とあるサキュバスの日記   作:とやる

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5ページ目 『お姉ちゃん』

 日が沈み徐々に夜が降りてくる。ビルや民家の窓から溢れた明かりや街灯の眩い白が一筋の線となって流れていく。

 お姉ちゃんが運転する車の助手席からぼうっと窓を眺めていた私は、おもむろに口を開いた。

 

「溜まってるの?」

「まあね」

 

 やっぱりなあ……。

 お姉ちゃんが家に帰ってきてから一週間と少し。その間お姉ちゃんは少なくとも私の知る限りでは誰ともセックスしてないのでエロエロ大魔神の下半身がむらむらサミットを開始していても不思議じゃない。

 

 サキュバスはエロいことに適性のある種族だ。適性があるということは、身体がエロいことに特化してるということでもある。

 言ってしまえば、サキュバスは……その、えっちな気分になりやすい種族なのだ。

 

 サキュバスとしては異端中の異端である男嫌いな私も根本的な生理欲求から逃れる事は難しい。サキュバスらしく生きるお姉ちゃんなら尚更だろう。

 

 とはいえ。

 

「妹のクラスメイト狙うのはやめてくれるかしら。倫理観とかないの?」

「サキュバスの間では男のレンタルとか普通だよ?」

「倫理観とかないのかしら!?」

 

 これだからサキュバスって種族は……! 

 どいつもこいつも性に奔放すぎるのよね……! お母さん然りお姉ちゃん然り!! 

 

「え? なになに? 珍しく執着するじゃない。男なんてゴミと同じだーってセックスもしないでずっとひとりでオナごふっ」

「下半身に脳味噌を侵されたセックスバーサーカーになるよりよっぽどマシよ」

「げほっ。お姉ちゃん運転中だから横腹に肘鉄はやめて欲しかった」

「信号で止まってたもの」

 

 でも確かに危なかったかも。反省。

 信号が青に変わり、新車特有の澄んだエンジン音と僅かな振動の後、再び車は走り出す。

 わざとらしく咳き込んだお姉ちゃんは、にやにやとイラッとくる笑みを引っ込めることもなく。

 

「ひとりでするのも限界来ちゃった? 大丈夫? お姉ちゃん手伝おうか?」

「……」

「じょ、冗談だって、冗談だからそんな怖い目でお姉ちゃんを見ないで。お姉ちゃん反省」

 

 横目で私をちらりと盗み見みたお姉ちゃんの顔がサッと青褪める。

 ふふ、どんな顔をしているんでしょうね? 自分では分からないけれど、青筋浮かぶぐらいイラッときたのだけは分かるわ。ふふふ。

 

 それから、特に意味のない会話が続き。

 程なくして家に着いた。車庫に車を入れ、ロックの外れた助手席のドアを開けひとつ大きく背伸び。凝った身体が解れていくようで気持ちが良かった。

 今はとにかくお風呂入って寝たい。シャワーは浴びたけど潮風で身体は何となくベタつくし……あ、あと水着のケアとお肌のお手入れも……。

 

「ねえ、サキ」

 

 これからやる事を頭の中で思い浮かべながら玄関のドアに手をかけたとき、お姉ちゃんの声が背中にかかった。

 振り返ると、私の後ろで俯いて佇むお姉ちゃん。数秒の沈黙の後、顔を上げたお姉ちゃんは車の中で見せたにやにやとした笑みで揶揄うように言った。

 

「好きな男のコできた?」

「天地がひっくり返ってもあり得ないわね」

「本当に?」

「本当もなにも知ってるでしょ、私が男のこと嫌いだって。あんな見た目の美醜ひとつでほいほい理性飛ばす獣に抱く情なんてひとつもないわ」

 

 私にとって男とは便利なツールに過ぎない。

 ……そう、そのはず、なんだけど……。

 断言した私の頭にぼんやりと浮かんだのは、誰かさんのモブ顔で。

 ぶんぶんと頭を振ってそれを慌ててかき消した。

 

 私の様子を見ていたお姉ちゃんは一瞬……色んな……それも、とても濃い感情を飲み込んだように唇を噛み締めて、常日頃の能天気そうな明るい笑顔を見せた。

 

「……そっか。そうだよね……うん、ごめんね、変なこと聞いて。さ、早く中入ろっ。今日はお母さんいないからお姉ちゃんがご飯作ったげる」

「私は出前でいいわよ。生憎胃袋が鉄製じゃないもの」

「何年前の話!? お姉ちゃん一人暮らししてるんだよ!? 料理もばっちりだよっ!」

「ないない。お姉ちゃんのことだから料理できる男を適当に捕まえて楽してるはずよ」

「うぐ……それは否定できない……」

「そらみなさい」

「いやだけど料理はできるからっ。作るっ! 私が作るから大人しく待ってなさい!」

 

 毛先ほども信じなかったのがよほど悔しかったのか、まくし立てるように啖呵を切ったお姉ちゃんはずんずんとキッチンへ。

 ……とりあえず胃薬の準備はしておこうかしらね。私は忘れないわよ、昔無理やり食べさせられたポイズンクッキング。

 

「何処にしまってたかしら……」

 

 キッチンから聞こえる鼻歌に戦々恐々としながらも、荷物を置いて胃薬を探し始める。

 その頃にはもう、数分前のお姉ちゃんの表情は何かの間違いだったと、忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 8月⁂日

 

 そんなバカな……お姉ちゃんの料理が美味しかった……ですって……!? 

 

 

 8月Å日

 

 色々あった海から一夜明け。

 最悪。ちょっと日焼けしちゃってた。ヒリヒリする。むう。

 お姉ちゃんのジェルを借りて塗り込んだけどシミになったりしたら嫌だなあ……。

 

 

 8月∂日

 

 お母さんが帰ってきた。

 ……やけに艶々して帰ってきたのでまあそういう事でしょうね。今に始まったことじゃない。流石に三人目は……ないわよね? お母さんももう歳なんだから自重して欲しい……。歳って言っても三十代だけど。

 

 

 8月仝日

 

 昼間は茹だる暑さだけど、朝や夜は少し涼しくなってきたような気がする。

 割れんばかりの蝉の声もどこか元気がない気もするし、そろそろ夏も終わるのかな、なんて。

 ……あ、夏休みの宿題終わってない。

 

 

(数日日付が開く)

 

 

 8月◎日

 

 やッと終わった……。弓森さん本当にありがとう……! 

 ここ数日はお姉ちゃんを家から追い出して弓森さんと勉強漬けだった。とはいえ、弓森さんはもう夏休みの宿題終わってたので主に私の宿題を見てもらってたのだけれど。

 真面目に勉強してこなかったのが祟ったわね……最近宿題を自分でやるようになってなかったらどうなってたことやら……。

 ……いや、そもそもあいつのせいでこんな苦労することに……! 許すまじ! モブ男! 

 ……友達と勉強会ってちょっと楽しかったけど! 楽しかったけど! それはそれ! これはこれよ! 

 いつまでたっても連絡してこないし! 私の連絡先よ!? もっと私に気に入られようと尻尾振って連絡してきなさいよ! 

 

 

 8月⇔日

 

 本当にメッセージ来ないわね……。え? 私と連絡先交換したのよ? 男なら誰もが欲しがる私の連絡先よ? プライベートチャンネルよ? 

 これじゃお姉ちゃんから借りた漫画で見た、私を必死に誘うモブ男をバッサリ一刀両断して「ふ、おもしれー女」ってモブ男が更に私を意識する策が使えないじゃない! 

 もういっそこっちからメッセージ送るか……ってないない、それだと私がモブ男と話したくて話したくてしょうがないみたいじゃない。あり得ないから。

 

 

 8月§日

 

 来ないなあ……。もう夏休み終わっちゃうのに……。図書室行ってみようかな……。

 

 

 8月∫日

 

 そもそもモブ男をオトすために確実に会えるよう交換した連絡先がこれじゃまるっきり意味ないじゃない。でも私から送るのはノー。私って美少女だし? 普通は男の方から欲望下心丸出しで声かけてくるものでしょう? 

 だから早くメッセージ送って来なさいよばか。

 

 

 8月‡日

 

 お姉ちゃんが帰った。大学の方で何かあるらしい。

 こっちでは毎日少なくとも早朝には家に帰って来てたし、というかそれ以前に家でゴロゴロしてる日が多かった。結局セックスもしなかったみたい。あのお姉ちゃんが二週間もセックスしなかったことに驚きを隠しきれない。

 これは彼氏さん……もしくは彼氏になる人は大変だろうなあ……。搾り尽くされて廃人にならないことを祈るばかりだ。

 

 

 8月♪ 日

 

 リビングのソファでゴロゴロしてるとお母さんに呼ばれた。

 浴衣を着てみないかって。特に断る理由もなかったので素直に着てみた。

 淡く色味がかかった白地の布を彩るように白、青、紫の朝顔が散りばめられていて、私の銀の髪とも相まってとても涼しげな趣になり可愛かった。

 ふふん、さすが私。

 これはもともとお姉ちゃんのだったんだけど、お姉ちゃんは自分で新しいの買ったから私にくれるって。

 ……後でお礼のメールぐらいはしてあげる。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「夏祭り?」

 

 ぽけぇっとテレビを見ながらアイスを食べてたら、洗濯物をたたむお母さんからそんなことを言われた。

 時刻はお昼を少し回った頃。九月に差し掛かっているとはいえ、まだまだ溶けるような日差しの猛威は続いている。

 

 この辺りの地域では毎年八月の第四土曜日に夏祭りを開いている。県や企業に募金を募って開催するそこそこ大きいお祭りで、約千発以上上がる打ち上げ花火が有名でわざわざ他県からお祭りに来る人もいるぐらいだ。

 

 壁に掛けられているカレンダーをみれば、確かに今日は八月の第四土曜日。お姉ちゃんの字で花火大会! と書き込まれていた。

 

 夏祭りねー。

 私の家は会場からそこそこ距離があるので電車を使っての移動になる。車はむり。混みすぎて動かないし駐車場はどこもいっぱいで身動きが取れなくなるもの。

 

 つまりそれだけ多くの人が集まるという事だ。美し過ぎるあまり男をチャームしてしまう私が行っては半ばテロに近い。まあ私ぐらいになると慣れてしまってチャームすると同時に即解除なんてお手の物なんだけどね。

 

 ただ……夏祭りとデートは切っても切り離せないもの。

 海のときもそうだが、他人の男が私に惚れると面倒臭いことこの上ない。女の子はチャーム出来ないので本当に面倒臭い事になる。

 私のような美少女を好きになるのは仕方のない事だけど、問題はチャームにかかるとそれが態度に出る事だ。

 見惚れるぐらいならまだマシ。酷い時は直ぐそばにパートナーがいるのに言い寄ってくる。

 

 私にチャームする意思がない……私を見ただけのチャームなら大した強制力はないのだけれど……夏祭りに女ひとりって状況が雄の何かをくすぐるんでしょうね。あーやだやだ。

 

 自分の中で結論を出し、面倒だから行かないと言おうとした──そのとき。

 

 ピコン、と軽い電子音と同時に震えるスマホ。

 表示された画面にはメッセージの差出人のアカウント名と、その内容が記されていた。

 

 

 

 From.モブ男

 >>美上さん、良かったら今日の夏祭り一緒に行きませんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 読まなくても良い登場人物紹介。

 

 美上さん

 主人公。中々メールできない系サキュバス。

 自分が既に「ふん、おもしれー男」ムーブをかましている事に気が付いていない。

 どれぐらい持て余しやすいかというと高校生男子なんか目じゃないぐらい持て余しやすい。サキュバスだもんね、仕方ないね。

 

 モブ男

 ヒロイン。中々メール出来ない系思春期男子。

 悩みに悩み抜いた末に美上さんをお祭りに誘う。彼も色々考えてたんだろうけど当日に誘うのは辞めような。

 美上さんのチャームが他とは違う事をまだ知らない。

 

 お姉ちゃん

 彼氏もしくは彼氏になった人はとりあえず生きてはいます。




長くなりそうだったので分割。
八月中に6ページ目を投稿したい。夏終わっちゃいますし。

あと、最近のあれこれを見てR-18に移動するかちょっと考えてます。何が変わるかと言えば、今まで我慢してたエグ味のある下ネタが時折入ってくるぐらいです。あと、エンディングで致す場合はキングクリムゾンされないぐらい。
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