「大輔、こっちこっち!」
「わーっ、とっと、あっぶねえ!ブイモン、もっとゆっくり歩けよ、こける!」
「いーから早く!」
お前の鼻は犬並みか、とこっそり大輔は思いながら、ぐいぐいと大輔の右手を引っ張って先導するブイモンにつられて走った。こっちのペースなどお構いなしで、ブイモンは未だに有り余っている元気で大輔を振り回す。まるでゴールデンレトリバーのような大型犬に振り回される子供である。
大輔はタケルを探していた。見失って何となくブイモンに聞いた大輔は、とまどっていた。例の件でヤマトにすっかり相談役を取られ、むしろ大輔を怒らせてしまい、大喧嘩のあとの仲直り=親友フラグのタケルに、大好きなパートナーを取られるのではないかと危機意識を募らせていたことなど知らない。
大好きな大輔に頼られた!と目をキラキラさせ、ブイモンなりにパートナーとして少しでも役に立とうとしているのだが、イマイチうまいこと伝わっている気配はない。
龍の目の湖はファイル島で数少ない真水があるエリアとあってか、生活圏の中に組み込んでいるデジモンは数多く、どうやら自分の家の庭のように迷いなく突き進んでいくブイモンにとってもそれは言えることのようだった。幼年期のデジモン達の住む迷いの森エリアの中にあると言ってもいい湖だ。チビモン時代の生活サイクルではいつもお世話になっている常連だろうことが窺える。
食料調達を任された大輔に、タケルを捜していると言われる前、ブイモンは食べ物を集めるのと魚を捕るのとどっちがいい?と二択の選択肢を示してくれた。パタモン達は果物をとりにいくと行って、パートナーの子供たちから離れて森の奥に行ってしまっているので、きっとパタモンたちにとってもこの役割というのはいつも通りのことに過ぎないのだろう。
この島のことを何もしらない大輔たちからすれば、大変頼りになる側面である。もちろんブイモンも誘われたのだが、最初の出会いでのっけから置き去りにされたのではないか、という恐怖を味わってしまったブイモンは、首を振って今に至る。
チビモン時代の狼狽ぶりを知るメンバーは心中お察しするとばかりに誰も茶化したりはせず、あっさりと別れたのだ。それに加えて大輔が抱える悩みを知ったブイモンの中では、大輔が最優先事項であり、他のメンバーは越えられない壁が存在していた。
「いたよ、タケルだ」
ありがとな、と頭をなでられ、にこにこと笑ったブイモンは釣竿片手に魚と格闘している光子郎と、泳いでいる魚たちを眺めながら、水をくんだバケツを横においたタケルを見たのだった。
「あれ?どうしたの?大輔君」
「あ、いや、その……まだ謝ってなかったと思ってよ。あんときはヤマトさんの話で頭がいっぱいでそれどころじゃなくてその、ごめん。悪かった。なんにも知らないのに、いろいろひどいこといってごめん。だから、その、なんだ」
えーっと、とその先をわざわざ口にだすのが恥ずかしいのか、赤面しながらばつ悪そうに大輔は目をそらす。しどろもどろながら大輔の言いたいことが大体把握できたタケルは、ぱっと目を輝かせた。
なんだよ、ときまり悪そうに睨んでくる大輔に、ううん、なんでもないとタケルは笑いながらごまかした。同年代の子供の中では、ある意味未来予知、先読みとも取られてしまうほど、タケルは相手の感情を読み取るのが巧みだ。そんなタケルにとって、大輔は気持ちがいいくらい喜怒哀楽、考えていることが分かりやすい相手である。
裏表がない、隠し事が一切ない、抱えているものがない、というぞっとするほど真っ白な子供は存在しないが、タケルの印象はかねがねそんな感じで、大輔は嘘を付くのが苦手な人間であるという高評価を持っていた。始めこそ、大輔が抱えている問題とその背景、そして勘違いが理解出来ないせいで大喧嘩してしまったが、今となっては大輔が常に一本の道をとおっていることがはっきりと見通せた。
基本的にタケルは、両親の離婚といい子であろうとする優等生思考が邪魔をして、自分の意見を主張して相手と対立したり、時には争いごともじさないという強気な姿勢は回避の対象である。自分もそういった状況を好まない平和主義的な傾向にある。
だから、そもそも大輔との大喧嘩がタケルにとっての大事件であり、ヤマトに二人で叱られたのが生まれて初めてのお兄ちゃんに怒られたという、出来事でもある。今まで友達と喧嘩なんてしたこともなかったタケルは、道徳の時間や教科書、テレビ、等による知識として、喧嘩の仲直りの仕方を知ってはいても未経験だ。
そもそも仲が悪くなった友達がいたら、相手の気持ちを本人より先に理解してしまい、自分から意見を引っ込めて謝るのがタケルであり、大喧嘩にまで至らないのが普通だった。だがその普通をぶち壊したのが、本宮大輔という自分とはあらゆる意味で正反対の少年である。
仲良くなりたいと思ってはいたものの、具体的な行動が伴った実績がないタケルは、大輔に嫌われていないか、友達になりたいと思ってもらえなかったらどうしようという不安が先行してしまった。いらぬところまで慎重なのは、大好きなお兄ちゃん譲りである。なかなか行動に移せずにいた矢先、大輔から謝りに来てくれたのである。うれしいに決まっていた。
「僕の方こそごめんね、大輔君。僕、今まで喧嘩したことなかったから、どうやって謝っていいのか分かんなくて遅れちゃった。許してくれる?」
「許すもなにも、謝ったんだからもうこれで終わりだろ?
つーか、今まで喧嘩したことないってどんだけヤマトさんと仲いいんだよ、お前。すげーな」
「喧嘩できなかっただけだよ、えへへ。今度、お兄ちゃんと喧嘩できるかな」
「やめとけよー、ヤマトさん怒らせるとスッゲー怖かったじゃねーか。喧嘩しないに越したことないって」
「でも、喧嘩するほど仲がいいんでしょ?」
「し過ぎはどーかと思うけどな」
「じゃあ、僕と大輔くんはもう友達だよね?」
「なっ………」
「どうしたの?」
「なかなか恥ずかしくて言えないようなこと、サラッというんじゃねーよ!こっちが恥ずかしいわ!」
わざわざ口にだすなよ!と大輔が絶叫する。まるで幼稚園児の女の子がお互いに友達であるかどうかを確認し合い、頷き合ってニコニコしあう様子が浮かんでしまう。ますます顔を赤くした大輔がタケルを睨むものの、それが照れ隠しであり、はっきりと友達だと肯定してくれた喜びからタケルは自然と笑顔になっていた。なに笑ってんだよ!と大輔の怒鳴り声がするもお構いなしである。
そんな大輔をちょいちょいと引っ張る青い手がある。なーなー大輔えと甘えた態度が嫌な予感をさせる。恐る恐る振り返った大輔は、案の定タケルの喧嘩したら友達発言を真に受けて、喧嘩しようぜとばかりに戦闘態勢をとっているブイモンを見た。
「ば、ばっか、そんな事しなくても、俺達は運命共同体だろ?喧嘩なんかいらないっての!」
大輔は必死で叫ぶ。まるで免罪符のような使い方に少々不満げながら、ブイモンはしぶしぶ解いたのだった。ブイモンの必殺技でもある頭突きは、中くらいの木ならなぎ倒してしまうほどの威力がある。
外してしまったら大変なことになるんだ、オレが、とわりと真顔でブイモンが断言するくらいには危ないものであるらしい。小学二年生の男子生徒―しかも平均よりしばし小柄な体格―がそんな攻撃をもろに受けたら死んでしまう。あー、よかったと胸をなでおろした大輔は、そうだ、と思い出したようにタケルを見た。
「なあタケル、友達としてお前に言っとくことがある」
「え?なに?」
「お前ずりーぞ、なんでさっきから太一さん達にばっかかまってもらってんだよ。お前にはヤマトさんがいるだろ!とるなよ、馬鹿」
「ええっ?!なに、それっ」
「祠で雪を払ってもらうとか、帽子を整えてもらうとか、いろいろやってもらってるくせにこけたくらいで太一さんとか空さんに声かけてもらえるとか、う、うらやましすぎるんだよお前!荷物持ってもらえるとか、大丈夫かって声かけてもらえるとか、どんだけ贔屓だよ」
「えーっ、欲張りすぎるよ大輔君!僕、お兄ちゃん以外知らない人ばっかりだったのに。大輔くんはもう太一さん、空さん、光子郎さんって3人も知り合いだったじゃないか!それに、それって大輔君なら大丈夫だからって思われてるからでしょ!僕、この中で1番頼りないって思われてるから、羨ましいのに!」
「そんなことねえよ」
「そんなことあるってば。大輔君の方がずるいじゃないかー」
「そんなわけあるかよ」
「あるもん!」
「ない!」
「ある!」
「ないっていってるだろ、しつこいなあ」
隣の芝は青いというか、お互いに正反対であるがゆえに無い物ねだりの極地、である。お互いの当たり前が一番欲しいものであるという事実が、ついさっき仲直りしたばかりだというのに再び喧嘩を火の粉を散らす光景となっている。大丈夫だろうか、この二人は。そして二人を止めるのもまた、上級生であるという事実は変わらないようである。
「大輔君」
先程から聞いてみれば、事情はよくわからないが仲直りした下級生という現場に居合わせたのはまだいい。微笑ましい青春の1ページを間近でみた。これもまたいいことである。しかし、大輔が来る前に、のんびりと泳いでいたゴマモンのせいで魚影がまばらになり始めていた時点で、いらっときていた。
「タケル君」
そして、こちらの事情などお構いなしに、所構わず大声を上げて喧嘩し始め、どんどん乱暴になっていく足あとが魚影の数をどんどん減らしていくのである。極めつけが、空腹という何者にも代えがたいイライラの原因である。あ、と声を上げて恐る恐る振り返った大輔とタケルが見たのは、わなわなと怒りに震える上級生。
さっきから完全に存在を抹消されていたサッカー部の先輩ブレーン、知識の泉、光子郎だった。魚が逃げないように、全力で感情を抑えながら声を落として話しているため、余計恐怖心を煽る。なんか背後にいる。滅多に怒らない人を怒らせる恐怖を何度か経験したことのある大輔は反射的に後ずさりする。
「僕は何をしてるか分かりますよね?」
「はい」
「魚釣りです」
「どうして僕が怒っているか分かりますよね?」
「はい」
「ごめんなさい」
「二人はこれから今すぐ、ここから立ち去って食べ物を探すか、僕と一緒に魚を釣る手伝いをしてください。そうじゃないと釣った魚、あげませんよ」
バケツには何匹か既に連れた獲物が泳いでいる。光子郎は釣竿を差し出した。大輔君のせいで僕まで怒られちゃったよ!と目で訴えるタケルに、カチンと来たらしい大輔はタケルをじと目で睨みつけた。
早くしてくださいってわりと本気でどすの利いた声を出されてしまった二人は、びくっと肩を震わせて、顔を見合わせた。そして、謝る。大輔はブイモンと共に果物をとってくると言って森に消え、タケルはちょっとだけ機嫌を直してくれた光子郎にほっとしながら釣竿を受け取った。
「なあ、ブイモン、なんかうまいもん知らねえの?」
頭の上で好物の赤い実のなった房を抱えているテントモンがいる。大輔と目が合ったテントモンは、わい、これに目がないんや、と掲げて見せてくれた。
とってもあまくておいしそうな果実がなっている。これは楽しみである。ピヨモンが羽ばたきながら、空高く実を付けている木の実をとろうと悪戦苦闘し、持ち前の間接攻撃で収穫したきのみをキャッチするという連携をとっているパタモンとガブモンがいる。
そして植物であるという特性からか、やたらときのこの知識が豊富でミミに褒められているパルモンがいる。恐らくここにいないアグモンは、火をつけるという役割を果たしているだろう。この世界の知識など皆無な大輔は、当たり前だがブイモンに頼る。
「まっかせとけ!どんな木だって倒してやるもんね!」
「うおおおいっ!違うって、きのみ、果物!なんか知らないかって俺は聞いてんだよ!」
「え?何だよ、大輔、それならそうと早く言えよなあ。じゃあさ、まずはエサを捜そう大輔」
「え、エサ?きのみじゃないのかよ」
「違う違う、もっともっとおいしいものだよ。期待しててよ、大輔。さ、いこいこ!」
「ってまたこのパターンかよ、うわあっ!」
しばらくして、大輔はブイモンが知っている「おいしいもの」とやらを捕獲するためのエサがなっている木の前に到着した。
大輔二人分位の高さに、たくさんのみずみずしい果実が成っている。緑色の細長い葉っぱの間から、ハートを逆さまにしたような大きな実が沢山なっていた。
「桃だ!すげーぞ、ブイモン。ここってホントに何でも有るんだなあ」
バナナだったり、りんごだったり、ミカンだったり、ココナッツだったり、育ちやすい気候も環境も、そして季節さえバラバラな果物が沢山あるおかしな場所である。
それはここデジタルワールドがネットの海を漂うたくさんの情報、データを元に作られており、類似したデータが沢山組み合わさって出来上がっているという秘密がそうさせている。
そのため現実世界の常識などでは到底考えられないちぐはぐな光景がデータ処理の関係で存在しているのだが、無論現時点で大輔たちが知るはずもなかった。
「よーし、オレ登るから大輔取ってくれよ」
「おう、まかしとけ!なあなあ、ブイモン。ホントにこれをエサにするのかよ、ちょっともったいないからこれもご飯用にとって帰ろうぜ」
「オレはどっちでもいいよ」
上着を脱いでアミの代わりにした大輔は、ひょいひょいと登っていくブイモンにいつでもこいと手を振る。ほそっこい枝にこそ実が集中しているが、体重で大きくしなっている枝がなんとか届く距離まで下げていた。
大きいやつを狙い目に、8人分×2この16こ、ひとつひとつ落としていく。こういうことは得意な大輔は、いい感じで受け止めていった。上ばっかり見上げていて、足元がお留守になるのだけは頂けないが。
「おわっ、とっとっと」
「大輔!」
枝が折れんばかりに揺れる。ひっくり返る光景を想像して思わず目を閉じたブイモンは、しばらくして恐る恐る下をのぞいた。
「大丈夫かい?大輔君」
「あ、じょ、丈さん。ありがとうございます」
「大輔、大丈夫?!」
「おう、丈さんが支えてくれたんだ」
慌てて飛び降りたブイモンが駆け寄る。ずれたメガネを戻しながら、気さくな笑顔を浮かべて現れたのは、6年生の丈だった。どうやら一度迷子になった前科がある大輔が、ブイモンが共に一緒であることは承知ながら心配になって付いてきたらしい。気をつけなよ、と大輔から離れた丈は、大輔の抱えるたくさんの桃に目を丸くした。
「大丈夫かい?重くない?」
「え、あ、あはは、結構重いです」
「じゃあ持つよ、貸してごらん」
「え?いいんですか?」
「い、いいよ、いいとも。2年生の君にそんなたくさん持たせるわけには行かないからね」
見るからに優等生な外見の丈である。身長は高いし大輔よりもずっと大きい体格をしているが、見るからに勉強一筋といった様子で、なんというかどことなく頼りなさを感じてしまう大輔だが、あえて言わなかった。6年生であるというプライドが全面に出ている上級生にわざわざ口答えする必要はない。甘えればいいのである。それがサッカー部の中で学んだ下級生の特権だった。
お願いします、と差し出した大輔に、受け取った丈が一瞬、い、という顔をしたのを大輔とブイモンは敢えて気づかないふりをした。いや、ブイモンがダメ出ししようとしたのを慌てて大輔が止めたのだ。なんでーとブーたれるブイモンのことを気づかれる前に大輔は指示を出す。こういう時変に気をつかってしまうと、サッカー部の先輩あたりからよく怒られたのである。
「これをエサにするって何を捕まえるんだよ、ブイモン」
「え?この桃をエサに何か捕まえるのかい?」
「なんかうまいもん知らないかって聞いたら、ブイモンが」
「うん、釣るんだ。ホントは光子郎が持ってたデジマスが欲しかったんだけど、なんか怒られちゃいそうだったから、これでいいよ。デジタケはパルモン達がもってっちゃったし、他に食いつきがいいやつ知らないんだ」
さあいこう、とブイモンにつれられる形で大輔たちは元来た道を戻ったのだった。丈はたくさんの桃をそのまま太一たちのところに届けることにしたらしく、光子郎たちのいる川に戻ってきた大輔は、タケルから釣竿を借りた。何を釣るのって不思議そうに見てるタケルたちを尻目に、ブイモンは迷わずの森にほど近い岸のくぼみを陣取ると、大輔に頼んで釣りを開始した。
しばらくして、ちっちゃなデジマスが一匹釣れた。これ?と大輔は聞くが、ブイモンは首を振る。そのデジマスをバケツに入れないで、そのままエサにしてしまった。そして、大輔は言われるままさっきよりも遠くの方に竿を飛ばして、何かが来るのを待っている。
ちゃぽんと浮きが沈み、リールを引き始めた大輔は、さっきよりも勢いがあることに驚いて、あわてて地面を踏みしめた。よこで、もっとゆっくりゆっくりってブイモンがうるさい。姿を現したのは、真っ黒なデジマスだった。これか?と大輔が訊くが、ブイモンは首を振る。その真っ黒なデジマスもバケツに入れないで、そのままエサにしてしまった。
「なんかわらしべ長者みたい」
「面白い釣り方をするんですね、ブイモン。この湖は釣りの名所らしいですけど、デジモン達はこうやって大物を釣り上げるんですか?」
「まねっこしてるだけだよ。今日はいないみたいだけど、幼年期のデジモン達に配ってるデジモンがいるんだ」
「そっか、ちっちゃいと魚釣りなんかできないもんね。優しい子もいるんだね」
「釣ってるのオレなんだけどなあ。っつーかブイモン、まだかよ」
じゃぷん
「おわっき、きた!?」
じゃぷん
「ど、どうすんだよ、これ!」
じゃぷん!
「まだだよ、大輔。しばらくほっといて。そしたら、だんだん疲れてくるから」
「……………よっしゃ、きた!」
ざっぱーん、というしぶきを上げて現れたのは、茶色と黄土色の縞模様で、まるでヒョウみたいなウロコで覆われている細長い淡水魚だった。円形の黒っぽい斑点が2列にならんでいて、口も大きくて歯がびっしり並んでいる。どうやら肉食の魚のようだ。おっきー!と触ろうとしたタケルをブイモンが止める。
2,3日ほっといても生きてるくらい頑丈な奴だから、注意しないと噛まれてしまう。びちびちはねている大きな魚に光子郎たちは驚きっぱなしだ。
「これ、どうやって運びます?光子郎先輩」
「どうしよう、結構重そうですね。僕たちは僕達でこのバケツを運びたいですし、うーん」
「ブイモンと大輔君が釣ったんだもん。みんなにみせてあげようよ!」
「え?オレたちだけで持ってくのかよ!なにげにひでーぞ、タケル!」
「えええっ!?なんで!?」
考えあぐねた結果、仕方なく太一たちを呼ぶことにした大輔は、みんなを驚かせることになる。さすがに大きすぎたので、ぶつ切りにして水にさらして皮に包んでたき火に放り込んだ。
太一たち5年生組が作った焚き火を囲んで、子供たちは星空が広がる中、念願の夕食にありついた。やけに詳しいヤマトの手ほどきにより、魚は一匹ずつエラから尻尾にかけてぐるぐる回して、肝臓などの器官は取り除かれ、真水らしい湖にさらわれて処理済みだ。すごいやお兄ちゃんと尊敬のまなざしを向けるタケルに、満更でもなさそうにヤマトは笑った。
もしかして、タケルにいいお兄ちゃんを見せるために、こっそり勉強でもしていたのかもしれない。なんとなくそう思って指摘した大輔は、しーっという言葉と口を塞がれ、黙ってろという無言の訴えにより肯定された。お兄ちゃん、一緒に食べようよと大輔と話しているのにむっとしたのかタケルが袖を引いてくる。
見るからに嬉しそうなヤマトである。やっぱり大切にされてるなあ、と改めて思いながら魚にかぶりついた大輔は、骨をとってやろうかと甲斐甲斐しく世話を焼きながら、頭から行くのが男だろ、という太一のちゃちゃによりスルーされたちょっとかわいそうな一面を見た。
また太一さんに世話焼かれてる……と無言のまま見ている大輔に、側に座っていた空がぽんぽんと肩を叩いた。慌てて振り返った大輔に、空はにこにこと笑う。
「太一ったら、こんな可愛い後輩置いといてなにしてるのかしらねえ」
「な、ちょ、空さん!」
名前を呼ばれたことに気付いたのか、何だ大輔?と太一が寄ってくる。あわあわとした大輔が、なんでもないっす、としどろもどろになりながら言うので、ふーん、と太一は腕を組んで見下ろした。
「なーんか。怪しい」
「へ?」
「大輔、俺に隠してることないか?タケルは同い年だからいいとして、なんか荷物取りに行ってから、ヤマトと仲よさそうじゃねーか。自己紹介したときはすっげービビってたみたいなのによ」
「え?そ、そーっすか?まあ、その、いろいろあったんで」
「いろいろねえ」
昔から太一の直感は侮れない。冴え渡る時が多々あることを知る大輔は、冷や汗を流した。サッカー部を引っ張るキャプテンとしての立場は、そのみんなの中心となるカリスマ性だけではないのである。大輔からすれば、姉との不仲というある種の弱みは、尊敬する太一の友人であるというややずれた立場にあるヤマトだからこそ、ある意味打ち明けられたと言ってもいい。
あの人は慎重だから、こっちの心境を察して、必要でもない限り闇雲にふれ回ったりしないだろうという判断だ。尊敬するからこそ、ひそかに兄のように慕っているからこそ、幻滅されたくないという思いが強い。
そんなフクザツな心境を後輩が抱えていることなど知るはずはない太一は、ただただ可愛がっている後輩が不自然なまでに短時間で、ヤマトと仲良くなっているのが気に食わない。しかもそれを秘密にするのが気に食わない。
いつもそうだ。こいつ、懐いてる割に、一度も家にあそびに来たことないし、家に呼んでくれたこともない。こっちはいつでもいいっていってるのに、何故か友人の家か公園が選択肢になる。大輔は姉の不仲を知られたくないため、家に呼ぶのは慎重になる。
しかも太一の家にいったら、きっといやでも八神ヒカリのお兄ちゃんである太一を見るハメになるのだ。怖くてできるわけがないのである。まあ、そういうわけで、徐々に入っていった誤解の兆候が、一気に亀裂を生んだのは夕食後のことである。
大輔は衝撃を受けていた。目の前で、太一とヤマトが取っ組み合いの喧嘩しているのである。きっかけは、青いしましまの毛皮をかぶっている温かそうな恰好のガブモンに、太一がその毛皮を布団替わりに貸してくれと冗談がわりにいったこと。
アグモンのような色をした体格を覆い隠す毛皮を取られ掛け、ヤマトのところに逃げ込んだ恥ずかしがり屋。ヤマトは勢い余って太一を突き飛ばしてしまい、ソレが勘に触ったのか喧嘩に発展してしまった。呆然としているうちに、でるわでるわお互いに溜まっていたらしい不平や不満の嵐。
「お兄ちゃん」という頼れる存在が、しょうもないことで喧嘩しているだけでも驚きだが、本気の言い合いの中に、タケルと大輔がやったのと同じような、嫉妬から来る怒りが混じっていることに大輔は硬直していた。ちょっと待ってくださいよ、太一さん。なんで俺のことまで引き合いにだしてんですか。いたたまれなくなって、大輔は何も言えなくなってしまった。