんか変わったと思う。

 なんか硬過ぎたのが、少し柔らかくなった感じかな?

 

 私自身にも少し変わった事が起きている。

 アリアさん。お姉ちゃんと一緒にお仕事してたロッテさんのお姉さんを見て

以来、胸の奥の方が脈打つようになった。

 上手く、これも言えないけど、身体のどっかの異常じゃないと思う。

 

 暫く、私はこの感覚に困る事になる。

 けど、それがこれからを決定するような事に繋がるなんて思いもしなかった。

 

 

 

 




 年始早々にトラブルに見舞われ、時間が掛かってしまい
 ました。
 加えて、あともう少しだから書こうとやっていたら、こ
 んな長さになっていました。
 
 生まれてから勘を取り戻す事をしていなかった美海は、
 今回、手落ちをしております。
 なのはちゃんは、原作に向けて胎動しております。



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