とあるサキュバスの日記   作:とやる

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4ページ目 『海水浴』

 8月⌘日

 

 5……いや、6年ぶりかしら。

 思うところはいろいろあるけど。取り敢えず、明日は海だ。可愛い水着も買ったし、少しだけ……本当に少しだけ、楽しみかもしれない。

 一応、早く寝ておきましょうか。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 休みもせずに殺人的な紫外線を振り撒く太陽。

 陽光を反射して白く輝く砂浜に、濁ってはいないけれどさして透明度が高いわけでもない海水。

 家族連れや友人同士で来たのであろう、人で溢れかえるビーチを見てお家に焦がれる心を抑え込みつつ、一度大きく深呼吸。

 

「帰りたい」

「ええっ!? 来たばっかだよ!?」

 

 だめだ抑え込めなかった。

 

 簡素なパラソルの下に敷いたシートの上に座る私の隣で驚いたように声をあげたのは、耳の先端が尖った少女。

 エルフの女の子でクラス委員長の弓森さんだ。

 星の光を束ねたような金の髪。後頭部で一括りにされたそれは右肩にかけるように流され、羽織られたビーチウェアの下に覗く新緑のワンピースの水着に一筋の光線を入れているようだ。

 

 余談だがガードが甘くちらちらと乙女的危険地帯が見え隠れしている。弓森さんと私が話すようになったキッカケは、弓森さんに絡んでいた男たちを廊下いっぱいに広がってたから邪魔なのでチャームして退けてからなんだけど……そんなんだから貴女『エルフなのにガードが甘い!? これはビッチエルフ!』って男に言い寄られやすいのよ。今も水着ズレてるし。

 

 まあ。それ以来、彼女は何かと私に話しかけてくる。友達だから、と。

 一体いつ友達になったのか私には全く心当たりはない。

 

「えへへ、美上さんもこれて良かったね!」

「……来るつもりはなかったんだけどね」

 

 モブ男に海へ行こうと誘われた。今日がその日である。

 まさかクラス全員来るとは思わなかったけどね! 

 

 少し海から視線を逸らせば、容赦なく輝く太陽の下でクラスメイトたちがビーチバレーに興じている姿を視界に収めることができる。

 私と弓森さんは荷物番というわけだ。

 

「みんな張り切ってるねー」

「貴女は行かなくても良いのかしら」

「人数的に二人余るし、私はほら、運動苦手だから。美上さんは?」

「家族連れやカップルの男をチャームしちゃうと面倒だもの」

 

 普通のサキュバス……例えばお姉ちゃんなら。

 一目惚れされる事はあっても、見られただけでチャームをかけてしまう、なんてことはない。

 私が比類なき美少女であるのは大前提。でも、私のチャームはお姉ちゃんと比べて……いや、多分他のサキュバスと比べてもかなり強力だ。

 なのでほぼすし詰め状態の休日のビーチで陽光の下に水着を晒そうものなら周囲の男を無差別チャームしてしまう……なんて事もあり得る。

 こんな炎天下、ただでさえ体力が削り取られるのにさらに揉め事を起こして疲れるのは御免被りたい。

 

 ハイロウは出来るので私も気を付けてはいるんだけど……オンオフが出来ないのは生物的欠陥じゃないかしらこれ。

 男を惑わし性に溺れさせ貪り尽くすサキュバスとしては正しい生体機能かもしれなくても。

 

「あ、ユキカゼくん」

「ん?」

 

 弓森さんにつられて視線を向ければ、ふらふらと此方に歩いてくるシルエット。

 淡いブルーのシンプルなスイムショーツに、薄い長袖のシャツ。心なしか草臥れているように見えるモブ男だ。

 

「気合い入ってたねー。休憩?」

「ありがとう。うん、ちょっとね」

「おー、いい飲みっぷり」

 

 弓森さんからポカリを受け取ったモブ男は、よほど喉が乾いていたのかゴッキュゴッキュと半分ほど一気に喉へ流し込む。

 

「ぷはっ。ところで、弓森さんたちはビーチバレーいかないの?」

「あれ、人数いっぱいじゃなかったー?」

「そうだったんだけど、さっきので鬼塚くんが無双しちゃったから出禁に……」

「あー……ユキカゼくんも派手に吹っ飛んでたもんねえ……どうする美上さん?」

「私はパス」

「じゃあ、私が鬼塚くんの代わりに入ろうかなー……っと、その前に所用を」

 

 チャーム関連の理由に加え、サキュバスは普通の人間の女の子ほどの身体能力しかないし、何よりこんなクソ暑い中あまり動きたくない。私はインドア派なのよ。

 

 クラスメイトのいるビーチバレーコートではなく、出店の屋台や脱衣所などがあるエリアへ歩いていく弓森さん。所用と言葉を濁していたしまあそういう事だろう。結構水飲んでたし。

 

「っと、隣に失礼」

 

 弓森さんが席を外したことで空いたスペースに、さらに人ひとり分の間隔を取ってモブ男が腰を下ろす。

 数秒の沈黙が場を満たした。そして、我慢しきれなくなって私が口を開いた。

 

「……なんでそんなぼろぼろなの?」

「……もしかして、ビーチバレー見てなかった?」

「ええ、興味ないもの」

「そ、そっか……。は、ははは……くぅ」

 

 服に覆われていない露出した肌……主に脚には至る所に擦り傷のようなものがあり、一応落としてきてはいるようだが、服には砂浜に全身突っ込んだかのように細かな砂が付着している。長袖の袖口から見える手にはテーピングががっちりと巻かれていた。

 海に来たのよね? 泳ぎに来たのよねこいつ? なんで怪我してるの? バレー選手でもそこまでテーピング巻かないんじゃ? 

 その疑問を口に出せば、少し顔を引きつらせながら力なくモブ男は笑った。いや質問に答えろ。

 

 それにしても、思いのほか早く二人きりになれるタイミングが来たわね。

 クラスで遊びに行くと聞いて本気で行くのやめようかと思い、クラスメイトの男どもが目を血走らせて私が更衣室から出てくるのを待っていたのを見て本気で来たことを後悔して、数人の女子から舌打ちされて本気で帰ろうかと思ったが、これもモブ男をチャームするためと思えば許容範囲内。

 

 夏とは魔の季節だ。サキュバスが活発になるとかそういう意味ではない。実際活発にはなるけどね! もうやだこのエロ種族。

 

 夏の魔力に囚われた一夏のアバンチュール。そんな話はそれこそ枚挙に暇がない。

 それはつまり、男女ともいっときの気分に流されてしまいやすくなってしまうということ。滾る情欲を制御できないということ。

 普段からセックスの事しか考えてない男子高校生ならより顕著だろう。

 美少女の私がそんなものに頼らなければならないのは癪だけど。

 

 だが、今この時間。それは攻めのタイミングだ。

 

 夏の海。下半身で物事を考える男と水着の絶世の美少女が二人きり。

 何も起きないはずがない! 

 

「……ねえ、何か感想はないの?」

「感想?」

「そうよ。せっかく美少女が水着を着てるのに何もないわけ?」

「いやでも、美上さんの水着見えないじゃん」

 

 はい、そうでした。

 チャームの対策も兼ねて今の私は水着の上からワンピースタイプのビーチウェアを着ている。当然水着など見えない。

 クラスの男子からは露骨にがっかりされたが、『いつもと違う美上さん……美しい……』と顔にも口にも出していたので溢れんばかりの魅力は健在。

 

 男は普段の装いと違う女の子の姿にドキドキするという。

 一回私服を見られたとはいえ、アレは目立たない地味な私服。対して今の私は透き通るような銀の髪も合わさって真っ白なワンピースを纏った清廉な印象を与える美少女。いつもの制服姿とはまた違った魅力がある。

 その証拠に何人かもう既にチャームしてしまったし。直ぐに解除したけどね。

 しかし、モブ男の態度は普段となんら変わらない。

 

 くっ、隣に清楚な美少女(外面のみ)がいるっていうのに……! 

 でもこれは想定済み。抱きついても反応しなかった不能野郎を今更格好でどうこう出来るとは私も思っていない。ムカつくけど。

 

 でも! 

 この夏休み、ほぼ引きこもり気味だった私はその有り余る時間をモブ男をオトすための研究に費やした! 

 どうすれば性的に興奮させられるのか。図書室のとき、どうしてモブ男は少し反応したのか。

 研究に研究を重ね、資料(ネット記事)を漁り、私はついにその答えにたどり着いた。

 

(モブ男のウィークポイント。それは……シチュエーションッ!!)

 

 図書室のときと、それ以外。

 一見明確な違いなど何もなかったように思われるその二つは、大きな差異を内包していた。

 谷間? いや、既に見せている。

 フェロモン? いや、普通なら中毒になるぐらいだ。

 透けブラ? これも別にあのときが初めてではない。

 身体的接触? もう何回も手を握った。

 あのとき確かに他とは違ったもの。それは……二人きりだったこと!!! 

 

 誰かを好きになり、恋をする。その膨大な感情を解き明かそうとするのは土台無理な話でも、気持ちの上澄み、心の表層を汲み取ることはできる。

 心が動く瞬間。ドラマティックだとか、恋に落ちるときだったり。それらを語るときにシチュエーションは外せない。

 

 テレビや漫画。友達の惚気やSNSで流れてくる匿名の投稿を見て。眠る前に、いつかに想いを馳せて。

 誰にでも、憧れ、焦がれるような場面や状況がある。

 

(なら、私はモブ男にそれを用意してあげる)

 

 今までの経験を推察すれば、自ずとモブ男のそれも分かってくる。

 他の人の目がある場所では反応せず、私とモブ男二人きりのときは反応した。つまり。

 

(こいつかなりの恥ずかしがり屋ね!)

 

 あーこれだから女の子に免疫ない男は! まあ私ほどの美少女にもなるとそれも仕方ないけど!? 

 だから私のチャームがかからないのは私に魅力が無いわけではなくて、単にモブ男が極度の緊張でそれどころじゃなかったってことなんだから! 本当ならその程度チャームにはなんら影響しないけどそう思わないとやってらんない! 

 

 それにしても、二人きり、か。ロマンチスト気質というかなんというか。お姉ちゃんみたい。

 

 何はともあれ、取るべき行動が決まったのならあとは実行するだけ。

 私はこいつをオトすために今日ここに来たのだから。

 

(っと、その前にせっかく海に来てるんだし……)

 

 振り返って、持ってきたバックからお目当てのものをゴソゴソと探す。

 それは楕円形の容器に入った乳白色のクリーム。日焼け止めである。

 

 背中に日焼け止め塗って──なんて。漫画、とくに少年漫画のラブコメでは良くあるシチュエーション。

 良くあるということは、それだけ世の男の求心力が高いということだ。

 試してみる価値はある。

 

「ねえ、ひとつお願いがあるんだけど」

「なに?」

「背中の方、上手く塗れなかったの。日焼けするのは嫌だし……コレ、塗ってくれないかしら」

「え?」

 

 瞠目するモブ男の手を取り、容器を渡す。その際しっかりと上目遣いをした後視線をそらすのも忘れない。

 片腕で胸を隠すようにすれば、ビーチウェアの上からでもわかる大きな胸が少し潰れて形を変えた。

 

 羞恥心の演出である。

 

(まあ、断るでしょうしねー)

 

 チャームはかけようとしているが、いつも通り魅了されないだろう。

 普通の男ならこの時点で日焼け止めクリームで両手をぬめらせて私の柔肌に触れようとしてくるだろうけど。勿論触らせないけどね。触られたくもない。

 

 チャームできればそれで良し。できなくても、恥ずかしがりのモブ男は断る。私にはプラスしかない。まあ、結果は分かってるのだからほんの戯れのようなものだ。

 怯む必要はない。今の私は可愛い水着も着てるしイケイケだ。日焼け止め塗ろうかと言っているのにビーチウェアを脱がないのは安心感の表れでもある。

 

 ふふふ、さながらボーナスステージみたいなものね! 

 スター状態のマリオのような心境で意気揚々と倍プッシュだ。頭の中ではあの特徴的なBGMが鳴り響いている。

 

「私の背中に、その白いクリームをつけて塗り広げるの。シミひとつない真っ白な背中に手のひらを重ねて、吸い付くような柔らかい肌をつつつーって撫でて。どう? まあ、無理には頼ま──」

「──分かった。日焼け止め塗ればいいんだね」

「──えっ」

 

 ピシリ──と。世界が凍ったような気がした。

 は? 今なんて言った? 

 

「じゃあ、ビーチウェア脱いで──」

「──えっ、ちょ、待って、え?」

「どうしたの? 脱がないと塗れないよ?」

「それはそうだけど、そうじゃなくて、え? 塗るの?」

「美上さんが塗ってくれって言ったんじゃん」

 

 なんで!? 

 少し不思議そうに私を見つめてくるいつも通りの黒い瞳に私は動天してしまう。

 そこは断るところでしょう!? 私に日焼け止めを塗るってことは、付き合ってもない女の子の背中をす、好き放題に触るって事と同じよ!? それもほぼ裸同然の!! 

 

 バカな……!? 自分からは私に触れてこないモブ男が……! あ、もしかしてチャームできてるの!? 

 それなら──! 

 

「ちょっとあの辺りの人混みを四つん這いで疾走して来なさい!」

「嫌だよ!? 日焼け止めからどうしてそうなるの!?」

 

 ちぃ! 分かってはいたけども! 

 え、ならこいつ素で言ってるの!? 男が女の子に触れる理由なんて性欲100%に決まっている。冗談じゃないわよ! 

 

(何か、何か言って煙に巻かないと……!)

 

 高速で周囲に視線を配る。たぶんモブ男には私の目が泳いでいるように見えるだろうけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 自分から触れるのは、いい。でも、男に触れられるのは──嫌だ。

 

 素早く目を走らせ、ある一点に気がつく。私の視線は容器に──具体的にいえば、容器を持つモブ男の手に止まった。

 テーピングでガチガチに巻かれたその手に。

 これだ!!! 

 

「──よく考えれば、その手じゃ頼めないわね。肌を傷つけてしまうかもしれないもの」

 

 なんか見た目からして強張ってるし、お肌を引っ掻きそうだし。

 自分から持ちかけた事だけど、断る理由としては結構良い線なのではないだろうか。

 ちょっとモブ男から距離を取るようにお尻を引きながらそう言えば、私に触れようと性欲を滾らせていたはずのモブ男はあっさりと引いた。あれ? 

 

「ん、そうだね。どうする? 弓森さん呼んでこようか?」

「……別にいいわよ。更衣室で一応塗ってあるし」

「そっか。……あれ、そういえば弓森さん遅いな」

 

 確かに。

 ふと、話題に上った弓森さんが席を立ってから既に10分は過ぎたか。財布は持って行ってなかったし、トイレにしては遅い。もしかして体調崩してた? 

 

「ちょっと様子を見てくる」

「待ちなさい」

 

 私と同じ考えに至ったのか立ち上がろうとしたモブ男の腕を掴む。

 うわ、筋肉かたい……っじゃなくて! 

 終業式の日の事を思い出して、頭をブンブンと振ってかき消した。

 

「もしかしたら女子更衣室にいるかもしれないし、私が行くわ」

 

 というか、弓森さんも仮に調子崩してぐったりしてるところはあまり男に見られたいものでもないだろう。

 ナチュラルに自分が行くとか言い出したわねコイツ……。家ではパンイチみたいだし私にオトされないし日焼け止め塗ろうとしてくるしやっぱデリカシーないわね(確信)

 

 麦わら帽子を目深に被り、ビーチサンダルに足を通す。

 うーん、陽光を海水が受け止めてキラキラ反射してちょっと眩しい。サングラス持って来ればよかったわね。

 そのまま行こうと一歩踏み出して、立ち止まった。

 日焼け止めでペースを乱されて忘れるところだった。今日、私はこれを狙ってきたのだから。

 

「ねえ、私の水着──みたい?」

 

 くるり、と振り返る身体の動きに合わせて、スカート部分がふわりと柔らかく浮き上がる。その端を摘むように僅かに持ち上げて、覗き込むようにモブ男の顔を見つめた。

 虚をつかれたように固まったモブ男は一瞬顔を朱く染めて──。

 

 ボキッ。

 

「何今の音!?」

 

 突如、弾けるような乾いた音が鼓膜を撫でる。

 まるで小枝が踏みつけられたときのような……でも何故か本能的に危険信号で背筋がぞわぞわするような音だ。うう、耳にへばりつくみたい。

 

「さあ? 変な音だったね……。うん、美上さんの水着はちょっと見てみたいかな。あ、僕は今からテーピングを巻き直すけど気にしないで」

「気にはしないけど……アンタボクサーにでもなるつもり?」

 

 どんだけテーピング巻くのよ。繰り返すけど泳ぎに来たのよね? 

 

 でも、そうか……。『ちょっと』っていうのは腹立つけど、私の水着、見たいのね。

 まあ、当然よね! だって私美少女だし! 超可愛いし!! ナイスバディだし!!! 

 美しいものを見たくなるのは当然の欲求よね! なーんだ! やっぱり私のこと可愛いって思ってるんじゃない! 

 

 にまにまと緩みそうになる顔を意識して抑えて、私はとんっとステップを踏むようにモブ男との距離を一歩、二歩と詰める。

 そうして、「えっ?」っと驚くモブ男の耳元へ精一杯背伸びして口元を寄せて。

 

「──なら、見せてあげる。二人きりになれる場所で、貴方にだけ、ね?」

 

 ボキッ。

 

「だから何この音!?」

「さあ? 不思議だね」

 

 再び弾ける乾いた音。

 ぶるるっと震える背筋。何故か凄まじい痛みを想起した。

 高鳴るような雰囲気が最初からなかったように霧散する。

 くぅ……! 的確にイイところを邪魔するように……!! 誰よこの音だしてるやつ!? チャームしてやるから出て来なさいよ、もうっ!! 

 

 そうして、釈然としないものを抱えつつ、私は弓森さんの様子を見に脱衣所の方へ向かったのだった。

 まあ、私を慕ってくれるような変な人だし。ちょっとくらいなら心配してあげてもいいんだからねっ。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「くぅ……いってぇ……泣きそう……早く固定しないと……っ」

 

「そういえば確か、バッグに水澄さんがくれた塗り薬が……」

 

「……あ、更衣室に置いてきちゃってた」

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 脱衣所。

 売店。

 女子トイレ。

 

「もう戻ったのかしら?」

 

 順に回ってみても、弓森さんを見つけることは出来なかった。

 すれ違いになったのかしら? 

 いくら露出を抑え、麦わら帽子で顔を半分ほど隠しているとはいえ……それでも男は体型や雰囲気で判断してくる。ナンパされるのも煩わしいので私も戻ろうか、と踵を返したときだった。

 

「や、やめてくださいっ! あの、本当に迷惑なんですっ……!」

「いいじゃんいいじゃん、俺たちとちょっと遊ぼうよ」

「そうだよ〜、絶対楽しいから!」

 

 ん? 

 切羽詰まったような……怯えを滲ませた、耳に馴染み始めている声。

 後ろ髪を引かれるようにその声の方へ足を向ける。

 そうして、トイレの裏側、建物に挟まるように奥まった場所にあるそこで。

 

「やめて、離してください……っ!」

「ちょっとだけだから! ちょっと俺たちと遊んでくれたらいいから!」

 

 弓森さんが二人の男たちに挟まれるようにして腕を引かれていた。

 

「うわぁ……」

 

 うわぁ……。

 思考が口からまろび出るほど呆れてしまう。

 最近は少し忘れかけていたけど。

 

(男なんて、こんなもんよね。──ほんと、昔と変わらない)

 

 すぅっ、と。

 自分の心が冷めていくのが分かった。

 撓みかけていた心に氷の芯が通り、凍てついていく。

 本当に馬鹿みたいだ。いったい、自分は何を期待していたのだろう。

 男はケダモノだ。セックスが出来るならそれだけで我を失う哀れな生き物だ。

 

 ──小学生の女の子にだってどろどろに濁った劣情を吐き出そうとするゴミだ。

 

 それは、モブ男だって。あいつだって、男だ。雄だ。

 何故かチャームにかからないけれど。あの柔和そうな笑みの下で、どんな獣欲を隠しているのかなんて分かったものじゃない。

 

 麦わら帽子を手に持ち、私は小さく息を吐き出した。

 

「ちょっと、そこのお兄さん方」

「あん? 誰──」

 

 ──ピタリ、と。

 私を見た瞬間、弓森さんの腕を引いていた男たちの動きが機械のように静止し、糸の切れた人形のように地面へと倒れた。急に力を抜かれた弓森さんが体制を維持しきれずに尻餅をつく。

 

 サキュバスの種族能力、魅了。

 

 私のチャームは自我まで蕩け犯しつくす。私に全てを捧げる都合の良い人形にするなど造作もない。

 今、男たちには少し眠ってもらっている。

 

「美上ざんっっ!!!」

「ちょっ……あー、もう大丈夫よ」

「こ、怖かったよー……! 本当に、怖かった……!」

「……はいはい。もう大丈夫だから」

 

 張り詰めていた心の糸が切れたのか、大きな瞳に涙を浮かべながら抱きついてきた弓森さんを受け止める。

 正直暑いし、ちょっと強く抱きしめ過ぎなので苦しいけれど。

 

 どうあがいても力で敵わないような男に無理やり押さえ付けられる怖さは私も知っている。

 

 だから、私の胸元に顔を埋め、ありがとうと涙を流す弓森さんの頭を……慣れてないからぎこちなかったとは思うけれど、優しく撫で続けた。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「……落ち着いたかしら」

「ひぐっ。うん、もう、ひっく、大丈夫……あの時も、今日も、本当に、ありがどう……!」

 

 時間にすれば約1分ぐらいか。

 真夏の炎天下。海水浴シーズン真っ只中。

 いくら日差しが遮られてるとはいえ、風も通り抜けないような此処は抱き合うには少々どころではなく暑い。程なくして弓森さんは名残惜しそうに私から離れた。

 まあ、暑く風通しも悪いからこそ私のフェロモンも最大限に効いたのだけれど。

 

「じゃ、一度顔を洗ってから戻りましょうか」

 

 今更だが、エルフが化粧を嫌う種族性で良かった。流石に涙を布地で擦るといくらウォータープルーフとはいえ崩れるかもしれないし、私のウェアにも色がつくかもしれない。まあ、仮にそうなったとしても同じようにしたけれどね。

 

(べ、別に初めてのと、と、友達だからとかじゃないんだからねっ!)

 

 内心で誰に対してのものか分からない言い訳をしつつ。

 弓森さんの手を引くように歩き出した、その時だった。

 

「──ッ!」

「──きゃあっ!?」

 

 どん、と弓森さんを突き飛ばす。次の瞬間、私は重く、硬いナニカに叩きつけられるように押し倒されていた。

 

「はぁ……はぁ……、女、俺の、俺だけの、極上の……雌ッ!!」

 

 私の両腕を抑えマウントポジションを取るように上乗りになったモノ。それは、金髪の男だった。

 私のチャームにより眠っている男たちではない。グループだったのか、それともたまたまだったのか。

 新しくこの場に来たひとりの男が、私の魅了により堕ち虜になっていた。

 

 だが、此処まで我を忘れるのは尋常ではない。そうならないように私は普段から最低までチャームの出力を抑えていた。

 なのに、何故か。理由は簡単。そんなの直ぐにだって分かった。単純な話だ。

 

 この二ヶ月。毎日のようにモブ男に全力全開でチャームをかけようとしていた私は。

 自分のチャームがどれほど強力なものか身に染みて理解しているにも関わらず、モブ男にするのと同じように、この場でチャームを使ってしまっていたのだ。

 

 チャームによる暴走状態。それは心の底、骨の髄までサキュバスに魅了され、何をしてでもその雌を欲する精神状態のことをいう。

 

 対処方法は、もう一度チャームをして上書きをするか、何か別の命令を下してやればいい。サキュバスにとっては呼吸をするように簡単な事だ。

 なにしろ、サキュバスの中にはワザと暴走状態にして楽しむ者もいるのだから。

 

 でも。

 

「──ひ、ぁ、あぁ……、い、いや……、いやっ、いやぁっ!!」

 

 私には、そんな簡単な事が出来なかった。

 骨が軋むほど強く握られている両腕が。燃え滾るような獣欲を吐き出す荒い息が。のし掛かられ潰れそうになるぐらい圧迫されている下腹部が。全身に叩きつけられる、男の、雄の性欲が。

 私にとって、それは、頭が真っ白になり震え上がるほどに恐ろしいものだった。

 

「美上さんを離し──づ!?」

 

 男を突き飛ばそうとした弓森さんが、無造作に振るわれた男の手に打ち据えられる。それだけで、小柄な弓森さんは地を滑るように倒れた。

 

「──ッ!!」

 

 自由になった片手。それで咄嗟に男を押して、逃れようとした。

 でも、男と私の筋力差は絶望的で微動だにしない。

 お腹のあたりに手をついた感触で分かった。硬い。柔らかな女の子のそれとは違う、男の、それもそれなりに鍛えている男の筋肉の感触。

 

「はぁ、はぁ、あ、俺の、俺だけの……! 女、女ぁ……!!」

「いやぁっ! やめ、やめて、やめてぇ!! いや、いやぁ……」

 

 そんな私の抵抗が気に入らなかったのか。男は私の手の倍はありそうな大きな手で私の両手首を掴むと、片手でそれを地面とサンドするようにして固定した。

 フリーになった片手で私の胸を押し潰すように触る。

 ぐにゅりと片胸の形が歪む。爪が食い込む。吐き気が込み上げた。

 

 何度も、何度も。やめろと、今直ぐ離れろと命令を下している。でも、恐怖に乱れきった精神状態では上手くチャームを扱えない。なのに、オフには出来ない魅了の呪いは私と密着することでより男の興奮を高めていく悪循環。

 

 サキュバスには力がない。人間の女の子となんら変わりのない膂力しかない。

 性的な魅力に溢れ、雄を狂わす蠱惑の力があっても。

 あの時も、今も。こうして雄に筋力で押さえ込まれてしまっては、どうしようもないのだ。

 

 忘れもしない。9歳の時。

 お姉ちゃんと海で遊ぶ小学生の私に欲情した男たちに連れ去られ、私は──。

 

 そうだ。あの時から、ずっと。

 私は、男という生き物が──怖い。

 

「──っ!? やだ、やだやだやだッ、いやだ、それはやめて、手を、手を離してッ、ねえ、いや、やめてぇ!!」

 

 胸を潰していた男の手が私の腰に伸びる。そして、トップスをずり上げるように持ち上げた。地肌が覗く。お腹に男の興奮の熱気を感じた。

 何をしようとしているのか理解した私は必死に抵抗するも、私の力では僅かに身じろぎし足をバタバタと動かすので精一杯。どれも無駄な抵抗だ。それでも。それでも、本当に、それは、嫌だったのだ。

 

「──ぅ」

 

 私の頬を涙が伝う。肘のあたりまで脱がされたビーチウェアのトップスがその涙を拭き取った。

 

 現れたのは、シミひとつない肌に黒橡色のビキニ。トップスには一周するように花をモチーフにしたひらひらとしたフリルがあしらわれていて。

 

「──ぅ、ひ、く」

 

 それは、久し振りに買う水着に、心を弾ませながら、何時間も悩んだもので。

 今日それを着ることを、楽しみにしていたもので。

 

 たったひとりに、どきどきさせたいと、考えながら選んだもので。

 

 男の手が再び私の胸に伸びる。そして、邪魔だというようにフリルを引きちぎった。

 

「──ぅ、あ、あぁ」

 

 そこで、もう、耐えられなかった。

 止めどなく溢れる涙。男の手も、男の体温も、何もかも気持ち悪かったけれど、私の心を折ったのは──。

 

 やがて、鼻息を荒くした男の上体が落ちる。生温いタバコの臭いのする呼気が顔にかかった。

 

「やだ……」

 

 何をするつもりだ、なんて確認するまでもない。

 恋人がそうするように。肌を重ね合わせるときに、唇を合わせるのなんて、高校生なら誰だって知っている。

 

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 気持ち悪い。吐き気がする。こんな男にキスされるぐらいなら、いっそ舌を噛みちぎって死んでやるとさえ思った。

 

 でも、私には死ぬ勇気はなくて。せめてもの抵抗と背けた顔は、痛いぐらいに顎を掴まれて強引に固定されて。

 

(誰か……っ、誰か、誰か……っ! 助けて……っ)

 

 舌を入れたら噛みちぎってやる。そう、後ろ向きな決意をした──そのときだった。

 

「何やってんだお前ぇッ!!!」

 

 いつのまにか耳に馴染んでいた声が聞こえた。なのに、今まで聞いたこともないような声音だった。

 

 ぐん、と苦しいほどにのし掛かっていた重量が消える。

 慌てて起こした身体。その、目の前には。

 

 二ヶ月の間。どうやってオトしてやろうかと……ずっと見ていた背中が。私を守るようにそこにあった。

 

「ごめん。──でも、もう大丈夫」

 

 振り返らず。背中越しに告げられた言葉は、いつものような暖かさがあって。

 

「お前、それは、俺の女ぁ、俺のもんだぞ!!!」

「美上さんはモノじゃないッ!!!」

 

 爆発したかのような砲声は、初めて見る激情だった。怒られたことはあった。あったけど、ここまで怒っているのを見るのは、初めてだった。

 

 お互いに啖呵を切った直後、弾かれるように飛び出した両者が雄叫びをあげてぶつかり合う。

 振りかぶられた男の拳をモブ男が受け止め、全筋力を総動員した押し合い。

 迸る気合の咆哮は全身に重く響き、躍動する筋肉により身体が一回り大きくなったような錯覚に陥った。

 

 男と男の本気の喧嘩。

 初めて見るその光景に圧倒される。

 

「美上さんッ!! 大丈夫!? ──ぁ、ごめんね、ごめんね私、美上さんみたいにたずけられなくてぇ!!」

「……ぁ、弓森、さん?」

 

 呆然とする私の側に、モブ男が来た方向から息を切らしながら弓森さんが駆け寄る。

 大丈夫かと声をかけた彼女は、私の上半身を見て涙を流して抱きしめた。

 抱きしめているのも、抱きしめられているのもつい数分前と同じなのに。

 

「──ぁ」

 

 何故か、今度は、私が泣きたくなって。

 弓森さんに身を預けるように、また私も彼女の背に手を回した。

 

「美上さん!! 美上さあああん!!! ごめん、カッコつけたけどちょっとこれ無理かも!! なんかこの人すごい力強いんだけど!? 鬼塚くんクラスだよこれ!? 人間だよねこの人!? ……あ、よく見たら一本ちょこんってツノが……鬼のハーフか!! いやそれにしても力強いな!?」

 

 あの男とは違って、弓森さんの体温は心地よくて。

 とくん、とくんと律動する心臓の音が私を落ち着けていくようだった。

 

「待って待って待って、そこ指の骨折れてる……から……ッ! ぐ、ぐぎぎぎぎぎ!! 美上さん! 美上さああああん! ほんどごめん、お願いだから助けてください!!!」

 

 体温だけじゃない。弓森さんは本気で私の事を心配してくれていて。その気持ちが、何よりも嬉しかったのだ。

 小学生の頃のあのとき以来、男を恐れるあまり男を支配しようとして孤立した私に初めて出来た、大切な友達。

 

「ぐ、お、おおおおおおお!! 頑張れ僕! 負けるな僕! いつもこの倍の痛みとともに生きてるんだ! 今更指の一本や二本、骨の三本や四本なんて……!! 頑張れ頑張れ! 僕が痛みに屈する事は絶対にないッ!!」

 

「──ありがとう、弓森さん。お陰で落ち着いたわ」

「──うん。これぐらいしか私には出来ないから」

 

 そっと弓森さんから離れる。

 もう、大丈夫。恐怖に乱れきっていた心は平静を取り戻している。

 ……いや、弓森さんだけじゃない。

 

「ねえ」

 

 何かを叫びながら男と力をぶつけ合っているモブ男の背中。

 きっと、今。あんな事の直後なのに私がこんなにも安心しきっているのは。

 

「──守ってよね」

「──任せろォ!」

 

 その声に。言葉に。

 その姿に。背中に。

 私の心は……もう。

 

 多分、ほんの少しだけ。本当に本当に本当にほんのすこーしだけ、モブ男の存在を受け入れているんだなって。どうしようもなくそう思った。

 

 サキュバスの種族能力、魅了。

 

 男を蠱惑し、意のままにすることも出来る魔性の力。

 三度行使されたチャームにより男は眠り。

 

「──ふぅ。流石に全身バキバキだ……」

 

 力つきるように地面に座り込んだモブ男は疲れたように空を仰ぎ、私を見てあの柔和な笑みを見せるのだった。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 8月⁂日

 

 疲れた。この一言に尽きる。

 

 あの後、チャームした男たちはそこに寝かしておくことにした。

 モブ男は攻撃を受け止める事に終始していたので実質的に怪我がなかったのと……あの男もある意味被害者だからだ。

 私が弓森さんを見つけられなかった場合どうなっていたか……それを考えるとお腹の奥が熱くなるけど、実際は何もなかったのだからそれでいいと弓森さんが言ったのだから、それ以上私が何かを言うことも無い。

 あの鬼のハーフの男にしても、あそこまで暴走したのは加減を間違えた私の責任でもあるし。かといって許すのとはまた別の話だけどね。

 

 やっぱ海はロクでもないわね。サキュバスが行っていい場所じゃないのよ。お姉ちゃんは肌焼くぞー! って海行くこともあるけど、というか今日もサキュバス見たけど、私はもういいかな……。

 ……まあでも。ま、どうしてもっていうなら? 弓森さんや……ついでに、おまけしてモブ男も。どーしても私に来て欲しいって言うなら、まあ行ってあげなくもないけどね! 

 

 嫌なこともいっぱいあったけど……というか嫌なことしかないような勢いだったけど。

 お昼のバーベキューはまあ、楽しかったし。外で食べるかき氷も美味しかったし。弓森さんとはちゃんと友だちになれたし。……それと、モブ男も……いやこれは違うかな! 

 確かにちょーっと、ちょーっとだけカッコ……いやなんでもない。

 そういえば、私モブ男になんであんな引っ付くようなことばっか出来たんだろ。手を握るぐらいならそりゃ出来るようになってたけど、流石に抱きつくのはかなり心理的抵抗があったはずなのに。あの頃はチャーム出来ない驚愕と対抗心でいっぱいいっぱいでそれに気がつく余裕がなかったのかなあ? 

 今思えば終業式の日に抱きしめられたときも──

 

「──何書いてるの?」

「うひゃあ!? ちょ、何見てるのよ!!」

「この距離でノートの中身見れるわけないじゃん」

 

 駅と併設している大型ショッピングモールのカフェのひとつ。

 そのテーブル席の一角に私とモブ男は向き合うように座っていた。コーヒーを飲んでいるモブ男はどこか嬉しそうだ。あんた本当に見てないんでしょうね?

 お姉ちゃんがちょうど車で来ているというので、じゃあ乗せて帰ってもらおうとここで待つ事にしたのだけれど、どういうわけかモブ男も私と同じ駅で電車を降りた。

 

「あんたこの近くに住んでたの?」

「いや、十駅ぐらい先かな」

「なんでここで降りてるのよ」

「……電車代ってね、ボディブローのように後々響いてくるんだ……」

 

 どうやら電車代節約のために自転車で半分以上稼いだらしい。

 電車代ってそんな高くないと思うけど……ご家庭の事情なのかしら。

 海で疲れているにも関わらずこれから自転車を漕がなければならないと聞くと軽く同情してしまうけど、モブ男はずっと元気いっぱいだ。途中二時間ほど姿を消したがその後は普通にクラスメイトたちと遊んでいた。体力お化けねほんと。

 

「あ、ラインきた。お姉ちゃんもう来るって」

「ん、じゃあ会計しようか」

 

 それぞれ自分が頼んだ分を支払ってお店を出る。

 モブ男は「こういう時は男が……!」なんて言って払おうとしたが普通に断った。

 いや、電車代を節約してるような人に払わせるほど鬼じゃないわよ私は。しかもモブ男が頼んだの一番安いアイスコーヒー一杯だし。申し訳なさすぎる。

 

「じゃあ、僕は帰るね。またね、美上さん」

「ん。──あ、ちょっと待ちなさい」

 

 別れようとして、ふと。

 私に呼び止められたモブ男は不思議そうに首を傾げていた。

 

「あー……、なんていうか」

 

 私の手には最新型のスマートフォン。その画面に映るチャットアプリには、家族と、弓森さんの名前がある。

 まあ、その、なんというか。

 ……なんで、こんなに恥ずかしいんだろ。弓森さんと連絡先交換するときも、どきどきしたけど。そのときは、こんなに……心臓は、痛くなかった。

 

「んっ」

 

 結局、私は『連絡先を交換しよう』という言葉が言えず。

 猫のアイコンの、私のアカウントを写した画面のスマホをモブ男に突き出した。

 

「──ぇ、い、いいの……?」

「……いいからやってるの。それとも、私の連絡先はいらない?」

「い、いる! ちょっと待って……っ」

 

 スマホと私の顔を交互に見たモブ男が恐る恐るといった風に確認するのを、プイッと顔を背けながら肯定した。

 ……別に。そっちに見たいものがあっただけだし。熱くなった顔を見られたくなかったとか、そんなのじゃないし。

 

「〜〜っ!!」

「登録できたわね」

 

 帰ってきたスマホの画面には。新しくモブ男の欄が追加されていて。

 アイコンは家族の集合写真のようだった。いちにいさんしいごおろくしちはちきゅうじゅう………………じゅ、じゅうなな……!? 

 

「あ、お姉さん来たみたいだよ」

「え、ええ」

 

 実はサキュバスの姉妹というのは珍しい部類に入る。子を身籠もるとセックスできない期間がどうしてもできるし、いくらサキュバスといえど体型が崩れやすくなるからなんだけど。人間も大抵子どもは一人か二人、多くて五人とかだったような……流石に多過ぎない……? い、いや親戚一同とかそんな感じよねきっと! 

 

 カルチャーショックのあまりつい生返事をしてしまったけど、確かにお姉ちゃんがこっちに向かって歩いてきて──ん? 

 

「……何やってるのかしら」

「さあ……?」

 

 他人のフリをしたくなるような露出の激しいいつもの服を着たお姉ちゃんだったが、大きく手を振りながらこっちに来ていたのに何かに気づいたようにハッと硬直した後、一目散に踵を返して走って行ってしまった。

 

 これには私もモブ男も首をひねる。

 その十分後。

 

「ごめんね、サキ。お待たせっ」

 

 再び現れたお姉ちゃんは。

 露出はあるが、それはいつものような淫を押し出したようなものではなく、オフショルダーのオシャレの範疇にまで抑えられ。

 股下零センチかと言いたくなるようなショートパンツは膝上から計測できるようなミニスカートになり。

 

「一週間ぶりですね」

「うん! ユキカゼくんも居たんだね。サキから聞いたよ、海どうだった?」

 

 モブ男と話すお姉ちゃんは、髪をくしくしと気にするように触りながら、今まで私が見たこともないような笑顔を浮かべていた。

 

(──んん!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読まなくてもいい登場人物紹介。

 

美上さん

今回割とひどい目にあった主人公。

男に対して見え隠れしていた攻撃性は恐怖の裏返し。9歳の夏の事件の後、美上さんが歪ながらも立ち直れたのはお姉ちゃんのおかげだったりする。今でも男は恐怖の対象だが、モブ男はその対象外にギリギリカテゴライズされた模様。やったねモブくん!

あと、大切な友達が出来てウッキウキしている。

 

モブ男

今回割とひどい目にあったヒロイン。指の骨コンプしような!

美上さんと連絡先を交換できた嬉しさのあまり自転車で爆走してズッコケた。

 

弓森さん

こいつはガチ。

 

お姉ちゃん

アップを始めました。

 

水澄さんの塗り薬

癒しの力を持つ水妖精の体液が使われた特注物。正確には癒すというわけではないのだがモブ男はそう認識している。骨折も数日で完治する優れもの。え?どこの体液かって?言わせんな恥ずかしい。




どうでもいいですが世界観はエロゲをベースにしています。
次回は、
・夏休みは終わらない(水着アゲイン)
・夏祭り、花火の音(おんぶイベント)
・栞、1枚目(水着売り場で美上さんが帰ったあとの出来事)
のどれかを予定しています。

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