少しずつ、気温が高くなってきた。
快晴の日には、汗をかくほどである。
Fクラスにはエアコンなんてものはない。
「ねぇ。水着の秀吉、見たくない?」
「別に。」
「なんでさ!!」
「吉井は何を企んでいるんだ? 浅はかに。」
「なぜバレたんだ!?」
「明久がプールのシャワーを勝手に使っているのがバレて、そのペナルティの掃除だ。」
「雄二も共犯者じゃないか!」
「うっせぇ、主犯。」
「じゃが、2人だけでは大変じゃろう。」
「さっすが、秀吉! 愛してる。」
「ワシは男なんじゃが……」
木下の魅力について、吉井はよく熱弁してくる。姫路さんたちの好意に気づかないこともあって今まで男の娘好きかと思っていたが、単に木下が好きなのだとわかった。
木下と男子の組み合わせは、双子の姉的には論外らしい。
「俺は週末なら空いているぞ。」
「ワシもじゃ。」
「よしっ、これで2人は確保できたな。」
「ムッツリーニも手伝ってくれるよね!」
「……パス」
「午後から姫路や島田も呼ぶか。」
「行く。」
シャキーンとカメラを構えたムッツリーニも、吉井並みに単純だ。
「アタシたちがなんだって?」
「えっとね。日曜日にプールを使えることになったんだ! 僕のおかげでね!」
「プール開きもまだなのに、すごいですね。」
「どうせ、アキが何かやらかしたんでしょ。」
「なぜバレた!!」
「どうする? 2人は。」
「えっとー。明日、ですか……。」
「準備が、ね……」
「水着買うお金がないとかー?」
「まずその考えが浮かぶんだな。」
「こいつの食生活を鑑みれば、な。」
ゲームに1ヶ月のお小遣いを費やしていることによって、食べる物に困っている。つまり単なる自己責任だ。しかし昼食については姫路さんからよく手作り弁当をもらっているのだから、死ぬほど幸せなことだろう。
「こういうとき、木下はうらやましいわ。」
「そうですね。どんな秘訣があるのでしょうか。」
女子の天敵という理不尽な称号が、木下には与えられている。
「まあ、行かせてもらうわ。」
「うぅ、時間がないですぅ」
「……もっと増やそう。」
当日のための入念な準備をすでに始めている、ムッツリーニが真剣に訴えてきた。掃除をする人数を増やすのではなく女子の人数を増やそうと提案しているのだ。欲望に忠実すぎる。
「木下さんや霧島さん、……とか?」
予想以上に、俺の交友関係が狭かった。
「……もし後からバレたら怖いな。」
「いさぎよいね、雄二。」
「姉上にはワシから聞いてみよう。」
****
「こんなもんだろ。」
「水を入れたら、完了だな。」
数ヶ月分の汚れ、たった5人でプール掃除。
バカみたいに体力や耐久力のあるメンバーなので、数時間で終わった。ムッツリーニが本気以上の力を出してくれたことも大きい。あちこちに完璧に仕掛けた隠しカメラは西村先生が全部握りつぶしてくれるだろう。
「昼飯を食う時間はあるな。」
「そうじゃの。」
「……ここで食べる。」
「ムッツリーニも涼んでおけ。倒れたら、元も子もないだろ。」
「……わかった。」
休憩がてら、エアコンの効いた男子更衣室に行く。
おにぎり、麺類、菓子パン、カロリーメイト、コンビニで買ってきた物をそれぞれ広げた。意識していないと炭水化物ばかりになって、コンビニでの買い物は栄養バランスが偏った食事になる。それなりに高額な物も多いからだ。
もう少し早起きしていれば、弁当でも作ったんだが。
「いただきまーす!」
砂糖と油を持参して食べる吉井は、猛者だ。
こういう食生活を続けるのはあまりよくないだろう。
「なんでっ!雄二みたいなするのっ!!」
食物繊維たっぷりのこんにゃくを、奢ってあげた。
「ははっ、カロリー0だ。良かったな。」
プールの方からは女子の声が聞こえてきて、ムッツリーニはそわそわし始めた。木下も『秀吉更衣室』で着替えている頃だろう。専用の更衣室を作ることでしか、倫理とか真理とかいろいろなものを守ることができない。
着替えた瞬間に走っていった吉井とムッツリーニ、欲望に忠実だ。
「し、翔子……」
霧島さん、工藤さん、木下さん。
姫路さん、島田さんとその妹、そして木下。
「めつぶしぃ!!」
こうして見ると、美少女揃いだなと思う。
姫路さんや島田さんも心配することなく、スタイル抜群だ。
「霧島さん。視界を塞ぐ方法、他のじゃダメか?」
「そっか」
「まて。このやわらかいものは何だ。」
目隠しである。
吉井やムッツリーニが女子の水着に死ぬほど欲情しているのだ。雄二も他の女子に浮気するのではないかと、妻としては心配なのだろう。プールで仲良く水に浸かる姿はお似合いである。
「代表が好きな人って、こいつ?」
「ああ。将来を誓い合ったパートナーだ。」
「そこまで進んでいるのね……」
「ところで、なんでスクール水着なんだ?」
「が、学校のプールだからよ!」
「真面目だな。」
「……スク水も、いい!」
「きゃっ! ちょっと撮らないでよ!」
「……買う?」
「本人の許可が得られたらな。」
「……残念。」
そろそろ貧血になるだろうし、倒れた時にカメラのデータを消しておくことにする。しかし、自動でバックアップが取られるようになっていそうだが、それを口にすれば木下さんによってムッツリーニが殺されてしまう。
「あいつ、誰?」
「クラスメイト。写真のことは消すように言っておく。」
「あ、ありがと……」
吉井は姫路さんたちに囲まれていて、木下は吉井に口説かれていて、坂本たちは仲良くプールで鬼ごっこしていて、ムッツリーニは輸血していて、本当に彼ら彼女らは見ているだけで飽きない。
「やっぱり。」
肩をがしっと、掴まれる。
「胸の大きい女子の方が、イイノカシラ」
「まてっ! そういうの、俺は気にしない!」
「ホント?」
「ほんと。」
「そっか!よかったわ。」
本当によかった。
関節技を体験しなくて。
「じゃあ、女子のどういうところが気になるの?」
「あー、……強いていうなら、髪型。」
「そう」
セミロングの髪を一つ結びにしている黒い紐に、触れた。
「アキ、まちなさーい!」
「ほ、ほら。木下さんと一緒くらいじゃないか!」
「ちょーっと、同志の加勢に行ってくるわね」
ここにいる女子たちの機嫌を損ねないようにしようと、心に誓った。
****
プール掃除をやって夕方まで遊び、冷えた身体を銭湯で温める。
今日は、高校生の休日を謳歌したのだと実感が湧く。
「翔子―!シャンプー貸してくれ!」
高い壁を越えて飛んできた物を、坂本はキャッチする。
「サンキュー」
「まるで夫婦だな。」
「俺たちはまだ夫婦じゃねぇ。」
坂本が放り投げたのだが、ちゃんと受け取っているだろう。
バカみたいに騒がしい彼らも、今は穏やかだ。
もちろん、騒がしいのも嫌いではない。
「関節に染みる~」
「最高の避難場所だな~」
「……この壁の向こう、女湯」
「なにっ!?」
ボソッと呟かれた言葉に、吉井が騒ぎ始める。
穏やかな時間は続かなかった。先日手に入れた黒金の腕輪を起動して、召喚獣を出すまでに至っている。常識人である木下は専用の湯船に行ってしまっているし、俺が止めるしかないのだろうか。
「イタタタタ」
まあ、女子たちの召喚獣の圧倒的ステータスの前に屈した。
「0点になった戦死者は、補習!!」
「鉄人!?」
湯船から現れる西村先生。
まだまだ吉井の休日は終わらないらしい。