私立文月学園という高校。
他校と比べて突出した特徴を挙げるのなら、試験召喚システムを導入している試験校である。科学とオカルトと偶然によって完成したとされるそのシステムは、召喚者をデフォルメした分身を創り出す。その分身を戦わせるのが召喚戦争であって、2年次になる前に試験によって振り分けされたクラス同士が『教室』を取り合うのだ。
Aクラスは絶対に負けまいと勉学に励み続け、他のクラスは少しでも這い上がろうと努力する。このシステムを使って、各生徒の学習の動機付けをもたらそうとするとは、実に興味深い。
まして、この召喚システムの仕組みも気になる。
「やばい、もう8時だ……」
急いで、家を出た。
桜が舞う道を急いで駆ける。学園までの道のりを確認しようとして、学園の公式サイトを見ていたのだ。ギリギリ間に合うかどうかなのだろうが、新学期早々に遅刻するのはいろいろとしこりを残してしまうだろう。
まあ、この身体の元持ち主は訳アリなのだが。
「月村、久しぶりだな。」
「まあ、はい。そうですね。」
「そうか。元気そうで何よりだ!」
笑顔で俺を迎えてくれるが、心苦しい。
月村伊月という少年はもうこの世にはいない。
それを伝えるべきか否か。
「……振り分け試験を受けなかった以上、Fクラスなんだ。何度か掛け合ってみたものの、もう手遅れだということでな。」
反応の明るくないことを心配してくれた。
ずいぶんと生徒思いの先生で、慕われていそうだ。
「鉄人、おはよう!」
「西村先生だ。」
少し幼げのある顔立ちの少年だ。
人懐っこい印象を受けるし、実際にそうらしい。
「まったく、お前は変わらんな。」
「えっ、1年前から僕変わってないの!?」
「ほら。」
「Fクラス……、ウソだ!?」
あの問題は解けたはずだよね、いつもより運勢は良かったはず、と自問自答を繰り返している。
「後悔は、ないのか?」
「10問中2問、解けなかったこと……?」
「ふっ、正真正銘のバカだな。ほれ、2人とも行ってこい。遅刻するぞ。」
「わかったよ~」
西村先生とは別れ、校門をくぐった。
特に召喚システムがあるとは思えない校舎だが、真新しさはある。長い廊下の途中にはAクラスの豪華な教室があって、彼は羨ましそうにのぞき込む。教室にいる生徒がこちらを不思議そうに見るのも無理はない。
1人の女の子と目が合って、どうにかしろと伝えられる。
「行くよ。」
「あっ、うん。」
Bクラス、Cクラス、Dクラスと、教室の設備は少しずつグレードダウンしていく。どうやら目的のFクラスにたどり着くのはなかなか骨が折れるらしい。
「自己紹介がまだだったね。僕は吉井明久。」
「……月村伊月。」
「あまり学校に来てなかったんだよね。僕も雄二とたまにサボる時があって……あっ、でも僕の方が先輩じゃないか! なんでも聞いてね?」
「いや、1年が入学しただろう。2年生。」
「2年生、いい響きだね。僕は、先輩なんだ!」
本当にいい意味で、バカなようだ。
いろいろ考えていたのだが、今は忘れられそうだ。
「さあ、ここがFクラスだ!」
「吉井君、月村君、早く席に着きなさい。」
ボロボロの座布団、ボロボロのちゃぶ台、ボロボロの畳、ボロボロの窓、ボロボロの教卓、とにかくボロボロの教室だ。まあ、屋根はちゃんとあるし、地べたというわけでもない。先生が壊れた教卓を取り替えに行ったことで、身体の大きい男子が悠々自適に寝そべった。
吉井には仲の良い友達が何人かいるようで、クラスでたった1人の女子とは夫婦漫才までしている。校則に反して、携帯型ゲーム機を持ちこんで遊んでいるし、奇妙な覆面で怪しげな儀式を始めているし、スカート覗こうとしているし、なんていうかカオスなクラスである。
「お主は?」
「俺は、月村伊月だ。」
「なるほど、元気になったようでよかったのじゃ。ワシは木下秀吉。1年間、よろしく頼む。」
「ああ。よろしく、1年間な。」
差し出された手を取って、握手。
吉井が飛び込んできたのを、慌てて避ける。
「伊月! うらやまけしからん!」
「いや、なんでだよ。」
「だって、秀吉だぞ!」
「……ああ。男の娘だからか。」
「伊月だけじゃ、男の子だと言ってくれるのは……」
「うん。でも、唯一の女子がいてくれてよかったよ。やっぱり女子っていうのは優しくておしとやかで、島田さんのようなガサツじゃあね。………あっ、島田さん。そっちの関節は曲がらないっ!!」
吉井に負けず劣らず、木下は小柄で華奢であって中性的な顔立ちだ。吉井が男の娘好きだということがわかったが、人の恋路を邪魔する気はない。しかし、新しくクラスに入ってきた女子を見つめているし、どっちでもいけるのだろうか。
「姫路さん……」
「あっ、吉井君!」
スカートを無事に覗けたムッツリーニと呼ばれる男子は鼻血を出し、多くの男子がいい感じな雰囲気の吉井に殺意を抱き、木下と女子2人は仲良く談笑しているし、なんていうかカオスなクラスだ。
しかしこのクラスの埃っぽい設備は、姫路さんの体調不良を起こしてしまうようだ。吉井がまたバカみたいに真剣な顔をして、ニヤニヤとしている坂本と話をしていた。
「みんな、聞いてくれ!」
坂本が、カオスな空間に呼びかけた。
「俺たちFクラスは、試験召喚戦争を仕掛けようと思う!」
教室への不満。
そこをモチベーションにして、打倒Aクラスを掲げる。
「我がFクラスには戦力がいるんだ!」
吉井の名を挙げた。
まあ、観察処分者という問題児らしいが。
続いて、姫路さん、木下、ムッツリーニの名を挙げれば、どんどん勢いは増していく。Fクラスメンバーが単純ということもあるが、各分隊長となりうるメンバーを、威厳ある代表が示すことで士気が凄まじいことになった。
「姉上ほど、成績は良くないのじゃが……」
そう小さく呟かれた声は、隣の俺にだけ届いた。
詳しく聞けば、Aクラスに双子の姉がいるらしい。
坂本が説明を始めた。
ガサツそうに見えて、懇切丁寧に地図まで書いてわかりやすく伝えてくれる。
科目は、数学。
戦争は明日だ。
****
召喚戦争の戦力は、最後に受けたテストの点数が影響される。つまり、姫路さんや俺は0点のままなのだ。試召戦争が始めれば回復試験というものが受けることができ、点数を得られる。
途中でやってきた島田さんの焦った様子を見ると、戦争の状況は芳しくはないらしい。始業2日目から戦争をしかけたのだから、振り分け試験の結果からすればFクラスのメンバーはEクラスのメンバーに勝てる道理はない。
そう判断したEクラス代表は自ら全員を引き連れて、本拠であるFクラスになだれ込んできた。吉井では、その軍勢から坂本を守り通すことはできないだろう。その軍勢を力でねじ伏せることができるのは、Aクラスレベルでないといけない。
「姫路瑞希が受けます! 召喚!」
「同じく、召喚。」
「まさか、姫路さんって!?」
「なんだ、あのバカげた点数!!」
「412点と、450点!?」
「チートかよ!」
そう、チートだ。
吉井が姫路さんを助けたいのなら、俺は惜しみなく力を貸そう。
「うっそだー!?」
「姉上に匹敵するやもしれん。」
「おいおい。これは予想外のジョーカーをゲットしたな!」
さて、
召喚獣は俺たちをデフォルメした姿なのだが、コスプレである。姫路さんが女性騎士で、俺が傭兵。どちらも身の丈以上の大剣を持っているのは、点数によるものだろう。
頭で思った通りに、ある程度スムーズに動かせる。
脳波を読み取っているのは、どういう仕組みなのか。そういうことを考えながら、俺たちに比べればパワーのない攻撃を力づくで押し返す。点差というステータスの暴力が彼ら彼女らを襲う。
「これでとどめです!!」
坂本の作戦通りになったということだ。
姫路さん単騎で、Eクラスは十分に攻略できる。
戦争には勝利。
教室の交換はせず、打倒Aクラスは掲げたまま。
しかし、Aクラスには姫路さん並みの実力者が何人もいることを考えると、まだまだ戦いは始まったばかりなのだろう。今のFクラスでは勝つことはできないし、各個人がパワーアップしてくれると幸いなのだが。
「秀吉か?」
「秀吉は、私の弟よ。」
「双子の姉か。よく似ているな。」
「コホン……、我々Aクラスは、Fクラスに宣戦布告します!」
ビシッと指差してきて、言い放ってくる。
「……みんな、帰ったぞ?」
「えっ……、なんでよ。」
心の準備でもしてきたのだろうか。
放課後になった途端に、多くのメンバーがゲーセンやカラオケに行ってしまった。吉井たちは家に帰ると言っていたが、木下は姉と一緒に帰宅するわけではない。放課後は自習して教室で帰る、そういう彼女の優等生としての設定らしい。
「まったく、これだからFクラスは……」
埃っぽいボロボロの教室で顔を顰めて、Fクラスを非難する。
「年相応だよな。」
「幼稚園児の間違いじゃない? あんたは違うみたいだけど。」
「今の俺じゃあ、Aクラスには敵わないしな。」
日本史の教科書を開いて重要語句を纏めている。そんな俺のノートを見てそう告げた。こういう地道な暗記なんて久しぶりだし、日本史の勉強は何年もやっていない。理系科目ならAクラスレベルだろうが、ブランクがある文系科目では太刀打ちできないだろう。
荷物を纏めて、学校から出た。
すでに夕暮れ時で、食欲をそそる香りがあちこちからする。
「ちょっと、時間いい?」
「いいぞ。」
勉強をしようとしない弟について愚痴ったり、自分が弟よりモテないことを愚痴ったり、弟より可愛く見られないことを愚痴ったり、優等生としての仮面なんて剝がれていた。
本屋に立ち寄り、彼女の趣味について楽しげに話した。優等生である以上、クラスメイトにはこういう話題は話せないのだろう。今の瞬間だけは、年相応な表情がちゃんと表れていた。
「うーん、スッキリしたー!」
「いろいろ溜まってたんだな。」
「ありがと。なんかあんたって口が堅そうなのよね。」
「俺だっていろいろ話してしまったしな。」
「ええ。アタシの秘密バラしたら、こっちもバラすからね!」
走り去っていく彼女に、俺は背を向けた。
「ホント」
みんなが『異物』に優しいよな