夕暮れ時の物悲しい雰囲気の漂う遊園地エリアを細長い影が歩いている。なんか悲しい音楽が流れている、さっきまでは明るい音楽が流れていたのに、と緑の帽子が定位置のトコモンはつぶやいた。
そう言われてみれば、と耳を澄ませば、誰もいない遊園地のショッピング街の閑散とした寒々しさを余計強調させるリズムが流れてくる。
どうやらパペットタウンとロボットタウンのエリアで丁度BGMが切り替わるらしい。類推山の連なる東側の雲は赤く、まるで空が燃えるような色に染まっている。
もうすっかり遊園地エリアは長い長い影が落ちていて、真っ赤に染まっていた。
ワイズモンによれば、あの遥か向こう側の東方にはフォルダ大陸という名前の、今までタケルたちが上陸したことがないサーバ大陸よりもさらに広大な大陸があるという。
このデジタルワールドで一番最初にデジヴァイスを手にした、顔も名前も知らない伝説上の人物である選ばれし子供が冒険したという未知の領域だ。
こことは比較できないほど過酷な地であるというからには、火山でも爆発したのかもしれないとはワイズモンの談である。火山灰がはるか上空にまで届いているのかもしれないらしい。
何でも、朝焼けよりも夕焼けの方が太陽の色が赤みがかっているのは、
デジタルワールドの大気層を突き抜ける太陽の光のうち、青い光が拡散してしまい、赤い光だけが目に届くからだという。
つまるところ、それだけ大気中に粉塵があればあるほど太陽が赤く見えてしまうのだ。砂漠化が進むサーバ大陸である。砂塵の猛威になすすべなく干上がってしまった湖なんかがあるとすれば、潮風に乗って砂ごと運んできてしまうのかもしれない。まるで黄砂のごとく。
だから煉瓦造りの通路が埃っぽいのかしらん、とタケルたちは思ってみたりした。
そうこうしているうちに、ようやく見覚えのある三叉路に辿り着いたタケルたちは、どこか悲しい音楽が流れてくる放送を頼りに、ロボットタウンへと続く道を進んだ。
右も左もショーケースが立ち並ぶ銀座街のようなおしゃれなたたずまいのお店が立ち並んでいる。上を見れば細部に至るまで技巧を凝らしたアーチ状の白い針金が張り巡らされ、
ちゃんと手入れが施されていれさえすれば、色鮮やかな緑色のカーテンを拝むことが出来たのだろう。
だが、すっかり枯れ果て、かさり、かさり、と茶色い落ち葉が空っ風に吹かれて舞っている物悲しい風景がそこにある。
時折、右と左の煉瓦造りの建物同士をつなぐ通路のようなものが橋渡されていたり、洗濯ものを干していたのだろうひもがあちこちに張り巡らされているあたり、上の方が居住区、もしくはアパート、下の方はショッピングができるお店となっているようだ。
ほとんどが店内を見ることが出来るものの、侵入を拒む灰色のシャッターや鉄格子に似た防犯装置が下りている時点で、この辺りの住人達は息をひそめて閉じこもっているのか、
それともどこかの隠れ家にみんなで避難しているのかまでは、タケルとトコモンには分からなかった。
しばらく誰もいない居住区の路地を歩いていくと、ワイズモンが広場と称していたと思われる場所に一気に開けた。
「あ、誰かいるよ、タケル」
「ほんとだ、ロボットみたいなデジモンがいる!ブリキモンってあのデジモンかな?」
灰色の四角い背中が噴水の向こう側で、ゼンマイ仕掛け特有の音を響かせながら動いているのが見える。黄色くて丸い耳らしき突起物が頭の側面についており、赤いU字型の磁石が付いた両手が背足無く動いている。
どうやらブリキモンと思われるデジモンは、ピンク色の四角い眼差しをチェスモンではなく、まるでレゴで作られたのかのような成長期くらいのデジモン達に向け、熱心に何かを話しているようだ。
なんかどっかで見たことがあるような気がすると思ったら、ブリキモンを囲んでいるレゴ製デジモンから伸びるシルエットがアグモンそっくりなのである、アグモンに近い種族のデジモンなのだろうか。
なんだか勝手に親近感がわいてしまう。同じ種類のデジモンであっても、生活する環境によって姿形はもちろん、性質まで変わってしまうことはファイル島に住んでいる地下水脈に住んでるヌメモンと。
砂漠地帯で住める代わりに言語能力が退化してしまったらしいヌメモンを見たからタケルは知っている。もしかして、ここはファイル島のおもちゃの街のデータをもとに発展した遊園地エリアだから、アグモンみたいなデジモンもいるのかもしれない。
「あれはボクがファイル島のおもちゃの街に住んでいたころの話ダヨ!
もんざえモンを復活させてくれた人間がネ、もんざえモンと一緒にナッテ、攫われた僕らの仲間を助けてくれたノサ!」
目を輝かせているカラフルアグモンは、すっげー!と息巻いている。
「あの時はホントにどうなるかと思ったヨ!悪い奴らのせいでみんな動かなくなっちゃってサ!ばちばちばちーって、メガロスパークさく裂させて、やっつけてくれたのサ!かっこよかったヨ!」
「え、それってホントに守護デジモンの方のもんざえモンなのかよ?普通もんざえモンはメガロスパークなんて技、つかえねーじゃん」
至極まっとうな主張が透明アグモンの口から語られる。あー、とブリキモンは訂正に入った。
「そう言えば、人間は【こいつはお前の知ってるもんざえモンじゃない】とか言ってた気がするヨ。でももんざえモンはもんざえモンデショ?もんざえモンであることには間違いないデショ?
だから攫われた仲間を助けてくれってお願いしたら、やっつけてくれたんだヨ。でめたし、でめたし!」
「なんだそりゃ」
「でも、カッコいいよなー」
「ほんとかどうかわかんねえけど、そんな技ほんとに使えるんなら、クリアアグモンのオレとか、トイアグモンのお前らが3人がかりでもやっつけられちゃうのも仕方ないよな」
「完全体のデジモンを3体同時に相手して勝っちゃったんだろ?どんだけ強いんだよ」
「さーさー、今日のオハナシはもう閉店の時間ダヨ。みんなはレゴハウスでゆっくりオヤスミ!また明日ダヨ!続きはこう御期待ダヨ!」
ばいばい、と手を振るブリキモンに、まだ名残惜しいのか、えーとぶー垂れているトイアグモン達だったが、もうすぐ夜が迫っていることもあってか、しぶしぶ家路につくことにしたらしい。
ばいばい、と手を振って帰っていったクリアアグモン達を見届けて、タケルとトコモンはブリキモンに話しかけることにしたのだった。
「こんにちは」
「やあ、初めましテ。これは久しぶりの人間ダネ。驚いちゃったヨ、ビックリ仰天ダネ!僕の名前はブリキモンダヨ。まあ、この名前が付いたのはつい最近なんだけどネ。君たちハ?」
「僕はタケル。このこはトコモンだよ。はじめまして」
「ねーねー、さっきおもちゃの街を助けてくれたもんざえモンのお話してたでしょ?そのもんざえモン連れてたのって、もしかして、選ばれし子供って呼ばれてたの?5人くらいいた?」
「エ?いや、ちがうヨ。さっきの昔話は、ずーっと、ずーっと、ずーっと昔の話ダヨ。選ばれし子供たちが来る前。ファイル島とフォルダ大陸しか世界が無かったころの話ダヨ。
TAMAGOTTI文明が到来したあたりだヨ。人間は来たけど、彼はデジヴァイスは持ってなかったカラネ、選ばれし子供とはちょっとちがうネ」
「そうなんだ」
「そうダヨ。彼の連れてたデジモンは、普通のデジモンだから寿命が尽きて卵になるのを繰り返してたヨ。そしてどんどん強くなってたんだヨ。僕があった時にはもんざえモンを連れてたけど、ジュレイモン様があった時には、別のデジモン連れてたらしいカラネ、別のデジモンに成長させてたんだろうネ。育てることに関しては天才ダッタネ」
へえ、と目をぱちくりさせるタケルたちである。どうやらこの世界にはいろんな子供たちが世界を救うために召喚され、役目を終えては帰っていったらしいことがうかがえる。
もっと話が聞きたいな、という気分になってきたタケルは、とりあえずワイズモンが帰りを待っていることをブリキモンに伝えたのだった。じゃあ、帰ろうか、とブリキモンと共に肩を並べてタケルは元来た道を引き返そうと歩き出したのである。
しかし、闇夜を待ちわびていた者たちが穏やかな世界を許してくれるわけがなかったのだった。
真っ先に気付いたのはトコモンだった。必至で緑色の帽子にしがみつきながらトコモンが空を見上げて、無我夢中でタケルを呼ぶ。いわれるがままに顔を上げたタケルは思いっきり顔が引きつるのを感じた。
無数の影が後ろから前へと木漏れ日の落ちる茜色の街を通り抜けていく。タケルとトコモンの上に何度も影が落ちる。タケルが感じたのは言い知れぬ恐怖だった。
空を飛ぶもの、と言われてタケルが連想できるものはそう多くはない。
バードラモンやエクスブイモンと言った飛行能力がある味方のデジモンだったならどんなに良かっただろう。
タケル、という言葉さえかけてくれたなら、タケルはありったけの声を張り上げることが出来たはずだ。
しかし、それはありえない。彼らは空を飛ぶときに耳をふさぎたくなるようなけたたましい轟音なんてたてないのだから。ごおおおお、とはるか上空を飛んでいるにもかかわらず、しっかりとタケルの耳にまで届くエンジン音は、明らかに空を二分する飛行機雲とは明らかに異なっていた。
ひたすら裏路地の煉瓦の小道を走り抜けるタケルとトコモンの頭の上からは、たくさんの機械音を響かせながら飛んでいく影が見えていた。
成熟期のデジモンなのか、完全体のデジモンなのかは分からないけれども、今まで見たことがないほどたくさんの影が大きな観覧車が目印の遊園地エリアめがけて飛んでいく。
影は隙間なくタケルとトコモン、ブリキモンを踏みつけていき、びゅううう、と隙間風が上の方にある居住区の木製のドアを揺らしていた。
途中であれだけたくさん飛んでいた謎の飛行デジモンの姿が見えなくなってしまい、立ち往生した一人と二体は、ばしゃん、という破裂するような水音がした。
「敵襲ダヨ!これは大変なことになったヨ!はやくワイズモン達に知らせなくっちゃっ!!」
「僕達、先に様子を見てくるよ!ブリキモンはみんなに知らせに行って!」
「えっ!?でも、一人で大丈夫ナノ?」
「大丈夫!僕一人じゃないよ!トコモンがいるもん!大丈夫だよね、トコモン」
「うん!ワイズモンのところでしっかりご飯食べれたから、大丈夫!」
「そうナノ?無理しないデネ!すぐに仲間たちを呼んでくるカラ!」
モーター音を響かせて走り去っていったブリキモンを見届けて、あっちだよ、タケル!というトコモンの声にうなづいて、タケルは懸命に走った。見上げるほど大きな煉瓦街から見えるのは、上の方だけ見える大きな大きな観覧車。
それを目印にひたすらタケルは走る。右を抜け、左を抜け、ようやくたどり着いた坂道を一気に駆け上がる。一気に開けた世界で、タケルとトコモンを待っていたのは、ぐるりとあたりを取りかこむ広場だった。
もう移動してしまったのか、たくさんのデジモン達の姿はなく、ただ閑散とした光景が広がっているだけである。
枯れ果てた噴水の周りは落ち葉で埋め尽くされていた。噴水の周りは水遊びができる水路が整えられていたのだが、ばしゃん、と先ほど耳にした激しい水音はどうやらこの水路が原因のようである。
舞い上がったしぶきが波紋を描き、すっかり水の流れを遮断され濁りきっている水が辺りにたくさんの水たまりを作っていた。空から現れた侵入者の襲来により、沈殿していた泥が一気にあたりを汚してしまっている。
泥だらけになったことなど気にする様子もなく、タケルたちの前に突如現れた、今まで見たこともないようなデジモン達は、まっすぐに遊園地エリアへと向かっているようだった。
「て」
それは、風の唸り声と聞き間違えてしまいそうなほど、小さな、小さな声だった。
「けて」
けれども、たしかにはっきりとタケルたちの前に響き渡った。
「たすけてえええええええ!」
ばっと顔を上げたタケルとトコモンは、いても経ってもいられなくなって、必至で助けを求める幼年期、もしくは成長期のデジモンの元へと走ったのである。
そして、ようやくたどり着いた広大な遊園地エリアの向こう側では、ただひたすらブロックを敷き詰めたようなぼこぼことしたカラフルな通路が広がっていた。
丸い形状のボコボコが6つあるお馴染みの細長いブロックが所狭しと敷き詰められている。まるでモノレールや建物をブロックで再現した某おもちゃシリーズのような、おもちゃ箱のような世界が広がっている。
もし見たことがないようなマシーン型デジモン達の蹂躙が始まっていなければ、きっとタケルもトコモンもその光景に目を輝かせたのかもしれない。
しかし、あたりを埋め尽くすおもちゃの街とは到底なじまない物騒な装備をしたデジモン達がいる。タケルたちはそのデジモンが平然ととっている行動に戦慄したのである。
そのデジモン達はすべて同じマシーン型のデジモン達だった。一番特異に思うのは、きっとそのデジモン達からは生気が全く感じられず、ひたすら機械的な行動をとっているからだろう。
ずんぐりむっくりとした青い操縦席はすりガラスのようになっていて、
操縦しているのが誰なのか確かめることは出来そうにない。両腕はだらりと垂れさがるほど大きな図体をしていて、まるで這いつくばるように、かぎづめ状の三本の手で幼年期のデジモン達を容赦なく投げ飛ばしていた。
煉瓦の壁に磔にされたデジモン達の唸るような悲鳴が聞こえる。ひどい、ひどすぎる。どうしてあのデジモン達はこんなことをするのだろう?目の前で繰り広げられる暴力の限りを尽くすデジモン達にぞっとするほどの恐怖を感じたタケルは今にも泣きそうだった。
ずるずるずる、と瓦礫と共に下敷きになったデジモン達は、ほとんどがぐったりとしていた。そして、そのデジモン達の中でも何人かまだ辛うじて立っていられるのはきっと成長期のデジモンだろう。
バラバラになってしまったブロックの身体を再び元に戻したアグモンのような姿をしたデジモン達は、一斉にその侵入者たちに、カラフルな色とりどりのブロック塀をぶつけていく。
しかし、全く効いていない。一瞬にして振り払われたブロックの炎はあっという間にかき消されてしまった。次はポーンチェスモン達が大きな槍で一斉に攻撃するが、そのデジモンには何のダメージも蓄積されていないらしく、たった一振りの攻撃でかき消されてしまった。
そして、巨大なアームから繰り出されるパンチによってデジモン達は投げ飛ばされてしまう。あぶない、という言葉すらでてこない。もうその時にはタケルとトコモンは走り出していた。
デジヴァイスが光る。あ、と声を上げたタケルはデジヴァイスをかざした。どんどん溢れ出す光は優しくトコモンを包み込む。タケルはしっかりとデジヴァイスを握りしめた。
「トコモン」
それは確認ではない。問いかけでもない。合図だった。
「うん!」
緑色の帽子の上で、元気よくトコモンがうなづく。そのまなざしはとどめを刺そうとしているデジモンへと向けられた。
「大丈夫だよ、タケル。君が望むなら、僕はいつだって頑張れるんだ!」
デジヴァイスの光がトコモンを包み込む。大きな姿をしたデジモンは、その中央にある赤いコアと両脇にある鏡のような円形のレンズをデジモン達に向ける。そして、円形のレンズからまばゆい光が放たれた。
デジヴァイスの光で成長期に進化したパタモンが、一気に降下して殺されそうなデジモン達の下へと一直線に向かう。間に合って、間に合って、お願いだから!死にたくないと悲鳴を上げているか弱いデジモン達の叫びがタケルたちを焦らせる。
デジヴァイスが激しく振動し、発光しはじめる。やった、間に合った。タケルはしっかりとデジヴァイスを握り締める。
その時である。進化の光を突き破って現れた天使が、しっかりとパートナーを抱きしめながら現れたのだ。
呆然と立ち尽くしているおもちゃの街の住人達の目の前で、降臨した白銀の天使はばさりと白い翼を揺らし、真っ白な羽を散らした。
「ホーリーロッド!」
亜空間から召喚された愛用のホーリーロッドを携えて、エンジェモンが飛翔する。聖なる光に阻まれて、ホーリーロッドがそのビームを一瞬のうちにかき消してしまう。
すごい!とエンジェモンの腕の中でタケルが歓声を上げるが、エンジェモンは何か引っ掛かりを感じるのか違和感をにじませたような顔をして何も言わない。
エンジェモン?どうしたの?と首をかしげるタケルに、エンジェモンはなんでもないと首を振った。そして、動きを封じ込め、次々に実験用のデジモン達を捕獲しているレーザーに狙いを定めた。
「ゴッドタイフーン!!」
放たれた上空からの強烈な攻撃には、未対応だったらしい。なすすべなく両方のレンズが破壊されてしまう。すぐ後ろの方では、突然現れた選ばれし子供とそのパートナーデジモンの登場にざわざわとしているデジモン達がいる。
がんばれ!と懸命に応援するタケルにこたえるべく、エンジェモンは飛翔した。大きく振り下ろされる巨大なアームをホーリーロッドで受け止めたエンジェモンは、ぎぎぎぎぎ、と機械音を放ちながら、電機を放ち始めた巨体から距離を置くべく弾き飛ばした。
どおおおん、という轟音と共になぎ倒された巨体はいくつものパーツがはじけ飛んでしまう。ぷす、ぷす、ぷす、と白煙を上げてぎこちない動きをし始めたそれを見て、ますます違和感をぬぐいきれなくなったらしいエンジェモンは思案顔である。
エンジェモンとタケルたちの目の前で、あっけなく正体不明のデジモンは赤いコアを点滅させていたのだが、やがてコアは真っ黒に染まり、すりガラス越しの操縦席にいるであろうデジモンの青い部分もライトが消えてしまった。
「どうしたの?エンジェモン」
「いや……少々、拍子抜けというか、ね」
ゆっくりと動きを停止した乗り物型のデジモンである。外見とは違ってあまりにもあっけなく地面に崩れ落ちてしまった。まだ中にいるデジモンが何者なのか分からない。
警戒をしながらエンジェモンとタケルはその水色のカプセルの中を覗き込もうとしたのだが、一向に操縦かんを握っているはずのデジモンが出てこない。
抵抗することすらやめたのか?と思いながら、エンジェモンは慎重にそのカプセルの中にいるであろうデジモンに話を聞くためにそのカプセルの隅の方を破壊して、中を覗き込んでみた。
「誰もいないよ、エンジェモン」
そこには、ごろりとたくさんのケーブルにつながれたヘルメットが転がっているだけで誰もいない。
「おかしい。明らかに誰かが乗った形跡があるのに、まるでもぬけの殻だ。乗り物型のデジモンみたいだから、誰かいないと動かないはずなんだ。おや?これは・・・・・・・・!」
「どうしたの?エンジェモン」
エンジェモンの拾い上げたのは、何やら真っ黒な謎の物体だった。それはタケルが覗き込むときに生じた、ちょっとした空気の揺れであっという間に散ってしまう。ぱらぱらぱら、とまるでダイアモンドダストのように空気に散見して消えてしまう黒い粒子が風に乗って溶け込んだ。
あ、壊れちゃった、とつぶやいたタケルは、エンジェモンが口元を真一文字に結んで空高く舞い上がるのに気付いた。エンジェモンの携えているホーリーロッドが、主の途方もない怒りに呼応して光を放つ。
ありがとー!と手を振る幼年期、成長期のデジモン達とあいさつする暇もなく、エンジェモンはまだまだたくさんいる蹂躙者たちの元へと向かっていた。
「どうしたの?エンジェモン」
明らかに憤りのにじませた苦悶の表情を浮かべているエンジェモンに、タケルは首をかしげたのである。エンジェモンは十字架の刻まれたマスクごしに、小さくつぶやいた。
「タケル。もし私の予想が当たっているとするならば、私は君につらい事実を告げなければならないかもしれない。それでもいいかい?私は君が悲しむのを見たくない。
でも、彼らを倒す以外におもちゃの街の住人達を助ける方法が見つからないんだ。デジヴァイスをかざしてみても、神聖なる光にさらされても、一切反応がなかった。これはもう、恐ろしいことが起こっているとしか言いようがない。タケル、聞きたいかい?」
「エンジェモン?」
「タケル、無理にとは言わない。確かめたいことがあるんだ。私がいいというまで絶対に前を見てはいけないよ。いいね。これはあまりにも子供にはむごすぎる光景だ」
「え?」
「………タケル、君は目をそらさない覚悟があるかい?」
真摯になげかけられる言葉の向こう側で、遊園地エリアのの中心にある観覧車が見えた。エンジェモンの放つ突風と光の攻撃によってあっけなく散っていくデジモン達がいる。
それでも、一体のデジモンの戦力は大したことは無くても、見渡す限り同じマシーン型のデジモン達がいるのだ。これではもうきりがない。次第に疲労の色をにじませ始めているエンジェモンだが、正体不明の操縦者が操るデジモンを破壊していくたびに、確かに救われる命がある。
やがて、一番多くの侵入者たちが蠢いている地帯では、パンダモンやワイズモン達による反撃ののろしが上がっているのが見えた。すっかり瓦礫の山と化している一帯で、蠢く影がある。
エンジェモンは予想の範疇だったのか対して驚く反応を見せず、そのまままっすぐに突き抜ける閃光となる。牢屋の中に牛ぎゅうづめに押し込められたデジモン達を運ぼうとしていた彼らを撃墜させ、まっさかさまに落ちていく鉄格子のトレーラーを捕まえたエンジェモンは、ゆっくりとゆっくりとミュージアム前に降り立ったのである。
実験体の移動手段を奪還すべく、無数のデジモン達が襲い掛かってきたが、転生を終えたばかりの新たなる個体である天使の敵ではない。もう辺りは焦げ臭い臭いと煙で充満していて、まるで戦場と化している。
けほけほ、ごほごほ、と涙目で口元を抑えながら、タケルはエンジェモンから飛び降りると、たくさんの欠片、メカノリモン達の山がどんどん積み上がっていた中を掻き分け、その牢屋の扉の前にやってきた。
「タケル!エンジェモン!よかっタ、無事だったんだネ!」
安心した様子で笑いかけるブリキモンに、タケルはうんとうなづいた。
エンジェモンの言葉に戸惑いを覚えながらも、どうしようか、と悩みをにじませていたタケルに、ブリキモンが機械仕掛けの身体から何かを取り出した。
「これを使って、閉じ込められてる子たちを解放してあげテ!」
「うん、わかった!」
ブリキモンから投げ渡されたのは針金のような形状をした道具だった。
すぐ後ろで怯えているメッキ性のトゲトゲ頭のヘルメットをかぶっている猫のようなデジモン達をかばいながら、周囲を囲む強襲者たちの腕を切断していくブリキモンがいる。
強力なナックルで粉砕しようと攻撃しているパンダモンが居る。今の隙に、とタケルは懸命にかちゃかちゃと針金を通し、鉄格子の向こう側で固唾をのんで見守っている小さな眼差しを救い出すべくその作業に奔走した。
やがてがちゃん、と錠の上がる音がして、きいいい、と錆びついた鉄のにおいがする茶色い扉が開かれる。
一斉に飛び出してくるのは、ブリキモンが懸命にかばっている青色と白色の島縞模様の尻尾がトレードマークの、トゲトゲメットをかぶったデジモン達だった。
「助けてくれてありがとう!」
「人間だ!みんなー、人間が僕たちを助けてくれたよ!ブリキモンの言うとおりだ!!」
「やったー!」
きゃいきゃいと騒ぐデジモン達だったが、どおおん、と突然通りぬけていった爆音に驚いてひっくり返ってしまう。どうやら遊園地エリアを中心に包囲網を敷こうとしているデジモン達を、エンジェモンが追撃しているらしかった。
「大丈夫?」
「うん、ありがと。大丈夫だよ」
あわてて助け起こしたタケルに、にっこりとそのデジモン達は笑った。
無理やり汚らしい箱の中に牛ぎゅうづめにされていたらしく、すっかり体のあちこちが泥だらけになっている。
鼻を赤くしながらあははと笑ったそのデジモン達は、カプリモンと名乗った。そして、見当違いのところですっころびながらタケルの前にやってきたどろんこは、タケルを確かめるようにすり寄ってくる。
ぱくぱくと餌を欲しがるコイみたいに口を開けてタケルを見上げた。匂いを確かめる子犬のような仕草に思わずタケルは笑ってしまった。どうしたの?って聞いてみれば、ぼんやりぼやけて見えないから、確かめているんだよと教えてくれた。
ヘルメットに付いている2本の角の中にはあらゆる電波や音を受信できるアンテナがある通り、カプリモンは見た目こそぬいぐるみみたいなレッサー型だが、機械の種族にいたりする。
視力が弱く、口から超音波を出して、戻ってくる音波で前方の対象物を認識する、コウモリのような特性を持っているから、タケルへのくすぐり攻撃は止まない。
「ほんと、こわかったっ。こわかったよおおっ。助けてくれてありがとう!」
わらわらわら、と集まってきたカプリモン達にしっかりと抱きしめながら、タケルはほっとした様子で力強く頷くと笑ったのである。
「ぼくら、だけだったんだ。僕らが最後に狙われてたんだ」
「さいご?」
「うん。みんな、あのメカノリモンっていうデジモンにどこかに連れて行かれちゃうんだ。何とか攫われたみんなを助けようって後を追いかけた子もいるんだけどね、黒い霧があるエリアでどうしても見失っちゃうんだ」
「メカノリモン……あれがあのデジモンの名前なんだね。じゃあ、みんなをどこかにさらったのもあいつなのかな?」
「……みんな、連れて行かれちゃった。あいつらに連れてかれちゃった。気を付けて!メカノリモンだけじゃないんだ!このエリアを襲ってるデジモン達は」
「えっ!? うわああああああっ!!」
ごおおおお、というすさまじい突風にあおられて、タケルたちは瓦礫の山へと弾き飛ばされてしまう。どん、と激しく打ちつけられた衝撃から、そのままタケルたちは瓦礫の中に放り出されてしまった。
「タケルっ!?」
「カプリモン!」
ブリキモン達があわてて助けに向かおうとするのだが、メカノリモン達の数が多すぎてそこまでたどり着くことが出来ない。
エンジェモンたちの目の前で、配下の成熟期クラスのメカノリモン達に実験体の確保を命じていた総大将が、とうとう姿を現したのである。メカノリモンを従えて現れたそいつは、まるで戦車のような姿をしたデジタルモンスターだった。
「我々の姿を見たとあっては生かしてはおけない!さあ行け、メカノリモン!我らがD―ブリガードの恐ろしさを味あわせてやるのだ!」
聞いたことのない組織である。突如現れた新たな敵の名前に呆気にとられているタケル達は、反応が遅れてしまった。メカノリモン達は一斉に鏡の鏡像をタケルたちに向けはじめたのである。
鼓膜が破裂してしまうのではないか、というすさまじい騒音と共に飛来した巨大な円形の鏡像が、幾重にもわたってタケルとカプリモン達めがけてトリガーがひかれた。
その瞬間に、スターモンに催眠術をかけられ、無理やり乗せられていた操縦席の哀れな実験体は、そのエネルギーを確保するために極限まで搾取されていたエネルギーを根こそぎ奪われてしまう。
媒体を構成するデータをもとどめておくことが出来なくなり、次次にオーバーヒートを起こし始める。焼け焦げるほどの電気ショックが流れる。
白煙が上がる。ぎこちない動きと共に内部から破壊されていくメカノリモン。もはやその操縦桿に残されているのは、使い捨てにされたデジコアの粉砕痕のみである。
エネルギーは最大。すさまじいエネルギーが一極集中する。本来ならば、相手を動けなくするための視界機能を一時的に奪うに過ぎない閃光弾は、彼らもろとも薙ぎ払おうと、すさまじい光と熱のエネルギーをはらみながら放たれた。
カプリモンを助けようと必死で抱っこしながら、タケルは、自分の名前を呼ぶエンジェモンの声がとても遠くから聞こえた気がした。