(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第120話

初めは、小鳥のさえずりかと思うような、小さくて、軽やかな音色だった。しかし、メジロやウグイスのような独特のリズムにも似たその音は、血だらけのタオルを洗濯機に放り込んで、起動スイッチを押すときはもちろんのこと、確実にヤマトたちが寝ている部屋に向かう丈とゴマモンの耳にずっと響いているのだ。

 

丈一人だけだったなら、空耳かな、と勝手に自己完結してスルーしてしまうところだが、外から聞こえている謎の音色について聞いてきたのがゴマモンとなると話は別だ。ああ、僕も聞こえるよ、と返した丈は、通路の窓越しに辺りを見渡してみるのだが、確実に外にいるであろう謎の調べの演奏者を特定することは出来なかった。

 

いる。何か分からないけれど、確実に何かがいる。この周辺に何かが潜んでいる。何だか嫌な感じがして背筋がうすら寒くなった丈たちは、早くヤマトたちと合流すべく足を急がせた。

 

何の音だろう、気持ち悪いなあ

聞いたこともないメロディを奏でている音は、近付くこともなければ、遠ざかることもなく、一定の距離を保ちながら、ずっと丈たちの耳に突き刺さっているのだ。

 

あいにく音楽方面にはとんと知識が無いうえに、芸術方面には興味が微塵もない丈は、この音色が金管楽器によるものなのか、それとも口笛のような人工的に作り出された音なのか、さっぱり聞き分けることが出来なかった。

 

ただ、小鳥のさえずりと聞き間違ってしまうほどの微妙な音調を調節できるあたり、この音色を作り出している謎の人物は、なにやら曲を奏でているらしかった。

 

 

 

夜8時以降を過ぎた後での口笛にも似た音を奏でるとは感心しないなあ、と眉を寄せる丈に、ゴマモンは首をかしげるのだ。近所迷惑という理由だったらここはレストラン以外は無い訳だし、へたくそだったら耳障りな雑音に過ぎないから嫌だが、なかなか上手じゃないか。

 

それに音を奏でるのがダメなら見回りの時には必ずハーモニカを吹いているヤマトはどうなんだよと揚げ足取りするような調子でからかってくるパートナーデジモンだが、さっきから一切足取りが緩んでいないことを丈は知っている。

 

だから丈は、田舎のおばあちゃんに教わったことをゴマモンに教えてあげるのだ。デジタルワールドに野生の蛇がいるのかどうかは知らないけれど、丈たちが住んでいる現実世界に住んでいるヘビは夜行性で、尚かつ小さな振動音をネズミなどの小動物と間違え寄って来る習性がある。

 

この為、周囲が暗くて静寂の時(つまり夜)に口笛の音に寄せられ出現すると昔から言われているのだと。

それに、今となっては「蛇」という連想しやすくて分かりやすい対象があるけれども、元々の「蛇が出る」の「蛇」は「じゃ」と読み、「蛇=邪悪な者=お化け」という意味があった。

 

口笛を吹くというのは、もともと悪い幽霊を呼び出して呪いをしたりする降霊術に使われたこともあったらしい。

 

それに、ずっと昔には言葉を交わしたり、物音を立てたりするとばれてしまうことから、小鳥のさえずりに似せた口笛で人さらいや泥棒といった犯罪者がコミュニケーションをとっていたことから、夜八時以降に口笛を吹いてしまうと、その人さらいや泥棒が仲間からの合図だと勘違いして家に入ってきてしまうとされた。

 

つまり「夜に口笛を吹くと蛇が出る」というのは「夜に口笛を吹くと邪(お化け)が出る」のが語源なのだが、それが一般人にも話が通じやすい蛇に転じて、良くないこと、の象徴として泥棒や人さらいと言った存在に派生していったらしい。

 

どのみち今聞こえているような、口笛のような音を近所迷惑だからやめるための抑止力としての迷信だろうけれども。音は、音波と言って空気の振動であり、音の高さは、周波数で決まる。音の大きさは、振動の振幅で決まるのだ。

 

この空気の振動が耳の鼓膜を振るわせ音として聞こえるわけだ。この周波数は、人間にとって聞こえやすい範囲があり、口笛の音は、人間にとって良く聞こえる高さの音だ。同じ大きさ(同じ振幅)の音でも、低い音やずっと高い音は、聞こえにくくなるのだが上手ならば、楽に大きな音がでる。

 

振動数が一種類でなく何種類かの高い音や低い音が混じっていて、その中の一番大きな振幅の音の高さに聞こえるが、この混じり方がすくない程澄んだ音色になるわけだが、人間の耳も澄んだ音ほど能率良く聞こえてしまう。

 

今響いている口笛のように澄んだ音は、良く届き、よく聞こえる音なのだ。

 

 

 

つまり、いかにも出そうな時間帯に正体不明の人物が狙ったようなタイミングで口笛のような謎の音色を奏でるなんて、寄りによって何で今なんだよ、あんまりじゃないか、僕たちが何をしたっていうんだ、怖いんだから勘弁してくれよ!と言うわけである。

 

そういう訳で、ばん、と乱暴に扉を開けて、悲鳴を上げる扉がきしむのを無視してまで丈がすっかり眠りに解いているヤマトたちを起こしにかかるのも無理もなかったりした。今何時なんだろう。

 

寝ていたはずの毛布と枕の上の方に放置されていた腕時計を見たら、丁度夜の中でも一番冷え込んでしまう。さらに幽霊何て言うとんでもない奴らの活動が一番活発になるとテレビで見たことがある時間帯だったりしたもんだから、丈が必死でヤマトたちを起こしてしまうのも拍車をかけていた。

 

乱暴に揺り起こされたヤマトは、微睡に落ちていたところを無理やり現実に引き戻されてしまったため、若干不機嫌な様子で丈とゴマモンを見るのだ。欠伸をかみ殺して、乱暴に目をこする彼に、とりあえず丈は正当性を主張するために、ヤマトに事情を説明することにしたのだ。

 

ベジーモンレストランの周りを見回りしていたら、森の方で成熟期のベジーモンから幼年期2のバドモンに退化してしまった、このレストランの支配人を発見して、追尾機能付きのナイフに追い回されていたのを何とか振り切って保護したこと。

 

そのナイフはバドモンの歩行機能も兼ねている虫食いの葉っぱを執拗に狙って攻撃しているため、バドモンは最終的に這いつくばりながらでも逃げなくてはいけないほど、致命傷とまでは行かないにしても、酷い怪我を負うまでに執拗に攻撃され続けていたこと。

 

既に応急処置は済んでいるから心配はいらないけれども、バドモン曰くデジタマモンを捜しに行ったら、エテモンではない謎のデジモンに突然襲われたために、今のような幼年期に強制退化させられてしまったのだというのである。

 

これは朝なんか待っていられない、せめて上級生組であるヤマトとツノモンにだけでも知らせなくては、と思って急いで時間を繰り上げてやって来たのだと必死で説明する丈に、

ようやく眼が冴えてきたらしいヤマトは事情を大体把握して、わかった、とうなづいたのだ。

 

言うまでもなく、謎のデジモンにいきなり襲われた時の状況をもっと詳しくバドモンから聞く必要があるだろう。どうする?とぐっすり眠っているミミと大輔に目くばせする丈に、まだいいだろ、寝かせといてやろう、とヤマトは首を振った。

 

もう少し状況がはっきりしてからでも遅くは無いはずだ。俺達だけでいい。分かった、とうなづいた丈とゴマモンが、バドモンが安静状態で待っているであろうキッチンにヤマトとツノモンを案内すべく立ち上がる。

 

 

「おい、ツノモン、そろそろ起きろよ。行くぞ」

 

 

何時までたっても隣の毛布から出てこない幼年期のパートナーデジモンに呆れながら、ぽんぽん、と膨らみを叩いたヤマトは、音もなくぺしゃんこになってしまった膨らみに、一瞬固まると、あれ?と思わず空を切った手元を見る。

 

慌てて毛布ごとひっぺ替えしてみるが、そこには誰もいないではないか。ツノモン!?とようやくパートナーデジモンがいないことに気付いたヤマトは、辺りを必死で見渡してみるが、寝ぼけて寝返りを打ってしまったせいで転がってしまったパートナーデジモンを見つけられない。

 

ツノモンがどこにもいないことに気付いた丈とゴマモンも慌ててヤマトと共に足音を忍ばせながらあたりを探してみるのだが、誰もいない。もしかして大輔君やミミ君たちと一緒に寝ちゃってるんじゃないか、と彼らはまだ寝ている子供達に目を向ける。

 

申し訳ないと思いながらも、さすがに寝ている女の子の毛布をいきなり引っぺがすわけにもいかず、丈たちは大輔とミミ達を揺りおこした。寝ぼけ眼でぼやっとしたまま、なんですか、とミミが小さく欠伸を手で受け止めながら起き上る。

 

まだ真っ暗ですけど、なにかあったんすか!?ってリュックサックを握りしめながら大輔とどうしたの?と丈たちのただならぬ様子を真っ先に気付いて警戒態勢に入ったブイモンが毛布を蹴飛ばして飛びおきる。大輔たちが寝ていた毛布の中は誰もいない。

 

あふ、と欠伸をかみ殺しながら、まだまだ夢と現実の境目から帰って来たばかりのぼんやりとした意識の女の子は、枕を抱えながらゆっくりと立ち上がった。ミミ達が寝ているはずの所にもツノモンはいない。

 

 

「ツノモンがいないんだ」

 

 

血相変えた様子で叫んだヤマトに、一気に目が覚めたらしい大輔たちは顔を見合わせた。

 

 

「ヤマト、最後にツノモンを見たのはどこだい?」

 

「見回りが終わってから、一緒に毛布に入ったことは覚えてるんだけどな」

 

「ツノモンのことだから、誰にも言わずにどっかに行っちゃうなんて考えられないよな。うーん、どこに行ったんだろう?」

 

「まさか、ツノモンに何かあったんじゃ・・・・」

 

「落ち着いてよ、ヤマト。こういう時にはパートナーのヤマトが一番しっかりしなくっちゃダメだろ!ツノモンは、もしオイラたちに知らせないとしても、絶対にヤマトにだけは言うに決まってるさ!何か言ってなかった?」

 

「いや、別に何も。特に変わったところは何もなかったんだ。いつもみたいにお休みって言って、一緒の毛布に盛り込んだはずだからな」

 

 

うーん、とみんな考えてしまう。デジモン達は基本的に何か用がある時には、たとえパートナーが熟睡していようが、すぐには起きられないほど疲れ切っていたとしても、真っ先にパートナーを起こしにかかるのだ。

 

それはパートナーデジモンにとって、パートナーと言う存在は真っ先に頼りにするかけがえのない存在であるがゆえに優先事項として確定していることであり、その用事と言うのがたとえトイレみたいな大したことが無いものであったとしても適応される。

 

つまり、ツノモンが誰にも何も言わずに突然失踪するなんて絶対にありえないことなのである。何かあったとしか言いようがない状況である。

その時、さっきからずっと沈黙を守っていたミミが、ヤマトと同じように毛布をひっぺ替えして、誰もいないシーツの中を呆然とした様子で見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

 

 

「………丈先輩、ヤマトさん、どうしましょう」

 

「え?」

 

「どうしたんだい、ミミくん」

 

「タネモンもいないのっ!」

 

「えええっ!?」

 

「大輔君もブイモンも見てたよね?私とタネモンが一緒に毛布の中に入って、お休みって言ってるの、見てたよね?」

 

「はい、見てました。オレたち、一緒に寝ましたもんね」

 

「お休みって言ってたよな、タネモン。別に変ったところは無かったよ」

 

「うん、そうなの。ヤマトさんや丈先輩みたいに見回りとかしてないから、私もタネモンも、一度もこの部屋から出なかったはずなのに・・・・・・・・。ずっとこの部屋で寝てたはずなのに!どうしよう、どこに行っちゃったの、タネモン!」

 

「なんでツノモンとタネモンがいないんだ?」

 

「どっちも幼年期だよ、大輔。なんか関係あるのかな?」

 

「オレに言われても分かんねえよ」

 

 

首をかしげる大輔とブイモンに、幼年期、という言葉を聞いた丈たちははっとした様子で顔を上げるのだ。

もしかして、バドモンを襲ったとか言うデジモンと何か関係があるんじゃないか?

 

そんな上級生組の心当たりがある様子に、真っ先に食いついたのはミミである。半ば気圧される形で丈はバドモンにあった出来事について洗いざらいに説明することになってしまい、ミミは弾かれるようにして、最愛のパートナーデジモンの名前を呼びながら、唯一の手掛かりがあるであろうバドモンがいるキッチンへと走って行ってしまったのである。

 

おい、ミミ君!と冷静さを促す丈の制止もむなしく、テンガロンハットや荷物まるごと置き去りにして、ミミは通路の向こう側に消えてしまった。今のミミはパートナーデジモンであるタネモンがいない。これは一人にするのはあまりにも危険だ。

 

 

「ミミさん、デジヴァイス忘れてるっすよ!」

 

 

大輔の言葉に、あ、とヤマトたちは置き去りにされているミミのサバイバル用リュックを見るのだ。ミミはいつもデジヴァイスをそのリュックの肩に通すための長い長い紐の部分にかけている。案の定、純真の紋章による完全体への進化ののち、鮮やかな黄緑色に染まったデジヴァイスが置き去りにされていた。

 

ああもう、こんな時に!気持ちはわかるけどさ!といらだった様子で丈はミミの荷物を抱えると、何だかいつもと違う違和感がある。あれ?とミミのカバンを見渡した丈は、ヤマトたちの方を振り返った。

 

 

「なあ、ミミ君はいつも紋章をペンダントみたいにして持ってるんだっけ?」

 

「いつもはそうしてるけど、確か寝るときは邪魔になるからってデジヴァイスの近くにおいてるんじゃなかったか?」

 

「デジヴァイスの近く、近く……ちかく………あれ?無いぞ、ミミ君の紋章」

 

「え、嘘だろ、もっと良く探せよ、丈。ミミちゃんは確か起きたばっかりで何も身支度整えてなかったはずだから、デジバイスを置き去りにするくらい気が動転してるのに、紋章だけペンダントにするはずないだろ。デジヴァイスは紋章のすぐ目が届く場所にあるんだから、真っ先に手が伸びるはずだ」

 

「そんなこと言ったって、どこにも無いんだよ!」

 

「えええええっ!?」

 

「ヤマト、デジヴァイス、デジヴァイス!紋章がどこにあるか調べてくれよ!」

 

「あ、そ、そーだな、ブイモン。えーっと」

 

 

完全体への進化を経験したパートナーのデジヴァイスは、どこに紋章と紋章の持ち主である選ばれし子供がいるか、つぶさにわかるという機能が追加されることを空から聞いたことを思い出したヤマトは、紋章とデジヴァイスを探した。ミミの紋章がなくなったときいて、嫌な予感がしたらしい大輔はデジヴァイスとくくりつけてあるはずの紋章を探す。

 

ブイモンの言葉に、ミミ達のようなパニック状態の子供達がいる中で返って冷静になっていたようで、実はすっかり忘れてしまうほど気が動転していたらしいヤマトも、ポケットの中にいつも入れているはずの紋章とデジヴァイスを探った。

 

 

「あれ?」

 

「…………嘘だろ」

 

「どうしたんだよ、二人とも。その嫌な予感しかしない声は。なんで僕の方を見るのさ。まさかとは思うけど、紋章がないとか言わないよね、君たち!」

 

「どうしましょう、丈さああんっ!!」

 

「悪い、丈。オレも紋章が見当たらないんだ、どうしよう」

 

 

「ええええええっ!?嘘だろっ!もっと良く探しなよ、みんな!なんで紋章だけがことごとく無くなっちゃうのさ!」

 

 

丈の悲鳴ももっともである。今のところ、このメンバーの中で唯一紋章を紛失せずに済んでいるのは、見回りをする関係でデジヴァイスとともに所持していた丈だけのようだ。

 

継続してミミの紋章も探してみるが、一向に涙みたいな形をした黄緑色のタグも紋章も見当たらない。

まずい、まずい、まずい、いくらなんでもまずいだろう、この状況は。

タネモンとツノモンが行方不明になった。しかも、丈を除くみんなの紋章は見つからない。いくらなんでも無茶苦茶すぎる。

 

一度に色んなことが起こってしまい、さすがの丈も頭がパンクしそうな位焦りまくっているのだが、事態は全く好転するわけもなく、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 

「ダメだ、見つからない。とにかくミミ君に事情を説明して、トゲモンのところにいかないかい?」

 

「そ、そうだな、とりあえずみんなの荷物を持っていこう」

 

「どこ行っちゃったんだろう、みんな」

 

 

男の子たちは顔面蒼白なまま、キッチンに向かうことにしたのだった。

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