皆さんに見せたいものがあります、と光子郎がみんなに一つ一つ渡したのは、一見すると電子辞書のような大きさ、重さをした二つ折りの機械だった。赤外線センサーが内蔵されているのか、カメラがついているのか、黒塗りの四角い突起が着いているが、その他は真っ白である。
興味津々でぱかぱか明けている子供たちが説明を求めるので、光子郎はパイナップルマークのノート型パソコンを広げて見せた。そこにはデジモンアナライザーと表示されているデジモンの図鑑が起動しているのが分かる。
「ナノモンたちの協力を得て、僕のパソコンにダウンロードしたデジモン図鑑、通称デジモンアナライザーです。今回のようにみんながバラバラになって、僕がみなさんのそばにいるとは限らない、ということがよく分かったので、少しでもみなさんの力にでもなれば、と思って、小型のデジモンアナライザーを作ってみました」
「すごいじゃないか、光子郎」
「そうか、これならいきなり敵が来てもある程度予想できるってことだね」
「でも、どれくらいのデータが入っているの?」
「かつてデータバンクをやっていたナノモンと、ホメオスタシスが開示してくれたデータで、大体のデジモンは網羅できたんじゃないかと思います。さすがにセキュリティシステムが知らないような伝説上のデジモンや新種のデジモンは難しいですけど、大丈夫だと思います」
「すっげー!光子郎先輩、これってどうやって使うんすか?」
「これはね、デジモンがいる所に向かって向けるんだ。すると、こうやってデータが表示されるんだよ、ほら」
タケルの頭の上で目をぱちくりさせているパタモンが小さなパソコンの画面に現れた。おー、とのぞき込んだ子供たちは、それぞれ自分たちのもらったアナライザーで試してみる。どうやらいずれもうまくいったようだ。
みせて、みせて、と自分が映っていると言われては気になって仕方ない。パタモンと一緒に見せてもらったタケルは、あれ?と疑問符を浮かべる白い塊を見上げた。たくさんのご飯と暖かいお風呂、ぐっすり眠れば幼年期のデジモンたちは成長期になれている。
ネクストというボタンを押すと、どうやら進化経路が表示される仕組みのようだ。げ、セトモンがのってる、と嫌そうな声があがる。どうやら進化ツリーが反映されるらしい。
「どうしたの?」
「みてよ、タケル。僕はワクチン種なのに、なんでフリー種までのってるの?」
「え?あ、ほんとだ。パタモンってフリー種でワクチン種だったの?」
「ちがうよー、フリー種ってブイモンみたいな古代種の末裔しかない属性なんでしょ?僕、現代種だよ。みんなと一緒にはじまりの街で育ったもん。真っ暗な洞窟で寝てないよ」
「ふーん、そっか、へんなの。でもワクチン種っていうのも書いてあるし、大丈夫じゃない?」
「でも一応、光子郎には言っといた方がいいよ」
「そうだね」
タケルの報告を受けた光子郎は、うーん、まだちょっと改良の余地ありかな?なんてつぶやきながら、苦笑いした。
「ねえ、光子郎君。それって離れててもできるの?」
「はい、データさえ認識できれば表示されますよ。やってみますか?」
「どれくらいの距離が出来るの?」
「そうですね、東京23区の1区内分くらいだったら補完できると思いますよ」
「へー、こんなに小さいのにすごーい!ってことは、ここからお外に向かったら何か表示されるかな?」
「面白そう!いってみましょう、ミミ!」
忙しない少女たちはぱたぱたぱたと襖を開けて廊下に飛び出してしまう。
「ミミ君、タネモン、どこ行くんだいっ!ゲンナイさんが待ってるようにいってたじゃないか!」
「ちょっとそこまでー!」
「までー!」
「ミミちゃん、靴下で走ったらこけちゃうわ!」
「空君、そう言う問題じゃないよ」
はあ、とため息をついた丈は、仕方ないなあ、とつぶやきながら開けっ放しの襖をちゃんと閉めた。どうやら呼びに行くことも諦めたらしい。しばらくして、ぱしゃん、と豪快にはじき飛ばされた襖の向こう側から、小さな画面をふりまわしながら、みてみて!とみんなのところに引き返してきたミミたちがやってくる事になる。
太一さんたちが帰ってきたの!という言葉に、誰もが反応したのは言うまでもなかった。そこにはアグモンのデータが表示されている。新しいデータを知らせるランプが点滅する進化ツリーをクリックすると、ボタモン、コロモン、アグモン、グレイモンと続いて、見たことのないデジモンが表示されていた。
DIGIMON DISCOVERY
メタルグレイモン
属性:ワクチン種
レベル:完全体
勢力:メタルエンパイア
全身の半分以上をサイボーグ化することで、戦闘力を高めたグレイモン系デジモンの完全体。
メタルグレイモンには、2種類存在する。ひとつはメタルエンパイアの勢力が勃興した黎明期に多く生み出されたサイボーグ型デジモンである青色のメタルグレイモン。
ふたつめはフォルダ大陸、サーバ大陸、ディレクトリ大陸と勢力を拡大していくにつれてグレイモンの姿を残したまま、改造に適応する個体を発見後、爆発的に広がったオレンジ色のメタルグレイモン。
そういう意味では、黄色いメタルグレイモンは青色のメタルグレイモンの亜種と言える。
ただし、青色のメタルグレイモンは黄色いメタルグレイモンよりも機械化の拒絶反応により、
肉体の腐り落ちる速度が速く、スカルグレイモンになる可能性がはるかに高く、個体数自体が少ないため、青いメタルグレイモンは絶滅危惧種である。
現在では黄色いメタルグレイモンがデファクトスタンダードとなっている。完全に機械化された左腕トライデントアームなどの武器群に加えて、6枚の翼を使って飛行能力を獲得している。
必殺技は、胸のハッチから核弾頭一発に匹敵する破壊力を持つ有機体ミサイルを発射するギガデストロイヤー。ワイヤー状に伸びた左手のアームを相手めがけて飛ばすトライデントアーム。
そして、ミミたちは、60日余りもの歳月の果てに、ようやくグレイモンの完全体を拝むことになるのだった。
池を中心として広がる築山には、庭石や草木が絶妙な位置で配置され、四季折々に鑑賞できる景色が作られている。綺麗な水が深山から流れ出し、まるで大きな流れになってゆくかのごとく、大きな池に注いでいた。
真ん中を二分するように設けられている石橋を渡れば、庭園内には灯籠があり、玉石を敷きつめた池がきらきらと太陽の光を映し出して、ゆらゆらと凪いでいる。浅い池は複雑に湾曲しており、池底に玉石を敷き池縁に石を立てているのがみえるのだ。
美しい庭石と白砂が構成する日本庭園は、昔懐かしい雰囲気が辺りに静けさをもたらしていた。歩みを進めていけば、築数百年を思わせる日本家屋の建物が見えてくる。家を取り囲む立派な門の向こう側は広大な海であるという奇妙な立地条件を除けば田舎の大地主が所持していそうな立派なたたずまいの日本家屋だ。
ちなみにこのゲンナイの隠れ家と称されるエリアそのものは、テンプ湖の水深何百メートルという辺境に亜空間として存在している。四方が結界を張り巡らせており、外部からの侵入を拒むまさに隠れ家である。結界の役目も担っているため、緊急の時以外はテンプ湖から浮上してくる事はない。
だから空を見上げれば魚たちが自由自在に泳いでいるという奇妙な光景が広がっており、さながら水族館のようである。がらがらと年季の入った引き戸を開けて、太一と光、そしてアグモンは母屋を覗き込む。
八月のお盆に集まる田舎の母屋のように、たくさんの靴が玄関に並んでいるのが見えたので、
ここがなっちゃんの言っていたゲンナイの隠れ家であると確信した太一は大声で家主を呼んだ。
こんにちはー、と声を張り上げるが返事がない。古い日本家屋は呼び鈴がないのだ。呼び出す手段がない。
「ゲンナイの爺さん、いるんだろー!返事ぐらいしろよな、せっかく来たのに」
「ねえ、太一、上がっちゃう?」
「そーだな、みんないるみたいだし、早く会わないと」
「え?いいの?」
「いいだろ、べつに。さー、はやく行こうぜ」
そういってさっさと進んでしまう太一とアグモンに流される形で光は靴を脱いで、長い長い廊下があるお屋敷に足を踏み入れた。太一がいうにはデジタルワールドに住んでいるお爺さんらしいから、こんなお屋敷に住んでるとなれば、頑固な怖いお爺さんなイメージが湧いてしまう。
太一が教えてくれたことをまとめると飄々としたお爺さんな気もするけれど、勝手に失礼なことをしちゃったら怒られるんじゃないかと光は気が気ではない。どこか懐かしい夏の香りがする木目の廊下を進んでいくと、間仕切りがふすまだけの途方もなく先が長い旅館のような廊下に出た。
みんなどこにいんのかなあ、と太一とアグモンは声を張り上げている。よほど広いお屋敷のようで太一たちの声はあまり奥までは聞こえないようだ。仕方ないので片っ端からふすまを開けはじめた太一である。
どこも同じような構造だった。緑も鮮やかな畳敷きの部屋であり、広さは20畳もある。中央には紫檀の広いテーブルがあって、大きな座布団がたくさん並んでいる。奥には掛け軸の掛かった和装の間仕切りがあって、高そうな壺が置いてある。
ふすまを開けっ放しにしないと迷子になりそうなほど同じ部屋。旅館の宴会場といったところだろうか。そうこうしているうちに突き当たりに来てしまった太一たちである。どっちから探そうかと見渡した先で、何をやっているっぴ、と呆れ顔のデジモンとようやくエンカウントしたのだった。
「ピッコロモン!」
「随分と失礼なお客さんだっぴね、太一。わざわざ迎えにきてやったのに勝手に動くから追いつくのが大変だったっぴよ」
「なんでピッコロモンがここにいるの?」
「ゲンナイさまは守護デジモンの上司に当たるっぴ。だからここのエリアが敵に見つからないように結界を張ってるっぴよ」
「へー、そうだったのか」
「そういうことだっぴ」
ピッコロモンを名乗った小さな妖精の視線が会話についていけなくて沈黙するしかない光に向いた。
「はじめまして、だっぴね。ピッコロモンだっぴ。これでも完全体だから小さいなりだからって舐めてかかると痛い目見るっぴよ」
「え?え?完全体って、メタルグレイモンと同じなの?!すごい!えーっと、えと、ピッコロモン、さん?」
「さんはいらないっぴ」
「あ、うん、はい。えーっと、はじめまして、ピッコロモン。私は八神光です。お台場小学校の二年生で、」
「俺の妹だよ」
「ふむふむ、しっかりしてそうな子だっぴね。
小学校の二年生ってことは選ばれし子供の中でも一番下の学年になるっぴ。タケルと大輔を合わせると、太一とヤマトと空みたいだっぴね」
「そういえばそうだな」
「お兄ちゃん、タケルくんってだあれ?」
「え?あ、そっか、光は会ったことないんだよな。えーっと、そうだな、ほらヤマトだったらわかるだろ?グラウンドを使う時間になったら、さっさと交代しろってうるさい野球部のやつ。金髪のあいつ」
「あ、うん、わかるよ」
「そいつの弟なんだ。高石タケル。あ、苗字は違うのは親の都合らしいからさ、あんま触れないでやってくれよ」
「うん、わかった」
「あとは丈とミミちゃんか。丈は六年生で、一番年上のやつな。あんま頼りにならないんだけどさ。メガネかけてて背が高いからすぐわかると思うぜ。ミミちゃんは光子郎のクラスメイトだったかな。タケルや大輔と仲良さそうだから、光も仲良くしてくれると思うな」
みんないいやつだから心配するなよって肩を叩いた太一に、だったらいいなあって光はこくんとうなずいた。大丈夫だよ、ってアグモンは笑う。
「さあさ、そろそろ案内するっぴよ。屋敷は広いから迷子になるってみんなを待たせてるっぴ。敵に見つからないようにちょっとした仕掛けを施してあるから空間がループするようになってるんだっぴ。しっかりついてくるように」
はあい、と返事をした太一たちは空間が捻れている日本家屋を進んで行ったのだった。
「ついたっぴよ。じゃあゲンナイさまを呼んでくるっぴ」
「ありがとうな、ピッコロモン」
「さあさ、みんなお待ちかねだっぴよ、早くいくっぴ。なにせ数ヶ月ぶりの感動の再会だっぴよ!」
ピッコロモンの言葉に光は首を傾げるのだ。
太一がサマーキャンプに出かけてから三時間半しかたってないのに、なんで数ヶ月になるんだろう?太一は、あ、と声をあげて硬直した。
まずいまずいまずい、今までいろんなことがありすぎてすっかり忘れてたけど、そうだよ!12時にデジタルワールドに行ってから26日たって帰ってきたら26分たってるなら一日は一分じゃないか!一時間向こうで過ごしたから60日たってるじゃないか!普通に考えてみんな心配してるに決まってるじゃねーか!やばい、どうしよう?
「アグモン、お兄ちゃんどうしたのかな」
「忘れてたけど、デジタルワールドの一日はあっちの世界の一分なんだ。たぶんみんな60日ほど僕たちのこと探してくれてたんじゃないかなあ」
「え?」
光は太一を見る。やっべーって顔をして固まってるお兄ちゃんがいる。アグモンは謝らなきゃねーってマイペースに太一に告げていた。いつまでたってもふすまに手をかけたまま動かない太一である。たいちー、とアグモンはちょっと困った顔で太一を見上げている。
アグモンの蹄は鋭いから、力加減が分からないで引いたら破れてしまいそうだ。どうしよう、とアグモンが光を見上げると、いつぞやの太一のように、いたずらっ子の笑みを浮かべて、えーいってやっちゃってる女の子が目にはいる。
ちょ、おま、光何やってんだよ、まだオレ心の準備がって叫んでるお兄ちゃんなんて気にしないで、光は正反対のふすまを勢いよく開けちゃったのだった。
一瞬驚いて固まるモノノ、話し合いをしていたらしい彼らはすぐ横でふすまを閉めようとして失敗してる太一をみるやいなや、あーっと声を上げたのだった。
集中する視線。知ってる人、知らない人、見たこと無いデジモン達。空さん、光子郎さん、あの人が丈さん?ヤマトさん?隅っこで遊んでたのがミミさんかな?で、横にいるのが金髪だからタケルくん?じゃあ、その横にいるのは、と目を向けたら、大輔と視線があった光である。
でもそれはほんの少しのこと。あ、八神さん、と口が動くのは分かった。でもそれだけだった。すぐに視線が外れてしまう。あれ?と光は思った。いつもだったら大輔君はお兄ちゃんたちがいるとすぐに駆け寄ってきて、愛想よくしてるのに、なんだかちょっと素っ気ない気がする。
なんだかおかしいなって思うけれど、理由が見つからない光は困ってしまう。大輔はなんだかこう切り替えが早いのだ。みんなにからかわれるのが嫌だからだろうって光は思っている。
同級生のお友達と一緒にいる時にはあんまり近付いてこないけど、お兄ちゃんがいると積極的に近付いてきて、会話に近付いてくる。今の大輔君は同級生モードになっている。
お兄ちゃんは見るの初めてじゃないかなあって思って光が視線を移すと、ようやくあえた仲間を手荒い歓迎で迎えられているお兄ちゃんが目にはいる。今まで何やってたんだ!って怒られている。太一は必死で今までの事情を説明していた。
上級生組に囲まれてるお兄ちゃんを見ている光を見つけて、寄ってきたのはやっぱり大輔君だった。光はちょっとほっとするのだ。光がひとりぼっちになってしまうと、いつだってそばに駆けつけてくれるのは大輔君だった。きっとひとりぼっちに敏感な優しい男の子なんだろうって光は思っている。
大輔くんの隣には青い龍の子供がいる。この子がブイモンかな?大輔君に釣られてタケルくんとミミさんらしき人達が近付いてきて、光は緊張しながら大輔を見た。光の視線に気づいた大輔は誰?って隣の二人が反応するから、助け船を出してくれた。
「太一先輩の妹で、オレの同級生の八神光さんっすよ、ミミさん」
「え、あ」
「なに?八神さん」
「ううん、なんでもないの。ありがとう、大輔君」
「え?あー、うん。あ、そうだ。八神さん、こいつは」
「オレ、ブイモン!よろしくな、光」
「は、はじめまして、ブイモン。よろしくね。あ、あの、わたし、お台場小学校の2年生で、八神光って言います。よろしくおねがいします」
「よろしくねー、光ちゃん。アタシはミミ。立川ミミっていうの。お台場小学校4年生ね。よろしく。この子はパルモンよ」
「よろしくね、光」
「うん、よろしくね」
「それにしても、なんだか嬉しそうね、ミミ」
「だって今まで女の子はアタシと空さんだけだったのよ?パルモン。やっと女の子が3人になったんだもん。しかも光ちゃんはアタシより年下でしょ?おねーさんになったみたいでうれしいの!」
あははって笑うミミさんはとっても優しそうな人である。光も釣られて笑った。
「こんにちは!僕は高石タケルだよ。あそこにいるのが僕のお兄ちゃんなんだ。僕も二年生だよ。よろしくね。この子はパタモンっていうんだよ」
「よろしくねー、光」
「うん、よろしくね」
「えっと、八神さんって呼んだ方がいいのかな?」
「え?どうして?」
「だって大輔君、そう呼んでるし」
「ううん、わたしは光でいいよ」
「じゃあ、光ちゃんね」
「うん」
どうして大輔君は光ちゃんのことを八神さんってよぶのかなあ。ちょっと不思議に思ったタケルだったが、そのまま口にする無神経さは、大輔が光を説明する時に見せた嫉妬の混じった眼差しで察することで回避された。
今までの冒険のことを思い出せば、何となくであれ察することができるだろう。これからの冒険は大輔にとって意味合いが変わってくる。
もし、なにかあったとき。太一が最優先で守ろうとするのは、きっと光だろう。それはヤマトがタケルを守ろうとするのと同じくらい、ブイモンが大輔を守ろうとするのと同じくらい当たり前のことだ。大輔の心境は言わずもがなといったところだろうか。
ブイモンと手を繋いでいる大輔には気づかない振りをして、タケルは余計な一言を言おうとするパタモンを黙らせるためにだっこした。
3ヶ月近く一緒にいる仲間達の中に飛び込まなければならない光は、もちろんタケルや大輔の思っていることを察することができるほど余裕なんてない。やっぱり全く知らない人がいるより、知ってる人がいると安心する。
でも、これからの事を思うと、大輔君に知って欲しくないと思ってしまう。光が丘テロ事件のこと。光の不思議な力のこと。光が変な子であること。何かが変わってしまうのが怖いのだ。大輔は光にとっての日常生活の延長上にいる人であるのは間違いない事だったから。
もしなにかあれば、それは間違いなく崩壊に繋がる。とても脆いものだけど。大輔にも性質は違うけれど、不思議な力があるとなっちゃんに言われてはいるモノノ、やっぱりまだ実感がわかない光である。だって光は現実世界での大輔しか知らないから。
まだ光の中では大輔君という人は光が普通の生活を送る上での大切な象徴的存在であることは事実だったから。矛盾する心を抱えながら、まだその時ではないことを祈りながら、光はとりあえずみんなの仲間入りをするために必要なことを全力で取り組むしかない。
まずはみんなの名前を覚えなくっちゃ。なにせ子供達とデジモンあわせて16にんもいるのである。大変だ。さいわい、あとで自己紹介してくれた上級生組のみんなもあわせて、名前で呼んでもいいよって言って貰えたので、せめて名前と顔は一致させないとって光は必死である。
みんな、光ちゃんって呼んでくれるみたいだから、なおさら。うれしくて、がんばろうって思うのだ。ちょっとでも足手まといにならないように。嫌われないように。邪魔だと思われないように。頑張ろうって光は思ったのである。
みんないい人だってお兄ちゃんが言ってくれたように、実際にあってみて、みんないい人だってとっても実感できたから、なおさら。がんばろうって、光は思った。じんわりと暖かかいのが知恵熱なのか、風邪がぶりかえす徴候なのか、それともそれ以外のなにかなのか。まだこの時の光はなにも分かってはいなかった。
しばらくして。
来客たちは数ヶ月ぶりの再会を喜びながら、このエリアから出ることがかなわない、年老いた男を待ちわびていた。しばらくして、見覚えのあるシルエットが映し出され、誰ともなく子供たちはテーブルに並んで、家の主人を待つ。
すすす、とふすまを開ける音がする。自然と背筋が伸びるのはみな同じようだった。板敷きの工房から姿を現した老体は、ガラクタみたいな機械と試作品らしきサンプルが散乱する中をやって来た。
壁際には木目に脂が浮かんでいる長持ちがいくつも積み上げられている。待たせたのう、とちいさく頷いたゲンナイは、ふすまを閉めるなり、子供たちと向き合う形で音もなく座った。
「こうして実際に顔を合わせるのは初めてじゃのう。いかにも、わしがゲンナイじゃ。今まで顔を合わすことが出来なくてすまなんだ。背中の古傷が痛んでのう、結界の外に出ることができんのじゃ。しかし、これだけはお前さんたちに渡さねばならんと思ってな、間に合ってよかったわい」
ファイル島とサーバ大陸にある有志の力を借りて、ようやく完成したのだという機械片手に、
ゲンナイは小さく咳払いをした。
「まずは、わしが何者なのかについて、話さなければならんのう。この世界はおぬしらが知っての通り、コンピュータ・ネットワークの中にある情報、つまりデータをもとに作成された世界じゃ。
ここは、ネットの情報やデータが物体として実体化した世界、故にデジタルワールドと呼ばれておる。その中でも、実体化したデータの内、生き物であるものの総称をデジタルモンスターというから、この世界のことをデジモンワールドと称する者たちもおる。
そして、この世界の安定を司っておるのが、ホメオスタシスという監視をおこなっておるセキュリティシステムの一端。かのひとは実体をもっておらんのでな、媒体(ミーディアム)か、手足となる存在が必要となる。
その手足となってセキュリティシステムの代行を任されているのが、エージェントと呼ばれるわしのような存在なんじゃ」
ミーディアム、という聞き慣れない単語に浮かぶのは当然ながら疑問符である。しかし、大輔がなっちゃんにホメオスタシスが取り憑いて会話したことを思い出したため、みな納得したためか説明は省かれた。
ちらりと光をみたゲンナイだったが、自己紹介を済ませたばかりの新入りを見ただけと受け取ったのか、誰もその意味深な眼差しに気づく者はない。光は光で自分が置かれている状況必死で理解しようと必死だったから、それどころではなかった。
「もっとも、今となってはわし以外のエージェントはおらんよ。外で大破したメカノリモンをみたじゃろう?ピラミッド迷宮に奇襲してきた暗黒の勢力から逃げ延びる際に、あれに乗り込むことが出来たのはわしだけじゃった。
みな、紋章と紋章に封印したデジタマをわしに託し、後は頼んだ、と言ったきり。わしはメカノリモンに乗って、ファイル島に向かわざるをえなかったんじゃ。
ファイル島には、この世界のすべてのデジモンたちが生まれてくるはじまりの街を初めとして、先代の子供たちが残してくれた文献が残っておるダイノ古代境がある。
わしは守護デジモンたちにその防衛を任せなければならんかったんじゃ。もうすでにデジモン黙示録は暗黒の軍勢に奪われてしまった。
しかし、古代種の末裔を目覚めさせる仕事も、お前さんらを何とかえらばれし子供たちに託すことが出来てなによりじゃ。デジヴァイスと紋章は、えらばれし子供たちのそれぞれの特性にあわせて作られておる。
機能はそれぞれ違うが、共通しとるのは子供たちとパートナーデジモンとの間に、ある種の情報をやりとりし、暗黒の力に対応する力を発揮してもらうことにあるんじゃ。この機械は、もっと早くお前さんたちに渡すべきだったんじゃがなあ。こらえてくれ」
ゲンナイは光子郎のノートパソコンに、即席の端子を接続した。ゲンナイ曰く、これでデジヴァイスからデジモンアナライザーに情報を送ることができるらしい。画期的なアイテムに反応したのはいつものことながら光子郎だけだったので、補足説明は彼が請け負う。
現在のデジモンアナライザーはソフトをダウンロードしている光子郎のパソコンから赤外線通信を通してデジモンのデータを認識し、図鑑として表示しているため、どうしても光子郎のノートパソコンがその場に無ければ機能を活用することができなかった。
しかし、デジヴァイスにはこれまで出会ったデジモンたちにかんする情報をログする機能があるようで、光子郎のノートパソコンにデジヴァイスを接続させれば、その情報がパソコン内にインストールされてアプリケーションに表示されるようになるのだという。
これなら光子郎がその場にいなかったが、他の子供たちやデジモンたちが出会ったデジモについての情報をアナライザーに登録することが出来るのだ。電話やPHSによる連絡手段の確保の重要性は今までの冒険の中で嫌と言うほど学んできた彼らは、これによって少しでも戦闘に陥った時にアドバンテージを確保することが出来たということになる。
「それだけ、大変なことが起きようとしているという事ですね」
いかにも、と頷いたゲンナイは重い口を開いた。
「太一と光は見たじゃろうが、今、デジタルワールドとお前さんらの世界は非常に境界線が曖昧になっておる。この世界全体が不安定になっておってな、いろんなエリアからデジタルゲートが歪みとして発生してしまっておる。
野生のデジモンたちが迷いこみそうになってのう、ホメオスタシスを中心に強制送還を繰り返し、対策に追われておるが、もう限界かもしれんのじゃ。
デジモンは実体を保つのに電気を消費する生き物なんじゃ。だからどうしても呼吸一つするだけで電波障害が起こってしまう。二次被害も出始めておるようじゃ。お前さんらの世界は、明らかに混乱しはじめておる。これ以上の混乱は何としてでもさけねばならん。
お前さんたちには、そのために、何としてでもやってもらいたいことがあるんじゃ」
全員の顔に緊張が走る。
「この混乱の大本には、あるデジモンが関わっておる」
腕を後ろに組み、ゲンナイはまっすぐに子供たちを見上げた。
「そのデジモンは今、デジタルワールド中から軍勢とも言うべき数のデジモンたちを集めておる。その理由はただ一つ。侵攻のためじゃ」
どこに、なんて言葉を紡げるニンゲンは誰もいなかった。
「お前さんたちの世界に、ヴァンデモンは侵略を企てておる。10人目のえらばれし子供、そして行方不明になっておるパートナーデジモン、光、お前さんのデジモンなんじゃ。共々、消し去ろうとしておるようじゃ」
一瞬、子供たちはゲンナイの言っている意味が分からなかったようで顔を見合わせていたが、
その深刻さに気づいて顔を青ざめる。ヴァンデモンがどういうデジモンなのか、どういう立場にあるべきデジモンだったのか、みんな気づいてしまっていたから、なおさらのこと。二の句が継げないのだ。
ロゼモンが暗黒勢力の調査のためにはじまりの街の守護を任せて、その後任になっていたはずのウイルス種の守護デジモンが今や太一たちの前に立ち塞がる新たなる敵だと明示されてしまったのである。
一気に現実味を帯びた彼らは冷水をぶっかけられたような衝撃に襲われる。いかにも、とゲンナイは続ける。予言の所に記された通りになってしまった最悪とも言うべき悪夢が告げられた。どうして、という言葉に答えられる人は誰もいなかった。