(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第129話

タケル達が眠っていたゲストルームの扉を泥棒がくぐり抜けていった。

その時点で、泥棒は物体の間をくぐり抜けることができる、もしくは点と点を線で繋ぐように、空間と空間を繋ぐ不思議な力を持っているという予想を立てておくべきだったのだと。

 

タケル達が気付いた頃には、もう遅かった。ありえないことである。デジモンミュージアムは遊園地エリアのど真ん中にあり、一直線に走り抜けたのならば、アーチの門やテンプ湖が見えてくる筈なのだ。

 

無我夢中で希望と愛情の紋章を持ち去った泥棒を追いかけていたタケル達は、気付いたら今まで来たこともない森の奥深くにまで迷い込んでしまったらしい。どうしよう、と言う不安がタケル達にこみ上げてきたのは、その森が明らかに異質だったからだ。

 

タケル達の知らない世界の入り口の様相を呈していたからに他ならない。

 

 

世界は色を失っていて、すべてが無色で透明な輝きに満ちていた。弧を描いて山道に垂れ下がっている樹木が、数え切れないほどのプリズムでしたたり、きらめいているのである。草も木も花も道端に転がっている石ころでさえ、水晶のようなガラス質のものに覆われ、その光が月の銀色で滲んでいる。

 

目がチカチカするような、光の世界の中にタケルたちはいた。すべてが霞んだ万華鏡のような効果できらめいていて、重なり合っている装飾の帯が、自生している植物たちの密集具合を示しており、木々の間はおろか雑草らしきガラス彫刻が広がる。

 

もうその先は何も見えない。空は澄んでいて、この水晶で作られたような景色に月の光がなんにも遮られることなく降り注いでいる。

 

タケル達が歩みを進める様子が水晶に映し出されると、一瞬にしてタケルの緑が滝のように拡散し、遅れてパタモンのオレンジ色が空中でさざ波をうって広がっては、やがて虚空に消えていく。

 

交際の揺らめきが収まると、草木の一本一本が光の鎧に包まれたように輝き始め、宝石はその色を鮮明にしながら呼応する。周囲の光よりも暗く、強烈さを秘めている光が宝石内部に閉じこめられているようだ。

 

どうやら水晶のようになりつつあるのは、それだけではないらしい。

 

 

怖くなって先へと急ぐタケル達を待っていたのは、この道の先にあるはずのテンプ湖とよく似ているが違和感を感じる広大な湖だった。白い噴水かと思ったら、宝石化した水草が幾重にもアーチを形成し、絡み合っていたのである。

 

初めは凍り付いているのかと思われたが、水晶化しつつある水がたくさんのトゲで覆われていて、その角張ったところから蒼色のプリズム光が反射し、水面に揺れているのだ。普通なら氷はトゲなんて出したりしない。

 

ゆらゆらと不安な眼差しを映し出す水面をのぞき込むと、トゲは水中でどんどん結晶化を進めており、近くに沈んでいる枯れ葉や石ころ、泥に至るまで、いろんな物質を吸着し、肥大している。

 

そのため水面下ではすでに結晶化が始まっているようで、至るところでトゲは複雑に絡み合い、その中で塊になったものが水の上に顔を出し、波に洗われているようである。

 

一見すればプリズムのような光で満たされた光景は楽園のように美しいが、突然この空間に迷い込んでしまったタケルとパタモンからすれば、それは恐怖以外のなにものでもない。タケル達にとってこの世界はあまりにも美しすぎた。

 

 

タケルはデジヴァイスを手にした。パタモンも頷く。エンジェモンに進化して上空から辺りを探索すれば、入り口が見つかるかもしれない。このまま敵に見つかって、逃げまどうよりは幾分安全なはずだ。タケル達の気持ちに呼応して、デジヴァイスが光を放つ。

 

ばさりと真っ白な翼を広げたエンジェモンがタケルを抱きかかえて空を飛ぼうと6枚の羽根を羽ばたかせたとき、その風に煽られて、水晶のような光の鎧に覆われている周囲は、かちかちかちとそろばんを弾くような音を立てた。

 

脆い地面からはえているシダの葉っぱがつややかな茂みとなって、月夜に舞った天使をうつす。天使の飛翔の煽りを受けて、ぎらぎらと草木が発光する。

 

 

 

 

 

がくん、とエンジェモンの態勢が崩れたのは、その直後だった。急にぐらりと動いたかと思うと、エンジェモンは焦った様子で振り向いた。

 

エンジェモンが風を生んだ影響で光を発している外皮に張り付いていた粉がはがされ、光の鎧をはがされた樹木は白っぽくなっており、接近していた別の植物にべったりとへばりついている。

 

風によって巻き上げられた謎の発光粉は、エンジェモンたちにまで舞い上がり、妙に固く焼き鈍したような、溶解した粉が降り注いだのである。どうやらその粉をあびてしまうと、生き物だろうが容赦なく結晶化していくようだ。

 

浮力を生む翼の付け根の部分が結晶化してしまい、エンジェモンの失速は止まらない。必死でタケルを抱きかかえたままエンジェモンは落下し始めた。タケルが見たのは、水晶の樹の周りにはコケがつららのような格子となって垂れ下がり、頭の上の樹の天蓋からは月の光が絶え間なく差し込んでいる鮮やかな世界が反転している光景である。

 

どんどん降下していく世界に、もうダメだとタケルがきつく目を閉じた時である。突風が吹いた。凄まじい風がエンジェモンを通り抜ける。思わず声を上げてしまったタケルが見たのは、わが身を盾にしてまで守ってくれたエンジェモンの心強い腕である。

 

エンジェモンの翼を凄まじい勢いで結晶化させていた粒子が、どこからともなく吹いてくる風によって、一瞬のうちに吹き飛ばされてしまった。ようやく自由が利くようになったエンジェモンとタケルが辺りを見渡すと、箒を持った人影があった。どうやらあのデジモンが助けてくれたらしい。

 

 

「あいっかわらずそそっかしいねえ、アンタたちは!なんでここにいるんだい、まったく!死にたいのかいっ!?ここがどこだか知らないわけじゃないだろう!」

 

 

金切り声が響いている。誰か知りあいのデジモン、もしくは人間と間違われているようだ。ものすごい剣幕で怒っている女性型のデジモンは、返事をしかねているタケルたちを見て、ますます生意気だとかなんとか怒っている。どうしたらいいのかタケルたちは途方に暮れた。

 

思わぬ言葉にぽかんとしているタケルは、知ってる?とエンジェモンに聞いてみるが、いや、私も知らないなとエンジェモンは困惑しきりである。もちろん正真正銘の初対面である。

 

 

「なにしてるんだい、とっとと降りてきな、×××!パートナーともども石像になりたいんなら話は別だがね!」

 

 

彼女から紡がれたのは、男の子の名前だった。しかし、タケルの知らない名前である。やっぱり誰かと勘違いされているようで、タケルはヒステリックに今すぐ帰れと叫んでいる彼女に向かって大きな声で返すのだ。

 

 

「僕、×××じゃないよ!タケル、タケルっていうんだ!」

 

 

その言葉に彼女はようやく人違いをしていると気付いて、タケル?と小さく返した。

 

 

「選ばれし子供の名前じゃないのさ。本当なのかい?」

 

「そうだよ、タケル!選ばれし子供なんだ」

 

 

しっかりと手にしているデジヴァイスを掲げたタケルを見上げた彼女は、そうかい!とそれはそれは真剣なまなざしで頷いて、おりてきな、と手招きした。どうやらこのエリアでも選ばれし子供という英雄の名前は伝説として伝わっているようだ。

 

 

「ねえ、エンジェモン、いこう。僕漬物石にはなりたくないよ、絶対やだっ!」

 

 

これ以上浮遊を続けては粒子が再び拡散してしまうことを考えると危険だ、と言うエンジェモンの懸命な判断によって、彼らは老女の姿をしているデジモンの前にやって来た。

彼女はすぐ後ろを振り返り、入りな、と先を促した。

 

そこにはシルバーガラスでできた洋風の建物が立っており、どうやら彼女の家のようだ。突然迷い込んでしまったエリアで、幸いにも親切なデジモンに出会えたことに感動しつつ、タケルとパタモンは彼女の家にお邪魔することにしたのだった。

 

小さなテーブルにある椅子に腰掛けたタケルとパタモンに、彼女はもうほとんど残っていない冷蔵庫の中からなけなしの飲み物を出してくれた。さすがに遠慮したのだが、大人の言うことは聞くもんだ、と押し切られてしまう。

 

ガラスのコップに並々注がれた飲み物に口を付けつつ、向かいに座った彼女は笑った。

 

 

「さっきはすまないねえ、×××とまちがえて。アンタは緑色の帽子をかぶってるだろう?あの子は黄色いよく似た帽子をかぶってたもんだから、間違えちまったよ。年はとりたかないねえ」

 

「あの、もしかして僕たちの他にもこの世界にきてる子がいるの?」

 

「いんや、ちがうよ。だから年は取りたくないのさ。何百年も生きてると、ほんの200年前のことなんて、ついこのあいだのことの様に思っちまう。ずっと前にいたことは確かだけど、さすがに今はいないだろうさ」

 

「に、にひゃくねん……そうだよね、いないよね」

 

 

がっくりと肩を落とすタケルである。ちなみにタケルはデジタルワールドの1日が現実世界の1分だとはこの時知らない。どのみち彼女の言うファイル島を救ったことがあるテイマーは、別の次元から召喚された人間だ。

 

そちらの人間の現実世界とデジタルワールドの時間の関係もまた違う関係にある以上、タケル達がその子供と出会うことができる確率は、それこそ天文学的な数字になるだろう。はあ、とため息をついたのは彼女だった。反応するところはそこじゃないとでもいいたげだ。

 

 

「タケルとパタモンだっけね?その様子から見るに、ここがどこだか分かってないだろう?」

 

「うん、しらない。ね?タケル」

 

「うん、しらないよ。気付いたらここにいたんだ」

 

「ふうむ、迷い込んじまったってわけかい?そりゃとんだ災難だ。おどろいたろう?しっかし、おかしいねえ、ここに通じてるゲートはすべて封鎖されてるはずなんだけど。タケルたちはどっからきたんだい?」

 

「サーバ大陸にある遊園地のエリアだよ」

 

「サーバ大陸かあ……そりゃアタシの管轄外だ。また迷い込まないようにこっちから手を回しとくから、安心しとくれ。悪いことはいわないよ、元のエリアに戻してあげるから、今すぐ帰りな」

 

 

彼女の眼差しは真剣そのものだった。え、でも、と言葉を続けようとしたタケルに、彼女は外を目くばせする。うながされるまま、窓ガラスに目を向けたタケルたちは息を飲んだ。

 

かつて畑だったらしい地帯の柵は水晶の覆いを被せられ、連なりがまるで矢来のようになっている。古い農園の残骸をつっきり、タケル達の高さまである緑色の植物に取り囲まれたアーチを抜け、精巧を極めた彫刻を目指せば、この女主人の家に辿り着く訳である。

 

矢来の両側の真っ白な霜は、それぞれデジヴァイスくらいの大きさになっていた。まるでウエディングケーキのようである。タイミングが悪ければ、危うく串刺しになるところだったらしい。

 

なにせ畑のところからここの家まで続く道のりは、水晶やガラスや石英の針が敷き詰められているのだ。どのみち大けがは避けられなかっただろう。

 

間一髪の意味をパタモンとタケルは、女主人に呼ばれて窓の向こう側をのぞき込むことで知ることになる。

 

まるで黄昏が訪れたかのようだった。真っ赤な光が通り過ぎていく。

そのあとに残されたのは、もう一波通り過ぎた豪雪のようだった。

 

水晶のような樹が輝く洞窟の石像のように垂れ下がり、葉が宝石の枠を作って、解け合い、プリズムの格子になって、その合間から何百もの虹を作って照りつけている。

 

驚異ともいうべき光景である。自然の成り行きでは絶対に起こりえないグロテスクな美しさが広がっている。視覚上の驚きだった衝撃を通り過ぎたタケル達は、この光り輝く森が見捨てられた煉獄のように感じられた。

 

敷居を張り出したベランダ状のところから見える景色は、言いようのない恐怖を与える。草木を覆っているてかてかとした水晶の輝きが先程より鈍く、かすんでいる。

 

もう一層水晶の層が出来上がった証拠である。地面に敷き詰められているガラス針は、すっかり槍にでもついていそうな大きさにまで成長している。

色鮮やかな光の鎧の輝きは消え去り、変わりにほのかな琥珀の輝きが広がっていた。辺り一面に濃い霧が発生しており、結晶化の勢いを早めていることは明白である。

 

 

「危ないところだったねえ」

 

 

ぱらぱらぱら、と老婆はタケルとパタモンの周りを軽く払ってくれた。

開花した花びらのように何百と張り付いている水晶の欠片が、タケルの足元にある絨毯の上に転がった。

 

 

「あの一波に巻き込まれたが最期、方向感覚を奪われて右往左往しながら、結晶化の進行が加速するエリアまでさまよい歩く事になっちまうのさ。アンタたちはすることがあるんじゃないのかい?こんなところで油売ってちゃだめさね」

 

「えっと、その、僕たち、探さなきゃいけない物があるんだ。それを見つけるまでは帰れないよ」

 

「そんなに大切な探し物って……もしかして紋章かい?それならこのエリアには無いよ。ここはアンタたちがくるずっと前からゲートは閉じてるからねえ」

 

「紋章のことしってるの?」

 

「まあねえ、これでも昔は守護デジモンをやってた身さ。噂はかねがねしってるよ」

 

「それなら、その、お願い、一緒に探してほしいんだ。お日様が山から登ってくる黄色い紋章と、ハート形の真っ赤な紋章があってね、希望と愛情って言うんだけど、泥棒が入ってきて、盗まれちゃったんだ」

 

 

懇願するタケルの言葉を聞いた彼女は、さっと血の気が引いたのか顔が青ざめる。どうやら選ばれし子供にとっての紋章の価値が分かっているようだ。ちょっと身を乗り出して、彼女は少々興奮した様子でまくしたててくる。

 

 

「盗まれたって、それは確かなのかい?ここに迷い込んできたってことは、まさか、その不届き者はこのエリアに逃げ込んできたってことでいいんだね?タケル」

 

「え、あ、う、うん、そうだよ。僕みたもん。紋章もって逃げちゃったの」

 

「そうかい、そうかい、そりゃ災難だったねえ。ったく、あっちのヤツラは何してんだか。最後の最後まで後手後手じゃないのさ」

 

 

苛立ったように舌打ちをした彼女は、申し訳なさそうにタケルに向かう。

 

 

「面目ないねえ、アンタたちには苦労ばっかりかけてるみたいで申し訳ないよ。アタシはココから離れられないから、あっちが今どうなってるのか分からないんだ。そういうことなら仕方ないね。アタシも協力させてもらうよ」

 

「ホント?ありがとう!」

 

「ああ、それくらいしかアタシにできることはないしねえ。ところで、その泥棒はどういう奴かわかるかい?」

 

「ううん、真っ暗だったからよくみえなかった。でも、これくらい小さな隙間から見えたから、これくらいの大きさだと思う。あと、そうだ、扉をすり抜けちゃうんだ」

 

「うーん、それくらい小さいなら幼年期のデジモンだろうけど、扉をすり抜けちまったりするなら、バケモンたちにもできそうだねえ。ゴースト型のデジモンなら誰にだってできるだろうさ」

 

 

そっかあ、とタケル達はため息である。ようやく一波と呼ばれている風が通りすぎたらしく、ステンドグラスのような天蓋から、穏やかな日だまりが生まれた。

 

森は多くの光を集約した虹の終着点となり、玉虫色の帯が辺り一面に輝いている。すっかり水晶に覆われてしまった女主人の家は、彫刻の施された豪邸のように様変わりしている。

 

芝生に映えている水晶の葉っぱは鋭利になりすぎていて、スポーツシューズでも貫通しそうである。これはおとなしく琥珀色に輝く山道をたどった方が良さそうだ。

 

 

「しっかしまずいことになったねえ。ただでさえ、10個ある紋章のうち2つが行方不明のままだってのに、次から次へと紋章が盗まれてると来た。いやな予感しかしないよ」

 

「え?10こ?あの、紋章って10個あるの?」

 

「うん?不思議なこと聞くねえ。アンタたち、10人いるんじゃないのかい?紋章やデジモン達がいなくて、さぞかし大変だろうと思ってたんだけど」

 

「僕たち8人しかいないよ?」

 

「………そうかい、わかったよ。ありがとうね、タケル。アタシの考えている以上に、状況は最悪らしいってことがよくわかった。とりあえず、選ばれし子供は10人必要なんだよ。絶対ね。まあさすがにホメオスタシスがなんとか手を回してくれてるだろうとは思うけど、

 

そうか……まだそろってないと来たか……もし新しい仲間が加わったら

いきなり巻き込まれることになると思うからね、しっかりフォローしてあげなね」

 

「うん、わかったよ。教えてくれてありがとう」

 

「ねえねえ、どうしてそんなことまで知ってるの?」

 

 

パタモンの素朴な疑問に彼女は笑った。

 

 

「そりゃアタシが占い師だからさ。未来を予知するくらいなら朝飯前さね。アンタたちのことはずーっと前から知ってたよ。そしてこの日が来ることだけを希望に待ってたのさ。

 

よく来てくれたね、タケル。それだけでアタシはまだまだ老体うって頑張れるってもんだ。とりあえず、泥棒捜しなら水をたどっていくとしよう。

 

どうやらこの結晶は水の中に入ると結晶化するのがてんで鈍くなるみたいでねえ、いずれは塊になっちまうだろうが、この空間にわざと逃げ込んできた奴が相手なら、それくらいの知識はあるはずさ」

 

 

タケルとパタモンは顔を見合わせてはにかんだ。めんと向かって褒められると照れくさいものがある。今日はもう遅いから一泊していきな、と進めてくれた彼女の好意にタケルたちは甘えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タケルは、露店の台に並んでいる彫刻や骨董品を眺めた。不要鉱物を活用しているチーク材と象牙の彫刻の作り物の多くは廃棄鉱物の屑山から拾い集めた方解石やほたる石の断片で装飾されそれらが彫刻像の小さな王冠やネックレスとして取り付けられている。

 

不純な翡翠や琥珀の塊から作られた彫り物が多く、それらを作った彫刻士たちは、宗教的なイメージを忠実に再現するつもりはないようで、前衛的な肖像を作り上げていた。

 

 

「すごーい、きれいだね」

 

 

カルシウムの水晶が像の目になっているようで、陽光の中で燐のように瞳が輝いている。女主人はこの好機を逃すまいと大きく格好を崩して愛想笑いすると、台の奥の方を覆っていたキャラコの布を取り除いた。

 

タケルは手を伸ばして女主人がタケルとパタモンの目にさらした装飾品を取ろうとした。しかし、彼女は彼の両手を押し戻した。

 

 

「坊や、お金は持っているのかい?」

 

 

これは見せ物じゃないんだ、触らないでほしいんだよ。ごめんねえと笑う女主人に、タケルとパタモンは落胆した。

 

 

「これじゃだめだよね?」

 

 

財布から差し出された1円玉、5円玉、100円玉、500円玉だが、

女主人は肩をすくめ、首を振った。

彼女の手の中で陽の光にきらめいているのは、石英のような鉱石を掘って作られたと思われる、巨大な水晶の薔薇らしかった。

 

薔薇の形がそっくりそのまま再現されており、それが水晶の台にはめ込まれている。大きなカットグラスのペンダントの中央に薔薇の生け花が差し込まれているのだ。

 

石英の内側の面は素晴らしい技巧でカットされ、薔薇のイメージが20も30も重なり合って、まるで入り組んだプリズムを通してみたときのように屈折している。光が絶え間なくわき出るイズムのように、この宝石から注ぎ出ていた。

 

薔薇の隣には半透明の翡翠のような石を彫って作った葉っぱと小枝がある。葉っぱはどれも精巧に本物らしく作られており、静脈が結晶体の表面の下でうっすらと格子骨格模様を作っていた。

 

枝の割れ目から春を待つ芽や小枝の小さなしなり具合という事細かな部分まで、忠実に作られていた。その横には、キノコや小石と言った彫刻の題材とするには少々風変わりな彫り物もある。

 

それらの彫刻を取り囲む台座の表面を通して、自分の姿が幾重にも屈折されて見え、全体がその姿で光り輝いていた。島根のおばあちゃんの部屋にある三面鏡の間に首を突っ込んだ時とよく似ている。

 

タケルとパタモンがのぞき込んでみると、彫り物と光源の間に影が入り込んでしまったが、それでも彫り物の中は光で満たされている。どうやら光源が内部にあるようだ。

 

 

「中に電気入れてるの?」

 

「種も仕掛けもありゃしないさ、あたしゃペテン師でも詐欺師でもマジシャンでもない。 ただの露天商の女主人だよ。持ち上げてご覧、こいつらが光ってるのさ」

 

 

手渡された水晶の葉っぱを注意深く観察してみるが、豆電球らしき物は見られない。

 

 

「アレのおかげさ」

 

 

天高く女主人が空を指差す。釣られるようにして空を見上げたタケルとパタモンは、夜空に輝く満天の星にようやく気付く。名前も知らない星座の中に、ぽつんとひとつ、かつてないほどの光度を持っている星が通っているのが見えた。流れ星である。

 

前方には巨大な光の冠を携え、まっすぐに閃光を描く流れ星は、そのあまりのまばゆさで、周辺の小さな星々の輝きを根こそぎ奪い取っているようだ。

 

流れ星の輝きは少なくても満月に見える月光よりも何十倍も輝いていて、タケルが生まれてきてから、何度となく見上げてきた夜空で初めて月が2つあると錯覚思想になるほど、燦然とした光を放ち続けているのである。

 

これだけ大きな流れ星だったなら、サーバ大陸全土で見えているに違いない。もしかしたら、サーバ大陸から遠く離れたファイル島、もしくは周辺の島々でも。この巨大な空の灯りは、女主人が売り物にしている宝石の彫刻と同じ光で輝いているような気がした。

 

 

「ねえ、パタモン、デジタルワールドでも流れ星って見えるんだね」

 

 

生まれて始めてみたと感動しているパートナーに、えっと、とパタモンは困ったような顔をする。パタモンのつぶやきなど届いている筈もなく、タケルは空を見上げている。

 

デジタルワールドは破損したデータが積み重なって構築されている世界である。決まった周期で雨が降り、決まった周期で季節が訪れ、決まった周期で環境は保全されている。

 

現実世界のように毎年変化が訪れる世界ではなく、タケルが考えているよりも単純な世界である。この世界に存在しないデータがもたらされたことで変化することはあるのかもしれないが、少なくてもパタモンの記憶がただしければ、パタモンが生まれた200年くらいは今の時期に流れ星が見えたことは一度もなかったはずである。

 

サーバ大陸のみで観測される事象ならばピラミッド迷宮から一度も出ることなく誕生し、ファイル島のはじまりの町育ちのパタモンが知らないのも無理はない話である。

 

 

「この辺りでは流れ星が見えるの?」

 

「いんや、そんなことはないよ。あたしだって見たのはこれで2回目だもの。久しぶりに隕石でも落ちたんだろうさね。今頃ファイル島では何百年ぶりかのデジモンの誕生だね」

 

「え、デジモン?さっきのデジモンなの!?」

 

「きっとダイノ古代境に落ちたんだろう。なあに、心配するこたあないさ。あんた達の世界だって桃やら竹やら木の実やらから子供を授かる奴もいるんだろう?空からデジモンが生まれたってなんにも不思議な事じゃないよ」

 

 

今頃守護デジモンの誰かがインセキモンを保護してるだろうさ、と彼女は快活に笑った。

 

 

「ねえ、パタモン。時々この世界って、物凄くそのまんまなデジモンいるよね」

 

「そうかなあ?」

 

「インセキモンとか、そのまんまだよ」

 

「僕はそのまんまじゃないよ」

 

「うん、しってる」

 

「……」

 

 

なんかすっごくばかにされた気分!とパタモンはむくれた。

 

 

「……って、あの流れ星とこの水晶はなんの関係もないじゃないか!教えてよ、この光のひみつ」

 

「おや、本当にそう思うかい?」

 

 

けたけたと女主人は笑った。そして、すっぽりと覆っているローブからほっそりとした腕を差し出したのである。ぱらぱらと水晶の欠片がこぼれ落ちた。よく見れば発光する木々に自生していた結晶のコケが付着していた。

 

何か持っているのかとのぞき込んだタケルとパタモンは、暫し言葉を失ってしまった。女主人が差し出した右腕は、肘から指先まですっかり半透明の結晶体に包まれていたのである。まるで腕が結晶化して半透明の物質の塊となっていたのだ。

 

手と指先のプリズムのような輪郭が幾重にも多彩に反射して見える。一見すると大きな宝石で装飾されたコテにもみえるそれは、ぴったりと女主人に張り付いていて、間違いなく肘の辺りから腕そのものが硬質で鮮やかな光を放ち始めていたのである。

 

水晶状の塊にしっかりと包まれてしまっている。自分では持ち上げられないほど重いらしく、指はほとんど動かすことができず、迷宮のように輝く螺旋の虹の中で輪郭を浮かび上がらせていた。

 

めりめりめり、と水晶の破片が落ちていく。動かないとどんどん進行していくんだよ、と腕を廻す彼女の腕から結晶がはがれ落ちていった。頸と肩を結晶の帯が捉えたら最期、恐らく彼女はその場から一切動けなくなり、一気に肖像化が進むのだろう。

 

神秘的だけども、ぞっとするほど恐ろしくきらびやかな現象に、タケル達は女主人を見た。

 

 

「大丈夫なの?」

 

「大丈夫に見えるんならたいしたもんだ。ああ、触っても大丈夫だよ。すぐに払い落とせば問題ない」

 

 

おそるおそる指先に触れたタケルは、水晶化した物体が宝石のような光を放っているが、それはあくまでも月光のようなものであると知る。まるで人形のような手だった。ぞっとするほど冷たい、まるで死体のように温度を全く伴っていなかったのである。

 

さすがに怖くなって反射的に距離を取ったタケルは、怯えた様子で女主人を見た。傷ついた笑みをたたえている彼女に申し訳なくなって、ごめんなさいってタケルは謝る。

 

 

「気にしなくていいよ、これは呼ばれざる客だけを蝕む呪いみたいなもんだからね。アタシもこういう類のは初めてだが、気を付けてれば死ぬわけじゃないから大丈夫さ」

 

「のろい?」

 

「ああ、呪いさ。風土病とも言っていい。気を付けるんだね、タケル。長居すると出られなくなるよ。身体の一部が結晶化でもしてみな、そこからあっという間に体中に結晶化の粉が巡ってどうしようもなくなっちまうんだ。だからわざわざ代謝の悪い婆の姿をしてるわけだからねえ。

子供は代謝がいいからね、気を付けるんだよ」

 

「どうしてそんな怖いものがあるの?」

 

 

さあねえ、と女主人は肩をすくめた。始まりは衣装に付ける宝石を扱う商いが上質な品物を持ち込んだのがきっかけらしい。そのうちに、小さな彫り物や聖器が出回るようになり、一大産業にまで発展したそうだ。

 

のちに結晶地帯と呼ばれ、この結晶化する粉末により彼女のような病を患うことになったことを恐れたデジモンたちはいなくなり、商売のために時折命の危険を冒して立ち入る以外来訪する者はいないらしい。

 

安っぽいお土産品を持っていって、一晩それを放置して、翌日取りに行くと結晶化し、宝石まで発生するとのことである。実質移動の労力しかかかっていない。水晶の急成長が起こっているその地帯で作られたものの特徴として、女主人が並べている品物のように光を放つという不可思議な作用が付随するとのこと。

 

 

「もしかしたら、その泥棒っていうのはこの先にあるエリアに逃げ込んだのかもしれないねえ」

 

「エリア?」

 

「ああ、そうさ。あたしみたいな手の施しようが無いほどにまで悪化しちまった上に、とんでもない物好きはここに留まってるけど、ほとんどのデジモンたちはあの先にあるバリケードで結晶地帯の浸食を防いでる安全地帯でくらしてるのさ。 あそこの住人たちなら何か知ってるかもしれないねえ」

 

 

琥珀の道を指差す彼女は教えてくれた。銀色の水晶がしなだれかかっている宝石化したクモの巣の向こう側には、橋の残骸があり、結晶化を免れている川が流れているらしい。

 

その先に墓石のように人の気配がない白い建物が点在していて、彼女と同じ病に苦しむデジモンたちを世話する病院があって、さらにその先に小さな町があるとのことである。

 

 

「でもどうやっていけばいいの?」

 

「それくらい案内してあげるさ。そうだ、これを持っていくのを忘れないようにね」

 

 

ほら、と彼女が手渡したのは、どうやら結晶化現象によって発生したのではないガラス玉のようである。

 

 

「なに、これ?」

 

「タケル、みて!タケルの帽子についてた結晶、溶けて消えちゃったよ!」

 

「ほんとだ!すごいや!これ、宝石なの?」

 

「あはは、誰がただで宝石なんかあげるもんかい。それはただのガラス玉だよ」

 

「でも、すごい!なんで結晶溶けちゃったの?」

 

「氷は流れのある水を凍らせることができないのと同じさ」

 

「?」

 

「ガラスってのはね、いくら冷やし続けても、結晶化はしない不思議な物質。そもそも固体ってのは、温度が低くなって結晶になったのを言うんだけど、ガラスはそれが無いんだよ。ガラスは固体の仲間じゃないのさ。

 

だからガラスは異常に粘度が高くて、剛性がある不思議な液体なんだね。長い年月がたつうちに、少しずつガラスはたれてくる。  長い年月を過ごしてきたステンドグラスってのは、上に比べればやや下側が厚くなってるんだ。

 

さすがに川に浸りながら町を目指すって訳にはいかないだろう?それを肌身離さず持ってれば、少なくても行き倒れの挙げ句新しい彫刻の完成ってオチにはならないさ。

 

気を付けなよ。坊やたち人間、それにエンジェモンみたいな天使属ってのはそれだけで絵になるからね。オークションの目玉にならないことを祈ってるよ」

 

「ありがとう!でも怖いこと言わないでよ」

 

 

試しにタケルは窓を開けて、女主人からもらったガラス玉をかざしてみると、プリズムの光を吸収しながらガラス玉は少しずつではあるものの、結晶によって磨りガラスと化していた窓を普通の状態にまで戻してくれた。

 

 

「ねえ、これじゃその腕は、直せないの?」

 

「あっはっは、さすがに1時間毎にガラス玉を砕いて飲むのもこの老いぼれにはかなりの重労働なのさ。こうして身体を動かしながら、迷い込んでくるあんたらみたいなのを助けてる方が楽しいんでね。ガラス玉の効果はいつまでもある訳じゃない。注意するんだよ」

 

「うん、わかった。ありがとう!」

 

「ねえ、お名前、聞いてもいい?」

 

「しがない占い師さ、名乗るほどのもんじゃないよ」

 

 

どこかひねくれている彼女は意地悪に笑った。

 

 

「地獄へようこそ、タケル。ここは暗黒勢力の浸食が最も激しい最前線のエリアなのさ。裏次元とも言うけどね。もしここから生きて帰ることができたなら、名前くらい教えてあげてもいいよ」

 

 

さらっととんでもない爆弾を投下されたタケルとパタモンは、ようやく自分たちが置かれている状況がとんでもないことに気付いて青ざめるのである。わたわたし始めたタケルたちを眺める彼女はどこか楽しそうだ。どこか懐かしそうに眼を細めている。

 

ちらりとタケルが見た先には、彼女の眼差しがポラロイド写真に向けられていることが分かった。

 

 

「そこにいるのが×××君?」

 

「そうさね。選ばれし子供ではなかったけど、デジモンを育てることにかけちゃ天才的な才能を持ってた子だったよ。だからこそ、アタシが呼んだんだけどねえ。ウィルス種だろうがワクチン種だろうが奴に育てられたデジモン達は、そりゃもう強かった」

 

「それってもしかして、ブリキモンが言ってた英雄のことかな、タケル」

 

「それ僕も思った!あのね、遊園地エリアで聞いたんだよ。昔話」

 

「そーか、そんなに昔の話になるんだねえ。また撮りたいもんだ。ぜんぶ終わったら、ここに飾る写真を増やして欲しいもんだね」

 

「写真・・・かあ、うん、僕もほしいなあ。だれか持ってないかなあ、カメラ」

 

 

彼女の眼差しは優しい。色あせてしまった写真には、様々なデジモン達がうつっている。この写真に写るどのデジモンが彼女に当たるのか、タケル達にはわからない。彼女は笑った。

 

 

「いいかい?ガラスってのはね、冷えて固まっているように見えて本当はゆっくり動いているのさ。ただし何十年も何百年も何千年もかけて少しずつゆっくりとね。あんまりゆっくりなんで人間の目には止まっているようにしか見えないだけ。

 

でも何千年も生きるあたしらデジモンは、ガラスが動いているのを見ることが出来る。 でも、人間であるお前のパートナーは絶対にあたしらと同じ立場で同じ目線で見ることはできない。

 

今を大切にするんだよ。同じ世界に存在しながらあたしらと人間はまったく違う時間を生きているんだから」

 

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