(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第139話

たんたんたん、と軽快に黄色と白色、緑色と白色の2種類ある縞々模様が描かれた四角いゲートオブジェをくぐり抜けた太一は、すぐ向かいにある港区立台場児童館を横切り、スーパーKAKUETSUを通り過ぎた。

 

ゆりかもめお台場海浜公園駅の緑が映える植え込みがある歩道を通り抜けていく。置いていかれないように懸命に太一を追いかける光は、コロモンが狭いようと涙目ながら押し込められたリュックを抱きしめたまま、太一と繋いだ手を離さないように力を込める。

 

ちょっとだけ開いているリュックの隙間からコロモンがかろうじて見えたのは、臨海公園の向こう側にあるパレットタウンの観覧車、レインボーブリッジ、そして第三台場の芝生の森である。不思議なオブジェがある信号機を抜け、ファミリーマートを横切り、マンションの間から見えてきたゆりかもめの高架を眺め見て、はあ、とため息をこぼしているのは太一だ。

 

光が丘にはどう行ったらいいんだっけ?なんて考えてみる。お金持ちだったならタクシーを捕まえて、光が丘団地まで、なんて言えば連れていってくれるだろうが、さすがに小学校5年生の男の子にそんなお金ある訳もなく、どのみちゆりかもめに乗らなければどこにも行けやしないのは変わり無い。

 

 

非常に目立つ色合いのピンク色スライムを抱えた兄妹をすれ違う人々の中には振り返る視線。

突き刺さる視線に冷や汗を感じつつ、なるべく視線を合わせないようにしながら駅へと続く階段を駆け上がる。

 

願わくはご近所に住んでいるおじいさん、おばあさん、おばさんたちの目に留まらないことを祈るばかりだ。八神家の本日の予定がサマーキャンプだという動かしようのない事実。

 

マンションの住人であればだれでも知っていることなのである。さいわい知り合いや顔見知りと遭遇、なんてハプニングを迎えることなく到着したゆりかもめのこの駅は、マンション住人や周辺地区に住んでいる人間の足として利用されることが多く、観光客が下りることが少ないためか駅員の姿はめったにない。

 

この時ほど切符の自販機の存在が頼もしく思えたことは無い。誰もいない駅を進んでいった太一は、光と共にチラシや広告、無料パンフレットが山積みになっているコーナーからマップを引っ張り出して広げることにした。

 

なるべく人目に付きたくないので自販機コーナーのすぐ横にあるごみ箱近くの空きスペースに身を潜めてみたりする。ほえー、と田舎から上京してきた地方人のような反応を見せているコロモンである。連れの反応が妙に気恥ずかしくなった太一は、しー、と人差し指をコロモンの口に押し当てる。

 

静かにしろってば、と何度目になるか分からないパートナーの忠告に、はっとなったコロモンはぴたりと動きを止めて、光の腕の中でくたりとだらけてふやけてしまったクッションのようにのびていく。

 

 

「お兄ちゃん、コロモンに話しかけたら変だよ」

 

 

至極真っ当な指摘を行う妹に、う゛、とバツ悪そうに唸るのはご愛敬である。コロモンが驚くのも無理はない話だ。

 

現在進行形で開発中の地下鉄線は、生活の足として日常的に使用している太一達はともかくとして、鉄道という施設自体が存在しないはじまりの町生まれのコロモンにとっては生まれて初めてみるものなのだ。

 

海を埋め立ててつくったのだという太一達の街である四角いエリアを起点として、まるでクモの巣のように複雑に絡み合い放射状に伸びていく路線図は、赤や青、オレンジ、みどり、といったように分かりやすく色区分けされているとはいえ、途中で訳が分からなくなってしまいそうである。

 

その上コロモンは太一達の世界で使用されている言葉を何一つ理解することが出来ないため、

異様に長い地名と憶測される文字表記のわりに、太一達が口にするその読み方が異様に短いのか理解することが出来ない。

 

 

コロモンの目には、日本語の平仮名と漢字とローマ字表記がひとつの単語として見えてしまっているのだ。もちろんそんなこと分かる訳もない太一と光は、じいっとしていながらもわき上がる好奇心を抑えきれず、目をぱちくりさせながら食い入るように路線図を見ているコロモンを通行人から隠すのに必死だ。

 

ピンク色の耳の長い奇妙なぬいぐるみを隠すように並んだ八神兄妹は、目的地である光が丘駅を探し、該当する路線を空中でたどるように指でなぞっていく。それを眼差しだけで追いかけていくコロモンは目が回り始めたのか、途中で太一達の会話に飛び込むことを止めて、素直に石像となる。

 

 

しばらくしてコロモンが太一達から聞かされたのは、「ユリカモメ」に乗って「オダイバ」から「シンバシ」に行って、そこから「マルノウチセン」で「シンジュク」まで行って、「ヒカリガオカエキ」に通じている「トウキョウメトロ」の「カンジョウセン」に乗り換えるってことである。

 

「12ゴウセン」とか「ナカノ」とか言われてもさっぱりわからない。ぽんぽん当たり前のように繰り出される異国語の嵐にコロモンはもう異文化交流に諦めが入り始めていた。

 

さっぱりわからない。全然話に着いていけない。なんか聞いてるだけでも疲れてきた。よし、いくか、と切符売り場に直行した太一を見届けた光は、待っているように言われたホームで行き交う人を眺めている。

 

太一は?と訊いてくる無知の塊に、光はこれから電車という乗り物に乗ること、それを利用するためにはお金を使う必要があることを告げる。コロモンが近付くと機械は壊れてしまうみたいだから、興味本位で切符売り場に行って余計なさわぎを起こすことはできない。

 

ごめんね、と申し訳なさそうにしているコロモン入りのリュックを背負い直しながら、光はにっこり笑ってううんと首を振るのである。

 

 

気にしないで。大丈夫、絶対大丈夫、なんとかなるから、がんばろ。

 

そして太一と光は小学生だから乗車賃は通常の半額でいいのだ、という話になっていく。僕は?と聞いてきたコロモンに、光はしばし考える。コロモンは人間じゃない。ミーコを連れて行くときにはケースに入れて乗務員の人にお話ししなきゃいけないけど、お金を払っているのかどうかはいつもお母さんに任せているので分からない。

 

コロモンはどうなんだろう?お金っているのだろうか。うーん、と考えてみるのだが、一応、今のコロモンはお人形さん、オモチャ、のフリをしていることを思い出す。多分お人形まではお金は払わなくてもいいんじゃないかなあと思ってみたりする。

 

このお金だって太一のなけなしのお小遣いから引かれているのだ。そっちの方が絶対に経済的である。先に行ってろって言われて歩きながら考えてみるが答えは出ない。

 

長期休暇とあって家族連れの下車が多い一番乗り場の人混みを眺めながら、台場・青海・有明・豊洲方面 と表示されている看板とは反対の 新橋方面と記されている2番線までやって来た光。

 

いっぱいのニンゲンが歩いている光景を目の当たりにして驚きっぱなしのコロモンの口をふさいであげた。人がまばらになり始めたあたりでようやくコロモンは口を開く。

 

 

「ねえねえ、光、ニンゲンにも成熟期っているんだね」

 

「セイジュクキ?」

 

「うん、成熟期。光が見たって言ってたおっきいオレンジ色の茶色い鎧をかぶった恐竜、グレイモンは、成熟期。今の僕は幼年期。アグモンになったら成長期なんだよ。光や太一くらいの子を連れてるおっきいニンゲンいたでしょ?あれって成熟期だよね?」

 

「……コロモンっていっぱい知ってるのね。でもね、私たちは成熟期って言わないよ。大人っていうんだ」

 

「オトナ?」

 

「うん、オトナ。私やお兄ちゃんはコドモなの」

 

「ふうん、そうなんだ。だから『選ばれし子供』って言ってたんだ、ゲンナイさん。ニンゲンは成長期をコドモ、成熟期をオトナって言うんだね」

 

「ねえ、コロモン。えらばれしこどもってなあに?ゲンナイさんってだあれ?」

 

「え、あ、えーっと、その、あははは」

 

 

どうやら教えてくれないらしいと察知した光は残念そうに肩をすくめた。さっきからずっとそうである。腕の中にいるコロモンはあの時となんら変わらない暖かさを光に与えてくれているというのに、あの時のコロモンと違ってこのコロモンは明確なまでに太一お兄ちゃんとの間に家族や友人とは違った強い繋がりを感じてしまう。

 

それこそ大好きなお兄ちゃんを取られた、という嫉妬と、コロモンを取られた、という嫉妬がいっぺんにやってきて、どっちにどういった対応をしたらいいのか分からなくなってしまうくらいである。

 

どうやら光の心の中であの日の夜に忽然と姿を消してしまったトモダチの存在は、4年という歳月を経たことで彼女が思っているよりもはるかに大きくなっているようだった。

 

それこそ、太一お兄ちゃんと匹敵するくらいに。でも、このコロモンはあのコロモンとは違うから、明確な優先順位が存在している。きっとこのコロモンにとって世界で一番大切なトモダチは太一お兄ちゃんなんだろうなあ、と光が気づいてしまう位には、コロモンの世界の中心はいつだって八神太一だった。

 

 

私が一番最初にコロモンとお友達になったのになあ。私がコロモンにお名前を教えてあげて、太一お兄ちゃんを教えてあげたのになあ、なんて、光が丘テロ事件の頃のコロモンとこのコロモンが別個体であることは重々承知なのだが、どうしても比較してしまう自分がいることに光は気付いていた。

 

光がこうしてコロモンをだっこできるのも太一の妹という繋がりがあるからなんだろうなあと感じてしまう。自分がないがしろにされているような、強烈な疎外感が襲いかかってきて、必死で光は頭を振った。太一は太一である。コロモンはコロモンである。

 

コロモンがいるからといって光の太一お兄ちゃんがいなくなるわけではないし、太一にとって大切な妹である光との関係性が悪くなるわけがないことは彼女が一番分かっている。それでも、この胸を巣食っているどうしようもない不安は、きっと光が光が丘テロ事件の犯人であるということを最愛の兄にさえ打ち明けることができないという現実を改めて感じてしまうからだ。

 

 

光が丘テロ事件について映像を見ても、情報を見ても、光が勇気を振り絞って光が丘テロ事件の関係者なのだと八神家のタブーについて太一に話した時でさえ、太一は記憶を一切思い出すことがなかった。

 

コロモンも光が丘テロ事件については完全なる第三者的な立ち位置になっており、これらについてほっとしている自分がいることに彼女はどうしようもない罪悪感を感じてしまうのだった。

 

別個体のコロモンと八神家の接触から始まった光が丘テロ事件について簡素な情報しか知りえないコロモンは、光がどうして今にも泣いてしまうそうなほど不安げなまなざしで「ゆりかもめ」という乗り物を待っているのか分からない。

 

どうしたの?と不思議そうに覗き込んでくるリュックの住人に、なんでもないよと光は笑った。ひとりぼっちで寂しい思いをするのはもう嫌だ、と無我夢中でついてきてしまったものの、これから光は4年ぶりに光が丘へ向かおうとしているという現実に思わず足がすくんでしまっているのだ。

 

光の記憶の中で、光が丘という場所は崩壊した瓦礫の世界として凍りついたまま時が止まっているのである。だからお昼のニュースで映し出された復興後の再開発された街並みはあまりにも輝いて見えた。

 

けれど、テレビに映し出されていた巨大な卵、太一とコロモンに言わせればデジモンの卵だからデジタマ、から生まれたデジモンによってあの日と同じ世界が光が丘に広がるかもしれない。記憶の遥か彼方に沈めていたはずの感情がゆっくりと頭をもたげ始めている。

 

そうならないために太一お兄ちゃんとコロモンは光が丘に行こうとしている。ならば私も行きたい、と衝動的に突き動かされる感情に任せて言い放った言葉は今までになく大きな音となり太一に届いたから、太一は渋々ではあるものの同行を許可したのである。

 

 

もし、何らかの形でこの気持ちを悟られてしまったらきっと妹を巻き込むことに関してはあまりいい顔をしていなかった太一は速攻で自宅へ引き返すだろう。そちらの方が光は嫌だった。テレビでお兄ちゃんたちが頑張るのを見守るしかないのは嫌だった。

 

手を離したら最後、二度と届かない世界にコロモンと太一が行ってしまいそうな気がして、途方もない喪失感と寂しさの再来だけは何としてでも阻止したかったのだ。

 

ぱ、ぱ、ぱ、と蛍光色の文字が電光掲示板に右から左へと流れていく。さいわいコロモンによる電波障害は一定の距離を保てば発生しないらしい。これならゆりかもめや地下鉄に乗ったとしても、電子機器がある車両、ペースメーカーを持っていそうな人たちが利用する優先席を避けて乗車すれば移動することも出来そうだ。

 

ひとまず第一関門は突破できそうである。

 

そうこうしている間に、ようやく人混みの中から抜け出して切符を買ってきてくれた太一が合流する。

 

 

「わりー、わりー、お待たせ。どうだ?」

 

「うん、大丈夫。コロモン、これくらい離れてたら変なことにならないみたい」

 

「そっか、よーしいいぞ。いこうぜ」

 

「え?お兄ちゃん、大丈夫かな?」

 

 

光の視線の先には、自動改札機が並んでいた。

 

 

「心配すんなって。俺が先に行って、こっちからリュックを受け取ればいいだろ」

 

 

ぴ、と切符と共に改札の向こう側を通過した太一がすぐ隣にあるパイプ手すりの柵の方へとやってくる。なるほど、これならコロモンが通らなくっても行けそうである。

 

えー、僕もぴってやりたいなあ、という何とも能天気な発言など聞こえなかったふりをして、

八神兄妹によるリュックリレーは、光が丘駅まで続くことになる。

 

はたから見れば重そうなリュックを背負っているせいで両手がふさがり、切符を持てない妹を気遣う優しいお兄ちゃんという構図である。

 

いちいち光にリュックを返すのもめんどくさいが、あいにく太一の荷物はサマーキャンプ場に置きっぱなしなのである。きっとお母さんが管理してくれているにちがいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いたっ!」

 

 

まだ都営大江戸線が開通しておらず、西武池袋線練馬国府台駅が存在しないため、少々不便といえる街に到着した太一はほっと胸を撫で下ろす。彼らは知るはずもないのだが、東京外環自動車前線と環八通りの一部区間が未開通、さらには環八通りはトンネルも未完成なため、西武新宿線との交差が常に大渋滞な1999年である。

 

もしタクシーで行くとするならば、結果として現在よりも時間がかかっていたことは間違いなかった。うーん、と大きく伸びをする太一の隣で、狭苦しいリュックからお友達を解放してあげた光は、久々の新鮮な地上の空気を大きく吸い込んで真ん丸に膨らんでいるコロモンと共に辺りを見渡した。

 

お台場臨海公園駅よりも利用者数が多いはずの光が丘駅周辺は誰もおらず、閑散とした雰囲気が広がっていた。光ヶ丘団地のほぼ中心軸を為しているはずのこの駅は、大規模な商業施設がある。

 

平日でも賑わいを見せていることはテレビのニュースなんかでよく見るのだが、板橋区や埼玉県との県境に近い絶好の位置にあるにもかかわらず、利用者の姿は見受けられない。

 

地下鉄を乗り継いでいる間、ほとんど外部からの情報を仕入れることができなかったせいで、あの大きな大きなデジタマがどこに行ってしまったのか全く今の状況が分からない。報道陣のあの騒ぎようからしてマスコミが押しかけてきて、辺り周辺が騒然となっていることを想像していた太一たちは、少々肩すかしである。

 

おかしいね、おかしいな、とぬぐいきれない違和感を抱えていた彼らは、どうしてこの街の住人たちが誰一人として出歩いていないのか、すぐに理解することになる。真っ先にその異変に気づいたのは、コロモンだった。

 

辺りをきょろきょろと見渡していたコロモンは、光の腕をすり抜けてアスファルトの上に降りてしまう。そして、すんすんすん、と鼻を鳴らした。

 

 

「あれ?なんで?あれ?」

 

「どうした?コロモン」

 

「おかしいよ、太一!」

 

「なにかあったの?」

 

「変なんだよ、光!この世界は太一達ニンゲンしかいない世界なんだよね?どうして、デジタルワールドと同じ匂いがするんだろう?」

 

「匂い?」

 

「うん。なんていうか、とってもなつかしい感じ!こっちだよ!」

 

「あ、ちょ、待てよコロモン!誰かに見つかったらどうするんだっ!!」

 

「待って、コロモン!」

 

 

数時間ぶりに感じる故郷の気配にすっかり気分が高揚し、一直線に走り抜けていくピンク色を懸命に追いかける。まるで新緑のみどりに突き刺さるようにして映えているマンション群が見渡せる大通りを抜け、乗り捨てられた渋滞車の一番先頭を目指してコロモンは走り抜けていく。

 

完全に機能を喪失している信号機、電光掲示板、客寄せのためのネオン看板はもちろん、喧噪を形成している雑踏が排除された沈黙の世界で、太一達の足音だけが響いていた。歩道橋を渡り、その先に行ってしまったコロモンが何処に行こうとしているのか確認しようと手すりから辺りを見下ろした太一と光は思わず足を止めてしまった。

 

 

「なんだよ、あれ」

 

 

思わずこぼれ落ちた言葉に、光も賛同するように肯くが太一は気づけない。

 

 

「ピラミッド?」

 

「もしかして、あれ、デジタルワールドなのか?!」

 

 

間違いなくここは現実世界である。東京都練馬区にある光が丘集合団地の一角である。突如出現したその異質すぎる光景は、太一とコロモンの脳裏に強烈に焼き付いている最後の光景とあまりにも似ていた。忘れ去られた真っ暗な遺跡から臨める岩砂漠が蜃気楼のように映し出されているのだ。

 

美術館で飾ってあるオブジェみたいな形をした岩がごろごろと転がっている奇妙な光景が広がっている。見渡す限り、岩だらけである。そして、砂嵐が通り過ぎるたびに蓄積してきたさらさらの石英の粉塵に埋もれていた。

 

はるか遠くを見れば、旅行のパンフレットやバラエティ番組でよく見る砂砂漠が広がっている。陽だまりが落ちる入り口は、今にも崩れかかりそうなほどにぼろぼろの門構えである。すぐ傍らでは、望遠鏡片手に何か見えないかとさっきから身を乗り出している太一がいる。

 

 

「なんで逆さまなのかなあ」

 

「ほんとだ。空と砂漠が逆さまになってる!」

 

 

まるで巨大な砂時計でも出現したかのようだった。空から砂がぱらぱらと落ちてくるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。太一から渡された望遠鏡を受け取った光は覗いてみるのだ。

 

丸いレンズの向こう側には、真っ青な空と灼熱の太陽に照らされてオレンジ色に輝く砂漠がある。幾重にも波打つ砂塵の山々が見える。右から左へと流れているのは、雲でも煙でもなく砂の濁流だ。

 

ぐるぐると渦巻きながら上から下へと流れていく砂嵐が見える。しばらく時間がかかるだろうが、こちらへ流れ込んでくるのは予想できる。

確かにあんな砂の濁流の中を突っ切る自信は皆無である。どうして現実世界がデジタルワールドのような世界になってしまってるのだろうか。

 

 

「コロモン、待って!」

 

「どこだ、光!?」

 

「あそこ!あの大通りの向こう側!」

 

「バカ野郎、何があんのかわかんねえってのに!行くぞ、光!」

 

「うん!」

 

 

米粒みたいに小さくなっていくコロモンを追いかけて、転がり落ちるみたいに太一と光は砂漠の広がる異空間へと進んでいった。どんどん現実世界とデジタルワールドとおぼしき空間の境目が曖昧になっていく。アスファルトはどんどん細かい粒子状の赤砂に姿を変え、足を取られて走りにくくなっていく。

 

高層マンションや人工的に整備されている歩道、間隔を置いて並べられている木々が幻のように消えていく。なんだか現実世界がデジタルワールドに飲み込まれそうな程浸食している。

靴の中に砂が入ってしまい、一度歩みを止めた二人はすっかり見失ってしまったコロモンを呼んだが返事はない。

 

 

「俺たちの世界とデジタルワールドが繋がっちまったのか」

 

「コロモンたちの世界なの?」

 

「俺とコロモンがこっちに帰ってくるまでいた場所とよく似てんだよ」

 

 

そう言って太一が見上げる先には、真っ暗な口を開けている洞窟が待ちかまえていた。200年前に住人達を失った遺跡は、砂漠をめぐる広陵に浸食されて、かつての繁栄など見る影もない。デジ文字がひとつひとつ彫り込まれているレリーフでも、完全に残っているモノの方が少ないようだ。

 

ほとんどが欠損を抱えているか、レリーフごと陥没したり、削り取られたりしている。足元を見ればごろごろとレリーフの成れの果てが転がっていた。

 

見たこともない模様が一つ一つ四角い正方形の中に刻まれているので、興味をひかれた光はペタペタと目の前にあったレリーフに触れてみるのだが、ぼろぼろ、と跡形もなく崩れ落ちてしまった。綺麗だったのに。

 

すると、崩れ落ちたレリーフを中心に、連鎖が起こる。壁画は一定の部分がすべて瓦礫に姿を変えた。砂埃が舞った。

 

 

太一は光をかばうようにして立ちふさがると、右手を掴んで慌てて現実世界側に後退する。ぴこぴこぴこぴこ、ぴこぴこぴこぴこ、とデジヴァイスが反応する。現実世界では機能が著しく制限されてしまう弊害から、ようやく解放されたデジヴァイスは、少なくてもデジモンワールドでは60日前から追加されていた機能を太一たちに知らせたのである。

 

なんだなんだ、と覗き込んだ太一たちの前に現れたのは、紋章を持つ者の探知機能だった。オレンジ色のデジヴァイスが示す小さな液晶画面を覗き込む彼らの目の前で、ぴこ、ぴこ、と耳に残る特有の発信音が響くたびに、現在地を示しているのであろう黒丸が点滅している。

 

その点を中心に波紋が広がっていく。

 

視線だけで追いかけていくと、白黒の液晶画面の隅っこの方に今にも消えそうな位小さな点が表示された。こっちか?と試しに太一がそちらの方向にデジヴァイスをかざしてみると、すみっこだった点がよりはっきりと映る。どうやらこのデジヴァイスの点の先に、紋章を持った者がいるのは間違いなさそうだった。

 

奥の方から緩やかに広がっていく黒い霧。そこにうごめく影がある。ごしゃり、というにぶい音がした後に、いくつもの閃光が走る。周辺には散乱したタマゴの欠片。どうやらデジタルモンスターは既に生まれていたようである。

 

 

 

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