夏の喧騒から置き去りにされたように、あれだけうるさかったセミの鳴き声がぴったりとやんでしまっている。まるで誰もいないかのごとく静まり返っているのだ。なんでだ、とヤマトは不安げに周囲を見渡す。
ガルルモンもヤマトに習ってあたりの様子を探ってみるのだが、気配は全く感じられないと返すしかない。
ガルルモンの俊足に任せて、ずいぶんと森の奥深くにまでやってきたはずである。ヤマトたちははっきりとした違和感を覚えていた。野生のデジモン達を巻き込んでしまうのではないか。
第三者の乱入でややこしい事態なるのではないか。いろんなことを警戒しながら、ギロモンからの追跡をかわしながら、懸命に反撃の機会をうかがっていたのだが、今までデジモンと一切会うことはなかった。遭遇しないのはかえって不自然極まりない。
不気味なまでに沈黙する森はずっと広がっていた。ベジーモンとデジタマモンのレストランには、もんざえモンやヌメモンたちが来ていたのだ。時折、客が来ていたことを考えると、どこかに住居を構えていてもよさそうなものだが、どこにも見当たらないのだ。ただ、ただ、静寂が落ちる。
不自然なまでに静寂に包まれている森林を駆け抜けていく蒼い狼は、パートナーを乗せて駆け抜ける。後ろをわざわざ振り返らなくてもわかるのだ。雑踏とは無縁の沈黙の森では、背後から迫りくる轟音はあまりにも鬼気迫る様子で焦燥感を植え付ける。
どれだけ、茂みや岩場を見つけて身を隠したとしても、たちまち探知されてしまうのだまさかギロモンの見ている世界は、温度によって変化するサーモグラフィとか、スパイ映画で出てきそうなトンでも機械が内蔵されているのだろうか、と冷や汗である。
ギロモンが投げつけてくる、真っ赤ででこぼことした手りゅう弾のような爆弾は、小さいにもかかわらず、
凄まじい威力を誇っていることを目にしたヤマトたちは、懸命に反撃の隙を狙っていたのだ。地面に転がるや否や、数秒絶たないうちに広がる閃光。覆い尽くされた光の先に待ち受けているのは衝撃波。
耳の鼓膜が破裂してしまうのではないか、という爆音の後に、待っているのは焦土である。焦げ臭い火薬と樹木が燃える独特の鼻がひん曲がりそうな匂いは、ゆっくりと黒煙となって広がっていく。
ヤマトの脳裏には、怯えた眼差しの恐怖と不安がないまぜになっているチコモンが過った。無機質な機械音は、静寂に満ちているはずの森林では、あまりにも異質である。耳を澄ませれば聞こえてくる。身の毛のよだつような追跡者の執拗なマシーン音が聞こえてくる。
暗黒の力に操られている様子はない。もちろんヤマトもガルルモンも正常な状態のギロモンがどういうデジモンなのかは知らないが、ナノモンが警戒していたように、自らその力に身を落とすような、確固とした敵であることは事実である。
ダークケーブルに浸食されている様子もないし、不可解な言動をしているわけでもない。ただ、新たな敵の存在が見え隠れしている。しだいに加速していくマシーン型デジモンの移動速度を予感させて、否が応にも緊張感に包まれていく。
ごくり、と唾を飲み込んだヤマトは、さっきからずっと握りしめているデジヴァイスを見る。そして、さっきから、ノースリーブの緑の服の上で飛び跳ねている友情の紋章を見るのだ。いまだに紋章が輝く兆候はない。舌打ちしたヤマトは、なんでだよ、と小さくつぶやいた。
「ヤマト」
ガルルモンが顔をあげる。
「なんで紋章が光らないんだ」
くそ、とみしりと悲鳴を上げるデジヴァイスがある。
「・・・・・ヤマト、そんなこと言うなよ。オレはヤマトがいてくれるだけで、どこまでも行ける」
「ガルルモン、お前」
「今、オレとヤマトがここにいる。それだけで、どれだけすごいか分かるだろ。頑張ろう、ヤマト。大輔たちをオレたちが守るんだ」
「ああ、そうだな」
凄まじい勢いで投下された爆弾の音を聞き分けたガルルモンは、自慢の俊足で大きく跳躍する。もはや慣れてしまった、まぶたを閉じたとしても脳裏に焼きつくのは残像だ。あたり一帯の視界を遮る大木や陽だまりの中で自生する植物たちを蹂躙し、一気に真っ黒な煙と共に炎の中に焦土を作り上げるデッドリーボムがさく裂した。
間一髪、爆風から逃れたガルルモンは、しっかりと捕まっているヤマトを振り落とさないように、慎重かつ俊敏に駆け抜けていく。そして、歪にゆがんだマシーン型のデジモンを見つけるや否や、大きく口を開けて、蒼い超高温の炎を吐き出したのである。
「フォックスファイア!!」
空間を切り裂くように現れたギロモンの手にしっかりと握られたチェーンソーに命中する。これで、あわよくばチェーンソーという恐ろしい第二の武器を溶かしてしまおうと考えたのだが、完全体の能力は凄まじいの一言に尽きた。ヤマトとガルルモンは目を見張るのだ。
これで武器の一つを溶解したかに見えたが、振り払うように、右から左に振り下ろされたチェーンソーは、
ガルルモンの必殺技をいとも簡単に薙ぎ払ってしまう。二分された炎の塊は黒煙にのまれて消えてしまう。
激しく回転するチェーンソーが行く手を阻む形でなぎ倒されている大木を微塵にまで粉砕する。
まるで溶けた様子もない。ギロモンは磁力なのか、それとも浮遊する能力でもあるのか、自在に空間を行き来している。直接攻撃することも考えたのだが、両手を広げて包容する形で大爆発を引き起こす特攻技まであるのだ。
隠れていた大岩を瓦礫の藻屑と変えてしまった衝撃を目撃してしまえば、速攻で却下するのは自明と言えた。じりじり、じりじり、と距離を詰められていくガルルモンは、大きく身をひるがえして、ギロモンが再び異空間から取り出したデッドリーボムを回避すると、大きくジャンプした。
ヤマトは一瞬、寒い、と思ったのである。見ればガルルモンの周囲を不自然な形で冷気がまとっている。今まで炎をまとって戦うガルルモンしか見たことがないヤマトは目を見張るのだ。呼吸をするたびに、肺がビックリ仰天してむせてしまう。軽い咳き込みの後、白い息が解けては消えた。
ガルルモンの前方に一気に集約した見たこともないような鮮やかな光。青色の光は、球体となる。そして、デッドリーボムの真っ赤な爆弾めがけて放たれたのである。
「フリーズファング!!」
フォックスファイアとは全く違う冷気をまとった氷の狼が召喚され、デッドリーボムに牙をむく。一瞬にして凍りついた爆弾は、大きく軌道をずらし、湖の岸のあたりに転がるや否や、豪快に水しぶきを上げた。
大爆発を引き起こしたことで打ち上げられたかわいそうな魚たちは、ぴちぴちと行き場を失って飛び跳ねているが、同情している暇はない。氷を打ち出す攻撃に仰天しているヤマトを乗せて、ガルルモンは勢いよく加速する。
再び冷気を幾度も打ち出して、湖を凍らせていく。そして、足場を確保するや否や、再び幾度もフォックスファイアでギロモンを攻撃したのである。しかし、巨大なチェーンソーの恐怖はすべての蒼炎を寸断する。止まらない。
選ばれし子供達を排除するという目標を達成するためならば、いかなる手段も選ばない、という気迫がある。いっそのことすがすがしいほどの任務遂行型である。ヤマトたちは舌を巻いた。いまだに紋章は輝かない。
ガルルモンは、どんどんとけていく氷をわたって、対岸へとたどり着く。ギロモンが来るのも時間の問題だ。
「ガルルモン、大丈夫か?」
「大丈夫だ、まだまだやれる」
強気なまなざしにほっと胸をなでおろしつつ、ヤマトはガルルモンに疲労の色が見え始めたのに気付いていた。どうすれば、と必死で考えていた時、ヤマトとガルルモンは、水辺に移る黒い影を見た。
「ヤマト!ガルルモン!大丈夫か!?」
ヤマトせんぱーい!ガルルモーン!って無事な様子にほっとする小学校2年生の声も聞こえてきて、ヤマトとガルルモンは目を見張るのだ。真っ先に吠えたのはガルルモンである。
「なんで来たんだよ!隠れてろって言っただろ!」
ばさりと風を生み落して現れた真っ黒なエクスブイモンが、大輔をよろしく、って大好きなパートナーをそばにおろした。ごめん、と大輔は頭を下げた。ヤマトはおまえなとあきれた様子で大輔を軽く小突いたのである。
「オレも戦うよ、ガルルモン」
エクスブイモンは首を振った。ギロモンというデジモンのことは、故郷を滅ぼされた古代種は一番よく知っている。
「ガルルモン、ギロモンはワクチン種なんだ。今までの敵であるウイルス種のデジモンたちとは、何かが違う気がする、みんながみんなとは言わないけど、ワクチン種は本能的にウイルス種を攻撃するんだろ?
普通なら、オレたちのことを殺そうとなんかしないはずだ。オレがおとりになる!ガルルモン、その隙をついて頼むよ!」
ブイモンの頃にあった真っ赤な目を継承した真っ黒なドラゴンは、風を生み落して舞い上がった。ギロモンは、ワクチン種なのか。その言葉に、ヤマトとガルルモンは戸惑いを隠せない。
でも、半ば納得している自分がいることも事実だった。完全体と成熟期の差は超えられないものがある。それでも、今までの漂流生活ではねのけてこれたのは、今までの敵は一貫してウイルス種だったことも一因としてあげられるのだ。
相性的に見ても圧倒的にワクチン種ばかりにバランスが偏っている選ばれし子供達のパートナーデジモンである。ホメオスタシスの采配は的中している。暗黒の力の浸食の中でも超えられないものは確かにあるのだ。
ただし、今回のようにワクチン種同士の激突となれば、相当のプレッシャーがのしかかる。純粋に強いほうに軍配が上がるのだ。ヤマトは、思ったのである。もし、データ種が敵として襲い掛かってきた場合、どうなるんだ?
今までは、データ種のデジモンがえらばれしこどもたちの前に立ちはだかったことは一度もない。でもワクチン種はデータ種に弱い。三すくみの原則は、暗黒の力によって浸食されてしまう場合も確かに存在するのだ。
うすら寒い予想が頭をかすめてしまう。ヤマト先輩?って不思議そうに首をかしげているゴーグル少年に、
なんでもねえよとヤマトは言い切った。心配させるわけにはいかない。
どこか自分に言い聞かせるような語気を荒げる少年に、大輔は違和感をにじませる。
「エクスブイモンの馬鹿野郎!」
思わず叫んだガルルモンは、唸り声をあげながら、ヤマトが大輔を乗せるのを確認するや否や対岸のラインを懸命に走った。
「頑張れ、エクスブイモン!ギロモンにまけるなああっ!!」
大好きなパートナーの声援を一身に受けて、エクスブイモンは水面を低空飛行する。大輔はガルルモンにしがみつきながらエクスブイモンを見上げている。パートナーデジモンがデジモンを殺すかもしれない、という予感はスカルグレイモンの時からずっとあった。
それが今その時だとするならば、目をそらしちゃいけないと大輔は思ったのである。エクスブイモンに唯一進化することが出来たのはブイモンだけである。ブイモン自身、エクスブイモンの先に何があるのか今だによく分かっていない。
ホメオスタシスが言うには、ブイドラモンというデジタルモンスターは、古代種の力を発揮するにつれて、次第に姿を変えていくものらしい。通常は、青いブイドラモンである。
しかし、現代種よりもはるかにココロの在り方によって力が左右されるこの種族のデジモンは、激高に支配されたレッドブイドラモン、冷酷に支配されたブラックブイドラモン、
ブイドラモンの能力を完全に開放したマスターブイドラモン、デジメンタルの力を借りたアーマー体であるゴールドブイドラモンと、多様な姿が存在している。
それでも予言の書に唯一登場しているブイドラモンというデジタルモンスターは、唯一古代種としては稀であると言わざるを得ない、完全体に進化した姿がその先にあるらしいから、エクスブイモンも、その先が見え始めているのかもしれない。
なら、どんな姿になったって、ブイモンはブイモン、エクスブイモンはエクスブイモンだ。どんなことになったって、最後までパートナーデジモンは信じてあげないと可愛そうだ。味方になってあげなくちゃいけない。かわいそうだ。
死んじゃうより辛い目になんて合わせたくない。ワクチン種はウイルス種を本能的に攻撃する性質がある。
ウイルス種の姿をしているとはいえ、選ばれし子供のパートナーデジモンも関わらず、機械族のはるかに制御された理性を持つはずのセキュリティシステムの一角は、まるで本能に従うかのごとく条件反射的な速度で襲い掛かってくる。
ばしゃばしゃばしゃと水しぶきを上げている標的に、ギロモンはターゲットを変更した。勢いよく投げ込まれるダイナマイト漁も真っ青な爆弾の雨が降る。幾度となく戦闘に参加することもままならないまま、回避の一手を担う羽目になった経験が生きる形になった。
エクスブイモンは網目を縫うようにして攻撃をかわすと、真っ黒な体に映えている真っ白な羽で飛翔する。
そして、一瞬の隙をついて、エクスブイモンは片手を掲げたのである。
「食らえ、ギロモン」
真っ赤な瞳が燃えるようなまなざしをギロモンに向けた瞬間、凄まじい雷鳴が響いた。まぶたの裏には残像が残る。夕立前特有の湿った風がエクスブイモンを中心にまとわりついていく。ヤマトと大輔が思ったのは、熱いな、という感覚だけだった。
「蒼雷!」
蒼い光をまとった強烈な雷がギロモンに叩き落されたのである。強烈な電撃を食らったマシーンはさすがに一瞬だけ起動に支障が出たのか動きを止めた。そして、そのタイミングを逃すことなく、エクスブイモンは必殺技を放ったのである。
「エクスレイザー!!」
ざっぱーん、という波紋があたりに広がった。かつて秋山遼という少年の指示で、黒い歯車で操られた相棒のサイバードラモンを縫い付けにしたエアロブイドラモンが大輔の脳裏によぎった。
最もあの時とは違って岩壁ではなく、湖の底なのだけれども。あたりに降り注いだ水たちはやがて雨となり小雨は綺麗な虹を作るのだが、エクスブイモンは攻撃の態勢を崩さない。
食い入るようなまなざしでじいと水面を睨みつけている。ガルルモンもそれに習って警戒を解かない。ヤマトは大輔に訊いた。
「どうしたんだ、エクスブイモンのやつ」
大輔はここに来るまでにエクスブイモンに訊いたことをヤマトに説明するべく、あの、その、と懸命に言葉を紡ぐ。ガルルモン達は息をのんだ。大輔の顔は心中複雑で悲痛である。
「ギロモンは、メタルエンパイアの見張り番とか、偵察とか、そういうのやってたらしいっす。あいつの故郷をぶっ壊した時とやり方がそっくりだから、現代種じゃないって。
現代種のギロモンは、メタルエンパイアじゃないはずなのに、オレたちのことを本気で殺そうとしているなら、 ほんとにやばいんだって言ってました。
だから、1体に見つかったら、地の果てまで追いかけてくるから手加減しちゃダメだって。その……あの……殺さなきゃダメだって」
ヤマトは何も言わないまま、くしゃりと大輔の頭を撫でたのである。
「ギロモンはほんとに強いから、油断しちゃダメなんだな。分かった」
ガルルモンは、エクスブイモンのもとに向かうべく、湖を氷結させて足場を確保する。たん、たん、たん、と駆け抜けて近づいてくるガルルモンに、エクスブイモンは叫んだのである。
「くるよ!」
その瞬間に大きな大きな地響きにも似た揺れがあたりを襲ったのである。湖の底で起こされた大爆発は一気に酸素を吹き飛ばす。水面が大きな大きな球体を生んだのだ。ヤマトたちを乗せたガルルモンは、すかさずエクスブイモンのいる対岸まで駆け抜けると、戦闘態勢に入る。
湖の底に沈殿していた腐葉土の泥をまぜっかえしてざぱんと盛り上がった湖は、一瞬のうちに濁った色へと変色していく。そして、いくつもの水の壁が形成され、どしゃぶりの雨が降った。
泥だらけになっていく周囲に顔をしかめつつ、蹂躙されていく湖に何を思ったのか、ガルルモンはエクスブイモンを見上げた。その先に小さな黒い球体を見るや否や、エクスブイモンはその先にある真っ赤な二つの目めがけて雷撃を放つ。
水の壁を突き破り、一気に叩き込まれた雷撃だったが、水のベールを破壊して現れたギロモンには、効果がないようだった。特攻してくるギロモンの標的はエクスブイモンである。
「来るぞ!」
一気に急上昇していくギロモンは、デッドリーボムを構えて、真っ黒なドラゴンめがけて攻撃を仕掛ける。
エクスブイモンはエクスレイザーを発射するが、小さいうえにすばしっこい爆弾魔にはあっけなく避けられてしまう。
学習能力があるらしいギロモンは、エクスブイモンの後を一定の距離を保とうと追いかけてくる。ガルルモンは、なんとかエクスブイモンを助けようと、懸命に蒼い光で追撃した。
「エクスブイモン!がんばれええええ!」
懸命に叫ぶ大輔の声に、おう!という威勢のいい声は聞こえない。自慢の炎も氷結技も効かない。黒いエクスブイモンの雷撃もエクスレイザーも効かない。やはり完全体と成熟期の能力差は相当大きいようだった。
しかもギロモンはメタルエンパイアが大量生産したマシーン型デジモンの一体である。偵察というのなら、ここだけでなく他のデジモン達も選ばれし子供達も狙われている可能性が高くなってきた。
でも、と微妙な違和感に彼らは気付き始めているのである。早くみんなに合流しなくてはまずい。ヴァンデモンの指示であるならば、なぜ選ばれし子供達が集まっていたレストランを襲撃しないのか謎に満ち溢れている。
しかも、ギロモンは選ばれし子供たちの紋章が目的だと明言したのだ。
エクスブイモンは、撃墜しようと執拗に狙ってくる機械の塊をかわしながら、攻撃を続ける。ガルルモンは、上空めがけて攻撃の手を緩めない。そして、ヤマトは叫ぶのだ。
「ギロモン!お前は一体、何が目的でオレたちを襲うんだ!」
ギロモンの無機質なまなざしがそちらに向かう。圧倒的なプレッシャーに射抜かれても気圧されることなく言い放たれた子供の言葉に、ギロモンは、にい、と歪なまでに口元を釣り上げたのだ。
噛みついたならば食いちぎってしまいそうなほどに鋭利な牙を覗かせて、ギロモンは言い放ったのである。
「モンショウ ハ スバラシイエネルギータイダ。タグガナケレバ、デジメンタルニモヒッテキスル!」
エネルギー?
初めて聞く言葉にヤマトたちは引っ掛かりを覚えたが、ヤマトたちに向かっていきそうになったのを、エクスブイモンが攻撃でけん制する。エクスレイザーで磔にされたギロモンは豪快に吹っ飛ばされる。
ほっとしたヤマトたちは、今までの疲労も重なってきたのか、動きが鈍くなっていたエクスブイモンの一瞬の油断を見た。
対岸に叩きつけられる刹那、カウンターに投げられたデッドリーボムがエクスブイモンを巻き込んで大爆発を起こしたのである。
「うわあああああああっ!」
「エクスブイモンっ!!」
あわてて走り抜けるガルルモン達が見たのは、奇襲攻撃をもろに食らい、がくんと高度を下げるエクスブイモンの姿だった。
「大丈夫!?エクスブイモン、大丈夫かっ!?」
「へへっ!大丈夫だよ!」
「そういう問題じゃねえよっ!」
大輔の泣きそうな声がする。大きく旋回するエクスブイモンに、ヤマトは叫んだ。
「避けろ、エクスブイモン!」
ヤマトの大声に背後からの機雷に気付いたエクスブイモンは、もろに攻撃を食らってしまった。大輔の大絶叫が響き渡る。消え入りそうな声で、大丈夫と気丈に前を向くパートナーデジモンがいる。幸い直撃は免れたものの、フラフラの状態である。
「エクスブイモン、大丈夫かっ!!」
「許さないぞ、お前っ!」
かっとなったガルルモンは咆哮した。
「おまえええっ!!よくもエクスブイモンを!」
ヤマトとガルルモンの絶叫が響き渡った。仲間という守りたいものを目の前で傷つけられたという禁忌ともいうべき事実が突き付けられた瞬間、ヤマトとガルルモンの中にあったのは、まっすぐなほどに純粋な怒りだった。
それは、丈とゴマモンが誤解とすれ違いがあったとは言えども、理不尽な理由から強制労働を強いられているという事実を知った時と同じである。大切な仲間を人質に取られて、その仲間を救うためだったら、何だってする。
純粋な意味でまっすぐな少年の中での逆鱗である。もっとも忌み嫌う事柄である。許せない、とヤマトは思ったのである。ヤマトにとって仲間を守ることは自分のアイデンティティに直結する非常に大切なものだ。
それを目の前で傷つけられた。もう、それだけで十分だった。最愛の弟と同じ小学校2年生の大輔がパートナーデジモンを心配して、必死で声援を送っている。声をからさんばかりの大声である。ガルルモンはギロモンの関節部分を切断すべく、必殺技を叩き込んだ。
その瞬間に、デジヴァイスが激しく反応する。そして、あれだけ反応を示さなかったヤマトの紋章が光かがやく。ヤマトと大輔は光に包まれたガルルモンから弾き飛ばされるように、岸へと着地した。
真っ青な紋章が上空に吸い込まれるようにして舞い上がる。くるくるくる、と激しい回転をしながら、タグから解き放たれた紋章は、緩やかに分解され、そして一気に光のホールとなってガルルモンに降り注いだ。
待ち望んでいた進化の兆しは、ようやく成就した。光を突き破って現れたのは、ワーガルルモンと名乗る完全体のデジモンだった。名前の由来は狼男を意味するウェアウルフやワーウルフからであり、ガルルモンが進化し、二足歩行するようになった狼男のような獣人型デジモンである。
二足歩行になることでスピードは失ってしまったが、より強い攻撃力と防御力、さらに戦術性を身につけたコマンドータイプのデジモンでもある。ガルルモン譲りの脚力から繰り出されるキック技は強烈で、ジャンプ力もデジモンの中では1・2を争うほどだ。
また、信義にあつく、主人の命令ならば任務を忠実に遂行する頼もしい性格であり、ガルルモンを獣人にしたかのようなデザインだが、顔の模様が若干違う。髑髏がプリントされた青のジーンズと体のいたるところに装着された皮のような材質の防具と左拳のメリケンサックが特徴だ。
その瞳は闘志で燃えていた。
「ワーガルルモン!?」
「かっけえ!」
念願の進化である。しっかりとデジヴァイスを握りしめながら、片時も目を離さずに見守るヤマトの眼差しを一身に受け、狼男は空に響き渡る大声を放ったのち、驚異的な跳躍力でもって空を飛ぶ。
「オレの仲間を傷つけた落とし前はつけてもらおうか」
ギロモンが大きく動き出すよりも早く、フットワークの差でワーガルルモンは仕舞われていた両手から鋭い爪を繰り出す。
「カイザーネイルっ!!」
空間が裂ける。まるで鎌鼬のごとく弧を描いてギロモンに襲い掛かった10もの姿なき攻撃は、一瞬にしてギロモンのデッドリーボムを見るも無残な形で切り刻んだ。暴発したことで黒煙が一気に広がっていく。ジャンプ力で移動しようとしていたワーガルルモンを、エクスブイモンが受け止めた。
颯爽と黒い飛龍の上に乗ったまま戦闘態勢を崩さないワーガルルモンは、ありがとな、と礼を言うと、ギロモンがいるであろう先を見た。
「これでとどめだ!ワーガルルモン、お願い」
「ああ!」
エクスブイモンのエクスレイザーがさく裂する。そして、エクスブイモンに乗って一気に駆け抜けたワーガルルモンは、力をおのれの足へと向ける。
「円月蹴り!」
突如発生した鎌鼬は、円盤状になったかと思うと、勢いよくギロモンに襲い掛かる。爆音が響き渡った。そして、あれだけ空中戦でエクスブイモン達を翻弄してきたギロモンは、
ばしゃんと湖に堕ちたのである。再び立ち上がってくるんじゃないかと気が気ではない。
じいっと彼らの眼差しは湖の中に沈んだマシーン型デジモンを見つめた。ぷかぷかと浮かんでくるのは破片だけ。恐る恐る覗き込んだものの、濁りきった水面は何もうつさない。ゆらゆらと子供達の影が揺れている。ヤマトと大輔は顔を見合わせた。一気に笑顔になる。ハイタッチが乾いた音を立てた。
エクスブイモンの背中に乗っていたワーガルルモンは、やがてエネルギーを使い果たして、幼年期に退化してしまう。強靭な足腰で風圧に耐えていたのに、一切支えるものを失ったツノモンは、すさまじい風に押されて、ずるずる、ずるずる、と落ちていく。
わあああって落っこちそうになった悲鳴は、エクスブイモンに受け止められて何とか難を逃れた。角に触らないでくれよ!と怒る小さな先輩に、エクスブイモンは笑って頷くと、ヤマトたちが待っている岸へとゆっくり降下したのである。
そして、ツノモンは一目散にヤマトのもとへと駆け寄った。
「ヤマト―!」
「ありがとな、ツノモン!」
「うん!」
嬉しそうに幼年期のパートナーデジモンは笑う。そして、退化の光に包まれた先で飛び出してきたブイモンは、大輔のもとへと飛び込んだ。幾度も爆風を浴びたせいで、全身ボロボロであるふらふらのブイモンは、
もう立ってもいられないらしく、そのまま大輔に体を預けた。
「大輔、ただいま」
「お帰り、ブイモン」
「あのさ、大輔、おれ」
「ブイモン。おれ、目、そらさなかったぜ。全部、最後まで見てたんだよ。逃げなかったよ、お前らが頑張ってたから、がんばれって応援することしかできなかったけどさ。やっぱ、すげえや」
「だいすけっ……!」
本宮大輔に嫌われるのではないか、という一点においてずっと恐怖があったらしいブイモンは、安どのため息をつくとそのまま、顔をうずめてぎゅーって抱っこを求める。再び静寂が戻ってくる。ほっとした大輔は、ヤマトを見上げた。
ブイモンはしゃがみこんでしまえばほとんど背丈が変わらないパートナーデジモンに縋り付いている。
「大輔、ブイモン、気になることがあるんだ。ベジーモンレストランに戻ろう。もしかしたら、ギロモン達が向かってるかもしれない」
「はい!」
「わかった」
うなづいた大輔とブイモンは、ゆっくりと立ち上がる。
「オレがもっと大きかったら、おんぶできるんだけどな」
「もっとでっかくなればいいじゃん。オレだってグレイモンと比べたらすっげえ小っちゃいんだ。オレももっともっと大きくなるからさ、頑張ろうぜ。大輔、肩かしてよ」
「おう」
そして大輔はヤマトに抱きかかえられながら運ばれているツノモンを見るのだ。
「ワーガルルモンだっけ」
「うん」
「かっこよかった!」
目をキラキラと輝かせる小学校2年生に、いやあ、それほどでも、と照れやな幼年期は顔を赤らめた。
「・・・・・」
ブイモンは無言で大輔のむこうずねを蹴り飛ばす。
「っ!?・・・・・・・・ってえええええっ!?何すんだよ、ブイモン!」
「大輔のばーかっ!」
「なにすねてんだよ、ワーガルルモンかっこよかっただろ。エクスブイモンも真っ青な雷ぶっ放してかっこよかったし」
「も、ってなんだよ、も、ってええ!オレは大輔の一番じゃなきゃやなんだよ!べーだっ!」
舌を出して目をつむるパートナーデジモンに、てめええ、とカチンと来たらしい大輔は顔をひくつかせた。
「いっちばん大事な奴にだって、譲れないものはあるだろ!」
「オレは無いんだよ!何にもないんだよ!大輔のばーか!オレ、太一の真似してる大輔のゴーグルなんて好きじゃないもん」
ぷいとそっぽ向いてしまう。
「な、なんだよ!このゴーグルはジュン姉ちゃんのなんだ!これをばかにするってことはジュン姉ちゃんと、太一先輩のことをばかにしてるってことだぞ!わかってんのかっ!?」
「……え?」
初耳だとばかりにブイモンは見上げた。
「このゴーグルは、ジュン姉ちゃんにプールに連れてってもらえた頃の大事な大事な宝物なんだ。太一先輩の真似して付けてるけど、太一先輩みたいになりたいっていうお守りでもあるけど、すっげえ大事なものなんだよ!ジュン姉ちゃん忘れちまったのか、全然気にしてもくれないけどさ」
「大輔・・・・ごめん」
「いいよ。オレの方こそ、変なこと言ってごめんな」
「うん」
仲直りの握手を交わした大輔とブイモンの一連のやり取りとみていたツノモンは、ヤマトを見上げた。
「ヤマト、タケルに会いたくなった?」
「………」
バツ悪そうに顔をそらしたヤマトは、まあな、と珍しくホームシックになりつつある自分の本心を肯定した。ブイモンは大輔と手を繋ぎながら、ヤマトを見上げたのである。
「なー、ヤマト」
「なんだ?」
「ムゲンマウンテンの麓でさ、太一と喧嘩してた大輔を仲直りさせるときに、背中押してくれただろ?なんであの時、ガブモンの毛皮踏んづけたんだ?引っかかってガブモンこけてたけど」
「え?そうだっけ?」
「大輔は太一と仲直りするので頭がいっぱいだったから覚えてないだろうけどさ、オレは覚えてるよ」
ぱっと顔を輝かせたツノモンは言ったのである。
「聞いてくれよ、ブイモン!大輔!実は・・・・」
もちろんヤマトは口をふさいでしまう。もがもがもがと動いている活発な幼年期が感じるのは、これ以上の権威失墜を免れるためのヤマトの全力の抵抗だった。
「大輔、ブイモン、行くぞ」
「えー、何でとめるんすか、ヤマト先輩!教えてくださいよ!なんで口元がにやけてんすか!」
「大輔、違うと思う」
「え?」
「ヤマト、大輔と一緒で耳が真っ赤だ。照れてるんだよ」
「うるさい!さっさと行くぞ、どうせどっから来たか分からないんだろ?置いてくぞ」
つかつかつか、と先に行ってしまう低学年組の保護者役の大声に、大輔とブイモンはあわてて走ったのである。結局、ツノモンが抱えるうちでも最も恐ろしい脅迫でもって口止めされてしまった当時の謎は、非常に残念ながら大輔とブイモンが知ることはなかった。