とあるサキュバスの日記   作:とやる

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3ページ目 『水着売り場』

 魅了(チャーム)

 それは種族サキュバスが生来備えている蠱惑の力。

 匂い立つ色香で雄を酔わせ己に心酔させる一種の催眠能力だ。

 

 魅了状態にした雄に対する強制力、また魅了の出力は個人によって違う。

 足の速い人間や手先の器用な人間がいるようなものだ。

 それは個性のようなもので、生まれたときから決まっている。

 

 例えば魅了した雄に自殺をさせる事の出来るサキュバスもいれば、本人が嫌がる事はさせられないサキュバスもいる。

 例えば目で見ただけ、匂いを嗅がせただけで魅了できるサキュバスもいれば、じっくりと肌を重ねなければ魅了できないサキュバスもいる。

 

 男にしか効果がないとはいえ、心に無遠慮に操られる恐ろしい力である事に変わりはない。

 サキュバスの種族特性……性を好む傾向と相待って、サキュバスは遠い昔に大迫害を受けた記録が残っている。

 

 サキュバス達にとってある意味幸運だったのは、本人が忌避する事を強制させるだけの魅了を施せる個体の少なさだった。

 数にしておよそ三千年に一人いるかいないか。大半のサキュバスにとって魅了とは『己に惚れさせる手段のひとつ』でしかない。

 調理実習で好きな男の子に手作り料理を食べてもらったり。

 好きな男の子と一緒の部活に入り接点を増やしたり。

 そういった恋の手札のひとつでしかないのだ。

 

 恐れ、忌避し、排斥するほどのものではない。

 一旦そうと分かって仕舞えば、見目麗しい見た目の性へ寛容な絶世の美女である。社会……特に男性に受け入れられるのに時間はかからなかった。

 多少人を狂わす事ができる個体が存在するとはいえ、好きな子の為に何かがしたいというのは魅了の力がなくても本来自然な感情。

 本人が忌避する事を強制できるサキュバスがいないという事は、多かれ少なかれ魅了にかかる雄はそのサキュバスに好意を抱いている事の証明に他ならないのだから。

 

 では。

 居ないはずの『本人が忌避する事まで強制できる魅了をかける事のできるサキュバス』が存在した場合。

 

 ──いったい、そのサキュバスはどういった末路を辿るのだろうか。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 7月@日

 

 どうしようかなあ。海ねー。いい思い出ないのよねー。

 というか私が誘われた事に驚きが隠せないわね。

 入学初日でクラスメイトの男全員オトしていいように使ってたから女子からかなり嫌われてたはずなんだけど……。

 あ、でも六月ぐらいからかな、なんか段々私に対する嫉妬や嫌悪の視線が少なくなっていって七月入ってからはエルフの子とかと話すようになったけど……なんでだろ? 

 六月、六月……なんかあったかなあ? モブ男がいきなり私に反抗してきたぐらいね。

 ほんとあいつ……! その辺の男に掃除当番や係の仕事を押し付けようとしても購買にパシらせようとしても止めてくるのよね!! 

 女子は私の機嫌を損ねると自分の男を取られるかもしれないって積極的な事は何もしてこなかったから初めての経験だ。ほんっとムカつく! なんでチャーム効かないのよ! 

 ……ちょっと待って、もしかして私六月からずっとモブ男をチャームしようと躍起になってたからその間チャームしたMan/zeroなのでは? 

 どうりで最近宿題自分でやってるなあと思ったよ!! 

 チャームがある以上私の淫魔生に勉強は必要ないから受験終わってからほぼやってないし、今はなんとかなってもこの先は普通にしんどいかもしれない。あと夏休みの宿題がめんどくさい。

 おのれモブ男……! 決めた! 海行く!! 私の水着でぜぇったいにオトしてやるんだから! 

 私の魅力で溺れさせてやるわ! 

 

 

 7月%日

 

 最悪だ。お姉ちゃん帰ってきた。

 

 

 8月☆日

 

 なんで帰ってくるかなー。

 もうほんと嫌だ。大学のn人目の彼氏さんとやる事やってればいいのに。

 そう言ったら『アンタまだ処女なの? え? サキュバスなのに? ぷっ』とか小馬鹿にしてえ! 

 だから嫌なのよ、もう! 

 経験人数でマウント取ってくるとか何? ほんっとあり得ないんですけど! いやサキュバスとしてはある意味正常なのかもしれないけど!! 

 でも私知ってるんだからね、性欲強いお姉ちゃんが実は自分だけを見てくれる王子様を本気で求めてるお姫様思考(笑)なの。

 本棚のむせ返るほどあまっあまな少女漫画の山が全てを物語ってるんだから! 

 ま、まあ私も嫌いではないけれど……。

 次ウザ絡みしてきたらそれでいじり返してやる。

 

 

 8月♪ 日

 

 お姉ちゃんと取っ組み合いの喧嘩をした。

 お母さんのげんこつはすごく痛い。

 

 

 8月¥日

 

 仲直りも兼ねてお姉ちゃんと水着を買いに行く事になった。

 小学生の頃以来海やプールに行くこともなかった私は学校指定のスク水しか持ってないからだ。

 今度海に行くという話をしたら、水着を買ってくれるって。

 ……まあ買ってくれるっていうなら一緒に行ってあげてもいい。別にお姉ちゃんの事本心では嫌ってないとか、実は好きとかそんなんじゃないから。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 私の家から電車に揺られて三十分ほどの場所に全国でもかなり大きい部類に入る大型ショッピングモールがある。

 生活用品からアウトドアグッズまでなんでもござれ。取り敢えずここに来れば必要なものは揃う、と言っても過言ではないほどの規模。

 休日は家族連れで大変賑わっているけど、いくら夏休み中とはいえ平日という事で客足は比較的穏やかだ。

 

「あ、新しいお店入ってる! ちょっと見てかない?」

「お姉ちゃん」

「う。はいはい、分かってますぅー」

 

 隣で口を尖らせて拗ねたポーズを見せるのは私の姉。

 私と同じ銀色の髪を肩に触れるか触れないかの辺りで切り揃え、薄いベージュのショルダーカットトップスから処女雪のように真っ白な健康的な肌が覗いている。

 丈の短いショートパンツからは肉付きの良いむちむちとした生脚が惜しげも無く晒され、ふりふりと楽しげに揺れる尻尾と合わせ周囲の男性の視線を独り占めしていた。

 

 ……煩わしい視線を集めるからやめろと言ったのに。真夏なのに長袖とロングスカートな出で立ちの私との対比も相待って余計目立っているような気がしてならない。

 まさかとは思うけど買い物終わった後にお持ち帰り(意味深)するためにその格好で来たわけじゃないわよね? 流石に違うわよね? どうしよう、心配になってきた。

 いくらサキュバスとはいえ家に帰ってから『今頃お姉ちゃんは励んでるのかなあ』とか考えるの地獄じゃないの。いやよ私は。

 

「おー、シーズンだけあって色んなの置いてあるね」

 

 エレベーターで二階のフロアに上がり少し歩けば程なくして水着売り場に着いた。

 色取り取りの鮮やかな水着たちが所狭しと並んでいる光景には少々圧倒される。

 水着を最後に買ったのだってスクール水着を除けば五年以上前の事だしね。

 

 感嘆の声をあげたお姉ちゃんがズンズンと突撃していくのでその後を追う。

 私の水着選びを張り切っているご様子。

 正直私としては自分で選びたいのだけれど、どうしてもと言われると私も断り辛い。お金出してもらうわけだし。

 まあ美人は何を着ても美人という言葉を体現するような人なのでセンスがあるかと言われれば怪しいところはあるが、私も絶世の美少女なので大概のものは着こなせる。

 とにかくモブ男をオトせればそれでいいので、モブ男を私にメロメロにするためにセクシーな水着が良いと希望だけは伝えておいたのだけれど……。

 

「ね、ね! これなんてどう!?」

「暑さで脳みそ溶けたの?」

 

 お姉ちゃんが持ってきたのはほぼ直角の切り込みが入ったハイレグビキニだった。

 なんと驚く事にトップにも蜘蛛の巣のような切れ込みが入っており、辛うじて乳の先端が隠れるかと言った塩梅。馬鹿なのかしらこの人。

 

「えー。サキュバスらしくてセクシーだと思うんだけどなあ」

「ちょっと動いたらモロじゃない。お姉ちゃんは私に前科をつけたいのかしら」

 

 罪状は猥褻物陳列罪だ。

 ちなみに上だけではない。下もである。

 少しズレただけで乙女の秘密が暴かれてしまうぐらいには際どい。サキュバスがこんな事を言うのもどうかと思うけど。

 

「チャームでオトしてしまえば……」

「ふざけたこと言ってないで次」

「ちぇー。あ、でもこれは使えるかもしれないからキープね。持ってて」

「あ、ちょっと!」

 

 ぐいっと私に水着を押し付けたお姉ちゃんは制止の声を聞かずに行ってしまう。

 それにしても、やけに肌触りが良い水着ね。まるで下着みたい。

 いったい何に使うつもりだ──という言葉はぐっと飲み込んだ。

 サキュバスとエロい衣装。使い道なんてひとつだ。

 

「はあ……」

 

 ちょっと想像してしまったピンクの光景をぶんぶんと頭を振って追い出して、押し付けられた水着を両手にため息。

 改めて見てもデザイナーの頭がイかれてるとしか思えないハイレグビキニは際ど過ぎて最早鋭角な二等辺三角形だった。表面積はかなり小さい。

 

「うわ。これ、食い込んで布が見えなくなりそう」

 

 言わずもがな下半身の事だ。

 どれぐらい頭のおかしい産物かは察して余りあるだろう。

 手持ち無沙汰だったので水着を身体に当てて姿見で確認した私はやっぱりこれはないな、と結論付けてお姉ちゃんの所へ行こうと──

 

「美上さん……?」

 

 ──したところで、聞き慣れた男の声が耳朶を打った。

 

 嫌な予感がする。

 ギギギ、と油が切れたようなブリキのような動きで私の首が回る。

 予感は正しかったみたいだ。

 

 そこには、気まずそうなモブ男がいた。

 

「……あら、こんにちは。奇遇ね」

「うん、こんにちは」

 

 探りのジャブ。

 バッと素早く水着を身体の後ろに隠した。

 見られたか? 見られたのか!? 私があんな脳みそ茹だってる性欲魔人しか着ないような水着を身体に当てているところを見られたのか!? 

 じっと目を見ているとモブ男は申し訳なさそうに目を逸らした。

 えっ。

 

「その……美上さんの趣味に口を出すつもりはないし、美上さんはサキュバスで……もしかしたら美上さんにとっては普通の事なのかもしれないけど……それは公共の場で着るのは色々とダメだと思う……」

「違うからね!?」

 

 見られてるぅ! 

 そして私の趣味だと思われてるぅ! 

 最悪だ! これ変態の烙印押されてない!? 公共の場でほぼ全裸を晒す変態サキュバス認定されてない!? いやそういうサキュバスもいるにはいるんだけど!! 

 

「勘違いしないでよね! これは別に私が着るやつじゃ……!」

「いやでも、それサキュバス用だし……」

 

 いやまあそうなんだけども! 

 そうなんだけども!! 

 でも違うのよ!! 

 

「それに、その、言い辛いんだけどさ、ほら……やっぱりこういう人目のある所で堂々とそういうのは……子どもにも刺激が強いかもだし……」

 

 は? いやここは水着売り場で、これも頭おかしいとはいえ一応水着でしかも私は服の上から当てただけなのでそこまで言われる筋合いは……ん? 子ども? 刺激? 

 

 引っ掛かりを覚えた私は手に持っている水着をよく見てみた。

 具体的には、その値札を。

 

 簡潔に言おう。

 私が今手に持っているそれは水着では無くランジェリーだった。

 それも、特別な日に身につけるようなやつ。

 

「…………………………………………」

 

 成る程。

 あまりにも水着にも触れる機会が無かったのが仇になったわね。自信満々に差し出されたからすっかりこれが水着だと思い込んでいたわ。思い込みって怖い。

 

「おにーちゃん、てぇどけてぇ」

「よーし、ゆっくり後ろ向いて、かげ兄のところ行くんだよ」

「うん!」

 

 よく見ればモブ男の腰のあたりには何処かモブ男の面影を感じさせる小学生ぐらいの少女がいた。

 たったったっと迷いなくとてとてと駆けていく背中はすぐに見えなくなる……いやそうじゃなくて。

 うん。取り敢えず状況を整理しよう。

 

 水着売り場で何故かそういう事用のどエロい勝負下着を身体に当てて姿見で確認していたサキュバス。

 それが今の私だ。

 

(お姉ちゃんんんんんんんんんんんんんっ!!!!!!)

 

 内心で吠えた。

 心の中のお姉ちゃんはてへぺろっと赤い舌をちらりと覗かせる。ふざけんな。

 

「えっと、だから、そういうのは然るべき場所で……」

「……忘れろぉ! いや忘れさせる!!」

「えっ、うわあ!? 美上さん!?」

 

 言いにくそうに口をまごつかせる男の手をぎゅうっと握る。あっ意外と大きくてゴツゴツしてる……ってそうじゃなくて! 

 チャームだ……! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 変態認定されたままなんて私のプライドが許さない。

 そのまま胸に閉じ込めるように腕を抱きしめてやれば目線の少し上にモブ男の耳が来る。

 前に図書室で耳が弱いのは確認済み! 性的に興奮させてチャームがかかり易くなったところをオトす! 私のプライドにかけて! 

 

「えっと、擽ったいよ美上さん」

「〜〜もうっ!! なんでなのよ!? 不能なんじゃないのあんた!?

「なんで僕罵倒されてるの!?」

 

 擽ったいじゃないのよ! せめて少しぐらい赤くなりなさいよ! ほんっとにムカつく!!! 

 美少女に抱きつかれてるのよ!? 耳に息ふぅってされてるのよ!? 私に魅力がないって言いたいわけ!? 

 

 こうなったらおっぱいでも触らせて……は無理だけど! 

 何か、何か……! 

 

「すごいの見つけた! 身体の前半分にしか布がない極小マイクロビキニ! これとかどう!?」

「美上さん……」

「本当に違うからぁ!! もう、いい加減にしてお姉ちゃん!!!」

「え、でもセクシーなの選べって……」

「美上さん……」

「あ〜〜〜、もうッ!!!」

 

 満面の笑みで駆け込んできたお姉ちゃん(下着装備)と居た堪れない表情で私を見てくるモブ男に、ついに私の感情許容量は限界を超えてしまい。

 

「もう私帰るッ!!!」

 

 こうして、多大な誤解を残してしまったような気がしないでもない水着選びは幕を閉じた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「あれ、おにーちゃんけがしてゆの?」

 

「ん、大丈夫だよ。行こっか」

 

「てぇいたそう……なでなでしてあげゆ!」

 

「はは、ありがとう。ほら、もう痛くなくなったー! ……突き指は癖になるから咄嗟にやるにしても次は気をつけないとな」

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 8月$日

 

 ほんっと信じられない! お姉ちゃんのバカ! 少女脳! 年中発情期!! 

 絶対変態って思われた! 絶対変態って思われた!! 

 サキュバスは確かにそういうオープンな人も多いけど私は違うのに……!! 

 あんな、大事なところが丸見えになりそうな服とも呼べないようなもの、着るわけないじゃない!! お姉ちゃんじゃないんだから! 

 チラ見せするのは雄を蠱惑する武器だけど全部見せるのは違うじゃないの! それはもう……! 

 ……ちょっと冷静になった。何考えてるんだろう、私。

 私が男とそうなるなんてあり得ないのに。

 モブ男の誤解はおいおい解くとして……そうよ、どうせチャームしてしまえばそれまでなんだし。

 ……下品じゃない可愛い水着探そ。どうせなら、私もやっぱり、可愛い水着着たいし。

 

(どんな水着にするか悩む書き込みが続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読まなくてもいい登場人物紹介。

 

美上さん

主人公。本当にサキュバスですか貴女?

 

モブ男

余裕そうに見えて実は内心かなりのショックを受けている。あの瞬間モブ男の脳内ではそういう下着を選んでいる→そういう相手がいるという図式が成り立ち割とガチで凹んでいた。お姉ちゃんの仕業とわかりめちゃくちゃ安堵したことは内緒だ。

 

お姉ちゃん

エロい。




海水浴は持ち越しになりました。次のお話だから許してクレメンス。
余談ですが男の子の手と女の子の手の大きさも感触も全く違うからどきどきしますけど、意識せずに触って気がつくのと、意図せずそれを知った状態で触れるのとではまた感じ方が違いますよね。
後者はなんかえっちな感じします。

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