(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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現実世界編
第147話


大人達がやってくる時間が迫っている。子供達は幼年期のパートナーの隠し場所に躍起になっていた。モチモンはパソコンケースに押し込められるのと、携帯電話などをしまっているプラスチックの袋に詰められるのとどっちがいいか、光子郎に迫られた挙げ句、泣く泣く後者を選んだ。 

 

狭い狭い潰れてまう、という悲鳴は、我慢してくださいって言う声によって黙殺されてしまう。心底同情したデジモン達だったが、遅かれ早かれみんな扱いは大差ないことに気づいて泣いた。

 

ピョコモンは、ずいぶんと軽くなっている空の救急セットが入ったポーチに詰め込まれ、植物は隠しようがないので、無理矢理空の帽子を被せられてカモフラージュされてしまう。ツノモン、トコモンはすっからかんになったタケルのリュック、タネモンは、ミミのキャンプセットの隙間に強引に押し込められることで事なきを得た。

 

うっかり双葉がジッパーに引っかかってしまい、絹を裂くような悲鳴が響いたのはご愛敬。チビモンも大輔のリュックの中に投入されたのだが、トコモンとツノモンが入っているリュックよりは広々空間だろう。問題はスペースを空けるために、おいしくいただいた食べ物でお腹一杯なのに、結構無理な体勢でかくれんぼをしているため、乗り物酔いが心配だと言うことだ。

 

コロモンもチビモンとおなじように、ひとりで光のリュックの中に入っているため、悠々自適だ。プカモンは丈の持ってきていたカバンの中に入っているのだが、これはキャンプ用に各自配られたものであり、丈のものではないため、いずれ回収される事になっている。どうしようか、と丈は頭を抱えていた。

 

結局、このお堂のほこりっぽい納戸に山積みになっていたダンボールをひとつ拝借して、むりやりリュックの中に押し込め、その中がプカモンの待機場所になった。ばれないようにとゴミやらなんやら詰め込まれて、プカモンはげんなりしている。

 

あんまりじゃない?丈?っていう恨めしげな抗議は、ダンボールで蓋されてしまう。

 

 

 

はあ、よかった、まにあった。セーフ、セーフ、あっぶねえ。お堂の入り口で大人達を確認する太一が言った。子供達はなんとかデジモン達の隠匿に成功して、みんなそろって安堵のため息をついた。こっちに来てからデジタル時計になっているデジヴァイスをみれば、大人達がくるまであと十分を切っている。 

 

ばれてしまったら絶対にダメだ、とデジモン達に言って聞かせることに、残り時間をすべてを費やしたのだった。デジモン達は、物音を極力たてないように神経をとがらせながら、ちょっとだけ開いた隙間から見守ることになった。

 

外に一歩も出ちゃだめだ、と口を酸っぱくして説明した丈の苦労の意味を彼らはようやく知ることになる。ざくざくざくと雪を踏み分けてくる複数の足音に、ようやくデジモン達は納得した様子で顔を見合わせて頷くのだ。神経質なまでにデジモン達が外に出ることを制限した理由はただ一つ、足跡である。

 

もし大人が見たこともない不思議な形をした足跡を、しかも複数発見してしまったら最期、きっと今頃近くにそんな生物がいないか捜査の手が周りにまで及びかねない。必要最低限の場所しか隠れる場所がなかったのだ、不自然に重くなった荷物の検査でもされたら終わりである。

 

がらがらがら、と強引に開けられた引き戸から雪に反射してまぶしい日の光がお堂の中に差し込んでくる。四角い光が奥の方まで伸びていき、入り口からいくつもの大きな影がお堂の中を覗き込んでいる。子供たちはまぶしそうに目を細めるのだ。

 

 

「いたぞー!」

 

 

藤山先生の声に一気に大人たちがなだれ込んでくる。

 

 

「みんな大丈夫か!?」

 

「もう大丈夫だ、よく頑張ったな!」

 

「怖かったでしょう、もう大丈夫よ、みんな!」

 

 

保護者会の役員たちにあっという間に取り囲まれてしまった子供たちは、あれこれ説明する暇もなく、差し出された毛布にみんな包まることになった。寒かったでしょう、これで暖まりなさい、って友達のお母さんに毛布を差し出されたら受け取らざるを得ないのだ。

 

子供達の半年間にもおよぶ異世界での大冒険なんて、大人達は誰も知るはずがない。子供達の中では、こっちの世界でいう12時26分から14時30分までの間大冒険をして、実際は30分の間しかお堂の中で大人達を待っていないわけだから、あんまり気にならない。

 

でも、大人たちの中では、かわいそうに8人の子供たちはこんな暗くて寒いお堂の中で夏服のまま、3時間もの間、大人たちが見つけてくれることを待っていたということになっている。

大きな魔法瓶から暖かいスープを差し出された子供たちは、促されるがままにその綿菓子のような湯気が立ち上るスープで体を温めた。

 

インスタントではあるのだが、半年ぶりに口にする食べ慣れたこちらの世界の食べ物に、思わずじわりと来てしまうのは不可抗力である。子供たちにある半年ぶりの懐かしさはこちらの世界に帰ってきたのだという実感を強烈なまでに意識させた。

 

子供は大人によって守ってもらうもの。あたりまえの世界観がそこにはあった。自分たちを捜してくれていたという事実は、素晴らしいまでの安心感を彼らに与えてくれる。ようやく保護されたことによる安堵感なのだろう、と錯覚した大人たちは暖かい腕で迎え入れてくれるのだ。

 

 

それ故に子供たちの胸の中に思うのは、みんなみんな、きっと同じである。

 

デジタルワールドという異世界と現実世界が繋がっていて、みんな、その異世界を半年間大冒険したこと。デジタルモンスターというかけがえのない異世界からやってきた友人を通して、何十倍も大人になれたこと。みんなが帰ってきたのは、デジタルワールドと現実世界に危機が迫っているためであり、大人達に協力を仰ぎたいという切実な願いがあること。

 

でも、いえない。いえるわけがない。だから隠し事をするしかないという罪悪感だけが渦巻いている。それらをすべて押し殺しながら、藤山先生にみんなの様子を尋ねられた丈は、ここにくるまで何度も何度も練習したつじつま合わせのでっちあげを口にするのだ。

 

 

マキひろいをしていると、突然大雪に見舞われたためここのお堂にみんなで逃げ込んだこと。一度は雪が降りやんだめ外に出たのだが、一面の雪景色に方向感覚が狂い、どうやって来たのか道が分からなくなってしまったこと。 

 

大輔の母親から電話があった時には助かったと思ったのだが、突然PHSが通じなくなってしまい、光子郎の携帯電話も同様で、パソコンもインターネットが出来なくなったせいで連絡手段が絶たれ孤立状態になってしまったこと。 

 

みんなに見つけてもらうまでは、タケルと大輔が持っていたお菓子で飢えをしのいでいたこと。さいわいみんなケガはないけど、薄着のままずっとこの部屋で待っていたせいですっかり体が冷えてしまっている。

 

 

あたりをきょろきょろと見渡す藤山先生の点呼に気付いた子供たちは、はーい、ここです、と思い思いに声をあげる。8人とも元気のいい返事をしたのでほっとした藤山先生だったのだが、ひとりだけ返事をしたほうがいいのか、とっても困っている女の子がいる。どうしよう、お兄ちゃんっていってる女の子がいる。

 

キャンプには風邪を理由に欠席している子だ。太一の横で居心地悪そうにしているのを見て、驚くのだ。長期休暇恒例の家庭訪問をしたばかりだから覚えている。

 

この子は確か八神の妹じゃなかったか。藤山先生が知っている。お台場小学校5年2組のリーダー格ともいえるサッカーのキャプテンが季節の変わり目には必ず体調を崩すという妹を、風邪は治り始めが肝心だと無理やり休ませたことを。

 

普通なら大丈夫だろといってむしろ引っ張り出してくるであろう彼が、お兄ちゃんという別の側面を見せてくれたのだ。ほほえましいなあ、と思った。ちなみに朝の8時、臨海公園での集合時間での話である。忘れようがない。 

 

もちろん役員になっている大人の中にはお台場小学校に子供を通わせている親御さんもいるし、藤山先生のように関係者もいれば、マンションに住んでいるため登下校で顔を合わせるご近所さんもいるのだ。みんな光のことを知っているのは無理もなく、思うことは同じらしい。でも一番びっくりしているのはお母さんである。

 

 

ついさっき電話がかかってきて、光がリュックサックを持って家から出て行ってしまった、どうしよう、とすっかり狼狽しているお父さんから電話がかかってきたばかりなのである。太一が見つかったと思ったら、今度は留守番を頼まれた光が行方不明。

 

思わぬダブルパンチを食わされたお母さんは、一人ぼっちがいやになって、たったひとりでおばあちゃんのいる病院まで出かけちゃったかもしれないから、探してくれって電話したばかりなのだ。我が家のお兄ちゃんに似て光は意外と行動力があり、自分でやると決めたらなんでもやってしまう一面があるから。

 

昔病弱だったころに通院していた病院だから、道順も料金も知っているはず。まさか2時間もかかるはずのサマーキャンプ場に、大人に内緒で転がり込んでいるなんて誰が思うだろうか。

 

 

「光、どうしてあなたここにいるの!?」

 

「ごめんなさい、お母さん。来ちゃった」

 

「きちゃったって、あなたねえ!もー、なんでうちの子は、どれだけお母さんたちを心配させれば気が済むの!」

 

 

もー、わるいこねえ、とこぼれた言葉は涙に消える。次の瞬間には、太一と光はお母さんに二人まとめて抱っこされていた。ぎゅーっと抱っこされた二人は、おかあさん!って大きな声を上げて胸の中に飛び込むのだ。

 

ごめんなさい、ってぺこりと頭を下げた光は、おかあさん、と鼻声でつぶやいているお兄ちゃんを見る。あらあらお兄ちゃんの方が寂しかったかしら、とお母さんは茶化すように笑っているがお母さんも笑い泣きしている。

 

お兄ちゃんとして光を心配させまいと今まで我慢してきたのに、緊張感が切れてしまったのだろう、と勘違いしたお母さんは、半年ぶりの大好きな御母さんとの再会に感動して、すっかり目が真っ赤なまま顔をうずめている長男を撫でるのだ。

 

そのうち嗚咽がずるずると大きくなっていき、太一はそのまま泣き崩れてしまった。よしよし、と背中をさすってもらっているお兄ちゃんに遠慮して、腕から逃げだろうとする長女を発見したお母さんは、もちろんそんな遠慮なんて許すはずもないので、思いっきり力を込めてそれを阻止したのだった。

 

滅多なことでは太一は涙を見せないことは半年にもわたる冒険によって誰よりも知っている子供たちは始めこそぽかんとしていたのだが、ああ、そうか、泣いていいんだって思ったらしく、じんわりと涙をにじませる子もいれば、仕事の都合で参加していない両親との再会をうらやましそうに見ている子もいる。

 

もちろん周りのことなんて今の太一も光も気にする必要なんかないのだが。しばらくして、ようやく落ち着いた太一がタオルに顔をうずめている間に、お母さんは光に事情を聞くのだ。光は説明するのだ。一応これもつじつま合わせがしてある。

 

 

「どうやって来たの」

 

「電車と地下鉄とバスで来たの」

 

「ここまでは?どうやってきたの?確かバス停からはかなり距離があったと思うけど」

 

「タクシーに乗せてもらったの。お小遣い、全部無くなっちゃった。ごめんなさい」

 

「お小遣いだけ?」

 

「お兄ちゃんからも」

 

「本当なの?太一」

 

「うん(これで光が丘に行った分は説明できるかな)」

 

「もー、どうしてうちの子はこんなに行動力があるのかしら!どうして一言お父さんやお母さんに言ってくれないの!」

 

「おばあちゃんが危ないって、お兄ちゃんたちに、知らせなくちゃって。お留守番してたら、どうしていいのか分からなくなっちゃって、その、ごめんなさい」

 

「そっか、頭が真っ白になっちゃったのね。一人にしてごめんね、光。でも、お母さんたちも心配するから、今度からはそんなことしちゃダメよ。電話なりメールなり書き置きなりしてから出掛けなさいね」

 

「うん」

 

「そっか、光はお父さんから電話を貰う前に飛び出しちゃったのね。大丈夫よ、光。おばあちゃん、なんとか元気になったって」

 

「ほんと!?」

 

「ええ、だからもう心配いらないわ。光、太一、今からお父さんにごめんなさいの電話しましょう。うちにかえったら、おばあちゃんのお見舞い、行かなきゃね」

 

「うん!」

 

「分かった」

 

 

こくりと二人は頷いて、お母さんが取りだした携帯電話を見つめている。私も早くパパとママに逢いたいなあってつぶやいたのはミミである。なかば独り言だっただけに、私も、と同意した空に驚いてミミは顔を上げた。

 

 

「でも、太一が言うには、地下鉄とか止まっちゃってるんでしょう?お花の教室は銀座でやってるの。

 

今はたしか、個展の準備で忙しいとかいってたから、もともと帰ってくるのは遅いんだけど、きっとお台場まで帰ってくるのはもっと遅くなっちゃうと思うわ。きっと誰もいないのよね。帰っても。

 

こればっかりは太一が羨ましいなあ。お父さんは京都で大学の先生してるし……帰ってくるのはお盆の時期だし」

 

「空さんもパパおうちにいないんですか。あたしのパパもなんですよ。レコーディングのお仕事でずーっと帰ってこないの」

 

「え、そうなの?」

 

「はい。ミュージシャンのお仕事で、レコーディングしなきゃいけないからって、ずーっと渋谷のスタジオに」

 

「そうなんだ。ふふ、一緒ね」

 

「はい。一緒ですね」

 

「いや、きっと君たちのお母さんたちはおうちで待ってると思うよ」

 

「え?」

 

「なんでですか?」

 

「そりゃ決まってるだろう。君たちが行方不明になった時、真っ先に連絡したからさ。お二人とも君たちが無事だって連絡を入れたら、おうちで待ってますって言ってたよ。武之内さんはご自宅にはいらっしゃらなかったから、お仕事場に連絡させてもらったよ。 

 

多分、太刀川さんと武之内さんのお父さんにも連絡は行ってるんじゃないかな。こんなことになったのは保護者会の行き届きが不十分だったせいでもある。今日中にお詫びに回るからね。本当に怖かっただろう、助けに来るのが遅れてごめんね」

 

 

申し訳なさそうに頭を下げる役員の男性に、二人はあわてて首を振るのだ。そうか、お母さん、おうちで待っててくれるんだ。そう思うとちょっとだけ嬉しくなった二人である。

 

でも、同時に思うのだ。どうしよう。ピョコモン、タネモン、どうやって自分の部屋に連れていこうかなあ。そんな彼女たちの話を聞いていたタケルは、ヤマトが役員の男性に呼ばれて何やら電話していたのを待っていた。ようやく帰ってきたお兄ちゃんにタケルは聞くのだ。

 

 

「お兄ちゃん、お母さん、なんて?」

 

「ああ、オレたちのこと心配だから、今日行くはずだった仕事もキャンセルして、今家に帰ってるそうだ。だから、駅まで送ってくよ」

 

「え、お父さんは?」

 

「今、電波障害の事件があちこちで起きてて大変なことになってるらしいんだ。だから帰ったら電話だけ入れとくことにする」

 

「そっかあ、お兄ちゃんのおうち、泊まれなくなっちゃったね。でも、それならお兄ちゃん、かわりにお母さんのおうちに泊まろうよ!ね、イイでしょ?」

 

 

この2年間、一度もお母さんとタケルが住んでいるマンションに泊まりに来たことがないヤマトである。タケルがお台場にあるマンションに泊まりに来るのが年中行事となりつつあっただけに、好機を逃すまいとどこか必死で引き留めようとするタケルに、ヤマトはしばしの沈黙の後、ああ、と小さくつぶやいた。

 

ほんと!?と聞き間違いでないことを願いながら重ねてくるタケルに、ヤマトは苦笑いして言うのだ。

 

 

「ああ、今日はタケルの家に泊まることにするよ。母さんに聞きたいこともあるしな」

 

「聞きたいこと?」

 

「ああ、聞きたいこと。もしかしたら、教えてくれるかもしれないからな」

 

「なあに?」

 

「タケルはまだ小さかったから覚えてないかもしれない。でも、オレは覚えてるんだ。だから聞きたいんだよ。父さんと母さんが仲が悪くなるきっかけ。あの日の夜、なにがあったのかもしかしたら……光が丘の事件と関係あるかもしれないからな」

 

「どうして?」

 

「光ヶ丘のことはなんとなく思い出したけど、4年前の春だったら二人が急に仲が悪くなった時期と同じなんだ。もしかしたら、その事件でなにかあったのかもしれない」

 

 

そうなんだ、と小さくつぶやいたタケルの脳裏によぎるのは、お母さんとの二人暮らしから始まった、お母さんが夜な夜な行っている内緒の調べもののことである。たくさんの新聞紙の切り抜きから作られたスクラップ。情報。データ。散乱する写真の中でひときわ目を引いたのはなんだった? 

 

壊滅状態の住宅街。火柱が上がっている灰色の煙の空。逃げ惑う人々の光景。そして、その写真を見た時のお母さんの言葉を思い出したタケルは、あ、と声を上げるのだ。

 

 

「どうした、タケル」

 

「お兄ちゃん、お母さん、言ってた」

 

「母さんが?」

 

「うん。『覚えてない?』『どう思う?』って、言ってた。お母さんね、僕に内緒でずっとなにか調べものしてるんだ。僕一回だけしか見たことないけど、新聞とか本の切り抜きとか、いっぱいファイルにはいってたけど、その中にね、写真があったの。これくらいで、ぐちゃぐちゃになった街の写真。

 

火事になってる写真。人がいっぱい逃げてる写真。その新聞の見出しね、こういう字を書いたんだけど、えーっと、その」

 

タケルという字は山岳の岳という字を当てる。

それを指でなぞってから、下の山の部分を隠したタケルは、何て読むの?と聞いた。オカだ、と返したヤマトに、タケルはそっか、と改めて頷くのだ。

 

 

「お兄ちゃん、僕もお母さんとお話してもいい?僕も、聞きたい。お母さんに聞きたいことがあるから」

 

 

ヒカリガオカ、きっと新聞記事にはそう書かれていたはずである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんは?」

 

「大輔、ごめんね。お父さんは今日帰ってこれないらしいの。大輔と携帯が通じなくなったでしょ?あの時みたいに、おかしなことが町中で起こってるから、少しでもみんなに何が起こってるのか知らせるために、お父さん、今頑張ってるから」

 

 

落胆する長男に申し訳なさそうに手を合わせるお母さんに、大輔は聞いたのだ。

 

 

「お姉ちゃんは?」

 

 

だいすけーと半年ぶりに大好きなお母さんから名前を呼んでもらえた小さな男の子は、一目散にお母さんの胸の中に飛び込んで、そのまま毛布にくるまれて捕まってしまっている。

 

携帯電話ごしではないお母さんの暖かな温もりに包まれながら、しばらく何も言わないままじっとしていた大輔は、静かに肩を震わせていたが、太一の嗚咽に触発されて釣られる形で泣いてしまったようである。

 

初めこそ親御さんがこの場にいない子供たちの眼差しが気になって遠慮している部分もあったのだが、無事で良かったわ、と心の底から喜んでくれるお母さんを目の前にすると無用な気遣いは吹っ飛んでしまったようだった。

 

すっかり目がウサギのように赤くなってしまっている男の子の胸元には、PHSが揺れていた。紋章とデジヴァイスはそれぞれ子供たちの荷物の中にしまわれている。これはなんだと言われても説明できないものをそのままにして置くほど子供たちは馬鹿じゃなかった。

 

ぐずぐずいっている男の子にティッシュを差し出したお母さんは、おや?と思うのだ。大輔がジュンのことを姉と形容するにはかれこれ2年ぶりのことである。時々うっかり口に出してはあわてて姉貴と訂正していた天邪鬼は成りを潜め、その表情は明らかにジュンと今すぐに会いたいという大輔の本音が現れているようだった。

 

やっぱり3時間ちかくもこのお堂の中に閉じ込められていたことで、信頼している空や太一たちといたといっても、一番のお守りはこの首にぶら下がっているPHSだったのかしらん?なんて思ってみたりする。

 

無償に寂しくなったのだろう。あのしっかりものの太一君でさえ大泣きしてるんだから、無理もない。これはいい徴候であると判断したお母さんは笑うのだ。

 

 

「大丈夫、今、おうちで待ってるわ。大輔が迷子になったことも知ってるし、うちに帰ったらしっかり元気なとこ見せてあげなきゃね」

 

「え、今日は京の姉ちゃんとコンサートじゃなかった?」

 

「ばかねえ、大輔が行方不明になったっていうのに、でかけちゃうような子じゃないわよ」

 

 

大輔が行方不明になったと聞いた時のジュンは、なにか予感めいた物でもあったのだろうか、やっぱり、という言葉が小さく零れ落ちたことをお母さんは覚えている。

 

理由を聞いてみたら、なんとなく、とだけ返ってきたので、きっと大好きな弟に携帯電話を渡した時のなんとなくと同じなのだろうなとお母さんは思うのだ。大輔とジュンはこういう時何かと直感が働くところはよく似ている。

 

大輔の無事が分かるまで家で留守番してると断言した彼女の言葉はずいぶんと震えていた。

 

 

「大輔のこと見つかったって電話してあるから、あとでゆっくり電話してあげなさい。とっても心配してたんだから。いいわね?」

 

 

わかった、って大輔の返事は弾んでいる。よかった。おねえちゃん、出かけてなかったんだ。

これなら、大丈夫だよな、ヴァンデモンの仲間にさらわれたり、危ない目にあったりしないよなってほっとするのだ。

 

少なくても、ヴァンデモンを何とかするまでは、お姉ちゃんやお母さんを守らなくっちゃって大輔は意気込む。本日の本宮家の日程はこうなるはずだった。大輔とお母さんはサマーキャンプ。

 

ジュンは日本武道館のライブが17時開演だから、移動するのに40分ほどかかるため16時にお台場を出発するとして、フジテレビで開催している野外ライブに、時間つぶしも兼ねて参加する予定だったのだ。

 

しかし、今日の昼ごろ、光が丘におけるマンションを皮切りに広がっていく電波障害のせいで、東京中で開催予定だったコンサートや野外フェスイベントは、すべて中止が発表されている。地下鉄や電車、バスに至るまで運転中止、ダイヤ見合わせ、タクシーさえ大渋滞となれば、ジュンの贔屓にしているアイドルグループ側も、日本武道館ライブの開催の見込みがほとんど立たない状況下におかれてしまった以上、中止せざるをえないのである。

 

チケットの払い戻しは後日だ。もちろんそんな無粋なことを本宮家のお母さんが言う訳もない。純粋にお姉ちゃんが自分のために予定を変更してまで家にいてくれると聞いて、長男が大喜びしているのだ。

 

お母さんは再び抱きしめる。すなおじゃない男の子が素直にだっこされるのは、ずいぶん久しぶりだから。

 

 

「ところでそのバンダナどうしたの?」

 

「空さ……ううん、空先輩からもらったんだ」

 

 

「さん」と言いかけた言葉を「先輩」に変えた大輔の先には、その若干のニュアンスの違いに気づいて、ちらと大輔の方を見た何人かの子供たちと目が合う。

 

うん、と小さく頷いた大輔に、空ががんばれ、と小さくエールを送った。そんな大輔のうなずきを、あら、そうなの、とつぶやいた自分への肯定だと勘違いしたお母さんは空の方にふり返った。

 

 

「あらー、そうなの?ごめんね、空ちゃん」

 

「あ、ううん、気にしないでください。なんか寒そうだったから」

 

「あらー、本当にありがとうね。家に帰ったら洗って返すわね」

 

「え?あ、いえ、そのままあげます」

 

「そんなこといわないの。このバンダナ結構なお値段するやつでしょう?大事にしないとダメよ」

 

 

ね、大輔、とお母さんは笑うが、明らかに大輔と空は焦っているのかハラハラしている。とりあえず家に帰ったら洗いましょうとそのままにしてもらえたので、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。スープを飲んで暖を取り、すっぽりと毛布に覆われていた子供たちは、大人たちから大きめのジャンパーを渡されて、大きなもこもこの袖に腕を通す。 

 

そして、再び雪が降り出す前に、とゆっくり帰ることになった。大人が先導して、子供たちが続き、その後ろをまた大人たちが歩いていくのだという。デジモン達が入っている荷物は当然のことながらとっても重くなっている。

 

よくこんなの運べたねえと感心している大人たちに力を借りながら、大輔たちは無事に子供たちと合流、バスの中に乗車することができたのだった。そして、2時間もの長距離のバス移動になるころには、くたくたに疲れてしまった子供たちに紛れて、すっかり眠りに落ちてしまう。つかの間の休息である。

 

明日の朝、7時に臨海公園で一度会おうという合い言葉だけを胸に、一路えらばれし子供たちはお台場へと向かうことになったのだった。

 

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