デジタルワールドと人間界を支配する。ヴァンデモンが守護デジモンとしては禁忌ともいうべき野望を胸に抱き、吹聴し始めたのはいつだったか。覚えている者たちは少ない。
ファイル島のオーバーデール墓地の先にある闇貴族の館は、すでに封鎖されている。あるのはウィルス種のデジモン達のために用意された初期化された闇貴族の館だ。
デビモンにそのエリアを託し、特殊エリアの拠点をサーバ大陸にある茨の森に城を構えるようになったころから、本格的にヴァンデモンは狂い始めた。
もともと研究者気質のヴァンデモンは、地下に研究室を構えて、毎晩のように研究に没頭することが多かった。初めの頃はより研究所を大きくするために改築し、思う存分研究に没頭するために、わざわざサーバ大陸にまで拠点を移したのだと何の疑問も思わなかったのだ。
なにせ、いつだったか、ダイノ古代きょうの急域で謎の巨大な骨が大量に出土した時なんか、その骨の山を闇貴族の館に運ばせる仕事を命じられて苦労したのである。
そして、その日から毎日のようにヴァンデモンは、その骨の山をパズルのように組み合わせる仕事に没頭し続けた。実はそれがスカルグレイモンの骨だったと判明して、今すぐに研究をやめるようレオモン達が押しかけてきた時は大事件になったのである。
なにせ、最後に石化していたデジコアを復活させて埋め込んだ瞬間の出来事だ。ムゲンマウンテン程の巨大な完全体が復活してしまった時なんか、生きた心地はしなかった。あやうくファイル島全体が消滅しかねないほどの大事件に発展しかけたのである。
もし、ツカイモンとイビルモンが担当して組み立てたスカルグレイモンの骨組みの何か所かが間違っていなければ、間違いなくファイル島は甚大な被害をもたらしていたに違いない。
幸い、その骨組が不安定な個所を集中的にレオモンやオーガモン達が協力して攻撃してくれたおかげで事なきを得て、秘蔵のコレクションは即刻ケンタルモンによってダイノ古代きょうに封印されるに至る。
そんな騒動を起こすことも多々あったが、あのころがきっと一番楽しかった。
ファイル島からサーバ大陸に本拠地を移してから、ヴァンデモンは明らかに配下のデジモン達に対する待遇が急速に変化したのだ。まず、ヴァンデモンの城と呼称されるようになった建物には、拷問部屋が出来た。研究所に立ち入り禁止になった。
そして、サーバ大陸でもファイル島でもない、遥か東にあるというフォルダ大陸やディレクトリ大陸に拠点を構える勢力のデジモン達が城に出入りし始めた。
ウィザーモンは、なんの研究をしているのか必要最低限度の知識しか提示されないまま、その機材や被験者、実験を繰り返すために日夜研究所に閉じこもるようになったヴァンデモンの代わりに、日夜サーバ大陸を駆けまわることになったのである。
今思えば、そのころからヴァンデモンの親交関係は大きく不穏な勢力に傾いていた。サーバ大陸で見たこともないデジモンが頻繁に出入りするようになり、かつては助手をすることもあったが、もうその頃には戦闘要員の扱いとなってしまった。
そして、我が物顔で部外者であるはずのデジモンが側近幹部としてヴァンデモンを囲ってしまい、伝達用の鏡越しでしか謁見できないありさまだったのである。
命じられたことを失敗すると、配下のデジモン達は拷問部屋に閉じ込められた。拷問部屋の向こう側は口にしたくもない惨状が待ち受けている。
拷問器具、実験器具、守護デジモンが所持していると判明すれば、
セキュリティシステムの使者からダークエリアに強制送還されかねないものばかりである。
とりわけその犠牲になったのは、ホーリーリングというウイルス種は決して触れることが出来ない神聖の証を身に着けているがゆえに、甚大な能力を有するプロットモンだった。
プロットモンはワクチン種である。ウイルス種のデジモンは圧倒的不利な相性に置かれている。もし、プロットモンが進化することがあれば生命の危機を感じかねない、そんな危うさをはらんでいる。
それを徹底的に封じるためにヴァンデモンがやってのけたのは、用無しとなった配下のデジモン達を地下施設へ連れて行くという無言の圧力だった。無能と判断されたデジモン達は、すべて地下施設の実験体となり、物言わぬ機械と成り果てた。
人工的にデジモン達を作り出したり、デジモン同士を合体させたり、陰惨を極めている。逃げ出そうとしたデジモン達も知っているが、どれだけ慎重に事を運んでもなぜかばれてしまうのだ。
そういったデジモン達は、どこからともなく現われたコウモリのナイトレイドの犠牲者となる。そして、デジタマすらはじまりの街に転生するプログラムに入る瞬間に、ヴァンデモンはそれを研究施設に並べてあるというカプセルに閉じ込め、実験場送りにしてしまう。
想像することも恐ろしくて、逃げ出すこともできないまま、プロットモンは、守護デジモンだったころのヴァンデモンに戻ってくれる絶望的な可能性を夢見ながら命令を遂行してきた。
テイルモンに進化した時も、ホーリーリングをヴァンデモンに渡してしまった時も、同じような言葉をウィザーモンは聞いているのだ。いっそのこと、すべて忘れてしまえば楽だっただろうに、と不憫でならない。
まともだったころの、狂人になる前のヴァンデモンを知っているがゆえに、かつての面影がちらついて、どうしても切り捨ていることができないのだ。助けてくれ、と必死で手を伸ばすかつての仲間たちの声がぐるぐると反響する。
衣食住を共に過ごしてきた同僚たちが扉の向こうに消えていくのである。彼らの絶叫はもうきっと一生耳から離れないだろう。助けようとしたこともある。初めはなんとか助けようとしたこともあったのだがナイトレイドにかき消された。
ウィザーモンとテイルモンを支配しているのは、背負わなくてもいい罪の重さ。共犯意識である。あとは、ヴァンデモンの城にある地下研究室の扉の向こうに連れて行かれるという恐怖しか残されていない。
気が遠くなるような長きにわたって巨大な暴力の影と死の恐怖を背景に、もともと敬愛していたヴァンデモンを恐怖によって尊敬することを強要されてきたことで、完全に意識が麻痺してしまっているのだ。
降りしきる雨の中、闇貴族の城の門前を訪れたテイルモンとウィザーモンを待っていたのは、幹部の一角だ。ヴァンデモンの手によってデビモンが改造されて誕生した人造堕天使型の完全体デジモンである。
人為的に強化されており、個体の意志まで完全に制御されている人造デジモンは、機械的な電子音を響かせながらテイルモン達を案内すべく歩み始めた。
顔面を覆うマスクは、このデジモンのパワー自体を制御し、意志をコントロールするために付けられているため、テイルモンは、この姿になってからの同僚の声はひとつも聞いたことがなかった。
もう自我もないのかもしれない。主人の命令に忠実に従う雑兵でしかないのだろう。ヴァンデモンの配下の一角を担っているはずのネオデビモンが、わざわざテイルモンたちを迎えに来たのは、テイルモン達がウィルス種ではないからだ。
闇貴族の城はウィルス種でなければ、場所を知覚することすらできない。テイルモン達の目には、どこまでも茨の森が広がっている。見えない壁。見えない異空間の扉。暗転する世界。気付けばいつも城の中にいる。
テイルモンがウィルス種に進化することができれば、孤高を至高とする闇の申し子として、きっと今の苦痛も感じることはなかったのだろう。
ホーローリングという闇貴族の城の根幹をなす膨大な研究施設を動かしている動力源。
ヴァンデモンが見逃すはずがなかったのだが。無言の案内人に促されるまま、テイルモンとウィザーモンは闇貴族の城に足を踏み入れる。ねじれ空間のどこかで、耳を塞ぎたくなるような幻聴がとどろいている。
ギロモンと言う襲撃を受けてあわてて帰ってきたヤマトと大輔たちは、
夕暮れのレストランの扉で待ち受けていた子供達からの話を聞いて顔を見合わせた。
「え?デジタマモンを捜しに行ったベジーモンが帰ってこない?」
「ああ、そうなんだ。デジタマモンはこのレストランのオーナーをしてるのはヤマトもしってるだろ?ベジーモンは86デジドル分働いてくれたから、もう大丈夫だと教えてくれたんだ。もうここを後にしてもいいけど、さすがにちょっと心配だろ?」
「そうだな。ギロモンのこともある。デジタマモンはともかく、ベジーモンは成熟期だ。ギロモンみたいなデジモンがうろついてるとなると心配だな。どうする?」
「でも、ヤマトさん、丈さん。やっぱり外はもう暗くなっちゃってます。空さんもタケル君もまだ帰ってきてないし、これから探しに行くのは危ないんじゃ?」
「ああ、そう言えばまだ空たち帰ってきてないのか。心配だな」
「でもまあ、待つっていうことも時には大事だよ。ブイモンはまだ完全体に進化できるまでになってないみたいだし、他のみんなは幼年期。ゴマモンはまだ紋章を通じて進化したことないしね、飛び出すのもどうかと思う。
みんな忘れてないかい?デジモン達はお腹が減ってちゃなんにもできないんだよ。今日はとりあえずここで空君たちを待つのがいいと思うよ」
丈の意見に賛同するように、狙ったように子供達とデジモン達のお腹が鳴った。そろそろ夕ご飯にしようか、という丈の意見に、みんな即答することになる。ベジーモンが出かける前に用意してくれたらしい野菜や肉が並んでいるキッチンにヤマトたちは向かったのだった。
もし、いつまでもベジーモンたちが帰ってこないと、大輔たちがお留守番をしなけばいけない。オープンの看板をクローズにひっくり返し、大輔たちはそちらに向かった。
ベジーモンの畑で採れた野菜は美味しいって評判なのだとヤマトと丈は、アルバイトをさせられていた時に何百回も聞かされた常套句を口にした。ベジーモンが分けてくれたのはいわゆる弾かれた野菜たちである。
形は悪いけど味は保障するとのことだから、安心して美味しい料理が食べられそうだ。料理に使うには不向きだが、ベジーモンとデジタマモンだけじゃ食べきれないからとおすそ分けしてもらったようだ。
デジタルワールドには不思議な野菜が存在しているようで、挑戦ニンジンとサクラ鳥大根という細長いゴボウのような野菜がたくさん入っていた。水色のプラスチックケースに入っているのは、とれたてかつ新鮮な土付きの野菜たちである。
スーパーや産地直送の段ボール箱に入っている綺麗な色や形をした野菜しか知らない子供達からすれば、
この中に入っているものは全て初めて見る野菜と言っても過言ではない。
なにこれー、と無邪気に笑いながら、ミミは覗き込んでくるタネモンにニンジンを見せるのだ。先っぽの方が二つに分かれていたり、ぐにゃぐにゃに曲がっていたり、まるでごぼうみたいに細長かったりさまざまな形状をしたニンジンが並んでいる。
ニンジンにパセリやセリみたいな葉っぱがあるということ自体初めて見た大輔である。面白い形してるわね、と上機嫌にタネモンはキュートな双葉を揺らした。ごろごろと傾いたケースを右から左に滑り落ちるのはジャガイモである。
これも、拳サイズのものから500円玉くらいのものまで、サイズはバラバラだ。そして、ひときわ目を引くのは、裏側の勝手口にある工房にたくさん吊り下げられていた玉ねぎだ。
ひもでくくられた玉ねぎはずらっと隅から隅までつるされていて、皮はぱさぱさのパリパリになっており、ちょっと触れただけでボロボロ崩れ落ちてしまう。これなら皮むきも楽そうだ。いずれもベジーモンの畑から収穫された野菜たちである。
ベジーモンが仕込のために運んで行ったカートには、山ほどの段ボール箱が山積みされていた。その中から、料理に使えそうにないサイズのものをはじいて、分けてくれたのである。
根菜は丁寧に新聞紙に包まれていたので、ケースの中は茶色に変色したデジ文字の新聞がくしゃくしゃになって広がった。ベジーモンから渡された新聞を上からかぶせたミミは、
何を作ろうかなあと思案顔な丈に振り返った。ヤマトは調理器具をあちこち探し回っている。
「そう言えば丈先輩、ベジーモンって野菜を作るのがとっても上手なんですね!」
いいなあ、いいなあ、ってタネモンと一緒に盛り上がっているミミを傍らに、プラスチックケースとどっさりと入っている漫画肉のザルを抱えた丈は、そうだねーと苦笑いした。教えてもいい物だろうかと勘定したが即刻却下した事実がある。
1か月間このレストランで働いていた丈は知っているのだ。ベジーモンが作った野菜はこれ以上ないくらいおいしいのは事実である。その評判を聞きつけて、わざわざこんな辺鄙なところに店を構えても、わざわざ遠方からやってくるヌメモンとか、ツチダルモンとか、もんざえもんがいるのだ。
その秘密は、ベジーモンの必殺技に尽きる。どうやって作ってるのかなあ、と実家で家庭菜園をしているママを思い描きながら、あれこれ憶測しては盛り上がっているミミとタネモンに、さすがに丈は言えるわけがなかった。
無邪気に大輔とブイモンと一緒に盛り上がっている彼らの夢を壊すのはどうかと思ったのだ。乱舞するストロベリーピンク色のソフトクリームがばらまかれた畑が脳裏を過る。住み込みで働いていたデジモンたちはこれを見たとたんにすぐ逃げ出してしまうらしい。
ある意味トラウマだろう。精神的なブラクラにも程がある。植物型デジモンがたまに野菜を売りに来ることがあるけれども、レストランで使うことはめったにないのは、結局のところそういうことである。
根本的にモノが違うザンす、とがははは笑っていたオーナーを思い出した丈は、正直土付きの野菜はあんまり触りたくないのだった。手袋付きで水洗いできっこないことは分かっているものの、知らなきゃよかったと思うことはたくさんあるのである。何はともあれご愁傷様だ。
包丁を使うのは危ないから、とりあえず下ごしらえくらいは手伝って欲しいと丈に言われた大輔たちは、はーい、と元気いっぱいに返事をしたのである。
みんなで漂流生活を送っていた時には、みんなで力を合わせて役割分担しながらやったものの、基本的に主導権を握るのは、家庭科の授業が始まって2年目を数える上級生組である。
日頃の料理経験のあるヤマトは別格扱いとして、家庭料理限定なら腕に覚えがある太一も、サッカー部の合宿での交代制の料理担当の時には、
いつだって重宝されてきた空。
基本に忠実であるがゆえにアレンジや独自性は出せないけれども、安定した料理をすることが出来る丈、と幸いなことに選ばれし子供達はわりと料理が出来るタイプが多かった。
今回も、ヤマトたちは、僕たちがご飯を作らなくちゃいけないなと思っている。少なくても、一般家庭の味で連想するものはと質問されれば、肉じゃがといった定番和食やカレーやハンバーグと言ったお馴染みの洋食があがると相場が決まっているのである。
キムチチャーハンに生クリームとイチゴをトッピングしたデコレーションケーキ。生ハムとキャベツのサラダ、チョコレートムース添え。イチゴとジャムをトッピングした冷麺、大福を入れたぜんざい、ラベンダー一袋と紫いも入りのホワイトシチュー、ではないはずである。
前衛的かつ独創的すぎる想像することすら脳が拒否する組み合わせを提示してくるような女の子に任せられるわけがなかった。とりあえず、手袋とテンガロンハットを椅子にひっかけ、ヘアゴムでひとくくりにポニーテールを作り、手を洗っている女の子はこれ以上ないくらいにやる気に満ちていた。
手渡されたエプロンに袖を通したミミは、手足が無くて手伝えないと落ち込んでいるタネモンを抱っこした。
「野菜だけじゃないんだぜ、ミミ、大輔」
「え?どういうこと?」
「ゴマモン、どうしたのよ?」
「ベジーモンは、肉を作る天才なんだ!」
ひょっこひょっこと現れたゴマモンは、ほら、とテーブルの上に置いてある肉の塊を指差したのである。マンモス肉、またの名を漫画肉。白い骨が貫通している茶色い肉がどどんとそこに置いてあった。ブイモンはその真っ赤な瞳を大きく見開いていったのである。
「え、うそ、これ、もしかして」
「そう!これが伝説のお肉、極上肉!オイラ初めて見た時、すっげー感動したんだ!ベジーモンのやつ、肉も作るのが上手なんだよ」
「すごーい、極上肉ってこんなにおいしそうな匂いと形と色艶してるんだ!すごい!すごい!食べていいの!?」
「ブイモン、なんでそんなに驚いてんだよ?確かに漫画で出てくるみたいな骨付き肉だけどさ」
「どうしてーっ!?どうしてもこうしてもないよ、大輔!極上肉っていうのはね、とっても珍しい肉なんだよ
とってもおいしいって言われてるんだけど、オレも見るのは初めてなんだ。
普通はね、どれだけ頑張ってお肉の種を植えても、普通肉とか巨大肉しか作れないってオレ聞いたことある」
「は?お肉の種?」
「どうしたんだよ、大輔。変な顔しちゃって。オレ、変なこといったか?お肉は畑でとれるのは常識じゃないか。大輔達の世界では違うの?」
「あー、ブイモン。なんかさ、違うみたいだよ。丈たちの世界では、わざわざ大きなお店に行ったり、肉屋さんに行かないと無いんだって。オイラが初めて言った時、丈は大豆じゃないのかって聞いてきたもん。
豆が肉って変な世界だよな。大輔もミミも明日、ベジーモンの畑行ってみれば?あたり一面極上肉だらけだよ。こうやってさ、骨が地面に突き刺さってるんだ。ベジーモンはキャンディみたいにビニル袋で覆ってるんだ。面白いだろ?」
大輔とミミの頭の中には、辺り一面に広がる耕された盛り土が一定間隔で並び、テーブルの上に乗っている白い骨の周りに、均一に肉がついている塊が一定の間隔で植わっているのが浮かんでくる。
面白そう、タネモン、明日見に行きましょう!とテンション高くミミは笑った。そして、カレー作りの下ごしらえは始まったのである。丈が説明する限り、ビックリするくらい、ごく普通のカレーの作り方である。
ジャガイモとニンジンを丁寧に洗う。玉ねぎの皮をむいて、薄皮もしっかり向いて、水洗い。ジャガイモの皮をピーラーでむいて、ジャガイモの芽もピーラーに付随している刃で取り除く。
そして、一口サイズの大きさにカットしたジャガイモは、変色するといけないからボウルの中に水を入れて、投入。ニンジンはへたの部分を包丁でカットし、二分の一の大きさにしてからピーラーで皮をむく。
一口サイズの大きさにカットしてから、皿に置いておく。玉ねぎも薄くスライスしてから、皿に置いておく。油を引いた鍋を熱して、一口サイズにスライスした極上肉をカットして、よーく炒める。
玉ねぎをしんなりするくらいまで炒め、ニンジン、ジャガイモの順で投入。水を加えて、しばらく煮込む。灰汁を取りつつ様子見。一旦火を止めてルウを溶かし、煮込んだら出来上がり。
ほかほかに炊き上がったご飯に乗せられたものを見ると食欲も倍増である。大輔とブイモン達はテーブルクロスを引いて、人数分のカレー皿とスプーンを並べた。大輔とブイモンは並んで座った。すぐ横ではミミが座る。タネモンはミミに食べさせてもらう気満々だ。
ヤマトと丈たちは何やら鍋を覗き込んで、あれやこれやと相談している。それでも、おなかと背中がくっつきそうなほど腹ペコだった大輔は、特に気にすることなくミミ達と先にご飯を食べることにしたのである。
「こっちのカレーは私と丈先輩で頑張って作ったの。サラダはヤマト先輩が作ってくれたわ。おかわりもあるから、たくさん食べてね、大輔君、ブイモン」
見た目はごく普通のカレーライスである。においもお馴染みのにおいである。いただきまーす、と合掌した大輔は、ニコニコ笑いながら見てくるミミに感想を言うべくスプーンを取った。
「大輔、これが大輔の言ってたサマーキャンプで食べ損ねたっていうカレーなのか?」
「おう!ラーメンの次くらいに好きだなー、オレ」
「おおお!じゃあ2番目に好きなんだ?よーし、じゃあ、オレもいっぱいたべるー!」
食べ始めた大輔がまず思ったのは、ちょっと甘いなあ、だった。1998年から1999年の1年間ほど、ジュンお姉ちゃんとお母さんが大好きなアイドルがCMをしていた関係で、本宮家では一時期、カレーとはちみつでおなじみのパッケージが甘口、中辛、辛口そろっていたことがある。
なんでも、パッケージについているシールだかマークだかを集めると、
コンサートやイベントのチケット、もしくは限定ファングッズが当たるとか。
おかげで本宮家の戸棚は、別ブランドのカレーも混じっているのだが、販売元が同じ、キャンペーン対象商品に限定されたのは言うまでもない。おかげで大輔は小学校2年生でその銘柄のカレーばっかり食べさせられてきた経緯がある。
見慣れたカレーと色合いが違うと、やっぱり違和感を覚える物である。
見た目は結構色合いが濃いから、食べ慣れているレトルトカレーよりも辛いのかなあ、ミミさんたち年上だから大人だから、辛口とか平気で食べちゃいそうだ。
と不安になって、一応保険とばかりに氷の入った水を用意していたのだが、想像以上に甘かった。大輔だけ甘口扱いされるのが嫌で、中辛になにかしらないけど、調節してもらったのを食べている大輔。
そのままの甘口ルーを使用した場合、どれだけ甘ったるいスイーツカレーになるのか知らない。ただ、サッカー部の合宿でおなじみの日本で最初に発売されたレトルトカレーに、林檎をたくさん入れて煮込んだような味がするのは確かだった。あるいは、はちみつとリンゴでおなじみの甘口の中に、ソースや醤油を入れたような味がする。
一口、二口食べたのだが、やっぱり甘い。カレーっぽい色をしているのに、なんか甘い。これ、カレー?カレー風味のなにか、と言われた方が納得できるような微妙な違和感がもたげてくる。大輔はさっきから、ジャガイモらしきものを食べてみたのだが、なんかおかしいのだ。
口の中に広がるのは、しゃりしゃりという独特の触感とふんわりと広がる甘味。なんだこれ。ちょっとびっくりしてスプーンを見たら、皮が見えた。ジャガイモかと思ったらリンゴだったという微妙なトラップが地味にダメージを与えたのである。
「なあ、ブイモン甘くないか?」
「おふぇはほへふらいへいいほ」
「食べてから返事しろよ」
ん、と頷いたブイモンは、コップに口を付ける。
「オレはこれくらいがちょうどいいよ、大輔」
「えー、ほんとかよ。どんだけ甘いの好きなんだよ、お前」
「だって、めったに食べられないじゃないかあ」
「仕方ないだろ、みんなのご飯なくなっちまうんだから」
「ちぇー。早く大輔の世界に行きたいな。腹いっぱい、チョコ食わせてくれるんだろ?楽しみだなー、オレ。こーんなにいっぱいのチョコが食べたい!」
無邪気に笑うブイモンは、よほどお気に召したのか、スプーンに乗せる一口分がすさまじく多い。ぱくぱくぱく、と食べ進んでいくブイモンのカレー皿は、もう白い部分が見え始めていた。おなかこわすなよーと大輔はつぶやいた。たぶんブイモンには聞こえてない。
「大輔君、どうしたの?」
「ジャガイモが」
「あ、ごめんね!ジャガイモより、大輔君のリュックの中に会ったリンゴ入れたから、そっちの方が多いの。でも、カレーって甘いほうが私好きだから、バナナとか、林檎とか、マンゴーとか、大輔君と空さんが持ってきてくれたのいろいろ入れたんだ。おいしいでしょ?」
「………なんすかそのフルーツカレー」
「だってママが言ってたんだもの。隠し味は多いほうがおいしいでしょ?」
「おいしいわ、ミミ。私、これくらい甘いほうが好きなの」
「ありがと、タネモン。ねえ、大輔君、もしあまかったら、これかけてね」
「あ、はい。ありが……」
手渡されたのは一味と七味とタバスコである。違う。なんか違う。
「オレ、醤油が欲しいんすけど、ないっすか?」
「醤油だったら、さっきヤマトさんと丈先輩がもってっちゃった。なんか二人とも、すっごーく辛いのが食べたいんだって。おっとなー、ってかんじ?すごいよね」
「ミミー、オレおかわり!」
「もう食い終わったのかよ、はえーなあ!そうだ、ブイモン。醤油取ってくるついでによそってやるよ」
「わかった!」
ぺたん、と降りたブイモンは、にっこりと笑って大輔に続いたのである。
「あ、いっけない。忘れてた」
「どうしたの?」
「これこれ、やっぱりカレーにはトッピング!」
「なになに?おいしくなるの?なら私も私も!」
「いいわよー、はい!」
すぐそばに置いてある冷蔵庫から取り出されたカップをミミは躊躇することなくひっくり返して、カレーライスの中に投入したのである。カラメルソースが衝撃で揺れてとろりと溶け出していく。黄色い体がぷるぷると揺れていた。
「こうやってー、ライスの上に、カレーを乗せて、アクセントにこうやってすくって食べるの。ほんとは、プリンの上に生クリームとさくらんぼがあったら言うこと無いんだけど、ないのよねー、ざーんねん。はい、あーん」
「おいしいわ、ミミ。ミミは料理の天才ね!」
「ありがと、タネモン。これはね、お母さんに教えてもらったの。すっごく料理が上手なの!大輔君が醤油もって来たら、ちょっとここにかけてみて。この上にかけるとまた味が変わるの。シーフードカレー、なんちゃって」
「え、うそ、大輔はやく醤油もってきて―!」
タネモンはキッチンに消えた大輔に叫んだのである。もしかしてミミさんて味音痴?ちょっとだけそう思った大輔だった。ちなみに、ヤマトと丈は超甘いカレーなんて平気で食べられるほどのお子様になった覚えはないので、一から全部作り直していたりした。
さすがに中辛に隠し味になっていない文量の隠し味をはたから見ていた丈は、胸焼けするらしい。ヤマトはというと、いつもはタケルや父親に気を使って味を調節しているものの、本当は激辛が大好きらしく、調理中の煙すら涙がにじむカレーはマグマが如く煮えくり返っている。
つまみ食いしようとしたブイモンは大やけどすることになるのだが、それはまた別の話である。夜の帳が下りていく。結局、タケルを迎えに行った空も、デジタマモンを捜しに行ったベジーモンも帰ってこなかった。
「ヤマト、ねんのために見回りの回数を増やした方がいいかもしれないね」
「ああ、そうだな。大輔、ミミちゃん。すぐに体勢を整えられるようにデジヴァイスと紋章、それに荷物は肌身離さず持っといてくれ」
ヤマトたちの言葉に、大輔たちは不安な表情を浮かべたまま、こくりとうなづいた。