(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第111話

かち、かち、かち、という時計の秒針の針がやけに大きく響いている。

ばっくん、ばっくん、という心臓の音が隣でぐっすりと寝ている弟に聞こえないことを祈りながら、懸命にヤマトは目を強く閉じて耳をふさぎ、暗闇の中で静寂を待ち望んでいるのだ。

 

ヤマトは一家団欒を知らない。物心ついたころから、ヤマトの家は一家団欒の温かい家庭とは無縁の存在である。子供たちが寝静まったことを確認してから、仮面夫婦は喧嘩を始める。

 

何かが壊れる音。何かが投げられる音。喧嘩をする音。怖い音。大好きなお父さん、お母さんがお互いに罵り合い、貶しあい、貶めあっている、という小学校1年生の男の子にはあまりにも辛辣な光景である。

 

石田ヤマトにとっての家庭とは、いびつで虚無的で冷え冷えとしていて、そして苛烈なほどに表面的なものである。こんな仮面夫婦がいくら取り繕おうとも。

 

一般家庭であろうと努力したところでそこに愛はないと残酷なほどに突き付けられるような行為を激しいときでは連夜行われては、説得力なんて散りに等しい。

 

お父さんに似て心優しい、人のことが誰よりも理解できる少年に与えられた悪影響など途方もない。それに加えて、温かい家庭の記憶が根こそぎ「意図的に」忘却された少年は、

壊れた家庭が普通であると思い込んでいる。おかしい、が普通であると。

 

 

 

両親は光が丘テロ事件で記憶喪失になったわが子に気を使って、理由を教えないし、お母さんの仕事仲間の子供がお父さんの仕事場のせいで、

一番の被害者であることが近所という世間に知れ渡ってしまい、無遠慮な好奇心。

 

 

詮索、憶測、ありもないうわさにさらされ続けたということなんて話せるわけない。ただでさえショックが大きすぎて呆然自失なのに、学校、近所、学校、ありとあらゆる場所で居場所を喪失し、廃人寸前まで、追い詰められた姉。

 

その姉を元気づけるために懸命に励まし続けた弟は、姉が元気になった瞬間に光が丘テロ事件のことをまるで姉の身代わりをするかのごとく忘れてしまったのだ。

 

他の記憶喪失の子供達とは違い、緩やかな記憶の忘却ではなく、大人からありえないでしょと苦笑いされれば、そんなことないのにいってむくれながら、緩やかに記憶の彼方に飛んでいくわけではない。

 

ある日を境に突然の完全記憶喪失者である。すべて無に帰ってしまったのだ。恐ろしいほどにまっさらな子供の出来上がりである。まるで人格をかぶせられたように、豹変した弟。姉の喪失感は尋常ではない。

 

石田家は、いわば加害者家族の家である。本宮家は、いわば被害者家族の家である。まるで狙ったかのごとく、お父さんの務める会社はフジテレビ、お母さんのお世話になっている、大手出版会社の担当者のお友達が本宮家のお父さん、という。

 

本来ならばとっくの昔に仲良くなっていたであろう同学年の弟を持つ家族同士である。光が丘テロ事件がなければ、確実に家族ぐるみの付き合いがあり、きっと「友情」で結ばれていたはずの家族同士である。でもこれが原因で石田家は一家離散の憂き目である。

 

もう4年が過ぎている。まだ4年しか過ぎていない。家族同士の禍根は根深い。子供たちが記憶を取り戻し、真実を話し、そして改めて謝罪することでようやく和解できる状態である。

 

やるべきことはすべてやった。裁判も示談も済んだ。両親同士はもう家族ぐるみの付き合いが始まっている。まさか本宮家も石田家も子供たちの交流が進み、タケルと大輔が親友になっているなんて知らない。あとはジュンとヤマトがお互いに抱えている誤解を解消できれば完璧である。

 

子供たちが橋渡しとなれる。もちろん、そんな簡単ではない。空っぽな少年にとっての4年間は、誰よりも空で満たされるためにできている。そんなこと知らないヤマトは、ここのところ、自らの引っ込み思案の原点でもある人間不信の悪夢にうなされていた。

 

 

「いいか、ヤマト。こいつは、俺が守ってやらなくっちゃいけない、心の底から大好きな女の子を見つけたら、何がなんでも全力でもぎ取れ。

お前は俺に似て優しいからな。変に気を遣ったら全部持って行かれるぞ」

 

 

そう語るのは、光が丘テロ事件において最大の被害者となった世渡り上手な本宮家のお父さんに気を使うあまり、今まで結構無理してきた結婚生活にまで支障が出て、問題が一気に噴出し、離婚問題に発展し。

 

世渡り上手な本宮家のお父さんという最強のアドバイザーがいる元妻とのドロドロな裁判沙汰となった挙句、多額の慰謝料を支払う羽目になり、結構今でも収入はあるはずなのに、元妻は世田谷区の一等地。

 

元夫はお台場という結構な落差がある今を生きている苦労人のヤマトのお父さんである。まあ、フジテレビが悪いから、ある意味因果応報ともいえるわけではあるんだけれども。

 

今は和解ができているからいいものの、敵に回った時の恐ろしさは誰よりも知っているため、今なおヤマトのお父さんは本宮家のお父さんには頭が上がらない。

 

でも、今はいろいろと相談することができる最大の味方である。いずれは子供達とも会わせたいなあと思ってはいるのだが、やはり光が丘テロ事件の被害者であることを考えると、まだまだ先としか言えない状況である。こればっかりは時間を見るしかないでしょうね。

 

頑張りましょう、お互いにって苦笑いしながら肩をすくめてくれる本宮家のお父さんがどれだけ心強いか。

でも、ヤマトのお父さんはどうしても本宮家のお父さんを見ると、浮かんでくる顔があるので、今でも未練がありまくっている元妻と誰よりも一緒にいるであろう編集部の若手新鋭の上昇気流を見ると。

 

ちっくしょおおおって叫びたくなるのである。負け犬の遠吠えは悲哀で満ちている。もちろんそんなことできるわけもないので、だから、こうしてあのころはよかったなあって、

高校時代にやっていたバンドのベースやギターを引っ張り出しては黄昏ているのだ。

 

ちょーっと弾いてみたりして。お、結構覚えているもんだなって、消音しながら弾いていたら、いきなり後ろから、父さん、と呼ぶいつも家事を丸投げしてしまっている長男がいるのである。

 

ぎゃああああああってヤマトのお父さんは心の中で絶叫である。タダでさえこの長男は俺に似て変に気を使いすぎて強く出れないところがあるからなあ、優しいというか、苦労人というか、慎重すぎるんだよなあ、最近少しなんか生き生きし始めたけど。

 

何かいいことでもあったんだろうかって、自分の真似をして野球部に入っている長男を見て思うのだ。その相手が八神太一というよりによって元妻や本宮家のお父さんそっくりな男の子なものだから、なんでおれを振り回す奴らは似たような性格ばっかりなんだよ!

 

と心の中で絶叫である。人間ないものを求めるから惹かれる相手が似たような傾向になるのは仕方ない。ヤマトのお父さんは、必死で言い訳を考えながら、笑うのだ。

 

 

「タケルは寝たのか?」

 

「うん、寝たよ」

 

「明日はサマーキャンプだったな、ごめんな、忙しくて」

 

「いいよ、父さん忙しいんだろ?」

 

「そういうな、ほら、お前の悪い癖だ」

 

 

照れ屋な恥ずかしがり屋は赤面で黙り込んでしまう。ちいさく、うん、とうなづくのだ。本当にこいつは俺に似てるなあ、ってヤマトのお父さんは遠い目である。

 

 

「ベース?父さん、ひけるんだ?」

 

「高校時代にやってたのを見ると懐かしくなってなあ。ちょっと引っ張り出したら意外と弾けるもんだからな。ごめんな、起こしたか」

 

「いや、寝れなくて」

 

「一緒に寝るか」

 

「え?あ、いや、さすがにそれは」

 

「あはは。ヤマトはすごいな、努力の天才だ。勉強も野球もがんばったらがんばっただけ、どんどん駆け上がっていくからな。俺によく似てる。自慢の息子だよ、お前は」

 

「……」

 

 

うれしそうにヤマトは笑って身を乗り出して聞くのだ。

 

 

「父さん、ベース?歌うまいの?」

 

 

おもいっきりヤマトのお父さんの古傷を抉るとも知らないで。

 

 

「いや、ベースは歌わないぞ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「ああ、ベースはベースだ、重ねるけどな、歌。ヴォーカルはヴォーカル。俺は歌わなかったな」

 

「え?なんで?」

 

「ベースは誰にも負けない自信はあるんだけどな、歌うのはダメなんだよ。どれだけカラオケに通い詰めて歌っても歌ってもうまくならないんだ。これはあれだな、俺の唯一の弱点だ。なんでか綺麗に音だけ外すんだよ。病気じゃないかって心配したけど、もうあれだな、諦めた」

 

 

遠い目である。散々バンド仲間にいじくり倒された古傷が再来である。

躍起になるけど結局だめで、口ぱくでずーっとごまかしていたのだ。

ばれないかヒヤヒヤしたものだが、案外ばれないもので、結構人気が出てほっとした。でも、一番の人気バンドだった理由は、別にあるのだけれども。

 

 

「まあ、ギターやってる俺の友達と、ヴォーカルやっている女の子で、三角関係になってな、それが結構な話題の中心だったからなあ。俺たちもべつに隠す気はなかったからほとんど公認だ。結構楽しかったぞ、青春って感じでな」

 

「へえ」

 

 

勉強もやった、スポーツもした、さて次は何をやろうかなあって考え始めていたヤマトに、何よりも耳寄りな情報である。

 

 

「じゃあなんで今はいないんだよ?友達だろ?」

 

「さー、何やってんだろうなあ。なにせ、高校卒業するなり、俺はミュージシャンになるんだってわけわかんないこと宣言して、ヴォーカルの女の子に俺についてきてくれ、マイハニーとかすんげえことグラウンドの真ん中でプロポーズしやがった。

 

もうみんな大爆笑だぞ、なんだそりゃ。俺は負けたね、完全敗北だ。

俺が唯一負けた相手だ。全然後悔とかないけどな。しかもそのままアメリカにいってストリートミュージシャンになるんだって、女の子一緒に連れてどっかいっちまってからそのまんまだぞ。アメリカのどっかにいるんじゃないか?」

 

「すっげえ人だな」

 

「すっげえ人だろ、ケースケっていうんだ。サトエさん。俺が好きだった人の名前だ。で、ま、俺は結局サトエさんから選別でもらった、このハーモニカを今もずーっと持ってるというわけだ。返そうにもどこにいるんだかわかんないからなあ。

 

これはその2人の子供にあげるべきだろ。お母さんからもらった大切なハーモニカで、またあえたら返してねって約束してからそれっきりだ」

 

「ふうん。苗字は?」

 

「さあ、もしかしたら違う人と結婚してるかもしれないし、なあ?」

 

「そっか。父さん、そのハーモニカもってってもいい?」

 

「うん?いいけど、どうした?」

 

「やり方教えてくれよ、タケルに聞かせたい」

 

「おう、いいぞ。でもまあ、今日はもう遅いから明日な。朝、こっそり、早起きしろよ。タケルに内緒で散歩に行くついでに河原で教えてやろう」

 

「うん」

 

「ヤマト、バンドやってみるか?おれのでよかったら、貸すぞ?ベース。なんなら、新しいの買ってやっても」

 

「ベースは重ねるんだよな?」

 

「そうだな」

 

「あんまり目立っちゃダメなの?」

 

「そりゃあなあ、ヴォーカルとか、ギターはともかく、ベースはなあ。

ベースはほかの誰かがいるから調和するんだ、もちろん一人もいいけどやっぱり音は重なった方が楽しいだろ」

 

「ベースが歌ったら変?」

 

「周りにヴォーカルいなかったら仕方ないよな。ギターが歌ってもいいんじゃないか?ただ、ベースが歌うって、ちょっと面白みないなあ。

 

ヴォーカルもギターもベースも全部一人でやってるのと一緒だ。ヤマトは俺と違って音痴じゃないから、ヴォーカルはいけそうだな。

 

ただなあ、ギターもボーカルもケースケとサトエさんの領分で、俺はベース一筋だったからなあ。教えてやれないな。ヤマトは何したい?」

 

「おれはギターやりたいな、ケースケって人みたいに、歌もギターもうまくなりたい。父さんは歌わなかったみたいだけど、俺は歌うよ」

 

「あーくそ、残念だな、ケースケのソロでサトエさんがよく歌ってた歌があるんだけどな、俺、歌うのへったくそだから、散々あいつにからかわれて躍起になって、ベースばっか練習してたから、覚えてないんだよ。

 

くそ、こんなことなら、楽譜とかもらっときゃよかった。俺も目立ちたくて、作詞作曲したすっげー今となっちゃ恥ずかしい曲があるんだけどな、それでよかったら、ハーモニカで教えてやるよ。見よう見まねだから、歌詞は教えんぞ。

サトエさんのお母さんが音楽の先生で、俺たちの歌に作詞作曲してくれたんだけど、歌詞もメロディーもあの人には遠く及ばねえなあ。天才だった。俺が見よう見まねでサトエさんのお母さんの歌詞ぱくってつくったのに、あの人喜んでメロディつけてくれたんだよ。いいひとだった。

 

ヤマトにも会わせてやりたかったんだけど、5年前に亡くなってなあ。残念だ」

 

 

翌日、早朝にヤマトがヤマトのお父さんに教えてもらった曲こそが、ヤマトがハーモニカを吹くときにはいつもいつも吹いている曲である。

 

 

「そうだ、ヤマト、傘もってけ」

 

「え?こんなにいい天気なのに?」

 

「夕立とか来たらどうすんだ。タケルもお前もびしょ濡れになって風邪ひいたら最悪だろ。せっかくのサマーキャンプなんだ、楽しんで来い」

 

「うん」

 

 

彼はデジタルワールドにおいて、この曲しか吹いたことはない。いつだって、ひとりぼっちの時に吹いている。お父さんが恋しくなった時には、みんなに言うことができない恥ずかしがり屋の照れ屋はこうやって自分を慰めている。そばにはいつだってガブモンがいる。

 

ハーモニカを吹くヤマトが大好きだと笑うガブモンが大好きなので、

タケルに聞かせたいなあと思いつつ、やっぱり俺はタケルが大好きで大嫌いだと気付いたので、もう自分の気持ちに正直になることを決めた少年は、やーめたってなる。

 

理想的なお兄ちゃんを止めた空っぽな男の子は、八神太一そっくりのタケルより、自分に似ている大輔に聞かせたいなあと思い始めていた。

つか、あの、ゴーグルが気に入らん。なんで全然太一に似てないくせに持ってんだよ。

 

空からもなんかスカーフもらってるし。俺もなんかあげたいなあ、と思うが、さすがにお父さんからもらったハーモニカあげるとか、なあ、って思う。ごしごしぬぐっても、間接キスである、嫌すぎるだろういくらなんでも。いつか子供に返すものってお父さん言ってたし。

 

 

こうして二枚目という自覚があるなんでもなりたがりの空っぽな男の子は、お父さんが好きだった女の子からもらったハーモニカを身に着けているのだ。時代を歩いてくださいという題名もヤマトは知らない。

 

八神太一がうらやましくてたまらない空っぽな男の子に頭を冷やせと教えてくれる歌を吹く。空っぽであるにも関わらず、本来存在しえない、突然出現した自分に負けるなというメロディーは、やがて冷静だといいながら、ナイフの上を歩くという途方もない矛盾に浸食されていく。

 

中途半端にしか継承されなかった願いは、中途半端なまま石田ヤマトを時を超えた古代デジタルワールドの守護の風に、かろうじて包んでいる。今はまだいい。

 

選ばれた子供なら不可能はないはずだろ、一人なら何でもできるだろ、

今は何も知らないまま、彼はいつかぼこすと親友候補を相手に決めてから約1か月と数週間が経過した住み込みで働いている飲食店で朝を迎えるのだ。デジタルワールドの通貨は、デジドルというらしい。

 

そもそも、どうしてなっちゃんのゲートがアメリカと日本で直通なのかなんて、誰も知らない。生き証人はすべて現実世界においては墓の中。5人目は選ばれてすらいない。もちろん、サマーキャンプに来ている子供たちは無銭飲食である。

 

無断飲食で働いて返すを実行しようと決意してから、足を引っ張り続けるのは、末っ子であるがゆえに喧嘩をいさめるすべを知らず、アドバイザーであるにもかかわらず、鉄拳制裁と説得、そして水をぶっかけて現実を見せるという2重の役割を強いられ、テンパり続けている丈である。

 

彼は落ち着いていないと真価を発揮できない。丈がいることでどれだけ自分が守られているのか、本音を吐露することができるおかげで、どれだけ守られているのか知らないまま、彼は不満が蓄積していくのだ。

 

ガブモンは心配そうである。紋章は輝く気配すら見せていない。

 

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