とあるサキュバスの日記   作:とやる

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日記要素……あいつはいいやつだったよ。




11ページ目 『体育祭・上』

 秋の天気は気まぐれだ。

 晴れると思わせておいて雨を降らせ、はたまた雨かと思い傘を持っていけば開かずじまいなんて事もよくある。

 一週間前にニュースキャスターが真面目くさって雨の確率が高いと言っていた今日も、そんな事知るかとばかりに抜けるような青空が広がっていた。

 

 広いグラウンドを囲うように色んなところからの寄付や支援と印字されたテントが立ち並ぶ。

 その下ではブルーシートを敷いた学生や、保護者席の張り札がされたテントでは普段見る事もない老若男女種族津々浦々が会話に花を咲かせている。共通しているのは、今か今かと開始を待ち構えているような緊張感と高揚感がある事だろうか。

 

『間も無く時間になります。生徒の皆さんは入場の準備をお願いします』

 

 僅かなハウリングを伴ったアナウンス。

 待ってましたとばかりに勇み足で向かう者、始まったね、と友人と語らいながら気負いなく行く者、決意を瞳に宿し力強く進む者、全身から面倒くさい空気を発して足取り重く行く者と、抱く思いは人それぞれ。選手一同なんて開会式の定番の挨拶も、その実態は感情のサラダボウル。皆んなが真摯に臨むことなんて土台できっこない。

 

 それでも、始まる。

 交錯する思い、懸ける情熱。ひとりひとり違うそれを全部引っくるめて、幕は上がるのだ。

 

『えー、只今より、第四七回体育祭を始めます』

 

 気持ちを新たに額に巻いた青いハチマキをキュッと固く結び直す。

 覇気にかける校長の宣言を持って。

 私にとって忘れらない体育祭が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤、青、黄、緑、紫。

 この五組で競技をこなし、ポイントの合計を競うのが体育祭の主な流れだ。

 一組は赤組、二組は青組……といった具合に分かれ、二組の私は青組ということになる。

 

 私の出場種目は午前のラスト前、十一時二十分からの『団体種目(一年)』と午後の中頃、十三時半からの『障害物競走(借り物競走)』の二種目だ。

 私にとっての大本命、絶対に負けられない大勝負は全体の勝ち負けではなく、午前の団体種目。そこであの水妖精を負かして命令権を勝ち取り、私に喧嘩を売った事を後悔させることが私の体育祭の目的になる。

 

 つまり、午前中はほぼ暇ということになったりする。

 

 生徒用にあてられたテントの下では、同じチームの人たちを応援する姿を見ることができる。

 テントの前の方に集まり熱心に声を出しているが、あまりやる気のない私のような人たちはテントの後ろの方で思い思いに過ごしていた。

 友人と談笑する者もいれば、特に何をするでもなく座っている者、はたまたテントの外で緊張からか落ち着きなく動いている者も。

 中には、保護者ように割り当てられたテントに行っている者も、大学生らしき人たちと話しているのもいたり。

 

「どうしたのー?」

「ちょっとね」

 

 突然目を皿にして保護者テントを睨み始めた私に弓森さんが首を傾げる。

 本当にちょっとした事だ。ただ、身内の恥が漏れてないかと心配になっただけだから。

 

 今日はお母さんには来ないでと言ってあるし、お姉ちゃんは遠い大学に通う大学生。私の家族はこの空間には居ないのだから、安心して体育祭に臨めるというもの。

 お母さん……ついでにお姉ちゃんも、体育祭なんて来てしまえば逆ナンし始める事必至。

 その結果、私は『体育祭で父兄を手当たり次第に食ったサキュバスの身内』として後ろ指を指される高校生活を送ることになりかねない。そんなの無理、プライド的に耐えられないわよ。

 

 途轍もなくエロいサキュバスが居るって小耳に挟んだのでかなり本気で探したが、観客にサキュバスはちらほら居るもののお母さんの姿は見えない。ひとまず安心だ。

 

『続きまして、綱引きを行いますっ!! 全学年混成編成の五チーム総当たり戦っ!! 己が最も強いとその腕力を持って示せ!! 選手入場ですっ!!』

 

「あ、もう綱引きなんだぁ」

 

 十分ほど弓森さんと話していると、アナウンス役が変わったのかやけに熱の入った声が。

 打ち上がる歓声。顔を上げた弓森の視線を辿れば、遠目からでも分かる筋肉たちが入場しているところだった。

 

「私応援してくるよー」

「そう。いってらっしゃい」

「美上さんも前で一緒に応援しようよっ」

「私は別にいいわよ。興味もないし」

「ユキカゼくんも出るよー?」

「……なんでそれで私が心変わりすると思ったのか問い詰めたいのだけれど……あいつはリレーに出るんじゃないのかしら」

「ユキカゼくんは人間だからねー、人数が足りないところに出場してもらったんだ」

 

 鬼や妖精族といった、とにかく身体能力の高い種族や能力的に突出したところがある種族は基本的に複数の競技に出ることは出来ない。

 全部あいつでよくね? となるのを防ぐのがその大目的だ。その点、平均能力は低い人間が複数の競技に出場することに違和感はない。

 違和感はないけれど……。

 

「……もしかしてあいつが出るのって」

「全部で七種目かなー? 二年生が転校で複数出れる人いないらしくてねー、その分もユキカゼくんが出てくれてるから」

「……それは」

「美上さん?」

 

 それを聞いたとき、ほんの微かに、でも確かに、もやっとした何かが私の胸中を燻った。

 

 モブ男は引き受けたのなら精一杯力を尽くそうとする性格だ。

 何事にも真面目と言えば聞こえはいいが、それは手の抜き方を知らないということ。

 きっと……いや、確実に、モブ男はその八種目全ての練習をしたはずだ。河川敷で何時までモブ男が練習をしていたのかは知らないけど、お母さんの車から覗いた二十時よりも遅いのは間違いない。モブ男のあの異常なまでの練習時間の背景には、少なからず穴埋めで出場する五種目の影響がある。

 

 体力あるから大丈夫、なんて笑って引き受けたのだろう。その光景がありありと目に浮かぶ。

 断ってしまえばいいのに、自業自得だ。

 ……でも、なんで私は今、それを面白くないと感じているのだろうか。

 

 そんな内心が顔に出ていたのか、弓森さんは心配いらないと笑う。

 

「ユキカゼくんリレー頑張ってるからね、あんまり負担ないのをお願いしてるんだー。ほら、綱引きも多分──」

 

 そして、グラウンドに指を向け。

 

『おおぉぉぉおっ!!? あ、青組vs緑組、青組の勝利! 開始二秒のスピード決着……! 青組のあまりのパワーに緑組の選手たちが宙を飛んだように見えました……!!!』

 

「──こうなるから」

「……綱引きって人が宙に投げ出されるものだったかしら」

 

 クラスメイトの頭の上。本来なら空とテントの屋根しか見えないはずのそこに一瞬荒縄を握った人たちが見えたんだけど……。

 

「鬼が二人いるからねー、そうそう負けないよ」

「綱引きの人数って九人じゃなかったからしら」

 

 各学年三人ずつの計九人。

 今の弓森さんの言い方ではその二人以外数の勘定に入っていないように聞こえるのだけれど。

 鬼ってほんとデタラメな種族ね……。

 

 とはいえ、赤組も猪人を筆頭にパワー自慢を揃えていたようで苦戦しないわけではなかった。

 白熱した接戦というのは観客まで手に汗を握らせ、どうか勝ってほしいと願いを声援として叫ばせる。

 弓森さんも、普段のほわほわした雰囲気からは信じられないほどの大きな声を出して応援していた。

 

 縄の中央に近い部分。相手と直接相対するそこには、全体重を後ろに倒し、顔中に汗を浮かべ歯を食いしばって縄を引くモブ男の姿がある。

 そして、なんの脈絡もなく、糸が切れるようにその身体が傾く。

 思わず浮かび上がりかけた腰。引き止めるように私の手を握ったのは弓森さんだった。

 

 中央ライン、やや西より。

 爆発したかのような歓声。そこで勝ったのだと気付いた。

 両手を広げて喜びを爆発させているモブ男。一緒に綱引きを戦ったチームメイトと抱き合って。

 汗臭いだろうなあ、とか。この後団体戦で私を乗せるのに最悪、とか。まあ、いろいろ思ったけど。

 

「……良かったわね」

 

 きっと、いっぱい、いっぱい頑張ってたから。

 一番は、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──各チーム一歩も譲らない激戦を繰り広げてきました。あっという間に午前中もあと二種目。続きまして、一年生全五組による団体戦『騎馬戦』。騎馬を操る騎手のハチマキを奪い合う攻防入り乱れる乱戦になりますッ!! 間も無く選手入場です! 今しばらくお待ちください……ッ!!』

 

「さっきからこのテンションなんなの?」

「結構有名だよ、放送部の鴉丸先輩。アナウンサー志望らしいよ」

 

 声を聞いただけでマイクスタンド握りしめながらやってるんだろうなあ、とイメージできるぐらいにはずっとエンジンがかかりっ放しだ。ここまで来ると耳が疲れる。

 

 特に大きな問題もなくプログラムは消化されていき、現在時刻は午前十一時。団体戦まで三十分を切った。つまり。

 

 ──私の決戦が始まる。

 

「ふ、ふふ、ふふふ、どれほどこの日を待ちわびていたか……! 水妖精……ッ!」

「す、すごいやる気だ……僕も頑張らないと」

 

 勝負に燃える私の隣で、気持ちを改めるようにモブ男が拳をぎゅっと握った。

 それはいいし、頑張ってもらわないと困るのだけれど。

 それはともかく。

 

「あんたは早く着替えて来なさい。まさかとは思うけどその汗だくの身体に私を乗せるつもりじゃないでしょうね?」

 

 今のモブ男の体操服は水を被ったように濡れ。まるでサウナにいるかのように汗だくの状態。

 体操服の下のインナーを着替えたり、汗を小まめにタオルで拭いていたのは見てたけど、午前中にモブ男が消化した種目は綱引きを入れて五種目。暑い時に激しい運動をすれば一時間で二リットルの汗をかくこともあるという。今日の気温は二十九度を超えてるので、あれだけ動き回ればこうなるだろう。

 

 体操服に触ったら絶対ぐしょって洗濯物の感触がする。触ってないけど絶対する。

 でも、不思議なのはこれだけ汗をかいているのにも関わらず殆ど臭いがしない事だ。

 体温調節のための汗なのでエクリン汗腺からの分泌が殆どで、臭いの元になるアポクリン汗腺からの発汗が少ないとしても、汗からのフェロモンを嗅ぎとるサキュバスの私がすんすんと意識して嗅がないと感じ取れないのはおかしい。

 そんなに毛穴の状態を気にするタイプにも見えなかったのだけれど……。

 

「まさか。ちゃんと着替えるつもりだよ。でも、朝に洗濯間に合わなかったから家族が持って来てくれるはずなんだけど見当たらないんだよね……」

 

 そう言ってモブ男は困ったように笑って、きょろきょろと辺りを見回す。

 体操服を持って来てくれるという家族を探しているのだろう。

 ……ん? ちょっと待って、ということは、今モブ男は替えの体操服を持っていない……? 家族が見つからなければ私は体操服を絞れそうなほど汗をかいてるモブ男の両肩に手を置かなければならない……? 

 

 ……ゴム手袋を貰って来なければ! 

 

 嫌かどうかというところを超越して、他人の汗でぐっしょりの服に触るのは普通にちょっとキモい。

 保険のために保健室からトイレ掃除用の使い捨てゴム手袋を貰ってこようと家族を探すモブ男を置いて行こうとした、そのとき。

 

「おにぃぃぃいちゃぁぁあんっ!!!」

 

 幼い少女特有の甲高い声が人々の間をすり抜ける。様々な音が入り乱れるこの空間にあっても、可愛らしさすら感じる精一杯の大きな声はやけに深く鼓膜に染み込んだ。

 周囲の人たちと同じように、その声の方に振り向く。

 そこには、ぶんぶんぶんぶんっ! と千切れんばかりに此方に大きく手を振る小学生ぐらいの女の子が──ん? 何処かで見たことあるような。

 

「あ、マイカゼっ! 良かった、探してたよ!」

 

 モブ男が場所を教えるように大きく手を振る。少女のもとにモブ男が行こうとする前に、モブ男に気がついた少女がくわっと目を開き満面の笑みでたたたーっと走り。

 

「おにぃちゃぁーん! 体操服持って来たよー!」

「わっと、こら、急に飛びついたら危ないだろ。でも、持って来てくれてありがとう。ひとり? 母さんたちは?」

「うぇぇ……おにーちゃんべちょってする……」

「それはごめん。ほら、服に汗ついちゃうといけないから」

 

 飛びついて来た少女を受け止めたモブ男が、一転してテンションの下がった少女を優しく地面に降ろす。まるで酸っぱいものを食べたような表情をしていた少女だったが、ありがとうと頭を撫でられれば途端にニコニコと表情がころころと変わっていた。

 

 そこで、完全に足を止めてその光景を眺めているだけだった私に気がついたのか、モブ男があっと声を漏らし。

 

「えっと、一番下の妹だよ。来年から小学生」

「……ああ、あの時の」

「あ、覚えててくれたんだ。うん、水着売り場で一回会ってると思う」

 

 よく観察すればその少女には見覚えがあった。くりくりとした大きな目に、どことなくモブ男の面影がある顔立ち。夏休み、水着売り場でモブ男と一緒にいた少女だ。モブ男の妹だったのね。

 

 過去の記憶を掘り返しながら話していると、私の顔をじーっと穴が開きそうなほど見つめているモブ男の妹に気がついた。

 その視線がすっと下がり、ぴっと指を指して。

 

「おにーちゃん、この人お家にあった本のおねーさんよりおっぱい大きい!」

「ちょっ!? 何言って……!? 失礼だからやめなさ……いや待って今聞き捨てならないことがッ!!」

「ふわぁ……すっごくかわいい……テレビの人みたい……あれ? おにーちゃんのせーとてちょーで見たことある気がする」

「ちょおおおおっ!? ストップ、お口チャック! お口チャックして!!」

「お口チャックー! んっ!」

「よーしよし、良い子良い子」

「えへへ、良い子!」

 

 ……なんだこれ。

 目の前の会話に圧倒される。嵐のようだった。

 両手で口を押さえて「んーっ!」ときちんとチャックしている事を笑顔でアピールする妹の頭を撫でながら、モブ男は言う。

 

「は、ははは。ごめんね美上さん、急に失礼な事しちゃって」

 

 表情は若干引きつっていた。

 

「……別に良いわよ、小学生でもない子どものする事をいちいち気にしないもの。それに失礼度ならあんたも大概失礼だし」

「ええっ!?」

「今までの行動をよく振り返って見なさい。……それより、早く着替えて来たら? もうそんなに時間ないわよ」

「……あっ、ほんとだ。っと、すぐ着替えてくる! ……あ、マイカゼ……母さんたちは?」

「はぐれたー!」

「まじか……っ」

 

 焦った様子で時計と妹を交互に見比べ。早く着替えなければ間に合わないので一緒に男子更衣室に連れて行くか、それとも流石に更衣室外に放置するのも心配だから先に運営席に預けるか迷っているのだろう。方向逆だし。

 はぁ。仕方ないわね……。

 

「その子は私が運営テントまで連れて行くわ。アナウンスしてもらえれば母親とも合流できるでしょうし」

「え、いいの……?」

「そうしないと時間ないでしょう。だからさっさと着替えて来なさい。あんたが居ないと私の不戦敗になるんだから」

「……ごめん、ありがとう美上さんっ! ……マイカゼ、このお姉さんの言うことちゃんと聞くんだよ、できる?」

「できるーっ!」

 

 片手を上げて元気よく答えたのを見て、モブ男は体操服を受け取って更衣室の方へ走っていった。

 直ぐにその背中が人混みに隠れて見えなくなる。

 さて、と。

 

「じゃあ、私たちも行きましょうか。えっと……マイカゼちゃん?」

「はーい!」

「ひゃっ」

「ぅゆ?」

「……いえ、なんでもないわ」

 

 いきなり手を握られた事に驚いたけれど、小さい女の子だしまあ、いいでしょう。

 これが男ならチャームして放置してたけど。

 

 子ども特有の高い体温とぷにぷにとした手の感触。小さい、とても小さい手がぎゅ〜っと私の手を握っている。

 大きさに差があるためか、手を握るというよりは中指から小指を精一杯掴んでいる、と言ったほうが近いかもしれない。

 

 そのまま五歩ほど歩いて、歩幅を半分ほど小さくした。

 繋いだ手から引っ張るような手ごたえを感じたから。視線を落とせば、私と目があったモブ男の妹はにぱぁっと満開の笑顔。きゅん。

 

(いやきゅんじゃないわよ!!)

 

 すかさずセルフツッコミ。

 危ない……。これは人間これは人間これは人間……ふう、落ち着いた。

 純粋な子どもがこんなに愛らしいなんて……侮っていてわね……それに笑った顔が何処と無くモブ男と似てるような気もして……落ち着いてないじゃない私ッ!! 

 

「おねーさん?」

「なんでもないわ」

 

 モブ男の妹が不思議そうに首を傾げたので、何事もなかったかのように微笑んだ。

 

「ふわあ……写真よりすごくかわいい……」

 

 モブ男の妹の目がとろん、とふやける。おっと、いけないわね、私の可愛さのあまり幼気な少女の将来を歪めてしまいかねない。ほら、私って絶世の美少女だから。

 

「ねえ、お姉さん聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」

「なーに?」

 

 ちょうど良かったので、歩きながら気になっていた事を聞くことにした。

 何も純粋な親切心からモブ男の妹を送り届けると言ったわけじゃない。モブ男が着替えてくれないと私も困るし、それに何よりこの子が気になることを言ったからだ。

 

「生徒手帳で私を見たってどういうことかしら」

 

 生徒手帳。校舎の見取り図や校則などがまとめられた手のひらサイズの冊子。全校生徒に同じものが配布されるが、当然そこに一生徒の顔を判別できるような何かはない。

 つまり、生徒手帳で私を見たという事は、その持ち主が後から私を私と判別できる何かを付け加えたという事に他ならない。

 例えば……そう、私の写真を挟むとか、ね。

 

 生徒手帳に好きな人の写真を挟む。漫画ではありがちなそれも、一年生は入学してからこのかた修学旅行写真のように学校側が販売した写真はなく、尚且つ私はスマホでの写真も弓森さん以外とは取ってないとなると話は変わってくる。

 必然的に弓森さん以外が持っている私の写真は盗撮。モブ男の生徒手帳にあるものが私の写真だった場合、モブ男は私を盗撮し、あまつさえそれを現像して生徒手帳に挟み肌身離さず持っていたということになる。

 

 文句なしのアウトだろう。言い訳すらできない。

 盗撮自体は何度も経験しているけど……三百六十度どの角度から見ても美少女の私といえど気の抜ける瞬間はある。それに、私を盗撮する目的といえば欲望のはけ口にするか、売るかの二択だったので盗撮に気付き次第即チャーム消去が基本だった。

 

 厄介なのは女子が盗撮してる場合なのよね……あいつらはお金にするか弱みを握るかしか考えてないのでやり口が下衆い。チャームが使えて、ただ私の写真を撮れれば良かった男と比べて対処がしんどかった……。

 

 それはそれとして。

 原点に立ち返ってみれば、私がモブ男をチャームしたいのは、私に歯向かった生意気なモブ男をけちょんけちょんにして後悔させてやりたいからに他ならない。

 言ってしまえば、私の言うことを何でも聞く奴隷にしたいからだ。

 

 そして、それは盗撮写真を持っていることをネタにした脅迫でも概ね達成されるだろう。

 

 なら、ここでモブ男の妹から真実を聞き出すのは目的達成の為に必要な──。

 

(──いや、ちょっと待って)

 

 そこまで考えて、ふと。

 私はとんでもないことに気が付いた。

 

 チャームを諦めて、盗撮写真をネタに脅迫する。

 それは。それは、つまり。つまり……!! 

 

(私ではあいつをオトせないって自分から認めたことになるじゃない……!!)

 

 事実上の敗北。私には魅力がありませんでしたと自ら宣言するようなもの……! 

 それは認められない。断じて認めるわけにはいかない。だって私美少女だから!!! 

 

 とはいえ、盗撮写真を保持されるのも普通に気持ち悪いのでそのまま聞いた。結論から言えば、私の予想は外れていた。

 

「おにーちゃんのせーとてちょーにね、人がいっぱい写ってる写真があってね、そこにおねーさんがいたの!」

「人がいっぱい……? あ、入学式のかしら」

 

 よくよく思い返してみれば、私の家にも入学式のときのクラス全体写真はある。多分、お母さんが保管しているはずだ。

 あまり数はいないだろうけど、入学式の全体写真程度ならまあ、そういう人もいるだろうの範囲内。

 盗撮写真を懐に仕舞われるのもキモいけど、それはそれでどこか残念なような……いや何考えてるんだ私。

 

「じゃあ、この子はちゃんと預かるね」

「ばいばいおねーさん! ありがとーっ!!」

 

 かわいい。……はっ! 

 モブ男の妹を運営テントにいる教師に預けて、入場待機列へ。

 途中で着替え終わって戻って来ていたモブ男と合流した。

 

「本当にありがとう。このお礼は必ずするよ」

「……こんな事ぐらいで別にいいわよ。……それより」

 

 たんっと弾むようなステップ。

 モブ男の隣から二歩前に進んで、振り返って。

 モブ男の顔を正面から見つめた。

 

「絶対勝つわよ」

「ああ、もちろん」

 

 お互いに口の端を吊り上げて、挑戦的な笑みを刻む。

 頂点に達した太陽が白く燃えていた。

 決戦まで、後五分──。

 

 

 

「何をしてやろうかしらねえ……!! 生まれて来たことを後悔させてあげるわ水妖精……!!」

「……これ勝ってもいいのかなあ」

 

 いいのよ。手を抜いたら承知しないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堅く組まれた手に足を乗せ。

 練習のときとは違い靴は脱いでいない。怪我防止のためらしい。でも、大きく力強い手は靴で膨らんだ体積を物ともせずがっしりと掴んでいた。

 掛け声の瞬間、一気に高くなる視点。小さな子どもが親の肩車を好むのは、視点が高くなることで広がる世界に新鮮さを感じるからだそうだ。

 その気持ちも分かる。だって、普段よりずっと高いこの視点は、今まで見えなかったものまで見渡せるような気さえしてくるのだから。教頭の頭頂部は持ってあと三年ね。

 

『お待たせ致しました。只今より一年生による団体戦……騎馬戦を行います。選手入場三秒前……二、一……っ! 始めぇっ!!』

 

 開戦のゴング代わりと高らかな空砲が空気を震わせる。弾けるような音とマイクのハウリングが重なり合い、刹那、雪崩のような雄叫びがグラウンドを折檻した。

 

 楕円形のグラウンド、それを囲むように均等に配置された五つの入場門から五色のハチマキをつけた騎馬が邁進する。

 騎馬の数はそれぞれ十。ひとつ騎手のハチマキを奪えば一ポイント入り、ハチマキを奪われた騎馬はその場で討死、脱落になる。また、騎手が地面と接触しても落馬となり失格。

 そして、各チームにはハチマキの色に合わせたビブスを着た大将が存在し、その大将のハチマキは十ポイント入る。

 

 つまり、勝つためには。

 

「とにかく全部のハチマキを取りゃいいってことだよなぁ!!」

「きゃあああぁぁぁぁっ!!」

「吐くぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 荒々しい砲声と悲鳴で軌跡を描き飛び出す騎馬が一騎。

 青組の大将、弓森さんたちの騎馬だ。

 

『開始数秒で凄まじい速さで走る騎馬が一騎!! これは青組か!? とんでもない速さで大将が乗り込んできたあっ!! ……いやこれはありなのか!?』

 

 実況をしている放送部の先輩とやらの躊躇いの声。

 まあ、無理もないだろう。なんせ。

 

「ねえ、やっぱりあれダメなんじゃ……」

「問題ないわ。何ひとつルールに抵触してないもの」

「ルール的に問題なくても委員長たちが気の毒だけどな……」

 

 一番近いところから出てきた黄組に突撃する、前を走るシルエットはひとりの大男。

 そう、ひとりだ。騎馬を組んでいるわけではない。

 二メートル近い巨躯の鬼が、弓森さんともうひとり、小柄な女子を背負って爆走しているのだ。

 

 騎手が地面に接触したら落馬と見なされ失格する。一応騎手の弓森さんは地面と接触してないのだから何も問題ないでしょう? 

 

『えー、校長から『ルール的には問題ないし面白いからOK』との言葉を頂きました! っと、青組大将、黄組と間も無く接触……あぁっ!? ……今、私の目には青組大将が十五メートル近く跳躍したように見えたのですが……? そのまますれ違いざまにハチマキを奪った模様です……! 青組、早くも一ポイントだーっ!!』

 

「うわあ……完全に別ゲー状態だなあ……」

「あの騎馬、何があったか分からないって感じできょとんとしてるね……気持ちはよく分かる」

 

 そのまま開戦後間もないためばらけ切れておらず固まっている黄組に突撃する大将騎馬。よし、五ポイントは堅いだろう。向こうにも運動能力に優れた騎馬があるからそうそう上手くはいかないでしょうけど。

 

 あくまで開始直後の不意を突いただけ。鬼のデタラメな運動能力あっての離れ業。だが、刻んだインパクトは特大だろう。

 このアクションの目的は二つある。

 ひとつは、周囲の視線を引きつけること。

 開戦後三十秒もすれば敵味方の区別すら危うくなるほどの混戦状態になる可能性がある。なら、圧倒的な大将騎馬に敵の注目を集めて、その隙を狙おうという作戦。これが表向き、というか青組としての目的。

 

 そして、もうひとつ。これは、私だけの目的。

 

「随分と派手な事をしますね淫魔」

「ええ、直接辛酸を舐めさせてあげたかったもの」

 

 五色のハチマキが入り乱れる戦場。その中心でまみえる騎馬が二騎。

 

 陽の光を浴びて透き通る幻想的な水色の髪を靡かせる因縁の相手。

 猪人の男の騎馬を従え、肩に手を置いて重心を安定させていないにも関わらず、脅威のバランス感覚で立っている。

 額に真一文字に線を引いた真っ赤なハチマキは燃える闘志を映し出しているようだ。

 

「私が瞬殺してあげます。衆目の中で恥を晒す心の準備はしてきましたか?」

「こちらのセリフよ。絶対泣かしてやる」

「ふっ、水妖精の私に淫魔ごときが何をできるというのですか」

「その余裕がいつまで続くか見ものね。後でこんなはずじゃなかったのにと後悔しても遅いわよ」

 

 ぶつかる視線に乗った殺意が弾け火花を散らす。

 この私を見下し切った態度が本当に気に入らない……!! けちょんけちょんにしてやるわ……!! そのために練習してきたし、奥の手だってある!! 

 

「……お互い大変だな」

「……あー、其方も苦労された感じで?」

「……正直、水澄のイメージが崩壊したよ。無口クールなカッコいい女子のイメージが」

「……水澄さんは素は元気な女の子だから」

「……そうだったのか。なら俺は体育祭を通じて水澄と打ち解け……てないのは分かり切ってんだよなあ。はぁ」

 

 睨み合って口撃しあっていても拉致があかない。怒りが募るだけだ。

 ならば、もう後は殴り合うより他にない。

 重心を低くして身体を安定させ、何やら相手の騎馬と話していたモブ男の肩に勢いよく両手を置き。

 

「行くわよ。練習の成果を見せてやるわ」

「うん、任せて」

「へいへい」

 

 対して、仁王立ちする水妖精は腕を組んで胸を張り。

 

「行きますよ。あの淫魔を黙らせます」

「りょーかい」

「なあ、俺空気じゃね?」

 

 思えばこの二週間、普段の私からは考えられないほど熱心に何かに打ち込んだものだ。

 練習はしんどかったし、汗もいっぱいかいたし、真っ白だった肌は少し日焼けしてぴりぴりする。

 それでも私が頑張ったのは、今日この日に目の前の水妖精に勝つため。

 がむしゃらに走った私の二週間が、結実の時を迎えようとしている。

 

『五組入り乱れる乱戦っ! あちこちで激戦が繰り広げられる中──グラウンド中央! 戦場の中心で赤組の大将騎と相対する騎馬が一騎! これは……一騎打ちか──ぁっ!?』

 

 張り詰める空気。緊張感が肌を舐めなような気がした。

 調子のいい実況の声ににキン、と僅かなハウリングが混ざった。

 それが開戦の狼煙だった。

 

「く、ぅ!!」

 

 急激に身体にかかるG。

 私の身体能力では到底実現できないほどの急加速を行なったのは私の騎馬、モブ男とその親友だ。

 二人三脚程の動き難さはないが、騎馬を組んで私を乗せているとは思えないほどのスピード。その動きに乱れがなくシンクロしているのはお互いを親友と呼ぶ絆の為せる技か。

 瞬きの間に彼我の距離を食い殺し水妖精へ迫る。手を伸ばせば獲れる距離。出来る限り身体を小さくして加速に耐えていた私がハチマキへと腕を伸ばす。

 

「甘いですね」

 

 が、相手も一筋縄ではいかない難敵。

 蹴り足で地面が爆ぜた。そう錯覚させるほどの猪人の強烈な踏み込みが水妖精の身体を彼方へと運ぶ。取り残されたように一瞬宙を泳いだポニーテールに指を掠めた。

 

 それだけの急加速、身体にかかる負荷は尋常ではない。にも関わらず、以前腕を組み仁王立ちの姿勢を崩さない水妖精に驚愕する。

 反則じみた平衡感覚ね……。身体能力に優れた種族を挙げればトップ十位以内には入る水妖精のポテンシャルは伊達ではないということか。

 

 あらゆる意味でチート種族だ。油断せず水妖精を睨む。

 次の瞬間、水妖精の姿がかき消えた。

 

「しっかり掴まってッ!!」

「んっ!!」

 

 間髪入れず叫んだモブ男の声を頼りに肩に置いた手で体操服を握りしめる。今、こうやって私が付いていけているのは一重に練習の成果だ。

 爆発的な加速。振りほどかれそうな程の力の奔流に流されそうだ。堪らず、私はモブ男の胸元まで両腕を回し背後からしがみ付くようにして身体を固定させた。

 

「ごふっ、ぅ、んんんんっ!! 気合いと根性ぉっ!!」

「こんな時にまでっ、淫魔ぁぁぁあああっ!!!」

「親友ぅー!? 絶対足もつれさせるなよ!?」

 

 騎馬戦で勝負するとなったときに、この状況の予想はしていた。

 水妖精のクラスには、水妖精を含めて運動能力に優れた種族がいる。その種族で固まった場合私の動体視力では捉えきれないだろうと。

 なので、その場合はモブ男に全てを任せることにしていた。私はただ、必死に振り落とされない事に注力するのみ。

 

 大シケの海をイカダで進んでいるような感覚だ。必死に力を入れていないと今にも飛んで行ってしまいそうだ。目すらも開けられない神速の攻防。私にとっては遥か別次元の激戦。でも、ハチマキを獲れるのは私だけだ。いつでも動けるように気持ちだけは前を見ている。千載一遇のチャンスを掴むために。

 

 モブ男の合図、その瞬間を。

 

「美上さんッ!!」

 

 数秒か、数分か。いや、きっと一分もないだろう。

 時間感覚が狂うほど必死な私の鼓膜に届く、暗闇を引き裂くようなモブ男の声。

 

 ──来た。

 

 それは即ち、チェックメイトの合図。

 左腕でモブ男の首元を抱きしめるようにして身体を安定させ、私の中にある全筋力を総動員して瞬時に身体を起こす。

 目の前。バイクに乗っているかのような風圧の中、狭い視界が捉えたのは不意を突かれたのか此方に反転しようとする水妖精。その距離、僅か五十センチ。

 

(獲った──っ!!)

 

 手を伸ばす。ハチマキを取っても、取れなくてもこのまま押し込めば騎馬が崩れて落馬して失格、私の勝ちだ。未だ身体が向き直らない水妖精、その赤いハチマキに指が触れ──。

 

「──な、ぁ!?」

 

 ──触れた瞬間。

 水妖精が消えた。

 否、消えたのではなく。

 

「これだからチート種族は……!!」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 私の王手を躱し距離をとった水妖精。その姿は最初から変わらず仁王立ち──ではない。

 本来頭があるべきところに脚があり。脚があるべきところに腕がある。

 つまり、つまり──! 

 

「あー、分かってたけどよぉ、やっぱまともにやったら勝ち目ねえぞこれは」

「純粋な水妖精はホントすごいね……」

 

 私の眼前。その目の前では。

 猪人の肩の上で片腕で倒立をした水妖精が勝ち誇った顔をしていた。

 

「間抜けな絵面なのに……!!」

「間抜けとはなんですか間抜けとは!!」

 

 そう言って、よっと腕の力だけで軽く身体を弾ませた水妖精はそのまま空中で器用に体をたたみ、前宙の要領で元の仁王立ちへと。

 簡単そうにやっているが、それがどれだけとんでもない事かは流石に私でもわかる。

 

 あの瞬間だってそうだ。

 私がハチマキに触れた瞬間、水妖精はわざと騎馬の手から足を外した。

 重力によって身体が落ちる前に、猪人の肩に片腕をつき、そのまま腹筋と背筋を駆使して倒立の姿勢まで持っていった。

 もう意味がわからない。

 

「これで分かりましたか淫魔。貴女は私に絶対に勝てないのです」

「……そうね、私は貴女と違って動き難いハンデがあるから無理そうね」

「ぶち転がしますよ。でも、今はそれも負け惜しみにしか聞こえないですね。気分が良いです」

 

 ドヤ顔をする水妖精。くぅ、腹立つ……!! 

 思わず、モブ男の首元に回したままだった左腕に力が入った。

 

「色即是空空即是色、色即是空空即是色……ッ!!」

「……訂正します。やっぱり気分は最悪です!」

 

 まるで痺れを切らしたように。しかし、それは静止からの電光石火。

 瞬時に反応したモブ男とその親友が後退する中、私は──。

 

「出来れば使いたくなかったんだけど……」

 

 短く息を吸って、吐く。イメージは解放だ。

 ダムの水を放水するように、抑えていたものを、堰き止めていたものを解放する。

 

 何をって? そんなもの、ひとつしかないでしょう。

 

「──な、危なっ!? 急にどうしたのですか!? ……まさか──っ!?」

 

 ピタリ、と静止する水妖精の騎馬。

 突然の急停止にその場で踏み止まれたのは驚愕に値するが、それももう意味がない。

 だって、その騎馬の男はもう水妖精とともに戦う仲間ではなく。

 

「私の人形になってもらったのだから」

「魅了しましたね、淫魔……!!」

 

 いかに水妖精がチート種族といえど、これは騎馬戦。騎馬が動かなければ騎手の水妖精は動けないし、なんなら今すぐ騎馬を地面に寝転がせても良い。

 今の水妖精は正しくまな板の鯉。ふふふ、だから言ったじゃない。自分に魅了が効かないからって、サキュバスを甘く見たのが敗因よ……!! 

 

「これ本当に大丈夫なの?」

「……特にチャームに関する規定ないし良いんじゃないか? うちの学校サキュバス少ないからないだけかもしれねえけど」

「美上さんと後、生徒会の人だっけ。まあルール的に問題なら良いんだけど……ちょっと可哀想というか、なんというか」

「まあ技量とか運動能力とか練習の成果とかそういうの全部無に帰す決着のつけ方だしな」

 

 うるさいわね、勝てば良いのよ勝てば。

 

 ……本音を言えば、私も勝てるのら普通に勝ちたかった。あれだけ練習したんだから、普通に勝ちたかった。

 でもこんな規格外相手に正攻法では勝てないし。頭数増やして叩くのも、そもそもこの一騎打ちが実現してるのが他のクラスメイトが他の騎馬の乱入を抑えてくれてる結果だし……。

 

 うん、仕方ないと自分を納得させ。腑に落ちてなさそうなモブ男を無視して、うんともすんとも言わない騎馬の上でこちらを睨んでいる水妖精に目を向けた。

 

「そういえば、何か言ったわね。なんだっかしら……私には勝てないとかなんとか……忘れちゃったからもう一度言ってもらってもいいかしら?」

「ぐぬぬぬ……! おのれ淫魔……!! ちょっと審判さんっ!! これ反則なんじゃないですか!?」

 

 ふふ、悔しかろう悔しかろう! 

 抗議の声を上げても無駄よ、事前にルールは確認している。この騎馬戦にチャーム禁止のルールはない……!! 

 

『──はっ! あまりにレベルの高い攻防に見入ってしまっていました。突然動きの止まった赤組の大将ですが……これはいったい……?』

『──あれはチャームだね。どうやら青組の騎手の子が赤組の騎馬の男の子をチャームしたみたいだよ。うん、羨ましいな。触れてもない、ただ自分を見ただけの相手にチャームをかけられるサキュバスなんて早々いない』

『何処から湧いてきたんですか副会長!? 会長にまた怒られますよ。でも解説ありがとうございます! しかしどうやら抗議が入っているみたいですね。どうなるのでしょうか──』

 

 ……チャームがだめなルールはない! 

 でも、不穏な実況が聞こえた。何か嫌な予感がする。猛烈に嫌な予感がするので、今のうちに決着をつける!! 

 背筋にひたひたと這い寄るような悪寒を振り切るように、私は静止させていた水妖精の騎馬に──。

 

『校長から確認を取れました。『勝負にならないからだめ』だそうです!! ってあぁ!? 赤組大将騎馬が騎手を宙に放り出したぁ!?』

『遅かったみたいだね。さてどうなるのか……落ちてから復活でも良さそうだけどそれは少し横暴だとボクは思うな』

『運営側の不手際になりますからね……しかし失格になれば赤組は手痛い被害を……!』

『なに? 落ちなければいいのかしら』

『え、誰──』

 

 その時の感覚を例えるのなら、断絶という表現が一番近い。

 確かに私にあったはずの支配権。私がチャームして手元に置いていたそれを、横から無理やり強奪される。いや、奪われるのではなく塗りつぶされた。そして、私から主導権を取り上げたのだ。

 

 チャームの上書き。私に魅了されていた雄を、それ以上に魅了してみせた。

 

「ほ、本気で焦りました……。でもどうして……?」

「わ、分かんねえ……なんか急に意識がはっきりして、そしたら水澄が空飛んでたから……」

「貴方に投げられたんですよ!!」

「知らねえよ!?」

 

 水妖精を騎馬に放り投げさせた。

 地面に叩きつけても余裕で受け身をとってピンピンしてそうな奴なので、放物線を描く軌道なら怪我もしないだろうというある種の信頼もあっての選択だけど、それで水妖精は落馬して失格になるはずだった。

 しかし、現実は水妖精が地面に接触する前にチャームの解けた騎馬が追いつき回収された。

 

 水妖精を脱落させる目論見は消え去った。でも、そんな瑣末な事など頭の片隅に放り投げてしまえるほどの屈辱があった。

 

 自分が魅了した雄を、魅了される。

 それはお前より美しく魅力があるのだという宣言に他ならない。なにより、美を誇るサキュバスにとっては何よりも雄弁な宣戦布告。

 初めてだった。故に、腹わたが煮えくりかえりそうなほど激情が生まれた。

 

「美上さん……?」

「ばっ! おまっ、これ今明らかに触るな危険状態だぞっ」

 

 屈辱に震える身体を怒りで抑えつけ、サキュバスとしての直感で下手人を視界に収めんと其処を睨みつけた。

 運営テント、様々な機材で窮屈そうなスペース。そこには実況の人と私をコケにしたサキュバスが──。

 

『初めまして。チャーム判定のために臨時でお手伝いすることになったサキュバスよ。サキュバスマスクと呼んでちょうだい』

『あの、なんで覆面被ってるんですか? 暑くないですか?』

『フェラ穴が空いてるから大丈夫よ』

『えっ!? この人ここに置いて大丈夫なの!?』

『うん、口を大きく開けられるように考えられたデザインだね。製作者のフェラに対する探究心を感じられるよ』

『会長ぉ──!! これ早く引き取りに着てくださぁぁああいっ!!』

 

「──は?」

 

 そこに居たのは、腰部がコルセット状になったハイウエストのスカートに、これでもかと乳袋を強調する白いブラウスと格好だけは清楚さを感じさせる出で立ちに、口周りが大きく開かれたどこか卑猥なマスクを被ったサキュバスがひとり。

 

 あまりのアンバラスさに頭が回りそうだった。

 一瞬これは現実なのかと疑った。

 いや、言い訳はよそう。現実を見よう。

 どれだけ顔を隠しても、声でわかる。

 

 

 

 ──お母さんが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 読まなくてもいい登場人物紹介

 

 美上さん

 主人公。日焼けを気にしている。

 割と本気で正攻法で勝ちたかったけど相手が悪かった。勝てればいいのでチャームに躊躇いはない。

 普段ならチャームが他人に上書きされるなんて事は起こらないけど、今回はモブ男の親友をチャームしないように抑えてたのと、サキュバスマスクが事前に手垢を付けてたので無事奪われた。

 

 モブ男

 ヒロイン。周りがバトル空間に突入する中こいつだけ精神との戦いやってた。

 色々と余裕のない美上さんの無自覚なあれこれに叩きのめされている。演技っぽさのない自然さが性癖だ。業が深いですね。

 

 水澄さん

 チート種族その①

 スポーツによって使う筋肉が違うので最適な身体の状態は種目毎に違うのが普通だが、ここでいう最適な状態は全てにおいて超一流のポテンシャルを発揮できる状態。

 

 弓森さんたち

 今回のどんまいその①

 鬼塚くんは元気に動いてるけど背中の彼女たちは結構いっぱいいっぱい。もう一人は夜になったらはちゃめちゃ元気になる。一応身体能力は高いのでこの配役になった。

 

 水澄さんの騎馬

 今回のどんまいその②

 騎馬戦前にサキュバスマスクとエンカウント。味見された。

 

 親友

 膝蹴りに大忙し。

 

 サキュバスマスク

 童貞を殺す服を着て童貞を殺していた。その正体は美上ママ。娘にバレないようにマスクを被っているがモロバレである。

 因みに、美上さん親子のチャームの強さは、

 美上さん>>>(超えられない壁)>>>お母さん>>>>(一般的なサキュバスの壁)>>>>お姉ちゃん




体育祭後半その一。
次で終わらせたい。日記詐欺が過ぎる……!!
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