「……へぇ、奴らも少しは遊び心を分かってるじゃないか、まさかあの場所に楔を打ち込むなんてな」
そこは果てにあった。
「しかしだとしたら状況が面倒だな、全くの範囲外に手を打たれたのなら俺は動けない」
暗黒すら生温い程の闇の中で一人立ち尽くす男が居た、誰に話すでも無くただ独り言を零すその男は眉をひそめ暫し思案した。
「あまり重要な時代とは言えないが…それが現在となれば話が別か……仕方ないが搦手で行くか」
何も見えぬ闇の中を男は迷うこと無く突き進んでいく、男の手にはいつから握っていたのか、一枚のカードがあった。
「これで可能な範囲で対策は打てるが、いまいち腑に落ちないな、何故近代に歪みをもたらす?」
アレを人の尺度で測るのはナンセンスか…と思考を中断して手に持つカードを眺める、そこに描かれているのは様々な楽器の中心に美しい女性が何かを歌ってる様子を象ったものだった。
「……まあ心当たりが無いではないが」
男はカードを地面に置くとそのままカードに手をかざす、男の口が何かを発した次の瞬間にはカードは光り輝きながら風に流される様に消えていった。
「あそこの軸に記録されている存在を見ればあらかた予想は着いていたが……」
男は立ち上がり、また何処かに向かって歩いてゆく。
「まあちょっとしたお膳立て程度だ、後は自分で上手くやってくれよ、『偶像に至る者(アイドルマスター)』?」
私は今とっても困っていた。
というのも私はアイドルの養成所でトレーニングを受けている、まだテレビなんかにも出た事の無いひよっこで、そのぐらいしか自己紹介に付け加える事の無い普通の女子高校生……だった筈だ。
今日も学校が終わってから養成所に向かいそこのトレーナーさんと一緒にレッスンを受けていた、昔はまだ人数がいたのだが大学受験や心が折れたりして一人、また一人と辞めていき気づけば私一人だけが今日もせっせとレッスンを受けていた。
「卯月ちゃんまた柔らかくなったんじゃない?」
「本当ですか!、やっぱりいつも柔軟をしてた甲斐がありました!」
卯月。島村卯月。
それが私がこの世に生まれ落ちてから今日に至るまで使い続けてきた名前……などと少し格好を付けて言ってみてはしたが要は島村卯月、十七歳です!夢はアイドルになって皆を笑顔にする事、今はまだまだだけど……これからもっと頑張ります!
というのが正しいだろう。
「それじゃ私はちょっと席を外すけれど…卯月ちゃんは好きにしてていいわよ」
「分かりました!いってらっしゃいトレーナーさん!」
トレーナーも居なくなって暇になった卯月は動きやすいジャージからここに来た時と同じ学生服に身を包む。
「明日の天気は……っと」
少し前であれば一緒にレッスンを受ける仲間とさして広くないこのレッスンルームでたわいの無い会話をしていたが、今ではこのレッスンルームの広さを持て余す程に感じる、しかしそれは優越でも特別にも感じる事は無かった、あるのは空虚なこの空間だけであり、それは年端もいかない卯月の心には小さな蝕みであった。
「……………………」
人は静かな場所にいると、つい考え事をしてしまう、それが楽しい事であれ、あまり面白くはない事であれ、だが今の卯月は残念ながら後者の方について考えてた。
「……やっぱり」
眺めていた携帯の画面から目を離し顔を正面に向ける、一瞬だけ賑やかだったレッスンルームを幻視するがやはりここにはただ1人と静寂な空気以外には存在しない、だが卯月にとってそんな些細事でも心にナイフを入れられる様な鋭い痛みを感じていた。
「やっぱり私みたいな普通の子が…………アイドルになんてなれるのかな……………?」
天井を見上げる。
ただの白い天井ではあるが、今の卯月にはその天井の白ささえ自分を嘲ている様に感じて妙に苛立っていた、そんな被害妄想にも近い八つ当たりをしてしまう辺り、やはり今の彼女は穏やかではないのだろう。
「…………でも、諦めたくないなぁ…このままは…嫌だな…」
それはほぼ祈りに近い言葉だった、今の自分ではどう頑張ったってアイドルにはなれないだろう、でもそれを理由に諦めたくはない、そんな弱々しい希望を誰もいない孤独と進展のない現実に潰されないようにする為に、精一杯の抵抗を込めて放った言の葉。
「ここでやめたら、絶対後悔する…ずっと引きずっちゃう…でも…」
分かってる。
心の中ではちゃんと理解している、ここでリタイヤしたら確実に後ろ髪を引かれながら過ごす事になる、でも、それでも諦めなければ良いわけじゃない、諦めなかったからといって確実にチャンスが回ってくる事は無い、レッスンも今のまま続けていたって多分これ以上はあまり伸び代もないだろう、それを分かって続けるのはどれだけ酷な事なのだろうか、やり遂げる者はやり遂げるだろう、しかし卯月にはそれがどうしようもなく遠い、一寸先も見えない道のりに心が折れかけていた。
「…………………どうすればいいんだろう?」
思わず膝を抱えて俯いてしまう、頭の中ではいくらでも自分を励ます事は出来るが、体は感情に正直な様でいつの間にか瞳から涙がこぼれていた。
怖い。苦しい。
でも諦めたくない。
そんな負の感情と諦めたくないと叫ぶ小さな願いが混ざりあって、本人である卯月ですら自分の心がどうしようもなく分からなくなってしまった。
分からない。
分からない。
分からない。
分からない。
私は一体、何をしているんだろう???
「なら、精一杯唄ってみなさいな」
「………………え……?」
目の前に。
異常が存在した。
「貴女にとってのそれはそんなに辛い事なのかしら?」
目の前に顕現した異常はこちらの都合などお構い無しにそう尋ねてきた。
「弱音を吐いてる割にはその眼、貴女の瞳の奥からは少しも火が消えている様には見えないのよ」
まず真っ先に目に入る明らかに時代錯誤であろう、しかし異常なまでに神秘を漂わせる服装、そして認識した瞬間、数秒程我を無くして魅了される程の端正な顔、しかしこの異常を一番異常たらしめるのは髪、正確にはその色。
頭から腰まで伸ばされたその長髪は、この目に支障をきたしていないのであれば文字通り黄金に輝く金髪が、髪の末端にかけて紫色にグラデーションされている。
まるで女神の様だ。
一切の誇張無くそう思った、現にこの体は目の前の存在に対して無意識に畏怖を覚えていた。
「あ…あの、貴女は…だっ誰でしょうか…」
混乱した頭が敬語もどきを使いながらその存在に対して言葉を紡ぐ。
しかし女神様?は卯月の言葉に少しムッとしていた。
「あら?自己紹介を忘れていたのは私の落ち度だけれど、質問を質問で返すのは愚問というものよ」
「あっああああ!!すっすいません!!」
いつの間にか体は動き、所謂土下座をしていた。
この存在には逆らえない、何故だか理由もないのに理解できる、体もそれを許容する、何か絶対的な圧力を受けたこの身は、この存在にどうしようも無く平伏する。
「ちょっと貴女幾ら何でもそこまで…はぁ…いいわ、『Σβήστε』………これで大丈夫でしょ?」
良く聞き取れなかったが、女神様?が何かを呟くと先程まで自身にかけられていた重圧が嘘の様に消えていった、それでも目の前の存在に対する畏怖は微塵も消えていない。
「それで、さっきの質問だけれど?」
どうやら私は恐れ入りながらもこの存在に解を述べねばならないらしい。
「わっ私は…………勿論レッスンは厳しいです……でも、それ以上に楽しくて…友達もいっぱいいて、皆となら乗り越えられるって……
それなのに、いつの間にか皆居なくなって…それでもう……もう何をやっても駄目な気がして……私にはアイドルになる為の力も資格も覚悟も何もかも……足りないんじゃないかなって……」
「……………………」
女神様は私の心の内を静かに聞いている、その受け身な態度に私はどこか安堵を覚えたのか、言葉がポロポロと出てきた。
「ちゃんと分かってはいるんです…自分には飛び抜けた才能なんて無いことを、でも…でもそれを理由に自分の夢を諦めたくないんです!…けど………いつになっても私はアイドルになれません、一度だけ大きなライブの物販のお手伝いをした程度です……気づけば養成所に入って四年経ってて……高校生です…養成所のお金だってマ…母に任せきりで、もう迷惑はかけられません、だから、もう、そろそろ潮時なのかなって……」
「怠惰ね」
間髪入れずに女神様はそう言った。
「貴女がアイドルを目指すかどうかは貴女自身の問題であって周りの有象無象は関係ない筈よ?」
「うっ有象無象…」
「そう、有象無象よ?貴女の目的の為には不必要だもの、そんないてもいなくても変わらない連中に後ろ髪を引かれる様なら永遠に貴女はアイドルにはなれないわよ?………いい事?真に『偶像』に至るのであれば、要らない物は全て切り捨てるべきよ、人の身で人の視線と感情を魅了するのは至難であり不遜、『本来の意味』でのそれは………今はいいわ、ともかくアイドルになりたいのなら、偶像に至りたいのであれば周りでは無く己の心配をしなさい、才能が無い?資格が無い?観る客はそんな事はお構い無しなのよ、普段の貴女を知らない客を貴女は仮面を被るように自分を殺して魅了するの、それがアイドルってものよ?」
「そっそんな覚悟が必要なんですか?アイドルって………というよりアイドルのこと妙に詳しいんですね…」
そんな呆けた頭で浮かんだ疑問を口に出すのは果たして正解だったのであろうか。
「当然でしょう、何せそれのオリジナル……元ネタって言った方が分かりやすいかしら」
「えっ」
具体的には分からないが、この目の前の存在は今さらっととんでもない事を言った。
「そういえば、まだ私の自己紹介が済んでいないわね」
その場で突然優雅にお辞儀をし、片目を閉じながら女神様は薄く笑い、まるで子供の悪戯の様に言葉を紡いだ。
「申し遅れましたわ……我が真名はカリオペイア、此度はグランド・ディーヴァとして現界し、召喚に応じましたわ………さぁ『マスター』、貴女のお名前を教えて下さる?」
時計の針は頂点を示した。
設定
クラス:歌姫(ディーヴァ)・冠位指定
真名:カリオペイア
性別:女性
身長:163cm
体重:42kg
属性:秩序・善
ステータス
筋力:C 魔力:A++
耐久:B 幸運:A
敏捷:E 宝具:EX
保有スキル
対魔力:A
魔術への耐性。ランクAでは魔法陣及び瞬間契約を用いた大魔術すら完全に無効化してしまい、事実上現代の魔術では傷付ける事は不可能なレベル。
魔力放出(光):B
魔力を自身の武器や肉体に帯びさせる事で強化する、ランクBでは丸めた新聞紙ですら岩を粉々に砕く威力を有する武器となる。
また自身に魔力を帯びさせると体全体が神々しく光り輝く、カリオペイアが認識阻害の魔術を使わない限りは魔術の心得が無い者でも視認出来てしまう。
偶像:A+++
魅了系スキルの最高峰、起源に定義される美しさを生物として持ちえた、在り方を違えてしまえば『獣』の幼体にすらなり得る美。
魅惑の美声を含めた複合スキル、狙った対象への魅了は勿論、カリスマと自己暗示が含まれる。
神性:A
神霊適性を持つかどうか。大神ゼウスとムネモシュネの子供の1人とされるカリオペイアは神霊そのものなので本来は『女神の神核』が付与されるのだが、歌の女神達としてではなくその1柱としての召喚である為制限がかかっている。
音楽の寵児(唄):EX
音楽神の加護、その本来のスキル。
遍く音を聞き分け、天才的な歌唱力を得る。
更に声を介した音楽魔術の行使に絶大なプラス補正が入る。
音楽神そのものであるカリオペイアだからこそ保有する専用スキル、神話では女神達の中でも1番弁舌であったと言われており、その為スキルは唄に関する能力に特化している。
黄金律(体):A
どのような運命を辿ろうと黄金比にも等しい完璧な肉体へと成長する宿命を指す、元々の保有スキル『女神の神核』によって不要なのだが、今回は付与されていないので本スキルはカリオペイア本人のポテンシャル。
宝具
『大狼は吠える、我が郷愁と共に(パルナッソス・ノスタルジア)』
ランク:EX
種別:対軍宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:?
歌の女神達が住んでいた当時のパルナッソス山を限定的に呼び出す固有結界。
固有結界内にいる生物の数によって威力が増幅する特殊宝具、結界内は神代そのものである為、大気中のマナも現代とは比べ物にならない。
この空間内に限りカリオペイアの声が魂の域にまで響き渡る様になり、その声は対魔力やカリスマによって軽減出来るが、影響を受けた存在はカリオペイアを強く意識する様になり、思考や感情をカリオペイアに魅了されてしまう。
また結界内の生物が百を越すと対魔力やカリスマがA相当であっても対抗出来ない程の影響を受ける、しかし例外としてエクストラクラス・アヴェンジャーに対しては効果が強くなればなるほどに『忘却補正』により影響が大幅に軽減される。
※アヴェンジャーが弱点なのは同時期に政宗くんのリベンジの世界に巌窟王を突っ込んだ政宗くんとアヴェンジャーというタイトルの小説(没案)を書いていてそれと世界観を共有していた名残。