(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

123 / 193
第123話

「ごめんね、アタシ、もうアンタのエリアにはいけないわ」

 

 

デジタルワールドに行くのは大歓迎なんだけどね、世界の柱になってるあの子にも会いたいし。かつて世界を救った選ばれし子供の言葉を信じられない、とでも言いたげに手を伸ばそうとした緑の少年は立ちつくす。

 

とまどいに揺れる緋色の瞳は、やんわりと押し返されてしまった、白い手袋をはめている右手をそっと下ろす。うそだろう?と聞き返す少年に、小さく首を振った、かつて少女だった女性は柔らかく笑った。

 

見たことのない顔で笑っている。ぎり、と握り締める拳を見つめて、悪いわね、と彼女は重ねた。

 

 

「遅いわよ、馬鹿ね。どうして今頃きたのよ」

 

「どうして!」

 

「見てわからない?アタシは年を取ったのよ。あの時みたいにアンタの世界に行くには、アタシは大きすぎるんじゃない?もう20もとっくにすぎてるわ、ずっとまえに、大人になったのよ」

 

「でも・・・・・・君はならないって、大人にならないって約束したじゃないか!」

 

「仕方ないじゃない、もう結婚してるんだから。今さらどうこう言えないわよ」

 

 

いとおしそうにふっくらとしたお腹をなでる女性を見て、少年はうつむいたまま沈黙してしまう。

 

 

「でも、アンタと会えて嬉しかったわ。エニアックにもよろしく伝えてくれる?」

 

 

言葉少なに頷いた少年は、無言のまま現実世界とデジタルワールドを繋ぐデジタルゲートの扉を閉ざしてしまった。世界は、漠然とした痛みで満ちていた。少年の中でカシャンと、格子の窓ガラスがきしむ音がする。

 

そして、最後まで、その砂漠みたいな目を彼女に向けることはなかった。意気消沈している少年に、だから言っただろうに、とでも言いたげにゲートを開いていたエージェントはため息をついた。

 

 

「この世界とあちらの世界は時間の流れが違いすぎる。彼女たちの冒険は終わったんだ。我々ではどうしようも無いだろう。それは君が一番知っていたのではないのか」

 

 

エージェントは彼女と同じ造詣をしているが、所詮は自立型のプログラムのプロトタイプでしかない。データである。機敏な感情など推し量ることができない。課題が山積である。

 

だからこそ、彼女から言われたような錯覚を起こしてしまい、少年はわき上がる激情を押さえることができなかった。切り捨てて、言葉を切るエージェントにはわからない。少年にとって彼女がどれだけ大切な存在だったのか知らないのだ。

 

彼女たちの冒険の後に作られた存在は、もはや英雄伝説となっている語りぐさでしか彼女を知らないのだ。

全てが崩壊する、足元もろとも奈落の底へ突き落とされるような絶望が走る。

 

少年が彼女になにを期待していたのか、少年は改めて思い知らされてしまい、裏切られたという思いが広がる。顔面蒼白。少年は呼吸を忘れた。衝撃だった。ふざけるな、そう思った。

 

これは嫉妬だと少年は知っている。

少年がここまでエージェントの試作品に強烈な殺意を抱くほど怒り狂っているのは、あっさりと現実を受け入れてしまうかつての自分を見ているようで、一方的な嫉妬だと少年はわかっていた。

 

もともと少年は、理不尽な劣等感を持っている、ろくに物事も知らないどうしようもない子どもだった。気まぐれで、忘れっぽく、うぬぼれ強く、知ったかぶりをし、独善的でわがままな王様だった。

 

勢いの言葉だけが心の中で先を突っ走っていく。必死に少年はそれらを押し殺していた。そんな言葉、聞きたくなかったのに!少年は完全に自我を見失っていた。未だかつて無い激情にまかせた、支離滅裂な咆哮。

エージェントは淡々としている。

 

 

「ふざけるな、お前に何が分かる」

 

 

あざけることができたら、どんなに楽だっただろう。アンタ最低だよ、とせせら笑えたら、どんなに愉快だっただろう。でもそんなことできっこないことだけ、分かっていた。冷酷無情になりきれない、泣き声をなんとか絞り出す。それが精一杯だった。

 

 

「あの子は、×××は、僕の、いや、僕たちのお母さんだったんだ。お母さんというものをしらない僕ら、デジモンに、それを教えてくれた人だった。それなのに、どうしてあんなひどい事ができるんだろう!信じられない!

 

大人、大人、大人ってなんだよそれ!僕は人間だってデジモンだって子供にできることを×××は知ってるはずなのに!」

 

 

泣き出してしまった少年に対応するプログラムが組まれていないエージェントは、どうしたものか、と無表情のまま泣き崩れる少年を見つめた。予定より早く迎えのデジモンを要請することにしたらしい。

 

プログラムを起動させる。泣きやんだ少年は、ただぼんやりとゲートを開いた施設を見つめた。

 

 

その日を境に、ぼんやりとしていることが多くなったように、少年は思う。悲しみでも怒りでもなく、ただ、この無意識の虚無や喪失から来る惰性の原点は今でも彼に沈殿して、思い出すたび重くなる。今に始まったことではない。悪化しただけだ。

 

少なくても自主性はもう育たないだろう。真実は時として残酷だ。少年はデジモンでありながら進化を拒んだ存在であるため、進化前も進化後も存在しない、極めて特殊なデジモンである。

 

はじまりの街がなかったころに生を受けた彼は、他のデジモンと同じように自然発生的にうまれた。時代は流れ、はじまりの街が生まれ、デジモンはデジタマというデータ転写の輪廻が生まれた。

 

本来ならば、進化という本能に任せて可能性は無限大に広がり、彼が命を終えた後も、新しい進化の系譜という形で彼の記憶はデジゲノムに残されるはずだった。彼はそれすらも拒んだのである。

大人という存在に対する敵意は憎悪に代わり、進化というものへの反発を生む。いつまでも楽しく遊んでいたい。子供のままでいたい。一人では寂しいから、誰かそばにいてほしい。

 

そんな想いが彼の守護するエリアを作り上げ、幼年期のデジモンしか立ち入りを許されないエリアになった。永遠に子どもでいる彼は幼年期のデジモンたちを従えて、自分の思い通りに動かさないと気が済まない。

 

人のことはすぐに忘れる。お礼を言わない。都合のわるい事実は見えなくなってしまう。例えば、彼が夜ご飯を食べるふりを始めれば、その日の幼年期のデジモンの夜ご飯は空気だ。

 

しかも現実が見えている外から来た幼年期のデジモンたちと違って、彼だけは食べるふりだけで実際に夕食を食べた気になってしまうので始末に負えない。成長を無理やり止めてできた歪みは、やがて進化の否定という概念をもって現れた暗黒の力と親和性を高く持つ。

 

彼は自分だけは高潔な存在だと思いこんでいる。少年にとって最高に幸福なものは、お母さんのひざのぬくもりと遊びの世界だった。そのうちひとつを取り上げられてしまったから、少年と世界をつなぐ窓は閉ざされてしまった。

 

いつまでも子どものままでいることとひきかえに、少年は大切な何かを失った。

 

 

「いやだ」

 

 

少年の残酷な悲劇を目の当たりにしたトコモンは、ぽつりとつぶやいた。

 

 

「いやだよ」

 

 

ぽろぽろと涙がこぼれてくる。トコモンが見ているのは、いつかやってくるかもしれない未来だ。必死で否定しても、どうしてもぬぐいきれないのは、トコモンにとってのタケルが、少年にとっての大人になってしまった少女と重なるからなのだろう。

 

 

「夢ならさめてよ、ねえ、お願いだから」

 

 

トコモンはありったけの声を上げて叫ぶのだ。たすけてって。

 

 

 

「トコモン大丈夫?うなされてたけど」

 

 

うるうるになって、うわあああああん!と泣き出したトコモンはタケルにひしと抱きついた。トコモンから聞いた怖すぎる話にタケルは、夢でよかったねと笑ったのである。

 

 

「タケルはぼくのこと、わすれないよね?もうあえなくなるひなんて、こないよね?」

 

「大丈夫だよ、トコモン。僕、ずっとトコモンのこと忘れないよ。お父さんになっても、おじいちゃんになっても、ずーっとずっと友達だから。

 

ゲンナイさんにお願いしようよ。この世界が平和になっても、僕たちが遊びに来てもいいようにしてくださいって」

 

「うん!」

 

 

こくこくうなづいたトコモンに、タケルもちょっとだけ懐かしい夢を見たんだよと教えてくれた。石田タケルだったころのヤマトおにいちゃんは、太一さんみたいだったんだよって。

 

積み木でお城を組み立てるのがへたくそで、ちぐはぐな組み立て方しかできないタケルは、すぐにばっしゃーんと積み木のお城を崩してしまい、うわーん、と泣き出してしまう。

 

すると、ヤマトが何やってんだよって笑いながら、組み立て方を教えてくれたのである。そして、ちょっとずつ、ちょっとずつ組み立てていくと、出来上がるのだ。お兄ちゃんのまねっこをすればなんだってできたのだ。

 

だから、ぼく、待ってるよ。ずーっと、待ってるよ、この川べりでってタケルが宣言した。もう2か月がたっている。でも、相変わらずヤマトとガブモンは帰ってこない。

 

もー、と枯れかけの泉、昔は大きな湖だった場所の川べりで、トコモンはタケルの花提灯をつぶした。リュックのお菓子も底を尽きかけている。正直心細いことこの上ないが、タケルはお兄ちゃんたちが迎えに来てくれることをしっているから、いつまでだって待っていられる。ひとりぼっちじゃないから大丈夫だ。

 

タケルは、トコモンに笑いかけた。

そろそろお腹がすいてしまう頃である。つりをしなくっちゃ、とお兄ちゃんが残してくれた釣り竿が置いてある場所に向かうべくタケル達は立ち上がる。

 

すると、すっかり消えてしまったたき火の真横で、興味深そうに釣り竿を見つめている見慣れない影がある。

 

 

「誰?誰かいるの?お兄ちゃん?」

 

 

タケル、ととがめるようにトコモンが制するが、やっぱり2ヶ月間も誰とも会わない野宿生活は孤独を誰よりも嫌っている少年に、心の奥底ではたまらなく寂しい思いをさせてしまっていたようである。

 

思わず声を張り上げ、駆け寄っていくタケルをあわててトコモンが制止し続けるが届かない。結局、背丈が明らかに違うことに気がついて、落胆してしまったタケルは、改めて始めてであったデジモンとおぼしき影を見上げた。

 

 

「テンプ湖の畔で何をしているんだい?少年」

 

「てんぷらこ?」

 

「ふふ、違うさ。テンプ湖。この湖の名前だよ、坊や」

 

「へー、この湖ってそういうお名前なんだ。知らなかったね、トコモン」

 

「うん、しらなかったー。ねえ、ここらへんにくわしいの?」

 

「まあね。これでも私はこの先にある遊園地エリアにあるデジモンミュージアムの管理を仰せつかっているんだ。おっと、私としたことが自己紹介が遅れてしまって申し訳ない。私の名前はワイズモンというんだ。初めまして」

 

「僕はタケル。この子はトコモンだよ」

 

「どうして守護デジモンがこんなところにいるの?」

 

「いや、私は遊園地エリアの守護デジモンではないんだよ。守護を仰せつかっていらっしゃるデジモンは別にいらっしゃる筈なんだがここのところ毎日のように私たちのエリアに住んでいる幼年期のデジモン達が行方不明になっていてね。

 

彼らも捜しに行くと言伝たまま、行方が分からなくなっているんだ。だからこうして私を始めとして、パンダモンやもんざえモンたちと一緒に捜しているんだけども。

 

緑色の衣装をしているものだから、もしや、と思ったんだけど・・・・・・。間違えて申し訳ないね、タケル君、トコモン君」

 

「ううん、そういうことなら仕方ないよ。幼年期のデジモン達がどっかいっちゃったって本当なの?心配だね」

 

「ねえ、タケル。僕たちもお手伝いしようよ」

 

「うん。そうだね、お兄ちゃんたちを待ってるのと一緒にこの辺りを捜してみよう」

 

「本当かい?ありがとう、助かるよ。ところで、タケル君、君は一体何者なんだい?人型のデジモンには見えないけれども」

 

「僕はデジモンじゃないよ」

 

「もしやとは思うんだけども、あの伝説に記されているという選ばれし子供なのかい?」

 

「え?僕たちのことしってるの?」

 

「たち?いま、達っていわなかったかい?君の他にもこの世界に選ばれし子供達はきているのかい?」

 

「う、うん。えっと、お兄ちゃんと、大輔君と、太一さんと、ミミさんと、光子郎さんと、丈さんと、空さんだから8人来てるよ」

 

「8人?5人ではなくて?」

 

「え?」

 

「僕たちはずっと8人で旅をしてきたんだよ?5人じゃないよ」

 

「・・・・・・これは興味深いことを聴いたな。ねえ、キミたち、できることなら私と一緒にデジモンミュージアムに来てくれないか?見てほしいものがあるんだよ」

 

 

タケルとトコモンは顔を見合わせる。そして、うん、とうなづいたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。