(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第124話

「え?サーバ大陸に、はじまりの街はないの?」

 

「ああ、そうだよ。サーバ大陸はおろか、フォルダ大陸にも、ディレクトリ大陸にも、デジタルワールドに存在する全ての地域を含めても、始まりの街があるのはファイル島だけなんだ」

 

「どうして?」

 

「それはね、ファイル島がとっても小さな島だけど様々な地形と気候を持っていることと関係があるんだ。

かつてはじまりの町への入り口を守護していたジュレイモンに話を聞いたことがあるんだけど、昔はファイル島はね、始まりの島って言われていたらしいんだよ」

 

「はじまりの、しま?」

 

「うん。はじまりのしま。最初、デジモン達は始まりの街を中心としたひとつの街で暮らしていたらしいんだ。同じ言葉を使って、同じ文化を持って、みんな同じ環境で暮らしていたんだって。

 

でも、どんどん世界が広がっていくにつれて、デジモン達は増えていったんだ。いろんなエリアが造られていって、 デジモン達はみんなそのエリアに引越しして今のファイル島ができたらしいんだ。

 

だから、ファイル島はデジモンワールドの歴史の縮図。とっても大切な場所なんだ。デジタルワールドで最初にできたのは始まりの島、つまりキミたちが一番始めに旅をしたファイル島は、まさに英雄が降り立つにふさわしい場所というべき地だったわけだね。

 

私もデジモンミュージアムの事がなければ一度は行ってみたいものだ。

デジタルワールドの天地創造の時のことを記した、デジタルワールド全体の縮図。ダイノ古代きょうの碑文は歴史の教科書みたいなものなんだ。

 

いつだってデジタルワールドはファイル島の記録を基にして、新しい天地創造が迎えられて、新しい世界が造られてきたんだ。ほら、みてみるといいよ。君たちが見たおもちゃの街とよく似てると思わないかい?」

 

 

ようこそ、遊園地エリアへ、とワイズモンは笑った。できることならもっと活気あふれる平和な時に案内したかったんだけどね、と彼は肩をすくめた。ジャングルのような地帯を抜けたタケルとトコモンは、一気に広がった視界に顔を上げた。

 

かつて、守護デジモンが司る濃霧に守られていたはずのミスティツリーズは、主を失ったことで視界を遮る気候の変化もない無防備な状態を晒している。そのためか、誘拐を行う者たちの幾度とない侵攻にさらされ続けた結果、見るも無残な廃墟と化していた。

 

ワイズモンは肩をすくめて先に行くよう促した。かつては色鮮やかな原色で彩られていたであろう遊園地だが、周りをぐるりと取り囲む単調な森の色彩に完全に飲まれてしまっている。潜り抜けたアーチはペンキは至るところが剥がれ落ち、湖の湿気にやられて鉄さびていた。

 

人工的につくられたアトラクション施設は、訪れる者がいなければ、たちまち過去の産物として記憶の彼方に消え去り、どんどん風化が進んでいくのは世の摂理とはいえ、誰もいないエリアで淡々とアトラクション向けの楽しいBGMが流れているのは物悲しいものがある。

 

本来なら、BITもしくはポケドルという単位の通貨が必要らしいのだが、

自動販売機も入り口のゲートもすべて故障していて動かない。スタッフの詰所もすっかり無人になっていて、辺りはすっかり静まり返るばかりである。

 

 

「誰も……いないね」

 

「みな、怖がってしまって外で遊ぶデジモン達は誰もいなくなってしまったんだ。悲しいことだよ」

 

「そっか、そうだよね、あぶないもんね」

 

 

こくり、と頷いたタケルたちは、水が出なくなってすっかりからからに乾いてしまっている噴水を中心に煉瓦が敷き詰められている道を行く。

ヨーロッパ建築を思わせる真っ赤な壁が印象的な建物が長屋のように連なり、白い支柱やドア、おしゃれなベランダが並んでいた。

 

風見鶏が風向きが変わったことを知らせるように、くるくるくるとせわしなく回り続けている。一定の感覚で敷き詰められている木々は、手入れをしてくれるスタッフも庭師もいないためか、もともと環境に不適合の樹木が植えられていたため、すっかり枯れてしまっていた。

 

落ち葉を踏んづけると、がさり、がさり、となおさらわびしい音がする。誰もいない遊園地はこうも物悲しい雰囲気に包まれているものなのか、とタケルはなんだか怖くなってワイズモンと離れないように駆け足で追いかけるのだ。

 

茶色と白のタイルがななめにクロスしていく模様をなぞりながらジャンプする暇もない。恐らく模擬店やカフェなど盛んなイベントを開催していたのだろう。かつてデジモンたちでにぎわっていた当時をしのばせる看板やカラフルな色彩のアトラクションが目白押しである。

 

 

「なんでこんなに道が広いの?」

 

「ああ、それはね、D-1グランプリのためだよ」

 

「D-1グランプリ?」

 

「DはデジモンのD。デジモンキングを決める大会のことなんだ。ここからは見えないけど、ずーっとこの先に大きな大きな競技場があるんだ。

 

そこをスタートにして、サーバ大陸中のデジモン達が自慢の乗り物を駆使して走り回るレースのことだよ。

 

ずーっとここのエリアを縦断して、テンプ湖や湿地帯、類推山脈地帯、げっこー湿地って感じでぐるーって一周してくるんだ。

 

今はもうすっかりやらなくなっちゃったけど、その日だけはサーバ大陸からデジモン達が遊びに来ていたんだよ」

 

 

身長制限のボードや行列を裁くために設けられているレーンがそのままなことを考えると、突然デジモン達が消えてしまったような不吉な予感すら頭をかすめてしまいそうで、タケルは必死で頭を振って、連想ゲーム式にぐるぐるしてしまう悪循環を断ち切ろうと懸命になる。

 

そんな彼らを知ってか知らずか、ワイズモンは浮遊している姿のまま、ちょうど3つの通路で立ち止まった。

 

 

「この先に、ぬいぐるみハウスっていうパペットデジモンたちの住居と、

 ロボットハウスっていうマシン型デジモンたちの居住区があるんだ」

 

 

ちょうど今立っているところで分かれ道らしく、街は大きく右と左、そして真ん中に分かれている。大きな緑色の古ぼけた外套が、どん、と中心部分に立っていて、看板も英語表記とデジ文字で右がロボットハウス、左がぬいぐるみハウスらしい。

 

 

「私が管理をしているデジモンミュージアムは、この真ん中の道を突き進んだ先にあるんだ」

 

 

居住区のシンボルともいうべき古ぼけたガス灯の歩道にワイズモンの声が響き渡る。さあ、いこうか、と促されて、ただただ静まり返っている沈黙の住居群に、タケルとトコモンはなんだか取り残されたような気分になってきて、どうしても挙動不審になってしまう。早足になってしまう。

 

BGMはさっきからリズミカルに響いているのに、誰一人として存在していない空間は、強烈な違和感を伴って襲い掛かってくるのである。きょろきょろきょろ、と煙突を探してみても、煙が立ち上っている気配はなく、時々ショーウインドやお店を見つけることはあるのだが、反射する鏡のようになってしまう。

ギリギリまで近づいていって、両手で影を作って奥の方を覗いてみるのだが、ほとんどの建物はブラインドやシャッターが閉まっていて店内の様子はうかがえない。営業しているお店はほとんどなく、誰かがいることすら怪しい。洗濯ものを干している建物すら見かけない。生活感がまるでない世界がそこにある。

 

どんどん進んでいくにつれて広がっていく街並みは、とうとう宮殿や豪邸と言った連想が出来る大きな建物に様変わりしていく。そして、大きな煉瓦造りの門が現れた。両端を大きな獣型デジモンのオブジェが鎮座している。

 

 

「タケル、何だろうあれ」

 

「え?」

 

「ほら、あの大きな」

 

「なんか、獅子舞さんみたいだね」

 

「獅子舞ってなーに?」

 

「え?え、えーっと、その、御婆ちゃん家でやってたお祭りの豚さん」

 

「これ、豚なんだ」

 

「………たぶん」

 

「ふふふ、豚さんか。残念ながらハズレだよ。あえていうなら、ライオンさんかな」

 

 

見上げんばかりに大きな大きな建物である。博覧会にありそうなテントやブースを連想する強烈な原色の建物たちは、閑散とした空間には明らかに浮いていた。

 

 

「お、お邪魔しまーす」

 

「しまーす」

 

「お構いなく。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。かれこれ200年ぶりかな、お客人を招き入れるのは」

 

 

どことなく嬉しそうなワイズモンが何か呪文を唱えると、頑丈そうな錠が開き、自動的に門が開かれていく。すごーい、とタケルとトコモンは感嘆のため息を漏らした。しん、と静まり返っていた建物の中は誰もいない。

 

 

「だ、だれか、いませんか?」

 

 

タケルとトコモンの影が零れ落ちる日差しによって伸びるのみで音はしない。ワイズモンは浮遊しているため足音がしないのだ。残念ながら私一人さ、と彼は言う。こんな広い豪邸みたいな博物館にひとりぼっち!?

 

驚いた様子で聴いてくるタケルに、ワイズモンは頷いた。だからトコモンと二人ぼっちでテンプ湖の畔に、抱き合って立ちつくしているのをみて、思わず声をかけてしまったのだという。驚かせてすまなかったね、と彼はどこか寂しそうに笑った。

 

タケル達を迎え入れてくれた博物館は、どんどん明るくなっていく。自動的にランプに灯がつき、大理石の床にしかれたレッドカーペットが奥まで続いていた。

 

 

「こんなにいっぱいの絵とかひとりで大変じゃない?」

 

「いや、さいわいなことに、これらの作品の管理をしているのは私ではないんだよ」

 

「え?」

 

 

ほら、とワイズモンが指差す先には、展示用ブースの裏側で、機械仕掛けのロボットが動いていた。デジモンミュージアムは想像していたよりもはるかに広大な敷地を持つ建物だった。

 

今は無人となっている専属職員が研究する施設と来訪者が展示の形で閲覧できる施設が併設しているから当たり前なのだが、特定の分野に対して価値のある事物、学術資料、美術品等を購入・寄託・寄贈などの手段で収集、保存するという過程は、かつてミュージアム創立の際に、完全自動化した機械が事務的にやっているらしかった。

 

デジタルワールドの自然史・歴史・美術・科学・技術・交通・海事・航空・軍事・平和など、あらゆる分野を中心に構成されているらしい。

劣化していくデータで構成されている歴史の遺物を復元・再現する技術だけはしっかりと伝承され、ただ黙々とその在りの姿だけはその機械たちが壊れない限り保全され続けている。

 

ワイズモンによれば、かつては収集された資料に基づく研究成果を公刊していた時期もあったし、来訪者がその分野について幅広く知識を吸収できるように工夫されているモニタや看板、解説などがあったらしい。

 

全てが伝聞なのは、言うまでもなくタケルとトコモンが完全にワイズモンに置いてきぼりにされているからだ。

 

久々の客に興奮気味に翻訳家かつ解説員であるワイズモンが懇切丁寧に説明してくれているのだが、さすがに小学校2年生の男の子にはちょっとはやかったらしく、たくさんの疑問符がとんでいる。

 

デジモンミュージアムでは、博物館の一形態という性質上、研究資料として価値があるとして、蓄積されている収容品はギャラリーに展開されている。そして、文芸・学問を研究するための学堂の先にある図書や絵画を収める収蔵施設を通り過ぎ、ワイズモンの研究室にやって来た。

 

お腹がすいているタケルとトコモンに、紅茶とお菓子を振る舞ってくれたワイズモンは、大事そうに抱えていた本をぱらぱらと開き、なにやら呪文を唱える。すると、大きな大きな碑文の書かれた石盤がゆっくりと浮遊し、タケル達の前に現れたではないか。

 

なにこれ?と首を傾げるタケル達に、ワイズモンは向かい合うようにソファに腰掛けた。

 

 

「これが私がキミたちに見せたいものなんだ」

 

「これ?」

 

「なーに、これ」

 

「これは、ファイル島がかつてはじまりの島と呼ばれていた時代に、ダイノ古代境につくられたと言われている本のデータの残骸を復元したものなんだ」

 

「ええっ!?こんなに大きいのに?」

 

「昔は紙をつくる技術が無かったんだ。だからこうして昔のデジモン達はこうやって記録を残したと言われているんだよ」

 

 

へー、と素直に感心するタケル達に、ワイズモンは続ける。

 

 

「古代デジタルワールド期には、26の文字しか使われていなかったんだ。この記録はApocalypse、アポカリプス。そう書かれているんだ。今の言葉に訳すなら黙示録。この記録は、デジモン黙示録という記録なんだ」

 

「あぽかりぷす?なんか難しいなー」

 

「あれ?でも、ワイズモン、ワイズモンはファイル島に行ったことないんだよね?どうしてダイノ古代境にあるはずのこれ持ってるの?」

 

「これはもともとファイル島に住んでいたヴァンデモンという依頼人から、このデータの残骸を復元するように頼まれて、私の手元に残ったレプリカなんだ」

 

「へー。ねえ、これと僕たちは何か関係あるの?」

 

「そうだよ。全然わかんない」

 

 

結論を急く子供達に、ワイズモンは苦笑いした。

 

 

「このデジモン黙示録という記録は、キミたちの前の選ばれし子供である5人の英雄達が、書き残したことがわかったんだよ。だからてっきり私は選ばれし子供というのは5人だとばかり思っていたんだ」

 

「えええええっ!?それって本当?」

 

「ああ、間違いないよ。かつて世界は2つのイデアがあり、世界を巻き込んで大きな戦争を起こしたと記されている。

 

そして選ばれし子供たちのイデアが勝利し、敗北したイデアは火の壁の向こう側に封印され、パートナーデジモンたちはそれぞれ4つの楔を打ち込んで、封印を施したと言われているんだ。

 

そして世界が平和になり、そのことを讃えるために、記録を残したらしいんだ。『邪悪の闇を打ち払い消滅せしめよ。この世に永遠の平和を』そう締めくくられているよ」

 

 

ワイズモンは教えてくれた。デジモン黙示録は、淡々とかつてあった動乱の日々を書き連ねているとのことである。ガラスの海、結晶化する大地、黒い霧に飲まれて同族同士で撃ち合い、全滅する仲間たち、デジタルワールドを構成するデータが改変され、再編され、再統合され、構築されるはもうひとつの勢力。

 

ほとんどがきわめて抽象的な文章に終始しており、難解な単語のオンパレードで、解釈次第では無限の理解を得られそうな文脈ばかりである。

少なくても、小学校に通う子供達が訊いて理解するのは極めて無謀と言わざるを得ないものだった。

 

とりあえず、古代種がほろんでTAMAGOTTI文明が到来するまでの間に、デジタルワールドが危機に陥り、それを一丸となって救った者たちがいたことだけは確かである。そして、この記録が残されているということは、見まごうことなき勝利を彼らが勝ち取ったという証拠でもある。

 

4つの御柱を立て、封印を施したという言葉でくくられているデジモン黙示録は、明らかにこれからのことも書かれている碑文があると文脈的ににおわせているのだが、その下りにはいるとワイズモンは言葉をいったん切った。

 

 

「ここから先はキミたちの仲間たちと一緒に見せた方がいいかもしれないね」

 

「な、なんかすっごく大事な話聞いちゃったね、トコモン」

 

「う、うん、そうだね、タケル」

 

「緊張させてしまってすまないね。

 先代の選ばれし子供たちが残した碑文なら、きっと力になれることがあるはずだ。このデータをそのデジヴァイスの中に保存させてくれないかい?」

 

「うん、いいよ。ってえええ!?そんなことできるの!?」

 

「ああ、デジモン黙示録にはそう書いてあるよ。3代目のキミたちのデジヴァイスでできないはずがないと思うんだ」

 

「わかった!」

 

 

はい、とタケルはデジヴァイスをワイズモンに手渡した。

 

 

「お兄ちゃん達と早く会わなくっちゃいけなくなったけど、どんどん行方不明になってるデジモン達のことも心配だよ、トコモン。ねえ、ワイズモンと一緒に捜そう?僕たちにこんな大事なものくれたんだ、今度は僕たちが手伝う番だよね!」

 

「そうだね、僕たちもどっかにいっちゃったデジモン達とジュレイモン捜すの手伝うよ、ワイズモン!」

 

 

ありがとう、とワイズモンは頭を下げた。

 

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