2019/5/7 本文を改訂しました。
真の英雄を目指す貴方に
No.xx
人は死ぬ寸前、走馬灯を見ると言われている。
視界に入るものすべてがゆっくりと動き、脳内では過去の記憶が次々とリンクしていく。
なんで、私は今こんな話をしているのだろうか。
こわばる表情を無理矢理、笑顔に変える。
迫る私の死。
必死に何かを呼びかけるオールマイト。
そうだ。私はきっとこの人に、私の希望を託したいだけなんだろう。
「オールマイト先輩、、、貴方は前だけ見続けて--」
そうして、私の一生は簡単に終わった。
No.1
ジジジジーー
息をすればむせ返りそうになる熱気に、うるさいくらいに鳴き続けるセミ。
「今年も嫌な季節が来たものね」
頬を伝う汗を拭うと、ポロリと嫌味がこぼれてしまった。
「HAHAHA、まだ7月に入ったばかりじゃないか顧美くん。そんなんじゃ、この夏を乗り切れないぞ」
再び熱気でむせ返りそうになる。発生源は隣のアメコミ漫画に出てきそうなこの人だ。
「いや、オールマイト先輩。ヒーロー活動中なんですから、ちゃんとリバーサーって呼んでくださいよ。というか暑苦しいの先輩のせいですから」
この人はほんとに、、、尊敬すべきヒーローなのに、どうしてこう面倒くさいんだろうか。
「え!?私、そんなに暑苦しい!?というか初めて顧――Ms.リバーサーからそんなこと初めて言われたんだけど!?学生時代からそう思ってたの!?」
ほらもうこの通り。もう10年以上の付き合いなのに、この人はほんとに純粋。
先輩の行動や表情はわかりやすくて分からないふりをするのが大変なくらい。
当時から何も変わらない。
体や顔つきとかじゃなくて、その生き方、精神が。
だからこそ、、、先輩は平和の象徴という無謀にも思える茨の道を歩み続けることができるのだろう。
歩幅は短くても、先輩は一歩ずつ確実に平和の象徴の道を踏みしめて歩く。
高校を卒業し、アメリカで訓練を積んでくると言って5年。
そして、日本に戻ってきてプロヒーローとして活動し始めて5年。
10年という長い年月は、きっと先輩にとっては一瞬だったんだろう。
卒業する間際、何かに取り憑かれたかのように訓練する先輩は、当時の恩師に毎回怒鳴られていた。
近くにいた私にさえ、何があったか教えてくれなかった先輩。
私たちには今、先輩という支えがいる。
でも先輩には、、、誰か支えがいるのだろうか。
そんなネガティブな感傷に浸っている最中、私が覗いている双眼鏡の先で、今回のターゲットであるヴィランが下僕を引き連れ、建物に向かっているのが見えた。
「オールマイト先輩。――敵(ヴィラン)、見えましたよ」
瞬間空気が変わる。先輩から吹き荒れる圧倒的な力のオーラ。
敵に気づかれないように、内包されたオーラは隣にいる私にだけ伝わってくる。
「Ms.リバーサー、最終確認だ。当該建物は4階建ての廃ビル、全ての階層に敵が複数いることは確認できている。そして、いま建物内に入ったのが特定危険ヴィラン、死霊術師(ネクロマンサー)。
奴の個性は、自分が手を掛けた相手の体を操ることができる。つまり、各階層にいる敵は全て死体だろう。必ず彼らの体を取り戻し丁重に埋葬しなければならない。死者を弄ぶことは、どんな理由があろうが、許されることではない」
口調では怒りに溢れているに聞こえるが、決して先輩は恨みや怒りに飲まれることはない。
苦しい時こそ笑みを浮かべ、決して弱みを見せず、常に前を向き続ける。
それが先輩が考える平和の象徴なのだから。
そうだ。それが先輩のはずだ。
「わかっていますよ、オールマイト先輩。何年先輩の後輩してると思ってるんですか」
私は何かを誤魔化すように双眼鏡をしまい、歩みを始めた先輩の背中を追った。
No.2
先輩の親友である塚内警部と連携を取り、警察が廃ビル周辺の民間人を退避させている間、私たちは死霊術師が逃げ出さないように建物内の様子を窺っていた。
事前の調査によって廃ビル内には人質はおらず、死霊術師と下僕のみと推測されていた。
しかし、改めて建物中の様子を伺うと1名の少女が人質となっていたことが判明し、突入計画を大幅に修正が必要とされた。
不幸中の幸いというべきか、この場には救助向けの個性を持つ私がいる。
人質の少女のことは、大変心配だが少しの間待ってて欲しい。
今回のような人質がいるケースは、私の得意分野だ。
先輩と複数の警官が1階から廃ビルに突入し、建物内から大きな物音が聞こえ始める。
今回のような人質がおり、建物に立てこもっているケースで一番やってはならないことは、ヴィランを過度に追い詰めることだ。
追い詰められたヴィランは、人質を盾にするだろうが逃げ切ることが不可能と悟れば人質を殺す可能性が高い。
だからこそ、あえてヴィランの心に余裕を持たせる必要がある。
まだ人質がいれば逃げられる、逃走経路は確保されている、と。
そこで警察とヒーローは、逃走経路を限定させるように廃ビルの包囲網を緩め、私と複数のヒーローは逃走経路と考えられる下水道に待機した。
そして通信機越しに先輩が4階に辿り着き、死霊術師と対峙するも人質がいるため手が出せないと装う様子が聞こえてくる。死霊術師は予想通りの下水道に逃げ出したようだ。
暫しの間、無音が続く。
「ふ、ふふっはは」
5分程度の沈黙が破られた。
人質がいるため追跡することができない先輩たちの様子をあざ笑いながら、死霊術師は急ぎ足で私たちが待機する逃走経路に向かってきた。
下水道は薄暗く、等間隔にあるライトでも霧のようなものが薄っすらと見える程度だ。
その中を死霊術師は警戒しつつ、人質を連れ走る。
自ら罠にかかりに行ってるとは知らずに。
下水道といえば、大量の水がある。
季節は夏、今日は非常に暑い。
多少水が帰化していてもそこまでおかしくないはずだ。
——本来涼しい下水道でなければ。
もう何に気付いても遅い。
お前の個性じゃ万が一にも防げない。
私はタイミングを計り、満を持して個性を発動した。
「ハイパーキネティック・ポジションリバーサー」
1、、2、、3、、来る!!
視界の中で世界が回るような錯覚に陥り、強烈な吐き気に見舞われる。
グルグルと体感時間では十数秒世界が回っているが、実際には一瞬の出来事だ。
視界が戻り、顔一杯に生暖かい空気を感じた。まだ脳みそがシェイクされているような感覚が残り、思わず水溜りに膝をつきそうになる。
少し離れたところで死霊術師の悔しがるような叫び声が聞こえる。
どうやら仲間のヒーローは、無事に死霊術師を制圧したようだ。
顔を上げれば、私の目の前には人質だった少女が泣きじゃくっている。
あぁ、ほんと泣かないでよ。
相変わらず頭の中はぐちゃぐちゃな感じだけど、必死に笑う。
「もう大丈夫」
私は手を伸ばし、少女の頭を優しく撫でた。
今回の逮捕劇では、死霊術師(ネクロマンサー)をほぼ無傷で逮捕することができた。
塚内警部が下水道から死霊術師を引き上げ、連行していく姿を見て、ふと今回の対応について思いふける。
私としては、今回の対応は上手くできた方だと自負している。
人質の怪我もなく、建物にもほぼ損害がない。そしてヒーロー側も怪我がない。
今回の救助作戦では、もし私が失敗した際の予備の作戦も準備されていた。
パーフェクトではないだろうか。
そんな風に私は多少なりとも満足してしまっていた。
ヴィランが事件を起こしてからヒーローが解決する。
その結果、損害がない。素晴らしいことではないか。
でもそんな甘い考え、絶対に聞かせられない。先輩には。
先輩は被害者の家族に謝るだろう。
平和の象徴として、事件を早急に解決できなかった自分の力不足だったと。
人質となった少女には、怖い目に合わせて申し訳ないと。
それがヒーローだ。
ヴィランに事件を起こさせる気すら起こさせない。
それが平和の象徴だ。
そんな先輩に誰もが憧れている。
きっと私以外の誰もが。
(そういえば、先輩は?)
周りを見渡して先輩を探す。
何か所か目ぼしい場所を見渡すと、人質となった少女の心を必死にケアする先輩の姿を見えた。
そのいつもの姿に安心していたが、少女と別れた後の先輩の表情は固く、まるで誰かを探すように周囲を見渡し始めた。
その様子に、私は言いようのない不安を感じた。
あぁ、本当に
勘違いであってほしい、そう強く願いながら、私は先輩の下に小さな一歩を踏み出した。