(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第144話

ピンク色のカートリッジにはめ込まれたクリアガラスごしに、勇気の紋章とほど近いデザインの紋章は刻まれていた。中央に小さな円があって、縦と横を小さな菱形が円を囲うように置かれていて、その間の斜めの部分にはさらに大きな菱形が囲っている。 

 

タケルが命がけで奪還してくれた光の紋章が収められているプラスチック製のタグは、焦げ付いていた。首にかけるためについていた筈のヒモは、すっかり黒こげになっていたので、みんなと同じようにゲンナイは新しくヒモをつけてくれたらしい。

 

大爆発と電気系統の故障にさらされた紋章である。すっかりぼろぼろになってしまっているが、光がゲンナイからその紋章を受け取ると、輝きがましたような気がした。さいわいデータの損傷はないらしいので問題はない。

 

真新しいヒモに首を通してみれば、古ぼけてかすれているタグが、肌身離さず持っているおもちゃの笛とぶつかって、かつんと軽い音を立てた。これが私と同じお名前の紋章なんだ、と不思議な感覚でタグを見つめる。

 

失われたデジヴァイスの代わりに、ゲンナイたちが用意してくれたプロトタイプのデジヴァイスをリュックに引っかけて、いつかデジヴァイスがピンク色に染まる時が来るのかなあ、お兄ちゃんのデジヴァイスみたいにと考えてみる。

 

なっちゃんからもらったお守りの腕輪がデジヴァイスの画面に当たって、こつんと音を立てた。そう言えば、と光はリングをくるりとまわした。ホーリーリングというらしい腕輪に刻まれている彫刻の中には、たしかに光と同じ名前が模された紋章が刻まれているのが分かる。

 

光の力をもとに紋章が作られたのか、この世界にあった力の象徴を光の紋章としてあてがったのか、さすがに光は分からない。

 

でも、見守っていてあげると微笑んでくれた女の子がいてくれる気がして、ほんの少しだけ、光は落ち着いた気がしたのだった。

 

 

「これがお主の紋章とデジヴァイスになるのう」

 

 

ようやく9人目に手渡すことができたと安堵するゲンナイに、光はちょっと残念そうに返す。

 

 

「でも・・・・・・」

 

「どうしたんじゃ?」

 

「デジヴァイスは、もうちょっと待っててって、なっちゃんが」

 

「ああ、お主専用のデジヴァイスにカスタマイズする件についてなんじゃがな、安心せい。思っていたよりも早く完成したんじゃ。もうすぐナノモンから届くはずじゃぞ」

 

「え?ほんとう?」

 

「ああ、ワイズモンに感謝せんとならんのう。

 暗黒勢力に持ち去られていた先代からの碑文のレプリカをタケルのデジヴァイスに託してくれた んじゃからなあ、おかげで破壊されたデータをサルベージして、復刻させる手間がはぶけたわい。

 

光の紋章が象徴する力、そのものは概念としてデジタルワールドにあったものじゃ。先代のパートナーが擁する力でもあった。さいわい再現するのは彼らの領域じゃのう。助かったわい」

 

 

そのレプリカの提供元がヴァンデモンなのは皮肉に他ならないものの、さすがにゲンナイは言及を避けた。

 

それでも、ゲンナイの言っていることは難しくて、まだ小学校2年生の女の子にはわからない。首を傾げる光に、たくさんのデジモン達が協力してくれているんじゃよと告げるゲンナイの眼差しは優しい。ナノモン、ワイズモン、と光はつぶやいた。

 

この世界にやってきてから、光はたくさんのデジモンと出会った。名前と顔が一致するのは仲間達のパートナーが精一杯であるものの、光のために尽力してくれたという、守護デジモン達の名前を聞く度に、全てが終わったらまたお礼に行かなきゃいけないなって思う。

 

見ず知らずのデジモンたちがである。突然えらばれし子供だと告げられて、この世界にやってきた、パートナーのデジモンとはぐれてしまったただの子供である光に、ここまでやってくれているのだ。絶対に恩返ししなきゃって光は思う。

 

そのためにも、はやくみんなの後をついていけるようにしなくっちゃ。決意を新たにしている光を見守っていたゲンナイの表情が険しくなる。ゲンナイの前に突然表示されたホログラムのパソコン画面が現れたのだ。

 

向こう側には、見たこともないデジモンがいる。どうしたのって声をかけると、ゲンナイはにっこりと笑ってみんなを呼んでくれんかと光に返した。どうやらとっても難しいお話のようで、光はやんわりとゲンナイの部屋から出るよう促されてしまう。

 

でも、お願いをされるのは今の光にとってはうれしかった。なにせ彼女は今はただの子供にすぎない。わけはわからないんだけど、ゲンナイさんから頼まれたのが嬉しくて、光は素直に廊下を飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

ぱたぱたぱた、と長い廊下を行く。

 

 

 

 

子供達は男の子と女の子の部屋に別れていたはずだ。これからヴァンデモンっていう悪いデジモンのところにいくための準備をしている。光のパートナーのデジモンもそこにいるらしい。

はやく悪いデジモンから助けてあげないとって光はとってもはりきっている。

 

そうこうしているうちに、男の子たちのお部屋にやって来た光である。お兄ちゃんがいるからまだ物怖じしないでいける。ちょっとだけ開いているふすまに手をかけた光だったが、向こう側でお兄ちゃんと大輔のなにやら深刻そうな会話が聞こえてきて、思わず手が止まってしまった。

 

どうしよう、と思ったけど、さすがにこのまま入っていける勇気は、まだ光にはなかった。

そっと手を放して女の子の部屋に行こうとふすまを横切ろうとした光だったが、どうやら朝焼けの影はそれを許してはくれなかったらしい。

反対側からふすまがあいた。ぱたん、と乾いた音がする。

 

 

「あ、光か。どうしたんだよ」

 

「え、あ、その、ゲンナイさんがね、みんなを呼んできてって」

 

「あ、そうなの?じゃあ僕みんなを呼んでくるね。ヤマトたちはたしかピッコロモンに呼ばれてあっちにいったはずだし」

 

「じゃあオレ、空たち呼んでくる」

 

 

大輔と太一の話にほっとかれっぱなしで暇を持て余していたのだろう、アグモンとブイモンが廊下に飛び出していく。私も行こうかなあって思った光だったが、すぐ来るから待ってようぜってお兄ちゃんに引き留められてしまった。

 

お話もういいの?って聞いたら、八神さんは太一先輩といた方がいいよって大輔君はわらう。 オレもブイモンをおっかけよっかなあって、体よく逃げ出そうとした大輔を捕まえたのは太一だった。どうやら積もる話はこれからが本番だったようだ。

 

 

「え?なんだよ、あのジジイ。大事な話ならさっきしてくれって話だよな、いっつももったいぶるんだからよ。なあ、大輔?」

 

「うーん、でもゲンナイさん、ケガしてるんすよね?なら仕方ないんじゃ」

 

「それとこれとはカンケーないだろ、いっつも大事な話は土壇場でしか言わないじゃねーか、あの爺さん。そこんとこはどーなんだよ、オレよりゲンナイの爺さん信用してる大輔君は」

 

「うっ・・・・・・それはちょーっとおかしいなあとは思うっすけどぉ、意地悪言わないでくださいよー」

 

「そりゃ愚痴りたくもなるっつーの。なんだよ、お前のねーちゃん。メッチャこえーじゃん」

 

「え?なんでジュンねーちゃんがでてくるんすか?」

 

 

大輔君ってお姉ちゃんいたんだって光は思った。

 

 

「オレがもとの世界に飛ばされた時だよ。もしかしたらみんな帰ってきてるんじゃないかってさ、電話をかけまくったんだよ。大輔ん家に電話したら、ジュンさんが出たんだ」

 

「あー、そう言えば武道館ライブがどうとか言ってた気が」

 

「なんかオレしたっけ?たしかオレとジュンさんって初対面だよな?」

 

「そうだと思いますよ、多分」

 

「けどさ、なんか、めっちゃ怒られたよ。

なんかめちゃくちゃ嫌われてるっぽいんだけど、なんでだろうなあ。さすがにあんだけ言われるとちょっとへこむんだけど」

 

「えっ、ホントッすか?なんでだろ。そりゃ、ずばずば物言いますけど、あったばっかの人に

そこまで言うほどねーちゃん、ひどくないッスよ?なんて言われたんすか?」

 

「なんかさ、ゴーグルはいつからつけてるんだって聞かれた」

 

「ゴーグル?」

 

「おう、ゴーグル。じいちゃんの大事な友達の形見だからって、入学祝いにもらったんだ。それからずっとつけてるんだって言ったら、なんかすっげー声が低くなってさ」

 

 

太一は光の首に掛かっているホイッスルを見て思い出したのか、付け加える。

 

 

「なあ、大輔。ジュンさんってでっかい音が苦手だったりするのか?」

 

「え?そんなの聞いたことないっすよ。ねーちゃんが好きなバンドって結構派手なパフォーマンスするやつだし、でっかい音が嫌いならあんな大音量で聞かないッスよ」

 

「ふーん、じゃあますます分かんないなあ。てっきり大輔がサッカーするのに反対してるのかと思ったんだけど」

 

「1年ほど前からあんな感じですけど、一応入ったばっかの頃は応援してくれてたんすよ?」

 

「そっか。じゃあますますわかんねえ。じゃあなんでホイッスルの音が嫌いなんて言ったんだろ、ジュンさん。ますますわかんねえや、なんでオレあんだけ嫌われてるんだろ」

 

 

はあ、とため息をついた太一である。さすがにあからさまに態度で示されてはへこむ。ゴーグルの話を聞いた途端に態度を硬直化させたのは、大輔も覚えがある話である。忘れもしない1年前の出来事が脳裏をかすめた。

 

あの時、ジュンが口にしたゴーグルの人、という言葉が妙に焼き付いて離れない大輔である。

ふと目にしたさきで、どうしたものかと沈黙を守っている八神さんが目にはいる。首にかけられたホイッスルがゆれていた。

 

 

「そういえば、八神さんっていつからホイッスルもってるんだっけ?サッカーの応援の時はいっつもつけてるよな?」

 

「これ?」

 

「そうそう、それ」

 

「これもおじいちゃんからもらったの。お兄ちゃんと一緒に。おじいちゃんの大事な人の忘れ物だから、大切にしなさいって」

 

「そういやそうだっけ。たしか、あの時思いっきり吹いたんだよな、ぴーってさ」

 

「あの時?」

 

「おにいちゃ」

 

「ほら、あの時だよ。グレイモンが光が丘にいたとき」

 

 

さっと光の顔が青ざめた。反射的に大輔をみる光だったが、思ったより大輔の反応はあっさりしていた。

 

 

「へー、じゃああの時のホイッスルなんすか、それ」

 

「あれ?大輔、お前、覚えてんの?光が丘テロ事件のこと」

 

「太一さんが思い出したんならもう大丈夫そうなんでいいますけど、なっちゃんとまた逢えた時に、思い出しました。オレがグラウンドでサッカーしてる太一さんがゴーグルしてるのをみて、ぴーんときたんすよね。

 

たぶん、覚えてないんだけど、どっかで覚えてたんだと思います。なにもわかんなかったけど、グレイモンにむかってホイッスルを吹いた太一さんは、すっげー格好良かったから。

 

八神さん守ろうとして、頑張ってるのみて、オレもねーちゃん守りたいなあっておもったんすよ、オレ」

 

「あははは、なんだよ、それー。なんか恥ずかしいな」

 

 

照れたように笑う太一に、大輔は釣られて笑う。光は思っていたような反応が返ってこなくてほっとした。しかし、そこでようやく何かに気づいたらしい大輔の顔がこわばる。どうした?って太一が先を促した。

 

 

「どうしよう、どうしましょう、太一さん。ねーちゃん、デジモン嫌いかもしれない」

 

「え?」

 

「もしかしたら、ねーちゃん、覚えてるかもしれないっすよ、どうしましょう、太一さん!」

 

「なにをだよ?」

 

「光が丘テロ事件のことっすよ!」

 

「えっ、まじかよ、大輔」

 

「デジモンって、見えてる人と見えてない人がいるんすよ。だって、だって、ねーちゃんは、なっちゃんもグレイモンも見えてなかったみたいです。  

 

いきなり爆発したり、雷が落ちたり、街が壊れてくように見えてたみたいで、すっげー怖かったんじゃないかな。たぶん、ホイッスル吹いてる太一先輩しか見えてないと思うんすよ、たぶん。どうしよう、どうしましょう、太一先輩」

 

 

うろたえ始めた大輔である。太一もニュースで流れてきた光景に自分がぽつんといるという異様な光景を想像して、嫌な汗が流れたのだった。

 

もし大輔の言うことが本当だったら、ジュンさんは致命的な勘違いをしていることになる。はっとなって太一は光を見た。光はジュンさんの気持ちが嫌と言うほどわかるらしく、目尻がうるんでいる。

 

 

「なあ、光、お父さんとお母さん、オレが光が丘テロ事件のこと忘れてるから、今まで内緒にしてたんだよな?」

 

 

こくり、とうなずく光にぎょっとするのは大輔だ。

 

 

「じゃあ、ねーちゃん、もしかして、八神さんみたいに覚えてるのに、内緒にしてるってことっすか?そんな、そんなのありっすか?だって、4年まえって、ねえちゃん、まだ4年生だったのに。

 

小学校4年生だったのに。ミミさんや光子郎さんくらいだったのに。どうしよう、そうだったら、おれ、なんていえば・・・・・・・!」

 

「おちつけよ、大輔。ジュンさんを守るのはお前なんだろ。しっかりしろよ」

 

「は、はい」

 

「なんていってるオレもさ、光がこうやって話してくれるまで全然知らなかったんだよ。守ってやるっていったのにさ、ごめんな光。オレはいいよ、こうやって光がそばにいるから。

 

でも、大輔、ジュンさんは今ごろ、多分武道館ライブにいく途中なんだ。ヴァンデモンのこと考えると結構ヤバいと思う。元の世界に帰ったら、何が何でも引き留めろよ。

 

オレ達がいるからさ、ひとりで突っ走ろうとするなよ?たのむから」

 

「は、はい。わかりました」

 

 

がんばりますって小さな決意を固めている大輔をみて、光は涙をぬぐった。

 

 

「あの、大輔君」

 

「八神さん?」

 

「わたし、がんばる」

 

「え?」

 

「わたしも、がんばる。みんなの足手まといにならないように、がんばる。だからね、その・・・・・」

 

「お待たせ!みんな呼んできたよ、太一!」

 

「おっまたせー!はやくいこうぜ、大輔。ゲンナイさんのところ!」

 

 

光の言葉を遮るようにみんなを連れて現れたアグモンである。おいと思わず声を上げそうになった太一だったが、みんなの手前黙ることしかできないのが悲しいところだ。光はまだみんなの前に出られるほど強くない。

 

定位置だとでも言いたげに大輔の右手に抱きついたブイモンが、光の横を通り過ぎるように大輔を先導する。言いかけた言葉を飲み込んでしまった光は、先を促すように見つめてくる大輔に、小さく首をふって、なんでもないの、ごめんなさいって笑った。

 

どーした?大輔って疑問符を浮かべるブイモンに、なんでもねーよって大輔は肩をすくめた。

なにやら微妙な空気が漂う中、子供達はゲンナイのまつ部屋に向かったのである。

 

 

「出立の準備はできたかのう?」

 

 

ゲンナイの問いかけに、みんな一様にうなずいた。大輔と太一の荷物はそれぞれ、アグモンとブイモンが持ってきてくれたので、すぐ傍らに置いてある。ゲンナイが先ほどまで連絡を取っていたのは、どうやらデジタルゲートを管轄しているホメオスタシスの端子だったようだ。

 

 

「本来ならヴァンデモンが居城を構えるエリアに直接いけるはずなんじゃがな、残念なことにあの周辺のエリアは随分前からアクセス拒否になっておってお前達を直接送り届ける事ができんのじゃ。

 

一番近いエリアでテンプ湖周辺の一番北に位置する水辺になるかのう。そこから突入するしかなさそうなんじゃ。やってくれるかのう?」

 

 

それはつまり、真正面からの突入を意味する。

みんなうなずいた。ヴァンデモンの現実世界への侵攻は秒読み段階に入っているのだ。時間がない。一刻も早く止めなければ。ゲンナイは小さく息を吐いた。

 

 

「ヴァンデモンの城は、黒い森と岩肌の露出した崖の上にそびえておる。闇の支配者のエリアはいつも夜でな、日がささん。つまりいつでもかの人の手中にある。気をつけるんじゃぞ」

 

 

ゲンナイの眼差しは大輔とブイモンに向けられた。不思議そうに首を傾げるみんなだが、ブイモンは分かっていたようだ。こくり、とうなずいたブイモンは、大輔を見上げた。

 

 

「がんばろう、大輔。オレ達が先導するんだ。

ウィルス種に進化できるのはオレだけだもんな。ヴァンデモンが守護してたエリアがウィルス種しか入れないエリアだったなら、きっとそのエリアもウィルス種しか見えない結界でも張ってあるんだと思うよ。

 

デビモンの時みたいに、あっちから招待してくれるならワクチン種だろうがデータ種だろうが関係ないみたいだしね。オレさえ場所が把握できれば、みんなオレについてくればいいだけだ」

 

「そっか、そうだよな。うん、がんばろうぜ、ブイモン」

 

「うん!」

 

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