(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第114話

ベジーモンレストランから降りてきた先で、大輔とチコモンを待っていたのは、大規模なわりに魚といった生き物の影が全く見えない湖である。岸の高さのわりに、小さい湖が広がっていて、周りは木で覆われていた。

 

何年も雨が降らないせいですっかり水が枯れかけているのだろう。とてもではないが魚釣りの名所とベジーモンに言われても信じられないほどに、静かに波打つ水たまりは船底がすぐにみえてしまう。

 

それでも、きっとそれなりの深さはあるのだろう。わーい、と大輔の頭の上に乗っかっているチコモンは目を輝かせるのである。水面には、水色の塊を乗っけた黒い影ががゆらゆらと動いている。

 

魚たちがいるのはどっちだろう、と釣竿をぶら下げながら、大輔は考える。たぶんポイントってやつがあるんだろう。どうやらベジーモンたちの経営しているレストランは、ここで取れた魚を調理して出しているようだから。

 

夕ご飯がかかっているというのに、水面を見たチコモンのテンションはバカ上がりだ。

 

 

「だいしけ、だいしけ、ゴーグルかしてっ!」

 

「はあっ!?なんでだよ」

 

「オレ、泳ぎたい!」

 

「いや、お前手も足もねえじゃんか」

 

「だいしけが抱っこしてくれればいいんだよ!」

 

「えー、これから魚を釣らなきゃいけないのに、何言ってんだよ」

 

「ヤマトたちが来るの待ってたら日が暮れちゃうよー!ここまで来るのに結構歩いたよ、だいしけ!ねーねー、ちょっとだけ!水の中のぞいたら魚が泳いでるか見つけられるだろ!」

 

 

大輔はさらっと流そうとしたのだが、わんわん頭の上でわめかれるとこれまたうるさいことこの上ない。

はっやく、はっやく、と頭の上で急かされる。とうとう待ちきれなくなったのか、チコモンはぱくりとゴーグルレンズを口にくわえると、とりゃあっとばかりに伸ばし始めたのである。

 

もともと大輔の天然パーマによって引っかかっていたようなゴーグルである。びよんびよんに伸びている部分はなおさら引っ張られて熱を持つ。真っ白な筋がたくさん入り、イタイイタイイタイ、と髪の毛とゴムひもがくっついてしまった大輔は、何すんだよ!と大声を上げたのである。

 

チコモンの重さに耐えきれなくなったゴーグルはすとんと大輔の首元にかかる。落っこちそうになったチコモンは器用に肩の横に乗ったのだ。

そして、またはむはむとゴムひもを口にくわえて大輔の頭の上によじ登ろうとするのでくすぐったくてかなわない。

 

とうとう音をあげた大輔はゴーグルを外すとチコモンの目に合うようにサイズを小さくしてやったのである。でもこんなやんちゃ坊主が湖の中に飛び込んだら、ますます魚が逃げてしまわないだろうか。

 

そんなことにでもなったら怒られるのは間違いなく大輔たちである。どうしよう、と大輔はべったり張り付いてくるスライムみたいなパートナーデジモンを頭に乗っけてため息をついた。

居てもたってもいられなくなったのか、チコモンは大輔から湖に飛び降りようとしてしまう。こらこらこら。大輔はすんでのところで捕まえた。もともと跳躍力がないチコモンがジャンプしたところで、河原に転がるだけだったので間髪で助けたことになる。

 

 

「なんか細長いな。大丈夫か?チコモン。頭に血が上らないんじゃない?」

 

「大丈夫だよー、だいしけのゴーグルだもん。だいしけ、はっやーく!」

 

 

もともとどこまでが頭でどこまでが顔だか分からなかったのだが、ゴーグルのゴムひもがぴったりとくっついて心なし楕円形が丸くなった気がする大輔である。待ちきれなくなったのか、そわそわしっぱしのチコモンは、とうとう大輔の手を離れて湖の中に飛び込んだ。

 

ばしゃんというしぶきがあがった。あああああっと声を上げたのは大輔だ。何やってんだよ、おまえってあわてて釣竿を伸ばしてチコモンを捕まえようとするが、チコモンは漣に乗って流されていく。

 

 

「あ、いたあっ!!」

 

「え、うそ、まじかよ」

 

 

じゃあますますチコモンの影があったら魚が逃げちゃうじゃないか!

大輔の焦りなんてほったらかしにして、ぷかーと浮いているチコモンはどんぶらこと流されていく。スライム型のデジモンは水に浮くらしい。気持ちよさそうである。

 

オレも水遊びしたいなあ、くそう、と恨めしげに見ながら、なんとかヤマトたちが来る前にチコモンを回収しようと躍起になった小学校2年生の男の子は、なにやってんだ、とひきつっているヤマトとガブモンを見て、ぴしりと凍りつく。

 

 

「おい、大輔」

 

「お、お、オレはちがいますっ!ちゃんと釣りしなきゃだめだから遊ぶなっていいましたよっ!」

 

「ばか、声が大きい。魚が逃げたらどうするんだよ」

 

 

ちょっと待て、お前らちゃんと魚釣りするって言ったよな、とヤマトにがしっと肩を掴まれた大輔はささやかれて、ごめんなさい、ごめんなさい、ってくすぐったくて悲鳴を上げる。無理やり肩を揉まれても、イタイイタイと涙目である。

 

 

「ガブモンもあそぼーよー」

 

「お、おれはいいよ。毛皮濡れちゃうし」

 

 

ヤマトの隣で座っているガブモンはつれない返事である。それでも気持ちよさそうにチコモンはぷかぷかと浮かんでいた。はあ、とため息をついたヤマトは大輔から釣竿を受け取ると、チコモンめがけて狙いを定める。

 

きらめく釣糸の先には痛そうな針がある。ちょ、ちょっとまってとチコモンもさすがに焦り始めた。あんな痛そうなので体をぶっさされでもしたら大けがだ。まって、待って!と必死こいてチコモンは流されていた漣に身をゆだねて、対岸付近で何とか大輔に回収されたのだった。

 

とりあえずチコモンは、ヤマトによって吹っ飛ばされたのである。仕方ないので、いつもとはちょっと違うポイントを目指す羽目になり、ヤマトに続いて大輔たちはしばらく魚影を追いかけて移動する羽目になってしまった。

 

 

「つーかさ、浮くんだな」

 

「スライム型のデジモンは浮くよ」

 

 

チコモンは答えたのである。何を当たり前のことを言っているのだ、と

ばかりにチコモンは笑った。なんかクラゲみたいだと思ったのは内緒である。ヤマトの視線はガブモンに向かう。チコモンはチビモンの進化前になる。

 

つまりデジタマから生まれたばかりの最初期の姿だ。幼年期1と分類されるらしい仲間のデジモンが大輔の頭の上で、魚が釣れるのを待っている。自然とヤマトの興味もそちらに向いた。

 

 

「そう言えばオレたちが出会った時、もうツノモンだったよな。ガブモンって生まれたばっかりの時はどんな感じなんだ?」

 

「え?おれよく覚えてないよ」

 

 

困ったようにガブモンは首をかしげるのである。

 

 

「そう言えばどっからガルルモンの毛皮とってくるんだ?」

 

「わかんないよ。あの日初めてガブモンに進化したから」

 

「へえ」

 

 

分からないことだらけである。今に始まったことではない。そう言えば古代デジタルワールド期にはもうアグモンとガブモンは居たとチコモンが言っていたことを空たちから聞いていたヤマトは、チコモンに聞いてみた。

 

 

「えっとねー、真っ赤で角が3つのスライムデジモンだよ。プ二モンって呼んでたけど今もそうなの?」

 

「あーうん、そんな風に呼ばれてた気がする」

 

「へえ、赤いのか、なんか意外だな」

 

「そういやガブモンとブイモンって目の色一緒っすよね」

 

「そう言えばそうだな」

 

「デジモンはね、毛が生えてる奴とオレみたいにスライムのやつがいるんだよ」

 

「じゃあ、どっかにガブモンだらけの村があんのかな」

 

「あるんじゃないかな。オレもよく知らないけど」

 

「どこにあるのかな」

 

「さあな、オレたちもサーバ大陸を全部回ったわけじゃないからな。大輔だって空と一緒に回ったけど、目ぼしい村とかなかったんだろ?」

 

 

ガブモンはどっかにあるのかなあ、オレだらけの村、とちょっとだけわくわくしてたりするがそれはまた別の話である。

 

 

「そういえば、空さんたちと話してたんですけど、ヤマト先輩ってハーモニカ持ってるじゃないですか」

 

「ああ、それがどうかしたか?」

 

「あの、ガルルモンに初めて進化した夜のこと覚えてます?あとはヤマト先輩がガブモンと夜の見張りやってる時のこと」

 

「ああ、それが?」

 

「空さんたちが言ってたんすけど、大きな音がすると大きなデジモンたちにも気づかれることもあるかもしれないのに、ヤマト先輩たちが見張りやってる時って絶対にデジモンたちに襲われたことないじゃないですか」

 

「……そういえばそうだな」

 

「ハーモニカで曲を吹いてる時、じゃないかって。ヤマト先輩、もしかして、いつも同じ曲を吹いてるのってそういう曲だからですか?」

 

「え?いや、そういうわけじゃない。考えたこともなかったな」

 

「え?そうなんですか?てっきりオレたちのためにやってくれてんのかなって」

 

「………というか聞いてたのか」

 

「え?」

 

「………練習してるだけだったんだけどな」

 

 

しまった、みんな寝てると思ってこっそり練習してるつもりだったのに、とヤマトはつぶやくので、え、うそ、と大輔たちは顔を見合わせた。すると、ガブモンはヤマトの服を引いた。

 

 

「なんだよ、ガブモン」

 

 

うつむいたガブモンは、しばらくの沈黙の後、何も言わないままぎゅっとヤマトの身体に抱きついた。なんだかうれしそうである。

 

 

「それはきっと落ち着くからだよ、大輔」

 

「え?」

 

「だってオレ、ヤマトが吹くハーモニカの音色大好きだもん。ヤマトが吹くハーモニカの曲、聞いてるとすっごく落ち着くだろ?だからきっとデジモンたちも出てこないんだと思う」

 

「あー、なるほど」

 

「ちょっと待てよ、なんでそうなるんだ」

 

 

少し照れくさくなったのかごまかすようにガブモンのかぶっている毛皮を乱暴につかみあげるとわしわしと撫でたのである。ガブモンはくりぬかれた目の部分がいきなり真っ暗になる。

 

うわあああって大げさなくらい大声を上げたガブモンは、わたわたわた、と何とか元に戻そうと躍起になる。不慣れな作業がおっくうになり、いつもはおなかの部分と両足しか見ることが出来ない黄色い体がちょっとだけ現れた。

 

あれ?あれ?あれ?とどれだけ手繰り寄せても所定の位置に戻らない。

大混乱に陥ったガブモンはめんどくさくなったのか、いつもならかたくななまでに崩そうとしないガルルモンの毛皮の前足部分を取り払い、黄色い腕を晒してやっとのことで視界を確保した。

 

ほっと息を吐くガブモンは、ヤマト!と憤慨したように怒るのだ。ヤマトはくすくす笑って、ごめんと笑った。見上げてくるパートナデジモンにヤマトは笑う。まんざらでもなさそうだ。

 

 

「まあ、父さんから借りた大事なハーモニカだから、そういってくれるとうれしいけどな」

 

「ほんと?あのハーモニカ、ヤマトのお父さんから借りた奴なの?」

 

「おう」

 

「え、そうなんすか。じゃあ、オレのPHSと同じなんすね」

 

「まあな」

 

「そっかー、ヤマトの大事なお父さんのハーモニカだから、なおさらいいメロディーになるんだね」

 

 

なるほど、なるほど、と大げさにうなづいているガブモンをヤマトはなんとなく頭を撫でてみた。きょとりとした様子でパートナーを見上げたガブモンは、ちょっとだけ嬉しそうに笑ったのである。ヤマトもちょっとだけ笑った。

 

なんだかいつもよりヤマト先輩とガブモンが仲がいい気がして大輔とチコモンは首をかしげた。何があったか聞いてみようかと思ったものの、ちょうどタイミングを見計らったかのようにHITする。

 

あわててリールを巻いた大輔は、チコモンが口でくわえて持ってきてくれた網を持ってすくいあげてみる。

ちいさな川魚が釣れた。なんだ、と肩を下してバケツに投入する。ちりも積もれば何とやらだ。がんばれーとチコモンがエールを送っている。

 

ガブモンがヤマトに抱きつくように寄りかかっているのがうらやましくて、大輔のそばに寄って行った。ガブモンがヤマトに甘えるのはこれで2回目だ。

 

一度目はファイル島でみんながばらばらに飛ばされてしまった時だ。

徹夜で看病してくれたガブモンは、凍てつく寒さのエリアであるにもかかわらず、毛皮をわざわざ貸してくれたのである。

 

それなのに、その時のヤマトはまだタケルのことが心配で心配でたまらず、行方不明になっていた大輔のことも心配でうまいこと冷静な判断が下せずにガブモンの好意を無下にしていたのである。

 

謝罪とお礼を口にしたとき、ガブモンはヤマトの名前をよんで腕の中に飛び込んできた。あのとき、一番距離を縮められたかな、とは思うのだ。あの時とは違ってガブモンはかけがえのない存在である。

 

アウトローを気取りながら誰よりも人との接触を望んでいるくせに臆病という矛盾した性格のヤマトの本音をぽんと口に出してくれるのだ。おかげでついつい居心地がよすぎて言葉にしたり、態度で示したりすることを忘れてしまうが、ガブモンだってもう一人の自分なのだ。

 

自分のことを一番知っているのはほかならぬ石田ヤマトである。褒めてもらいたいという意識はガブモンだって同じようだった。そんな一人と一匹に、ちょっと気づいたことがあってうずうずしているのは大輔である。

 

今、とんでもないものが見えた気がする。ガブモンの手ってアグモンたちみたいに爪があるわけじゃないんだ、と今更過ぎる衝撃を受けていた。とんだ勘違いである。

 

ガルルモンの前足ばっかりに目が行きがちだが、さっき見えた黄色い手は、明らかにブンブンパンチをするブイモンと似ている。チコモンも目を大きくしたのである。

 

 

「ガブモンって指の数5本なんだね」

 

 

ガブモンはうつむいてしまった。ガブモンはガルルモンの前足にある3本の爪を手甲のようにして身に着けているのだ。指を3本ガルルモンの前足に付けて、残りの親指と小指にあたる部分で押さえつけている。

 

だからひっかき攻撃よりも炎を出したがる。そっちの方が威力がある。

 

 

「オレと一緒なんだねー。なんでわざわざ、グーしてるの?」

 

「だって毛皮がずれちゃうだろ、恥ずかしいんだよ。オレ、牙もないし、爪だってないし、ブイモンみたい力持ちでもないし。ガルルモンの毛皮がないとウイルス種にすぐやられちゃうんだよ。

 

オレとパルモンだけなんだよ、みんなワクチン種とかフリー種なのに。データ種なんだ」

 

「データ種?」

 

 

ヤマトたちは顔を見合わせるのだ。ワクチン種のことはガジモンから聞いていた大輔だったが、初めて聞いた言葉である。ワクチン種の反対がウイルス種。その中間ってことしか知らない。どれでもないのがフリー種。

 

データ種について詳しく言及されるのは初めてだった。

 

 

「ワクチン種じゃないの?」

 

「違うよ。ガルルモンはワクチン種だけど、オレはデータ種だよ。データ種のデジモンはワクチン種のデータで身を守るんだ。今だからいうけどさ、オレがガルルモンの毛皮をかぶってるのは、身を守るためなんだよ。

 

ヤマトたちがいるし、デジヴァイスが守ってくれるからオレはウイルス種のデジモンが相手でも、全然怖くないけど、ほんとならデータ種のデジモンってウイルス種のデジモンが苦手なんだ。

 

だからワクチン種のデータで身を守るんだよ。ガルルモンの毛皮はオレの大事なお守りみたいなものなんだ」

 

「そっか。大変なんだな」

 

「うん。オレもなんでデータ種なのかとかなんて知らないけど、ガブモンに進化してから、なんとなくぼんやりとわかったんだ。たぶん進化するってそういうことなんだと思う」

 

 

デジタルモンスターはデータを蓄積することで進化を遂げていく。その不思議な生態を垣間見たような気がしたヤマトたちである。ちなみに、始まりの街で生まれる幼年期のデジモン達は、みんな基本的に無属性である。

 

そして、成長期になると個性が出てくる。実はデジタルモンスターが発見された時、3すくみはまだなかった。無属性の後に、ウイルス種とワクチン種が発見された。そのあとからデータ種に進化する個体が見つかったのだが、あまり知られていないことである。

 

ワクチン種はウイルス種に強いから、もともとウイルス種は淘汰されて個体数が少ないのかもしれない。

後から発見されたデータ種となればなおさらだ。

 

 

「へえ、ハツカネズミモンと同じだね」

 

 

チコモンは笑ったのである。

 

 

「サーベルレオモンの爪のデータで身を守るんだよ、あいつら」

 

「ほんと、どんなデジモンなんだよ、ハツカネズミモンって」

 

 

どんなデジモンだよとヤマトは必死に頭の中でイメージしていくのだが、そもそもレオモンと名前がついている時点で、あのみんなの兄貴分が脳裏をかすめるので、どうしても武芸の達人というイメージが先行してしまう。

 

獣人じゃないのか、って言ったらチコモンは首を振った。

 

 

「サーベルレオモンは獣人じゃないよ。ガルルモンみたいなやつだよ。

毒針で攻撃してさ、動けなくしてから攻撃するんだ」

 

「ハチかよ」

 

 

チコモンは笑った。

 

 

「そのデータをどうやって持ってきたのかわかんないけど、すんごく強い奴なんだ。オレとよく喧嘩してたもん。オレ、みんなみたいに火を吐けないから、強くなるには頑張るしかなかったんだ」

 

「お、オレだって頑張ったよ、ツノモンの時は、流木くらいなら砕けるんだから」

 

「なんで対抗意識燃やしてるんだよ、ガブモン」

 

「え?あ、いや、その……だってヤマトがチコモンたちとばっかり話するから」

 

 

笑い声がこだました。この調子だとあんまり魚はつれないかもしれない。

 

 

「そうだ、大輔、ガブモン。一つ言い忘れてたことがあるんだけど、オレが持ってるあれは、穴が10個しかないからハーモニカじゃないぞ。

ブルースハープっていうんだ」

 

「ぶるーすはーぷ?」

 

「ああ」

 

「へー、すげえ、ヤマト先輩なんでもしってるんすねー」

 

 

ま、まあなと嬉しそうに胸を張るヤマトだが、すべてはバンド経験者の父親から聞いただけである。別に精通してるわけじゃない。ハーモニカとブルースハープの違いってなんだろうという疑問を大輔がはさむ前に、雑談は切り上げて釣りをしようとヤマトは宣言した。

 

ベースを弾きながらブルースハープとかかっこいいからと始めたのだと断言したお父さんである。オレもやりたいなあと思い始めているバンドである。まさか某高級メーカーものを買わされる羽目になるとはこの時のヤマトのお父さんは思ってもいないのである。

 

忘れていたのだろう。努力かな長男ははまり始めたら限界が見えるまで突っ走るタイプだと。ついでに言えば海外旅行と称した選ばれし子供達の緊急出動とか。石田家のお金はデジモン関連に費やされていく運命にあるらしかった。

 

そんなこと知らないヤマトは、みんなに練習してるのを聞かれていたという事実にこっそり羞恥心に駆られていたりする。だって、お父さんが「毎日練習するのが大事だぞ」って言ってたから、やってただけだ。

 

タケルやガブモンに聞かせるためにやっている部分はあっても、第三者のことなどまあったく考慮していなかった。しまった、オレとしたことが。またなにか考え事をしているヤマトだが、耳が赤いので大体予想はつく。

 

ガブモンは大輔から離れて、暇を持て余してバケツの魚とにらめっこしているチコモンのところに行くことにした。

 

 

「デビモンに飛ばされただろ?あのとき、大変だったんだよ。オレ、風邪ひいちゃってさ」

 

「え?ガルルモンの毛皮かぶってるのに?」

 

「ヤマトが風邪ひいちゃうと思ったから毛皮を貸したんだ」

 

 

大輔にゴーグルは返却済みである。

チコモンの眼差しが好奇心で輝くが、ガブモンはしっかりと皮をかぶって身構えている。ちぇーとチコモンはすね顔だ。爬虫類型のガブモンは黄色いトカゲなのである。

 

角を触られるのを非常に嫌がる。ガルルモンに進化したらどっか行ってしまう角である。どこに消えたかは永遠の謎だろう。

 

 

「へー。ねえ、どうやって元に戻したの?」

 

「オレがガルルモンに進化して、グレイモンと一緒に歯車を戻したんだ」

 

「光子郎が言ってたけど、ミミが蹴飛ばしたら動いたって言ってたよ。

 ケンタルモンでも動かせなかったらしいのにすごいねー」

 

「え?嘘」

 

「嘘じゃないやい。光子郎に訊いたもん」

 

 

チコモンは目を輝かせるのだ。ケンタルモンの頂点に立つのがデジメンタルの進化先であるサジタリモンである。ミミの渾身の蹴りとサジタリモンの蹴りはどっちがすごいんだろう。

 

ケンタルモンでも動かせなかったのをミミが動かせるということは、ミミはケンタルモンよりもキック力があるということだ。ガブモンはえーとあいた口がふさがらないのである。なんだよそれ。

 

 

 

 

 

穏やかに時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

 

やがて、みんなで焼き魚が食べられる範囲にまで魚がゲットできたころ、がさり、という音を聞いた大輔たちは思わず後ろを向くのである。

ヤマトたちを守れるのはガブモンだけである。

 

反射的に立ち上がって周囲を警戒し、チコモンをかばうように手を広げたガブモンは、茂みから出てきた黒い塊にあ、と声を上げるのだ。その瞬間に、何か豪快に吹っ飛ばされる音がした。

ヤマトと大輔は血の気が引いたのである。凄まじい勢いでなぎ倒される大木。クレーターが出来上がっている。思わず立ち上がったヤマトたちの前に現れた大きな黒い塊が、湖に放り投げられる。

 

どおんという雷鳴にも似た爆発音の後に、豪快な水しぶきが上がった。

なんだなんだ、と戦慄したヤマトたちの前に現れたのは、無数の黒い球体だった。チコモンはその姿を目にした瞬間、絶句した様子で固まってしまったのである。

 

ひきつった顔をしているチコモンがかわいそうになって大輔は駆け寄ると抱っこした。

 

 

「チコモン?」

 

 

小さな悲鳴が腕の中で上がっている。チコモンはすっかり混乱しているようだった。え?え?なんで?どうして?チコモンは大輔にも気づく様子もなく、びくっと震えた。

 

 

「あの時と一緒だ」

 

 

ガブモン達は言葉を失うのだ。

 

 

「あのとき?」

 

「いったでしょ、だいしけ。オレが生まれて初めてエクスブイモンに進化できたずっとずっとむかしのこと。メタルエンパイアのデジモンたちに故郷を追われて、必死で逃げてた時のことっ」

 

「まさか」

 

「今は違うかもしれないよ?でも、でもっ!!現代種ならなんでオレたちのこと殺そうとしてくるの?あの時と全く同じ顔してる!ギロモンだ!!」

 

 

古代種の仲間たちが生きていたころに聞いた話を必死で思い出しながら、チコモンは言葉を紡ぐ。ギロモンはかつてメタルエンパイアの勢力に身を置いていた小さい形をしているが、完全体のデジモンだ。

 

いくつかあるマメモン系列の中では最も警戒すべきマシーン型デジモンの一つである。ちなみに、現代種のギロモンは、本来であるならばネットワークセキュリティに属するネットパトロールを行う役目を担うマシーン型デジモンである。

 

 

「エラバレシコドモタチヲハイジョセヨ」

 

 

その言葉に、ヤマトたちは凍りついたのである。エラバレシコドモタチ、という無機質な言葉は明らかに自分たちが標的なのは自分たちだと証明していた。

 

死ね、と次から次とはるか向こうの対岸から攻撃を仕掛けてくるギロモンによって、ただでさえ水が少なかった湖が爆破によって破壊されていく。次第に真っ黒に染め上げられていく水面は、データをも破壊しているようだった。

 

トラウマを深くえぐられたチコモンは身動きが取れない。チコモンの脳裏にはしっかりと焼きついているのだ。がたがた震える仲間を守るために、ガブモンは立ち上がった。ヤマトも真剣なまなざしで対岸の向こう側で爆弾を次々と放り投げてくる爆弾魔に立ちふさがる。

 

 

「行くぞ、ガブモン!」

 

「うん。オレたちはこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」

 

 

デジヴァイスが光を放つ。進化したガルルモンは、ヤマトを乗せる。大輔とチコモンを乗せて、後ろからどんどん迫ってくる爆撃から逃げるべく走り出したのである。顔をあげたチコモンは、ううう、となくのである。チコモンには、逃げるしかなかった記憶がある。

 

自分だけが生き残ってしまった罪悪感はずっとずっとチコモンの中に巣食っている。一生消えることはない事実である。過去はやり直せるとしても同じ人生は歩めない。いやだとチコモンは思ったのである。

 

あの時、自分も残るんだと必死で抵抗したのに、わがままは言うなと仲間たちに怒鳴られて、古代きょうと呼ばれることになる、赤土の荒野の崖から秘密の抜け道まで突き落されたのである。一生忘れない。どんどん迫ってくる爆破攻撃。ベジーモンレストランに近づけるわけにはいかない。

 

 

「ガルルモン、気を付けて!ギロモンは偵察とか、警備とか、やってたデジモンなんだ!今はどうかわからないけど、逃げても逃げても追いかけてくるよっ!!」

 

 

残虐な方法を幾度も目にしてきたチコモンは叫ぶのだ。わかった、とガルルモンは必死で森の中を走るのだ。いつまでも逃げるわけにはいかない。どんどん追いかけてくる。ヤマトたちが空を見上げると、どうやらギロモンは上空から爆弾を投下しているようだった。

 

 

「ガルルモン」

 

「ヤマト?」

 

「いつまでも逃げてたら埒があかない。戦うぞ」

 

 

ヤマトはデジヴァイスを握りしめた。わかった、と頷いたガルルモンは、立ち止まる。

 

 

「チコモン、大丈夫だよな?」

 

「うん!大丈夫!いけるよ、だいしけ!」

 

 

大輔がデジヴァイスをかざして、チコモンはチビモンに進化する。チビモンは、ブイモンに進化する。いざ、エクスブイモンに進化しようとした時、まて、とヤマトに制されてしまった。え?と顔を上げた大輔たちに、ヤマトが首を振った。

 

 

「お前らはここで待ってろ」

 

「なっ!?なんでっすか、ヤマト先輩!」

 

「馬鹿野郎。忘れたのか?ブイモンにはなれるくらいまで回復してるみたいだけど、ブイモンは、パタモンと同じように一度成熟期への進化すら失敗してるんだぞ。

 

ブイモン、お前いってたじゃないか。古代種にとっては通常進化自体が難しいんだって。古代種は現代種よりも相当の大量のエネルギーを消耗してしまうから、進化そのものが難しいんだって。奇跡みたいなもんだって。

 

だから幼年期2の形態であるチビモンをすっとばして、幼年期1のチコモンの姿にまで戻ちまってたんだろ?

むちゃするな。ここはオレたちに任せて、お前らは逃げろ、今すぐに」

 

「そんなっ!?ちょ、あ、ヤマト先輩!ガルルモンっ!!」

 

 

ヤマトを乗せたガルルモンが森の奥へと消えてしまう。

 

 

「ヤマトのばあかっ!!勝手に決めないでくれよっ!オレも大輔もそんなに弱くなんかないやいっ!いこう、大輔。ギロモンは空を飛べるんだ。それにどこに隠れてたってスコープと追尾の機械ですぐばれちゃうんだよ!

 

オレだけだよ!オレだけなんだよ!エクスブイモンで空を飛べたのはオレだけなんだ!もうオレは逃げたくない!大事な人に守られて、独りぼっちで逃げるのやなんだよ!」

 

「いけるよな?」

 

「うん!オレがオレのこと一番よく知ってるんだ。大丈夫、完全体になるのはちょっとまだ難しいけど、大丈夫だよ!」

 

 

ブイモンの決意が響き渡った時、デジヴァイスが光を放った。

 

 

「大丈夫。今度は間違えないよ、大輔。いこう」

 

 

蒼い雷を操る真っ赤な目をした黒いドラゴンは、手を差し伸べたのである。 

 

 

「おう!」


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