(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第135話

「タケル、どうしたの?」

 

「ちょっとだけ・・・・もうちょっとだけ待てない?トコモン」

 

「このままじゃあ、ティンカーモンたちに見つかってまた捕まっちゃうよ。早く逃げようよ」

 

「でも、でも、ロゼモンが・・・・・・僕約束したのに、また会おうって、なのに・・・・・」

 

 

遠くにそびえている結晶世界の宮殿を見上げて、タケルはぽつりとつぶやいた。無我夢中で逃げてきた回廊は、陰惨の一言につきた。あるのはロゼモンが奮闘した名残だけ。究極体同士の激突は想像を絶する規模の被害をもたらしていて、結晶化したデジモンたちは一体残らず瓦礫になっていて、階段すら足元が心許ないほどの崩壊を見せていた。

 

ツノモンとピョコモン、タネモンはおぼろげな記憶の中でデジヴァイスを託してくれた面影に

思わず足取りが止まってしまった。かつてはじまりの町を守っていた守護デジモンは、ファイル島唯一の究極体のデジモンでもある。誰よりも強かったことをみんなが知っていた。

 

彼女の帰りを待った方がいいんじゃないかなあって、後ろ髪を引かれる思いのタケルに、首を振ったのは頭の上にいるトコモンだ。

 

 

「悔しいけど今の僕たちじゃ、D-ブリガードのデジモンたちには勝てないよ、タケル」

 

「でも・・・・・」

 

「ロゼモンいってたよね?タケル。また会おうって。生きてたらまた逢おうって。タケルは、選ばれし子供たちは、この世界の希望なんだから、ぼくたちががんばってるってだけで、ずっとずっとがんばれるっていってたじゃないか。

せっかくロゼモンが逃がしてくれたんだよ、タケル。僕たちにできることは、待ってることじゃないよ」

 

「・・・・・・わかった」

 

 

なんでぼくは、ぼくたちは、なにもできないんだろう。そう思ったのは、きっとタケルだけではなかった。乱暴に目頭をぬぐったタケルは、力任せに手のひらを握り締めて、すっかり赤くなってしまった目で前を向く。

 

ようやく立ち上がることができたタケルの後ろ姿を眺めながら、バーガモンはともに行く幼年期たちに静かに内緒の合図を送るのである。内緒だよって。なんとなくわかったいい子たちは頷くのだ。

 

バーガモンたちは知っている。ティンカーモンがヴァンデモンの配下であることを。そして、ヴァンデモンとロゼモンは、かつて恋仲だったことを知っている。

 

闇貴族が選ばれし子供の次なる敵であるという、残酷すぎる事実は、タケルが知るのはまだ早過ぎるから。優しい沈黙が生まれた。

 

 

 

 

 

目抜き通りの両側のアーケードはがらんとしていて、暗い空気の中にホテルや病院、住宅地の窓が垂れ下がっている。細いブラインドは棺桶のようだ。

 

この街の中心部は白く色あせた建物のせいで、

密林の陰気な光がなお一層あたりに染みわたっているように見えてしまう。大河が巨大な蛇のように曲がりくねって密林へと消えているのを横目に、タケル達は人知れずこの街を後にする。

 

今となっては宝石の川が生気をほとんど吸い尽くして、残っているのは生命の微かな灯火であるようにしか見えない。小さなリュックを片手に柱と柱の間を縫うように走り抜け、がらんどうの道路を渡り、アーケードの暗がりに消えていく。

 

 

 

砂埃を立てながらタケルたちの後を追いかけるようにして幼年期のデジモン達がついてくる。

バーガモンと一緒にお出かけをするという名目での外出だ。

 

振り向かずにせわしなく足を動かす保護者役のバーガモンやあタケルたちに誰も疑問を挟むことなくついてくる。口がきけないバーガモンと共に暮らしてきたのだ。ある程度会話の無い遠出は慣れっこのようである。

 

悪夢でおぼろげに記憶した誰かの青ざめた横顔に似ているタケル達の緊張した面持ちなど意も介さず、ただ無邪気に後ろを付いてくる。生まれたばかりの刷り込みを施されたひなを連想するのは間違いではないだろう。

 

無理やりこの世界に連れてこられたはずのバーガモンが愛着と情がわいてしまい、とどまっていた理由がよく分かる。なんとしてもみんなでこの世界を脱出しなければいけない。

 

願わくばピョコモンが誘拐されてきた時に通ったというワープゾーンが一部のデジモンしか使うことを許されないものでないことを祈るばかりである。

 

やがて街並みは密林に覆われたバリケードを突き破って浸食しつつある光の鎧の隙間を潜り抜けていく。元気いっぱいの幼年期に比べてバーガモンやタケルは結晶化の進行が始まり、神経質になりながら慎重に結晶の鱗を啄んでいく。

 

くすんだ光はあらゆるものをダイヤモンドとサファイアで輝かせている。斜面を見渡す時に感じる驚異の念を表す言葉が見つからないほどの美しさに別れを告げる。

 

斜面の森は、まだまだ霧に隠されているが、枝の一本一本が宝石をちりばめたドームのようにタケルたちを見下ろしている。物思わしげな雰囲気を装っている沈黙の森をピョコモンが案内する。

 

頭に光の冠を付けながら森の中を足早にかけていく。奇妙な、恍惚とした幻想的風景が前から後ろに流れていく。

 

 

 

幼年期のデジモン達を引き連れ、すぐそばには後ろを警戒しているバーガモン、タケルの頭にへばりつきながら前方を警戒しているトコモンもあわせて、おそらく事情を把握していないであろう幼年期のデジモン達が一段となってぞろぞろとついてくる。

 

誰一人として置き去りにしてはいけない。守る者たちがいなくなったこの世界で置き去りにされたものたちを許してくれるほどこの結晶世界は優しくないのである。侵入者たちを血眼になって探している駐屯地のデジモン部隊に一網打尽にされたら為す術がない。

 

間違いなくハチの巣にされるか、ホルマリン漬けの実験体となってしまうに違いない。もしくは結晶化という風土病で銅像として売り飛ばされてしまうかのいずれかだ。

 

 

 

森林の黒い層が何重にも空中にそそり立ち、タケル達の行く手を遮る巨大な波浪のように活している。大きな枝が広げられた翼のように、森の静寂はなにかけばけばしい、重苦しいなにかと共に迫ってくるような錯覚を覚えてしまう。

 

今にも破裂しそうなほど大きな鏡と化している結晶の雲がゆらゆらと自らの重さに耐えきれず揺れている。無数のダイヤモンドをまとったかのようにきらめいている山道は、何度も踏みつけられるたびに結晶化してきたため、まるで眠っている蛇のうろこのごとく続いている。

 

こっちよ、と案内していくピョコモンの後には、タコの吸盤のような足跡が光り輝いた。森林が凝集した光であたりがきらめくにもかかわらず、暗く、陰気で、まるで葉っぱが月明かりさえも吸収し、来るべき世界の崩壊に備えているように思えてならない。

 

あたりに染み渡った不安を振りはらうように、タケルはデジヴァイスと紋章をしっかりと握りしめ、辺りを窺いながら先を急ぐ。光のやりきれない重苦しさに苛まれながら、タケルはぽつりとトコモンにいう。

 

 

「ねえ、トコモン」

 

「なあに?」

 

「まだね、温かかったんだ」

 

「……」

 

「まだね、トコモンみたいにね、温かかったんだよ」

 

 

ぎゅっと拳を握り締めながら、泣くまいと堪える姿は痛々しいものである。トコモンはそっとタケルの肩に降りると、そっとすり寄った。

つうっと熱いものが流れていくが、乱暴にぬぐってしまったタケルは、今にも爆発しそうな感情を必死でこらえながら言うのだ。もう、限界だった。

 

なんでもいい。ひとことでもいい。ふたことでもいい。言葉に出さなければ何かが壊れそうな気がして怖くて、怖くてたまらなかったのである。どれだけ断片的なものであろうと、タケルが言葉にすることができたのはそれだけだった。

 

トコモンの脳裏に妖精型のデジモンの八つ当たりによって粉砕されてしまったデジタルモンスターの結晶体がよぎる。お墓に安置されていたのだから、何日も、何カ月もたったあとだっただろうに、まだ温かかったのである。

 

過去系である。タケルは腕の中で消えていったデジタルモンスターの結晶体の温かさを克明に鮮烈に思い出せてしまうのだ。あまりにも生々しい首なしの結晶体の惨劇はタケルに深い影を落としている。

 

高い密林の壁から垂れ下がっている蔦のカーテンを掻き分けながら、タケルがトコモンに溢した言葉はそれだけだった。

 

 

 

やがてピョコモンの足取りは前よりも広々とした場所に差し掛かる。下植えの雑草が一部人工的に刈り取られていて、小さな空地を作っている。

 

ここよ、とピョコモンがその先にある放棄された人工の洞窟を指差した。水晶のような樹が光り輝く洞窟の中に、像のようにして垂れ下がっている。頭上の葉っぱは宝石の枠を為しており、溶けあい、プリズムの格子となって、その間から月の光が何百の虹を作って溶け合っている。

 

しかし、今のタケルにはこの光り輝く森は色あせた活気のない世界の繁栄にしか思えなかったのだった。見捨てられた灰色の地帯である。

 

太陽を奪われたこの世界では時間という概念そのものが喪失しつつあり、住人達は朝と昼を知らない。密林とさびれた街しかない世界は、変化がない。何も変わらない。不変だ。この世界は動きがないのだ。

 

タケル達と同じようにデジタルモンスターたちは常に太陽などの動きを通して、生命や時間の経過と関連づけることで自分を認識出来ている。でもこの世界はそれがない。

 

時間の感覚が失われていった先にあるものはよく分からないものの、世界中が生きているのか死んでいるのかよく分からないこの世界のようになってしまうのだとしたらそれはきっととてもつもなく恐ろしいことであると言わざるを得ない。

 

そんな予感を胸に秘めながら、タケルは紋章で飾られた化石のように横たわっている洞窟に一歩足を踏み入れることにしたのだった。近くの樹から垂れ下がっている格子状の水晶で覆われた幕を潜り抜け、ぱっと花を咲かせたように巨大な半透明の宝石と化している岩石の間をいく。

 

洞窟自体が噴水のように絶えず光を放っているため、異様なほど中は明るく奥まで見通すことができる。ガラスの破片を蹴散らしながら、タケル達はピョコモンに呼ばれて奥に進んでいったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斜め上の森の天蓋から凄まじい轟音が鳴り響く。タケル達は一瞬血の気が引いた。嵐の終わりを告げる遠方の稲妻のような恐怖がタケルに湧き上がる。みんな、隠れて、早く、とピョコモンに急かされて、タケル達は幼年期のデジモン達をひきつれて洞窟の中に逃げ込んだ。

 

ごうごう、と放棄された施設全体が振動している。まるで巨大なエンジンが巨木に据え付けられて唸りを上げているかのようだった。爆音を樹の葉っぱに反響させながら何かがどんどん凄まじいスピードで近づいてくる。

 

結晶化した翼を広げて光の鎧に包まれた飛行型のデジタルモンスターが数匹、暗い森の中に消えていく。のんびりと遊んでいたデジモン達が樹皮で汚れた古川へと姿を消した。大きく大きくダイヤモンドの蔦がしなり、辺りの光を一気に吹き飛ばすほどの旋風が結晶地帯を蹴散らしていく。

 

森の天蓋の裂け目から湧き上がる旋風が透明なベールが大理石のような光沢をまき散らしていく。その光沢は実に強烈で、陰惨な感じがする。ちらと木々の間から覗いたのはメカノリモンだった。私たちを捜しているのね、とピョコモンはぽつりとつぶやいた。じっとしてよう、といったのはツノモンである。

 

 

結晶化現象の肥大化によって墜落の危険にさらされているのはあちらも条件は同じはずである。へたに動いてしまうよりは時間を稼ぐ方が安全である、と彼らは踏んだようだった。タケル達が洞窟の中で隠れている間、メカノリモン達の軍勢は頭上を旋回し続けている。

 

よく見渡そうとするかのように、すさまじい高度に上昇したかと思うと、時には天蓋すれすれまで降下し、結晶化した木々に着陸用の足がふれそうになることもあった。

 

しかし、その内にメカノリモン達は大きく脇へそれて、森の上空を大きく旋回し、タケル達の前から消えてしまった。どうやら交代時間のようである。ほっと息を撫で下ろしたタケルたちは、顔を見合わせて笑った。

 

そして、見張りは任せてほしい、と入り口を指差してくるバーガモンにうなづくと、先に進むことにしたのである。洞窟の曲がり角を回ると、地下水がわき出ているのか突然現れた小川が幅を広げて小さな港がそこにできており、一方の川岸から川岸に桟橋が渡されている。そしてたくさんの倉庫が並んでいた。

 

しかし、既にそこは役割を終えているらしく、タケル達が覗き込んでみたが、上陸用舟艇も軍用ランチも見受けられず、装備や燃料のドラム缶といった備蓄品はなく、もぬけの殻である。

打ち捨てられているのは何列ものテントだった。

 

どうやら老朽化して使い物にならなくなったらしく、所々が破れてしまっている。そこには、多くの水陸両用車を繋いでいたであろう鉄製の杭、冷蔵庫や冷凍設備、機械や事務用のキャビネットがそのままになっている。

 

山積みした金属の先があちらこちらに置かれ、てかてかとした黒いペンキで標識が建てられていた。どうやらタケルたちを捜している者たちのかつての拠点となっていた所のようである。

 

ピョコモンはかつて部隊の本部に充てられていたのであろう大きな金属製の急造バラックへと足を踏み入れる。黒と黄色の縞模様に塗られたドラム缶のバリケードがそのままになっていて、ピョコモンが言うにはこの先にあるゆっくりとした傾斜を潜り抜けた先にこの世界からの出口があるらしい。

 

 

「なに、これ」

 

「ここよ、タケル。ここを通って私たちはいろんなエリアから誘拐されてきたんだわ」

 

 

一歩足を踏み入れたタケルたちを認識して、足元が電子音を響かせながら明るくなる。まるで穏やかな水面に石を投げいれたかのように、いくつもの均一な輪が床から壁を伝って天井へと到達し、失われていた遺跡の遺物の仕掛けが起動する。

 

すり減っている大理石の四面体にびっしりと張り巡らされているデジ文字のデータプログラムが目を覚まし、いくつかのレリーフが反応して文字を浮かび上がらせる。

 

わー、と能天気な幼年期の子供たちの感嘆の声が間抜けに響く中、今まで聞いたこともないような人工的な音を響かせて、ピョコモン曰くいろんなエリアと繋がっているのだという失われた遺跡のデータの前に立つ。

 

ぱ、ぱ、ぱ、と表示されるデジ文字の文章表記だが、誰一人として読むことは出来ないらしい。どうしましょう、とつぶやいたタネモンだったが、タケルとトコモンは顔を見合わせてうんとうなづく。

 

不思議そうに顔を上げるデジモン達は、ゆっくりと前に進み出てくるタケルをモーゼの海渡りのごとく下がっていく。デジヴァイスをそっとかざしたタケルは、デジヴァイスから真っ赤なポインタが放たれるのを見た。

 

やっぱり古代デジタルワールドの文明の遺産のようである。データを読み取ったデジヴァイスが古代デジ文字を翻訳してデータを更新してくれる。そこに表示された文字数列はちゃんとトコモンが読むことができる現代語のデジ文字のようだ。

 

覗き込んだトコモンはえ、とつぶやく。どうしたの?と首をかしげるタケルに、トコモンは翻訳してくれた。

 

 

「パスワードを入力しなさいだって」

 

「嘘!?私たちを誘拐してきたやつらは何もしなかったわ!」

 

 

悲鳴を上げるように叫んだピョコモンに、だって書いてあるんだもん、とトコモンが反論する。

 

 

「どこかに手を当ててたとかなかった?」

 

「ううん、何もしてないわ」

 

「秘密の呪文とかなかった?」

 

 

ピョコモンは首を振る。トコモンは半信半疑なまなざしをピョコモンに向けていたものの、デジヴァイスがリアルタイムで更新していく自動翻訳の文字に再び目を走らせ始めた。

 

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