闇貴族が居城を構えた日から、森はこれまで一度も太陽の恵みを受けたことがない。隙間なく空を覆う分厚い雲によって、午前の日差しは遮られ、まるで夜である。闇を好むデジモンにとっては、またとない住処だろう。
しかし、真っ黒な深淵の森を徘徊するウィルス種のデジモンたちでさえ、その森のはるか奥にそびえ立つ岩山には、近づこうとしないのだ。
まるで塔のようにそそり立つ岩山の上には、廃墟のような貴族の館が立っている。
そんなおどろおどろしいエリアを、ぶん、と耳障りな羽音が響いた。2つの触角をもつ銀色の昆虫型デジモンがずいぶんと不釣り合いな空を飛んでいる。背中についているメカニカルな円盤を空に向け、四方八方をくまなく飛んでいる。円盤がデジ文字を刻んでいる。小さな物音や振動を収集しているようだ。
しかし、せわしなく飛び回っていたデジモンが突然ぴたりと動きを止める。見つめる方向は同じ。銀色の円盤を空に掲げたデジモン達は、一斉に電波を発射した。相手を錯乱させる電波が曇天に打ち込まれるかと思われたその刹那、いきなりさく裂した青い稲妻がその電波をかき消してしまったではないか。
彼らは対象のデータを収集する能力に特化しているため、戦闘能力はない。彼らにできるのは撤退だけである。曇天に広がる雷鳴と閃光が警戒している。アトランダムに打ち落とされる青い稲妻を必死で潜り抜け、彼らは拠点に帰還する。
しかし、何体か追尾する雷を避けることができず、背中のレーダーに直撃した。感電してレーダーが故障、体に異常をきたして、そのまま森の中へと落下していったのだった。
その屋敷の上空にある曇天がゆらゆらと水面のようにゆれはじめる。幾重にも広がる波紋が空間をゆがめた。ぐにゃりとゆがんだ空間が輪郭を見せ始める。その中央から吐き出されたのは、侵入者である。
真っ白な翼を広げて飛翔する黒い竜に乗った少年は、驚いたように声を上げた。先程まで目下に広がっていたはずのテンプ湖に映える青空と太陽の木漏れ日。整備された岸にぷかぷかと浮いているアヒルさんボート。エクスブイモンが大輔を乗せて飛翔するたびに、生み落された風が湖をゆらしていた。
2か月近くサーバ大陸を横断していた大輔にとっては、見慣れた風景だったはずだ。その世界が一瞬でおどろおどろしい世界に変貌を遂げたのである。驚かない方が難しい。ウィルス種であるエクスブイモンだけが感知できた結界は、
大輔たちからすれば広大なテンプ湖の傍に広がる森でしかなかった。
なんのためらいもなく突っ込んでいったエクスブイモンを後ろでみていた子供たちは、突然消えてしまったエクスブイモンに驚いたに違いない。何もない所に向かって、いきなり最大出力の蒼雷を叩き込んだのだから。大輔が後ろを振り返ると、なにかあったのか、とあわてて追いかけてきてくれた太一たちの切羽詰まった声が聞こえてくるが、エクスブイモンは頓着しない。
ごう、とまた風を生み落して、大きく旋回する。向かう先は撃墜した敵のところだ。苔生した湿地帯で、ゴムを焼いたようなにおいと黒い煙がいくつものぼっている。何のためらいもなくデジモンを殺したエクスブイモンに動揺する大輔だったが、エクスブイモンが拾い上げたそのデジモンが、ただの機械仕掛けと知ってほっとする。
どうやら偵察用のマシンがこのエリアに張り巡らされていて、エクスブイモンはそれらを一網打尽にしたようだった。デジモンだったマシンを拾い上げたでクスブイモンは、あとでゲンナイさんに解析してもらおう、と大輔にそれを手渡した。
「はああ、びっくりした。もう驚かせるなよ、エクスブイモン。いきなり攻撃するからびっくりしただろ」
「ああ、うん、ごめん。でも、放っておくと厄介なことになってたから、先手を打っただけだよ。ごめん。説明してる暇がなかったんだ」
「ならいいけどさ。なんでデジモンじゃないってわかったんだ?」
大輔の素朴な疑問に、エクスブイモンは苦笑いを浮かべた。
「知ってるからだよ。あいつらはもっと好奇心旺盛で、光子郎みたいなやつらなんだ。ただのプログラムみたいに機械的にデータを収集するやつらじゃないよ。デジモンの匂いもしないから、現代種のデジモンじゃないってわかったんだ。あいつらのふりをするなら、せめてそれっぽくはしてほしかったな」
名前こそ言わないが、モデルとなったデジモンは古代種のようである。どこか寂しそうにつぶやいたエクスブイモンは、再び翼をひろげる。
どうもギロモンとの一戦以来、敵の気配にはとっても慎重になっている相棒は、すぐに次なる敵の来襲に気付いたらしく、目の色を変えた。
大輔、いくよ、とウィルス種の竜は飛ぶ。大輔は黒い機械をリュックに押し込め、デジモンアナライザーを引っ張り出した。ウィルス種が好む環境におかれているためか、いつもより好戦的な相棒だ。
先導する役目をゲンナイさんから直々に指定されたから、とってもはりきっている。なにせ、エクスブイモンはまだ完全体に進化することができない。だから、完全体の中でも上位に君臨するヴァンデモンの城に突入するまではみんなの力は取っておかないといけないのだ。
それなら、エクスブイモンにできることは限られている。すでに交戦状態にはいっている仲間達の空中戦に飛び込んだエクスブイモンは、
接近戦を得意としている漆黒の邪龍めがけて、援護の炎の弾丸を浴びせた。真っ赤な目をした複眼の悪魔が叫び声をあげる。いまだ!
その隙を狙って、すかさずエンジェモンが聖なる拳で闇を葬り去った。エンジェモンと一緒にいるタケルが、ヴァンデモンの城を見つめている。
「どうした?タケル」
「裏次元で見たよ、あのお屋敷」
「え、ホントか?」
「うん。あのデジモンは、飾ってあった銅像とおんなじなんだ」
「悪趣味な銅像だ。ダークエリアから召喚される魔獣なんて。大輔、タケル、深紅に燃え上がる4つの目はみてはいけないよ。複眼の悪魔に睨まれると身動きが取れなくなる」
天敵のためかとっても詳しいエンジェモンの忠告が入った。異常に発達した足と長く伸びた腕、鋭利にとがった巨大な爪をもつ怪物が咆哮する。ボロボロになっている漆黒の翼と相手の動きを封じる真っ赤な魔眼は、いつかの堕天使を連想してしまい、どうしてもタケルたちの表情はこわばってしまう。エンジェモンは無理もないと静かに告げた。
「気を付けた方がいい。デビドラモンはデビモンの使い魔だ。ダークエリアに堕ちた天使が進化するからこそ、召喚が可能なんだ。ヴァンデモンの配下にはどうやらデビモン系列のデジモンがいるようだね」
バードラモンの炎の雨が降り注ぎ、カブテリモンの電光が空を焼く。状態異常で動きを封殺したトゲモンの援護で、氷の狼が敵を貫いた。そして、グレイモンの火炎弾がデビドラモンを燃やし尽くした。次々と召喚されるダークエリアからの刺客は、相手を錯乱させるサポート部隊が壊滅状態に陥っていることで、完全な機能不全に陥っている。
一体一体撃破していけば、決して難しい数ではない。こうして、子供達は闇貴族の城に突入したのだった。
どんな敵が待ち受けているのだろうか、と警戒しながら突入した闇貴族の城は、門番はおろか、番人すら一体もいない、廃墟のようにがらんどうである。拍子抜けした子供たちを、煌々と揺れているシャンデリアが見上げていた。完全体に進化できるデジモンたちを先導に切り替えた子供たちは、真っ先に目についた陰気な気配を漂わせている扉を見つけて開けてみる。古びた木製の扉が悲鳴を上げる。真っ暗な部屋だったが、四角い光が差し込んだ。
もともとこの城全体が薄暗いため、だんだん部屋に置いてあるものの輪郭が分かってくる。まず見えたのは、天井につるされた鉄の棒だ。2つの輪っかがついていて、長い鎖が巻きついている。そのすぐ下にはなにかを燃やした跡が残っていて、部屋は煙が充満していた。
壁の辺りには悪夢に出そうなほど悪趣味なものが所狭しと並べられている。どす黒く変色している染みが壁一面にまき散らされていると悟った太一は、すぐ後ろで覗き込もうとしていた光たちの影が重なる前にバタンと閉めてしまった。
ダメだ、ここは誰もいない、と先を促す太一は、何があるのか気になる子供たちの前からどこうとはしなかった。頑としてどかなかった。
仕方ないから先に行こう、と回廊を巡り始めた子供たちを見送って、ほう、と息を吐いた太一に、さすがに違和感を覚えたヤマトが声を掛ける。
見てみろよ、あれ、と一度だけ開いた扉の向こう側を悟ったヤマトは、何も見なかったことにしたらしく、ぎこちない笑顔で先を促した。まだスプラッタを見ることができない小学生には刺激が強すぎたのである。どうやらこのエリアの主は、非常に悪趣味な収集癖をもっているらしい。
なんとか思い出さないようにあたりを警戒しながら巡回を始めた太一だったが、闇貴族の城は、まさにトリック・アートの世界そのもので、子供たちを混乱させた。
デジモンの影が見える窓に驚いたら、実際には存在しない空間が描かれているだけだったり、
突然現れた奈落や天井から降ってくる包丁があると思ったら、飛び出して見えるだけの絵画だったり。
中庭に設けられた渡り廊下に至っては、歩いている通路の反対側に、タケルが見たというデビドラモンの石像が鎮座する通路が見えた。空間が明らかに捻じ曲がっているのである。まるでだまし絵の世界に閉じ込められたみたいだった。
子供たちはひたすら歩いた。しかし、いくら歩いてもデジモンは一体もいない。歪曲して交差する回廊が見えた時には、方向感覚と平衡感覚がすっかり狂ってしまって、車酔いに似た気分の悪さを覚え始めてしまう。
建築が不可能なはずの建物、ジグソーパズルのように白と黒で埋め尽くされた部屋、実際に作ることができないはずのループする回廊、階段。もしここがテーマパークだったら、不思議な空間を体験出来て楽しいのだろうが、いつどこで敵が現れるのか分からない緊迫した状況下では過酷な環境である。
不可解な世界に迷い込んでしまった子供たちは、さすがにちょっと疲れが見え始めた。エリアの主が身を潜めていて、こちらを監視しているのだろうか。一網打尽にするために、トラップが仕掛けられているのだろうか。エリアの隅々まで張り巡らされた沈黙は、子供たちに緊張感をあおり続けている。
そう勘繰ってしまいそうになるのだ。なにせ闇貴族の城に突入するまでは、あんなに執拗な奇襲にさらされたのだから。しかし、実際に一歩足を火見入れたら、嘘のように静まり返っているのである。
デジヴァイスによる進化で維持できる時間は、子供たちとデジモン達の精神状態が大いにかかわっている。肩すかしを食らったデジモン達からすれば、たまったものではなかったのだった。
このままではまずい、と誰もが焦り始めたころ、またどこかにループするのだろうかと嫌な予感を抱えながら歩いていた回廊で、ぴたりと足を止めたのはタケルだった。視線の先には、行き止まりの扉が待ち構えている。
「どうした?タケル」
「やっぱり僕、ここ見たことあるよ、お兄ちゃん。ここまで迷路みたいなところじゃないけど、やっぱり似てる。ティンカーモンに見つからないように隠れる場所を探して走りまわってたら、こんな感じのところに出た気がするんだもん」
裏次元にある宮殿と闇貴族の城がどうしてそんなに似ているのかまでは、さすがにタケルはわからない。でも、もしこの屋敷がヴァンデモンによって改造が施された建物であって、基本的な構造が変わらないのだとしたら、この扉の向こうにあるのはきっと地下室に繋がる書庫だ。
そう断言して先頭を歩いていた子供たちを追い抜いて扉を開いたタケルは、カーテンが閉め切られた部屋を発見する。薄暗くて黴臭い匂いが充満している。今まで見たことがない空間である。ようやくゴールを見つけたみんなはほっとした。
やっぱり!と声を上げたタケルは、両側に分厚い古本が敷き詰められている本棚を一直線に走り抜け、外の光が差し込むことがないように、頑丈に施錠されている窓の傍にある書斎に向かう。タケルの頭の上には、ここに辿り着くまでの過酷な連戦でエネルギーを使い果たしたパタモンがいる。
ぐったりとしながらも、なんとかおぼろげな記憶を引っ張り出して、パタモンはタケルに急かされて、秘密の呪文を叫ぶのだ。何度言っても噛みそうになる呪文だ。これがタケルたちの世界に実在する本の名前だと知るのは、彼らが大人になったずっとずっと後のことである。
ぎぎぎぎぎ、と軋んだ音を立てて本棚が横にスライドしたことで、おおお!とみんなの歓声があがった。やったねってタケルは笑う。パタモンは疲労を浮かべながら笑った。真っ暗だろう、と思っていた地下室に続く階段の入り口がみんなの前に現れる。
螺旋階段の燭台には、真っ赤なロウソクがまだ燃えているのに気付いて、みんな気を引き締めるのだ。溶けたロウが燭台から溢れて、壁を伝ってぼとりぼとりと滴り落ち、そのあたりで塊となっている。ずいぶんと時間が経っているようだ。もう、嫌な予感しかしない。焦燥感に駆られた子供たちは、螺旋階段を貫く大きな空間に目を付けた。
さいわい、大きく間隔を取っている回廊は、デジモン達が超進化をしてもある程度の大きさは確保できそうである。このまま螺旋階段をチンタラ歩いているよりは、一気に下まで降りた方がいいに決まっている。待ち構えているのはきっと完全体だろう。ならば子供たちにとれる手段は一つしかない。
ここで待ってろって光に告げた太一は、よーし行くぞってゴーグルをぱしんと弾ませた。
「いくぞ、アグモン」
「うん!」
先陣をきったのは太一だった。手すりにつかまって一気に滑り降りる。デジヴァイスを掲げて、紋章をかざす。アグモンが光に包まれた。
【もはや鍵は我が手にあり、異界の扉は開かれた】
アグモンがグレイモンに進化する。螺旋階段全体に響き渡る不気味な笑い声に、誰だ!と叫んだ太一の声がこだました。
【お前たちがどうあがいたところで、もう手遅れだ】
グレイモンがメタルグレイモンに進化する。うるさい!やってみなきゃわかんないだろ!と吠える太一に、嘲笑が聞こえた。その巨体に飛び乗った太一が一気に螺旋階段の下層を目指し、きえていく。太一たちのあとに続けとばかりに、今まで体力を温存していたデジモン達は、
一気に超進化を遂げるとその暗闇に続いた。
【すべてがひとつになる。光も闇もすべてはひとつになるのだ。受け入れてやろう、お前たちを。暗黒はすべてを受け入れる】
暗黒は混沌だ。混沌に意識を誘導されている闇貴族は、現実世界を黙示録が望む世界に変貌させるための足掛かりとして扉を開く。エテモンを飲み込もうとしたダークケーブルの塊が太一の脳裏をよぎる。どくん、どくん、とまるで心臓のように鼓動する真っ黒な塊だった。
ぎちぎちとお互いがお互いをがんじがらめにして一つになろうとしている、まるでミミズがひとつの塊になろうとしている、とっても気持ち悪い塊だった。あれが暗黒と呼ばれているものの正体なら、そんなこと認める訳にはいかないのだ。あれは光ではないが、闇ですらない。もっとおぞましい何かだ。
闇貴族といわれていたデジモンが敬愛するような代物ではない。何が何でも止めなくては、との一心でメタルグレイモンは飛躍する。螺旋階段が風圧によって瓦解しても気にすることなく、加速する。吹き消されていく燭台の先で、太一が見たのは、真っ赤な翼をもつデジモンだ。
銀色の髪が風になびいているが、鋭利な角が装飾された仮面をかぶっているため、表情はうかがえない。ただ、デビドラモンのように異様にながい両手が印象的だ。身体には真っ赤な釘のようなものが7つ打ち込まれていて、ひびが入っている。どうやら人の身体に構造が似ているが、灰色の身体は鋼で出来ているようだ。
二の腕から不自然に曲がっている関節からして、真っ赤な拘束具がつけられたその先は人工的につけられたものだろう。頭身にあわない防具に身を包み、人工的な改造が施されたデジモンだ。成熟期、いや完全体だろうか、嫌に風格がある気配に危機感を覚えながらも、その先に行くには倒すしかないデジモンだろう。きっと門番なのだ。
メタルグレイモンは加速する落下速度を利用して、幾度もの弾丸を発射した。凄まじい轟音が響き渡る。爆風にさらされて、一気に視界不良に陥った。やったか、と身を乗り出した太一たちを待っていたのは、閃光である。メタルグレイモンは悲鳴を上げた。どうやら焼けるような裂傷が翼を貫いたらしい。
凄まじい風が螺旋階段を駆け抜けた。煙幕と化していた砂埃が一気に吹き飛ばされ、まるで嵐のように凄まじい突風が雷撃を伴ってメタルグレイモンに襲い掛かる。このままでは直撃だ。そうはいくか、と叫んだのは太一である。
デジヴァイスが起動する。太一を起点に鮮やかな閃光が放たれ、結界がメタルグレイモンを覆い隠した。
それでも行き場をなくした空気の流れは圧力となってメタルグレイモンに襲い掛かる。じりじりと後退させられたメタルグレイモンは、このままでは味方と激突してしまう、とばかりに
トライデントアームを発射した。石壁に食い込んだ起点によって、なんとか踏みとどまる。
なんとか体制を整えようとして飛翔したメタルグレイモンを待っていたのは、トライデントアームに跳躍し、一気に距離を詰めてくる門番の姿である。せめてカウンターに間に合うようにと炎を吐き出そうとしたメタルグレイモンの動きは、完全に読まれていた。大きく跳躍した門番のデジモンは、歪な方向にまがった腕を振り上げる。
ぐにゃりと空間がゆがんだ。メタルグレイモンの苦痛に満ちた声が響き渡る。いきなり苦しみ始めた相棒に驚いた太一が声を上げる。門番の腕は空間がゆがんだ先に消えている。その視線を追っていくと、まさか。
「その手を放せ、このやろう!」
太一はその光景を聞いたことがあった。空間をゆがんで直接デジコアに触れることができるという反則級の必殺技。これによって話をしてくれた兄貴分であるレオモンは、2度も洗脳を許している。
いくら歴戦の戦士であっても、心臓とも言うべきデジコアを直接ウィルスで侵され、ダークコアにされてしまっては、為す術がないのである。太一の相棒はワクチン種に進化することが運命づけられているのだ。
ウィルス種になってしまったら、いつかのスカルグレイモンのように暴走するしかなくなる。
そんなことさせてたまるかとデータの書き換えの警告エラーを発信し続けるデジヴァイスを片手に、太一は必死でメタルグレイモンを蝕む門番の腕めがけて、神聖なる光をかざした。
システムを最適化させるウィルスバスターの機能が起動する。ハッキングを仕掛けていた門番の歪な腕が、凄まじい音とともに止まってしまう。がくり、と不自然な方向に曲がってしまった腕をゆがんだ空間から取り出したデジモンはあまりの衝撃に動きをとめる。
ありがとう、太一、と今にも死にそうなメタルグレイモンの声が太一に届く。心臓を鷲掴みにされるという苦痛を味わったメタルグレイモンだったが、好機を逃す手はない。岩から無理やり引き抜いたトライデントアームを門番のデジモンめがけて発射した。無防備だった門番は爆音とともに螺旋階段に縫い付けられる。
さっきのお返しだ、とばかりにメタルグレイモンの必殺技がさく裂した。
「……なあ、あいつホントにデジモンなのか?さっきのやつみたいに、機械だったりしないよな?」
腕が吹っ飛びそうになっても、超至近距離から必殺技を討たれても、一切言葉を発しない不気味な存在に、太一はうすら寒さすら覚えてしまう。
「デジモンだよ、太一。きっと痛覚を遮断されてるんだ」
一撃必殺をうけた門番のいたらせん階段は、一気に落下する。がらがらがらと豪快に崩壊する瓦礫によって、姿が見えなくなってしまった。
叫び声すらあげないデジモンである。きっとこの城の主によって造られたデジモンだろうことは想像できる。なんてやつだよ、と太一は思う。狂気に駆られた科学者の末路に戦慄するしかない。
「ふざけてんだろ、それ」
「ほんとにふざけてるよ」
メタルグレイモンは目を細めた。
「大丈夫?太一!」
「大丈夫ですか、太一さん。一体なにが?」
ようやく追いついたバードラモンたちである。
豪快な必殺技の応酬のせいで、助太刀できるほどのスペースが獲れなかったようなのだ。やっぱり狭い空間での戦闘は不便でならない。
「門番がいたんだ」
「ずいぶんと派手に暴れたんですね」
「仕方ないだろ、なんかすっげー強そうだったし。しっかしさあ、なんにもいわないんだぜ、不気味な奴」
「ホントに?それならほんとに不気味ね」
「だろ?」
「ほんとうにふざけてるよ、太一」
にがにがしげにメタルグレイモンは言った。
「トライデントアームで仕留め損なうなんて、どうかしてる」
あわてて太一たちがふりかえると、先ほどまでいたはずの門番の姿が消えている。メタルグレイモンの感覚では、確かに門番を捕らえた感覚があったにも関わらず、必殺技を打ち込む瞬間には、不自然な空を切る感覚があったらしい。
まるで磔にした壁がなくなったような、そんな不思議な感覚。
「壁抜けってまさか」
はじめてデビモンと出会った時のことを太一は思い出す。美しい天使の絵画から現れたデビモンは、大輔をなっちゃんのいる闇貴族の館に引きづり込んだことがある。必殺技に空間のゆがみを利用できるのなら、その進化系列なら類似のことが可能なはずだ。
「エンジェモンが言ってたデビモン系のデジモンってあいつなのか?!」
「時間を稼がれちゃったわね、急ぎましょう、太一!間に合わなくなるわ!」
転がるようにかけていった太一たちを待っていたのは、無情にも閉じられてしまったゲートの入り口である。
「ちくしょう、逃げられた!」
どん、と閉じられたゲートに、太一の打ち付ける拳の音がむなしく響いた。