(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第14話

その時である。

 

遥か上空を飛ぶ飛行機のようなエンジン音が、ものすごいスピードで近付いているような、きいいいいいいいん、という音が空全体に響き渡ったのである。何だ何だと大輔とブイモン以外の子供たち、パートナーデジモンたちも空を見上げる。

 

 

木陰が涼しい、木漏れ日の暖かなその場所で、大輔は巨木達の間からのぞく大空を横切る黒い物体を目撃した。一瞬のうちに通りすぎていった黒い物体は、ざわざわと木を揺らす風を産み落として、音も共に連れていってしまった。唖然とした様子で呼吸をするのも忘れて、その黒い物体が飛んでいった方向を見つめる大輔の後ろで、上級生たちが空飛ぶ円盤だとか隕石だとか、不気味なものだとか口々に連想ゲームみたいに話し合っている。

 

 

ヤマトが歯車みたいだと口走った瞬間に、大輔は冷たい手で心臓を掴まれたような感覚に襲われた。毎日サッカーボールを追いかけている大輔の目は、はっきりと捉えていたのである。間違えようがない、あの黒い物体は、真っ黒で大きな歯車だった。黒い歯車が遠くに飛んでいったのを目撃してしまったのだ。大輔の脳裏に、まだ記憶に新しい、操られていたサイバードラモンに襲われ、崖に追い詰められた様子がよみがえる。

 

 

あの時は本気で死ぬかと思った。あのまま無残にも暴力の犠牲になるくらいなら、と決死の紐なしバンジーを決行したので無我夢中だったが、秋山遼とエアロブイドラモンに助けられたあの崖で、再び奈落の底に口を開けていた断崖絶壁を見下ろしたとき、へなへなと腰が抜けて立てなくなった。エアロブイドラモンは、黒い歯車が原因でサイバードラモンが操られている、とはっきりと発言していたのを大輔は覚えている。

 

 

忘れようがないのだ、初めてこの世界に来たときに我が身に起こった最初の生命の危機である。もしかして、もしかして、もしかして。空の彼方に消えてしまった黒い歯車を見据えて大輔は思った。ごくりとつばを飲み込んだ。今まで遭遇してきたデジモン達は、初めから明確な意思を持って自分たちを本気で殺そうとしてきた訳ではない、と大輔は思っている。

 

 

シェルモンのときは、砂の中で寝てたのに気づかないままたくさんの荷物を置いてしまったから怒らせた。モノクロモンは、帰ってきたときにはすでに太一たちが襲われていたからわからないが、コロニーに入り込んだからとテントモンに聞いた。昨日にいたってはしっぽに火のついた枝を突き刺したり、気づかなかったとはいえ何度も踏んだり、と結構自業自得な面があった。

 

 

だって、あの時本気でこわいと思った、睨まれただけで心臓が止まってしまうのではないかという圧倒的な殺気やプレッシャーなど一切感じることはなかった。さっきの黒い歯車がまたデジモンを操って襲いかかってきたら、どうしたら良い?

 

あの時と違って秋山遼とエアロブイドラモンはいないのだ。なんかあったらどうしよう、という一抹の不安が大輔を怯えさせる。頼れよ、と言われたことを思い出した大輔は、太一に言おうとしてやめた。

 

 

秋山遼とエアロブイドラモンからは、絶対にいうなと言われた。未来を変えてしまうから、言うなと言われた。未来の大輔たちを助けるためだと彼らはいっていた。もしここで口に出して、彼らが助けに来てくれなくなったらどうしよう?

 

そしたら大輔の想像よりずっとずっと酷い形で、未来が変わってしまうかもしれない。あの時、大輔は彼らの未来から来たという情報を微塵も信じていなかったが、今となっては確信を持って本当の情報だと判断できる。

 

 

今更、秋山遼という少年とエアロブイドラモン、サイバードラモンに出会ったというのか?ぐるぐるしている大輔の後ろで、丈が興奮した様子で人間が円盤型のラジコンを飛ばしたのではないか、というトンデモ説を豪語している。

 

丈はこの世界に来てから、ずっと自分たち子供以外の人間がどこかにいるはずだから、助けを求めたほうがいいという立場を元に、半ば強引にこの世界で観てきたあらゆるものごとを、第三者の人間の存在(丈に言わせれば大人)と結びつけようとしているフシがあるのは、知っている。

 

桃を運ぶ途中でも、メンバー最年少の大輔を励ますため、というよりは非現実的な世界にいるという異常性から、少しでも自分を離れたところから見て冷静にあろうとする彼なりの防衛手段が講じられていた。

 

 

なんか必死だということくらいしか分からない大輔は、そんな丈の発言の後に、かつて怪しまれた(と大輔は思い込んでいる)ヤマトから庇ってくれたブイモンの発言を無下にすることはできなかった。それに、そんなこと口にして、どこにいってしまったのかも分からない秋山遼という少年の存在を期待させるのは、あまりにも残酷である。

 

 

いえるわけがない、と改めて大輔は言いかけた言葉に自らカギをかけた。実際に丈とそこまで会話したわけではないものの、何かと最年少の大輔を気遣ってくれる丈を間近で観てきた大輔が、もし自分が丈だったら、という想像を駆使して辿り着いたのがその結論である。

 

 

大輔は相手の考えていることを観察したり、空気を読むことで読み取ることが苦手である。それが原因で良かれと思ってやったことが、相手にとって自己中心的で、自分勝手で、独りよがりであると判断されてしまい、何度か問題になったことがある。

 

そんな時、解決策を教えてくれたのが、幼稚園の先生だった。いつも先生はいっていた。相手の立場にたって考えなさいと。同じおもちゃで遊びたくなって取り合いになったとき、いつもそうやって諭された。

実行したら、ほんの少しだけ優しくなれた。

 

 

小学校に入学することには、大輔はその小学校という集団の中で生活する上でわりと致命的な欠点を相手の立場に立って考えることで、少しでも相手のことを理解しようとして、コミュニケーションを取ることでカバーできるようになっていた。

 

道徳の時間とか国語の時間の読解力の問題とかで、担任の先生はあの先生と同じことを言っていたので間違いないんだろう。ただしこのやり方は、ある程度親しくなった相手にしか使えないこと。

 

そしてあくまでも想像する本人が大輔のため、相手が大輔の前で本音と建前を分ける大人であったり、ヤマトのようにクールで無愛想だったり、想像以上の境遇に置かれていると全く通用しないという欠点がある。それでも大輔にとっては、もはや自然と身についたやり方であり、いつものように想像力を働かせた結果の行動だった。

 

 

「大輔―っ、早く早く!置いてかれるって、おーい!」

 

 

はっと我に帰った大輔に、立場逆転とばかりにブイモンが楽しそうに笑って腕を掴んで、ぐいぐいとひっぱっていった。

 

 

 

 

 

気づけば、太一たちが歩みをすすめる先には代わり映えしない森から、一気に空が近くなり見渡すかぎり広大な草原が広がっている。背丈の高い細長い草が群生していて、乾燥地帯に強そうな木々がぽつりぽつりとあるだけである。

 

ひときわ目につくのは特有の乾いた土の匂いと、時折通り過ぎる赤土を巻き上げる風、そして茶色、赤色、オレンジ色の大地と青空という強烈な2系統色の分断。ファイル島の龍の目の湖からさらに西の方角に太一たちは進んでいくことにしたようで、迷わずの森が次第に遠ざかっていく。

 

 

ファイル島で一番高いというムゲンマウンテンはここからだと米粒みたいにしか見えないが、かわりに草原と迷わずの森の間に横たわる山地が起伏の激しい土地であると教えてくれる。その山地の中でもとりわけ高い標高を誇っているのが、かつてはUFO騒ぎもあったというミハラシ山だ。ここはギアサバンナいうんですわ、とはテントモンの談である。

 

 

動物の外見をしたデジモンが多いことで知られた土地であるらしい。ゾウとかキリンとか、シマウマとかいるんだろうか?ブイモンは疑問符なので望み薄だが。サバンナかあ。テレビで見た光景なのは分かるが、具体的な地名や場所は全くわからない大輔である。

 

しかし、さすがの大輔も一面に広がる砂漠地帯は、鉄塔や電信柱がたくさん突き刺さっているような場所ではないことくらい分かる。走って追いついた大輔たちは、足を取られないようにと太一たちのすぐ後ろを付いてくるよう言われて、従うことにした。

 

 

じりじりとした暑さが肌を焼く。あっちー、喉乾いたーという言葉がますます暑さを助長させるため禁句となり始めた頃、大輔は暑いと強引にブイモンと繋いでいた手を離そうとしたが拒否られた。なんだよー、とあまりの暑さに扱いがぞんざいになる薄情なパートナーにもめげず、ブイモンが小声で大輔に聞いた。

 

 

「なあ、大輔。どーしたんだよ?なんかやなことでも思い出した?」

 

 

手、あん時、すっげー汗かいてた。顔色も悪そうだったし、つらそうだったし、太一たちに言いかけた言葉なんか飲み込んでたみたいだし、と指折り数えながら大輔の挙動不審ぶりを並べ立てていくブイモンは、まっすぐに大輔を見上げた。ブイモンはこの数日の間に、パートナーである大輔のことで学んだことがひとつある。

 

 

本宮大輔という人間は、基本的に「聞かれたこと」でなければ「話してくれない」「教えてくれない」。しかも、何でおかしいと思ったのか「証拠」を話さなければ、「答えてもくれない」奴であるということ。大輔は確かに喜怒哀楽が分かりやすい人間であり、思ったことがわりとすぐに顔に出てしまう正直な人間だ。

 

しかし、その癖に本人はそのことをイマイチはっきりと自覚しておらず、心のなかにしまいこんだこと、言いそびれたこと、嘘を付いたことは克明に顔や動作、行動に反映されているにもかかわらず、気づかれていないと明確な根拠もない自信をもって信じ込んでいるフシがある。

 

 

はたから見れば、隠し事がありますよーっと大声でひとりごとをつぶやいておきながら、周囲の注目を集めておいて、本人は周囲の誰にも自分の隠し事はバレていないのだと信じきっている滑稽さに似ている。人によってはそれがおちょくったり、からかったり、怒らせたりする恰好の餌食として愛される要素と成り得るのだが、本宮大輔という人間の1番になりたいブイモンにとって、それは正直不満の塊である。

 

 

なんで話してくれないんだろう、なんで一人ぼっちで苦しんでいるんだろう、オレが隣にいるのに!という思考につながった。ブイモンもブイモンなりに大輔が黒い物体に怯えていた理由を考えてみるが、さっぱりわからない。だから聞くしかないのである。大輔は真っ直ぐ見つめてくる無垢の目に気圧されて、目をそらしてしまう。

 

 

今の大輔にとって、ブイモンは気まずい相手でしかない。だがそんなパートナーの冷たい反応に臆していては先に進めない。8人の子供たちが砂漠らしき地帯を横断しているさなか、大輔とブイモンの水面下の攻防はやがて終止符を打った。

 

 

「大輔ええ」

 

 

捨てられた子犬のような庇護欲をあおる声がして、あー、とぼやいた大輔は、しぶしぶ振り返る。チビモンの頃、大輔はずっと小さかったチビモンを守らなくてはいけないという責任感と庇護対象がいるという高揚感で、ずっと抱っこしてくれていたという記憶がブイモンにはある。

 

 

大輔は甘えん坊の寂しがり屋の泣き虫だけど、何でも一人でしたがる背伸びする目立ちたがり屋でもあるとブイモンは、大輔との旅の中で知ってきた。だから分かる。ある意味計画犯とも言える。大輔は、チビモン時代のことを連想させる、この声と反応には極端に弱かった。

 

欲を言うならタケルの頭の上を我が物顔で陣取っているパタモンのように、だっこしてもらいたいブイモンだが、大輔の背丈は変わらないのにブイモンはチビモンから大きくなりすぎてしまって、それは叶わない夢だ。

 

それをぼそりと愚痴ったとき、やっぱお前犬だよと大輔に笑われたから覚えている。まるで子供から何も成長しないまま、一気に大きくなってしまった大型犬みたいだ、と大輔は断言した。いやオレ犬飼ったことないけど、マンションだし。

 

 

犬がどんなのか知らないブイモンだが、馬鹿にされているのは分かったから、その仕返しでもある。ずりーぞと眼差しが語っているが、仕方ねえなあ、と手を差し伸べられたブイモンは勝った!と心のなかで勝利宣言して大輔の側に駆け寄る。教えてくれとねだるブイモンに、しばしの沈黙の後、大輔は夜になと小さくつぶやいたのだった。

 

そして、大輔と共にあるためには、運命共同体になるためならなんだってするんだ、とありがた迷惑すぎる闘志を燃やすブイモンとは正反対に、ずーっとパートナーにべったりのデジモンもいる。デジモンによって性格は色々なのだと大輔は改めて思う。

 

 

「アタシは空がいてくれれば、なーんにも心配いらないの。それで安心!夜も安眠!」

 

 

ブイモンが甘えるような仕草を思いついたのは、間違いなくピヨモンのせいだと大輔は気付いた。テントモン曰く人懐っこい性格のピヨモンは、パートナーである空に、それはもうべったり、甘えん坊さんを遺憾なく発揮していて、子供たちとデジモン達を微笑ませていた。どうやら空の方はじゃれている訳ではないらしいが。

 

 

「だーかーら、完璧に安心されちゃっても、困るんだってば。なんかあっても責任とれないよー」

 

 

難しい言葉を使われて疑問符を浮かべ、意味を聞いてくるピヨモンを前に、我に帰った空はあわててなんでもないと言葉をかき消した。頼りになるお姉ちゃんな空、らしい言葉だと大輔は思った。大輔みたいに迷惑だとはっきり突き放すような言い方をして、振りほどくこともできるはずなのに、空は優しいからそれをしない。

 

 

ただ無条件に向けられる信頼と安心に戸惑い、困惑し、それを守るために払う労力や負担、責任を客観視できる年齢も加わって、ほんの少しだけ天秤に掛けることができるお年頃であるがゆえの、こぼれ落ちた言葉である。ピヨモンの存在を重いと感じてしまったのだろう。

 

空は一人っ子である。無条件に姉であらねばならない環境など置かれたことはない。それがヤマトや太一との最大の違いであり、それでも求められたことを理解して、自分なりに頑張ろうとするのが空だった。

 

 

だから大輔は空のことを姉のようにしたってはいても、「お姉ちゃん」であることをあからさまに求めたことはない。それは迷惑でしかないのだと、本当は振舞いたい行動を体現しているピヨモンを目の前にして、改めて自覚するにいたって、自分の判断は間違ってなかったのだと大輔は思った。

 

しばらくして、あまりの暑さに子供たちもデジモンも言葉少なになっていく。相変わらずブイモンは元気なのかと思いきや、腹減ったとぼやいている。チビモンと変わらず食い意地を張っているところは変わらないらしかった。

 

 

そして、もう一匹、暑さは得意なのか元気なデジモンが2匹いる、ああ、そういえばアグモンとピヨモンは攻撃技が炎だっけ。

 

 

「そーら、そーら、そーらー」

 

 

なにやってんだよ、ピヨモン。ばっかだなー、そんな事したら。

 

 

「ピヨモン、あなたホント元気よねえ」

 

 

いくら優しい空さんだって。

 

 

「そーらー、元気だして歩こ、先は長いんだから、ねえそーらー!」

 

 

迷惑に思うに決まってんのに、何で分かんねえんだろ。

 

 

「そうだ、空、一緒に手を繋ぎましょう!」

 

「あーもう!」

 

 

ほら、やっぱり。

 

 

「いい加減にしてよ、ピヨモン!今はアタシも喉が乾いてるし、暑い中ずっと歩いてて疲れてるの!

もう喋るのも辛いの!無邪気にじゃれ付かないでよ、余計に疲れるじゃない!」

 

「空疲れてるの?ごめんなさい、ピヨモン大人しくする」

 

そんなこといっても、やっぱり空さんだって怒るだろ、普通。

 

 

「………分かった分かった、一緒に歩こうピヨモン」

 

 

あれ?

 

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