とあるサキュバスの日記   作:とやる

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日記要素/zero




8ページ目 『お母さん』

 遮蔽物越しのシャワーの音が微かに聞こえる。

 シャワーを浴びているのは私ではないし、乾燥機を動かしているお母さんでもない。

 ましてや大学に帰ったお姉ちゃんでもない。

 

「何考えてるのお母さん」

「あら、だってずぶ濡れで可哀想だったもの」

 

 今シャワーを浴びているのは家族じゃない人。

 クラスメイトで何故かチャームに掛からない男のモブ男だ。

 

『──良ければ家で休んでいかないかしら』

 

 唐突なお母さんの提案。お互い面識はなく初対面で、更にそれが高校生男子とアラフォーサキュバスともなると余りにも絵面がアウト。

 当然というかなんというか、モブ男は断りの言葉を口にしたが、娘を送ってくれたお礼がしたいとお母さんが強引に押し切った。

 

 気が付けば玄関にはモブ男が居て、瞬く間に服を脱がされ風呂場に叩き込まれていた。我が母親ながらあまりにも鮮やかな手並みだったわね。きっとこうやって数多の男がペロリと食べられてきたに違いない。

 

 ……………………いやいやいやいや。

 

 まさか……ね? 流石にそれは……ないわよね? 

 高校生の娘のクラスメイトを狙う母親とかいう犯罪者は何処にも居ないわよね? 

 

 必死で考えないようにしてきた事実に直面しそうで悪寒が走る。どうしよう、震えてきたわ。

 

「それにしても……サキ」

「……何?」

 

 服を乾燥機にかけ終えたお母さんが何処か神妙な面持ちで言う。

 

「いい男を見つけたわね。体格も良いし、きっとアソコも良い感じよ」

「居たわよ犯罪者!!!」

 

 あまりに残酷過ぎる現実に膝から崩れ落ちる。

 なんと言うことだ。身内から犯罪者が出てしまった。

 

「ちょっと、なんて酷いこと言うの。お母さん悲しい」

「一番悲しいのは間違いなく私よ」

 

 考えても見て欲しい。ある日突然母親が自分のクラスメイトを性的に見ているとカミングアウトされた娘の気持ちを。

 これ以上の地獄はこの世にないんじゃないの? 

 

「お母さんは嬉しいのよ。あんな事があった手前サキが男嫌いになるのも仕方ないと思ってた……。でも、こうして男の子を家に連れてくるようになって……あらやだ、お母さん涙出てきたわ」

「お母さんよく見て。娘も泣きそうよ」

「大丈夫、家に連れてきた目的は分かってるわ。──どすけべセックスよね? サキは初めてで不安だろうから、お母さんがちゃんと教えてあげるわ。モブ男くんも童貞の匂いがするし」

「不思議ね、今なら母親をぶん殴っても許される気がしてきたわ」

 

 片手を頰に当てきゃっきゃっする母親に張り手をかましてやりたい気持ちをグッと堪え。

 しかし、私の内心など露知らずお母さんのボルテージは上がり続ける。

 

「え? お母さんのテク知りたくないって事? お姉ちゃんも重宝しているのよ? 男の子……ましてや童貞なんて一擦りでフィニッシュよ?」

「だからねお母さん、私とあいつは別に──」

「あ、最初は自分だけで気持ちよくしてあげたいって事? きゃー! いいわねいいわね、お母さんそういうの好きよ! で、でも娘の初体験を側で見るのは初めてだからお母さん柄にもなく緊張してきちゃったわ。どうしましょう」

「だから違うって言ってるでしょう!?」

「え!? 違うの!? まさか──親子丼?  最初からそれはちょっとレベルが高いんじゃないかしら。でもお母さん娘のためなら頑張っちゃう」

「え? なにこれ? この世の地獄か何か?」

 

 これ以上ないと思った地獄をあっさりと超えてきた。これが現世だと言うのなら、生きるにはあまりにも重いカルマがそこにあった。

 白目剥きそう。美少女的にNGなので意地で堪えた。

 

「……あのねお母さん、何回も言うけど私とあいつはただのクラスメイト。断じてどすけべセックスをする様な間柄じゃないの。分かる?」

「サキュバスは誰とでもどすけべセックスするわよ?」

「私は違うのよ!!! 分かった!?」

「もう、本当に頑固ね。サキだって私とお父さんがどすけべセックスして生まれて来てくれた子なのよ? あの時の事は今もよく覚えているわ、まだ小さかったお姉ちゃんが隣で寝てたのに、辛抱たまらなくなったあの人がね、あ、実は私がこっそりチャーム掛けてたんだけど──」

「やめてくれないかしら!!? お願いお母さん!!! 生まれた瞬間ならまだしも仕込んだ瞬間を実の親の口から聞く私の気持ちにもなって!?」

 

 更新し続ける地獄の最高値。精神がゴリゴリと削れて行くのが分かる。

 今すぐこの場を離れたい。離れたいけど離れたら離れたでお母さんが何をするか分からないようで分かるのが怖い。

 もう本当に張り倒してやろうかと思ったとき、いきなりお母さんが「しっ! 静かにっ!」と人差し指を立て唇に。

 

 途端に場に満ちる静寂。コウン、コウン、と稼働する乾燥機の音だけが響く。

 一体なんだとお母さんの方を見れば、ぱちっと片目を瞑り。

 

「シャワーの音が単調なものになったわ。固定してるのね。つまりモブ男くんは今フリーハンド状態。男の子がクラスメイトの女の子のお風呂場でやる事と言えばひとつよ」

「お母さん今日絶好調ね」

「ありがとう。ストレスを溜めないのが秘訣よ。きっと今頃『ここが美上さんが毎日入ってるお風呂……この椅子に美上さんや美上さんのお母さんのお尻が毎日……このボディタオルは美上さんや美上さんのお母さんの身体に隅々まで擦り付けられて……はぁはぁ』って一心不乱に青い欲望を発散しているに違いないわ」

「さり気なく自分を捩じ込むの恥ずかしくないの?」

「全く恥ずかしくないわ。私まだサキのお姉ちゃんと間違われる事あるんだもの。そしてボディタオルを顔に押し付けながら一心不乱に勤しんでいるところに私が入るの。『あら……イケナイ子。そこ、そんなに大きくしちゃって……いったいナニしてたのかな?』『ああ……違うんです……! これは……!』『何も違わないでしょ? こぉんなにガチガチにしちゃって……娘に手を出されても困るし……仕方ないから、私がすっきりさせてあ・げ・る』そして辛抱堪らなくなったモブ男くんは若さゆえに自分をコントロール出来なくなって──」

「ねえ、何? 私いったい何を聞かされてるの?」

 

 声真似までして小芝居を始めた姿に頭痛が止まらない。

 信じられる? これ実の母親なのよ? 

 あと私もお母さんも手洗い派なので家にボディタオルはない。

 

 でも、一度そう言われてしまえば気になるのがサキュバス心というもの。

 まさか本当に……いやいや、他所の家のお風呂場で励むなんて非常識極まり無いことをモブ男がやるとは思えない。シャワーで温まるだけだし。

 

「なんだ、やっぱり気になるんじゃないの」

「うるさい。お母さんは静かにしてて」

 

 お風呂場にじっと意識を向ける。

 サキュバスは男が興奮しているかどうか本能的に感じ取る事ができる。性において男はサキュバスに対し隠し事は不可能だ。

 

 ぴりぴりと、脳の真ん中に痺れが走るような感覚。本能の知覚。微かに伝わってくるこの気配。

 これは──! 

 

「なぁんだ、白か。つまらないわね」

「当たり前じゃない。お母さんみたいな変態がそう何人もいるわけないわよ」

「パンツは黒だったけどね」

「その情報いる?」

 

 程なくしてシャワーが止まり、カチャリとお風呂場の扉が開く音が聞こえたので慌ててリビングへ避難。

 数分後、どこにあったのか男物のジャージを着たモブ男がリビングへと現れた。

 

「えっと、すみません、何から何までありがとうございます。どうお礼をしたらいいか……」

「あら、いいのよ別に。これは私のお礼なんだから。……うーん、やっぱりジャージのサイズ合わなかったわね。一応Mサイズだったのだけれど」

「すみません、多分伸びてしまうと思うので後日新しいモノをお持ちします」

「ふふ、律儀なのね。でも大丈夫よ、それ誰のか分からないやつだから

「いえ、そういう訳にも……うん? え? あ……え?」

「深く考えるのはやめなさい」

 

 まるで宇宙をバックにした猫のような顔をしたモブ男だが、早々に思考を放棄してソファに座る私の近くへ。

 それでいい。世の中には知らない方が良いこともある。

 

「そこ、座ってもいい?」

「……いいわよ」

「ん、ありがとう」

 

 ソファーに座る私の対面。机を挟み、ちょこんとインテリア扱いで置かれている丸いクッションにモブ男が腰掛ける。

 ちょうどそのタイミングで紅茶を淹れたお母さんがクッキーと一緒に持ってきた。

 

「はい、どうぞ。もうちょっとで服の乾燥終わるから、時間とか大丈夫なら悪いけどそれまで待ってくれるかしら」

「あ、はい、時間は大丈夫です。分かりました」

「ふふ、ありがとう。ほんといい子ね」

 

 そして、お母さんはモブ男の隣にストンと腰を下ろす。

 おい。

 

「ねえ、私気になってるのだけれど、娘とはどんな関係なのかしら」

「あ、はい。クラスメイトの友達です。それと、遅くなりましたが僕の名前は──」

「ちょっと、いつから私とあんたは友達になったのよ」

「え!? 僕たち友達じゃなかったの!?」

 

 まさかまさかとでも言うように目を見開くモブ男。

 何をそんなに驚いているのだろう。私の記憶が正しければ友達になろうといった旨の言葉はどちらも言ってないと思うのだけれど。

 

「じゃ、じゃあ……僕と友達になってください」

「嫌よ」

「えっ」

「もぉ〜サキ、あまり意地悪しないの。モブ男くん顔真っ青になってるわよ」

「ふんっ」

 

 お母さんのキテレツな言動で忘れかけてたけど、私はモブ男が私よりあの水妖精を取ったことを忘れていない。

 ふんっ。

 

 そっぽを向いてクッキーを食べる私をよそにやれやれと溜息をついたお母さんはピシリ、と固まるモブ男の耳に顔を寄せ。

 

「この素直じゃないとこ誰に似たのかしら……ん、はぁむ、ぢゅ、ぢゅるるる」

「うひゃあ!?」

「何してるのお母さん!?」

「耳舐めだけど」

「頭沸いてるんじゃない!?」

 

 母親が、娘の目の前でいきなり放心するクラスメイトの男の子の耳を口に含み音を立てて啜る。

 頭がどうにかなりそうだった。常識人としても娘としても生涯において一度も見たくなかった光景がそこにはあった。

 

「それにしても、本当にチャームに掛からないのね……不思議なものね」

「あの、やめて……」

「怯えちゃって可愛い……♡どうしようサキ、お母さん燃えてきちゃった」

「いい加減にしてくれるかしら!?」

 

 お尻を付けながら後ずさるモブ男をみて怪しく舌なめずり。

 帰宅してから三十分の間に畳み掛けられた怒涛の母親の痴態に遂にはキレた私が叫んだタイミングで、乾燥完了を知らせるタイマーの音がリビングに響く。

 

「あら、良いところだったのに」

「いいからお母さんは早く向こう行って!」

「そんなに怒ってるとシワ増えるわよ」

「うるさい早くいけ!」

「はいはい」

 

 手をひらひらさせてお母さんが脱衣所へ向かうのを見届けた後、私は疲れからソファに深く座り込んだ。弛緩する身体。本当にしんどい……。今日練習なかったのにこの疲労感はおかしいわよ……。

 モブ男も気が抜けたかのか、珍しく疲れた様子で肩を落とした。そして顔を上げて、視線が止まる。

 

「──ぁ」

「……ああ、それか」

 

 その視線の先にはひとつの写真立てがあった。

 二十歳に行くか行かないかぐらいの若い男女と、その男女の間で自信なさげに肩を小さくする三歳ほどの女の子。そして、女性の腕の中で呑気な顔をして眠る赤ん坊。

 何の変哲もないただの写真だ。唯一特徴的なことを挙げるとすれば、女性と女の子には細長い尻尾が生えているぐらいか。

 

「──そんな面白いものじゃないわよ」

 

 思わず口をついて出た言葉は自分でも驚くほど色がなかった。

 何かを聞こうと口を開いたモブ男は、私の雰囲気を感じ取ってか、何も言わずに口を閉じた。

 

 ……別に、この写真に対して何か思うところがあるわけじゃない。

 ただ……私が知らない、知らなかった頃の家族の写真。それだけの意味しかない。

 

「サキー! お姉ちゃんの部屋に紙袋いっぱいあるでしょー? それ一個取ってきてくれるかしらー!」

 

 一転して何処か重くなった空気を吹き飛ばすようにお母さんの声がリビングを突き抜ける。

 やれやれと腰を上げた私は立ち上がると、ひとつ伸びをしてお姉ちゃんの部屋へと足を向けた。

 

「美上さん」

「……なにかしら」

 

 呼び止められる。モブ男は一拍の間を置いて。

 いつも通りの声で、いつも通りの顔で笑った。

 

「また明日ね」

「……ええ、また明日」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「……サキは行ったみたいね。ふぅ……ねえ、モブ男くん」

 

「はい……は、え? モブ男?」

 

「ふふ、私、実はあなたの事よく知ってるのよ。前に部屋を掃除したときにちょっとだけ見ちゃってね。サキには内緒よ?」

 

「は、はい……?」

 

「私ね、あなたにお礼が言いたかったの。ずーっと全てがつまらないって言いたげにちっとも笑わなかったサキが、最近はよく笑って、あんなに感情を前面に出して……本当にね、今でも信じられないぐらい……。私たちじゃ出来なかったから……。だからね、ありがとう……本当に……ぅ、ありがとう」

 

「いえ、そんな……。僕の方こそ……」

 

 

 

「…………だって、美上さんに救われたのは僕の方だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 読まなくてもいい登場人物紹介

 

 美上さん

 主人公。ツッコミ役が板に付いてきた。

 何だかんだお母さんやお姉ちゃんとのやり取りを楽しんでいる。

 

 モブ男

 ヒロイン。ぱつぱつジャージ。

 何気に一番の謎を持つ登場人物。

 

 お母さん

 指輪は大事に取ってある。




一日二話投稿目です。

当初予定していた伏線は形が変わったやつもありますが全て入れ終えました。一番変化したのは水澄さん関連。まだ少し残ってたりする。
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