みかん箱の上に、教科書を広げる。
FクラスがAクラスに敗れたことで、ちゃぶ台から格下げになったのだ。さらに問題行動をよく起こす吉井たちの対抗策として、西村先生による補習授業も行われるようになっている。
「木下秀吉をすこれ」「木下秀吉をすこれ」
「木下秀吉をすこれ」「木下秀吉をすこれ」
「リア充滅べ」
「裏切り者は雄二」
「吉井滅べ」
「僕!?」
基本的に補習を課されることはない女子2人はそれぞれ食材の買い物に行った。2人とも吉井のためにがんばっていて、今日なんて姫路さんから手作り弁当を渡された吉井は死ぬほど喜んでいた。
「緊急連絡!」
「須川か!」
「異端者が出たぞ!」
「絶対に逃がすな!」
さて、今日の補習はプリント学習。反逆者や裏切り者だの言って、みんな凶器を持ってどこかへ行ってしまったので、彼らに課されたノルマは達成されることはないだろう。ムッツリーニはいつも通り盗撮に行ったし、坂本は霧島さんとのデートに行ったし、つまり教室は閑散としている。
「なにこの教室、そもそも教室?」
「木下、戻ってきたのか。」
カーテンに加えて暗幕で日光は遮られていて、薄暗い教室には凶器が散らばっている。埃っぽい教室を少しでも良くしようと各自の私費で設備へ投資しているのだが、みんながバカみたいに私物を持参してくる。すでに教室の後ろ側には遊び道具や中二心をくすぶるアイテムでいっぱいだ。
火のついた蝋燭を持って、安全なルートを一緒に通るしかない。
「足元注意な。」
「て、て、……」
手を繋いで誘導しないと、危ないのだ。
それにしても、木下の手のひらってまるで女の子のように柔らかいな。本人的にはコンプレックスかもしれないから、口には出さない。声も高いのだからもし女装をすれば、全く気づかれることはないだろう。
女装しなくても、男子だと認知してくれる人は限りなく0に近いらしい。
「なんでこの教室は暗いの……、じゃ?」
「儀式。さっきまで数珠持ってお祈りしていたり、藁人形を作っていたりしていたな。まあ、素人の呪いが本当に効くかどうかはわからないけど。」
「そ、そう……」
「今は鬼ごっこでもしているんじゃないか。ケガしないといいけどな。」
藁人形を作る体験はなかなか新鮮だった。
愛着も沸いたので、部屋に飾っておこうと思う。
てるてる坊主とは違った、趣きがある。
「あ、アハハ……、すごいバカなクラス……」
「楽しいことに飽きないクラスだよな。」
比較的常識があるのが姫路さんと島田さん、木下だけなのだ。坂本も悪ノリして吉井と一緒に暴れることがあることがたった数日でわかった。異端審問会という非公認リア充撲滅組織に属する彼らも誰かの命までは取らないだろう。
「自習してるの、じゃ?」
「宿題と、教室の番。」
貴重品も置いているし、凶器も散らばっている。
もし他クラスの女子が来てしまったのなら、悲鳴を上げてしまうかもしれない。
まあ、Fクラスに来るのは霧島さんだけだ。
異端審問会から坂本は必死に逃げて、放課後デートに向かっていくのはよくあることだと思う。
「2人ともかなり毒されてるじゃない……」
それだけ小さく呟いて、携帯とイヤホンを出した。音楽を聴くのは珍しいなと思い、そのジャンルや曲名について聞いてみようかというところで、木下は勢いよく立ち上がった。
「あいつ!!」
「足元気を付けろよ。」
木下が、廊下へ飛び出していった。
学校の中でやっている鬼ごっこに混ざりにいったのだろうか。
「た、ただいま。」
「早かったな。」
10分ほどで帰ってきた木下は、肩で息をしている。
怪我をしていないようでよかった。
「つ、月村はバラしてない?」
「何を?」
「あ、姉上の趣味のこと、じゃ。」
「俺から契約は破る気はないぞ。」
「そ、そう……」
木下がよく吉井たちにバラしているだろうに。
イヤホンをつけて、また何かを聴く。そして飛び出していくことを繰り返す。
「大丈夫か?」
「そ、そうかの!?」
なんていうか、今日の木下は挙動不審だ。
「……横溝って?」
「クラスメイトだろ。」
「そう。……もしかして告白?」
チラリと、俺を見た。
薄暗い部屋の中で蝋燭の光に照らされた木下は、やはり木下さんに似ている。
「髪、切ったんだ……」
「ああ。木下のお姉さんに言われた通り、散髪したぞ。」
「そ、そう。」
イメチェンを意識してやったことは初めて。
これから暑くなってくるし、かなり短髪にした。
ボーっと、木下が俺の顔を見ている。
「集中しなくていいのか?」
「あっ、うん。」
ムッツリーニ同様、木下も盗聴が趣味だったとは。
まあ、趣味なんて十人十色だろう。
「……それでいいのよ。そのまま断りなさい。」
どうやら盗聴することは訳アリらしい。
真剣な表情なのだから、木下さんが告白されているのだろう。
「ショタコンって何よ!?」
木下さんって、ショタコンなんだな。
その事実は、心にしまっておいた。
****
学生で賑わうファミレスで、どんよりとした空気。
「だれがショタコンよ……だれがノーパンよ……だれが女好きよ……」
「噂が広まるの、さすがに早いな。」
「うん、後悔しているわ……」
帰宅するくらいには、特にAクラスの女子を中心としてその噂が広まったようだ。どこかクラスメイトに壁を作っていた木下さんに話しかける人も増えるだろう、話題はともかく。
学園のプロモーションビデオ、さっきまでその撮影をしていたらしいのだが、今は意気消沈している。ブツブツ言っている内容はよく木下が吉井たちに言っていることなのだが、彼らの命に関わるので情報の出所は言うつもりはない。
「どの噂も本当のことじゃないんだろ?」
「もちろんよ。私が暴力女に見える?」
「見えないな。」
「そうでしょう?」
木下さんや島田さんは関節技、霧島さんはスタンガン。
何かと物騒なこともあるし、護身術を持っていて損はないだろう。
「秀吉には、それなりに注意しておくぞ。」
「もう手遅れじゃない。」
「まあ、噂なんて一時的なものだろ。」
「ほんと、そうだといいわね。」
肘をつきながら、コーラの入ったコップに口をつける姿はいわゆる模範的な優等生ではない。木下曰く、家の中ではズボラな木下さんだ。だがしかし、この光景は学園の生徒に見られることはない。学園の近くに最近新しくできたこのファミレスは個室がいくつもあって、価格も学生サービスでかなり安いのだ。
『俺は犬か!?』
女子同士で和気藹々と食事したり、ドリンクバーだけでカロリー摂取しようとしたり、女性店員さんを盗撮しようとしたり、将来を誓い合ったパートナーと放課後デートしたり、思い思いの青春がここには溢れている。
『追加するな!いっぱいいっぱいなんだ!!』
時折り、男子の叫び声が聞こえることにはもう慣れた。
ともかく、ここでよく一緒に勉強することになっている。
「数学なら、代表にも勝てるんじゃない?」
「全科目が大学生レベルっていうのがヤバいんだよなぁ」
「まあね。でも、姫路さんもなんだけど、Aクラスに欲しいわ。」
「俺はイレギュラーなだけだからな。」
「ふふっ、面白い言い方ね。」
チートで、嘘の塊だ。
バカみたいなことを一度経験している。
「そういえば、Fクラスで大丈夫なの? もし振り分け試験がちゃんと受けられていたら、あんたや姫路さんの実力なら、Aクラスは確実じゃない。」
「姫路さんも俺も、すでに愛着があるんだ。」
「そっか。」
手作りの藁人形を、手の中で弄ぶ。
バカやってるのを見ると、悩むのがバカらしくなる。
「そうそう。あんたは髪短い方がいいわよ。」
「イメチェン成功か?」
「まあね。隠しているのがもったいないくらいだわ。」