(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第119話

「なあ、丈。丈は将来何になりたい?」

 

 

青天の霹靂、とも言うべき言葉である。明日から行くという陸上部の合宿の準備をしている2番目の兄の言葉に、え?と間抜けな返答を返してしまったのは致し方ないといえた。

 

丈の両親は病院の医師である。そして、そんな両親の期待を一身に背負って、二人いる兄はどちらも将来医者を志し、大学進学の進路を明確に描いて、日々勉強をしていることを、丈は誰よりも見てきたし、知っている。

 

だからこそ、ぼくも、という意思もあり、今こうして丈は来年の中学受験に向けた勉強をしているわけだから、将来何になりたいか、という小学校の総合の時間に行われる自己実現の啓発を目的とした授業のときには、「医者になる」という言葉をいつもいつも描いてきた。

 

それ以外は考えたことすらないというのが現実である。丈には二人の兄がいる。長男のシンは、現在国立大学の医学部に通っており、インターンシップを来年に控えている学年である。大学生というのは長期休暇がとても長いらしく、その代りに前期と後期に授業が分かれているため、

7月最後の一週間はテストの修羅場を迎えている。

 

8月になればテストも終わって花の夏休みに突入するため、半年ぶりの再会となるのだが、丈は8月の3日まではサマーキャンプ、次男のシュウは陸上部の合宿のためあいにくのすれ違いだ。

 

おそらく夏休みになったら、シン兄さんは10月までずっと家でだらだら過ごしながら、アルバイトや研修という名の家の病院の下っ端生活をするに違いない。もともと3人部屋とはいうものの、一人暮らしをしているシン兄さんの生活の拠点は大学付近のマンションだ。

 

もうほとんど丈とシュウの二人部屋と化している中、さすがに成人している一番上のお兄さんが帰ってくるのだ。ほとんど物置と化している勉強机、押入れを改造した狭苦しいベッドを空けておかないと怒られてしまう。

 

そのため、来年大学受験を控えた高校生のシンは、高校生活最後となる3年間打ち込んできた陸上部のものをいろいろと整理し、来年同じく中学受験を控えている丈は、段ボール箱いっぱいになった私物を勉強机のすぐ下に滑り込ませた。

 

お前も部活やってればこれお下がりに使えるのにな、と冗談交じりにスポーツタオルや魔法瓶の水筒を掲げていたシュウだったが、スパイクやアップシューズは大学先でも使うことは確約積みである。

 

おそらく丈の塾と学校の補修、自主学習のサイクルよりもはるかに多忙な予備校と学校とのダブルスクール状態の息抜きに過ぎない。今回もその類なのだろう、と考えた丈はいつものように、いきなりどうしたんだよ、シュウ兄さん、と笑って見せた。

 

どうせまたシン兄さんを迎え入れるための生活スペースを確保するために、あれ持ってきて、とか、これ持ってきて、とかいろいろと押しつけられるための方便に違いない。

 

しかし、勉強机からロール付きの椅子を引っ張ってきて、どっかりと腰を下ろしたシュウの表情はどこか真剣なまなざしである。真面目な話なのかな?と首をかしげる丈に対して、シュウは受験先の第一志望としている大学のパンフレットをパラ読みしながらため息をついた。

 

 

「僕は医者になるよ?」

 

 

今も昔も変わらない幼いころからの夢である。両親や兄弟のような大人になりたい、という将来に続く進路など他に選択肢を考えたこともない。だよなあ、とぽつりとつぶやいたシュウの煮え切らない態度に、丈はどうしたんだろうと心配になる。

 

 

「それってさ、父さんやシン兄さんが医者だから、だろ?よくないぞ、そういうの」

 

「え?どうしてだよ?シュウ兄さんもシン兄さんと同じように国立の医学部に入るんだろ?どうして僕は駄目で兄さんはいいのさ」

 

「将来のことを考えるときには、漠然とした憧れだけじゃだめなんだよ。自分のやりたいことは何なのかとか、そういうのを真剣に考えなくちゃいけないんだから。

 

オレはもう大学受験が迫ってるから、いまさら進路変更なんてしたら、父さんから怒られるけどさ、

丈はまだ時間も余裕もあるだろ?だからじっくり考えてほしいんだよ」

 

「それはそうだけどさ……。それってまるでシュウ兄さんが迷ってるみたいに聞こえるよ?どうしたんだよ、シュウ兄さん。この間帰ってきた模試の結果、合格射程圏内に入ったって大喜びで報告してたじゃない。なにかあったの?」

 

 

A判定だか、B判定の上位層だか、よくわからないものの、このまま継続して勉強を続ければ、間違いなく第一志望の国立大学の医学部に入学することができると大喜びした母親が、久々にシュウの好物ばかりが並んだ夕食を作って、その恩恵にあずかれたのは記憶に新しい。

 

毎日のように近くの図書館や勉強部屋にこもっていることを知っている丈は、自分のことのように喜んだから、よく覚えている。だからこそ、ぼくも両親や兄弟を喜ばせて、安心させてあげるためにも、がんばって勉強しなきゃ、と勉強机に向かう意欲もわいてきたというのに、いったい何があったのだろう?

 

そりゃ、そうだけどさ、とシュウはため息をついた。

 

 

「誰にも言わないって約束してくれるか?」

 

「うん、わかったよ」

 

「まだ誰にも言ったことないんだけどさ、実はオレ、ホントは映画監督になりたいんだ」

 

「え?……映画監督って、あの映画を作る?」

 

「そうだよ」

 

「それって、大学の部活とかサークルじゃ駄目なの?映画監督って全然違うじゃないか」

 

「まあな」

 

「そういえば、シュウ兄さん、映画好きだもんね。文化祭でも映画作りたくて実行委員会と生徒会に入ってたんだっけ?」

 

「ああ。受験をしてるとさ、いろいろと考えちゃうんだよな。最初は好きなことを職業にするって大変なことだし、趣味でやるだけならいくらでもいいかなって思ったんだ。でもやっぱりあきらめきれないんだよな。もし、大学に受かったら、学部を変えるのもありかなって思ってる」

 

「学部を変える?そんなことできるのかい?」

 

「うん、調べて問い合わせてみたから間違いないんだ。OBの先輩にも聞いてみた。同じ大学の中だったら、条件を満たせば医学部から人文学部に所属を変更できるみたいなんだ」

 

「………でもさ、そんなことしたらお父さんたち怒るんじゃない?」

 

「ああ、最悪の場合、仕送りを打ち切られたり、勘当されたりするかもしれない。その時にはアルバイトなり援助金なり受けながらがんばるよ。お父さんたちを説得したり、いろいろと説明したりするのが先だけどな。

 

とりあえず、第一志望の大学に受かってからその先は考えるつもりさ。

医学部は理数系、人文学部は文系、ま逆だけどあきらめるつもりは毛頭ないね」

 

「シュウ兄さんがそんなこと考えてたなんて、全然知らなかったよ」

 

「そりゃそうだろ、誰にも言ったことがないんだから。家族にだって、友達にだって、絶対に言えないことの一つや二つくらいあるのが当たり前だろ。

 

むしろ馬鹿正直に話しちゃう奴なんて、よっぽどウマが合う奴じゃない限り、信用なんか出来ねえよ。丈だってあるだろ?オレたちに言えないこと。お互い様だよ」

 

「うーん、ぼくは特にないけど」

 

「まあ丈はまだ小学生だもんな。大きくなったらわかることもあるってことだよ。まあ、秘密にしてるってのもしんどいけどな。だからこうやって丈のこと信頼して、将来の夢についてオレは喋ってるわけだけど。気が楽になったよ、ありがとな」

 

「うん。そうだ、シュウ兄さん、ぼくも何か打ち明けたくなったら、話してもいい?」

 

「もちろん。ギブアンドテイクってやつだな」

 

 

にこりと笑ったシュウに、丈もつられて笑った。

 

 

「だからさ、せっかく丈は丈の人生を生きてるわけだから、父さんやシン兄さん、それにオレだって丈の代わりにはなれないんだよ。だから、医者の息子だからとか、父さんたちが医者になってほしいって言ってるからだとか、もちろんみんなのことを考えるのも大事だけど、最終的に決めるのは丈だろ?

 

将来のことを決めるのに、真剣に自分のことを考えないで、漠然としてるとすっごくきついぜ?とりあえず、そんだけ。丈にはオレみたいに土壇場になってまでウジウジしてほしくないだけなんだ」

 

 

じゃあ、そろそろ片づけ再開するか、と腕まくりしたシュウに、丈はうなずいたものの、その時何を考えたのか、丈はよく覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベジーモンのレストランに駆け込んだ丈は、一目散にキッチンに向かって走りぬけた。ぱちん、と電気をつけた丈は、腕の中で虫の息のバドモンをそっとゴマモンに預ける。ゴマモンは丈に言われたとおり、キッチンにあるテーブルに向った。

 

丈は、あわただしくキッチンの奥のほうに入っていく。そして、自分たちの荷物が固まっているリュックサックの中からサマーキャンプ用のかばんを取り出し、帰ってくる。

 

あいにくサマーキャンプ用のサバイバルセットの中は必要最低限度の救急セットしか入っておらず、この1ヶ月間けがをした覚えがない丈はレストランのどこに救急箱があるかわからない。

 

このデジタルワールドに来てから、救急箱は空が所持しているウエストポーチに集約されていたため、タケルを迎えに行った空が今ここにいない以上、あまり応急処置に使えそうなものは持っていなかった。

 

ここはサマーキャンプに来た時に教わった応急処置の知識を総動員して、レストランにおいてありそうなもので代用するしかなさそうである。ゴマモンからバドモンというらしい緑色の虫食い葉っぱがトレードマークの、ピンク色のとげとげが目立つ緑色の丸っこい体を抱き上げて、そっと寝かせてやった。

 

エンジェモンのような人間型でもなければ、ゴマモンたちのように動物型でもない、植物型のデジタルモンスターである。もう見よう見まねにやってみるしかなさそうだ。

 

 

「なあ、丈、大丈夫?大丈夫か、バドモンの奴?死んじゃったりしないよな?」

 

「大丈夫だよ、縁起でもないこと言わないでくれ!」

 

「ご、ごめん!でもさあ……オイラたちデジタルモンスターは、成長期以下の状態で死んじゃうと転生できるだけのデータが残せないから、デジタマに戻れないんだ!バドモンは幼年期2のデジモンだからこのまま死んじゃったら、こいつ、消えちゃうよ!」

 

「えええええっ!?そうなのかいっ?!そりゃ大変だ!早くなんとかしなくちゃ!」

 

 

ペットボトルから水道水を汲んできた丈は、必死で追撃してきたナイフから逃げ回ったせいで、全身泥だらけなバドモンをしっかりと洗ってやる。拭ってやる。デジタルモンスターにもどうやら毛細血管、動脈、静脈はあるらしい。

 

あの追尾してきた謎のナイフは、まるで必死で逃げ回るバドモンを追い回すこと、悲鳴をあげて、恐怖におののく姿を面白がるかのように、ことごとく急所を外し、あえて静脈や毛細血管が通っている所ばかりを狙っていたようだ。

 

傷の数は目をそむけたくなるほど多いものの、大量出血の危険性をはらむほどのものはない。動脈が避けられている証拠だ。傷口から鮮やかな真っ赤な血が勢いよく吹き出しでもしていたら、さすがに医者志望であっても小学生に過ぎない丈はきっと狼狽のあまりパニック状態になっていただろう。

 

ひりひりと痛むのかよわよわしい悲鳴を上げるバドモンである。擦り傷、かすり傷、切り傷が手や足にできたら、まずすべき事は傷を洗う事である。洗うには水道水でいい。この世界の水道水に消毒用の塩素やカルキの類が入っているかどうかは不明だが、井戸から汲んできた水を使うにはちょっと時間が足りないのだ。

 

ここのところ水不足で営業以外はなるべく節水を心がけているとはいえ、緊急事態である。今回は特例処置ということにしてもらおう。おもに洗う目的は傷口に、砂やゴミなどの異物を除去するためである。これらの異物があると免疫系の細胞が反応して傷が治る時の邪魔なのだ。

 

デジモンがどこまで人間と同じ自己治癒能力を持っているのかは不明だが、何もしないよりはずっとずっとましなはずである。どの道大量出血なんていう冗談にもならない最悪の事態を避けるためには、この土や砂が治療の邪魔になるのは明白だ。

 

いろいろとごちゃごちゃ考えてしまうと、傷口の血液や浸出液が土や砂といっしょに固まりとれにくくなってしまう。ちょっとがまんしてくれよ、としっかり泥やほこりを洗い流してやった丈は、慎重に大量のタオルで拭ってやる。

 

少量の血がジワジワとにじみ出てくるときは、毛細血管からの出血だ。

しばらくタオルで拭ってやれば、自己治癒能力の範疇で自然と血は止まってくれるだろう。それでもバドモンの葉っぱの傷口からは、やや黒ずんだ感じの赤い血がじわじわ流れ出てくる。

 

ええと、心臓より上のほうにもちあげてあげるといいんだっけ?とつぶやいた丈は、バドモンに葉っぱを持ち上げるよう頼んでみた。うなづいたバドモンのしぐさに合わせて、葉っぱが体から持ち上がるように丸めたタオルを積んでやる。心臓≒デジコアのはずだ。

 

これでよし、と丈はあわてて新しいタオルをリュックから引っ張り出すと、そこをすっぽりと覆ってしまう。そして、傷口を手で強く押さえ始めた。血がにじみ出てきたら、もう一枚重ねて傷口を押さえる。これを何度も繰り返す。

 

どんどん汚れてしまったタオルが山積みになっていくが、少しずつおさまってきたのか汚れの範囲は狭まっていく。テキパキとこなしていく頼もしいパートナーの姿に、丈、すげー、とゴマモンはハラハラしながら隣で見守りつつ、つぶやいた。

 

もちろんバドモンの止血に懸命な丈の耳には届くはずもない。丈がみてきた限り、デジタルワールドにおいて、病院らしき施設があったのはファイル島の始まりの街だけである。

あの施設とレオモン、エレキモンがいなければ、ブイモンとパタモンは間違いなく死んでいたのだから九死に一生とはこのことだ。

 

医療に精通しているレオモンやケンタルモンたちは、周りのデジモン達に頼まれて治療をすることもあるようだが、200年の時代の空白ののち、かつてファイル島の一番の繁華街だったらしい始まりの街すら、守護デジモンたちはばらばらになり、自分たちの守護エリアを守ることに精いっぱいで。

 

こうした通り魔的な被害にあったデジモン達を迎え入れてくれる場所はもうないのだろう。それを思うと、救うことができるはずの命が死んでいく不条理がすぐ横に転がっているような世界なのだ、と改めてデジタルワールドの異世界性を現実世界と比較して丈は考え込んでしまうのだ。

 

しばらくして、ようやく血がとまった。さすがに血がとまらなかったら、脈の血流を止めたり、専門知識が必要になったりする作業が待っている。

 

間違ったやり方をしてしまうと壊死するから一般人はしてはいけない、といわれていたので、恐ろしくてそんなことできるわけなかったので、丈はそっと胸をなでおろした。やはり病院がない世界はこんなにも恐ろしいのだ。何もできずに腕の中で死んでいくなんていやすぎる。

 

まじめにレクレーションの話を聞いててよかった、と丈はサマーキャンプの自治会の大人たちに感謝した。

ゴマモンに頼んで、小さなハンカチを出してもらった丈は、それをそっと当てた。包帯なんて持っているわけもなく、大きめのハンカチなんてあるわけがなかった。

 

 

「ずっと抑えてるのか?丈。バドモンってそのけがしてる葉っぱが手の代わりだから、抑えられないんだよなあ」

 

「うーん、包帯なんてないもんなあ。……そうだ、ゴマモン、ちょっとラップ持ってきてくれるかい?」

 

「へ?ラップ?」

 

「うん、包帯なんてないし、薄手のタオルも汚れちゃって使えないし、

仕方ないからラップで固定するんだ。応急処置だもん、ベジーモンたちが帰ってきたら、救急箱がどこにあるのか教えてもらおう。とりあえず一度血を止めたら、よっぽど無茶して動き回らなければ大丈夫だよ」

 

「なるほど!ラップだったら丈夫だし、包帯の代わりに使えるもんな!よーし、待ってて!」

 

 

水にさらされた傷に呻いていたバドモンだったが、ようやく痛みが我慢できるまでに引いてきたらしい。どんどん滲んできていた傷は、もうすっかり止まっていて、うっすらとけがを治すための粘着質の液体が傷を覆い始めている。

 

消毒液や痛み止め入りの湿布があればいいのだが、さすがに救急セットがない以上、これ以上できることはない。椅子から飛び降りようとしたゴマモンは、精神が安定してきたのか、ぱっちりと目をあけているバドモンと目があった。

 

ずっとナイフに追い回されていた際、助けを求めていたのだろう。そのせいですっかりのどがかれてしまっているため、言葉を話すのは少し先になりそうだ。

 

 

「大丈夫だって、オイラが持ってきてやるから、待ってな!」

 

 

励ますようににっこりと笑うゴマモンに、ふるふると首を振ったバドモンは、キッチンの奥にある戸棚のあたりに視線を向けた。そして、丸まったタオルに挙げている葉っぱをちょっとだけ動かして、ちょいちょい、と真ん中あたりの棚を指差した。つられるように顔をあげた丈とゴマモンは顔を見合わせる。

 

 

「………えーっと、もしかして、包帯の場所知ってるのかい?」

 

 

こくり、とうなづくバドモンに、丈とゴマモンは顔を見合わせた。二人ともベジーモンのレストランで2カ月近く働かされていたのである。常連のデジモン達の中には、親子と思しき進化前と進化後のデジモン達を見かけたことはあるものの、バドモンは今まで訪れたことは一度もなかったはずである。

 

植物型のデジモンといえばベジーモンを思い浮かべるものの、ベジーモンにバドモンなんてデジモンの話は一度たりとも聞いたことがないのである。もしかしてあてずっぽうに言ってるだけなのかしらん?と思いつつ、丈は一応バドモンが指差した先にある戸棚を探してみると、すぐに目につくあたりにミミズののたうち回ったような文字が表記された箱が出てきた。

 

ゴマモン、これ、と取り出して見せた丈に、救急箱だ!とびっくりした様子でゴマモンが声を上げる。なんで知ってるんだよ、と至極まっとうな疑問符を浮かべたゴマモンに、声を出そうとするバドモンだが、すっかり枯れてしまっている声はとっても聞き取りずらい。

 

え?なになに、聞こえないよ、とよいしょっとばかりにテーブルにのし上がったゴマモンは、内緒話でもするかのようにバドモンのところに耳を寄せた。

 

 

「バドモンなんて?」

 

 

救急セットの中から包帯とはさみ、そしてテープを取り出した丈に、ゴマモンはなんて言っていいのかわからないとでも形容しそうな、なんとも微妙な顔をした。

 

 

「どうしたんだい?」

 

「聞いてくれよ、丈。バドモンの奴、自分の家なんだから知ってるのは当たり前だっていうんだ」

 

「え?ここはデジタマモンとベジーモンのレストランじゃないか」

 

「それがさ、そのベジーモンがバドモンだって言うんだ」

 

「………え?バドモンってベジーモンに進化するのかい?」

 

「オイラベジーモンじゃないから、さすがにそこまではわかんないよ」

 

「うーん、ベジーモンって確か成熟期だよね?バドモンは幼年期じゃないか。ゴマモンたちがちょっと特別なだけで、たしかデジモンは普通進化したら、もう退化しないのが普通なんじゃないのかい?

 

デジタマモンを探しに行ったのは夕方ごろだろ?確かにベジーモンはまだ帰ってきてないけど、本人ならどうしてベジーモンからバドモンに退化してるんだよ?」

 

 

ベジーモンを自称するバドモンは、ぼそぼそぼそとゴマモンに事情を説明する。

 

 

「初めてあったデジモンにやられたんだって」

 

「デジモンを退化させる奴に襲われたのかい?」

 

「なー、バドモン、もしかして、そいつってオレンジ色の猿のぱっつんぱつんの全身タイツ着てなかった?

ついでにサングラスとマイク持ってさ、後は腰にもんざえモンのキーホルダーつけてなかった?」

 

 

ふるふる、とバドモンは首を振る。真っ先に頭をよぎった可能性が否定され、一人と一匹は胸をなでおろす。そして、バドモンが苦笑いしているので、わけを聞いた丈たちは、あ、と声を上げた。

 

まだエテモンがまともだったころ、エテモン軍団の元配下だったデジモンたちは、このレストランの常連だったということを思い出したのである。つまり、初めからエテモン≒ベジーモンをバドモンに退化させたとんでもないデジモンではない、ということだ。

 

 

「よく無事だったなー、バドモン。そっか、だから帰りが遅かったんだな。オイラがバドモンに気づかなかったら、あの追尾機能付きのナイフにやられてたかもしれないモンな、よかったよかった。

 

でもさ、丈、それって結構やばくない?またエテモンみたいな奴がいたら大変だよ。ヤマトたちに知らせたほうがよくないか?」

 

「そうだね、これは大変なことになったなあ。

 

「エテモンは多分暗黒の力であの進化を無理やりリセットする技を得たんだと思うけど、ベジーモンが僕たちを匿ってくれてることは、まだばれてないはずだ。だから、多分、普通のデジモンがそういうことをしてるんだと思うんだ。結構厄介だね」

 

「じゃあ、せめてヤマトたちだけでも起こしてくる?」

 

「そうだな、そろそろ見張りの時間だろうし、ツノモンたちも起こさなきゃ。とりあえず、この大量のタオル、洗わなきゃね。洗濯機のところにも行こうよ。じゃあ、バドモン、ちょっと待ってるんだよ。安静にしててね。すぐ戻ってくるからさ」

 

 

ありがとうざんす、と口ぱくながらのお礼の言葉をもらった丈はにっこりと笑って、ゴマモンとともにキッチンを後にした。

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