とあるサキュバスの日記   作:とやる

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15ページ目 『ロッカー』

 ひらひらと桜の花が風に乗って踊る。

 陽気な気温は体の中をじんわりと温めて、髪をくすぐる芽吹きの匂いに心まで弾んでしまいそうになるような、そんな始まりの春があった。

 

 四月、入学式。

 

 真新しい制服に身を包む少年少女たちが、新生活に期待と不安を入り混じれさせながら、それでも誰もが未来を見つめていた。

 

 そして、過去を見つめる一人の少年がいた。

 

「ユキカゼ、こんな所に居たのか」

 

 人に忘れられたように隅っこに転がっているベンチに、人に忘れられたいと願っているように身を小さくして座っている少年に、獣人の少年が話しかける。

 

「……えっと、君は」

 

「……『親友』だよ、俺は。ほら、これ、お前の母さんから預かってる」

 

「ああ、そうなんだね。ごめんね、『シンユウ』くん」

 

「──っ」

 

 獣人の少年──シンユウがポケットから取り出した木彫りのメダルを見て、ユキカゼが微笑む。

 微笑みはこういう風に顔の筋肉を動かすのだと学習したロボットがそうするような、生気のない微笑みだった。

 シンユウの顔が、痛みを堪えるように一瞬歪んだ。

 

 このやり取りも、もう、何度目になるのか。

 シンユウは、二十から先を数えるのをやめていた。

 

 ぶつけ先のないやるせ無さを呑み下して、シンユウは務めて明るい声を意識する。

 

「記念撮影撮るらしいから行こうぜ。場所は担任の先生が立ってる……って、わかんねーよな。ほら、一緒に行こう」

 

「うん。ごめんね」

 

「気にすんなよ。なんせ、俺はお前の親友だからな」

 

「うん。たぶん、今まで何度もこうやって助けてくれてたんだよね。ごめ──ありがとう、シンユウくん」

 

「……ああ、どういたしまして」

 

 その言葉を口にするたびに胸の傷口が抉られる。

 それでも、シンユウは言い続けた。

 それは、過去で時間の止まったユキカゼを無理やり未来に連れて行こうとするような、シンユウなりの足掻きだった。

 

 例え、その未来が絶対に訪れないものだと分かっていても。

 

(俺が諦めたら、誰がユキカゼの手を引いて未来にいくんだ──!)

 

 それでも、シンユウは、放っておけば死んでしまいそうな無二の親友を、変わり果ててしまった大切な友達を、過去に置き去りにしたまま進むことをよしとしなかった。

 

 シンユウは、本当の意味での『親友』に戻れることを、諦めながら信じていた。

 

 

 

 

 

 そして、そんな少年たちのことなど心底どうでも良い傍若無人を絵に描いたようなサキュバスがいた。

 

 

 

 

 

「ちょっとあんた」

 

 僅かに苛立ちを含んだ声。

 

「……いやこっち向きなさいよ。あんたよあんた!」

 

 明確に苛立ちをを含んだ声。

 

「私を無視するとは良い度胸ね……! 男のくせに……!」

 

 頭の中に杭を撃ち込まれるような、そんな感覚があった。

 

「ふん、これで……あれ? チャーム出来てない? いやそんなはずは……ちょっと弱めにし過ぎたかな……お母さんが口煩く言うせいで……今度は本気で、えいっ!」

 

 それは、奇跡のような一瞬だった。

 

 同じ時代に二人といないような、それこそ御伽噺で語られるような規格外のチャームを持って生まれたサキュバスがいた。

 

 そのサキュバスのチャームが。

 私のことを好きになれという魅了の力が。

 

 死んでいたシナプスを、止まっていた脳の伝達回路を、二度と動くはずがなかった脳機能を、あらゆる医学を真正面からぶっ飛ばして動かしたのだ。

 

「よし、出来た。やっぱり気のせいだったわね……ほらこっち向きなさい……そう、その顔よその顔。死ぬタイミングあったら迷わず死にそうな鬱屈した顔で隣いられるとこっちまで気が滅入るのよ。ウジウジした空気が伝染してくるの。わかる? だからせめて無表情……はちょっと怖いわね、良い感じに笑ってなさい。私の隣の席にいる間はね」

 

 その時の感情をなんと呼べば良いのだろう。

 

「──ふん、それでいいのよそれで」

 

 これが、嬉しいという感情なのかと、胸に広がった暖かさに戸惑った。

 

「……ってあれ、ん? あ、もしかして今のでクラスの男全員チャームしちゃった……?」

 

 嬉しいという感情を得られたことに、涙が出た。

 

「あ──もうっ! うるっさいわね!? 知るか! 勝手にコイツらが私に興奮してたからでしょ! ふん、まあ私美少女だから仕方ないけれどね! あんたたちとは違うのよ!」

 

 陽の光を反射しているのかと錯覚するような銀色の長い髪が春風に泳ぐ。

 感情と連動するように細長い尻尾がピンと天を衝く。

 自信満々の整った美貌が怒りによって少し歪み、でも、それでもやっぱり美しかった。

 

 キレ散らかすサキュバスの少女を見て、もう絶対に感じることのないと医者から言われ、自分でもそう思っていた甘く切ない想いが湧き上がってくるのを感じた。

 

「なんか凄いのと一緒のクラスになったなユキカゼ……あのサキュバス、めちゃくちゃ綺麗だったけど……」

 

「──えっと、君は」

 

「……もう、そんな時間だったか。親友だよ、親友。ほら、お前の母さんからこれも預かってる」

 

「シンユウくん、だね。うん、すごく綺麗な子だった」

 

「ああ、綺麗なんだけど俺サキュバスはちょっと苦手──は? え、今、なんて言った……?」

 

「名前、なんて言うんだろう。でも、同じクラスだからすぐに分かるよね。分かるといいなあ……」

 

「──ユキカゼ、お前、覚え、てる……のか?」

 

「──あ、れ、ほんとだ、なんで、僕、あの子のことを、まだ覚えて……」

 

 それは、奇跡のような一瞬だった。

 

 そして、全てが始まる、未来への一歩だった。

 

 止まっていたはずの時間が、軋みを上げながら動き出した。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ああああああああああぁっ!! 

 

「自分の頬をいきなりつねり出した! え、めっちゃ伸びる……じゃなくて! どうしたの!?」

 

 はぁーっ! はぁーっ! 

 くぅ痛い! でもその痛みのおかげで少しだけ正気に戻ってこれた。

 

 頭の奥で火花が弾けるような感覚があった。

 体の奥で産声を上げるような感覚があった。

 

 私はそれを、その正体をよく知っている。

 

 性欲だ。

 

 ……これだからサキュバスの体はもおおおおおおっ!!! 

 

 ロッカーの中の籠もった空気、いや空気というか、モブ男の臭い。

 

 正直めちゃくちゃ興奮する。

 

 ロッカーの中って狭いから、もう色んなところに触れたり触れられちゃったりしてて、私とは違うしっかりとした骨格とか筋肉とか感じて。

 

 正直めちゃくちゃ興奮する。

 

「ひぅ、は、あ、ちょっと、手が……んっ」

 

「んぐ、はぁ、はぁ、ごめん、美上さ、今、退ける、から」

 

 目隠しして、手錠して、堪えるような余裕のない声と少し荒くなった呼吸が可愛いって思う。

 

 正直めちゃくちゃ興奮する。

 

 ああ、私の下腹部に当たってたモブ男の手が離れていく……。

 はぅ、お腹をなぞりながら上に……止まった……? 

 あ、上に持ち上げたら胸に触っちゃうから……ふふ、バカね、もうこんな、形が歪むくらい押し付けちゃってるのに。

 自分の腰横のところに持っていって、手錠してるからそれもしんどいはずなのに……なにより、そんなに息荒くしてるのに我慢なんかしたりして。

 可愛い。ふふ、触ってもいいのに。

 

「違ああああああああうっ!!!」

 

「美上さん!?」

 

 あっぶない! 違う! やめろ! 私の思考をピンクに染めるな! 溢れるな本能! 繋ぎとめてよ理性! 

 

 これやばい! 本当にやばい! 

 正気と理性を反復横跳びしてる気がする! なんで!? なんでこんなことになってるの!? 

 私こんなにえっちじゃないのに! 他のサキュバスとは違うのに! 

 ……あ、モブ男の首筋、傷がある。

 こいつ、また怪我したのね。もう、本当にドジなんだから。

 いくつ体に傷作るつもりよ。体育祭のときだって本当に心配したんだからね。

 あのときの怪我はもう治ったのかしら。普段服に隠れてるところだから、見せて、なんて言えなかったけど……気にしてないってわけじゃないのよ。

 だって、あんなにひどい怪我だったんだから……。

 

「はぅあゎっ!? ちょ、美上さん、どこ触、て……!」

 

 あ、ちゃんと治ってたのね……良かった……傷跡も触った感じないみたいね……。

 ん……汗で滑りが悪くなって撫でにくいわね……。でもこれ……やっぱり私のお腹と全然違う……硬い……ん……ずっと撫でてたいな……。

 ………………舐めたら、どんな味がするんだろう。

 

「くたばれ煩悩ッ!!!!!」

 

「美上さぁん!?」

 

 はぁー! はぁー! 

 舐めたって汗の味以外するわけないでしょイカれてるの!? 

 

 ああああああ頬が痛い! さっきより強く抓っちゃったわね……! でもそうしないと止まれなかったかもしれない……! 

 

 だめだ、これは本当にだめだ、一回落ち着かないと、そうだ、数を、数をを数えるのよ。

 

 

『ち○こが一本、ち○こが二本、ち○こが三本……きゃー! 4Pだよサキ! 熱い夜になるね!』

 

 

 あああああっもおおおおおお!!! 

 お姉ちゃんはさあああああああ!!! 

 消えろ! 二度と出てくるな!!! 

 

 

『三本で足りるかしら。この三倍は欲しいわね』

 

 

 お前もよサキュバスマスク!!! 

 私の思考に割り込んでこないでよ!!! 

 

 

『あら? ユキ、複数プレイ好きだったかしら?』

 

『んやー? 一対一でじっくりやるのが好きだけど……たまにはいいじゃない? 気持ちいいし』

 

『ふふ、さすが私の娘ね。そうよ、気持ちいい事が一番大切。セックスは気持ち良くないと』

 

『そうそう! さすがお母さん! サキュバスは気持ちいいことが大好きだからね!』

 

『そうね、だからしょうがないの』

 

『うん、だからしょうがないの』

 

 『『だから我慢しなくていいの』』

 

 

 んなわけあるか!! 

 いつまで頭ピンクなのよいい加減にして!! 

 

 はぁ……! はぁ……! 

 深呼吸よ、こういう時は深呼吸を……。

 ……ああ、男の子の臭いだなあ。私からは絶対にしない臭い……でも、嫌じゃない……もっと嗅いでたい……そんな匂い。胸元に頭を預けて……そのまま目を閉じて全身を委ねてしまいたい……きっと気持ちいいわよね……何度か抱きしめられかけたことはあるけど……力強い腕でぎゅうってされると、安心するのよね……。ふふ、変なの。私、その力強い腕が大嫌いだったはずなのに。でも、この腕は、この腕だけは、あんなのと違って……最初からずっと私のことを守ってくれた腕だから……。

 

「え、ちょ、美上さ、待って、なんか今日はおかしくて、僕も色々限界が、って、え、あ、え?」

 

 不思議ね……こうやって胸元に頭を預けて体の力を抜くだけで心に安心感が広がるのに……体は、もっと、もっとって求めてしまう。私を閉じ込めて欲しくなる。逃げられないように抱きしめて欲しくなる。

 ……ねえ、なんで抱きしめてくれないの? あの日は、終業式の日は、私のこと、守るようにそうしてくれたのに。

 ……あ、手錠してるからか。なんで手錠してるんだっけ、だめだ、頭がぼうっとして……まあ、いいや。じゃあ、私が中に入ればいいだけよね。

 一回屈んで、腕の中にはいるように……。

 ん、色々、擦れ、あ、狭い、から、でも、もっと、もっと近くで、近くで感じたい……。

 

「正気に戻って美上さん! 待って待って本当に! お願いだから!」

 

「──はっ!?」

 

 何やってるのよ私のばかああああっ! 

 え、あ、え、これ、え!? 

 モブ男の胸元に顔埋めてるの私!? なんで!? いつの間に!? 

 

「つぅ!?」

 

 咄嗟に勢いよく顔を離す。

 反射的な行動だった。何も考えていなかった。

 だから、勢いよく離した頭はロッカーと激突。

 言い訳のしようもない大きな音が響く。

 

 

『ん、なんだ今の音?』

 

『……ふーん?』

 

『確かこっちの方からだよな』

 

 

 ──ッ! 

 ま、まずい! 

 今の音で外の二人に気付かれた!? 

 

「美上さん、これ、もしかして!?」

 

「だ、黙ってて! 息を潜めるのよ!」

 

 冷や汗がドッと吹き出し、唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。

 コツ、コツ、コツと靴音が近づいてくる。

 それがカウントダウンのように思えて、緊張で口の中が一瞬で干上がった。

 

 ぎゅうっ、と。

 覚悟を決めるように、拳を握る音が近くから聞こえた気がした。

 

 

『この辺から──』

 

 

 声はすぐ近くから聞こえる。もう猶予はない。

 この男をチャームして女の方を抑え込ませるしかない。

 この学校にサキュバスがほぼいないなのもあってすぐに私だとバレるけど、今この瞬間を見られるよりはいくらでも言い逃れようがある! 

 問題は私に性的魅力を感じてるかだけど──この学校で、私を見たことない男がいるわけないのよね。

 ──絶対に、いける。

 

 そして、私が男をチャームしようとした、モブ男が不自然に腕に力を込めた、その瞬間。

 

 

『待ってくれ、会長』

 

『あん?』

 

『フッ。今日は暑くないかい?』

 

『まあ、十月の割にはな』

 

『そういうわけだ。汗をかいてしまったから着替えたい。だから、会長には更衣室の外に出ていて欲しいんだよ。僕だって乙女だ、異性に着替えを見られるのは少々堪えるものがあってね』

 

『息を吐くように嘘をつくなよ。お前嬉々として生徒会室で脱ぎだすだろうが』

 

『フッ。そんなに僕の着替えが見たいのかい? 会長もスケベだな。いいよ、見せてあげようじゃないか』

 

『待て待て待て待て本当に脱ぐな! おい! 分かったよ俺は外に出てればいいんだな!? ……ったく、まだ探さなきゃいけないんだから早くしろよ。放課後残りたくはないだろ』

 

『会長と二人きりなら、僕はそれでも構わないのだけどね』

 

『おーおー。チャームはされねーからな。……ま、その間に飲み物でも買ってくるよ。今日は暑いからな』

 

『フッ。すまないね。よろしく頼むよ』

 

 

 ドアを開く男。

 足音が一つ、遠くなっていく。

 

「これは……たす、かった……?」

 

「違う、最悪になったわ……!」

 

 せめて女の方が出て行ってくれれば……! 

 チャームできる男が消え、チャームできない女が残る。

 考えうる限り最悪のパターンだ。誤魔化しようがない。取れる手段がない。

 今見つかれば詰む。男が帰ってくるまで見つからないことを祈るしかない。

 

 

『ここ、かな』

 

 

 でも、女は迷いのない足取りで私たちが隠れているロッカーの目の前で止まった。

 私とモブ男が息を飲む。

 やばい。

 まずい。

 見つかる。

 見つかる──! 

 

 

『おっと、変な気を起こさないでくれよ。僕は君にお願いをしに来たんだ。一年二組、美上サキさん』

 

 

 ……。

 ……どういう、こと? 

 

「なんか呼ばれてるよ美上さん」

 

「分かってるわよ。でも、なんで私だって分かって……私たちの姿は見られてないはずよ」

 

 ロッカーを開けられなかった安心。

 正体が既にバレているという恐怖。

 相手の意図が何もわからない困惑。

 

 三つの感情が入り混じり、私に行動を選ばせない。

 黙り込む私たちに何かを察したのか、外の声はくつくつと笑いを堪えながら続けた。

 

 

『フッ。驚いているのかい? おいおい、忘れたのかい? 僕たちサキュバスがエロの気配に敏感な事を。最初から気付いていたとも』

 

 

 なっ。

 なああああっ!!? 

 

 目を見開く。

 顔が熱くなっているのが嫌でも分かった。

 

「え……?」

 

「何も考えるな! 考えるな! 分かった!?」

 

「わ、分かった」

 

 そうだった! そうだったわ!! 

 ああああああってことはつまり。

 最初から全部気付いていた上で、泳がされていた──! 

 

 いやエロいことはしてないけど! 

 ……してないけど! してないから! 

 だから気まずそうに顔を逸らすな! モブ男! 

 

 

『……ん、なんで? って思ってそうだね。それはまあ、僕が君にするお願いと合致するだろう。まあ……つまり、だ』

 

 

 そこで、少しの間があって。

 

 

『美上サキさん。どうか……どうか、会長をチャームするのは、やめてほしい。僕からのお願いだ』

 

 

 ロッカー越しに頭を下げる気配があった。

 サキュバスの女は、頭を下げて、そう言った。

 

「……あなた、自分が何言ってるか分かってるの?」

 

 堪らず、私は口を開く。

 それほどまでに、この女はバカげた事を言っていた。

 

 チャームするのをやめてほしい? 

 サキュバスに男を魅了するな? 

 

 誰もチャームしていない雄を誘惑するのをやめろ? 

 

 そんなバカな話があるわけがない。

 私なら口が裂けても絶対に言わない。

 だってそれは、その言葉は。

 

 

『ああ、分かっているとも。分かった上で僕は言っている。だからこれは、お願いなのさ』

 

 

 自分では魅了出来ない雄を魅了しないでくださいという、サキュバスとしての存在意義を否定する言葉でもあるからだ。

 

「私がそのお願いを聞く理由がない」

 

『この場を見逃す、というのでどうだろう。これでも僕は生徒会の副会長だ』

 

「会長をチャームすればどうにでもなる。だからあなたもお願いと言ったんじゃないかしら」

 

『手厳しいね。いやはや、その通りだ。君が会長をチャームすれば、僕のやろうとする事全てを会長が潰すだろう。君のことが好きになった会長は、君が不利になる事をする僕をきっと止める』

 

「そこまで分かってるなら話は簡単でしょう? 悪いけど、私、基本的に女は信用してないの。このまま会長が戻ってくるまで待ってチャームする安全策を取らせてもらうわ。……その理由は、あなたもサキュバスなら分かるわよね?」

 

『ああ、分かるとも。僕らは雄から好かれ雌から嫌われる、そんな種族だからね。特にサキュバス同士で男の取り合いなんて起きた日には大変なことになる。君にその気がなくても……僕のことを信用できないのは、分かるつもりだ』

 

 でもね、と。

 女は、血を吐き出すように。

 

 

『それでも、僕はお願いをするしかない。君のようにチャームを使えない僕は、自分の魅力に自信のない僕はお願いをするしかない。お願いだ、美上サキさん。お願いします。どうか、会長をチャームしないでください。僕から、会長を取らないでください』

 

 

 そう、言った。

 

 ずぐりと、心の傷が疼いた気がした。

 似たようなことを昔に言われたから。

 

 

『触らないで! やめて! やめてよ!!』

 

『サキには……サキには私の気持ちなんて絶対に分からないっ!!』

 

『そんな強いチャームがあって……! 誰でも魅了できて……! 自分だけを想い続けてくれる人を簡単に見つけられるサキには、私の気持ちなんて絶対に分からないっ!!!』

 

『なんで……なんでよ……お母さんとサキにはそんなに強いチャームがあるのに……なんで私には……』

 

『盗らないで……盗らないでよ……私から盗らないでよ……』

 

 

 ……やめろ。考えるな。

 もう、終わった話だ。

 

「美上さん」

 

「……」

 

 私の内心が伝わったのか、モブ男が気遣いの色を滲ませた声音で私を呼ぶ。

 目隠しで隠れているけど、その目もきっと、心配そうに私を見つめているのだろう。

 全く、余計なお世話よ。だけど、確かに、心は少し軽くなった。

 

「……一つだけ訊かせて」

 

『何でも答えよう』

 

「……その男のこと……好きなの?」

 

『ああ、大好きだ。愛してる。他のどの男よりも』

 

「……そんな恥ずかしいこと堂々と言わないでよ」

 

『恥ずかしくなんてないさ。僕の気持ちを表すには、千の言葉を尽くしても足りないぐらいなんだから。……それに、会長は此処にはいないしね。聞いてるのも、実質僕と君で二人だけだ。女に秘密は付き物だろう?』

 

「あれ? 僕は?」

 

「多分、私にチャームされてるから聞こえてないと思ってるのよ」

 

 でも……そっか。

 好き、なんだ。

 愛してるんだ。

 なら、仕方ないわよね。うん、仕方ない。

 

 好きな人が自分以外を見る気持ちは、私にも分かるから。

 

「目隠しでいまいち状況が……」

 

 ……いや別にこいつの事が好きなわけじゃないけど。違うけど。共感力が高いから分かるだけだし。

 ……誰に言い訳してるんだろう、私。

 

「……分かったわよ。会長はチャームしない。でも、あっちが勝手にチャームされるのまでは知らないわよ」

 

『ああ、それでいい。そうなる前に、会長を僕なしでは生きていけなくしてやるさ』

 

 依存させ性癖のサキュバスだったかあ……。

 なんかこのサキュバスクセが強そうだし、あの会長さんも苦労してそうね(他人事)

 ま、興味ないけど。

 

『……ふぅ。まあ、君ならそう言ってくれるとは思ってたけど……正直、緊張したかな』

 

「……ふーん? 私もサキュバスだけど。サキュバスに男を魅了するなって言っても聞くやつなんてほぼいないわよ」

 

『それでも、君なら大丈夫だと思った。……だって、君は彼女やパートナーがいる相手は極力チャームしないようにわざわざ気を使っていただろう?』

 

「……何のことか分からないわね」

 

『フッ。そういうことにしておこう』

 

 じゃあ、僕はドアの外でソワソワしながら待ってる会長を連れてデートしてくるよ、君も早く此処を出たほうがいいよ、と副会長のサキュバスは更衣室を出て行った。

 小気味で、それでいてどこか二人の絆を感じさせるような楽しげな会話。

 それらが遠くなっていって、聞こえなくなってから私たちはロッカーを出た。

 更衣室の中だって暑いはずなのに、ロッカーの中が異様に暑かったせいで随分と涼しく感じた。

 

「うわ、これ、汗すごい……」

 

 そして、とんでもなく汗をかいていた。

 当たり前だけど。生態機能だから当たり前だけど。

 下着もびしょ濡れである。

 ……いや汗だから。汗だから! 汗、だよね……? 

 というか、こんなに汗だくでモブ男とあんなに密着してたんだ私。

 だ、大丈夫だったかな、臭いとか。

 臭いって思われるのは心外というか、傷つくというか……サキュバスの汗は男にとっては媚薬みたいなモノだから大丈夫だと思うけど……。

 

 少し心配になって、ちらりとモブ男の方を見る。

 

「あれ?」

 

 そこには、誰もいなかった。

 

「え?」

 

 強引に外されたような結び目がそのままの目隠しが、力尽きたように入り口付近に落ちていた。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あ、危なかった……!」

 

「やばかった、やばかった、頑張った、めちゃくちゃ頑張ったよ僕……! 親友……! めちゃくちゃ頑張ったよ僕……!! 頑張ったんだよ……!!」

 

「……あ、手錠どうしよ」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 10月≠日

 

 なんか、最近抑えが効かなくなる事が増えた気がする。なんでだろう。

 ちゃんと自分で解消してるはずなのに。

 昨日とか、自分が自分じゃなくなるみたいで、少し怖かった。

 ……でも、嫌だとは思わなかったな。

 

 

 10月∞日

 

 昨日の私が書いたことは全部なかったことになった。

 そういうことでよろしく。

 

 

 10月◯日

 

 弓森さんから言われて気がついた。

 テストあるの忘れてた……。

 

 

 10月∂日

 

 モブ男勉強できたの!? 

 なんで!? あんた私と一緒で勉強できない枠でしょう!? 

 勉強する以外することなかったからって言ってたけど、いやあんたどうみても体育会系でしょ。嘘つくな。

 

 

 10月§日

 

 白狼、あんたはちゃんとバカで私は安心したわよ。

 ふん、これで私の最下位はなくなりそうね! 

 

 

 10月⇒日

 

 テスト勉強の毎日だ。

 

 

《しばらくテスト勉強》

 

 

 11月◉日

 

 テスト終わったー! 

 弓森さんと勉強会やったおかげで過去最高に出来た気がする! ありがとう弓森さん! 夏休みからお世話になりっぱなしね! 

 何かお礼したいな……何がいいかしら……。

 妖精って水妖精ほどじゃないけど数少なくていまいち分かんないのよね……。

 ま、それは後でしっかり考えるとして。

 テストも終わったし、そろそろクリスマスにもなるし。

 此処らでいい加減、モブ男を落としに行きましょうか。

 日記見返したら最初に書いたのが6月。もう半年近くやってることになるのね。

 モブ男をオトして、気持ちよく新年を迎えるわよ! 

 

 ……ま、ほら。

 初日の出とかさ、一緒に見にいってあげてもいいけどね。

 ご褒美よご褒美。ここまで私の誘惑に耐えたご褒美。

 ……なんで耐えんのよ。ムカつく。ふん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 読まなくてもいい登場人物紹介。

 

 美上さん。

 主人公。

 会長たちが来なかった場合、新たな扉が開いていた。→ルート分岐《あんたは私の可愛い奴隷》CG回収。

 

 モブ男。

 ヒロイン。ヤバかった。

 本当にヤバかった。

 

 シンユウ。

 目を離したすきに親友が地雷臭しかしない女に惚れていた。

 

 会長と副会長。

 チャームがクソ雑魚すぎてアイデンティティがへし折れドン底に叩き落とされて引き篭もっていたサキュバスのところに突撃して、

「やめてくれ! 僕に関わらないでくれ! どうせお前だって……! お前だって……!」

「……あのなあ、ちゃんと自分を見たことあんのか?」

 そう言って自信のなさから顔を隠すように伸ばしていた前髪をかき上げて、

「ほら、お前はこんなに綺麗だ──ぁ」

 と引き篭りクソ雑魚サキュバスに一発でチャームされた雑魚がいるらしい。

 それから、カチューシャで前髪を上げてるサキュバスがいるとかなんとか。

「フッ。どうだい? 僕は綺麗かな」

「しつけえよ本当に!? 綺麗だよ綺麗! 何回言わせんだ!?」

 

 お姉ちゃん。

 引き篭もらなかったクソ雑魚サキュバス。

 

 お母さん。

 私を満足させたかったらこの三倍は持ってこい! いくぞ! 10Pだ!





着々と文化祭が近づいている。
前チラッと書きましたが、これエロゲをベースにしてるのでルート分岐の概念があります。
一番最初のルート分岐は四月第四週。ヒロイン選択ですね。
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