(完結)おれとぼくらのあどべんちゃー   作:アズマケイ

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第149話

日本最大の学校法人が運営している病院にやってきた太一と光は、お父さんとお母さんに連れられて、警備員室のカウンターに向かう。

 

そして、窓口にいるおじさんから3枚の真っ白なカードを貰った。そのカードは名前などを書きこむものらしく、ボールペンを差し出されたので、太一と光はそれぞれカードに記入する。そして、警備員のおじさんに渡した。

 

すると、輪っかの紐がついた透明なケースに、そのカードを入れて返される。男の子と女の子、大人で紐の色が違うことに驚きながら、首に通した。隣では、お母さんが名簿や書類に必要事項を記入している。

 

 

パンフレットによれば、おばあちゃんが入院している一般病棟の面会時間は、11時から20時半。時計はもうすぐ17時になろうとしているから余裕だ。感染予防のため、下痢や発熱、咳、発疹などの症状がある人は面会を遠慮してほしいと書いてある。太一は光を見た。光はちょっと固まる。

 

大丈夫だよ、って光はいうけど、一応光は風邪をひいているしなあ。大丈夫かなってお父さんに聞いてみると、これ付けてれば大丈夫だろって病院の購買の袋から出てきたマスクを光と太一は渡された。 

 

なんでオレも?オレ風邪ひいてないんだけどなあと思いながらマスクをつける。大人用だからちょっとぶかぶかだ。呑気な子供たちにお父さんは頭が痛い。

 

 

3時間も冬山で遭難してたんだから、体調を崩してるのが当たり前だ。本来ならすぐにでも病院に担ぎこんで、検査してもらうのが普通なんだけど、入院先の病院を捜そうとする大人たちを拒否したのは、大慌てした太一たちだ。

 

あまりにもバスで今すぐお台場に帰りたいなんていうもんだから、しぶしぶ大人たちはもしもの時を想定して、待機してくれているキャンプ場の医療スタッフさんにお願いして、ホントに大丈夫かどうか見てもらったのだ。

 

びっくりするほど元気だから大丈夫だけど、絶対にかかりつけのお医者さんに診断してもらうことを条件に、太一たちはみんなと一緒に帰ってきたのだ。どうやらお父さんは藤山先生から、ぜんぶ聞いちゃってるらしかった。

 

もちろん太一も光もばっくれる気満々である。そんな暇あるわけないから。とっても心配しているお父さんの気持ちは、子供たちにはちょっと届かない。

 

 

それどころじゃない。他のことで太一も光も頭の中がいっぱいだった。かかりつけのお医者さんのところに行く暇なんてある訳ないのだ。この世界がヴァンデモンによって侵略されようとしてるんだから。時計の針が6度動くたびに、デジタルワールドの一日は終わってしまうのだ。デジタルワールドのことを思うと、いてもたってもいられなくなってしまう。

 

だから、ただでさえ大きなタイムロスをしている現実に、焦燥感を覚えている。はやくはやくと急かす子供たちをみて、お盆を前におばあちゃんと会えることに気持ちが急いているのだろうと勘違いしているお父さんは、苦笑いだ。

 

おばあちゃんはまだ体調が悪いんだから、あんまりはしゃいで迷惑かけるなよ。無理させない方がいいんだぞって、見当はずれの忠告がとんでくる。なんのことだろうって思いながら、太一と光は、はーいって返事を返した。

 

 

訪問者カードを首から下げたお母さんに連れられて、太一たちは7階を目指して、一般病棟用のエレベータ目指して歩き始めた。迷子にならないように通路には、さまざまなカラーテープが張ってある。

 

真っ赤なカラーテープを辿っていけば、たくさんのエレベータの広間に出た。真っ赤なテープは一番右側のエレベータの前で途切れている。

ぞろぞろと降りていく家族連れや見舞客を通し、八神一家はエレベータに乗る。いくつかの停止を経て、ようやくたどり着いた7階の一般病棟である。

 

かかりつけのお医者さんがいる光に聞いてみた太一だったが、季節の変わり目ごとに風邪をひく通院歴の長い妹でも、さすがに小児病棟とは勝手が違う一般病棟は構造上の配置がわからないらしい。

 

子供用のフロアは別にあるから、ここに入院しているのは大人ばかり。女性専用フロアだから、すれ違う患者さんはみんなお年を召した人ばかりだ。桜色の壁と綺麗な絵画が飾られている真っ白な廊下を歩いていくと、ナースセンターの看板が見える。看護師さんが忙しそうに駆け回っていた。

 

お母さんについてくと、ここでもまた訪問者カードの提示を求められた。

 

 

お母さんが名簿に記入している。先に行ってなさいって言われて、太一と光は、お父さんに連れられて、一足先におばあちゃんが入院している共同病室に向かった。分厚いカーテンだけで間仕切りされた病室の前には、4つの名前が二列で並ぶ。

 

おばあちゃんの名前はいちばん奥の右側だ。間仕切りのカーテンめがけて突進したのは、光だった。太一も後を追う。こらこら、静かにしなさいっていうお父さんの制止を振り切っての突撃だ。カーテンの向こう側では、すいません、と謝るお父さんの声がした。

 

 

「おばあちゃん、大丈夫?」

 

「ばあちゃん、大丈夫か?」

 

 

しゃ、とカーテンが開く。そこに見えたのは、熱に浮かされるおばあちゃんだ。ベットの上には、貸し出されている患者用の服をきているおばあちゃんがいた。さっきまで4本目の点滴を打っていたため、腕には注射針の跡がのぞいている。

 

さまざまな検査を受けたようで、診断結果が壁のホワイトボードに並んでいる。その横には、車いすが固定されていた。そして、明日の予定が書いてある。

 

熱中症は回復までかなりの時間を要するから、おばあちゃんが退院できるのは、一月ほどかかりそうだとお父さんは言った。高齢なのが拍車をかけている。

 

 

残念だけど、今年のお盆のお出かけはなくなってしまった。でも、そっちの方がいいかもしれない、と太一は思う。これからデジモン達が襲ってくるかもしれない毎日が続くのだ。ヴァンデモンが光が丘のゲートを占拠しているとゲンナイさんから太一は聞いている。

 

光が丘という街がヴァンデモン勢力の拠点になることは目に見えている。一人暮らしのおばあちゃんのことが、とっても心配だ。こっちにいてくれた方がいいかもしれない。

 

 

ホントは、光が丘の病院から県外の病院に移ってもらった方が安心できるが、デジモンのことを言えない太一たちがお父さんたちに説明することは難しい。歯がゆい気持ちを抱えながら、太一と光は、ようやくこっちを向いてくれた

 

おばあちゃんを見て、ほっとする。おばあちゃんはぼんやりとした笑顔を浮かべた。意識が朦朧としていた状態から、回復したばかりなのだ。太一たちのことはぼんやりとしか分からないのかもしれない。

 

さいわい、まだそれほど耳は悪くなっていないから、きっと声で分かったのだろう。可愛い一人娘の子供たちがお見舞いに来てくれたので、おばあちゃんはうれしそうだ。

 

 

「あら、たいちゃんにひかりちゃん?サマーキャンプはどうしたの?」

 

「それがさあ、聞いてくれよ、ばーちゃん。サマーキャンプが中止になったんだ」

 

「あのね、すっごい雪がふったんだよ、おばあちゃん。だからね、サマーキャンプ、なくなっちゃった」

 

「あらあら、そうなの?残念ねえ」

 

「バスを途中で下してもらったそうですよ、お義母さん。それで、そのままタクシーでこの病院に駆けつけたんです。裕子もすぐに来ますので、待っててください」

 

「ごめんなさいねえ、進さん。せっかくの夏休みなのに」

 

「そんなことないですよ、お義母さんに大事がなくてよかったです」

 

 

ほんとによかった、と何度目になるかわからない言葉がこぼれ落ちた。そして、そのままお父さんは、家族のだんらんを邪魔しないように、病室の外でわざわざ待機してくれている人のところに向かうらしい。

 

太一たちを連れて、お父さんは一旦病室を出た。お母さんと合流する。家族でもない人が何時間も居座っては周囲の目もあるからと、その人はこの廊下の先にある大広間にいるらしい。

大型テレビの鎮座する団欒室は、たくさんのソファとテーブル、そして雑誌が入った本棚が並んでいて、奥には公衆電話がある。

 

その横には喫煙席が設けられていて、サラリーマン風の男が出てきた。軽く会釈した男性は、太一から見てお父さんと同じくらいにみえる。

 

 

「お待たせしてすいません。ご紹介します。うちの家内の裕子です。この子は太一、この子は光。ほら、あいさつしなさい、ふたりとも」

 

「え?あ、うん。お台場小5年の八神太一です」

 

「2年生の光です」

 

 

はじめまして、と軽くあいさつした太一と光は、ちょっとびっくりしてしまう。二人を見下ろす男性は、固まっていた。驚きのあまり言葉を失い、視線がぶつかる。まさか、そんな、うそだろう、という声にならない絶叫が垣間見える。

 

太一も光も生まれて初めて会う男性だ。初対面だ。なんで幽霊と会ったみたいな顔をされないといけないんだろう。なんでこの世の終わりみたいな反応されないといけないんだろう。

 

どうしてここまでびっくりされるのか、さっぱり分からなくて困ってしまう。太一と光は顔を見合わせた。そして、ようやく我に返ったらしい男性は、ぎこちない笑みをうかべた。ちょっと声が震えている。

 

 

「ああ、すまない。はじめまして。まさかこんなところで会えるとは思わなかったんだ」

 

 

想定外の出来事だったらしい。おばあちゃんのお見舞いが?さすがに太一はちょっとむっとなって、唇をとがらせる。なんだよ、それ。すこしの沈黙。意を決したように、男性は太一に尋ねてきた。

 

 

「その、太一という名前は、君のおじいさんがつけたのか?」

 

「え?」

 

「太一郎という、あの人の戦友からとったと聞いたことはないか?」

 

「え、あ、はい。そう、ですけど」

 

「そうか、わかった。だからそのゴーグルとホイッスルがあるんだな。あの人から聞いた通りだ。ああ、すまない。あの人から君たちのことは聞いていたから、驚いたんだ」

 

「あのひとって、おじいちゃんのこと?」

 

「ああ。やっとゴーグルを託せる相手が見つかったと喜んでたからな、よく覚えてる。一瞬、どうして君たちが持ってるのかと驚いたんだ。

オレにとっては、あの人のものっていうイメージが強すぎてな、すまない」

 

 

そう言えば、この人はおじいちゃんのトモダチだったっけ、と今さらのように太一と光は思い出す。普通なら、お父さんのトモダチといわれた方が納得するんだけど、息子と両親くらいの年齢差があってもトモダチっていうのはありなんだ、と新鮮な感じがした。

 

なるほど、おじいちゃんとの思い出を語る男性は、瞳に光が宿った。微笑ましい会話を聞いていたお父さんとお母さんは笑っている。

 

 

「はじめまして、八神裕子と申します。このたびは、母を助けていただいて、本当にありがとうございました」

 

 

深々とお辞儀をしたお母さんにつられて、太一と光は頭を下げた。

 

 

「ああ、ご丁寧にどうも。オレは及川、及川由紀夫といいます。そんなことありませんよ、顔を上げてください」

 

 

男性に促されて顔を上げた太一は、なんかこの人の方が倒れそうだなあと思うのだ。サラリーマンのようだが、きっと会社で仕事をしている人なのだろう。少なくても炎天下で汗をかきながら営業をしている人にはみえない。

 

日焼けとは無縁の手でお母さんたちに応対している男性は、不摂生が祟って不健康一直線な印象を与える。寝不足なのかクマが出来てるし、

どこか疲れた様子なのが哀愁漂うサラリーマンといった感じにみえる。

 

人助けをしたにも関わらず、ずいぶんと謙虚というか、ネガティブというか、不自然なほどお母さんとお父さんの感謝の言葉に困惑しきりのようだ。

 

 

「オレは居合わせただけですから。お礼はお隣の方にしてください。ほとんどお隣の奥さんがやってくれたんです。オレはほとんどなにも……」

 

「そんなことありませんよ。田中さんからお電話いただいた時に、お話には聞いてます。救急車の手配からなにから取り仕切っていただいた

みたいで……本当にありがとうございました」

 

 

及川と名乗った男性は、困ったように頭を掻いた。

 

 

「ただの偶然ですよ、そんな」

 

「でも、定期的に父にお線香を手向けに来てくださってるんですよね?母から聞いております。お話相手をしてくれる人がいて寂しくないって。おかげで母が助かったんです。そんなこと言わないでください」

 

「……困ったな。オレはそんなつもりじゃなかったんだが……。オレはただ、あなたのお父さんにとてもよくしてもらったので、力になりたいと思って、頑張ってきたつもりなんです。今のところ、まったく手がかりがないので、どうしようもないだけですよ。今回だってオレはわるい知らせしか報告できない。ふがいなくて嫌になる」

 

 

はあ、とためいきをついた及川さんは、自嘲気味に笑った。

 

 

「奥さんはしばらく入院なさるようですし、さすがにこのことを話すと心労に関わるかもしれないので、お伝えしようか迷ったんですがやめた方が良さそうですね」

 

「あの、もしよろしかったら教えていただけませんか?頃合を見計らって、こちらからお伝えしておきますけども」

 

「そうですか……そうだな、その方がいいかもしれない」

 

 

一呼吸おいて、及川さんは口をひらいた。さっきまでおじいちゃんについて嬉しそうに話していたのに、一転して、その瞳から光は徐々に失われてしまった。そのまなざしはとても濁っている。

 

想い出の余韻さえかき消すような、なにか大きな挫折でも味わったのか、絶望したのか、さすがに太一は分からない。でも、及川さんはなんだか追い詰められている。そんな気がした。太一はここまで深淵に飲まれそうな色をした目を見たことがない。

 

 

「浩樹は……火田浩樹は見舞いにはこないと伝えてください。オレと一緒に何度か尋ねたことがある男なんですが、赴任先のイギリスで亡くなったそうです。すぐにでも訪問してご報告したかったんですが、こっちもいろいろとごたごたしてまして、申し訳ない」

 

 

今度は及川さんが頭を下げる番だった。及川さんは社会人だ。太一たちのように夏休みがあるわけではない。プライベートより仕事を優先しなければならない職場なのだろうか。身なりを取り繕う余裕がないのは、そのせいだったのか、と太一は気付いた。

 

きっとその人は及川さんにとって、かけがえのないトモダチだったのだろう。だから、本人が思う以上に、心も体も大きなダメージを受けている。この時代、いろんな連絡手段がある中で、何一つ使わないで連絡しないのはあきらかにおかしい。きっと手段が思いつかないほど、狼狽していたはずだ。

 

もしくは、ひとつも手に付かないほど、呆然自失としてしまったか。お母さんとお父さんの話を聞く限り、及川さんはとっても几帳面な人のようだ。そんな人が1週間も大事な連絡を後回しにするわけがない。

 

ましてや、あんなに意気揚々とするほどおじいちゃんと仲良かった人がだ。そのあたりはお父さんやお母さんも察したようで、言葉が見つからないようだ。

 

 

「それは……ご愁傷様です」

 

「本当に残念です。あいつも楽しみにしていたんですけどね、あの人がいつか紹介してやると言ってた君達に会うことを」

 

「え、オレですか?」

 

「わたし?」

 

「ああ、あの人は君たちのことをとても気に掛けていたよ、最後まで」

 

 

それだけいうと及川さんは沈黙してしまった。片手で顔を覆う。わかりました、と頷いたお母さんに、お願いします、と言葉少なに及川さんはうなずいた。そして、再び顔を上げる。

 

 

「ひとつだけ、いいですか」

 

「なんでしょう?私たちでよろしければ、いくらでも」

 

「いや、そうじゃないんだ。その、できたら、でいいんですが。このところ、光が丘を中心に電波障害が起きているのはご存知ですよね?」

 

「ええ、ここに来るまで交通機関が結構麻痺してるみたいで。ねえ?」

 

「ああ、まだ犯人は捕まってないというし、困ったもんだ」

 

「実はオレの専門はそちらなんです。数日前から噂になってるんですが、どうもその電波障害の犯人の拠点は、このあたりらしいんだ。犯人が用意した装置の規模は、電波障害の範囲で大体計算できるんですが、想定できる規模も最悪想定される被害もけた違いに上がってる。

 

会社内でも必死で応対してるが、全然追いつかないんですよ。警察も政府もいつだって後手後手で頼りにならない。  オレはいいんですよ、どうせ独り身だ。

 

でも、あなた達はあの人の家族でもあるし、一人じゃないでしょう。できるなら、都内から避難した方がいい」

 

 

及川さんはポケットから名刺ケースをだして、そのうちの一枚を抜き取ってお父さんとお母さんに差し出した。どうやら太一たちでも知っている企業に勤めているらしく、本業の人から見た今の東京の状況を説明されたことに気付いて驚いている。

 

なんと返していいのか、ふたりは決めかねているようだ。及川さんはその反応も想定ずみだったようで、苦笑いを浮かべている。

 

 

「ああ、すいません。つい熱くなってしまって。考え過ぎだとはよくいわれるんだ。でも、備えあればとはいうし、空振りはよくても見逃しは許されない。そう思いませんか?オレの同僚に、4年前の事件の被害者の子供を抱えてる奴がいましてね、つい、いらないお節介を。すいません」

 

「そうなんですか……なるほど、ご忠告ありがとうございます。オレたちは今お台場に住んでるんで、きっと大丈夫だと思うんですよ。でもそうか、そうだよな、そうなるとお義母さんを一人残すことになるのか」

 

「でも急な転院なんて認められるかしら?理由もないのに」

 

「そうだよな、すぐに退院できるような状態じゃないし」

 

「ああ、そうか、不安をあおるようなことをいってしまってすいません」

 

「いや、気にしないでください。及川さんのお気持ちはうれしいです。でも、この病院は4年前のことを教訓に、都内でも有数の設備を備えた病院として運営されてるみたいですから、非常時にも大丈夫だと思いますよ」

 

 

お父さんは笑って窓の外を見下ろした。かつて住んでいた街並みとは全く違う、生まれ変わった光が丘の街並みがある。光が丘爆弾テロ事件の舞台となった、陸橋の先には光が丘団地が臨める。そうだといいんですがね。及川さんの言葉は、あまりにも乾いていた。

 

お父さんとお母さん、そして及川さんの会話に入ることができない太一と光は、とっても歯がゆくて手を握り締めて、聞いているしかなかった。デジモンのことを話すことができれば、全力で及川さんに賛成できるのに。

 

子どもであることがこんなに無力だとは思わなかった、と太一は舌打ちする。はあ、と太一がため息をついて、光が思い詰めた表情で窓を見つめていた時である。

 

 

 

 

 

ぴこぴこぴこぴこ、ぴこぴこぴこぴこ。

 

 

 

 

 

太一の背負っているリュックから、ディヴァイスの大きな音が響き渡った。びくっとしたみんなの視線が太一に向かう。光は太一を見上げた。太一は聞き覚えがあるアラームに驚きを隠せないのだ。本来なら、このアラームは、ならないはずだから。

 

このアラームはデジヴァイスの機能を利用している時に何度も聞いた覚えがある。まずは、紋章を探知する機能が起動していた時に、その位置関係と距離を知らせてくれたときだ。なんでだ?なんで今鳴るんだよ?ぐるぐる疑問符が浮かんでは消えていく。

 

太一は紋章とデジヴァイスを既に持っているうえに、アグモンは超進化できる。つぎに、暗黒の勢力が迫って来た時に、聖なる力を解放するためにアラームが鳴る時があった。光を放つのか、結界を発生させるのかまでは分からない。

 

でも、今はどこにもデジモンがいる気配はないし、姿も全く見えない。だから違うだろう。最後は、デジヴァイスを持っている子供たちの位置関係を把握するときだ。でも、今光が丘にいるのは、きっと八神兄妹だけだろう。なのになんで鳴るんだ?ますますわからなくて太一は困惑するのだ。こんなところでデジヴァイスを確認するわけにはいかない。

 

でも確認してボタンに触れないと、いつまでたっても耳障りなアラームは垂れ流しだ。なんなんだよ、くっそ、と思いつつ、太一はあわてて光の手を掴んで、後ずさりした。

 

 

「あーっ、忘れてた!オレのリュックの中に入れっぱなしだったんだよ、あれ!な、光!ほんとなら今頃、お台場についてたからさ、目覚まし代わりでアラームセットした事忘れてた!やっべー、今頃ロッカーが大騒ぎになってるぜ!行こうぜ、光!」

 

「え、あ、うん!」

 

「ちょ、ちょっとどうしたの、太一、光!」

 

「あれだよ、あれ!ちょっと取りに行ってくるよ、すぐ帰るから待っててくれよ、じゃあな!」

 

 

あっという間にエレベータのある廊下に消えていった子供たちを見届けて、お父さんとお母さんは顔を見合わせた。

 

 

「あれってなんだよ、あれって。なあ、ポケベルでも持たせたのか?」

 

「いいえ?ねえ、デジタル時計でも買ってあげたの?」

 

「いや?そんな高い時計より好きな選手の愛好ブランド欲しがるだろ、太一は」

 

「そうよねえ、一体なにかしら」

 

太一と光を見つめていた及川さんは、小さくため息をついた。

 

「では、オレはそろそろ失礼しますね」

 

「あ、はい。ながながとお付き合いいただいてありがとうございました」

 

「お気をつけて」

 

「ええ、そちらもお気をつけて」

 

 

彼はその場を後にするのだ。子どもであるには大きくなりすぎてしまい、だからといって大人にもなりきれない彼には見えている。クリスタルで覆われた光が丘の街という、なんとも奇妙な光景が。その中心にはいつだって見たことがないようなモンスターたちが徘徊しているのだ。

 

白昼堂々とマンモスが歩き回り、巨大な足をのぞかせる生物が川に潜み、高層ビルの間をたくさんのナメクジたちが這いつくばっている。誰も気付かない異様な光景は、電波障害が始まったことから広がり始めている。

 

きっとあのゴーグルとホイッスルを継いだ子供たちは気付いているはずだ。サマーキャンプに参加した帰りならば、きっとお金はないに違いない。子供二人が動き回ることができるほど、練馬区という街は狭くないのだ。 

 

親友も尊敬する人も失った今、こうして出会えたのも何かの巡りあわせだろう。まさかこんな形で追い求めていた電子世界への入り口を掴むことになるとは思わなかった彼である。

 

できることなら、あと1週間待ってほしかった。親友の無念を思い、彼は小さく目を閉じた。

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