「わたしもいくーっ!」
「だーめだって言ってるだろ、ヒカリ!」
「えー」
「えーもくそもねえの!ヒカリは風邪ひいてんだから!倒れたらどうすんだよ!」
「むーっ!大丈夫だもん、だから、わたしもいくーっ!つれてって!」
「だめったら、だーめーだっ!寝てろよっ!今日はお父さんがいてくれるんだから、いいだろ!こんな日に限って風邪ひく方が悪いんだよ!」
「お兄ちゃんのばあか!」
「へっへーんだ、じゃあな、ヒカリ!ちゃんとお留守番しろよ?小学校2年生なんだから」
お母さん一人占め大作戦が成功した太一は、こらこらって苦笑いしながら頭をなでるお母さんと手をつないで、あっかんべーしながら、ほほをふくらませているヒカリにざまーみろって顔をするのだ。お父さんおいてきぼりである。
寂しそうにヒカリいって顔をするお父さんに気付いたヒカリが慌てて励ましているすきを狙って、大好きなお兄ちゃんは大好きな大好きなお母さんを持って行ってしまった。あーあ。
しぶしぶヒカリは、ばたんとしめられた扉の向こう側に向かって、いってらっしゃーい、って見届けたのである。パジャマ姿のまま、スリッパをはきかえて、お留守番をするために内側からカギをかける。
お父さんが今日は光の世話するからなって張り切っているが、サラリーマンのお父さんは料理なんかしたことがないへたくそである。お兄ちゃんのオムレツの方がずっとおいしいことを知っているヒカリ。
先を見越してお母さんがやった作り置きの今日のお昼ご飯と、3日分の食料調達のための資金をお父さんにお母さんが預けていることを知っている。おそらくスーパーのできもの祭りになるだろう。
寝てなさいって言われて、はーいってお兄ちゃんと一緒の部屋である二段ベッドの上の方を独占するのだ。いつもは下ばっかりである。
ぼふん、とベッドによこになり、はーと溜息である。ヒカリは大いにへこんでいた。最悪である。何でよりによって今日に限って、風邪なんてひいてしまったんだろう!と溜息しか出てこない。元気印のヒカリちゃんは、いつだってラジオ体操のカードははんこで真っ赤だし、プールのカードだって真っ赤である。
お兄ちゃんのサッカーの試合を必ず見に行って、最前列のお父さんの肩車の上から、がんばれーってホイッスル鳴らして、お兄ちゃんがこっちに来たら、おめでとーっ!って飛び跳ねるようなやんちゃ坊主なのだ。
病気なんてふっとばせって蹴飛すような子なのだ。
むしろ風邪をひくこと自体がびっくりされてしまうほどの元気少女なのだ。もともと身体が弱くてふさぎがちだった女の子は、劇的なまでに変化を遂げているのである。いろんなことがあったから。
今日は、お泊りの日なのである。子供会主催のサマーキャンプの日なのである。カレンダーはバッテンマークを付けて楽しみにしていたのに。
八月一日から八月三日まで、キャンプ場で保護者の人の車やワゴン車で出かけるキャンプ場である。
リュックサックの中には、お友達といっぱいいっぱい遊ぶためのアイテムがいっぱいいっぱい、セレクションがぎゅうぎゅうづめだったのに。みんな大げさだなあ、とヒカリは思う。
風邪って言っても、ちょっとくしゃみをしたり、喉が渇いたりって言う初期症状なのだ。熱なんて出てないし、寒気なんてしない。お薬飲んで寝れば治りますよってかかり付け医のお医者さんから言ってもらえた。
看護士さんからお大事にねってぬいぐるみと一緒に粉薬をもらってきた時には、大丈夫だろう、と思っていたが甘かった。ぴんぴんしているのに、全然平気なのに許してくれない。変なのって思うが、まあしかたないかなーって思うのだ。
なにせヒカリちゃんは3年前にあやうく死んじゃうところだったのである。熱中症だった。風邪がこじれて気管支炎を発症した。帽子もかぶらずに、風邪をひいたままお兄ちゃんがお友達と遊んでいるのを夢中で目で追いかけていたら、ばたーんってたおれちゃったのだ。
あついなー、のどかわいたなー、おにいちゃんまだかなー、って待っていたのである。結構面白いのだ、大好きなお兄ちゃんがきらきらしながらサッカーをおいかけているのを見るの、みんなに囲まれているのを見るの。
サッカーボールがいろんなところに飛んでいく光景を見るの、ぜんぶぜんぶヒカリには絶対にあり得ないとちょっと前まで思っていた世界だから。そのせいで、ヒカリちゃんは辛いことがあるとずーっと我慢している子なんだってみんな勘違いして、
光が体調不良になるとお父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも異様なまでに神経をとがらせるのだ。過保護になるのだ。
おかげでヒカリはお姫様である。もともと、わがままな女の子は、だーれも強く出れない環境下では内弁慶だ。もう素晴らしいくらいに。拍車が掛かりっぱなしである。まあ、天然なにぶちんさんは、てんで気付いていないんだけども。
八神ヒカリちゃんの毎日は、まねっこの日々である。なにせ、光が丘事件の真犯人はヒカリちゃんであり、生まれ育った街を壊滅状態に陥らせたのはヒカリちゃんであり。お友達のコロモンをおおきなきょうりゅうさんにして、おおきなとりさんのけんかをさせてしまったのもヒカリちゃんであり。
おおきなとりさんにごめんなさい、しなきゃいけないのに、ごめんなさいって謝られたのに、泣いて泣いて泣いて、お兄ちゃん助けてってなきじゃくるしかできなかった悪い子なのだ。ヒカリと同じくらいの男の子のお姉ちゃんをいじめて、そのこのお家をぶっこわしたのは、お友達のコロモンなのだ。
悪いことは悪いことだって分かっていながら、止めようと頑張ったのに、何にも出来なかったヒカリちゃんなのだ。ヒカリちゃんは変な子なのだ。しなくてもいい罪の意識にさいなまれながら、少女の時間は凍り付いたのだ。
それを氷解させたのは、光が丘テロ事件で今まで育ってきた街を引っ越し、新天地で全部やり直しになってしまい。お友達や先生とも別れ別れになってしまい、一層ふさぎこんで、人見知りが激しくなり。恥ずかしがり屋に拍車がかかった女の子を変えてくれたのは。
いつもいつもおどおどしているヒカリちゃんを変えてくれたのは、光が丘からお引っ越ししたお台場って言う新しいお家で、新しい小学校で、どきどきしながらわくわくしながら、おどおどしながら、お母さんと一緒にくぐった教室で出会った。
デコレーションされた教室で、やがみひかりちゃんって向日葵の折り紙が張ってある机で、たまたま隣の席になり、よろしくねって声をかけられた、みっちゃんだったのである。
みっちゃんは、女の子のリーダー格の筆頭みたいな、お手本みたいな女の子だった。明るくて、人見知りしないで、みんなに声をかけて、あっという間にお友達になってしまうような、エネルギッシュな女の子だった。
男の子だろが女の子だろうがずばずば言うべきことは言うし、悪いことは悪いことだっていうし、ちゃんと自分のことは自分でする、すんごい子だったのである。
しかも、本人は騒ぐのが大好きで、いろんなことを企画したり、やろうよって頑張るような、率先して前を引っ張るような子だった。ぐいぐい引っ張っていくような、すさまじい行動をもつ女の子だった。
なにせ自分の誕生パーティを家族で企画して、お友達呼んで、みんなに囲まれてありがとーって誕生日ケーキを吹き消すような子だ。プレゼントなーに?って遠慮もなく聞くような子だ。
お友達がいっぱいで、そのためならなんだってがんばるような、強気で勝ち気で、まるで男の子みたいな女の子だった。そんな女の子が一番最初にお友達になったのが、ヒカリちゃんなのである。
そりゃあ、ヒカリが目が回るくらい引っ張りまわされるのは当然だろう、人見知りするような女の子なら。アタシが何とかしてやんなくっちゃねって、どんどんみっちゃんを中心に出来ていくお友達の輪の中に。
みっちゃんにくっついてさえいれば、ヒカリはいつだってお友達のお友達に囲まれていくのだ。みんな、みっちゃんがお友達なら、きっといい子なんだろうって分かっているから、一人ぼっちになんかしないで仲間に入れてくれる。
あたしがなんとかしなきゃって思っているから、みっちゃんはなおさらがんばる。お友達のお友達も、八神さんからヒカリちゃんに呼び方変えたいなって時期になる。もっと仲良くなりたいなって時期になる。
それでも、ヒカリちゃんはみっちゃんのまねっこをすることで、元気でやんちゃなヒカリちゃんをやっていくから、どうしても宙ぶらりんだ。
いっつも笑顔でにこにこしてるのに、元気でやんちゃな普通の女の子なのに、なんでかよく分かんない子だなあ、ってみんな困惑する。
びっくりするほどヒカリちゃんがすっからかんだって知らないから、みんなタイミングが見つけられないのだ。天然なにぶちんさんは、全然気付いてなかったけど。これがお友達なんだろうって思ってたから。
お台場小学校の2学期の登校日は8月の26日である。ヒカリちゃんは忘れもしない。なにせ、ヒカリちゃんが大人気になった日なのだから。みっちゃんたちにヒカリちゃんって呼んでもらえるようになった、記念すべき日だったのだから。
そのやり方を教えてくれたのが、本宮大輔君だったのである。夏休みの間に行われたサッカー部の練習で、太一から紹介してもらった記念すべき男の子のお友達第一号である。
その日、ヒカリは太一お兄ちゃんと一緒に紙袋いっぱいに詰め込んだお土産と学校で使う道具をはんぶんこして抱え、1階でお兄ちゃんと分かれて、それはもう一生懸命教室まで運んだものだから、もうへとへとだった。
なんとか気力を振りしぼって、ロッカーの中にお兄ちゃんのお下がりの道具をきれいに並べて、ランドセルの中のものを机の下に入れていって、机の横のフックにかける。そして、家族旅行のお土産を広げるのだ。
クラスメイト達はいろんな感じの子たちでいっぱいである。真っ黒な子、真っ白な子、宿題やって無いからうつさせてって泣いてる子、あわてて忘れ物をお母さんに届けてもらうために公衆電話に飛んでいく子、
証拠隠滅の裏工作という名の貸してくれ、を交渉してる子。
夏休みの思い出を自慢し合ってる子、久しぶりの友達との親睦に全力投球の子、夏バテでぼーっと死んでる子、大人しく本を読んる子。ホームルームがなる20分前は楽園である。
あたりを見渡したヒカリは、みっちゃんやお友達がきてないので、なーんだってなる。まだかなあ、って待ってる時である、がらがらがらって慌ただしく扉が開いたのは。みんな見る。
そこに立っていたのは、毎度のことながら遅刻寸前の大わらわのまま突っ走ってきて。学校に来るや否や、
ランドセルなんて玄関にほったらかしにして、グラウンドを占領している上級生たちにネコかわいがりされて。
へっとへとになって、階段を上って来たもんだからろくに教室を見る時間なんてないまま、はいってきちゃった大輔君である。あれ?ってぽかーんとしている大輔君である。なんかちがう?ってぼやーっとしている思考回路は判断を鈍らせた。
時差ぼけならぬ夏ぼけである。この日の名物だ。このクラスだって10人くらい教室間違えて入ってきた子はいるからなおのこと。ヒカリは声をかけようとした。えーっと、えっと、と出来たばっかりの男の子のお友達に声をかけようとするが、当然分からない。
どうやればいいんだっけ?って必死でみっちゃんを思い出す。たしか男の子には名字でくんだったっけ?でも大輔君だしなあ。なんか違うなあ。そして、思い出すのは、おーい大輔ってよばれるたびに、きらっきらした顔をする大輔君である。ふたつたして、わったくらいでいいのかな?
強気で勝ち気で男勝りなみっちゃんと、太一お兄ちゃんがぐっちゃぐちゃになったヒカリは、知り合ったばっかりの男の子との距離加減なんて全然分からないにぶちんさんなので、そのまま実行してしまった。
「大輔君、おはよう」
みんなぎょっとするのだ。いっつもにこにこしてる元気でやんちゃな女の子が、名字に君付けのあの八神さんがすっげーきらきらした顔で本宮に挨拶したぞ、おい。しかも名前呼びとか、すさまじくフレンドリーじゃねえか、なんだこれ。
え?なにこいつら。つきあってんの?そして、ぼーっとしていた大輔は、だいっきらいな女の子に声をかけられて一気に頭が冷えるのだ。結構大きな声で呼ばれた。
振り返ったらニコニコしてる八神さんがいる。空気が読める男の子の頭はそれはもう無意識のうちにフル回転である。舌打ちしたい。なんだよこいつ、失礼なやつだなあ、いきなり名前呼びとかねえよ、知り合ったばっかなのにと思いつつ、そんなこといったら太一さんに筒抜けになる。空さんの耳にだってはいる。
唯一の場所であるサッカー部でひとりぼっちになってしまう。できるかこんなこと!というわけで、振り返った大輔は、せめてもの抵抗でヒカリちゃんは却下し、あいさつするのだ。こんな一極集中する視線の中でへたこいたら、みんなに嫌われてしまうという防衛本能は、大輔のあまのじゃくを加速させる。
「あー、おはよう、八神さん」
そして、話題をそらしたいので、話を振る。それに加えて、大輔の夏ぼけはまだ治っていないので、ヒカリが友達といるのかと思い込んでいるので、そっちの方が大事である。なーんか、ちがうなあ、って教室間違えたことにまだ気付いてない。
「あれ?なんで八神さんがいんの?ここって、あれ?」
でもヒカリは大輔君が名字にさんとか呼び捨ての子だってサッカー部の試合で来てた女の子との会話を見てるから、大輔の抵抗なんてスル―である。いらってきた大輔の心なんて気付かない。すれ違いは加速する。
「大輔君、ここ、1のAだよ?」
「え?」
「大輔君、教室、となりでしょ?間違えてるよ?」
「え?うそ、マジかよ?!」
そんな大輔が面白くてヒカリはくすくす笑ってしまう。みんな、おっちょこちょいで間が抜けた大輔君らしい、とんちんかんな問答にすっかり引きずり込まれて大爆笑する。
まーた遅刻かよ―とか、あいかわらずだなあって、本宮君らしいね、とか、忘れ物大丈夫?とかいう声が飛ぶ。あー、やべえ、夏休みの友かしてくれーって大輔君が男の子たちのグループの中に飛んでいく。
大輔からすれば一刻も早く忘れたい出会いである。離れたいのである。嫌だから。でもヒカリは気付かない。そっか、大輔君とお友達をするにはこうすればいいのかって面白いくらい食い違う。
大輔とヒカリの精神年齢の差は致命的である。他の子だったら大輔が名前で呼ぶって約束して、名字で呼んだらあれ?って思うのが筋だが、ヒカリが出会った大輔君はサッカー部の後輩の大輔君で、クラスのみんなの相談役である大人びている大輔君を知らないからこうなる。
はたからみたら、すっげー仲よしな男の子と女の子だ。当然話題はそっちになっていく。いじりは大輔に集中する。大輔の機嫌は氷河期だ。
「なんだよ、八神さんと仲いいじゃねーか」
なかよし、と言われて嬉しいのでヒカリはにこにこである。大輔はムキになって否定するのだ。お前ら付き合ってんかって聞かれたから。
「ちっげーよ、八神さんは太一さんの妹なの!俺が尊敬するサッカー部のキャプテンの妹なの!夏休みん時に、あったの!だっから友達だよ、友達!」
大好きなお兄ちゃんを尊敬しているといわれて、しかも友達だって肯定してもらえてヒカリはもう有頂天である。だからなおさらにっこにこである。そんな二人を見比べて、クラスのみんなは致命的な勘違いをするのだ。
まずは八神ヒカリちゃんのお兄ちゃんが八神太一であるという驚愕の事実に硬直である。お台場小学校が誇る名門のサッカー部に、小学校5年生にして就任した新しいキャプテンだって。
大輔が自慢しまくってたの知ってるから、そんなお兄ちゃんを持つ妹であるというとんでもない事実である。あーなるほど。名字一緒だからもしかしてーとは思っていたのだが、これでみんな確信するのだ。
八神さんがなんか自分のことあんまりしゃべろうとしないのは、お兄ちゃんがスンごい人だから、確実にお友達が出来る前に、仲よしになる前に、八神太一の妹っていうフィルターが掛かってしまうから。
それ目当ての人しか来なくなるのは明らか過ぎるからか。ラブレターもらってるの大輔が仲介してるのみんなみてるから思うのだ。そりゃあんまり自分のこと話したがらないよね、嫌だよね、ヒカリちゃんはヒカリちゃんなのにねって。かわいそすぎる。
光が丘から引っ越してきたらしいから、きっとあっちでもいろんなことあったんだろうね、新しいお友達作るのに慎重なんだねって。やがてそれを聞いていたみっちゃんの友達はヒカリちゃんを勘違いしたまま、そっかと納得するのだ。
ヒカリちゃんはこう言う子なのかって。八神さんって呼んでるからダメなのか、ヒカリちゃんって呼ばないと、もっと仲良くなれないのかって。それはみっちゃんにまでひろがり、ヒカリの預かり知らぬところで親密感がうなぎ上りである。
お兄ちゃん大好き少女からすれば、太一お兄ちゃんのことをいっぱい聞かれるのなんて苦でも無いため、ニコニコして答える。それに気を使うみっちゃん達は、こらーって女の子たちや男の子たちを追っ払うのだ。
そして、いつまでも八神さんって呼んでいるのに、嬉しそうに大輔君ってよんでいるこの男の子との関係を憶測した時に、彼らは到達するのだ。そういえば、本宮って光が丘から来てるんじゃなかったっけ?引っ越してきたんじゃなかったっけ?
そっか、こいつら幼馴染なんだ。引っ越した先で再会したから、こんなに八神さん嬉しそうなんだって勘違いするのだ。本宮がこんなにムキになるのは、きっと幼馴染の女の子がいるって知られたくないに違いない、格好のネタだからか!
OK,そんなに面白い手はないな、いじりたおしてあげましょう!なんか面白いし!と勘違いスパイラルは止まらない。誰かが言うのだ。八神太一が兄ちゃんてほんとって。ヒカリはなんでそんなこと聞かれるのか分からないまま頷くのだ。
幼馴染?そんな訳ないだろう。お互いに家族事情やお互いに抱えている問題全く知らないのに。大輔の場合は天然八神兄妹により一方的に知っているのだが。幼馴染って言うのは、赤ん坊の時から幼少期の時から、家族ぐるみのお付き合いがある京と大輔の関係を言うのだ。
ちなみにこの現象、恐ろしいことに、空と太一で同様である。苦労するのは空の方だが。
「うん。太一お兄ちゃんは、私の、お兄ちゃんだよ?」
その日から八神ヒカリちゃんは大人気である。よく分かんないけど、大輔君のおかげでまたお友達がいっぱい増えたってヒカリちゃんは大喜びである。そのあおりをもろに食らうのは大輔である。
なんかかってにカップリング扱いされてる。幼馴染認定されてる。訳分からん。幼馴染は別にいるのに。お姉ちゃんみたいな、妹分みたいな、意味分からん奴が一人。
もう家族みたいなもんである。きっと恋愛関係はありえない。ヒカリに気を使ったみんなの相談を引き受ける羽目になり、なんにもしらないのに相談されて、困り果てた大輔はヒカリに訊きに行く。そしてそれをみんなに言う。
ヒカリからすれば、大輔君にくっついてるだけで、どんどんお友達が増えていくのだ、こんなに楽なお友達いないだろう。人間楽できると分かれば、どこまでも自堕落になる。もうべったりである。そしてみんなの付き合ってる認定が加速する。
そんなヒカリから好意を抱かれていると勘違いすれば、報われない片思いの始まりだが、大輔の心象はもう大波乱である。大混乱である。どんどん負のスパイラルに巻き込まれていくのだ。
たまったもんじゃない。逃げられない人間関係、牢獄の始まりだった。
そんなことしらずに、ベッドでうとうとしていたヒカリは、電話の音がしてはってなって、起きるのだ。梯子から降りて、目をこすって、子供部屋を開けたらお父さんがいた。なんかすっごく慌ててる。
「ヒカリ、大変だ、お袋が、おばあちゃんが倒れた」
「え?」
「病院に入院したらしいんだ、ああくそ、どうしたらいいんだ」
おばあちゃんがたおれた!おとうさんのおかあさんがたおれた!おとうさんは今すぐにでもお見舞いに行きたいのに、私が風邪だから行きたいのに、いけない、と気付いたヒカリはいった。
「お父さん、おばあちゃんのとこ、いこ!」
「え?でもなあ」
「おばあちゃん死んじゃったらやだああっ!」
「お、落ち付けってヒカリ。おばあちゃん、大丈夫だから」
「じゃあ、いくっ!わたしもいくーっ!」
「え?いや、その、でもなあ」
「おるすばん、する、だからおとうさん、いってあげて」
「ごめんな、ヒカリ。すぐに帰るから。電話するから。ほんとうにごめんな!」
くしゃくしゃになでられ、気丈にも胸を張ってうんと頷いて、行ってらっしゃいって笑ったヒカリは、慌ただしく出て行ってしまったお父さんを見届けてうつむくのだ。そして、一人ぼっちになってからわんわん泣きだすのだ。
ヒカリはいつだってお留守番である。ヒカリはひとりぼっちが一番怖いのに。お友達のコロモンが目の前から消えてしまった、あの日の夜のことを思い出すから、誰よりも誰よりも孤独を恐れているのに、だれも気付いてなんかくれないのだ。
仕方ないよねって諦めているヒカリちゃんがいる。5歳のヒカリちゃんがささやくのだ。光が丘事件の真犯人はヒカリちゃんなんだもの。みんなみんなヒカリちゃんからいなくなっちゃうのだ。
ちがうちがうって必死でヒカリは首を振るのだ。お兄ちゃんがいるもん!大丈夫だもん!悲痛な女の子の泣き声がセミのさざめきにとけていった