ギアサバンナの砂漠地帯は、実は砂鉄で覆われた地帯だと判明した。ギアサバンナがファイル島の西側であることは分かっているのだが、今自分たちが歩いている方角がわからなってしまってはたまらない。
サマーキャンプと聞いて、父の持っていたキャンプセットを内緒で持ってくる、という豪快な勘違いをかましたミミの荷物は、半ば漂流生活に欠かせないものの宝庫である。ご一行にとって四次元ポケットのような扱いである。
ミミが得意げに掲げた方位磁石がぐるぐると回ったことで、今歩いている方向が東西南北どこなのか、さっぱり分からない。
安物の方位磁石は強い磁場にあてられたり、金属が傍にあっても簡単に壊れてしまう。どうやら休憩中に何度かリュックごと地面に降ろしていたのが原因のようだ。太一たちは漂流生活のやばさと、この世界の訳のわからなさが判明してしまい、大いに落胆する結果となってしまった。
そんな中、好奇心旺盛なデジモン達に大切な電子機器を壊されてはたまらないと、片時も離さなかったことが正解だったと安堵するのは、光子郎だ。丈から誰かに預けておけばいいのにといわれたこともあったのだが、用心するに越したことはない。
だから、最後尾を務めている光子郎は、携帯電話やノート型パソコンという小学校4年生がもつには高価過ぎるシロモノが、足元に広がる砂鉄の悪影響を受けないかと心配して、風が吹いて砂が入らないようにと神経質になりながら、タオルで巻き直し始める。そして電子機器を収納しているバックに入れると、しっかりと固定した。
大輔君もPHSしまった方がいいですよ、と親切心から言われたものの、大輔は困ってしまう。光子郎が言うとおり、PHSもなかなか高価なシロモノであり、万が一壊してしまったら無くした場合と同様、ジュンに怒られるだろう。
でもここまで来るのに、海に落ちたり、崖から落ちたり、全力で逃げまわったりしてもPHSは全く壊れていない。むしろ今まで無くしたり、壊したりしていないのは、大輔の扱いからすれば奇跡とも言えた。
相変わらずの能天気は、積み重なった幸運を持ち前の楽観さで、これからも大丈夫だろうという根拠ない自信により、曖昧なまま過ごそうとしていたが、マニアの芽が開花し始めていた光子郎が許すはずもない。
咎められてしまった。でも、と大輔は思う。お守りであり、願掛けの象徴であるPHSを今更しまうのは、正直言って心細い事この上ない。唯一家族と繋がっているのだと実感できるものであり、肌身離さず持っていることが当たり前になっている大輔は、いいっす、大丈夫なんで、と笑った。
そうですか、と受け入れてもらえなかった提案に少々不満ながら、光子郎がせめてPHSを守れるようにと渡したものがある。本来マウスなんかを入れる、無地の真っ黒なケースだった。
光子郎いわく、子供にPHSを持たせるのならば、普通はこういった柔らかい素材でできたカバーケースに入れるのが普通らしい。落としたり、振り回したり、乱暴な扱いが眼に見えているにもかかわらず、ずいぶんと無遠慮だと遠まわしに注意された大輔は、苦笑いするしかなかった。
本宮家において、電子機器に関する知識が豊富なのは、出版関係の仕事柄、パソコンに向き合うことが多い父親である。残念ながらサマーキャンプ前日、及び当日は、連日の異常気象の取材に追われて、徹夜でホテルに缶詰になっているため、肝心の父親の姿はなかった。
姉と母は日常的に使う程度の知識しかないし、わざわざ説明書片手に格闘するようなマニュアル熟読タイプでもなく、大輔にいたってはろくに説明書すら読まないまま、ぶっつけ本番で使い始めてしまう子供である。ジュンの手により、父親の大切な仕事道具が無断で持ち出されるのが事前に阻止されたのは、本当に幸運としか言いようがない。
この世界から帰れたら返してくださいね、と言われた大輔は、素直に頷いた。真っ黒なケースに覆われたPHSを首から下げてみる。もうデジヴァイスとぶつかっても、かちゃかちゃ騒がしい音は立てなくなった。大輔と光子郎にやり取りを見ていた太一が、なにやらニヤニヤしながら二人のところに向かおうとする。
こら、と首根っこ捕まえてそれを阻止したヤマトが、何すんだよ、と首を絞められて軽く咳き込んだ太一を見咎める。太一からすれば、微笑ましいやりとりをしているサッカー部の後輩たちの中に混じり、光子郎の好意を断ってしまった大輔のために、事情を説明してやろうと思っただけなのだ。
太一の直球すぎる好意からの行動は、ヤマトからすれば大輔に対する配慮に欠ける行動に映ってしまう。内緒にしてくれって言われただろ、と小声で言われたものの、納得行かない様子で太一はでもよーと言葉を濁す。
太一の知っている大輔は、姉に嫌われているのではないか、という悩みに立ち止まってうじうじ考えているような奴ではないのである。もっと直球かつ熱血屋で、その単純すぎる性格と行動からムードメーカー的な役割を知らず知らずのうちに請け負っており、大雑把すぎる楽観さとお調子者のキャラクターで、太一とは別の方向性で人を引っ張ることができるような奴なのである。
ちなみに大輔のサッカー部でのアダ名は、突撃隊長である。その場の勢いに任せてしまう所があったためだ。らしくない後輩を見ていると、ついつい世話を焼いてしまいたくなるサッカー部のキャプテンである。
放任主義全開でタケルにいろいろいっていた方向とは、まるで逆方向ではないか。ヤマトはそう思いながら、見守ってやれ、と相談を受けた第一人者として太一を止めたのだった。
「しかし、本当に何も見えてこないな」
代わり映えしない砂鉄の海と電信柱の突き刺さった光景は、もはや飽きの極地まで到達している。
「森に戻って、また考えたほうがいいんじゃないか?」
「まあまあ、ちょっと待てよ」
慎重派のヤマトの提案に、さっき言いくるめられた悔しさから太一は異を唱える。単眼鏡を覗いていた太一は、あれは、と声を上げたので、みんな振り返る。
「なあ、あそこにいるのなんだ?なんか変な花が咲いてるんだけど」
単眼鏡を差し出されたヤマトたちは代わる代わる覗いてみる。斜めに傾いた電信柱が横たわる砂地には、乾燥地帯特有の樹木がいくつかあり、背の高い草木がその貴重な木陰を取り囲むように群生しているのが見えた。
そこに不自然な赤いものがぽつぽつと転がっている。風で飛ばされてしまったのだろうか、丸い籠がひっくり返っており、大きな足跡がそれを蹂躙するように踏み荒らしていったあとが奥の方まで続いていた。
その傍らには不自然なほどカラフルな青い花が黄色いおしべとオレンジ色のぜんまい状のめしべを開いて咲いていた。一つではない。二つ、三つ、四つ、五つだ。ここがトロピカルジャングルや迷いの森なら、群生しているようにも見える。
ギアサバンナの砂漠地帯ど真ん中ではどうしても浮いているように見えてしまう。どこかで見たことがあるような、とみんなが考えているさなか、真っ先に反応したのはピヨモンだった。
「ピョコモンだわ!空、あそこに埋まってるのピョコモンよ。どうしたのかしら」
やはり進化前の幼年期時代を経験している本人が気付くのが一番早かった。頭に大きな花を咲かせているレッサー型デジモンは、外敵から身を守るために、ピンク色の球根と吸盤みたいなたくさんの足を地面に埋めて擬態することがあるらしい。
草食デジモンには無意味なもろ刃の剣なのだが、基本的には有効な手段である。5体のピョコモンが花に擬態するようなことがあったと考えるのが普通だろうか。
「ねえ、太一。ちょっと気になるから行ってみない?ギアサバンナの住人なら、私たち以外の人間がいないか知ってるかもしれないわ」
「うーん、それもそうだな。じゃ、いこうぜ、みんな」
彼らが不自然に並んでいる青い花の群れに近付くには、数十分もかからなかった。
「おーい」
「花です」
「おーいってば」
「花です」
「なにやってんだよ」
「花だって言ってんだろ!」
ぼふっと土が盛り上がり、緑色のくりくりとした瞳をしたピョコモンが飛び出してきた。ふるふると土を払う姿は愛らしくて、思わず太一たちは口元が緩んでしまう。出てきたはいいものの、成長期のデジモン達に囲まれていることに気付いた幼年期は、ぴしっと固まってしまって動かなくなってしまう。
どうしたの?と問う方は呑気なものだ。彼らの後ろには二足歩行のずっと大きなデジモンもたくさんいると気付いて震える。かわいらしい悲鳴を上げたピョコモンは、ずささささっと距離を取る。
食べないで、食べないで、おいしくないよ、ごめんなさい、助けてくれーって、自分でも何を言っているのか分からないほどの大混乱である。べしゃりとこけてしまった。ひっかかった茶色い籠からは、まだ残っていたデジイチゴが無残な形で転がっていく。
ピョコモンが怖がっていると気付いた彼らは、駆け寄っていったピヨモンに任せて、見守ることにした。下手に動くと逃げられそうな気配しかしない。
「大丈夫?ピョコモン。安心して。アタシたちはピョコモンを食べないわ。だってピョコモンはピヨモンの進化前の姿だもの。仲間だわ」
「アタシ?ないわ?だもの?だわ?ピヨモン、変だよ。喋り方」
「へん?」
「だって喋り方がへんだ。うしろの大きなデジモンの真似してる?」
「うしろ……空たちはデジモンじゃないわ。人間よ」
「にんげん?にんげんっていうデジモン?」
この世界で自我を持って生きているものは、すべてデジモンであるという認識が窺える。にんげんという種族のデジモンであると認識したのか、ピョコモンはピヨモンのいうことがよく分からないようだ。
器用に吸盤の足で立ち上がったピンク色の球根は、青花を揺らしてピヨモンを見上げた。ぱちぱちと目を瞬かせたピョコモンは、ピヨモンよ、と名乗る成長期に首をかしげた。
ピョコモンの言っていることがよく分からないのはピヨモン達も同じであり、面と向かってしゃべり方が変だと言われてしまったピヨモンはちょっとショックを受けている。主にピョコモンはピヨモンの一人称と語尾に反応しているようだ。
うーん、と考えていた太一は肩をすくめた。
「別に変じゃないよなあ?だってピヨモン、女の子だろ?」
「ピンク色だしね。どこをどう見ても女の子だ」
「もしかしてピヨモン男の子なの?や、やだ、一緒に水浴びしてたのに!?」
ざわつき始めた子供たちにきょとんとしているのはデジモン達である。ちょい、ちょい、とアグモンに袖を引っ張られた太一は、なんだよ、とつぶやいた。
「太一、なんでさっきからあわててるの?僕たち何を言ってるかわからないよ」
「だから、ピヨモンが女の子じゃないかもしれないから驚いてるんだよ」
「女の子とか、男の子とか言ってるけど、それってなんのこと?」
「だーかーら、って、はあ?」
「人間は男の子と女の子っていう違いがあるみたいだけど、僕たちはそんなのないよ。男の子と女の子っていう違いはないし、僕も、私っていうコロモンを知ってるけど、何の違いもないよ。僕たちはおんなじなんだ」
「え、じゃあお前らセイベツがないのかよ」
「セイベツがなんなのかは知らないけど、たぶんそうだよ」
「じゃあなんでお前は「ぼく」って言ってて、喋り方が男っぽいんだよ。ピヨモンだって「アタシ」で、女っぽい喋り方してるじゃないか」
「だってそれは太一の真似をしてるだけだよ」
無性生物だったのか、とつぶやいたのは誰だったのか、さすがに気は回らなかった。結局、この惨状の原因がモノクロモンとの遭遇が原因であると彼らは知る。
食料を調達するために、群生するミハラシ山麓に出掛けていたピョコモン達は、デジイチゴの匂いにつられて現れたモノクロモンから逃げるために擬態をした結果、デジイチゴの籠をひっくり返されて、貪り食われてしまったというわけである。
すっかり涙目だったピョコモン達を不憫に思って、ピヨモン達が早朝に取りすぎたデジリンゴをあげたところ、大喜びしたピョコモン達にぜひ村に来てくれといわれて、彼らは共に村を目指すことになる。
ご一行を出迎えてくれたのは、人間という珍しい生き物を間近に見て、興味津々でわらわらとたくさん住居からでてきた。日本史を習った上級生組は、弥生時代を連想させる村の風景のスケールの小ささに驚いていた。
泥を塗り固めて、屋根には束ねたワラのようなものを敷き詰めている質素な佇まいは、窓と入り口に当たる部分は穴があいており、当然ドアも窓をしめる扉もない。
住んでいるピョコモンが、子供たちの膝くらいの大きさしかないのだがら、当然家々はスモールサイズである。運がよければ、休ませてもらえるかもしれないという期待は、その家の小ささのせいでもろくも崩れ去ることになってしまう。
だが、すっかり喉がカラカラの子供たちには、何よりの朗報があると真っ先に気付いたタケルがいった。明らかに場違いすぎる、公園によくある水辺の中心にある人工的な作りの噴水が、村の中心にどんと立っていたのだ。
ピョコモンいわく、ミハラシ山というここからよく見える真正面の山から、美味しい真水が湧きでており、ここらあたりにある井戸も噴水も湖も全て、ミハラシ山にある泉が水源であるらしい。
ミハラシ山の言葉に、テントモンが反応した。どうやら名水百選のように、この世界でもミハラシ山の水は美味しいと有名らしい。それは期待がもてそうだ、と子供たち、デジモン達は一目散にそちらに向かったのだが………。
ついさっきまで豊富にあったハズの、ありとあらゆる水が不自然な形で消失しているではないか。おかしいおかしいとピョコモンたちが騒ぎ始める。
ミハラシ山はメラモンが守ってくれているから、こんなことはありえないのだという。大輔は嫌な予感が的中してしまったことを知ることになる。ミハラシ山に隣接している森が、炎に包まれているとピョコモンたちが騒ぎ始めたのだ。
太一があわてて望遠鏡を覗くと、凄まじい勢いでこちらに向かってくる炎に包まれたバケモノが見えたらしく、顔を引きつらせている。しばし言葉を失った太一は、この世界にきてから計3回目となる、みんな逃げろ!という言葉をありったけの力を込めて、叫ぶことになったのである。