「なーにやってんだよっ、大輔!」
ばしっと後ろから両肩に手を置かれる。うぎゃっと変な声を上げてしまった大輔につられて、ブイモンも縮み上がってしまう。慌てて振り返った一匹と一人の前に、いたずら成功とばかりにニヤニヤしている太一の姿があった。駄目だろ、勝手に抜け出しちゃと呆れた様子で肩をすくめられ、軽く頭を叩かれた。痛い痛いごめんなさいと力任せに肩を揉まれ、別に肩なんて凝っていない大輔は悲鳴を上げた。
ブイモンたちはさっきの話が聞かれたのではないかとハラハラしたのだが、どうやら太一が大輔たちのことに気付いたのはついさっきのようで、どうした?って太一は首をかしげた。ほら、こいよ、とずるずる大輔が強制連行されてしまう。ブイモンは慌てて、焚き火を見守っているアグモンのところへ駆け寄った。
こうこうと炎が揺らめいている。常にゆらゆらと火影を揺らしながら、面白い動きをしているのを見るのは結構おもしろいと大輔は知る。温かい光と熱が肌寒い夜を凌がせてくれている。なんとなく夢で寒かったことを思い出した大輔は、夜が寒いからあんな夢見たんだなと、勝手に自己完結していた。
獣は火を怖がるらしい。だから、火を絶やさずにいることが、見張り番の大切な仕事の一つなのだと得意げに語る太一に感心の眼差しが4つ。ふふん、すげえだろ、と胸をはる太一に、さっきまで眠いとかいってたくせにー、とマイペースなアグモンがちゃちゃを入れた。
え、そうなんすか?と残念そうにアグモンと太一を見比べる後輩の眼差しに、う、と太一はつまって、あははとから笑いした。お前余計なこと言うなよ、とアグモンを睨みつける太一。アグモンはどこ吹く風で、顔洗ってくるんじゃなかったの?と返した。
黙らせようと立ち上がった太一とアグモンのおっかけっこが始まってしまう。いや、もう聞こえてますから、太一さん。大輔はぽんぽんとブイモンが肩を叩いてくるのをみて、小さくため息を付いた。
この世界にきてから、どうも自分の中の「尊敬するサッカー部の先輩としての太一」が、がらがらと音を立てて崩れ始めている気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。空回りしている印象があることに大輔は気づきつつあった。出来れば知りたくなかった一面である。しばらく、お互いに話す言葉もなく、4つの沈黙が続く。しばらくして、大輔がぽつりとつぶやいた
「なんか、驚きました」
「んー?なにが?」
「太一さんでも、喧嘩するんだなーって」
「あはは、そりゃ俺だって怒ったり泣いたりするって。当たり前だろ、何いってんだよ大輔」
「そりゃ、そーですけど、その………ヤマトさんとのあれとか」
「あー……あれはなー」
かっこわりいとこ見せちまったなあ、と太一はばつ悪そうに頭をかいた。結局、やめてよお兄ちゃんというタケルの今にも泣きそうな叫び声と、丈の仲裁により事なきを得たものの、一歩間違えたらヤマトと太一どちらかが喧嘩別れして、メンバーの中から戦線離脱しそうな緊迫感があった。一発触発の恐ろしい喧嘩だったと大輔は回想する。
あれだけお互いに本気を出して大喧嘩しているのを生まれて始めてみた大輔である。自分とタケルよりずっとずっと大きい二人が、大声で喧嘩をしていた。とても恐ろしいものを見てしまった。正直二人を見るのが怖くなって、大輔はずっとうつむいているしかなかった。
大輔の心中を察したのか空に連れられて一足早く電車に乗り込んで、大丈夫よ、と優しく背中をなでられて、頷いて、ブイモンに手を握ってもらいながら、ハラハラしながらそのまま眠ってしまったのだ。もう夢のことなど覚えていないが、悪夢を見るのは無理も無いかもしれないと改めて大輔は思った。
大輔にとって、太一は「お兄ちゃん」であってほしい人なのである。姉であるジュンのように大声を上げて喧嘩をする姿など、想像したこともなかったし、想像したくもなかった、ある意味最悪とも言える光景を見てしまったわけだから、大輔が自分が考えている以上のダメージを受けるのは無理も無い。
勝手に創り上げた心の拠り所が、自分とは望む一面とは違った一面を見せてしまったことで、久方ぶりに大きく大輔の中で揺らいでいるものがあるが、まだ大輔は気づいていない。太一は、少しだけ、沈黙したあとでぎこちない口調で呟いた。
「あれ、大輔も悪いんだぞ」
「え?オレですか?」
ずいぶんと子どもじみた理由だった。
「なんか、俺、のけ者みてえじゃん。なんか、ヤマトにいくら聞いても教えてくれねえし、お前ごまかすし」
覚えのある言葉である。ヤマトお兄ちゃんがいるくせに、太一にやたらとかまってもらっているタケルの姿が目について、ずるいずるいと駄々をこねて、なかば八つ当たり気味に喧嘩になったことを思い出す。
欲張りだとタケルに言われてカチンときたが、実際その通りだと大輔は思った。自分のことは自分でする、という自主性と自律性を遺憾なく発揮すればするほど、母親、父親、近所の人達、コーチ、にえらいえらいと褒められて嬉しくてどんどん一人
で頑張って、出来ることは自分で全部することが当たり前になっていた。
クラスメイトからも友達からも、サッカー部の先輩からも後輩からも、大輔なら一人でできるから安心だと、任せられると、頼りにしてると、言葉をかけてもらえるたびに認めてもらえるようで嬉しかった。
対等に扱ってもらえているきがして、嬉しかった。背伸びしていると自分も大人になれた気がして余計に頑張れた。だから、自分が転んだときは自分で立ち上がったし、大丈夫かとブイモンに言われたときは笑ってきにすんなと返したし、食料集めだって誰かにくっついて手伝うのではなく、自分で食べ物を調達するという行動に自然と出ていた。
だからだからだから、一度本気で大喧嘩したからこそ、うっかりタケルには我慢していることを口に出してしまったけれど、いつもの大輔ならば「なんだって一人でできる大輔」で有ることが自分であり、「甘えたい大輔」は子供みたいで恥ずかしいと無意識のうちに心の奥底に押し殺してしまうはずだった。
まるで拗ねたように不機嫌そうに大輔を睨んでくる太一が、自分そっくりに見えて、大輔は何故か心のなかにすとんと落ちてくるものがあった。
なんだ、太一さんも、俺と同じなんだ。そーいうところ、あるんだ。思わず笑ってしまった大輔は、なに笑ってんだよこら!と半ば羞恥心をごまかすためにちょっかいを掛けてきた太一に捕まってしまう。じーっと二人のやりとりを見ていたブイモンが、大輔に言う。
「なあ、大輔。太一にも相談してみたら?」
「え?」
「なんだ?大輔、お前なんか悩みでもあんのか?」
「え、えーっと……」
きっとブイモンは、ついさっき大輔がしてくれたように、と続けたかったのだろう。でも、さっきのは2人だけの秘密にしたいようで、話題を切り替えた。
「ヤマトと一緒でおにーちゃんなんだし、相談したほうがいいって大輔」
「お?なーんか聞き捨てならないこと聞いたぞ、大輔。サッカー部の先輩じゃなくて今日あったばっかのヤマトに相談することってなんだよ、おい」
やばい、と思ったときには遅かった。容赦なく脇腹と脇の下あたりをこちょこちょとくすぐってくる攻撃が大輔を襲う。たまらず大笑いし始めた大輔は、やめてくれと必死で抵抗するが、太一は容赦なくくすぐり攻撃を仕掛けてくる。
ひいひい言いながら、涙目、呼吸困難になり始めた大輔は、この時ばかりは本気で笑死しかねないと危機感を募らせ、とうとう言います言いますから、やめてください!と白旗を全力で振りかざしたのだった。その場に崩れ落ちた大輔は、半ば笑いながら太一に全て白状するしか道は残されていなかったのである。
「なんで今まで相談してくれなかったんだよ、お前」
「だって、太一さん、いってたじゃないッスか」
「え?オレなんかいったっけ?」
「言いましたよっ!だからオレ、相談できなかったのにっ………」
「え、あ、おい、泣くなよ!」
「泣いてません!」
「えー………わりい、全然わかんねえや。なあ、オレ、何かいった?」
「八神太一は、八神ヒカリのお兄ちゃんじゃなきゃいけないから、八神太一は本宮大輔の「お兄ちゃん」にはなれないんだっていってたじゃないっすか。だから、てっきり相談しちゃだめなんだって思ったんすよ。やが、ヒカリちゃんの「お兄ちゃん」じゃなきゃいけないってことは、一瞬でも「お兄ちゃん」としての太一さんに相談しちゃだめなんだって」
「あー………あんときか、だってお前、あん時そんな素振り全然見せてなかっただろ?分かんねえよ」
「言えるわけないじゃないッスか、そんなこと。嫌われたらって思ったら、怖かったし。オレ、ただでさえ姉貴にも嫌われてるかもしれないのに、姉貴と仲悪いってバレたら、姉貴とも仲良くなれない悪い子だって思われたくなかったし」
「考えすぎだって、大輔。そんくらいでオレがお前のこと嫌いになるわけ無いだろ、ばっかだなー」
辛かったんだな、とわしゃわしゃ頭をなでられて、うるっと涙腺が緩む大輔だったが、無言のままうつむいてしまう。
「そっか、だからタケルとヤマトが仲いい兄弟だって知って、喧嘩して、相談したわけか。ごめんな、大輔。オレ全然気付いてなかったな、オレがヒカリのこと話すたんびに辛い思いしてたわけか」
「………はい」
「難しい問題だよなあ。オレ、ヤマトと違って全然分かんねえからアドバイスとか思いつかねえけどさ、オレがジュンさんの立場だったら、あれだな。寂しいかもな」
「さみ、しい?」
「そうそう。大輔って2年生のくせに、人一倍サッカー頑張ってるだろ。ちょうちょ結びだって一人でできるし、コーチにあーだこーだ言いにいったりして、言われたことだけやったりなんて、絶対にしないだろ?お前がオレの弟だったら、あれだな、お兄ちゃんとしての立場、カタナシだな。俺、いらねーじゃん、みたいな?」
なんていうか、わからないけどな、と太一は続ける。
「もっと素直にさ、甘えたらいーんじゃねえかな。お前もタケルも全然わがままいわねーじゃん。そりゃ、年上ばっかりだし、言いにくいかもしれないけどさ、もっと頼れよ、オレ達を。つーか頼りにさせろよ、寂しいだろ」
「そうそう、太一やボクたちを頼ったらいいんだよ、大輔。一人ぼっちでないたりしないでさ、ブイモンとか、みんなに困ったことがあったら言えばいいんだよ」
アグモンと太一の意見に耳を傾けていた大輔は、はい、と小さくつぶやいた。それでよし、と太一達は笑う。焚き火の勢いがやや弱まったのを確認した太一は、傍らに積んであるマキをくべた。
「じゃあさ、そろそろ寝ろよ、大輔。明日も大変だしな」
「ここはボク達に任せて、おやすみー」
「分かりました。おやすみなさい」
「ありがとな、太一、アグモン。おやすみー」
「おう」
「またあしたねー」
立ち上がった大輔とブイモンが電車へと帰っていく。ブイモンが様子を伺うように、大輔を見上げた。
「なんか、不満そうだね、大輔」
「うーん、なんていうか、嬉しいんだけど、なんかなあ」
「そうだよなあ。オレもなんかもやもやする。太一たちの言葉はうれしいけど、なんか足りない?」
「んー、なんていうか、わかんねーけど、もやもやする」
「なんでだろう?」
「なんでだろうなあ。わっかんねーや。でも、もう変な夢は見ない気がする」
「手、握っててあげようか、大輔」
「んー……おう」
どこか遠くで、ハーモニカの音が聞こえた気がした。
空が白み始めた頃である。ブイモンと空に起こされた大輔が外を見ると、路面電車があった陸の孤島がものすごい勢いで動いていた。ざぶんと沈んでいくシードラモンのしっぽを見た太一が声を上げた。どこかで見たような模様だと思っていた大輔は顔を引きつらせた。
あれは陸の孤島にへばりついていた、大きな葉っぱか何かだと思っていたら、眠っていたシードラモンのしっぽだったらしい。やばい、オレとブイモン何回も通りすぎるのに、普通に踏んでたような気がする。あわあわとしていると、大きな衝撃と共にぐらつく。丈にブイモンごと抱え込まれた大輔は礼を言った。
やっべーという顔をしているのは、大輔だけではなく、太一たちもである。大輔と別れたあと、太一とアグモンは見張り番を続けていたのだが、新しくくべたマキの中に竹と同じ構造のものが混じっていたらしく、熱せられたそれは中の空気が膨張して破裂し、破片が飛び散ってしまう。それが丁度ぐさりとシードラモンのしっぽに突き刺さったらしい。
お前らのせいかとその場にいた全員の心の声が一致したところで、ようやく浮島だったことが判明した陸の孤島が、何故か沈んでいる鉄塔だらけの地帯で停止する。しかし四方は湖。シードラモンに襲われたら為す術がない。唯一進化した経験のあるアグモンが何度か試みるが、何故かデジヴァイスも反応がない。
何も出来ないまま、シードラモンが現れた。デジモンたちが応戦するものの、成熟期のシードラモンの大きな巨体相手には技が届かない上に、空中戦ができるデジモンたちの攻撃が命中する前に素早い動きでかわされてしまう。
その時、タケルとパタモンの悲鳴が聞こえた。振り返ると、対岸に置き去りにされていたヤマトとガブモンがみんなに追いつく為に湖を渡っている。
さっきからヤマトの姿が無いことに気づいて必死で探していたタケルが、周囲の静止を降りきって駆け寄り、さっきの衝撃で湖に落ちてしまったのだ。
ようやく岸に辿り着いたヤマトの前に、タケルを救出したゴマモンが顔を出す。一同がほっとしたところで、シードラモンの咆哮が現実を引き戻した。
「こっちだ、シードラモン!」
タケルのことを頼んだとゴマモンとパタモンに言い残し、ヤマトは単身シードラモンを挑発して反対方向に泳いでしまう。ガブモンがあわててシードラモンに攻撃してヤマトから気をそらそうとするが、巨大な尻尾に薙ぎ払われたガブモンが陸の孤島に吹っ飛ばされてしまった。
一向に進化の兆しを見せないアグモンに業を煮やした太一が湖に行こうとするが、空たちに止められる。大丈夫かと大輔とブイモンがガブモンに走りよる。ガブモンは毛皮を背負ったせいで泳ぎが不慣れであるにもかかわらず、なんとか泳ごうとするが足がすくんで動かない。
タケルが必死でパタモンに助けを求めるが、自分の弱さを自覚しているパタモンは及び腰、タケルを任せると言われた手前、タケルのそばから離れることができない。みんながハラハラとヤマトを見守る。せめて岸の上に上がってしまえば、という希望も虚しく、追いつかれてしまったヤマトがシードラモンのしっぽに締め上げられ、湖の底に沈んでしまう。
ぶくぶくと泡が沈んでいく。大輔は慌てて行こうとするが、ブイモンに全力で止められた。ざばんと豪快なしぶきが上がる。締め上げられたヤマトの絶叫が響く。相手が息絶えるまで締め上げるという事実を鬼のようなタイミングで告げるテントモンを、光子郎が叱責した。泣きそうな顔で見守るタケルのお兄ちゃんという声が木霊した。
「もうヤマトの吹くハーモニカが聞けないなんて……あの優しい音色が聞けないなんて……!」
嫌だ、と咆哮が湖全体に響いたとき、ガブモンの体が白い光に包まれた。 ガブモンとヤマトの絆に共鳴したデジヴァイスが、2つ目の進化を開花させた瞬間である。極寒に生息している狼のような姿をしている獣型デジモンが光を突き破って現れた。
青白く輝く伝説のレアメタルといわれる「ミスリル」の毛皮に覆われた狼は、自らをガルルモンと名乗った。それは圧巻だった。大きく跳躍したガルルモンがヤマトを拘束していたしっぽに噛み付き、緩んだところでヤマトが湖に落下する。
タイミングよくゴマモンの配下の魚たちが絨毯となって受け止めたのを確認したガルルモンは、痛みのあまり水の中に逃げこもうとするシードラモンの首筋に襲いかかった。
振り払おうと暴れ回るシードラモンだが、あれだけ威力を誇ったしっぽがガルルモンに傷ひとつ付けない。ガブモンのかぶっていた毛皮は、実はガルルモンのデータであると判明した瞬間である。
ガルルモンの毛皮は伝説上の金属のように硬いという解説がテントモンからなされるが、肝心のミスリルの単語が出てこないため、デジモン解説講座は半ば子供たちから信用半分に聞き流され、役に立つか絶たないかわからないと手厳しい光子郎の言葉に撃沈する。
それはともかく、シードラモンの口から吐き出された氷の矢を、高温の時に初めて現れる青光い炎が圧倒し、追撃するようにガルルモンがシードラモンをなぎ倒す。まるで猛獣の狩りを見ているようなド迫力の光景に唖然としている子供たちは、とりあえずヤマトの無事と、シードラモンを撃退したガルルモンの帰還を祝ったのだった。
やがて岸はゴマモンのマーチングフィッシーズ達による大移動によってもとに戻り、再び子供たちは眠りについた。湖には、眠るタケルとパタモン、ガブモンへの子守唄に優しいハーモニカの音が響いていた。